L-Triangle!5-5
- 2014/07/04
- 20:22
一方、エストは、ナンナルの街中をふらふらと歩いていた。教会で手がかりを得られなかった今、勇者に関する心当たりが思いつかない。
「教会で、もうちょっと詳しく話を聞いてみよう……」
そう決めた時、サッカー練習中の若者たちが彼女の前を通り過ぎて行った。少し先にある広場で、激しい攻防を始める。エストは、思わず見入ってしまった。一人の若者がゴールに向かってシュートを放つが、あと一歩のところで軌道が逸れる。
「あー……惜しい……!」
エストは、残念そうに眉を寄せた。完全に、意識が若者たちと同化してしまっている。近々大会があるためサッカーが流行していることは、宿屋の主人から聞いていた。機会があったら混ぜてもらおうかな、とエストが考えていた時、近くにいた彼女と同年代の女の子たちが、呆れたように話すのが聞こえた。
「まったく、男どもはしょうがないね」
「あんなの、どこが楽しいのかな?理解できないわ」
ねー、と頷き合い、去って行く少女たち。それを見送り、エストは放心したように呟く。
「あれ……女の子は、サッカーしないの……?」
エストは、ボールを追いかけている若者たちをよく見た。そこには、女の子の姿はない。何となく落ち込んだ気分になりながら、エストは教会に着いた。昨日の老神官が、門の前で掃除をしている。
「おや、おはようございます」
ほうきを片手に、神官が会釈する。あわててエストも頭を下げた。
「あ、おはようございます、神官様。昨日はありがとうございました」
「お連れさんは大丈夫でしたか?」
「は、はい、おかげさまで」
老神官が、ユーリスの安否を気遣う。やはり、一連の騒ぎは礼拝堂にも聞こえていたらしい。
「確か、フォースさんがあの子の傍にいたようですが……」
「…………」
3のことを話題に出され、エストは沈黙する。彼のことを、エストは前ほど好意的には見られなくなっていた。何しろ、彼はあのちんぴらたちの一味なのである。
「彼は、いい青年ですよ。教会にも熱心に通っておられる」
「……そ、そうなんですか?」
3とエストの間に何かがあったのを察し、老神官がフォローする。戸惑いつつも、エストは神官の言葉に耳を傾けた。
「ここで働いているシスター達と、仲がいいようですね。彼のことが知りたければ、彼女たちに聞いてみるといいですよ」
にこやかに、老神官はアドバイスをくれた。そのつもりはないだろうが、神官の発言はエストに、3はやはりただのナンパ男なのではないかという疑念を呼び起こす。
(……別に、知りたくなんかないけど)
むくれつつも、エストは何とはなしにシスター達を探す。彼女たちは、ちょうど礼拝堂で休憩中のようだった。エストが入ってきたことに気づかず、話に夢中になっている。
「はぁ……何か、張りがないわね」
シスターの一人が、大げさにため息をつく。服装は清楚だが、彼女たちも普通の女の子なのだな、とエストは思った。
「わかる。フォース様、しばらく来られないっておっしゃってたものね」
他のシスターが、それに同意する。老神官の話は、どうやら本当らしい。エストは、もう少しだけ聞き耳を立てることにした。
「まさか、恋人ができたとか!?」
「そんなあ……フォース様~」
また別のシスターが顔色を変え、残りのメンバーが涙ぐむ。ここまで聞けば、十分だった。
(……やっぱり、女好きなんだわ。あんなちんぴらとつるんでるし、最低!)
シスター達に気づかれないように、エストは拳を握りしめる。教会の人たちは、3の外面の良さに騙されているに違いない。
何もしていないというのに、3の株がものすごい勢いで下がった。そんな中、彼女たちと同年代のシスターが礼拝堂にやってきて、会話に加わる。
「ただいま~」
「どこへ行っていたの?」
「神官様に頼まれて、サッカーをやっている人たちに水を配りに。運動のしすぎで倒れちゃったら、大変だもの」
仲間の問いに答え、彼女は肩をすくめる。初夏の気配が近づきつつあるのか、このところ毎日、気温が高い。熱中症を警戒するのは、理に適っている。
「ああ……毎日、よくやるわよね」
それを聞いて、シスター達は呆れ顔になった。
「あ、あの……」
今までずっと聞きたかったことを尋ねるチャンスだと思い、エストは、シスター達におずおずと話しかける。その途端、彼女達は佇まいを正した。
「あら、こんにちは」
「何か御用ですか?」
先ほどのだらけっぷりが嘘のように、シスター達がにっこりと上品な笑顔を向けてくる。彼女達も教会の者なので、エストのような、よそから来た人々には親切するようにと教育されていた。
「その……サッカーをするのって、男の子だけなんですか?」
エストの問いに、シスター達は顔を見合わせた。変なことを聞いてしまったかな、とエストは一瞬後悔したが、彼女たちは真剣に考えて、答えてくれる。
「うーん……女の選手は、見たことがないです。私たちの役目は、応援することですかね」
「そ、そうですか……」
それを聞いて、エストは肩を落す。寂しげに去って行く彼女を、シスター達は不思議そうな顔で見送った。
灰色の空が、どこまでも広がっている。こんな天気になるのは、空間が不安定なせいだ。陰鬱さを頭上に頂きながら、今日も人々は地獄の開墾にいそしむ。
彼らの中に、一人の女性がいた。派手な衣装が似合いそうな美人だが、今は他の者たちと同様、簡素な服装で仕事に精を出している。
そんな彼女の前に、亜麻色の髪の少年が現れた。賢そうな顔立ちが、人懐っこい笑みを浮かべる。
「あんた……」
「調子はどうですか?サロメアさん」
話しかけられ、サロメアは作業を中断する。彼女は、少年と顔見知りだった。確か、名はアスタロトといったか。この地獄を管理する悪魔のひとりで、その外見に似合わず、かなり上の立場にいるらしい。
「はっ……いいわけないだろう?毎日毎日、土とほこりにまみれてさ」
サロメアは、アスタロトのご機嫌伺いを鼻先で笑い飛ばす。彼女は、他の罪人たちとは違い、地獄の支配者であるルシファー……3により、別の世界から連れてこられた者だった。
「ま、つまらないことを考えているよりは、だいぶましだけどね」
「そうですか……」
肩をすくめるサロメアに、アスタロトは真剣な顔で頷く。彼は、3に言われてサロメアの様子を見に来たのだ。3は地獄の最高責任者なので、罪人ひとりをひいきするわけにはいかないのである。
「それにしても、最近、地震が多くて困るよ。ちゃんと、管理してるんだろうね?」
「すみません、不安がらせてしまって」
恐縮し、アスタロトが謝る。少年の殊勝な態度に心を動かされた様子もなく、サロメアは苦情を続けた。
「あたしは何とも思わないけど、他の連中がな。気が弱いやつらばっかりでさ」
そう言いながら、サロメアはわざとらしく周囲を見渡した。遠くから彼女たちの様子を窺がっていた罪人たちが、あわてて仕事に戻ろうとする。
聞いたところによると、彼らは天使たちに処刑されそうになっていたところを3や悪魔たちに救われて、この地獄に連行されたらしい。処刑の理由は様々だが、たいていの場合は神に愛された権力者たちの不興を買って、いらない存在だと判断されたためだという。
罪人と言っても、彼らはサロメアの常識からすれば大したことはしていない。ただ、少しだけ処世術に長けていなかっただけだ。
「ルシファー様や、他の悪魔たちが頑張っていますので、しばらくはこういうことはないと思います」
「しばらくの間は、か……」
アスタロトの正直すぎる現状報告を受け、サロメアはため息をつく。あいつの部下だけあってくそ真面目だね、と彼女は胸中でぼやいた。
話の途中で、急に頭上が暗くなる。空を見上げると、翼が生えた者たちがいつの間にかやってきていた。飛行しつつ、何かの作業を始めようとしている。
「あれは、天使……?」
「失礼な。悪魔ですよ。地獄のゆがみを、修復しているんです」
サロメアの言葉を即座に否定し、アスタロトが解説する。悪魔たちの歌声が、聞こえてきた。
「前から気になってたけど、あいつら、何で歌ってるんだい?」
サロメアが、素朴な疑問を口にする。歌いながら空を舞う一団を見たのは、これが初めてではなかった。
「精神を集中させるため……ですかね。歌いながら浄化すると、普通にやるより、ずっとうまくいくんです。ルシファー様が発見したんですよ?」
「ふーん……」
なぜか得意げに、アスタロトが胸を反らす。生返事を返し、サロメアは悪魔たちの澄んだ声に耳を傾けた。
神を讃えよ
主の恵みに感謝を
空に大地、神は総てに宿る
神を讃えよ、偉大なる神を……
「それにしても、あんたら、天界から離反したんだろ?何で讃美歌なんか歌ってるのさ」
「あ、やっぱりおかしいと思います?実は私も、変だなってずっと思ってたんですけど!」
サロメアの発言に、アスタロトが食いついてくる。予想外の反応に少し戸惑いつつ、サロメアは意見した。
「だったら、ルシファーのやつに言えばいいじゃないか」
「そんな……私ごときが、あの方に意見などできません。まして、神との関係は、実にデリケートなものですから」
「そういうもんかねえ……」
サロメアは、空を仰いだ。翼の一団の中に3の姿を探したが、見つけることはできなかった。
あれから、思いつく限りの情報収集を行ったが、まったくと言っていいほど成果は得られなかった。すっかり落胆し、エストはいったん、休憩を取ることにする。
(結局、手がかりはなし、か……)
中央広場のベンチに座り、考える。この街は、勇者の件を除けば平和な街である。
そこへ、またサッカー練習中の青年たちが通りかかった。どうやら、彼らは街中を走り回り、ゴールが置かれている空き地を見つけては、誰が得点を決めるか争っているらしい。ほどなくして放たれたシュートが、見事ゴールに入る。先ほどとは違い、エストは若者たちを見ていても喜びを共有できなかった。それどころか、彼らがとても遠い存在のように思える。
この世界では、女の自分がサッカーをするのは、おかしいことなのだ。
(……男って、ずるい。私の欲しいもの、全部独り占めしちゃうんだもの)
逆恨みであると自覚しつつ、エストは青年たちを険悪な目で見てしまう。それと同時に、彼女の脳裏に過去の記憶が思い起こされた。大人たちがかつて言っていたことが、頭の中で再生される。
『エストには悪いが、本当の勇者が見つかって良かったよ』
『やはり、勇者は男でなくては……』
この言葉を聞いた時は、暗闇に突き落とされた気がしたものだ。一時期、彼を含む全ての男たちを憎んだりもした。
だが、それは過去のことだ。彼は、本当に、素晴らしい勇者だった……
(って……今は、そんなこと関係ない!この世界では、私だって勇者なんだから!)
頭を強く振って、嫌な思い出を振り払う。現実に戻り、彼女は今までの情報をまとめることにした。
そう、現時点でナンナルの街は平和だ。ただひとつ、奇妙なところと言えば……
(やっぱり、あの屋敷の連中なのよね……)
涼しげな水しぶきを吹き上げる噴水を見ながら、エストはため息をつく。
あのちんぴらたちについても、彼女は人々から聞いて回っていた。
何でも、街の人々でさえ、彼らが何者かはわかっていないらしい。ふらりと現れて、いつの間にか屋敷に住みついたのだという。
それ以来、彼らが街中をうろついているのをたまに見かけるが、そのガラの悪さから、積極的に彼らに関わろうとする者はほとんどいないということだ。
3だけは例外で、彼は教会に足しげく通う敬虔な者だと称賛されている。また、人当たりもいいので、あの美しい容姿も相まって、人々の評判はいいようである。
3の正体は遠い国からお忍びで来た貴族で、他の二人は護衛なのだとうわさする者もいた。
(つまり、フォースのおかげであのちんぴらどもは街を追い出されずに済んでいるってことよね)
エストは、3のことを思い出す。初めて会ったときから、彼は魔物相手に物怖じしなかったり、魔王に対面しても何もされずにあっさり帰ってきたりと、何かと不思議な青年だった。
(気が進まないけど、もう一度フォースに会いに行ってみようかな……)
もしかすると、この街の勇者、というのは彼のことなのかもしれない。
他に行くところもないので、足取りが重くなるのを感じつつ、エストは歩き出した。
「教会で、もうちょっと詳しく話を聞いてみよう……」
そう決めた時、サッカー練習中の若者たちが彼女の前を通り過ぎて行った。少し先にある広場で、激しい攻防を始める。エストは、思わず見入ってしまった。一人の若者がゴールに向かってシュートを放つが、あと一歩のところで軌道が逸れる。
「あー……惜しい……!」
エストは、残念そうに眉を寄せた。完全に、意識が若者たちと同化してしまっている。近々大会があるためサッカーが流行していることは、宿屋の主人から聞いていた。機会があったら混ぜてもらおうかな、とエストが考えていた時、近くにいた彼女と同年代の女の子たちが、呆れたように話すのが聞こえた。
「まったく、男どもはしょうがないね」
「あんなの、どこが楽しいのかな?理解できないわ」
ねー、と頷き合い、去って行く少女たち。それを見送り、エストは放心したように呟く。
「あれ……女の子は、サッカーしないの……?」
エストは、ボールを追いかけている若者たちをよく見た。そこには、女の子の姿はない。何となく落ち込んだ気分になりながら、エストは教会に着いた。昨日の老神官が、門の前で掃除をしている。
「おや、おはようございます」
ほうきを片手に、神官が会釈する。あわててエストも頭を下げた。
「あ、おはようございます、神官様。昨日はありがとうございました」
「お連れさんは大丈夫でしたか?」
「は、はい、おかげさまで」
老神官が、ユーリスの安否を気遣う。やはり、一連の騒ぎは礼拝堂にも聞こえていたらしい。
「確か、フォースさんがあの子の傍にいたようですが……」
「…………」
3のことを話題に出され、エストは沈黙する。彼のことを、エストは前ほど好意的には見られなくなっていた。何しろ、彼はあのちんぴらたちの一味なのである。
「彼は、いい青年ですよ。教会にも熱心に通っておられる」
「……そ、そうなんですか?」
3とエストの間に何かがあったのを察し、老神官がフォローする。戸惑いつつも、エストは神官の言葉に耳を傾けた。
「ここで働いているシスター達と、仲がいいようですね。彼のことが知りたければ、彼女たちに聞いてみるといいですよ」
にこやかに、老神官はアドバイスをくれた。そのつもりはないだろうが、神官の発言はエストに、3はやはりただのナンパ男なのではないかという疑念を呼び起こす。
(……別に、知りたくなんかないけど)
むくれつつも、エストは何とはなしにシスター達を探す。彼女たちは、ちょうど礼拝堂で休憩中のようだった。エストが入ってきたことに気づかず、話に夢中になっている。
「はぁ……何か、張りがないわね」
シスターの一人が、大げさにため息をつく。服装は清楚だが、彼女たちも普通の女の子なのだな、とエストは思った。
「わかる。フォース様、しばらく来られないっておっしゃってたものね」
他のシスターが、それに同意する。老神官の話は、どうやら本当らしい。エストは、もう少しだけ聞き耳を立てることにした。
「まさか、恋人ができたとか!?」
「そんなあ……フォース様~」
また別のシスターが顔色を変え、残りのメンバーが涙ぐむ。ここまで聞けば、十分だった。
(……やっぱり、女好きなんだわ。あんなちんぴらとつるんでるし、最低!)
シスター達に気づかれないように、エストは拳を握りしめる。教会の人たちは、3の外面の良さに騙されているに違いない。
何もしていないというのに、3の株がものすごい勢いで下がった。そんな中、彼女たちと同年代のシスターが礼拝堂にやってきて、会話に加わる。
「ただいま~」
「どこへ行っていたの?」
「神官様に頼まれて、サッカーをやっている人たちに水を配りに。運動のしすぎで倒れちゃったら、大変だもの」
仲間の問いに答え、彼女は肩をすくめる。初夏の気配が近づきつつあるのか、このところ毎日、気温が高い。熱中症を警戒するのは、理に適っている。
「ああ……毎日、よくやるわよね」
それを聞いて、シスター達は呆れ顔になった。
「あ、あの……」
今までずっと聞きたかったことを尋ねるチャンスだと思い、エストは、シスター達におずおずと話しかける。その途端、彼女達は佇まいを正した。
「あら、こんにちは」
「何か御用ですか?」
先ほどのだらけっぷりが嘘のように、シスター達がにっこりと上品な笑顔を向けてくる。彼女達も教会の者なので、エストのような、よそから来た人々には親切するようにと教育されていた。
「その……サッカーをするのって、男の子だけなんですか?」
エストの問いに、シスター達は顔を見合わせた。変なことを聞いてしまったかな、とエストは一瞬後悔したが、彼女たちは真剣に考えて、答えてくれる。
「うーん……女の選手は、見たことがないです。私たちの役目は、応援することですかね」
「そ、そうですか……」
それを聞いて、エストは肩を落す。寂しげに去って行く彼女を、シスター達は不思議そうな顔で見送った。
灰色の空が、どこまでも広がっている。こんな天気になるのは、空間が不安定なせいだ。陰鬱さを頭上に頂きながら、今日も人々は地獄の開墾にいそしむ。
彼らの中に、一人の女性がいた。派手な衣装が似合いそうな美人だが、今は他の者たちと同様、簡素な服装で仕事に精を出している。
そんな彼女の前に、亜麻色の髪の少年が現れた。賢そうな顔立ちが、人懐っこい笑みを浮かべる。
「あんた……」
「調子はどうですか?サロメアさん」
話しかけられ、サロメアは作業を中断する。彼女は、少年と顔見知りだった。確か、名はアスタロトといったか。この地獄を管理する悪魔のひとりで、その外見に似合わず、かなり上の立場にいるらしい。
「はっ……いいわけないだろう?毎日毎日、土とほこりにまみれてさ」
サロメアは、アスタロトのご機嫌伺いを鼻先で笑い飛ばす。彼女は、他の罪人たちとは違い、地獄の支配者であるルシファー……3により、別の世界から連れてこられた者だった。
「ま、つまらないことを考えているよりは、だいぶましだけどね」
「そうですか……」
肩をすくめるサロメアに、アスタロトは真剣な顔で頷く。彼は、3に言われてサロメアの様子を見に来たのだ。3は地獄の最高責任者なので、罪人ひとりをひいきするわけにはいかないのである。
「それにしても、最近、地震が多くて困るよ。ちゃんと、管理してるんだろうね?」
「すみません、不安がらせてしまって」
恐縮し、アスタロトが謝る。少年の殊勝な態度に心を動かされた様子もなく、サロメアは苦情を続けた。
「あたしは何とも思わないけど、他の連中がな。気が弱いやつらばっかりでさ」
そう言いながら、サロメアはわざとらしく周囲を見渡した。遠くから彼女たちの様子を窺がっていた罪人たちが、あわてて仕事に戻ろうとする。
聞いたところによると、彼らは天使たちに処刑されそうになっていたところを3や悪魔たちに救われて、この地獄に連行されたらしい。処刑の理由は様々だが、たいていの場合は神に愛された権力者たちの不興を買って、いらない存在だと判断されたためだという。
罪人と言っても、彼らはサロメアの常識からすれば大したことはしていない。ただ、少しだけ処世術に長けていなかっただけだ。
「ルシファー様や、他の悪魔たちが頑張っていますので、しばらくはこういうことはないと思います」
「しばらくの間は、か……」
アスタロトの正直すぎる現状報告を受け、サロメアはため息をつく。あいつの部下だけあってくそ真面目だね、と彼女は胸中でぼやいた。
話の途中で、急に頭上が暗くなる。空を見上げると、翼が生えた者たちがいつの間にかやってきていた。飛行しつつ、何かの作業を始めようとしている。
「あれは、天使……?」
「失礼な。悪魔ですよ。地獄のゆがみを、修復しているんです」
サロメアの言葉を即座に否定し、アスタロトが解説する。悪魔たちの歌声が、聞こえてきた。
「前から気になってたけど、あいつら、何で歌ってるんだい?」
サロメアが、素朴な疑問を口にする。歌いながら空を舞う一団を見たのは、これが初めてではなかった。
「精神を集中させるため……ですかね。歌いながら浄化すると、普通にやるより、ずっとうまくいくんです。ルシファー様が発見したんですよ?」
「ふーん……」
なぜか得意げに、アスタロトが胸を反らす。生返事を返し、サロメアは悪魔たちの澄んだ声に耳を傾けた。
神を讃えよ
主の恵みに感謝を
空に大地、神は総てに宿る
神を讃えよ、偉大なる神を……
「それにしても、あんたら、天界から離反したんだろ?何で讃美歌なんか歌ってるのさ」
「あ、やっぱりおかしいと思います?実は私も、変だなってずっと思ってたんですけど!」
サロメアの発言に、アスタロトが食いついてくる。予想外の反応に少し戸惑いつつ、サロメアは意見した。
「だったら、ルシファーのやつに言えばいいじゃないか」
「そんな……私ごときが、あの方に意見などできません。まして、神との関係は、実にデリケートなものですから」
「そういうもんかねえ……」
サロメアは、空を仰いだ。翼の一団の中に3の姿を探したが、見つけることはできなかった。
あれから、思いつく限りの情報収集を行ったが、まったくと言っていいほど成果は得られなかった。すっかり落胆し、エストはいったん、休憩を取ることにする。
(結局、手がかりはなし、か……)
中央広場のベンチに座り、考える。この街は、勇者の件を除けば平和な街である。
そこへ、またサッカー練習中の青年たちが通りかかった。どうやら、彼らは街中を走り回り、ゴールが置かれている空き地を見つけては、誰が得点を決めるか争っているらしい。ほどなくして放たれたシュートが、見事ゴールに入る。先ほどとは違い、エストは若者たちを見ていても喜びを共有できなかった。それどころか、彼らがとても遠い存在のように思える。
この世界では、女の自分がサッカーをするのは、おかしいことなのだ。
(……男って、ずるい。私の欲しいもの、全部独り占めしちゃうんだもの)
逆恨みであると自覚しつつ、エストは青年たちを険悪な目で見てしまう。それと同時に、彼女の脳裏に過去の記憶が思い起こされた。大人たちがかつて言っていたことが、頭の中で再生される。
『エストには悪いが、本当の勇者が見つかって良かったよ』
『やはり、勇者は男でなくては……』
この言葉を聞いた時は、暗闇に突き落とされた気がしたものだ。一時期、彼を含む全ての男たちを憎んだりもした。
だが、それは過去のことだ。彼は、本当に、素晴らしい勇者だった……
(って……今は、そんなこと関係ない!この世界では、私だって勇者なんだから!)
頭を強く振って、嫌な思い出を振り払う。現実に戻り、彼女は今までの情報をまとめることにした。
そう、現時点でナンナルの街は平和だ。ただひとつ、奇妙なところと言えば……
(やっぱり、あの屋敷の連中なのよね……)
涼しげな水しぶきを吹き上げる噴水を見ながら、エストはため息をつく。
あのちんぴらたちについても、彼女は人々から聞いて回っていた。
何でも、街の人々でさえ、彼らが何者かはわかっていないらしい。ふらりと現れて、いつの間にか屋敷に住みついたのだという。
それ以来、彼らが街中をうろついているのをたまに見かけるが、そのガラの悪さから、積極的に彼らに関わろうとする者はほとんどいないということだ。
3だけは例外で、彼は教会に足しげく通う敬虔な者だと称賛されている。また、人当たりもいいので、あの美しい容姿も相まって、人々の評判はいいようである。
3の正体は遠い国からお忍びで来た貴族で、他の二人は護衛なのだとうわさする者もいた。
(つまり、フォースのおかげであのちんぴらどもは街を追い出されずに済んでいるってことよね)
エストは、3のことを思い出す。初めて会ったときから、彼は魔物相手に物怖じしなかったり、魔王に対面しても何もされずにあっさり帰ってきたりと、何かと不思議な青年だった。
(気が進まないけど、もう一度フォースに会いに行ってみようかな……)
もしかすると、この街の勇者、というのは彼のことなのかもしれない。
他に行くところもないので、足取りが重くなるのを感じつつ、エストは歩き出した。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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