L-Triangle!5-6
- 2014/07/06
- 20:23
資材置き場に、勇ましい声が響き渡る。
「勇者だぞー!」
「おらおら、かかってきやがれー!」
木の棒を掲げて、ピリポとイザクがポーズをとった。相変わらず、言葉遣いが物騒だ。これが、彼らの中の勇者のイメージなのだろうか。
「わ、悪いひとは許さないよ……!」
少年たちに合わせて、ユーリスが木の棒を構える。二人のノリに、彼はついていけていなかった。
「……なーんか、迫力ねえなあ、ユーリス」
拍子抜けしたように、ピリポが頭を掻く。
「ご、ごめん……」
「女の勇者様だから、しょうがねえよ」
しょげるユーリスを、イザクが慰める。そんな時、資材置き場の前を、細長い人影が通りかかった。
「お前ら、相変わらず元気だな」
呆れたように、声をかけてくる。それが、昨日自分を助けてくれた青年だということに、ユーリスは気づいた。
「あ、兄ちゃん!」
「カイン兄ちゃんだ!」
ユーリスが何かを言うより先に、ピリポとイザクが2に駆け寄る。少年たちの頬は紅潮し、瞳はきらきらと輝いている。彼らは、とてもうれしそうだった。
「よお。あれから、具合悪くなったりしてねえか?」
「だ、大丈夫です」
ピリポとイザクを適当にいなしつつ、2がユーリスを気遣う。やっぱりいいひとだ、と思い、ユーリスは素直に頷いた。二人のやり取りを聞いて、ピリポとイザクが驚く。
「ユーリス、兄ちゃんのこと知ってるのか?」
「うん。助けてもらったんだ」
「……へへ、そっか」
ユーリスの説明に、二人の少年は顔をほころばせた。
「連れの姉ちゃんはどうしたよ」
じゃれついてくる少年たちの相手をしながら、2は辺りを見回す。エストのことを言っているのだということは、容易に察しがついた。
「ええと、勇者様のことを調べるって言ってました」
「ちっ……やっぱりそうか」
忌々しげに、2が舌打ちする。彼がなぜ不機嫌になったのか理解できず、ユーリスは首をかしげた。ピリポが木登りでもするかのような器用さで2の体を這い上がり、頭にしがみつく。
「なあなあ、兄ちゃん、遊ぼうぜ!勇者ごっこ!」
ピリポに続いて、イザクも2におぶさる。子どもふたりの体重を預けられているにもかかわらず、当の2は平然とした様子だ。あの細い身体は、見かけよりずっと頑丈らしい。
「また勇者ごっこかよ。お前ら、サッカーしねえの?」
「この時期、広場は大人にとられちゃってるからな~」
「俺らも、大会で街のチームに勝ってもらいたいし。だから、ちょっとの間だけ我慢!」
二人の少年が、快活に笑う。つられたように、2の目つきも穏やかになった。
「そっか。お前らも色々考えてるんだな」
「そーいうこと。じゃ、俺らが勇者で、兄ちゃん、魔王な!」
2の体から飛び降りて、ピリポとイザクが木の棒を構える。
「魔王なめてんじゃねえよ。おらおら、食っちまうぞ!」
これは本物の魔王の恐ろしさをわからせてやらねばなるまいと、2は牙を剥いて少年たちに襲いかかった。
「ぎゃ―――――!怖ぇ!」
「魔王だ、魔王だー!」
きゃあきゃあ叫びながら、子どもたちは逃げまどう。ユーリスもまた、ピリポとイザクに挟まれて、鬼ごっこに巻き込まれていた。
その頃、エストは屋敷の前で逡巡していた。昨日、啖呵を切って出て行っただけに、おめおめと顔を見せるのはばつが悪い。おまけに、もしフォースが不在であのちんぴら二人に遭遇した場合、気まずいことになるのは目に見えている。
と、そこへ、玄関の扉が開き、姿を現したのは、赤いコートの大男。エストは、彼とばっちり目が合ってしまった。
「あ……!」
「何だ、昨日のやつじゃねえか。こんなところで何やってんだ」
狼狽する彼女に、1が話しかけてくる。てっきり無視されると思っていたエストは、意表を突かれた。
「……フォースに用があるのよ。彼、いるの?」
気まずそうに、もごもごと尋ねる。エストの内心の動揺など歯牙にもかけず、1はぶっきらぼうに告げた。
「あいつならしばらく来ねえよ」
「どうして?」
「仕事が忙しいんだと」
こちらの質問に、簡潔ながらも1はきちんと答えてくれる。思ったよりも話ができると感じ、エストは彼と少し話をしてみることにした。
「フォースの仕事って……何?」
「何だよお前、そーいうのは本人から聞けよな」
1が、ため息交じりに返す。理由はわからないが、ばかにされたような気がして、エストは苛立った。
「だって、しばらく来ないってあなた今言ったじゃない!」
「じゃあ、来るまで待ってろや。がっつく女はもてねえぜ?」
にやにやしながら、1はエストを見下ろした。どうやら、3の追っかけだと勘違いされているらしい。
「そういうんじゃないわよ!私は、真実を知りたいだけ!」
「真実って、何のだよ」
「この街の勇者様についてよ!あなたたち、何か知ってるんでしょう?」
売り言葉に買い言葉で、エストはここへ来た理由を正直に話してしまう。1の顔から笑みが消えたのに気づき、彼女は自分が口を滑らせたことを悟った。
「それを知ってどうするんだ」
尋問するような口調で、1がエストに聞いてくる。先ほどとはうってかわって、彼から威圧感を感じた。
「え、それは……だって、気になるじゃない」
半端なごまかしは通じないと察し、エストは正直に話す。
「野次馬根性でここまで来たのかよ。暇人だな」
「ち、違うわよ!私だって勇者なのよ!?新しく勇者が現れたなら、何か役に立てるかと思って……」
半眼になる1に、あわてて弁解するエスト。しゃべりすぎたか、と一瞬後悔するが、彼女が勇者だと知っても、1は特に驚いた様子を見せなかった。たぶん3から大体のことは聞いているのだろう、とエストは推測する。
「お節介だな、お前」
「当然よ、勇者だもの。魔王を倒す者同士、協力した方がいいに決まっているわ。独自の情報網だってあるしね」
「ほお?」
興味深げに、1が目つきを鋭くする。情報を得るつもりが、逆にどんどん与えるかたちになっていることに、彼女はここでようやく気がついた。
「あ、あなたが勇者じゃないなら、関係ないことだけどね!」
「……まあ、関係ねえわな」
ひょいと肩をすくめ、1はエストの横をすり抜けて歩き出そうとする。あわてて、エストは彼を制止した。
「待ちなさい!話は終わってないわよ!?」
「うるせえなあ……」
めんどくさそうに、1がぼやく。この時点で、彼はこちらへの関心を失っている。彼女に対する用件が済んだからなのか、はたまた単に話をするのに飽きたのかはわからない。
「この街の勇者は、誰なの!?どうして人前に姿を現さないの!?教えてくれるまで、私はこの街を離れないからね!」
焦りに駆られて、エストはありったけの疑問をぶつけた。心底うっとうしそうに、それでいてどこか憐れむように彼女を一瞥し、
「勝手にしろよ」
冷たく言い捨てて、1は今度こそ本当に去って行った。
「……絶対、あきらめないんだから……!」
取り残されたエストは、悔しそうに歯噛みする。こうなったら意地でも尻尾を掴んでやるんだと意気込んで、彼女もまた、歩き出した。
憤りつつ、街路を突き進んでいく。そうしているうちに、いつの間にかエストは自分が泊まっている宿の近くまで来ていた。
「ユーリス、元気に遊んでいるかしら……」
ふと気になって、連れの少年の姿を探す。宿屋の主人に聞いてみようかと考えていると、
「うわああああああ!!」
ユーリスの悲鳴が、耳に届いた。
「ユーリス!?」
あわてて、エストは声の方へと駆け出す。勇者として勘を磨いている彼女は、すぐに少年の居場所を突き止めた。大慌てで資材置き場へ飛び込んだ彼女が見たものは。
「わああああああ!!目が回る――――!!」
「おらおら、参ったか、勇者サマよお!!」
ユーリスの両手を持って振り回している2の姿だった。バターになるのではないかと危惧するほど、猛烈な勢いで回転している。
「おのれ魔王めー!」
「やっつけろー!」
その周囲では、街の少年二人が、2に挑みかかってはかわされて転んでいた。
「ユ、ユーリス!!」
わけがわからず、エストは少年の名を呼ぶ。ようやくこちらに気づき、2は回転するのをやめた。
「……おい、保護者が来たぞ」
ユーリスの体をそっと地面に下ろし、声をかける。
「ああああ……まだ回ってる~……」
少年は、ふらふらとその場に座り込んだ。それを見て、エストは激怒する。
「あんた、ユーリスに何すんのよ!!」
「何って、かわいがってやってたんだろうが。なあ?」
うっとうしそうに返し、2は子どもたちに同意を求める。彼らは、力強く頷いた。
「うん!」
「次は俺だぞー!」
「そ、そうだよ、エスト。僕、とっても楽しかった」
ユーリスまでもが、2のフォローに加わる。味方がいない状況に戸惑いつつも、エストは2にくってかかった。
「……とにかく!子どもたちに変な遊びを教えないで!」
「うっせえなあ……」
興をそがれたか、図らずも先ほどの1と同じ台詞を言って、2は資材置き場から出て行こうとする。
「兄ちゃん!帰っちゃうの!?」
「また遊んでくれよなー!」
名残惜しそうな子どもたちの視線を背に受けつつ、2は振り返ることなく遠ざかっていく。
「あ、待ちなさいよ!」
エストも、その後を追った。
「あーあ……もうちょっと遊びたかったな」
「ご、ごめんね、エストが……」
心底残念そうな少年たちに、ユーリスは謝る。
「カイン兄ちゃん、大人たちからは評判悪ぃからな~」
「そうそう。「あんな不良と関わるな」って、母ちゃんがうるせえし」
二人の少年は、やれやれと肩をすくめた。彼らからは、エストに対する怒りは感じられない。ただ、仕方がない、という諦めがそこにはあった。おそらく、これまで何度も叱られているのだろう。だが、彼らは2から距離を置こうとしない。
「二人とも、カインお兄ちゃんが大好きなんだね」
感心したように、ユーリスは二人を見る。彼は、エストに反対されてまで誰かとつき合おうと考えたことはなかった。
「当然だろ。兄ちゃんは、俺の命の恩人だからな!」
「化け物に襲われたとき、助けてくれたもんな!」
「え……そうなの?」
胸を張るピリポとイザクに、ユーリスは意外そうに尋ねる。
「それに……」
「それに?」
得意げに何かを言おうとしたピリポに、ユーリスは詰め寄る。イザクが、それを遮った。
「ピリポ、それはまだ内緒にしとこうぜ」
「あ……うん、そうだな。とにかく、兄ちゃんはああ見えて、すっごく強くてかっこいいんだ!」
イザクの忠告を聞いて、ピリポは言葉を濁した。もうちょっとで何かを聞き出せたのにな、とユーリスは残念な気持ちになる。
「大人たちも、わかってくれたらいいのにな~」
深々と息を吐き、少年二人は頭を振る。あくまでも2を慕う彼らのために、ユーリスも何かをしてあげたいと感じた。
「そうだね。僕も、エストの誤解が解けるように、話をしてみるよ!」
落ち込む二人を元気づけようと、ユーリスは明るい声で言う。みんなが、なんのわだかまりもなく仲良くなれればいいと、彼は心から願った。
さて、2の後を追ったエストは、人ごみの中に入っていく彼を追跡するのに苦労していた。慣れた様子で、2は人々の間をぬってすいすいと進んでいく。
「待ちなさいってば……ん?」
見失わないように必死でついていくと、唐突に2が立ち止まった。一人の男が、彼に手を振る。
「カインのアニキー!!」
「お前……昨日の」
満面の笑みとともに走ってくる、男。エストは、二人の様子を少し離れたところから観察することにした。
「誰かしら……知り合い?」
男の顔を、まじまじと凝視する。見覚えはないが、なぜか奇妙な感じがした。
「探してたんスよー!変身が解ける前に会えて良かったっス!」
「無茶するなあ……バレたら大変なことになるんだろ?」
全身で喜びを表現する男に、2は呆れている。彼らの会話に混じる単語に、エストは違和感を覚えた。変身が解けるだの、バレたら大変だのと、どう考えても怪しい。
「それで、何の用だ?何かあったのか?」
「いやあ……昨日教えてもらったアレ、ルールがわからないところがありやして」
「ん?どのへんがだよ……と、その前に」
会話の途中で言葉を切り、2は唐突にエストの方へ向き直った。虚を突かれて硬直するエストに、つかつかと歩み寄る。
「お前、俺にまだ何か用かよ」
「え、その……」
間近で睨まれて、エストは狼狽する。1ほどではないが、2も彼女よりずっと背が高く、迫力がある。立ち聞きがばれている状態で、そんな相手を前に居直れるほど、エストは図太くなかった。
「用がねえならついてくんなよ、うっとうしい」
「なっ……!」
突き放すような態度をとられ、さすがにエストはむっとする。そこへ、2に声をかけた男が割って入ってきた。
「アニキ、この女、何なんスか?シメてやりやしょうか?」
男が、歯を剥いて威嚇してくる。男から放たれる殺気に、エストは胸がざわついた。
「お前は余計なことすんな」
2にたしなめられて、男はすごすごと引っ込む。身の危険を察知したエストは、本題に入ることにした。
「だ、だから、この街の勇者のことを……」
「ああ、その話か」
「何か知ってるの?」
2の意味ありげな言動に手ごたえを感じ、エストは彼に詰め寄る。わずらわしげに、2は答えた。
「勇者なんていねえよ」
「え?」
「色々偶然が重なって、街のやつらが勘違いしてるだけだ。この街には、勇者なんて最初から存在しねえのさ」
そう、きっぱりと断言する。それは、あてもなく勇者を探すエストに初めて与えられた、はっきりした答えだった。だが、それで納得できるはずがない。
「だ、だって、魔物の軍勢が撤退したりしてるんでしょ!?他にも、色々な奇跡があったって……」
「細けえことの裏事情なんか知らねえよ。俺が言えるのは、それだけだ」
「…………っ」
2は、堂々たる態度で言い放つ。エストは、押し黙った。どうにか反論したいものの、言葉が出てこない。
「じゃあな、もうついてくるなよ」
そう念を押し、2は踵を返す。男が、おろおろとその後を追った。
「アニキ、大丈夫でやすか?」
「ああ。行こうぜ」
そして2と男は、談笑しながら去って行く。またもとり残されたエストはと言うと、
「……そんなことで、引き下がるわけないじゃない」
彼らの後を、こっそりと追うことにした。
荒野で2を待っていたのは、昨日、ともにサッカーをやった魔物たちだった。
「で、わかんねえことって何だよ?」
彼ら全員の顔をちらりと見て、2は案内役の男に問いかける。男は、魔物に変貌しかけていた。頭から角が生え、口が裂けている。
「俺ら、さっそく試合をやったんスけど、同点のまま時間切れになっちまったんスよ。そういう時って、どうやって決着つけるんスか?引き分けで終了っスか?」
長い舌をちらつかせながら、男が尋ねる。もういい加減魔物に戻っちまえよ、と2は思ったが、それはとりあえず置いておくことにした。
「ああ、そういう時はな、PKっつーのをやるんだよ」
「PK?」
「おうよ。まず、五人選んで……」
聞き慣れない単語に興味津々な魔物たちの前で、ルール説明をする2。
エストは、それを遠くで見ていた。
(あれ、魔物たちじゃないの!!)
激しく鼓動を打つ胸を押さえ、息を呑む。ちなみに、彼らの会話は聞こえていない。先ほど2に感づかれたので、そこは学習したのだ。
(間違いないわ。あいつら、勇者なんかじゃない!)
そして、エストはその場を離れた。そのまま振り返ることなく走り続ける。
結論は、もう出ていた。
(あいつら……魔物なんだ!!)
頭の中を、様々な光景がぐるぐると回る。
魔王の城で、傷を治してくれた3。街の子供たちに懐かれていた2。
騙された。裏切られた。自分だけではなく、街の人たち全員が。
「許さない……!」
息を切らせながら、呟く。
「待っていなさい、魔物ども!その化けの皮、はいでやるんだから!」
揺るがぬ決意とともに、青い空に向かってエストは誓った。
「勇者だぞー!」
「おらおら、かかってきやがれー!」
木の棒を掲げて、ピリポとイザクがポーズをとった。相変わらず、言葉遣いが物騒だ。これが、彼らの中の勇者のイメージなのだろうか。
「わ、悪いひとは許さないよ……!」
少年たちに合わせて、ユーリスが木の棒を構える。二人のノリに、彼はついていけていなかった。
「……なーんか、迫力ねえなあ、ユーリス」
拍子抜けしたように、ピリポが頭を掻く。
「ご、ごめん……」
「女の勇者様だから、しょうがねえよ」
しょげるユーリスを、イザクが慰める。そんな時、資材置き場の前を、細長い人影が通りかかった。
「お前ら、相変わらず元気だな」
呆れたように、声をかけてくる。それが、昨日自分を助けてくれた青年だということに、ユーリスは気づいた。
「あ、兄ちゃん!」
「カイン兄ちゃんだ!」
ユーリスが何かを言うより先に、ピリポとイザクが2に駆け寄る。少年たちの頬は紅潮し、瞳はきらきらと輝いている。彼らは、とてもうれしそうだった。
「よお。あれから、具合悪くなったりしてねえか?」
「だ、大丈夫です」
ピリポとイザクを適当にいなしつつ、2がユーリスを気遣う。やっぱりいいひとだ、と思い、ユーリスは素直に頷いた。二人のやり取りを聞いて、ピリポとイザクが驚く。
「ユーリス、兄ちゃんのこと知ってるのか?」
「うん。助けてもらったんだ」
「……へへ、そっか」
ユーリスの説明に、二人の少年は顔をほころばせた。
「連れの姉ちゃんはどうしたよ」
じゃれついてくる少年たちの相手をしながら、2は辺りを見回す。エストのことを言っているのだということは、容易に察しがついた。
「ええと、勇者様のことを調べるって言ってました」
「ちっ……やっぱりそうか」
忌々しげに、2が舌打ちする。彼がなぜ不機嫌になったのか理解できず、ユーリスは首をかしげた。ピリポが木登りでもするかのような器用さで2の体を這い上がり、頭にしがみつく。
「なあなあ、兄ちゃん、遊ぼうぜ!勇者ごっこ!」
ピリポに続いて、イザクも2におぶさる。子どもふたりの体重を預けられているにもかかわらず、当の2は平然とした様子だ。あの細い身体は、見かけよりずっと頑丈らしい。
「また勇者ごっこかよ。お前ら、サッカーしねえの?」
「この時期、広場は大人にとられちゃってるからな~」
「俺らも、大会で街のチームに勝ってもらいたいし。だから、ちょっとの間だけ我慢!」
二人の少年が、快活に笑う。つられたように、2の目つきも穏やかになった。
「そっか。お前らも色々考えてるんだな」
「そーいうこと。じゃ、俺らが勇者で、兄ちゃん、魔王な!」
2の体から飛び降りて、ピリポとイザクが木の棒を構える。
「魔王なめてんじゃねえよ。おらおら、食っちまうぞ!」
これは本物の魔王の恐ろしさをわからせてやらねばなるまいと、2は牙を剥いて少年たちに襲いかかった。
「ぎゃ―――――!怖ぇ!」
「魔王だ、魔王だー!」
きゃあきゃあ叫びながら、子どもたちは逃げまどう。ユーリスもまた、ピリポとイザクに挟まれて、鬼ごっこに巻き込まれていた。
その頃、エストは屋敷の前で逡巡していた。昨日、啖呵を切って出て行っただけに、おめおめと顔を見せるのはばつが悪い。おまけに、もしフォースが不在であのちんぴら二人に遭遇した場合、気まずいことになるのは目に見えている。
と、そこへ、玄関の扉が開き、姿を現したのは、赤いコートの大男。エストは、彼とばっちり目が合ってしまった。
「あ……!」
「何だ、昨日のやつじゃねえか。こんなところで何やってんだ」
狼狽する彼女に、1が話しかけてくる。てっきり無視されると思っていたエストは、意表を突かれた。
「……フォースに用があるのよ。彼、いるの?」
気まずそうに、もごもごと尋ねる。エストの内心の動揺など歯牙にもかけず、1はぶっきらぼうに告げた。
「あいつならしばらく来ねえよ」
「どうして?」
「仕事が忙しいんだと」
こちらの質問に、簡潔ながらも1はきちんと答えてくれる。思ったよりも話ができると感じ、エストは彼と少し話をしてみることにした。
「フォースの仕事って……何?」
「何だよお前、そーいうのは本人から聞けよな」
1が、ため息交じりに返す。理由はわからないが、ばかにされたような気がして、エストは苛立った。
「だって、しばらく来ないってあなた今言ったじゃない!」
「じゃあ、来るまで待ってろや。がっつく女はもてねえぜ?」
にやにやしながら、1はエストを見下ろした。どうやら、3の追っかけだと勘違いされているらしい。
「そういうんじゃないわよ!私は、真実を知りたいだけ!」
「真実って、何のだよ」
「この街の勇者様についてよ!あなたたち、何か知ってるんでしょう?」
売り言葉に買い言葉で、エストはここへ来た理由を正直に話してしまう。1の顔から笑みが消えたのに気づき、彼女は自分が口を滑らせたことを悟った。
「それを知ってどうするんだ」
尋問するような口調で、1がエストに聞いてくる。先ほどとはうってかわって、彼から威圧感を感じた。
「え、それは……だって、気になるじゃない」
半端なごまかしは通じないと察し、エストは正直に話す。
「野次馬根性でここまで来たのかよ。暇人だな」
「ち、違うわよ!私だって勇者なのよ!?新しく勇者が現れたなら、何か役に立てるかと思って……」
半眼になる1に、あわてて弁解するエスト。しゃべりすぎたか、と一瞬後悔するが、彼女が勇者だと知っても、1は特に驚いた様子を見せなかった。たぶん3から大体のことは聞いているのだろう、とエストは推測する。
「お節介だな、お前」
「当然よ、勇者だもの。魔王を倒す者同士、協力した方がいいに決まっているわ。独自の情報網だってあるしね」
「ほお?」
興味深げに、1が目つきを鋭くする。情報を得るつもりが、逆にどんどん与えるかたちになっていることに、彼女はここでようやく気がついた。
「あ、あなたが勇者じゃないなら、関係ないことだけどね!」
「……まあ、関係ねえわな」
ひょいと肩をすくめ、1はエストの横をすり抜けて歩き出そうとする。あわてて、エストは彼を制止した。
「待ちなさい!話は終わってないわよ!?」
「うるせえなあ……」
めんどくさそうに、1がぼやく。この時点で、彼はこちらへの関心を失っている。彼女に対する用件が済んだからなのか、はたまた単に話をするのに飽きたのかはわからない。
「この街の勇者は、誰なの!?どうして人前に姿を現さないの!?教えてくれるまで、私はこの街を離れないからね!」
焦りに駆られて、エストはありったけの疑問をぶつけた。心底うっとうしそうに、それでいてどこか憐れむように彼女を一瞥し、
「勝手にしろよ」
冷たく言い捨てて、1は今度こそ本当に去って行った。
「……絶対、あきらめないんだから……!」
取り残されたエストは、悔しそうに歯噛みする。こうなったら意地でも尻尾を掴んでやるんだと意気込んで、彼女もまた、歩き出した。
憤りつつ、街路を突き進んでいく。そうしているうちに、いつの間にかエストは自分が泊まっている宿の近くまで来ていた。
「ユーリス、元気に遊んでいるかしら……」
ふと気になって、連れの少年の姿を探す。宿屋の主人に聞いてみようかと考えていると、
「うわああああああ!!」
ユーリスの悲鳴が、耳に届いた。
「ユーリス!?」
あわてて、エストは声の方へと駆け出す。勇者として勘を磨いている彼女は、すぐに少年の居場所を突き止めた。大慌てで資材置き場へ飛び込んだ彼女が見たものは。
「わああああああ!!目が回る――――!!」
「おらおら、参ったか、勇者サマよお!!」
ユーリスの両手を持って振り回している2の姿だった。バターになるのではないかと危惧するほど、猛烈な勢いで回転している。
「おのれ魔王めー!」
「やっつけろー!」
その周囲では、街の少年二人が、2に挑みかかってはかわされて転んでいた。
「ユ、ユーリス!!」
わけがわからず、エストは少年の名を呼ぶ。ようやくこちらに気づき、2は回転するのをやめた。
「……おい、保護者が来たぞ」
ユーリスの体をそっと地面に下ろし、声をかける。
「ああああ……まだ回ってる~……」
少年は、ふらふらとその場に座り込んだ。それを見て、エストは激怒する。
「あんた、ユーリスに何すんのよ!!」
「何って、かわいがってやってたんだろうが。なあ?」
うっとうしそうに返し、2は子どもたちに同意を求める。彼らは、力強く頷いた。
「うん!」
「次は俺だぞー!」
「そ、そうだよ、エスト。僕、とっても楽しかった」
ユーリスまでもが、2のフォローに加わる。味方がいない状況に戸惑いつつも、エストは2にくってかかった。
「……とにかく!子どもたちに変な遊びを教えないで!」
「うっせえなあ……」
興をそがれたか、図らずも先ほどの1と同じ台詞を言って、2は資材置き場から出て行こうとする。
「兄ちゃん!帰っちゃうの!?」
「また遊んでくれよなー!」
名残惜しそうな子どもたちの視線を背に受けつつ、2は振り返ることなく遠ざかっていく。
「あ、待ちなさいよ!」
エストも、その後を追った。
「あーあ……もうちょっと遊びたかったな」
「ご、ごめんね、エストが……」
心底残念そうな少年たちに、ユーリスは謝る。
「カイン兄ちゃん、大人たちからは評判悪ぃからな~」
「そうそう。「あんな不良と関わるな」って、母ちゃんがうるせえし」
二人の少年は、やれやれと肩をすくめた。彼らからは、エストに対する怒りは感じられない。ただ、仕方がない、という諦めがそこにはあった。おそらく、これまで何度も叱られているのだろう。だが、彼らは2から距離を置こうとしない。
「二人とも、カインお兄ちゃんが大好きなんだね」
感心したように、ユーリスは二人を見る。彼は、エストに反対されてまで誰かとつき合おうと考えたことはなかった。
「当然だろ。兄ちゃんは、俺の命の恩人だからな!」
「化け物に襲われたとき、助けてくれたもんな!」
「え……そうなの?」
胸を張るピリポとイザクに、ユーリスは意外そうに尋ねる。
「それに……」
「それに?」
得意げに何かを言おうとしたピリポに、ユーリスは詰め寄る。イザクが、それを遮った。
「ピリポ、それはまだ内緒にしとこうぜ」
「あ……うん、そうだな。とにかく、兄ちゃんはああ見えて、すっごく強くてかっこいいんだ!」
イザクの忠告を聞いて、ピリポは言葉を濁した。もうちょっとで何かを聞き出せたのにな、とユーリスは残念な気持ちになる。
「大人たちも、わかってくれたらいいのにな~」
深々と息を吐き、少年二人は頭を振る。あくまでも2を慕う彼らのために、ユーリスも何かをしてあげたいと感じた。
「そうだね。僕も、エストの誤解が解けるように、話をしてみるよ!」
落ち込む二人を元気づけようと、ユーリスは明るい声で言う。みんなが、なんのわだかまりもなく仲良くなれればいいと、彼は心から願った。
さて、2の後を追ったエストは、人ごみの中に入っていく彼を追跡するのに苦労していた。慣れた様子で、2は人々の間をぬってすいすいと進んでいく。
「待ちなさいってば……ん?」
見失わないように必死でついていくと、唐突に2が立ち止まった。一人の男が、彼に手を振る。
「カインのアニキー!!」
「お前……昨日の」
満面の笑みとともに走ってくる、男。エストは、二人の様子を少し離れたところから観察することにした。
「誰かしら……知り合い?」
男の顔を、まじまじと凝視する。見覚えはないが、なぜか奇妙な感じがした。
「探してたんスよー!変身が解ける前に会えて良かったっス!」
「無茶するなあ……バレたら大変なことになるんだろ?」
全身で喜びを表現する男に、2は呆れている。彼らの会話に混じる単語に、エストは違和感を覚えた。変身が解けるだの、バレたら大変だのと、どう考えても怪しい。
「それで、何の用だ?何かあったのか?」
「いやあ……昨日教えてもらったアレ、ルールがわからないところがありやして」
「ん?どのへんがだよ……と、その前に」
会話の途中で言葉を切り、2は唐突にエストの方へ向き直った。虚を突かれて硬直するエストに、つかつかと歩み寄る。
「お前、俺にまだ何か用かよ」
「え、その……」
間近で睨まれて、エストは狼狽する。1ほどではないが、2も彼女よりずっと背が高く、迫力がある。立ち聞きがばれている状態で、そんな相手を前に居直れるほど、エストは図太くなかった。
「用がねえならついてくんなよ、うっとうしい」
「なっ……!」
突き放すような態度をとられ、さすがにエストはむっとする。そこへ、2に声をかけた男が割って入ってきた。
「アニキ、この女、何なんスか?シメてやりやしょうか?」
男が、歯を剥いて威嚇してくる。男から放たれる殺気に、エストは胸がざわついた。
「お前は余計なことすんな」
2にたしなめられて、男はすごすごと引っ込む。身の危険を察知したエストは、本題に入ることにした。
「だ、だから、この街の勇者のことを……」
「ああ、その話か」
「何か知ってるの?」
2の意味ありげな言動に手ごたえを感じ、エストは彼に詰め寄る。わずらわしげに、2は答えた。
「勇者なんていねえよ」
「え?」
「色々偶然が重なって、街のやつらが勘違いしてるだけだ。この街には、勇者なんて最初から存在しねえのさ」
そう、きっぱりと断言する。それは、あてもなく勇者を探すエストに初めて与えられた、はっきりした答えだった。だが、それで納得できるはずがない。
「だ、だって、魔物の軍勢が撤退したりしてるんでしょ!?他にも、色々な奇跡があったって……」
「細けえことの裏事情なんか知らねえよ。俺が言えるのは、それだけだ」
「…………っ」
2は、堂々たる態度で言い放つ。エストは、押し黙った。どうにか反論したいものの、言葉が出てこない。
「じゃあな、もうついてくるなよ」
そう念を押し、2は踵を返す。男が、おろおろとその後を追った。
「アニキ、大丈夫でやすか?」
「ああ。行こうぜ」
そして2と男は、談笑しながら去って行く。またもとり残されたエストはと言うと、
「……そんなことで、引き下がるわけないじゃない」
彼らの後を、こっそりと追うことにした。
荒野で2を待っていたのは、昨日、ともにサッカーをやった魔物たちだった。
「で、わかんねえことって何だよ?」
彼ら全員の顔をちらりと見て、2は案内役の男に問いかける。男は、魔物に変貌しかけていた。頭から角が生え、口が裂けている。
「俺ら、さっそく試合をやったんスけど、同点のまま時間切れになっちまったんスよ。そういう時って、どうやって決着つけるんスか?引き分けで終了っスか?」
長い舌をちらつかせながら、男が尋ねる。もういい加減魔物に戻っちまえよ、と2は思ったが、それはとりあえず置いておくことにした。
「ああ、そういう時はな、PKっつーのをやるんだよ」
「PK?」
「おうよ。まず、五人選んで……」
聞き慣れない単語に興味津々な魔物たちの前で、ルール説明をする2。
エストは、それを遠くで見ていた。
(あれ、魔物たちじゃないの!!)
激しく鼓動を打つ胸を押さえ、息を呑む。ちなみに、彼らの会話は聞こえていない。先ほど2に感づかれたので、そこは学習したのだ。
(間違いないわ。あいつら、勇者なんかじゃない!)
そして、エストはその場を離れた。そのまま振り返ることなく走り続ける。
結論は、もう出ていた。
(あいつら……魔物なんだ!!)
頭の中を、様々な光景がぐるぐると回る。
魔王の城で、傷を治してくれた3。街の子供たちに懐かれていた2。
騙された。裏切られた。自分だけではなく、街の人たち全員が。
「許さない……!」
息を切らせながら、呟く。
「待っていなさい、魔物ども!その化けの皮、はいでやるんだから!」
揺るがぬ決意とともに、青い空に向かってエストは誓った。
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