L-Triangle!外伝④-1
- 2014/07/17
- 20:46
初夏の日差しの中、ナンナルの街では、今日も若者たちがサッカーに明け暮れている。その中に、ルシファーその2……略して2は、当たり前のような顔をして混じっていた。この世界とは違うところから来たうえ、人間ですらない彼だが、ここでは、単なるサッカー好きの青年で通っている。
「もうすぐ、大会だな!」
若者のうちのひとりが、話しかけてくる。近々、この地方では大規模なサッカー大会が行われる。彼らは、それに向けて練習しているのだ。
「そうなのか。頑張れよ」
リフティングをしつつ、2は返事を返す。若者は、意外そうに目を見開いた。
「何言ってんだよ、カイン。お前も出るんだろ?」
「え?」
動きを止めて、2は若者へと視線を向ける。カインというのは、2のこの世界での名前だ。
「カイン、サッカーうまいもんな!お前がいれば百人力だ!」
「これは、かなりいいとこまで勝ち抜けるんじゃないか?」
他の若者たちも、2の元へぞくぞくと集まってきた。ナンナルののどかな気風が勝負ごとに向かないためか、今までチームは一回戦を突破したことすらない。彼らは皆、期待に満ちた目で2を見つめていた。
「というわけで、サッカーの大会に出ることになった」
屋敷に帰った2は、さっそく報告をした。広間では、2と同様に他の世界から来たルシファー二人が、彼の話を聞いている。
「ふーん……お前もよくやるよな。せいぜい頑張ればいいんじゃねえか?」
筋トレを終えて、ルシファーその1……略して1が、気のない返事をする。
「ちょっと待って。カイン、他の選手たちとレベルは合わせてるの?」
本を棚にしまい、ルシファーその3……略して3が、不安そうに尋ねてきた。
「一応、手加減はしてるつもりだが……何でそんなこと聞くんだ?」
きょとんとした様子で、2が問い返す。3が何をそんなに気にしているのか、彼にはわからなかった。
「だって、あまり飛びぬけて活躍しちゃったら、目立つよ。また、悪魔に憑りつかれた、なんて言われるかもしれない」
ため息をついて、3は懸念する。前述のとおり、彼らは人間ではない。それぞれの世界の地獄の支配者であり、悪魔たちの王……それが、彼らの正体だった。当然、その身体能力は、一般人の比ではない。
「つっても、ホントに悪魔なんだがな」
1が茶化すが、3は真剣だ。
「サッカーの試合で活躍するのはいいことだけど、変に注目されるの、怖いんだよね」
「大丈夫だって、ちゃんとやるから!」
3の心配を笑い飛ばし、2が力強く請け合う。
「そう?それならいいけど……」
その自信に満ちた態度に3が安堵しかけたとき、2は続けて言った。
「出場するからには、きっちり優勝狙っていくぜ!」
「ちょっ……全然、わかってないじゃないか!」
ガッツポーズをとる2を、3は血相を変えて怒鳴る。3の忠告は、2の両耳をただ通り過ぎただけだったらしい。
「楽しみだな~、あ、休みとらねえと」
3の怒りなど気にも留めず、2は、すこぶる上機嫌である。
「……さて、どうするよ?」
にやにやしながら、1が3に問う。その冷やかすような態度に触発されて、3はきっぱりと宣言した。
「決まってるじゃないか。カイン、私も大会、見に行くからね!」
「ん?応援に来てくれるのか?」
「それもあるけど……ああ、もういいや」
どこまでも浮かれ調子の2に、3はこれ以上忠告するのをあきらめる。同時に、自分がしっかりしないと、と彼は自身に喝を入れた。
それからしばらく雑談した後、予定を調整するために、2は一足先に元の世界へ帰ってしまった。
「何か大ごとになってきたな。俺様には関係ねえけど」
ソファーに寄りかかりながら、1がのんきなことを言う。その途端、3の鋭い視線が、彼に突き刺さった。
「何言ってるんだよ、シーザー!君も来るんだよ!!」
いつもの穏やかさはどこへ捨ててきたのか、3が1に詰め寄る。シーザーというのは、1のこの世界での名前だ。ちなみに3は、フォースと名乗っている。
「はあ?何で俺様が、人間どものひっくいレベルのサッカーなんざ観戦しに行かなきゃならねえんだ」
本気で他人事だと思っていたらしく、1が反論する。最強を自称する彼は、弱者のレベルに合わせる必要性を感じていない。当然、人間たちのサッカーに興味はなかった。
「カインが何かやらかした場合に備えて、君の時を操る能力が欲しいんだよ」
予想外の抵抗にあい、3は1を説得にかかる。何かが起こっても、時を停めることができる彼がいれば、色々と対処のしようがあるのだ。
「甘やかすなよな。てめえの始末くらい、てめえでやらせろや」
「そういう方針でいった結果、カインがどんな目に遭ったか忘れたの!?」
鬼の形相で、3が1に迫る。2は以前、人外の力をうっかり街中で使ってしまい、悪魔に憑りつかれたと人々にうわさされ、悪魔祓いの儀式を受ける羽目になったことがある。
その儀式が曲者で、1と3が止めなければ、2は変態退魔士に手籠めにされていたかもしれないのだ。
「シーザー、大会の場所がどこだか知ってる?ウェヌスだよ?あの変態に遭遇するかもしれないんだよ!?そんなところにカインをみすみす送り出すつもりかい、君は!?」
「ま、まて、やめろ、おい!」
1の肩を掴んで、がくがくと揺さ振る3。あの変態、というのは、2の悪魔祓いを担当した退魔士・セイシュのことだ。確か、彼はウェヌスという街から派遣されたと言っていた。
「あーもう……わかった、わかったよ!行ってやるから離せ!」
「良かった。ありがとう、シーザー。よろしく頼むね」
有無を言わさぬ調子で、念を押される。3の過保護っぷりに、1はそら恐ろしいものを感じた。
大会当日、ウェヌスの街は多くの人でごった返していた。それはそうだろう、この大会のために、周辺の地域の人々が街に押し掛けているのだ。選手たちはもちろん、彼らの縁者や、サポーターもいる。商人たちも、あちこちに露店を設けていた。
「うわあ……すごいね、人がたくさん」
「どこからわいたんだ、こいつら」
3があまりの人の多さに目を丸くし、1でさえも、やや圧倒されている。普段、彼らが拠点としているナンナルとは違い、ウェヌスは遥かに都会だった。
「サッカースタジアムが四つもあるらしいぜ?すげえよな」
2が、サッカー仲間から聞いた情報を1と3に伝える。選手たちは前日からウェヌスに泊まっているのだが、2は仕事があったため、直接会場で合流することになっていた。
さっそく、ルシファー達はサッカースタジアムのうちのひとつ・第二スタジアムに入る。
「あ、カインお兄ちゃんだ!」
どこへいこうかとうろうろしていると、聞き覚えある声がして、誰かが近づいてきた。それは、以前ナンナルに滞在していた女勇者エストと、連れの少年ユーリスだった。
「ホントだ。すごい偶然ね」
エストが、驚いたように三人を見回す。彼女も、こんなところで再会するのは意外だったのだろう。
「やあ。君たちも観戦?」
「当然よ。大会があるって聞いたら、見逃せないでしょ!」
3が微笑みかけると、エストは胸を張って断言した。彼女は、子どもの頃サッカーに明け暮れていた経験があるという、2と同類のスポーツ好きだった。
「俺、選手として出場するんだぜ。いいだろ」
無邪気な様子で、2がエストに自慢する。
「え、そうなの!?あー……私も参加したかった……!」
「カインお兄ちゃん、すごーい!」
エストが羨ましそうな顔をし、ユーリスは素直に2を褒めた。和気あいあいと語り合う2とエスト達を見て、ずいぶんと仲良くなったな、と3は感心する。
「それなら、あんたのチームも応援しとくわ。頑張ってね」
「ばいばーい!」
そして、エストとユーリスは手を振り、去って行った。どうやら、他の誰かと待ち合わせでもしているらしい。勇者として世界各地を旅しているだけあって、彼女にはそこかしこに知り合いがいるのだろう。
「まさか、あいつらもいるとはな」
人ごみにまぎれてあっという間に姿を消したエストとユーリスを、1が呆然と見送る。これだけ多くの人の中で知人に会う確率は、相当なものだ。
「さってと、俺も行くか」
「くれぐれも気をつけてね、カイン」
軽く伸びをして、2もまた、二人から離れて控室へ向かっていく。その背中に、半ば無駄だとわかっていても、3は念を押さずにはいられなかった。
不安そうな3を尻目に、何とはなしに壁を見ていた1は、ふとあることに気づく。
「……それにしても、何だこの『痴漢に注意』ってのは」
「そういえば……やたらと多いね。事件でもあったんじゃないの?」
1につられて、3も壁の掲示物に注目した。『痴漢に注意』のポスターが、びっしりと貼られている。確か、ここ以外でも見かけたような気がする。
「ま、俺らには関係ねえか。行こうぜ」
どうでもいい貼り紙はさておいて、1と3は、客席へ向かった。
選手控室でメンバーと合流した2は、ここで初めて大会独自のルールを聞き、驚愕していた。
「え?試合時間が半分ってマジかよ?」
「一回戦・二回戦だけの特別処理だよ。参加チームも多いし、こうでもしないと日程が間延びしちゃうからさ」
他の選手が、肩をすくめる。しかも、大会初日である今日は、二回戦まで一気に行われるらしい。それでも一週間近くかかるのだから、それだけ大規模な大会だということだろう。
(俺の世界ではありえねえ話だな……)
妙なところで、やはりここは異世界なのだと2は実感した。この世界は、魔王や魔物が出没するため、彼の世界より平和ではない。スポーツのルールも、彼の世界に比べると洗練されておらず、かなりアバウトなようだ。
それはそれで受け入れて、チームメイトに混じってウォーミングアップをしていると、外が何やら騒がしくなった。
「何かあったのかな?」
「行ってみようぜ」
2は、何人かの選手を引きつれて、野次馬をしに行く。何でも、他チームの控室で、ユニフォームが切り裂かれたり、ロッカーに落書きをされたりといういたずらがあったらしい。
「何だよそれ……」
現場付近にいた連中から話を聞いて、2は絶句した。年に一度の晴れ舞台を妨害するなど、性格が悪いにもほどがある。だが、彼の予想に反して、周囲は楽観的だった。
「ああ、こういうの、毎年あるんだ」
「特定のチームを狙ってやってるわけじゃないみたいだし、何がしたいんだろ」
チームメイトたちが、のんきに首をかしげる。彼らは、すでにこういった事態に慣れているらしい。
「愉快犯ってことか……ったく、迷惑なやつだな」
それを見て、2も深刻に考えるのをやめた。騒げば騒ぐほど犯人が喜ぶと思うと、馬鹿らしい。
「俺らも何かされないように、気をつけようぜ」
そう結論を出し、2は仲間たちと控室に戻っていく。それと入れ違いで、一人の青年が現場に到着した。さらさらと流れる金髪の、背の高い青年である。黒い詰襟の服が、彼の美男ぶりを惹きたてていた。
「……ひと足、遅かったか」
荒らされた控室を覗き込み、拳を握りしめる。それは、ウェヌスの退魔士・セイシュだった。
「もうすぐ、大会だな!」
若者のうちのひとりが、話しかけてくる。近々、この地方では大規模なサッカー大会が行われる。彼らは、それに向けて練習しているのだ。
「そうなのか。頑張れよ」
リフティングをしつつ、2は返事を返す。若者は、意外そうに目を見開いた。
「何言ってんだよ、カイン。お前も出るんだろ?」
「え?」
動きを止めて、2は若者へと視線を向ける。カインというのは、2のこの世界での名前だ。
「カイン、サッカーうまいもんな!お前がいれば百人力だ!」
「これは、かなりいいとこまで勝ち抜けるんじゃないか?」
他の若者たちも、2の元へぞくぞくと集まってきた。ナンナルののどかな気風が勝負ごとに向かないためか、今までチームは一回戦を突破したことすらない。彼らは皆、期待に満ちた目で2を見つめていた。
「というわけで、サッカーの大会に出ることになった」
屋敷に帰った2は、さっそく報告をした。広間では、2と同様に他の世界から来たルシファー二人が、彼の話を聞いている。
「ふーん……お前もよくやるよな。せいぜい頑張ればいいんじゃねえか?」
筋トレを終えて、ルシファーその1……略して1が、気のない返事をする。
「ちょっと待って。カイン、他の選手たちとレベルは合わせてるの?」
本を棚にしまい、ルシファーその3……略して3が、不安そうに尋ねてきた。
「一応、手加減はしてるつもりだが……何でそんなこと聞くんだ?」
きょとんとした様子で、2が問い返す。3が何をそんなに気にしているのか、彼にはわからなかった。
「だって、あまり飛びぬけて活躍しちゃったら、目立つよ。また、悪魔に憑りつかれた、なんて言われるかもしれない」
ため息をついて、3は懸念する。前述のとおり、彼らは人間ではない。それぞれの世界の地獄の支配者であり、悪魔たちの王……それが、彼らの正体だった。当然、その身体能力は、一般人の比ではない。
「つっても、ホントに悪魔なんだがな」
1が茶化すが、3は真剣だ。
「サッカーの試合で活躍するのはいいことだけど、変に注目されるの、怖いんだよね」
「大丈夫だって、ちゃんとやるから!」
3の心配を笑い飛ばし、2が力強く請け合う。
「そう?それならいいけど……」
その自信に満ちた態度に3が安堵しかけたとき、2は続けて言った。
「出場するからには、きっちり優勝狙っていくぜ!」
「ちょっ……全然、わかってないじゃないか!」
ガッツポーズをとる2を、3は血相を変えて怒鳴る。3の忠告は、2の両耳をただ通り過ぎただけだったらしい。
「楽しみだな~、あ、休みとらねえと」
3の怒りなど気にも留めず、2は、すこぶる上機嫌である。
「……さて、どうするよ?」
にやにやしながら、1が3に問う。その冷やかすような態度に触発されて、3はきっぱりと宣言した。
「決まってるじゃないか。カイン、私も大会、見に行くからね!」
「ん?応援に来てくれるのか?」
「それもあるけど……ああ、もういいや」
どこまでも浮かれ調子の2に、3はこれ以上忠告するのをあきらめる。同時に、自分がしっかりしないと、と彼は自身に喝を入れた。
それからしばらく雑談した後、予定を調整するために、2は一足先に元の世界へ帰ってしまった。
「何か大ごとになってきたな。俺様には関係ねえけど」
ソファーに寄りかかりながら、1がのんきなことを言う。その途端、3の鋭い視線が、彼に突き刺さった。
「何言ってるんだよ、シーザー!君も来るんだよ!!」
いつもの穏やかさはどこへ捨ててきたのか、3が1に詰め寄る。シーザーというのは、1のこの世界での名前だ。ちなみに3は、フォースと名乗っている。
「はあ?何で俺様が、人間どものひっくいレベルのサッカーなんざ観戦しに行かなきゃならねえんだ」
本気で他人事だと思っていたらしく、1が反論する。最強を自称する彼は、弱者のレベルに合わせる必要性を感じていない。当然、人間たちのサッカーに興味はなかった。
「カインが何かやらかした場合に備えて、君の時を操る能力が欲しいんだよ」
予想外の抵抗にあい、3は1を説得にかかる。何かが起こっても、時を停めることができる彼がいれば、色々と対処のしようがあるのだ。
「甘やかすなよな。てめえの始末くらい、てめえでやらせろや」
「そういう方針でいった結果、カインがどんな目に遭ったか忘れたの!?」
鬼の形相で、3が1に迫る。2は以前、人外の力をうっかり街中で使ってしまい、悪魔に憑りつかれたと人々にうわさされ、悪魔祓いの儀式を受ける羽目になったことがある。
その儀式が曲者で、1と3が止めなければ、2は変態退魔士に手籠めにされていたかもしれないのだ。
「シーザー、大会の場所がどこだか知ってる?ウェヌスだよ?あの変態に遭遇するかもしれないんだよ!?そんなところにカインをみすみす送り出すつもりかい、君は!?」
「ま、まて、やめろ、おい!」
1の肩を掴んで、がくがくと揺さ振る3。あの変態、というのは、2の悪魔祓いを担当した退魔士・セイシュのことだ。確か、彼はウェヌスという街から派遣されたと言っていた。
「あーもう……わかった、わかったよ!行ってやるから離せ!」
「良かった。ありがとう、シーザー。よろしく頼むね」
有無を言わさぬ調子で、念を押される。3の過保護っぷりに、1はそら恐ろしいものを感じた。
大会当日、ウェヌスの街は多くの人でごった返していた。それはそうだろう、この大会のために、周辺の地域の人々が街に押し掛けているのだ。選手たちはもちろん、彼らの縁者や、サポーターもいる。商人たちも、あちこちに露店を設けていた。
「うわあ……すごいね、人がたくさん」
「どこからわいたんだ、こいつら」
3があまりの人の多さに目を丸くし、1でさえも、やや圧倒されている。普段、彼らが拠点としているナンナルとは違い、ウェヌスは遥かに都会だった。
「サッカースタジアムが四つもあるらしいぜ?すげえよな」
2が、サッカー仲間から聞いた情報を1と3に伝える。選手たちは前日からウェヌスに泊まっているのだが、2は仕事があったため、直接会場で合流することになっていた。
さっそく、ルシファー達はサッカースタジアムのうちのひとつ・第二スタジアムに入る。
「あ、カインお兄ちゃんだ!」
どこへいこうかとうろうろしていると、聞き覚えある声がして、誰かが近づいてきた。それは、以前ナンナルに滞在していた女勇者エストと、連れの少年ユーリスだった。
「ホントだ。すごい偶然ね」
エストが、驚いたように三人を見回す。彼女も、こんなところで再会するのは意外だったのだろう。
「やあ。君たちも観戦?」
「当然よ。大会があるって聞いたら、見逃せないでしょ!」
3が微笑みかけると、エストは胸を張って断言した。彼女は、子どもの頃サッカーに明け暮れていた経験があるという、2と同類のスポーツ好きだった。
「俺、選手として出場するんだぜ。いいだろ」
無邪気な様子で、2がエストに自慢する。
「え、そうなの!?あー……私も参加したかった……!」
「カインお兄ちゃん、すごーい!」
エストが羨ましそうな顔をし、ユーリスは素直に2を褒めた。和気あいあいと語り合う2とエスト達を見て、ずいぶんと仲良くなったな、と3は感心する。
「それなら、あんたのチームも応援しとくわ。頑張ってね」
「ばいばーい!」
そして、エストとユーリスは手を振り、去って行った。どうやら、他の誰かと待ち合わせでもしているらしい。勇者として世界各地を旅しているだけあって、彼女にはそこかしこに知り合いがいるのだろう。
「まさか、あいつらもいるとはな」
人ごみにまぎれてあっという間に姿を消したエストとユーリスを、1が呆然と見送る。これだけ多くの人の中で知人に会う確率は、相当なものだ。
「さってと、俺も行くか」
「くれぐれも気をつけてね、カイン」
軽く伸びをして、2もまた、二人から離れて控室へ向かっていく。その背中に、半ば無駄だとわかっていても、3は念を押さずにはいられなかった。
不安そうな3を尻目に、何とはなしに壁を見ていた1は、ふとあることに気づく。
「……それにしても、何だこの『痴漢に注意』ってのは」
「そういえば……やたらと多いね。事件でもあったんじゃないの?」
1につられて、3も壁の掲示物に注目した。『痴漢に注意』のポスターが、びっしりと貼られている。確か、ここ以外でも見かけたような気がする。
「ま、俺らには関係ねえか。行こうぜ」
どうでもいい貼り紙はさておいて、1と3は、客席へ向かった。
選手控室でメンバーと合流した2は、ここで初めて大会独自のルールを聞き、驚愕していた。
「え?試合時間が半分ってマジかよ?」
「一回戦・二回戦だけの特別処理だよ。参加チームも多いし、こうでもしないと日程が間延びしちゃうからさ」
他の選手が、肩をすくめる。しかも、大会初日である今日は、二回戦まで一気に行われるらしい。それでも一週間近くかかるのだから、それだけ大規模な大会だということだろう。
(俺の世界ではありえねえ話だな……)
妙なところで、やはりここは異世界なのだと2は実感した。この世界は、魔王や魔物が出没するため、彼の世界より平和ではない。スポーツのルールも、彼の世界に比べると洗練されておらず、かなりアバウトなようだ。
それはそれで受け入れて、チームメイトに混じってウォーミングアップをしていると、外が何やら騒がしくなった。
「何かあったのかな?」
「行ってみようぜ」
2は、何人かの選手を引きつれて、野次馬をしに行く。何でも、他チームの控室で、ユニフォームが切り裂かれたり、ロッカーに落書きをされたりといういたずらがあったらしい。
「何だよそれ……」
現場付近にいた連中から話を聞いて、2は絶句した。年に一度の晴れ舞台を妨害するなど、性格が悪いにもほどがある。だが、彼の予想に反して、周囲は楽観的だった。
「ああ、こういうの、毎年あるんだ」
「特定のチームを狙ってやってるわけじゃないみたいだし、何がしたいんだろ」
チームメイトたちが、のんきに首をかしげる。彼らは、すでにこういった事態に慣れているらしい。
「愉快犯ってことか……ったく、迷惑なやつだな」
それを見て、2も深刻に考えるのをやめた。騒げば騒ぐほど犯人が喜ぶと思うと、馬鹿らしい。
「俺らも何かされないように、気をつけようぜ」
そう結論を出し、2は仲間たちと控室に戻っていく。それと入れ違いで、一人の青年が現場に到着した。さらさらと流れる金髪の、背の高い青年である。黒い詰襟の服が、彼の美男ぶりを惹きたてていた。
「……ひと足、遅かったか」
荒らされた控室を覗き込み、拳を握りしめる。それは、ウェヌスの退魔士・セイシュだった。
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