L-Triangle!外伝④-2
- 2014/07/19
- 20:48
ウェヌスの街の、第二サッカースタジアム。フィールドを取り囲むように位置する観客席は、多くの人でごった返していた。どうにか席を確保できた1と3は、中央で展開されている試合を眺める。今は、知らない街のチーム同士が対戦しており、2の出番は、まだだいぶ先だ。
「ったく、ちんたらやりやがって……」
あちこちを飛び交うボールを目で追いつつ、1が渋面になる。散々言っていた通り、人間のサッカー試合は、彼からしてみれば、退屈なものだった。なぜその角度で蹴る、その鈍重な動きは何だ……言いたいことがありすぎて、歯がゆいことこのうえない。
「そう?私は楽しいけどなあ」
その一方で、つい最近までサッカーを知らなかった3にとっては、これらの試合は実に興味深いものだった。選手たちの攻防も、なかなか得点が入らない流れも、彼の目には新鮮に映る。
「あー……もう限界だ、そのへんうろついてくる」
じっとしているのが苦痛になってきた1は、とうとう席を立った。
「カインの試合の頃には戻って来てよね」
3の声を背中に受けつつ、建物の中に入っていく。
長い廊下を、1は散策することにした。試合が始まったからか、人通りは少ない。
「さて、ビールでも買いに……ん?」
売店を探そうと1が辺りを見回した時、妙な感じがして、意識が一定の方向へ吸い寄せられた。不審に思い、自分の感覚に従って進んでいく。そうして、とある通路へ足を踏み入れたとき、壁に貼ってあった掲示物が、音を立てて破けた。
「何だこりゃ?」
拾ってみると、それは長方形の薄い紙で、呪文のようなものが書いてある。それは、この先には誰も立ち入らせない、という意味合いのものだった。
「これ、もしかして結界か?」
思い当たる節があり、1は推測する。結界とは、一定の広さの空間に見えない壁を造り、外部からの接触を遮断する術だ。首をかしげつつ、通路の奥に目を向ける。そこは行き止まりで、扉がひとつだけあった。
「あの向こうに、何かあるってのか」
扉に近づいて、1は聞き耳を立てる。扉の向こうに、人がいる気配がした。人数は、おそらく二人。何やら、言い争っている。
「な、何をする、やめ……!」
か細い声で、一方が悲鳴に近い声を上げる。次いで、床に何かが倒れる音が聞こえた。
「無駄なあがきはやめることです。ここには、誰も来ませんよ」
優しげな口調で、もう一方が脅しのような文句を言う。衣擦れの音が、微かに耳に届いてくる。
「やっ……どこ、触って……あぁ……ん……っ」
かすれた声が、頼りない響きを伴い、吐き出される。荒い息遣いが、会話の端々に混じり始めた。
「さあ……観念しなさい」
先ほどは宥めるようだったもう片方の声は、強引なものへと変貌しつつあった。ガタガタと、揉める音がしばし続き、唐突に、甘い喘ぎが漏れる。
「く……ふ……っ、や、やだぁ……!」
粘液が擦り合うような水音が、淫靡な音律を奏で始める。それに合せるように、嬌声が何度も上がり、抵抗が少しずつ弱まっていく。
(何だこれ……もしかして、ヤってんのか?)
扉の向こうで何がなされているのかを察し、1は硬直する。
横の壁には、『痴漢に注意』の張り紙。そして、会話の内容からして、片方は嫌がっている。
(ふん、おもしれえ。ちょうど退屈してたところだ)
にやりと笑い、1は扉に手をかける。カギがかかっているが、少し力を送ってやるだけですぐ解除できた。
(野郎、ぼこぼこにして警備につき出してやる)
そして、勢いよく扉を蹴り開ける。中では、予想通り、一人の男が、誰かに覆いかぶさっていた。
「なっ……!」
驚愕の声とともに、男が振り向く。金髪の、整った顔立ちの青年だ。その顔には、見覚えがあった。
「ん?お前……変態インチキ退魔士!」
「誰がインチキですか!私は真の退魔士だと言ったでしょう!?」
1の呼びかけに、青年……セイシュが、即座に反論する。変態、の部分は否定しないらしい。
そんな時、押し倒されていた人物が、身じろぎした。それは、愛らしい顔立ちをしているものの、女性ではなく少年だった。
「うげえ、またホモかよ……」
顔をしかめて、1が視線を逸らす。少年が邪悪な笑みを浮かべたことに、彼は気づかなかった。
『クク……ちょうどいい』
少年の口から、彼の年齢に似つかわしくない、低い声が漏れる。セイシュが身構えるものの、少年が動く方が速かった。
『その体を寄越せ!!』
少年の体から、黒い煙が噴き出し、1に襲いかかる。
「何だよ、これは!?」
「逃げてください!それは、怨霊です!」
「はあ?」
セイシュが、あわてたように警告する。聞き慣れない単語に困惑している間に、黒い煙は、1の中に吸い込まれてしまった。
「……うえ、何だこれ……」
体のあちこちをはたきながら、1が顔をしかめる。それを見て、セイシュがおずおずと近づいてきた。
「……あなた、怨霊に乗っ取られていないのですか?」
「何だよ、わけわからねえこと言いやがって」
退魔士が何をそんなに恐れているのか理解できず、1はぶっきらぼうに返す。セイシュの表情が、珍獣でも目の当たりにしたかのような顔つきに変わった。
「……驚いた。怨霊の支配に、抵抗できる者がいるとは……」
「だから、何なんだよその『おんりょー』ってのは」
怪訝そうに、問う。1の世界には、幽霊の類いは存在しないらしい。彼に異常がないことを確信して、セイシュは説明し始めた。
「……怨霊というのは、恨みを抱いて死んだ者が昇天せずにこの世に留まっている状態のことです。彼らは、人に憑りついたり、思念をまき散らしたりして、悪さをします。別名、悪魔とも言いますね」
「そんなもんと悪魔を一緒にしてほしくねえんだがな……」
心底嫌そうに、1がぼやく。彼の世界でも、おそらくは2と3の世界でも、悪魔は神が率いる天使と相対する、誇り高い存在だ。死人の残り滓といっしょくたにされるのは、甚だ不本意だった。
「何か言いましたか?」
訝しげに、セイシュが聞き返してくる。この世界には天使や悪魔はいないので、彼には1の気持ちは理解できないだろう。
「何でもねえよ。それで、お前は何でこんなところで痴漢してんだ」
「失敬な!痴漢ではありません!私は、この少年に憑りついた怨霊を昇天させようとしていただけです!」
1の当然の指摘に、セイシュは激しく反発する。
「だって、エロいことしてたじゃねえか」
そう言われても得心がいかず、1は、失神している少年をちらりと見る。服ははだけ、下着が半ばずり下ろされていた。あまり想像したくはないが、かなりきわどいことをされていたように見受けられる。
セイシュは、少年の元へ歩み寄り、彼の服装を正した。
「……信じてもらえないかもしれませんが……これが、退魔の方法なのです」
「エロいことが、かあ?」
揶揄するように、1が人の悪い笑みを浮かべる。セイシュは、今度は怒らなかった。
「怨霊に憑りつかれた者と接触し、快感を与えて精神を高揚させることで、邪気を払う……我々退魔士は、ずっとそうして、人々を怨霊の魔の手から守って来たのです。
サッカー大会のような大きな催しでは、多くの怨霊が悪さをするので、こうしてひそかに駆除しているのですよ」
少年の寝顔を気遣わしげな表情で見守りつつ、独り言のように告げる。2が遭遇した、選手控室が荒らされていた事件の犯人は、怨霊に憑りつかれた犠牲者だったのだ。
「えー……それしか方法ねえの?」
未だ疑惑が晴れない1は、渋い顔のままで問う。穢れを祓うエキスパートである3は、触れるだけでそれをた易く行使する。頑張れば、人間でも似たようなことができるのではないかと彼は考えていた。
「他の手段があれば、とっくにそちらを選んでいますよ。こんな……誤解されることをしなくたって、いいのなら」
セイシュが、哀しげに『痴漢に注意』の張り紙を見る。人々のために働いているにも関わらず、彼らの活動は世間に知られていないようだ。まあ、認知されるのもまずいだろう。それこそ、退魔士を騙る性犯罪が横行しかねない。
「あー……悪かったな、変態呼ばわりして」
ここでようやく、1はセイシュの言い分が偽りではないと認めた。人智を超えた能力というのは、たまにわけがわからないものである。正直なところ、1自身もどういう仕組みで時間を操作しているのか説明できない。
「……信じて、くれるのですか……?」
おそるおそる、セイシュが聞いてくる。1が彼の話を受け入れたことが、よほど意外だったらしい。
「何だよ。やっぱりでたらめだったのか」
「違います!我々退魔士は、人々のために……」
「誤解を恐れずに戦ってるってんだろ?それなら、それでいいじゃねえか」
「…………!」
1が、寛容な態度で応じる。その刹那、退魔士の瞳が、大きく見開かれた。頬が、徐々に赤く染まっていく。
鈍い1でも、セイシュが彼の言葉に喜びを感じていることはわかった。
その職業の性質上、褒められ慣れていなかったようだ。
「……まあ、本音を言いますと、痴漢とかセクハラとか強引にとか大好きなんですけどね!
怨霊たちも、どうせ憑りつくなら、と見目のいい者を選ぶことが多いものですから、美少女から美青年まで、何でも食べ放題!パラダイスですよ」
「やっぱり変態じゃねえか!」
うれしさのあまり調子づいたか、セイシュは本音をぶちまけた。非常にどうでもいいことだが、ホモではなく、男女ともにいけるクチであるらしい。彼に少しでも甘い対応をしたことを、1は後悔した。
「性癖が仕事に活きるって、素晴らしいと思いませんか?」
いい笑顔で同意を求めてくる、セイシュ。1は、共感したいとは微塵も思わなかった。
「邪魔したな」
背を向けて、1は3のところに戻ろうとする。もう、これ以上つき合ってはいられなかった。
「待ちなさい。あなたがここにいるということは、フォースさんや……カインも、もしかしてここに?」
「あー……いねえいねえ」
セイシュに呼び止められ、1はぱたぱたと片手を振る。セイシュは、美しい3を気に入っているし、2にも、妙な執着を抱いている。バカ正直に答えるほど、1はお人好しではない。
「いるのですね。ならば、彼らを守るためにも全力を尽くさねば」
「……人の話、聞いてたか?」
決意を新たに、セイシュが俄然張り切り出す。こっちの話を信じないなら最初から聞くなよと、1は胸中で毒づいた。
「セイシュ様!」
そこへ、セイシュと同じ服装の男が駆け寄ってきた。何やら、ひどくあわてている。
「どうかしましたか?」
「第三スタジアムに、巨大な怨霊が出現しました!」
「何ですって!?すぐに向かいます!」
そう言うなり、セイシュは1を置いて走り出す。第三スタジアムは、この第二スタジアムの向かいに位置していた。
「何だか面白そうだな。行ってみるか」
1も、彼らの後を追うことにする。客席で待っている3のことは、この時点ですっかり忘れていた。
「ったく、ちんたらやりやがって……」
あちこちを飛び交うボールを目で追いつつ、1が渋面になる。散々言っていた通り、人間のサッカー試合は、彼からしてみれば、退屈なものだった。なぜその角度で蹴る、その鈍重な動きは何だ……言いたいことがありすぎて、歯がゆいことこのうえない。
「そう?私は楽しいけどなあ」
その一方で、つい最近までサッカーを知らなかった3にとっては、これらの試合は実に興味深いものだった。選手たちの攻防も、なかなか得点が入らない流れも、彼の目には新鮮に映る。
「あー……もう限界だ、そのへんうろついてくる」
じっとしているのが苦痛になってきた1は、とうとう席を立った。
「カインの試合の頃には戻って来てよね」
3の声を背中に受けつつ、建物の中に入っていく。
長い廊下を、1は散策することにした。試合が始まったからか、人通りは少ない。
「さて、ビールでも買いに……ん?」
売店を探そうと1が辺りを見回した時、妙な感じがして、意識が一定の方向へ吸い寄せられた。不審に思い、自分の感覚に従って進んでいく。そうして、とある通路へ足を踏み入れたとき、壁に貼ってあった掲示物が、音を立てて破けた。
「何だこりゃ?」
拾ってみると、それは長方形の薄い紙で、呪文のようなものが書いてある。それは、この先には誰も立ち入らせない、という意味合いのものだった。
「これ、もしかして結界か?」
思い当たる節があり、1は推測する。結界とは、一定の広さの空間に見えない壁を造り、外部からの接触を遮断する術だ。首をかしげつつ、通路の奥に目を向ける。そこは行き止まりで、扉がひとつだけあった。
「あの向こうに、何かあるってのか」
扉に近づいて、1は聞き耳を立てる。扉の向こうに、人がいる気配がした。人数は、おそらく二人。何やら、言い争っている。
「な、何をする、やめ……!」
か細い声で、一方が悲鳴に近い声を上げる。次いで、床に何かが倒れる音が聞こえた。
「無駄なあがきはやめることです。ここには、誰も来ませんよ」
優しげな口調で、もう一方が脅しのような文句を言う。衣擦れの音が、微かに耳に届いてくる。
「やっ……どこ、触って……あぁ……ん……っ」
かすれた声が、頼りない響きを伴い、吐き出される。荒い息遣いが、会話の端々に混じり始めた。
「さあ……観念しなさい」
先ほどは宥めるようだったもう片方の声は、強引なものへと変貌しつつあった。ガタガタと、揉める音がしばし続き、唐突に、甘い喘ぎが漏れる。
「く……ふ……っ、や、やだぁ……!」
粘液が擦り合うような水音が、淫靡な音律を奏で始める。それに合せるように、嬌声が何度も上がり、抵抗が少しずつ弱まっていく。
(何だこれ……もしかして、ヤってんのか?)
扉の向こうで何がなされているのかを察し、1は硬直する。
横の壁には、『痴漢に注意』の張り紙。そして、会話の内容からして、片方は嫌がっている。
(ふん、おもしれえ。ちょうど退屈してたところだ)
にやりと笑い、1は扉に手をかける。カギがかかっているが、少し力を送ってやるだけですぐ解除できた。
(野郎、ぼこぼこにして警備につき出してやる)
そして、勢いよく扉を蹴り開ける。中では、予想通り、一人の男が、誰かに覆いかぶさっていた。
「なっ……!」
驚愕の声とともに、男が振り向く。金髪の、整った顔立ちの青年だ。その顔には、見覚えがあった。
「ん?お前……変態インチキ退魔士!」
「誰がインチキですか!私は真の退魔士だと言ったでしょう!?」
1の呼びかけに、青年……セイシュが、即座に反論する。変態、の部分は否定しないらしい。
そんな時、押し倒されていた人物が、身じろぎした。それは、愛らしい顔立ちをしているものの、女性ではなく少年だった。
「うげえ、またホモかよ……」
顔をしかめて、1が視線を逸らす。少年が邪悪な笑みを浮かべたことに、彼は気づかなかった。
『クク……ちょうどいい』
少年の口から、彼の年齢に似つかわしくない、低い声が漏れる。セイシュが身構えるものの、少年が動く方が速かった。
『その体を寄越せ!!』
少年の体から、黒い煙が噴き出し、1に襲いかかる。
「何だよ、これは!?」
「逃げてください!それは、怨霊です!」
「はあ?」
セイシュが、あわてたように警告する。聞き慣れない単語に困惑している間に、黒い煙は、1の中に吸い込まれてしまった。
「……うえ、何だこれ……」
体のあちこちをはたきながら、1が顔をしかめる。それを見て、セイシュがおずおずと近づいてきた。
「……あなた、怨霊に乗っ取られていないのですか?」
「何だよ、わけわからねえこと言いやがって」
退魔士が何をそんなに恐れているのか理解できず、1はぶっきらぼうに返す。セイシュの表情が、珍獣でも目の当たりにしたかのような顔つきに変わった。
「……驚いた。怨霊の支配に、抵抗できる者がいるとは……」
「だから、何なんだよその『おんりょー』ってのは」
怪訝そうに、問う。1の世界には、幽霊の類いは存在しないらしい。彼に異常がないことを確信して、セイシュは説明し始めた。
「……怨霊というのは、恨みを抱いて死んだ者が昇天せずにこの世に留まっている状態のことです。彼らは、人に憑りついたり、思念をまき散らしたりして、悪さをします。別名、悪魔とも言いますね」
「そんなもんと悪魔を一緒にしてほしくねえんだがな……」
心底嫌そうに、1がぼやく。彼の世界でも、おそらくは2と3の世界でも、悪魔は神が率いる天使と相対する、誇り高い存在だ。死人の残り滓といっしょくたにされるのは、甚だ不本意だった。
「何か言いましたか?」
訝しげに、セイシュが聞き返してくる。この世界には天使や悪魔はいないので、彼には1の気持ちは理解できないだろう。
「何でもねえよ。それで、お前は何でこんなところで痴漢してんだ」
「失敬な!痴漢ではありません!私は、この少年に憑りついた怨霊を昇天させようとしていただけです!」
1の当然の指摘に、セイシュは激しく反発する。
「だって、エロいことしてたじゃねえか」
そう言われても得心がいかず、1は、失神している少年をちらりと見る。服ははだけ、下着が半ばずり下ろされていた。あまり想像したくはないが、かなりきわどいことをされていたように見受けられる。
セイシュは、少年の元へ歩み寄り、彼の服装を正した。
「……信じてもらえないかもしれませんが……これが、退魔の方法なのです」
「エロいことが、かあ?」
揶揄するように、1が人の悪い笑みを浮かべる。セイシュは、今度は怒らなかった。
「怨霊に憑りつかれた者と接触し、快感を与えて精神を高揚させることで、邪気を払う……我々退魔士は、ずっとそうして、人々を怨霊の魔の手から守って来たのです。
サッカー大会のような大きな催しでは、多くの怨霊が悪さをするので、こうしてひそかに駆除しているのですよ」
少年の寝顔を気遣わしげな表情で見守りつつ、独り言のように告げる。2が遭遇した、選手控室が荒らされていた事件の犯人は、怨霊に憑りつかれた犠牲者だったのだ。
「えー……それしか方法ねえの?」
未だ疑惑が晴れない1は、渋い顔のままで問う。穢れを祓うエキスパートである3は、触れるだけでそれをた易く行使する。頑張れば、人間でも似たようなことができるのではないかと彼は考えていた。
「他の手段があれば、とっくにそちらを選んでいますよ。こんな……誤解されることをしなくたって、いいのなら」
セイシュが、哀しげに『痴漢に注意』の張り紙を見る。人々のために働いているにも関わらず、彼らの活動は世間に知られていないようだ。まあ、認知されるのもまずいだろう。それこそ、退魔士を騙る性犯罪が横行しかねない。
「あー……悪かったな、変態呼ばわりして」
ここでようやく、1はセイシュの言い分が偽りではないと認めた。人智を超えた能力というのは、たまにわけがわからないものである。正直なところ、1自身もどういう仕組みで時間を操作しているのか説明できない。
「……信じて、くれるのですか……?」
おそるおそる、セイシュが聞いてくる。1が彼の話を受け入れたことが、よほど意外だったらしい。
「何だよ。やっぱりでたらめだったのか」
「違います!我々退魔士は、人々のために……」
「誤解を恐れずに戦ってるってんだろ?それなら、それでいいじゃねえか」
「…………!」
1が、寛容な態度で応じる。その刹那、退魔士の瞳が、大きく見開かれた。頬が、徐々に赤く染まっていく。
鈍い1でも、セイシュが彼の言葉に喜びを感じていることはわかった。
その職業の性質上、褒められ慣れていなかったようだ。
「……まあ、本音を言いますと、痴漢とかセクハラとか強引にとか大好きなんですけどね!
怨霊たちも、どうせ憑りつくなら、と見目のいい者を選ぶことが多いものですから、美少女から美青年まで、何でも食べ放題!パラダイスですよ」
「やっぱり変態じゃねえか!」
うれしさのあまり調子づいたか、セイシュは本音をぶちまけた。非常にどうでもいいことだが、ホモではなく、男女ともにいけるクチであるらしい。彼に少しでも甘い対応をしたことを、1は後悔した。
「性癖が仕事に活きるって、素晴らしいと思いませんか?」
いい笑顔で同意を求めてくる、セイシュ。1は、共感したいとは微塵も思わなかった。
「邪魔したな」
背を向けて、1は3のところに戻ろうとする。もう、これ以上つき合ってはいられなかった。
「待ちなさい。あなたがここにいるということは、フォースさんや……カインも、もしかしてここに?」
「あー……いねえいねえ」
セイシュに呼び止められ、1はぱたぱたと片手を振る。セイシュは、美しい3を気に入っているし、2にも、妙な執着を抱いている。バカ正直に答えるほど、1はお人好しではない。
「いるのですね。ならば、彼らを守るためにも全力を尽くさねば」
「……人の話、聞いてたか?」
決意を新たに、セイシュが俄然張り切り出す。こっちの話を信じないなら最初から聞くなよと、1は胸中で毒づいた。
「セイシュ様!」
そこへ、セイシュと同じ服装の男が駆け寄ってきた。何やら、ひどくあわてている。
「どうかしましたか?」
「第三スタジアムに、巨大な怨霊が出現しました!」
「何ですって!?すぐに向かいます!」
そう言うなり、セイシュは1を置いて走り出す。第三スタジアムは、この第二スタジアムの向かいに位置していた。
「何だか面白そうだな。行ってみるか」
1も、彼らの後を追うことにする。客席で待っている3のことは、この時点ですっかり忘れていた。
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