L-Triangle!6-1
- 2014/09/12
- 20:23
「何の用なの?マリーシア。ふたりっきりで、話がしたいなんて」
困惑しつつ、エストは話を切り出した。ここは宿屋の一室であり、彼女と連れの少年・ユーリス以外は誰もいない。だが、彼女が見ているのはユーリスではなく、目の前に浮いている小さなモニターだった。例えるならば、テレビ電話のようなものだろうか。画面に映る女性と、彼女は今、会話をしている。
「決まってるじゃない。あの街のことよ~」
マリーシアと呼ばれた話し相手が、ふわりと微笑む。長く、ややカールした金髪が特徴の、一見すると少女に見える女性だ。実際、外見だけすればエストと同じくらいか、年下に見える。だが、彼女を取り巻く包容力に満ちたオーラは未熟な十代の小娘には決して出せないものだった。
「だから、言ったじゃないの。何の変哲もない、普通の街だったって。勇者なんかいなかったわよ」
呆れたように、エストは肩をすくめる。彼女たちが話題にしている『あの街』とは、辺境の田舎街ナンナルのことだ。そこに、自分と同じくこの世界に召喚された勇者がいると聞き、エストは立ち寄ってみたのだが……。
「勇者のことはどうでもいいのよ~。何かいい出会いがあったんでしょう?」
「別にないわよ。いたのはちんぴらだけって言ったでしょ」
マリーシアの問いに、エストはそっけなく返す。そう、あの街にいたのはちんぴらだ。わけのわからない術を使い、魔物と仲良くサッカーをし、いかなる傷もあっさりと癒す、規格外の能力を持ったちんぴらが三人、のんきに暮らしていたのだ。
自分程度ではとても手に負えるやつらではないし、ユーリスも含めてちょっぴり仲良くなったので、エストは彼らを放置して旅を続けることにしたのだった。
「そのひとたちのことが気になるのよ~」
「何でよ。ちんぴらよ?」
ふわふわと間延びした口調で、マリーシアが話を続ける。エストはいっそう怪訝な表情になった。マリーシアは、いつもこうだ。普通ならば興味を示さない話題にも、こうしてくいついてくることがある。その勘の良さがたびたび問題の解決につながるのだが、今回は嫌な予感がしてならなかった。
「だって~、エストがそんなふうに他のひとのことを言うの、珍しいんだもの~。キリヤ君もあの街で楽しいことがあったみたいだし~」
「だったら、キリヤに聞けばいいじゃない」
他の人物の話題が出たので、エストは彼の方へ水を向けることにした。キリヤは、エストより先にナンナルを訪れた勇者の少年である。彼もまた、この田舎街で何があったかについては口を閉ざしていた。おそらくは、自分と同じくあの人外ちんぴらと関わったのだろうとエストは推測している。
「キリヤ君とあんまりおしゃべりしたら、ガエネちゃんが怒っちゃうじゃない~。恋する乙女の邪魔をするのは、私の本意じゃないのよ~」
だが、マリーシアは首を振った。ガエネはキリヤの連れの翼竜で、彼に好意を抱いている。異種族である彼女の恋が成就するかはわからないが、女性に対するガエネのチェックがかなり厳しいことは、勇者たちの間で有名だった。
「……まあ、とにかく。あなたが期待したようなことはなかったわよ」
「そうかしら~。あ、そういえば、話は変わるけど、例の彼には会えたの?」
ごまかそうとした矢先、エストは言葉に詰まった。天然なのか計算なのかわからないところが、マリーシアの恐ろしいところなのだ。
「例の彼って、誰のことよ」
「わかってるくせに~。魔四天王の一人を倒した時に会ったって言ってた彼よ~。イケメンだったんでしょ?」
往生際の悪いごまかしをしようとしたエストだったが、マリーシアはお構いなしに斬りこんでくる。イケメンと会った、などという浮かれた話題を彼女の前で出したことを、エストは深く後悔していた。
「……そいつ、あの街にいたわ」
観念して、白状する。エストは以前、魔王退治の際、とある美青年と出会った。その美貌に目をつけられて魔王に連れ去られた彼を助けに行こうとして、彼女は逆に助けられた。そして、ナンナルで運命の再会。これを当事者以外が知ったら、ロマンティックだと思うだろう。その例にもれず、マリーシアは目を輝かせた。
「え~!?ホントにぃ~!?エストったら、何で教えてくれないのよ~!それで?それで、彼とは、どうだったの?」
「ただのナンパ野郎だったわ。しかもちんぴらとつるんでるし」
テンション高く詰め寄ってくるマリーシアを、エストは冷めきった表情で突き放した。
美青年の正体は、人外ちんぴらの一味だったのだ。そのうえ、多くの純真な少女たちを虜にし、弄んでいる……というのはエストの勝手な憶測だが、淡いときめきを霧散させるには十分な光景を、彼女はあの街で見た。
「そうなんだ~。何か、意外ね~。前に話を聞いたときは、王子様みたいな感じだったのに~」
「再会してがっかり、ってのはよくあるパターンでしょ」
「そうかもね~」
うんうん、とマリーシアは頷く。ようやく解放される気配を感じ、エストは安堵した。
「話は、それだけ?通話終了するわよ」
片手に握りしめていた通話の石の、通話終了ボタンに指を添える。今までの会話は、この石の力で成されていたものだった。
しかし、マリーシアの次の言葉で、エストは顔色を変えることとなる。
「あ、待って~。それでね~、私もその街に行ってみることにしたの~」
「何で今の流れでそうなるのよ!?あなたの期待するようなものはないって言ってるじゃない!」
ここが宿屋の一室だということを忘れ、声を荒げる。驚いたように、ユーリスが飛び上がった。手振りで彼に謝り、エストは再びモニターを睨みつける。
「でも~、その街、行ったことなかったから~」
エストの険悪な視線をやんわりとかわし、マリーシアはへらりと力の抜ける笑みを見せる。彼女が醸し出す脳天気なオーラに当てられて、エストはこれ以上やりとりするのをあきらめた。
「……ま、いいわ。好きにすれば?」
「そうする~。じゃあ、新作を期待しててね~」
手を振って、マリーシアはモニターから姿を消した。エストも、彼女と同じく通話の石の通話終了ボタンを押す。モニターは消失し、エストはそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「……まったく、人の話を聞かないんだから……」
ため息交じりに、呟く。心配そうに、ユーリスがエストの顔を覗き込んできた。
「今の、マリーお姉ちゃん?」
「うん。あいつらの街に行くんだってさ」
「そうなんだ……。いいな~、僕もカインお兄ちゃんやピリポやイザクに会いたいな」
心底羨ましそうに、ユーリスが唇を尖らせる。この少年にとって、ナンナルは人外ちんぴらのアジトではなく、頼りになる兄貴分や友だちがいる大切な場所だ。
「それは、また今度ね」
「はーい……」
エストの言葉に、ユーリスは不承不承納得する。そんな彼の頭をなでながら、エストはマリーシアとちんぴら達が出会った時、何が起こるのかと少し心配になった。
マリーシアは癒し系な見た目に反して頭の回転が速く、洞察力が半端ではない。ナンナルへ行けば、遅かれ早かれ彼らと接触することになるだろう。そうなったときに振り回されるのは、マリーシアなのか人外ちんぴらたちなのか。おそらくは男どもの方が泣きを見るだろうと、エストは半ば確信していた。
(あいつらも、災難ね)
ちんぴら達の脳天気な顔を思い出し、エストは心から彼らに同情したのだった。
さて、ナンナルの街外れの屋敷では、人外ちんぴら達が、今日も雑談していた。
当たり前だが、彼らの正式な種族名称は人外ちんぴらなどではない。彼らは、地獄の支配者であり悪魔たちの王・ルシファーだ。そのとてつもなく偉い悪魔がそれぞれの世界から集い、何をしているかというと、先ほども述べたように雑談だ。しかも、目の前のテーブルにはケーキやクッキーがまばらに並べられている。近所からのおすそわけの、できたてほやほや手作り菓子だ。おやつ片手に女子会ならぬ悪魔会。彼らの部下が見たら、忠誠心がだだ下がりしそうな光景である。
「お前のところの地獄って、今はどんな感じになってるんだ?」
ジャム入りのパイを独占しつつ、ルシファーその2……略して2が、問いかける。そのスレンダーな体型に似合わず、彼の咀嚼ペースはとても速い。さくさくと音を立てながら、パイはあっという間に消えていった。
「天界に処刑されそうになっている人々を、世界中からかき集めているところだよ。もう、忙しくって 」
木の実がちりばめられたマフィンをそれぞれに配りながら、ルシファーその3……略して3は、少し疲れた笑顔を見せた。
「何でそんなに急ぐんだ?」
「だって、天界はこちらの都合なんか知ったことじゃないっていう態度だからさ。むしろこちらが気づく前に、ガンガン処刑してしまおうと目論んでいるみたい」
きょとんとした顔の2に、3は説明する。彼の世界の地獄は、罪人を処刑ではなく更生というかたちで救うことを目標とした、新興勢力なのである。長年3の世界を支配してきた天界が、この生意気な新参者をいびるのも無理からぬことだった。
「相変わらずやべえな、お前のとこの天界は」
山盛りに重ねられたパンケーキを五枚ほど鷲掴みにし、ルシファーその1……略して1が、渋い顔をする。長身で体格のいい彼は、期待を裏切らず、食べっぷりが豪快かつアバウトだ。口いっぱいに頬張ったパンケーキを飲みこもうとする1に、3がすかさず冷茶を差し出す。
「地獄の住人をあまり増やしたくないっていうのがあるんだと思う。天界と地獄は敵対まではいかないけれど、相容れないところだからね」
「陰険な睨みあいをやってるってことか」
空になったコップを置いて、1は真剣な様子で3の状況報告を聞く。互いに監視し合いつつ、敵方の戦力増強を妨害するのは、彼の世界でもよくあることだ。頷いて、3は言葉を続けた。
「そんな感じで、細かいところに気が回らない状態なんだ。何か、重要な点を見落としていないか心配でさ……」
憂い顔で、不安を吐露する。3は、今まで彼の世界では誰も進んだことがない、新たな道を模索している状態だ。本当にこれでいいのか、という苦悩は、常に付きまとう。
「ま、色々試行錯誤すればいいだろ。神だって世界作って人間作って、間違った選択をしまくって何回かやつらを滅ぼしてんだ。お前が、何も失敗しないでうまくやれるわけがねえんだよ」
優しく笑って3を元気づけたのは、長年地獄に君臨している2だった。天使長を降格された身から、世界中の悪魔をまとめあげ、天界からも一目置かれるまでに上りつめた彼もまた、その過程で数多くの失策や敗北を経験している。
「……うん。それもそうだね」
ベテランからの力強い助言に、3も笑顔を取り戻した。そしてしばし、無言のまま菓子を堪能する時間が続いた後、ある程度腹が落ち着いた1が、急に立ち上がった。
「……さてと、俺様は出かけてくるからな」
「どこへ行くんだい?」
「どこでもいいだろ」
3の質問に曖昧に答え、1は屋敷を出ていく。その背中を見送りながら、3は2に尋ねた。
「……シーザー、最近よく一人で出かけるね。心当たり、ある?」
「あいつが単独で誰かとつるんでるのを見たことはねえな」
3と同様に首をかしげつつ、2は1の普段の行動を顧みる。ちなみに、シーザーというのは1のこの世界での名前であり、2はカイン、3はフォースと名乗っていた。
「強敵を探して、戦ったりしてる、とか」
「それもありうるけどな。何かこう、こそこそしてるっつーか」
「もしかして、恋人でもできたのかな」
「お前じゃあるまいし……と言いてえところだが、あいつもそういうところあるんだよなあ……」
3の推測に対し、2は半眼で応じる。趣味がナンパの3ほどではないが、1も女遊びを肯定している節がある。2は、彼らのそういうところを良く思ってはいなかった。
「誤解しないでくれよ。私は、特定の誰かとつき合うつもりはないんだってば」
「タチ悪ぃなお前!」
軽薄な態度の3に、2が光の速さでつっこむ。ナンナルに住む女性たちが、3を美貌の貴公子と影で呼び、憧れの眼差しを注いでいることは、こういったことに疎い2でも知っていた。咎めるように自分を見てくる2に対し、悪びれもせず3は続ける。
「ひとが誰か一人に愛を捧げようと決めるのは、家庭を作ったり子を成したりするためだろう?私が求めているのは心の交流なんだから、何人と親しい関係になっても別にいいじゃないか」
それは、内容を丸無視すれば、まるで万物への愛を語る聖者のように、神々しい口調だった。しかし、発言の主の美貌と美声を取り除けばただのモテ男の都合のいい弁解。当然、まやかしがきかない2は顔をしかめた。
「そーいうのが修羅場を招くんだよ!そんな感じで地獄に堕ちたやつ、いっぱいいるんだからな!」
「平気だよ。だって私、地獄の王だし」
「ったく……」
ため息をついて、2はテーブルに足を投げ出す。3は、今に痛い目を見るだろう。その時に泣きついても助けねえぞ、と彼は心の中で毒づいた。
ナンナルの中央通りは、今日も人の行き来が活発である。とは言え、所詮は田舎街なので、通行に窮するほどではないから、少々羽目を外した歩き方をしても、さほど迷惑は掛からない。
そして、ここに軽快な足取りでスキップしながら道を行く者が一人。
「うふふ~……着いたわ!ここが例の街ね!」
上機嫌で、マリーシアはナンナルの街並みを観賞する。彼女は、エストに連絡した時点で街のすぐ近くまで来ていたのだ。
「ちゃんと歩かないと転ぶぞ、マリー」
隣を歩く青年が、マリーシアに忠告する。黒髪にターバンを巻いた、つり目が特徴の彼は、お気楽状態のマリーシアとは逆に、冷静に周囲を見渡していた。
「クレイオは心配性ね~。新しい出会いが私を待っていると思うと、浮かれずにはいられないのよ~」
スキップをやめて、マリーシアは楽しげに笑う。クレイオと呼ばれた青年は、彼女が何をそんなに期待しているのかわからなかった。
「ったく、こんな辺鄙な街に何があるっていうんだよ……」
「それをこれから探すのよ~」
「勇者の件については調べないのか?」
ふと思い立ち、クレイオはマリーシアに問う。この街に、すごい力を持った勇者がいるらしいという噂は、彼も聞いていた。
しかし、マリーシアは首を振る。
「私、英雄譚には興味がないの~。それに、その件についてはキリヤ君やエストがちゃんと調査しているでしょう?あの二人が問題なし、と判断しているんだから、問題ないのよ~」
「……それもそうか」
クレイオは、納得したように頷いた。キリヤとエストのことは、彼も良く知っている。二人の勇者は、気分屋で我が道を行くマリーシアよりもよほど信頼がおける人物だった。
目を輝かせて、マリーシアが宣言する。
「私が求めるのは~、ただひとつ!とっても素敵な恋物語~!だって私は~、恋愛詩人なんだもの~!」
「マリー……声がでかい」
早くも自分の世界へトリップしだしたマリーシアに、クレイオはやんわりと注意する。彼女は、勇者である前に詩人なのだ。普通の勇者は魔王を倒すために世界を旅するが、彼女の目的は詩のネタ探し。世界の平和よりも、己の創作意欲を満足させる方が、マリーシアにとっては重要だ。
きょろきょろとあたりを見回しだしたマリーシアに、やる気がなさげにクレイオはついていく。視線を逸らし、徐々に距離を置いていく。警備員に職務質問されたときに、他人のふりをするための準備だ。
「ああ~……どこかに、ぐっとくるモデルはいないかしら~」
「そんなに都合よく見つかるわけが……」
「……いた!」
「はあっ!?」
突然叫んで、マリーシアは走り出す。クレイオが気づいた時には、彼女は姿を消していた。
困惑しつつ、エストは話を切り出した。ここは宿屋の一室であり、彼女と連れの少年・ユーリス以外は誰もいない。だが、彼女が見ているのはユーリスではなく、目の前に浮いている小さなモニターだった。例えるならば、テレビ電話のようなものだろうか。画面に映る女性と、彼女は今、会話をしている。
「決まってるじゃない。あの街のことよ~」
マリーシアと呼ばれた話し相手が、ふわりと微笑む。長く、ややカールした金髪が特徴の、一見すると少女に見える女性だ。実際、外見だけすればエストと同じくらいか、年下に見える。だが、彼女を取り巻く包容力に満ちたオーラは未熟な十代の小娘には決して出せないものだった。
「だから、言ったじゃないの。何の変哲もない、普通の街だったって。勇者なんかいなかったわよ」
呆れたように、エストは肩をすくめる。彼女たちが話題にしている『あの街』とは、辺境の田舎街ナンナルのことだ。そこに、自分と同じくこの世界に召喚された勇者がいると聞き、エストは立ち寄ってみたのだが……。
「勇者のことはどうでもいいのよ~。何かいい出会いがあったんでしょう?」
「別にないわよ。いたのはちんぴらだけって言ったでしょ」
マリーシアの問いに、エストはそっけなく返す。そう、あの街にいたのはちんぴらだ。わけのわからない術を使い、魔物と仲良くサッカーをし、いかなる傷もあっさりと癒す、規格外の能力を持ったちんぴらが三人、のんきに暮らしていたのだ。
自分程度ではとても手に負えるやつらではないし、ユーリスも含めてちょっぴり仲良くなったので、エストは彼らを放置して旅を続けることにしたのだった。
「そのひとたちのことが気になるのよ~」
「何でよ。ちんぴらよ?」
ふわふわと間延びした口調で、マリーシアが話を続ける。エストはいっそう怪訝な表情になった。マリーシアは、いつもこうだ。普通ならば興味を示さない話題にも、こうしてくいついてくることがある。その勘の良さがたびたび問題の解決につながるのだが、今回は嫌な予感がしてならなかった。
「だって~、エストがそんなふうに他のひとのことを言うの、珍しいんだもの~。キリヤ君もあの街で楽しいことがあったみたいだし~」
「だったら、キリヤに聞けばいいじゃない」
他の人物の話題が出たので、エストは彼の方へ水を向けることにした。キリヤは、エストより先にナンナルを訪れた勇者の少年である。彼もまた、この田舎街で何があったかについては口を閉ざしていた。おそらくは、自分と同じくあの人外ちんぴらと関わったのだろうとエストは推測している。
「キリヤ君とあんまりおしゃべりしたら、ガエネちゃんが怒っちゃうじゃない~。恋する乙女の邪魔をするのは、私の本意じゃないのよ~」
だが、マリーシアは首を振った。ガエネはキリヤの連れの翼竜で、彼に好意を抱いている。異種族である彼女の恋が成就するかはわからないが、女性に対するガエネのチェックがかなり厳しいことは、勇者たちの間で有名だった。
「……まあ、とにかく。あなたが期待したようなことはなかったわよ」
「そうかしら~。あ、そういえば、話は変わるけど、例の彼には会えたの?」
ごまかそうとした矢先、エストは言葉に詰まった。天然なのか計算なのかわからないところが、マリーシアの恐ろしいところなのだ。
「例の彼って、誰のことよ」
「わかってるくせに~。魔四天王の一人を倒した時に会ったって言ってた彼よ~。イケメンだったんでしょ?」
往生際の悪いごまかしをしようとしたエストだったが、マリーシアはお構いなしに斬りこんでくる。イケメンと会った、などという浮かれた話題を彼女の前で出したことを、エストは深く後悔していた。
「……そいつ、あの街にいたわ」
観念して、白状する。エストは以前、魔王退治の際、とある美青年と出会った。その美貌に目をつけられて魔王に連れ去られた彼を助けに行こうとして、彼女は逆に助けられた。そして、ナンナルで運命の再会。これを当事者以外が知ったら、ロマンティックだと思うだろう。その例にもれず、マリーシアは目を輝かせた。
「え~!?ホントにぃ~!?エストったら、何で教えてくれないのよ~!それで?それで、彼とは、どうだったの?」
「ただのナンパ野郎だったわ。しかもちんぴらとつるんでるし」
テンション高く詰め寄ってくるマリーシアを、エストは冷めきった表情で突き放した。
美青年の正体は、人外ちんぴらの一味だったのだ。そのうえ、多くの純真な少女たちを虜にし、弄んでいる……というのはエストの勝手な憶測だが、淡いときめきを霧散させるには十分な光景を、彼女はあの街で見た。
「そうなんだ~。何か、意外ね~。前に話を聞いたときは、王子様みたいな感じだったのに~」
「再会してがっかり、ってのはよくあるパターンでしょ」
「そうかもね~」
うんうん、とマリーシアは頷く。ようやく解放される気配を感じ、エストは安堵した。
「話は、それだけ?通話終了するわよ」
片手に握りしめていた通話の石の、通話終了ボタンに指を添える。今までの会話は、この石の力で成されていたものだった。
しかし、マリーシアの次の言葉で、エストは顔色を変えることとなる。
「あ、待って~。それでね~、私もその街に行ってみることにしたの~」
「何で今の流れでそうなるのよ!?あなたの期待するようなものはないって言ってるじゃない!」
ここが宿屋の一室だということを忘れ、声を荒げる。驚いたように、ユーリスが飛び上がった。手振りで彼に謝り、エストは再びモニターを睨みつける。
「でも~、その街、行ったことなかったから~」
エストの険悪な視線をやんわりとかわし、マリーシアはへらりと力の抜ける笑みを見せる。彼女が醸し出す脳天気なオーラに当てられて、エストはこれ以上やりとりするのをあきらめた。
「……ま、いいわ。好きにすれば?」
「そうする~。じゃあ、新作を期待しててね~」
手を振って、マリーシアはモニターから姿を消した。エストも、彼女と同じく通話の石の通話終了ボタンを押す。モニターは消失し、エストはそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「……まったく、人の話を聞かないんだから……」
ため息交じりに、呟く。心配そうに、ユーリスがエストの顔を覗き込んできた。
「今の、マリーお姉ちゃん?」
「うん。あいつらの街に行くんだってさ」
「そうなんだ……。いいな~、僕もカインお兄ちゃんやピリポやイザクに会いたいな」
心底羨ましそうに、ユーリスが唇を尖らせる。この少年にとって、ナンナルは人外ちんぴらのアジトではなく、頼りになる兄貴分や友だちがいる大切な場所だ。
「それは、また今度ね」
「はーい……」
エストの言葉に、ユーリスは不承不承納得する。そんな彼の頭をなでながら、エストはマリーシアとちんぴら達が出会った時、何が起こるのかと少し心配になった。
マリーシアは癒し系な見た目に反して頭の回転が速く、洞察力が半端ではない。ナンナルへ行けば、遅かれ早かれ彼らと接触することになるだろう。そうなったときに振り回されるのは、マリーシアなのか人外ちんぴらたちなのか。おそらくは男どもの方が泣きを見るだろうと、エストは半ば確信していた。
(あいつらも、災難ね)
ちんぴら達の脳天気な顔を思い出し、エストは心から彼らに同情したのだった。
さて、ナンナルの街外れの屋敷では、人外ちんぴら達が、今日も雑談していた。
当たり前だが、彼らの正式な種族名称は人外ちんぴらなどではない。彼らは、地獄の支配者であり悪魔たちの王・ルシファーだ。そのとてつもなく偉い悪魔がそれぞれの世界から集い、何をしているかというと、先ほども述べたように雑談だ。しかも、目の前のテーブルにはケーキやクッキーがまばらに並べられている。近所からのおすそわけの、できたてほやほや手作り菓子だ。おやつ片手に女子会ならぬ悪魔会。彼らの部下が見たら、忠誠心がだだ下がりしそうな光景である。
「お前のところの地獄って、今はどんな感じになってるんだ?」
ジャム入りのパイを独占しつつ、ルシファーその2……略して2が、問いかける。そのスレンダーな体型に似合わず、彼の咀嚼ペースはとても速い。さくさくと音を立てながら、パイはあっという間に消えていった。
「天界に処刑されそうになっている人々を、世界中からかき集めているところだよ。もう、忙しくって 」
木の実がちりばめられたマフィンをそれぞれに配りながら、ルシファーその3……略して3は、少し疲れた笑顔を見せた。
「何でそんなに急ぐんだ?」
「だって、天界はこちらの都合なんか知ったことじゃないっていう態度だからさ。むしろこちらが気づく前に、ガンガン処刑してしまおうと目論んでいるみたい」
きょとんとした顔の2に、3は説明する。彼の世界の地獄は、罪人を処刑ではなく更生というかたちで救うことを目標とした、新興勢力なのである。長年3の世界を支配してきた天界が、この生意気な新参者をいびるのも無理からぬことだった。
「相変わらずやべえな、お前のとこの天界は」
山盛りに重ねられたパンケーキを五枚ほど鷲掴みにし、ルシファーその1……略して1が、渋い顔をする。長身で体格のいい彼は、期待を裏切らず、食べっぷりが豪快かつアバウトだ。口いっぱいに頬張ったパンケーキを飲みこもうとする1に、3がすかさず冷茶を差し出す。
「地獄の住人をあまり増やしたくないっていうのがあるんだと思う。天界と地獄は敵対まではいかないけれど、相容れないところだからね」
「陰険な睨みあいをやってるってことか」
空になったコップを置いて、1は真剣な様子で3の状況報告を聞く。互いに監視し合いつつ、敵方の戦力増強を妨害するのは、彼の世界でもよくあることだ。頷いて、3は言葉を続けた。
「そんな感じで、細かいところに気が回らない状態なんだ。何か、重要な点を見落としていないか心配でさ……」
憂い顔で、不安を吐露する。3は、今まで彼の世界では誰も進んだことがない、新たな道を模索している状態だ。本当にこれでいいのか、という苦悩は、常に付きまとう。
「ま、色々試行錯誤すればいいだろ。神だって世界作って人間作って、間違った選択をしまくって何回かやつらを滅ぼしてんだ。お前が、何も失敗しないでうまくやれるわけがねえんだよ」
優しく笑って3を元気づけたのは、長年地獄に君臨している2だった。天使長を降格された身から、世界中の悪魔をまとめあげ、天界からも一目置かれるまでに上りつめた彼もまた、その過程で数多くの失策や敗北を経験している。
「……うん。それもそうだね」
ベテランからの力強い助言に、3も笑顔を取り戻した。そしてしばし、無言のまま菓子を堪能する時間が続いた後、ある程度腹が落ち着いた1が、急に立ち上がった。
「……さてと、俺様は出かけてくるからな」
「どこへ行くんだい?」
「どこでもいいだろ」
3の質問に曖昧に答え、1は屋敷を出ていく。その背中を見送りながら、3は2に尋ねた。
「……シーザー、最近よく一人で出かけるね。心当たり、ある?」
「あいつが単独で誰かとつるんでるのを見たことはねえな」
3と同様に首をかしげつつ、2は1の普段の行動を顧みる。ちなみに、シーザーというのは1のこの世界での名前であり、2はカイン、3はフォースと名乗っていた。
「強敵を探して、戦ったりしてる、とか」
「それもありうるけどな。何かこう、こそこそしてるっつーか」
「もしかして、恋人でもできたのかな」
「お前じゃあるまいし……と言いてえところだが、あいつもそういうところあるんだよなあ……」
3の推測に対し、2は半眼で応じる。趣味がナンパの3ほどではないが、1も女遊びを肯定している節がある。2は、彼らのそういうところを良く思ってはいなかった。
「誤解しないでくれよ。私は、特定の誰かとつき合うつもりはないんだってば」
「タチ悪ぃなお前!」
軽薄な態度の3に、2が光の速さでつっこむ。ナンナルに住む女性たちが、3を美貌の貴公子と影で呼び、憧れの眼差しを注いでいることは、こういったことに疎い2でも知っていた。咎めるように自分を見てくる2に対し、悪びれもせず3は続ける。
「ひとが誰か一人に愛を捧げようと決めるのは、家庭を作ったり子を成したりするためだろう?私が求めているのは心の交流なんだから、何人と親しい関係になっても別にいいじゃないか」
それは、内容を丸無視すれば、まるで万物への愛を語る聖者のように、神々しい口調だった。しかし、発言の主の美貌と美声を取り除けばただのモテ男の都合のいい弁解。当然、まやかしがきかない2は顔をしかめた。
「そーいうのが修羅場を招くんだよ!そんな感じで地獄に堕ちたやつ、いっぱいいるんだからな!」
「平気だよ。だって私、地獄の王だし」
「ったく……」
ため息をついて、2はテーブルに足を投げ出す。3は、今に痛い目を見るだろう。その時に泣きついても助けねえぞ、と彼は心の中で毒づいた。
ナンナルの中央通りは、今日も人の行き来が活発である。とは言え、所詮は田舎街なので、通行に窮するほどではないから、少々羽目を外した歩き方をしても、さほど迷惑は掛からない。
そして、ここに軽快な足取りでスキップしながら道を行く者が一人。
「うふふ~……着いたわ!ここが例の街ね!」
上機嫌で、マリーシアはナンナルの街並みを観賞する。彼女は、エストに連絡した時点で街のすぐ近くまで来ていたのだ。
「ちゃんと歩かないと転ぶぞ、マリー」
隣を歩く青年が、マリーシアに忠告する。黒髪にターバンを巻いた、つり目が特徴の彼は、お気楽状態のマリーシアとは逆に、冷静に周囲を見渡していた。
「クレイオは心配性ね~。新しい出会いが私を待っていると思うと、浮かれずにはいられないのよ~」
スキップをやめて、マリーシアは楽しげに笑う。クレイオと呼ばれた青年は、彼女が何をそんなに期待しているのかわからなかった。
「ったく、こんな辺鄙な街に何があるっていうんだよ……」
「それをこれから探すのよ~」
「勇者の件については調べないのか?」
ふと思い立ち、クレイオはマリーシアに問う。この街に、すごい力を持った勇者がいるらしいという噂は、彼も聞いていた。
しかし、マリーシアは首を振る。
「私、英雄譚には興味がないの~。それに、その件についてはキリヤ君やエストがちゃんと調査しているでしょう?あの二人が問題なし、と判断しているんだから、問題ないのよ~」
「……それもそうか」
クレイオは、納得したように頷いた。キリヤとエストのことは、彼も良く知っている。二人の勇者は、気分屋で我が道を行くマリーシアよりもよほど信頼がおける人物だった。
目を輝かせて、マリーシアが宣言する。
「私が求めるのは~、ただひとつ!とっても素敵な恋物語~!だって私は~、恋愛詩人なんだもの~!」
「マリー……声がでかい」
早くも自分の世界へトリップしだしたマリーシアに、クレイオはやんわりと注意する。彼女は、勇者である前に詩人なのだ。普通の勇者は魔王を倒すために世界を旅するが、彼女の目的は詩のネタ探し。世界の平和よりも、己の創作意欲を満足させる方が、マリーシアにとっては重要だ。
きょろきょろとあたりを見回しだしたマリーシアに、やる気がなさげにクレイオはついていく。視線を逸らし、徐々に距離を置いていく。警備員に職務質問されたときに、他人のふりをするための準備だ。
「ああ~……どこかに、ぐっとくるモデルはいないかしら~」
「そんなに都合よく見つかるわけが……」
「……いた!」
「はあっ!?」
突然叫んで、マリーシアは走り出す。クレイオが気づいた時には、彼女は姿を消していた。
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