L-Triangle!6-2
- 2014/09/14
- 21:06
中央通りに繋がる脇道を、2と3はだらだらと歩いていた。屋敷の外では単独行動が多い彼らだが、今日は珍しく一緒にいる。いつもなら教会へ向かうことが多い3が、2に同行したいと申し出たためだ。
「で、どこに行きたいんだお前」
路地裏をちらちらと覗きこみながら、2が3に問う。彼は本日、路地裏をたまり場にしている連中の会合に、顔を出すつもりだった。そんなところに3を連れて行っていいのか、判断に困る。
「カインが行きたいところでいいよ」
「そう言われてもなあ……」
「私も色々な人間と関わりあいたいからね。君についていけば、面白い出会いがありそうだ」
2の当惑を知ってか知らずか、3はそんなことを言う。
「ひょっとして、俺が誰かを地獄に堕とすのを警戒してるか?」
ふと思い立ち、2は3を剣呑な目つきで睨む。人間を誘惑して堕落させ、魂を地獄へ連れて行くのが2の仕事だ。以前、うまく契約できたところを3に邪魔されたことがあった。
図星を突かれて、3は一瞬、言葉を詰まらせる。
「何だ……マジでそうなのかよ。お前も天使どもみてえに、上から目線で説教でもする気か」
2の機嫌が悪くなりつつあることに気づき、3はあわてて首を振る。
「……違うよ。私も、君と同じように多くの罪人を得たいんだ」
それは、本気半分、ごまかし半分の言葉だった。3の世界の地獄は、罪人を生きたまま更生させる場所だ。最後の審判まで贖罪が続く2の世界の地獄よりは、罪人にとってはましなところだろう。
「そう何度も譲らねえぞ?俺だって、魂は欲しいんだよ」
今にも殴りかかってきそうだった2の表情が、少し和らぐ。ただの妨害ではなくシェア争いだというのなら、彼とて邪険にするつもりはないのだ。3の地獄の方針もまた、ひとつの選択肢だと2は認めている。安堵した後、3は不敵に笑った。
「君と私、どちらを選ぶかは相手次第じゃないか?」
「俺と勝負する気かよ」
「それもいいかもね」
3の宣戦布告に、2もまた好戦的な顔つきになる。
「言っておくが、俺は人間どもが創られたときからやつらを堕落させてきた誘惑のスペシャリストだぜ?悪魔になりたてのお前じゃ分が悪ぃと思うがなあ」
「そんなの、やってみないとわからないじゃないか。好みの問題もあるし」
2の挑発を、3は余裕でいなす。そうやって彼らが睨みあっていると、浮かれた足音が近づいてきた。
「すみませ~ん!ちょっといいかしら~」
「あぁ?」
「どうかしましたか?」
声をかけられ、2と3は同時に振り向く。そこに立っていたのは、長い金髪の、温和な雰囲気を持つ女性だった。人懐っこい笑みを浮かべ、彼女は2と3を交互に見比べる。
「わあ……近くで見ると一層イケメン!眼福だわ~」
「え?」
「どーせ、お前のことじゃねえの」
きょとんとした顔の3に、うんざりしつつも2は教えてやる。3の美男ぶりを妬む気持ちはそれほどないが、はっきりと比較されて貶められてはいい気がしない。
「あなたもイケメンだけど、そっちの彼もイケメンよ~!鋭い眼光と豹のようなしなやかな体つき!たまらなくいいわ~!」
「な、何なんだあんた……」
女性にまじまじと見つめられ、2は返答に窮する。その目つきと態度から、彼の第一印象は大抵は悪い方へ傾く。初対面で好意的な反応をされるのは、稀なことだった。
「うん。私も、カインはイケメンだと思う」
真剣な表情で、3が女性に同意する。自分ばかりがもてはやされているけれど、2も、1も十分魅力的なのだと彼は常々思っていた。
「あ、ごめんなさいね~。私、マリーシアっていいます。旅の詩人です」
女性が、ふわりと一礼する。その芝居がかった仕草に、3はつられて会釈し、2は怪訝な顔になった。
「詩人だあ?そんなのに声をかけられる覚えはねえな」
「あ……ひょっとして、この街の勇者様のことを取材に来た……とか?」
「げ……マジかよ」
3の予想に、2が顔を引きつらせる。この街を幾度も救った勇者の正体は、彼なのだ。それもだいぶ昔の話なのだが、未だにこうして各地で活躍している勇者たちがナンナルへ来ることがある。そのたびに、ルシファー達はごまかすのに苦労したり、新たな事件に巻き込まれたりと翻弄されてきた。
「ううん、私、英雄譚には興味がないの~」
新たなトラブルを警戒する二人に対し、マリーシアはあっさりと否定する。
「では、私たちに何の用です?」
目を瞬かせて3が尋ねると、彼女はうきうきした仕草で答えた。
「今、恋愛詩人でね~?詩のモデルになるようなかっこいい男の子を探していたの。それで、あなたたちを見つけたというわけなのよ~」
「へえ……どんな詩なんですか?」
「そうね~……タイプの違う男の子二人に好意を寄せられて~、揺れる乙女心~……なんてどうかしら~」
少し考えて、マリーシアが2と3に提案してくる。何だか面白そうだと、二人は興味をひかれた。
「それはつまり……三角関係ってやつですね」
「で、どっちが勝つんだ?」
「それは、まだ決めてないわ~。モデルの貴方たち次第かも~」
2と3は、顔を見合わせた。ちょうど、特定の人物を取り合って勝負をしようと話していたところなのだ。ただし、相手は想い人ではなく罪人だが。
「マリーシア!」
そこへ、新たな足音がこちらへ駆けてきた。ターバンを巻いた青年が、二人に勢いよく頭を下げる。
「すみません、彼女が失礼なことを」
「いえいえ、お連れさんですか?」
「ええ」
3の問いかけに、青年……クレイオが頷く。マリーシアが二人の機嫌を損ねていないことに、彼は胸をなでおろした。そんなクレイオの心配をよそに、マリーシアは2と3の腕をとる。
「ねえねえクレイオ!見て見て!詩にぴったりのモデルが見つかったのよ!」
2と3の腕をぶんぶん振り回しながら、マリーシアがクレイオに報告する。そのあまりに馴れ馴れしい振る舞いに狼狽しつつも、クレイオは彼女を引きはがした。
「だからっていきなり突撃するやつがあるか!本当に、申し訳ない!彼女は芸術家なので、少し変わっているんです」
「少しかあ?相当、変な女だと思うがな」
肩を鳴らしつつ、2は半眼で指摘する。彼にもう一度謝って、クレイオはマリーシアを連れ帰ろうとしたが、彼女の行動の方が早かった。
「ねえ、どう?良ければ、あなたたちの話、少し聞かせてほしいな~」
「こら、マリー!いい加減にするんだ!」
目を輝かせて、二人を勧誘するマリーシア。クレイオの叱責も、彼女の耳には届いていない。戸惑いつつ、2と3は全く同じタイミングで互いを見た。
「まさかの逆ナンかあ……私は別に構わないけど?」
「まあ、暇だしな」
しばしの逡巡の末、断る理由が特にないことに気づき、二人は彼女の願いを聞き入れる。大喜びで飛び跳ねて、マリーシアははしゃぎまわった。
「ありがとう~!ではでは、どこかお店に入りましょ~!もちろん、おごるわよ~」
そして、マリーシアに押される形で彼らは手近な茶店に入る。昼時なので、店内は客でにぎわっていたが、席を確保することができた。
「改めて、自己紹介するわね~。私はマリーシア。で、こっちはクレイオ。私たちは旅の吟遊詩人で、私が作詞・彼が作曲担当なの」
「よろしく」
注文を終えたマリーシアが、姿勢を正す。隣に座ったクレイオが、軽く会釈した。
「フォースです。こっちは、カイン」
「フォース君に、カイン君かあ……。二人とも、何歳くらい?」
マリーシアは、当たり障りのない質問から始める。見た目からすると彼らは二十代前半くらいであり、気分を害する年代ではないはずだ。しかし、二人から返ってきたのは、予想外の反応だった。
「……何歳くらいが妥当かなあ?覚えてないんだよね」
「俺に聞くな。俺だって実年齢なんざ忘れてる」
困ったように3が首をかしげ、2も眉を寄せる。地獄の王である彼らは、永い時を生きているので色々なことが記憶の彼方だった。
「あ、ごめんね~、まずいこと聞いちゃった?」
おろおろしながら、マリーシアが謝る。どうやら彼女は、二人が孤児か何かだと勘違いしたようだ。そんなことはないとフォローし、マリーシアに次の質問を促す。
「二人は、どういう関係?お友達?」
「気の合う友人です」
「……息抜き仲間、ってとこだな」
ぐつぐつと音を立てるドリアを冷ましながら3が答え、それを補足しつつ、2は表面をぱりぱりに焼かれたチキンにかじりついた。
「ということは、付き合いはそれほど長くないの?」
「知り合ってから、それほど経ってないよね」
「お互い、よくわからねえことも多いな」
話半分で返しつつ、2がドリアの皿を覗き込む。彼の猫舌を知っている3は、比較的熱くない箇所をすくって差し出した。うれしそうに、2がさじにかぶりつく。
「そっかあ……じゃあ、同じ人を好きになった経験とか、もちろんないよねえ……」
パスタにスープを絡めながら、マリーシアが探るような視線を向けてくる。彼女が一番聞きたいのは、彼らの恋愛遍歴だ。
「それはないですね」
思っていた通りの返答に、マリーシアは少し落胆する。3にポテトをおすそ分けしながら、2は彼女に問い返した。
「……なあ。こんな取材で詩の参考になんのか?」
「え…………?」
きょとんとした顔で、マリーシアがサラダをつつく手を止める。指先を軽く舐め、2は続けた。
「あんたの詩の内容はさ、男二人が女を巡って争うっていうやつなんだろ?俺らが誰かを口説くのを見るとかしねえと、意味ないんじゃねえ?」
「ああ……確かに」
2の意見に、3も同意する。マリーシアの瞳が、大きく見開かれた。
「え?え?口説くところ、見せてくれるの?」
「俺とこいつ、どっちの誘惑が魅力的かをちゃんと判定してくれるならな」
「ええ!?」
「そ、そこまで協力してくれるのか!?」
2の唐突な発言に、3がたじろぐ。ずっと黙って話を聞いていたクレイオが、信じられないという顔をした。マリーシアと長いこと旅をしているが、これほど大胆な協力を申し出た一般人は見たことがなかった。
いつもと違ってやけに積極的な2に、3は当惑する。
「君、さっきからいやに乗り気だね。何かあったの?」
「つい先日な、堕とそうとしていたやつを弟にかっさらわれちまってよ」
「ああ……そうなんだ」
微妙にぼかして説明する2に、3は頷く。2の弟は、天使長ミカエルだ。悪魔と天使の魂を巡る争いが、最近起こったということだろう。
「一般的にはさ、どうやったって俺の方が不利だろ?だから、たまにはハンデなしの勝負をしてみたいと思ってな」
渋い顔で、2は悔しさを吐露する。天使と悪魔が手を差し伸べれば、誰もが天使を支持するだろう。だが、それではだめなのだ。天界での永遠の幸福を捨ててもいいと思えるような、甘い毒を含む誘惑が、自分には必要なのだと2は痛感している。
「まあ、気持ちはわかるよ……うん」
3もまた、自分の世界では不利な立場にあるので、彼の無念さは理解できる。最も、2があまり勝ちすぎてもそれはそれで喜べないのだが。
「俺のやり方もいい加減、古いのかもしれねえ。そろそろ、新しい試みを取り入れるのもいい」
「君は、仕事も遊びも全力投球だね……もうちょっと休みなよ」
真剣に敗因を分析する2を、3は気遣う。
「わあ……うれしい!フォース君は、イヤじゃないの?」
「彼がそういうなら、受けて立ちますよ」
食後の飲み物を追加注文したマリーシアが、うきうきしながら聞いてくる。3は、快く承諾した。こんな機会はめったにないし、2がどのような口説き方をするのか見てみたい。
「あんた達、変わってるな……」
この場でただひとりの常識人・クレイオは、大いに困惑していた。そんな彼を置き去りにして、話は着々と進んでいく。
「それで、どんな勝負にするんだい?そのへんの女の子に声をかけて、連れてきた人数とか?」
「数で競ってどうすんだよ。対象を一人に決めて、どちらがそいつを堕とせるか、だろ?」
「……うわあ。この人たちかなりの鬼畜だ……」
真面目な顔でとんでもないことを言う悪魔二人に、クレイオがドン引きする。これが十人並みの男ならば歯牙にもかけられないだろうが、なまじ二人ともルックスが整っているだけにタチが悪い。
「でも、そんなことに協力してくれる子、いるかしら~……」
あまりにノリノリな空気にさすがに不安になったか、マリーシアが首をかしげる。彼女がやりたいのは詩のイメージを膨らませることであって、人を傷つけることではないのだ。
マリーシアの心境を察し、2が人の悪い笑みを浮かべる。
「何言ってんだ。あんたが体張ればいいだろ?」
「へ?」
2の発言の意味が解らず、マリーシアが目を丸くする。テーブルから身を乗り出して、2は彼女に顔を近づけた。
「あんた、俺たちに口説かれてみろよ。それが一番手っ取り早いやり方だぜ」
「な…………!」
獲物を狙うような目つきで、2がマリーシアを見据える。彼から危険なものを感じて、隣のクレイオは絶句した。
「カ、カイン……いくら何でも、それはちょっと……」
「何だよ、いい方法じゃねえか。なあ?」
「…………」
3の忠告を聞き入れず、2がマリーシアに同意を求める。当の彼女は、真顔で沈黙していた。
「マ、マリーシア……」
「あの、すみません、彼、悪気はないと思うので……」
クレイオと3が、おずおずと声をかけようとした時、唐突にマリーシアは立ち上がった。大きな物音がして、同席のクレイオたちだけでなく、周囲の客たちも硬直する。顔を引きつらせる2の肩を、彼女は強く掴んだ。
「それ、いいわあ~!カイン君、あったまいい~!」
「だろ?」
「「ええ――――!?」」
感激するマリーシアに、我が意を得たりと2は口角を上げ、残り二人は驚愕する。周りの困惑など気にも留めずに、マリーシアは嬉しそうに手を叩いた。
「そうよね~、恋愛の詩を書くためには、実体験も必要よね~」
「いい度胸だな、あんた。やっぱ芸術家は感性がぶっ飛んでねえとな」
「ありがとう~!じゃあ、さっそく」
「いや、待て!」
事を進めようとするマリーシアと2を、クレイオが制止する。店中の注目の的となっていることに、非常識二人は気づいていないようだ。
「あ、あの、さすがにここではちょっと……場所を変えましょう」
すっかり乗り気な2とマリーの背中を押しつつ、3は移動を促した。
ひとが住んでいるかどうかも怪しい森の奥深く。一人の青年が、弦楽器を奏でていた。聴く者が誰もいないことが惜しいほど、その演奏は見事なものである。そこへ、青年の少し後ろに降り立ったのは、1だった。赤いコートを大きくはためかせ、1は青年に顔を向ける。
「…………よお」
「君か。来てくれたんだね」
突然の来訪者に驚いた様子もなく、青年はうれしそうに微笑む。
「まあな。また、誰かを呼んでたのか?」
「うん。でも、あれから誰も来ないよ」
「そりゃあ、こんな山奥じゃな……」
呆れたように、1は視線を巡らせる。大都市でコンサートを開いても通用するほど腕がいいこの吟遊詩人は、なぜかひとけのない場所での演奏を好む。以前も、1は彼の音色に誘われたことがあった。
「でも、君と出会えただけで大した収穫だ。君の輝きは、本当に素晴らしいよ」
「へっ……褒めても、何も出ねえっつの」
うっとりした口調で、青年が1を称賛する。彼が見ているのは、1の筋骨隆々の肉体ではない。その奥にある、魂の輝きだ。通常なら気味が悪いと斬り捨てるところだが、1は素直に褒め言葉を受け取った。この青年にかけらほども悪気がないことは理解している。それほどに、1は青年と邂逅を重ねていた。
「さて、始めようぜ」
背中に差していた棒状のものを抜き取り、1は構える。その言葉に、青年は頷いた。
「で、どこに行きたいんだお前」
路地裏をちらちらと覗きこみながら、2が3に問う。彼は本日、路地裏をたまり場にしている連中の会合に、顔を出すつもりだった。そんなところに3を連れて行っていいのか、判断に困る。
「カインが行きたいところでいいよ」
「そう言われてもなあ……」
「私も色々な人間と関わりあいたいからね。君についていけば、面白い出会いがありそうだ」
2の当惑を知ってか知らずか、3はそんなことを言う。
「ひょっとして、俺が誰かを地獄に堕とすのを警戒してるか?」
ふと思い立ち、2は3を剣呑な目つきで睨む。人間を誘惑して堕落させ、魂を地獄へ連れて行くのが2の仕事だ。以前、うまく契約できたところを3に邪魔されたことがあった。
図星を突かれて、3は一瞬、言葉を詰まらせる。
「何だ……マジでそうなのかよ。お前も天使どもみてえに、上から目線で説教でもする気か」
2の機嫌が悪くなりつつあることに気づき、3はあわてて首を振る。
「……違うよ。私も、君と同じように多くの罪人を得たいんだ」
それは、本気半分、ごまかし半分の言葉だった。3の世界の地獄は、罪人を生きたまま更生させる場所だ。最後の審判まで贖罪が続く2の世界の地獄よりは、罪人にとってはましなところだろう。
「そう何度も譲らねえぞ?俺だって、魂は欲しいんだよ」
今にも殴りかかってきそうだった2の表情が、少し和らぐ。ただの妨害ではなくシェア争いだというのなら、彼とて邪険にするつもりはないのだ。3の地獄の方針もまた、ひとつの選択肢だと2は認めている。安堵した後、3は不敵に笑った。
「君と私、どちらを選ぶかは相手次第じゃないか?」
「俺と勝負する気かよ」
「それもいいかもね」
3の宣戦布告に、2もまた好戦的な顔つきになる。
「言っておくが、俺は人間どもが創られたときからやつらを堕落させてきた誘惑のスペシャリストだぜ?悪魔になりたてのお前じゃ分が悪ぃと思うがなあ」
「そんなの、やってみないとわからないじゃないか。好みの問題もあるし」
2の挑発を、3は余裕でいなす。そうやって彼らが睨みあっていると、浮かれた足音が近づいてきた。
「すみませ~ん!ちょっといいかしら~」
「あぁ?」
「どうかしましたか?」
声をかけられ、2と3は同時に振り向く。そこに立っていたのは、長い金髪の、温和な雰囲気を持つ女性だった。人懐っこい笑みを浮かべ、彼女は2と3を交互に見比べる。
「わあ……近くで見ると一層イケメン!眼福だわ~」
「え?」
「どーせ、お前のことじゃねえの」
きょとんとした顔の3に、うんざりしつつも2は教えてやる。3の美男ぶりを妬む気持ちはそれほどないが、はっきりと比較されて貶められてはいい気がしない。
「あなたもイケメンだけど、そっちの彼もイケメンよ~!鋭い眼光と豹のようなしなやかな体つき!たまらなくいいわ~!」
「な、何なんだあんた……」
女性にまじまじと見つめられ、2は返答に窮する。その目つきと態度から、彼の第一印象は大抵は悪い方へ傾く。初対面で好意的な反応をされるのは、稀なことだった。
「うん。私も、カインはイケメンだと思う」
真剣な表情で、3が女性に同意する。自分ばかりがもてはやされているけれど、2も、1も十分魅力的なのだと彼は常々思っていた。
「あ、ごめんなさいね~。私、マリーシアっていいます。旅の詩人です」
女性が、ふわりと一礼する。その芝居がかった仕草に、3はつられて会釈し、2は怪訝な顔になった。
「詩人だあ?そんなのに声をかけられる覚えはねえな」
「あ……ひょっとして、この街の勇者様のことを取材に来た……とか?」
「げ……マジかよ」
3の予想に、2が顔を引きつらせる。この街を幾度も救った勇者の正体は、彼なのだ。それもだいぶ昔の話なのだが、未だにこうして各地で活躍している勇者たちがナンナルへ来ることがある。そのたびに、ルシファー達はごまかすのに苦労したり、新たな事件に巻き込まれたりと翻弄されてきた。
「ううん、私、英雄譚には興味がないの~」
新たなトラブルを警戒する二人に対し、マリーシアはあっさりと否定する。
「では、私たちに何の用です?」
目を瞬かせて3が尋ねると、彼女はうきうきした仕草で答えた。
「今、恋愛詩人でね~?詩のモデルになるようなかっこいい男の子を探していたの。それで、あなたたちを見つけたというわけなのよ~」
「へえ……どんな詩なんですか?」
「そうね~……タイプの違う男の子二人に好意を寄せられて~、揺れる乙女心~……なんてどうかしら~」
少し考えて、マリーシアが2と3に提案してくる。何だか面白そうだと、二人は興味をひかれた。
「それはつまり……三角関係ってやつですね」
「で、どっちが勝つんだ?」
「それは、まだ決めてないわ~。モデルの貴方たち次第かも~」
2と3は、顔を見合わせた。ちょうど、特定の人物を取り合って勝負をしようと話していたところなのだ。ただし、相手は想い人ではなく罪人だが。
「マリーシア!」
そこへ、新たな足音がこちらへ駆けてきた。ターバンを巻いた青年が、二人に勢いよく頭を下げる。
「すみません、彼女が失礼なことを」
「いえいえ、お連れさんですか?」
「ええ」
3の問いかけに、青年……クレイオが頷く。マリーシアが二人の機嫌を損ねていないことに、彼は胸をなでおろした。そんなクレイオの心配をよそに、マリーシアは2と3の腕をとる。
「ねえねえクレイオ!見て見て!詩にぴったりのモデルが見つかったのよ!」
2と3の腕をぶんぶん振り回しながら、マリーシアがクレイオに報告する。そのあまりに馴れ馴れしい振る舞いに狼狽しつつも、クレイオは彼女を引きはがした。
「だからっていきなり突撃するやつがあるか!本当に、申し訳ない!彼女は芸術家なので、少し変わっているんです」
「少しかあ?相当、変な女だと思うがな」
肩を鳴らしつつ、2は半眼で指摘する。彼にもう一度謝って、クレイオはマリーシアを連れ帰ろうとしたが、彼女の行動の方が早かった。
「ねえ、どう?良ければ、あなたたちの話、少し聞かせてほしいな~」
「こら、マリー!いい加減にするんだ!」
目を輝かせて、二人を勧誘するマリーシア。クレイオの叱責も、彼女の耳には届いていない。戸惑いつつ、2と3は全く同じタイミングで互いを見た。
「まさかの逆ナンかあ……私は別に構わないけど?」
「まあ、暇だしな」
しばしの逡巡の末、断る理由が特にないことに気づき、二人は彼女の願いを聞き入れる。大喜びで飛び跳ねて、マリーシアははしゃぎまわった。
「ありがとう~!ではでは、どこかお店に入りましょ~!もちろん、おごるわよ~」
そして、マリーシアに押される形で彼らは手近な茶店に入る。昼時なので、店内は客でにぎわっていたが、席を確保することができた。
「改めて、自己紹介するわね~。私はマリーシア。で、こっちはクレイオ。私たちは旅の吟遊詩人で、私が作詞・彼が作曲担当なの」
「よろしく」
注文を終えたマリーシアが、姿勢を正す。隣に座ったクレイオが、軽く会釈した。
「フォースです。こっちは、カイン」
「フォース君に、カイン君かあ……。二人とも、何歳くらい?」
マリーシアは、当たり障りのない質問から始める。見た目からすると彼らは二十代前半くらいであり、気分を害する年代ではないはずだ。しかし、二人から返ってきたのは、予想外の反応だった。
「……何歳くらいが妥当かなあ?覚えてないんだよね」
「俺に聞くな。俺だって実年齢なんざ忘れてる」
困ったように3が首をかしげ、2も眉を寄せる。地獄の王である彼らは、永い時を生きているので色々なことが記憶の彼方だった。
「あ、ごめんね~、まずいこと聞いちゃった?」
おろおろしながら、マリーシアが謝る。どうやら彼女は、二人が孤児か何かだと勘違いしたようだ。そんなことはないとフォローし、マリーシアに次の質問を促す。
「二人は、どういう関係?お友達?」
「気の合う友人です」
「……息抜き仲間、ってとこだな」
ぐつぐつと音を立てるドリアを冷ましながら3が答え、それを補足しつつ、2は表面をぱりぱりに焼かれたチキンにかじりついた。
「ということは、付き合いはそれほど長くないの?」
「知り合ってから、それほど経ってないよね」
「お互い、よくわからねえことも多いな」
話半分で返しつつ、2がドリアの皿を覗き込む。彼の猫舌を知っている3は、比較的熱くない箇所をすくって差し出した。うれしそうに、2がさじにかぶりつく。
「そっかあ……じゃあ、同じ人を好きになった経験とか、もちろんないよねえ……」
パスタにスープを絡めながら、マリーシアが探るような視線を向けてくる。彼女が一番聞きたいのは、彼らの恋愛遍歴だ。
「それはないですね」
思っていた通りの返答に、マリーシアは少し落胆する。3にポテトをおすそ分けしながら、2は彼女に問い返した。
「……なあ。こんな取材で詩の参考になんのか?」
「え…………?」
きょとんとした顔で、マリーシアがサラダをつつく手を止める。指先を軽く舐め、2は続けた。
「あんたの詩の内容はさ、男二人が女を巡って争うっていうやつなんだろ?俺らが誰かを口説くのを見るとかしねえと、意味ないんじゃねえ?」
「ああ……確かに」
2の意見に、3も同意する。マリーシアの瞳が、大きく見開かれた。
「え?え?口説くところ、見せてくれるの?」
「俺とこいつ、どっちの誘惑が魅力的かをちゃんと判定してくれるならな」
「ええ!?」
「そ、そこまで協力してくれるのか!?」
2の唐突な発言に、3がたじろぐ。ずっと黙って話を聞いていたクレイオが、信じられないという顔をした。マリーシアと長いこと旅をしているが、これほど大胆な協力を申し出た一般人は見たことがなかった。
いつもと違ってやけに積極的な2に、3は当惑する。
「君、さっきからいやに乗り気だね。何かあったの?」
「つい先日な、堕とそうとしていたやつを弟にかっさらわれちまってよ」
「ああ……そうなんだ」
微妙にぼかして説明する2に、3は頷く。2の弟は、天使長ミカエルだ。悪魔と天使の魂を巡る争いが、最近起こったということだろう。
「一般的にはさ、どうやったって俺の方が不利だろ?だから、たまにはハンデなしの勝負をしてみたいと思ってな」
渋い顔で、2は悔しさを吐露する。天使と悪魔が手を差し伸べれば、誰もが天使を支持するだろう。だが、それではだめなのだ。天界での永遠の幸福を捨ててもいいと思えるような、甘い毒を含む誘惑が、自分には必要なのだと2は痛感している。
「まあ、気持ちはわかるよ……うん」
3もまた、自分の世界では不利な立場にあるので、彼の無念さは理解できる。最も、2があまり勝ちすぎてもそれはそれで喜べないのだが。
「俺のやり方もいい加減、古いのかもしれねえ。そろそろ、新しい試みを取り入れるのもいい」
「君は、仕事も遊びも全力投球だね……もうちょっと休みなよ」
真剣に敗因を分析する2を、3は気遣う。
「わあ……うれしい!フォース君は、イヤじゃないの?」
「彼がそういうなら、受けて立ちますよ」
食後の飲み物を追加注文したマリーシアが、うきうきしながら聞いてくる。3は、快く承諾した。こんな機会はめったにないし、2がどのような口説き方をするのか見てみたい。
「あんた達、変わってるな……」
この場でただひとりの常識人・クレイオは、大いに困惑していた。そんな彼を置き去りにして、話は着々と進んでいく。
「それで、どんな勝負にするんだい?そのへんの女の子に声をかけて、連れてきた人数とか?」
「数で競ってどうすんだよ。対象を一人に決めて、どちらがそいつを堕とせるか、だろ?」
「……うわあ。この人たちかなりの鬼畜だ……」
真面目な顔でとんでもないことを言う悪魔二人に、クレイオがドン引きする。これが十人並みの男ならば歯牙にもかけられないだろうが、なまじ二人ともルックスが整っているだけにタチが悪い。
「でも、そんなことに協力してくれる子、いるかしら~……」
あまりにノリノリな空気にさすがに不安になったか、マリーシアが首をかしげる。彼女がやりたいのは詩のイメージを膨らませることであって、人を傷つけることではないのだ。
マリーシアの心境を察し、2が人の悪い笑みを浮かべる。
「何言ってんだ。あんたが体張ればいいだろ?」
「へ?」
2の発言の意味が解らず、マリーシアが目を丸くする。テーブルから身を乗り出して、2は彼女に顔を近づけた。
「あんた、俺たちに口説かれてみろよ。それが一番手っ取り早いやり方だぜ」
「な…………!」
獲物を狙うような目つきで、2がマリーシアを見据える。彼から危険なものを感じて、隣のクレイオは絶句した。
「カ、カイン……いくら何でも、それはちょっと……」
「何だよ、いい方法じゃねえか。なあ?」
「…………」
3の忠告を聞き入れず、2がマリーシアに同意を求める。当の彼女は、真顔で沈黙していた。
「マ、マリーシア……」
「あの、すみません、彼、悪気はないと思うので……」
クレイオと3が、おずおずと声をかけようとした時、唐突にマリーシアは立ち上がった。大きな物音がして、同席のクレイオたちだけでなく、周囲の客たちも硬直する。顔を引きつらせる2の肩を、彼女は強く掴んだ。
「それ、いいわあ~!カイン君、あったまいい~!」
「だろ?」
「「ええ――――!?」」
感激するマリーシアに、我が意を得たりと2は口角を上げ、残り二人は驚愕する。周りの困惑など気にも留めずに、マリーシアは嬉しそうに手を叩いた。
「そうよね~、恋愛の詩を書くためには、実体験も必要よね~」
「いい度胸だな、あんた。やっぱ芸術家は感性がぶっ飛んでねえとな」
「ありがとう~!じゃあ、さっそく」
「いや、待て!」
事を進めようとするマリーシアと2を、クレイオが制止する。店中の注目の的となっていることに、非常識二人は気づいていないようだ。
「あ、あの、さすがにここではちょっと……場所を変えましょう」
すっかり乗り気な2とマリーの背中を押しつつ、3は移動を促した。
ひとが住んでいるかどうかも怪しい森の奥深く。一人の青年が、弦楽器を奏でていた。聴く者が誰もいないことが惜しいほど、その演奏は見事なものである。そこへ、青年の少し後ろに降り立ったのは、1だった。赤いコートを大きくはためかせ、1は青年に顔を向ける。
「…………よお」
「君か。来てくれたんだね」
突然の来訪者に驚いた様子もなく、青年はうれしそうに微笑む。
「まあな。また、誰かを呼んでたのか?」
「うん。でも、あれから誰も来ないよ」
「そりゃあ、こんな山奥じゃな……」
呆れたように、1は視線を巡らせる。大都市でコンサートを開いても通用するほど腕がいいこの吟遊詩人は、なぜかひとけのない場所での演奏を好む。以前も、1は彼の音色に誘われたことがあった。
「でも、君と出会えただけで大した収穫だ。君の輝きは、本当に素晴らしいよ」
「へっ……褒めても、何も出ねえっつの」
うっとりした口調で、青年が1を称賛する。彼が見ているのは、1の筋骨隆々の肉体ではない。その奥にある、魂の輝きだ。通常なら気味が悪いと斬り捨てるところだが、1は素直に褒め言葉を受け取った。この青年にかけらほども悪気がないことは理解している。それほどに、1は青年と邂逅を重ねていた。
「さて、始めようぜ」
背中に差していた棒状のものを抜き取り、1は構える。その言葉に、青年は頷いた。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
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