L-Triangle!6-4
- 2014/09/18
- 20:53
マリーシアとクレイオの新曲づくりは、着々と進んでいった。詩が大体できたところで、クレイオがそのイメージに合わせて曲を作る。そして、曲に合うように詩を改訂していく……。そのような試行錯誤が、積み重ねられていく。より完成度の高い詩にするために、マリーシアは、2や3がナンナルに来ているときは彼らについて回った。
作曲担当のクレイオの方はというと、二人で演奏して以来1と何となく仲良くなり、あれこれ音合わせをして楽しんでいる。吟遊詩人コンビの熱意と強引さとマイペースさに飲まれて、いつの間にかルシファー達の屋敷は彼らの作業場と化していた。
「……で、何で俺様が駆り出されてんだ……」
クレイオとともに広間に缶詰にされて、1はふと我に返る。このところ、ずっとこの青年と一緒にいるような気がする。
「シーザー!ここのパート、変更したから弾いてみてくれ!」
クレイオが、楽譜を1の眼前に突き出す。またか、と思いつつも、1はFギターをつま弾いた。
「……いや、やっぱりイマイチだな……前の方がいい」
残念そうに、クレイオは首を振り、作業に戻る。
「ったく……」
深々とため息をつき、1はそれでも場を去ることはしなかった。
一階の別の部屋では、マリーシアがくるくると回っていた。歌には踊りがつきものだと言って、振付を考えている。
「どっちか選べと言われても~♪無理ムリ無理~♪」
歌いながら、可愛らしくも大げさな素振りで首を振る、マリーシア。その様子を、2と3は見学していた。
「……結局、ドローかよ……」
歌詞の一部を聞いて、2がげんなりした面持ちになる。あれだけ一生懸命口説いた自分の努力は、一体何だったのか。
ちなみに、罪や救いなどという重い単語は、マリーシアの詩にはかけらも出てこない。二人同時に言い寄られた経験は、彼女の中にときめきだけを残したということだろう。
「二人の男に恋された女の子の心情をつづった歌……なんだよね。何か複雑……」
2と同じく微妙な表情で、3が床に視線を落とす。
「どうかしたのか?顔色悪ぃな」
「前にも言ったじゃないか……弟に彼女をとられまくったって……」
気遣わしげな2に対し、3は顔を上げることなく返す。3は、自分の双子の弟に恋人を横取りされたことが何度もある。歴代の彼女たちも、この詩のようなことを考えていたのかと思うと、どうしようもなく気が滅入るのだ。
「あー……まあ、元気出せ」
ぎこちないながらも慰めつつ、2は3の肩を叩いた。
吟遊詩人たちの真剣作業は、日を追うごとに激化していく。曲が形になるにつれ、作業につき合わされているルシファー達に、徐々に変化が訪れていた。
今日もまた、マリーシアが歌っている。詩の方は、ほとんど完成しているようだ。
「恋のバトルは 始まったばかり
きゅんきゅんきてるよ 乙女心~♪」
同じ部屋にいる2と3にとっては、すっかりおなじみの歌詞である。この後、「きゅんきゅん」が何度も連続する。曲の中で、盛り上がる部分のひとつだ。
「……きゅんきゅん☆」
ふいに、隣から聞こえた声に、2は顔を引きつらせる。ぼんやりしながら、3がマリーシアに合わせて歌を口ずさんでいた。
「おい、やめろ気色悪ぃ」
「……え!?私、また歌っちゃってた!?」
2に半眼で指摘され、3は目に見えて狼狽える。どうやら、完全に無意識だったようだ。ちなみに、3がこのような状態になるのは今回が初めてではない。
「まあ、あれだけ何回も聞かされてりゃな。嫌でも覚えるわ」
「何か、やけに耳に残るんだよね、あの詩……」
「そのへんは腐ってもプロだな」
3が、頭を抱えてうなだれる。2は、比較的冷静にマリーシアを評価した。人の心に何も残らない無難な曲ばかりを作っていては、その道で食ってはいけないのだ。
作曲の方は、まだまだ完成には遠い。譜面を片手に、クレイオが1に近づいた。
「シーザー。この『あのね もっと強引に迫ってよ』ってとこ弾いてくれ」
クレイオが、真顔で詩の一部を告げる。彼の本来の性格では、絶対に言わないような大胆な台詞だが、クレイオは気にも留めなかった。
「あー。『もっと強引に迫ってよ』なー……」
そして、1もまた、真剣だった。いつの間にか、彼はクレイオの作曲の手伝いだけでなく、アドバイスをする立場になっていたのだ。
「不自然だよな、前後とのつながりが」
「やっぱりそう思うか?」
「いっそ、その前の『私だけが特別ではないの』から変えるってのはどうだ?」
ためらいもせずに、女言葉の歌詞を口に出す1。それがどれだけ彼の人物像から離れているか、1もクレイオも気づいていない。
「うーん……『私だけが特別ではないの あのね もっと強引に迫ってよ』……」
ぶつぶつと歌詞を反復しながら、クレイオはFギターを弾いて音を出す。
集中しすぎて我に返らないだけ、この二人は部外者の2と3より深刻な状態だった。
そして、ルシファー達の変容は、彼らの仕事にも影響を及ぼし始める。
3世界。3の側近アスタロトは、地獄のある地点を飛行していた。この辺一帯は、次元が歪んでいるため、人が住める区域ではない。領土を拡大させるために、3がこの土地を単独で浄化することになっていた。
「ルシファー様、おひとりで大丈夫かなあ……」
暗く淀んだ空と、激しく上下する大地。アスタロトは、主君の身を案じて彼の姿を探す。そこへ、大気のうねり以外の音が耳に届いた。
「……ん?歌声?」
怪訝そうに、アスタロトは声がした方へと進む。そこにいたのは、3だった。
「彼は優しい天使系男子っ♪ 穏やか誠実ジェントルマン~♪」
くるくると旋回し、踊りながら3は歌っている。彼は、歌詞だけでなく、振付もしっかりと覚えていた。3が天を舞うたびに、地獄の大地が浄化されていく。作業自体はちゃんとできているらしい。
どうしようかと一瞬迷った末に、アスタロトは3に声をかけた。
「……ルシファー様……」
「ふあぁぁ!?あ、アスタロト!今の聞いてた!?」
びくりと跳ね上がり、3は青ざめる。にこにこ笑いながら、アスタロトは近づいてきた。
「楽しそうですね、ルシファー様」
「だ、誰もいないからちょっとくらいいいかなって思ったのに……」
恥ずかしさのあまり泣きそうな顔で、3は呻く。彼はこの世界の地獄の支配者であり、悪魔たちの尊敬の的だ。そして、アスタロトもまた、彼に忠誠を誓う一人である。
3は、目の前が真っ暗になるのを感じていた。こんな姿を見られたのだ、幻滅されたに違いない。彼の胸中を知ってか知らずか、笑顔のままでアスタロトは告げた。
「何だか、かわいい歌ですね。もっと歌ってください」
「え、ええ!?」
アスタロトの一言に、3は驚愕する。
「我々、音楽に関しては讃美歌くらいしか縁がないじゃないですか。他のジャンルの歌って、興味深いですよね」
目をきらきらさせながら、アスタロトが語る。どうやら、からかいではなく、本気でそう思っているらしい。
「そ、そうだけどさ、誰かの前でこれを歌うのは、さすがにちょっと恥ずかし……」
「さあ、どうぞどうぞ!私のことはいないものと思って!もちろん、ちゃんと踊ってくださいね!」
赤面する3に、手を叩きながらアスタロトが催促する。彼に嫌われなかったことに安堵したものの、新たな試練が3に突き付けられた。
自分を慕う部下の前で、胸きゅんラブソングを振りつけとともに熱唱。
一体、どんな罰ゲームだろうか。
「ほら、早く!アンコール!アンコール!」
「……アスタロトがドSだ……」
天然なのかわざとなのか、容赦なく追いつめてくる部下に、3は涙目になった。
1世界。仕事場にFギターを持ち込んで、1は曲を奏でていた。
「ルシファー殿、何を弾いておられるのだ?」
作業の手を止めて、1の世界のミカエル……略して1ミカが、身を乗り出す。
「ああ、知り合いの曲なんだけどよ。妙に頭に残っちまってな」
弦をはじきながら、1は答えた。彼の目の前に楽譜はない。ずっと間近で聞かされていたため、1は例の曲を暗譜で弾けるようになっていた。
「そんなことより、仕事を……」
「明るい曲調だな。天界には荘厳な音楽しかないから、とても新鮮だ」
ごく当たり前の注意をしようとするリリスを押しのけ、1ミカが1の手元を見つめる。節くれだった指先から、よくこんな綺麗な音が出せるものだと、彼女は感心した。
「この曲、歌詞はあるのか?」
ふと疑問に思い、尋ねてみる。演奏に意識を半分持って行かれていた1は、深く考えずに答えた。
「ああ。天使と悪魔に惚れられてどっちも選べないとかいう……」
「まるでルシファー殿のことのようだな」
「げ……っ」
1ミカのとげのある言い方に、さすがの1も演奏をやめる。それを聞いたリリスが、眉間のしわを一層深くした。
「私にとってルシファー様は好みのタイプではないと、常々申しておりますが?」
「別にリリス殿のことは、一言も言っていないぞ」
「う…………」
1ミカから予想外の反撃を受け、リリスは押し黙る。1ミカは、にんまりと笑った。いつも秘書の先輩であるリリスには、怒られたり1との関係で嫉妬させられたりしているのだ。たまには、こういう日があってもいい。
「一応言っとくが、性別、逆だからな?口説かれてんのは女だ」
旗色が悪いと感じ、1はどうでもいいことを指摘する。
「何と。優柔不断な女だな」
1ミカは、呆れたように目を丸くした。話題が逸れたと思い1が胸をなで下ろしていると、1ミカは彼に近づき、言った。
「それで、同じく優柔不断な貴殿はそのへんはどう考えるのだ?え?」
「いい加減にしてください。二人とも、ずいぶん余裕がおありですね。仕事を倍にいたしましょうか」
硬直する1に、リリスが助け船を出す。いや、むしろ1ミカとともに泥沼へ沈められたと言った方が適切だろうか。どんどん積み上げられていく書類の束に、1ミカはさすがに顔色を変える。
「ちょっ……横暴だぞリリス殿! 」
1ミカが抗議する横で、1は墓穴を掘ってしまったことを、深く後悔していた。
2世界。執務机の前で、2はため息をついていた。
「……今日は部屋に籠って事務作業か……つまんねえの……」
椅子に背を預け、大きく伸びをする。今、この場には彼以外に誰もいない。
「他のやつらは出払っちまって、話し相手もいねえし……」
唇を尖らせて、2はくるくるとペンを回す。彼は、一人きりで細かい作業をするのが苦手だった。いつもならば親友のベルゼブブがあの手この手でその気にさせてくれるのだが、頼りの彼も今はいない。
「…………」
暇つぶしのネタも尽き、かといって仕事をする気にもなれず、2は沈黙する。彼の頭を回っているのは、あるメロディーだった。
「……彼は危険な悪魔系男子っ♪わがまま強引マイペース♪」
曲に合わせて、ぽつりぽつりと歌詞を口ずさむ。その声量は、徐々に上がっていった。
「ギャップにマジきゅん 悪魔系男子っ♪甘えんボーイな 悪魔系男子っ♪」
「……入りづれえ……」
一方、執務室のドアの前では、外回りから帰ってきたベルゼブブが、どうしたものかと立ち尽くしていたのだった。
ルシファー達が見事に洗脳されて、さらに数日が経過したある日。
「ついに、完成よ~!!」
「よしっ、完璧だ!」
振付の仕上げをしていたマリーシアと、曲の最終調整を手掛けていたクレイオが、ほぼ同時に告げた。
「おー。めでてえな」
1が、素直に祝福する。何だかんだで、曲作りに最も貢献したのは彼だった。
「シーザー君、カイン君、フォース君、ホントにありがと~!よしっ、さっそく、この新作も交えてコンサートの準備よ!」
「了解!」
マリーシアとともに礼を述べ、クレイオは屋敷を出て行く。曲の完成の喜びで、テンションが上がったままだ。
「三人とも、ぜひ聴きに来てね~」
三人に手を振って、マリーシアもクレイオの後を追った。
「色々あったけど、完成して良かったね」
吟遊詩人たちを見送って、3が穏やかに言う。
「ようやく、あの歌から解放されそうだな」
迷惑をかけられた、というポーズをとりながらも、2の顔も晴れ晴れとしていた。達成感の余韻を味わっているところに、再びマリーシアが戻ってくる。
「ただいま~!今日の午後、中央広場でコンサートをすることに決まったよ~!」
「早えなオイ!?」
あまりの段取りの良さに、1がぎょっとする。彼女は、ついさっき出て行ったばかりではなかっただろうか。ハイテンションな吟遊詩人コンビは、光速を超えたのかもしれない。
「というわけで、シーザー君、借りてくね~」
「……ああ?」
1の太い腕を、マリーシアがむんずと掴む。1は、怪訝そうな顔になった。
「乗りかかった船だし、手伝ってほしいの~。この街で楽器ができるひとを、今から探すの大変だから~」
「クレイオが持ってるのは、Fギターだろ!?あれ一本で、ドラムやベースもこなせるはずだ。あいつ一人で平気だろが!」
上目づかいで見つめてくるマリーシアから視線を逸らし、1は指摘する。彼やクレイオが扱うFギターは、より多くの音が出せるようにと、テルプソロネがありったけの技術を詰め込んだ非常に高性能な楽器だ。
仕組みとしては、前もって各パートを録音しておき、演奏の際に同時に流す……ということになる。
「でも~!ライブには~生の演奏の躍動感がないと~燃えないのよ~!あなたならわかるでしょ~?」
「そりゃ確かにそうだが、だからって……おい、ちょっ……引っ張んな!」
「お~ね~が~い~」
抵抗しきれずに、マリーシアにずるずる引きずられて、1はそのまま連行されていった。
「いやあ……マリーさん、やっぱり大物だねえ。あのシーザーに、有無を言わさないなんて」
目を点にしながら、3がのんきに感心する。1は、彼の世界では最強の悪魔であり、そのうえ口も達者である。そんな彼を従えるのは、並大抵の度胸ではできないことだ。
「そういえばあいつとクレイオって、どういう関係なんだ?恋人か?」
ぼんやりと状況を静観していた2は、前から疑問に思っていたことを口にする。
「そうなんじゃないの?本人たちに聞いたわけじゃないけど」
「カレシとその父親を、音楽性の違いから引き離すオンナ……?」
3の返答に納得がいかず、2は首をひねる。クレイオがテルプソロネと共に旅ができないのは、マリーシアが原因だということは以前聞いた。しかし、よく考えると、尊敬する父との不和の元凶である女と一緒にいたがるクレイオは、どこかおかしいという気がしてくる。そして、マリーシアの方も、独占欲が強いタイプには見えない。
「……まあ、色々と事情があるんだよ、きっと。それより、私たちも行こう?」
3が、2の背中をそっと押す。ここでもたもたしていては、コンサートに遅れてしまう。
「……何か、不自然なんだよなあ……」
3につられて歩を進めつつも、2はじっと考え込んでいた。
作曲担当のクレイオの方はというと、二人で演奏して以来1と何となく仲良くなり、あれこれ音合わせをして楽しんでいる。吟遊詩人コンビの熱意と強引さとマイペースさに飲まれて、いつの間にかルシファー達の屋敷は彼らの作業場と化していた。
「……で、何で俺様が駆り出されてんだ……」
クレイオとともに広間に缶詰にされて、1はふと我に返る。このところ、ずっとこの青年と一緒にいるような気がする。
「シーザー!ここのパート、変更したから弾いてみてくれ!」
クレイオが、楽譜を1の眼前に突き出す。またか、と思いつつも、1はFギターをつま弾いた。
「……いや、やっぱりイマイチだな……前の方がいい」
残念そうに、クレイオは首を振り、作業に戻る。
「ったく……」
深々とため息をつき、1はそれでも場を去ることはしなかった。
一階の別の部屋では、マリーシアがくるくると回っていた。歌には踊りがつきものだと言って、振付を考えている。
「どっちか選べと言われても~♪無理ムリ無理~♪」
歌いながら、可愛らしくも大げさな素振りで首を振る、マリーシア。その様子を、2と3は見学していた。
「……結局、ドローかよ……」
歌詞の一部を聞いて、2がげんなりした面持ちになる。あれだけ一生懸命口説いた自分の努力は、一体何だったのか。
ちなみに、罪や救いなどという重い単語は、マリーシアの詩にはかけらも出てこない。二人同時に言い寄られた経験は、彼女の中にときめきだけを残したということだろう。
「二人の男に恋された女の子の心情をつづった歌……なんだよね。何か複雑……」
2と同じく微妙な表情で、3が床に視線を落とす。
「どうかしたのか?顔色悪ぃな」
「前にも言ったじゃないか……弟に彼女をとられまくったって……」
気遣わしげな2に対し、3は顔を上げることなく返す。3は、自分の双子の弟に恋人を横取りされたことが何度もある。歴代の彼女たちも、この詩のようなことを考えていたのかと思うと、どうしようもなく気が滅入るのだ。
「あー……まあ、元気出せ」
ぎこちないながらも慰めつつ、2は3の肩を叩いた。
吟遊詩人たちの真剣作業は、日を追うごとに激化していく。曲が形になるにつれ、作業につき合わされているルシファー達に、徐々に変化が訪れていた。
今日もまた、マリーシアが歌っている。詩の方は、ほとんど完成しているようだ。
「恋のバトルは 始まったばかり
きゅんきゅんきてるよ 乙女心~♪」
同じ部屋にいる2と3にとっては、すっかりおなじみの歌詞である。この後、「きゅんきゅん」が何度も連続する。曲の中で、盛り上がる部分のひとつだ。
「……きゅんきゅん☆」
ふいに、隣から聞こえた声に、2は顔を引きつらせる。ぼんやりしながら、3がマリーシアに合わせて歌を口ずさんでいた。
「おい、やめろ気色悪ぃ」
「……え!?私、また歌っちゃってた!?」
2に半眼で指摘され、3は目に見えて狼狽える。どうやら、完全に無意識だったようだ。ちなみに、3がこのような状態になるのは今回が初めてではない。
「まあ、あれだけ何回も聞かされてりゃな。嫌でも覚えるわ」
「何か、やけに耳に残るんだよね、あの詩……」
「そのへんは腐ってもプロだな」
3が、頭を抱えてうなだれる。2は、比較的冷静にマリーシアを評価した。人の心に何も残らない無難な曲ばかりを作っていては、その道で食ってはいけないのだ。
作曲の方は、まだまだ完成には遠い。譜面を片手に、クレイオが1に近づいた。
「シーザー。この『あのね もっと強引に迫ってよ』ってとこ弾いてくれ」
クレイオが、真顔で詩の一部を告げる。彼の本来の性格では、絶対に言わないような大胆な台詞だが、クレイオは気にも留めなかった。
「あー。『もっと強引に迫ってよ』なー……」
そして、1もまた、真剣だった。いつの間にか、彼はクレイオの作曲の手伝いだけでなく、アドバイスをする立場になっていたのだ。
「不自然だよな、前後とのつながりが」
「やっぱりそう思うか?」
「いっそ、その前の『私だけが特別ではないの』から変えるってのはどうだ?」
ためらいもせずに、女言葉の歌詞を口に出す1。それがどれだけ彼の人物像から離れているか、1もクレイオも気づいていない。
「うーん……『私だけが特別ではないの あのね もっと強引に迫ってよ』……」
ぶつぶつと歌詞を反復しながら、クレイオはFギターを弾いて音を出す。
集中しすぎて我に返らないだけ、この二人は部外者の2と3より深刻な状態だった。
そして、ルシファー達の変容は、彼らの仕事にも影響を及ぼし始める。
3世界。3の側近アスタロトは、地獄のある地点を飛行していた。この辺一帯は、次元が歪んでいるため、人が住める区域ではない。領土を拡大させるために、3がこの土地を単独で浄化することになっていた。
「ルシファー様、おひとりで大丈夫かなあ……」
暗く淀んだ空と、激しく上下する大地。アスタロトは、主君の身を案じて彼の姿を探す。そこへ、大気のうねり以外の音が耳に届いた。
「……ん?歌声?」
怪訝そうに、アスタロトは声がした方へと進む。そこにいたのは、3だった。
「彼は優しい天使系男子っ♪ 穏やか誠実ジェントルマン~♪」
くるくると旋回し、踊りながら3は歌っている。彼は、歌詞だけでなく、振付もしっかりと覚えていた。3が天を舞うたびに、地獄の大地が浄化されていく。作業自体はちゃんとできているらしい。
どうしようかと一瞬迷った末に、アスタロトは3に声をかけた。
「……ルシファー様……」
「ふあぁぁ!?あ、アスタロト!今の聞いてた!?」
びくりと跳ね上がり、3は青ざめる。にこにこ笑いながら、アスタロトは近づいてきた。
「楽しそうですね、ルシファー様」
「だ、誰もいないからちょっとくらいいいかなって思ったのに……」
恥ずかしさのあまり泣きそうな顔で、3は呻く。彼はこの世界の地獄の支配者であり、悪魔たちの尊敬の的だ。そして、アスタロトもまた、彼に忠誠を誓う一人である。
3は、目の前が真っ暗になるのを感じていた。こんな姿を見られたのだ、幻滅されたに違いない。彼の胸中を知ってか知らずか、笑顔のままでアスタロトは告げた。
「何だか、かわいい歌ですね。もっと歌ってください」
「え、ええ!?」
アスタロトの一言に、3は驚愕する。
「我々、音楽に関しては讃美歌くらいしか縁がないじゃないですか。他のジャンルの歌って、興味深いですよね」
目をきらきらさせながら、アスタロトが語る。どうやら、からかいではなく、本気でそう思っているらしい。
「そ、そうだけどさ、誰かの前でこれを歌うのは、さすがにちょっと恥ずかし……」
「さあ、どうぞどうぞ!私のことはいないものと思って!もちろん、ちゃんと踊ってくださいね!」
赤面する3に、手を叩きながらアスタロトが催促する。彼に嫌われなかったことに安堵したものの、新たな試練が3に突き付けられた。
自分を慕う部下の前で、胸きゅんラブソングを振りつけとともに熱唱。
一体、どんな罰ゲームだろうか。
「ほら、早く!アンコール!アンコール!」
「……アスタロトがドSだ……」
天然なのかわざとなのか、容赦なく追いつめてくる部下に、3は涙目になった。
1世界。仕事場にFギターを持ち込んで、1は曲を奏でていた。
「ルシファー殿、何を弾いておられるのだ?」
作業の手を止めて、1の世界のミカエル……略して1ミカが、身を乗り出す。
「ああ、知り合いの曲なんだけどよ。妙に頭に残っちまってな」
弦をはじきながら、1は答えた。彼の目の前に楽譜はない。ずっと間近で聞かされていたため、1は例の曲を暗譜で弾けるようになっていた。
「そんなことより、仕事を……」
「明るい曲調だな。天界には荘厳な音楽しかないから、とても新鮮だ」
ごく当たり前の注意をしようとするリリスを押しのけ、1ミカが1の手元を見つめる。節くれだった指先から、よくこんな綺麗な音が出せるものだと、彼女は感心した。
「この曲、歌詞はあるのか?」
ふと疑問に思い、尋ねてみる。演奏に意識を半分持って行かれていた1は、深く考えずに答えた。
「ああ。天使と悪魔に惚れられてどっちも選べないとかいう……」
「まるでルシファー殿のことのようだな」
「げ……っ」
1ミカのとげのある言い方に、さすがの1も演奏をやめる。それを聞いたリリスが、眉間のしわを一層深くした。
「私にとってルシファー様は好みのタイプではないと、常々申しておりますが?」
「別にリリス殿のことは、一言も言っていないぞ」
「う…………」
1ミカから予想外の反撃を受け、リリスは押し黙る。1ミカは、にんまりと笑った。いつも秘書の先輩であるリリスには、怒られたり1との関係で嫉妬させられたりしているのだ。たまには、こういう日があってもいい。
「一応言っとくが、性別、逆だからな?口説かれてんのは女だ」
旗色が悪いと感じ、1はどうでもいいことを指摘する。
「何と。優柔不断な女だな」
1ミカは、呆れたように目を丸くした。話題が逸れたと思い1が胸をなで下ろしていると、1ミカは彼に近づき、言った。
「それで、同じく優柔不断な貴殿はそのへんはどう考えるのだ?え?」
「いい加減にしてください。二人とも、ずいぶん余裕がおありですね。仕事を倍にいたしましょうか」
硬直する1に、リリスが助け船を出す。いや、むしろ1ミカとともに泥沼へ沈められたと言った方が適切だろうか。どんどん積み上げられていく書類の束に、1ミカはさすがに顔色を変える。
「ちょっ……横暴だぞリリス殿! 」
1ミカが抗議する横で、1は墓穴を掘ってしまったことを、深く後悔していた。
2世界。執務机の前で、2はため息をついていた。
「……今日は部屋に籠って事務作業か……つまんねえの……」
椅子に背を預け、大きく伸びをする。今、この場には彼以外に誰もいない。
「他のやつらは出払っちまって、話し相手もいねえし……」
唇を尖らせて、2はくるくるとペンを回す。彼は、一人きりで細かい作業をするのが苦手だった。いつもならば親友のベルゼブブがあの手この手でその気にさせてくれるのだが、頼りの彼も今はいない。
「…………」
暇つぶしのネタも尽き、かといって仕事をする気にもなれず、2は沈黙する。彼の頭を回っているのは、あるメロディーだった。
「……彼は危険な悪魔系男子っ♪わがまま強引マイペース♪」
曲に合わせて、ぽつりぽつりと歌詞を口ずさむ。その声量は、徐々に上がっていった。
「ギャップにマジきゅん 悪魔系男子っ♪甘えんボーイな 悪魔系男子っ♪」
「……入りづれえ……」
一方、執務室のドアの前では、外回りから帰ってきたベルゼブブが、どうしたものかと立ち尽くしていたのだった。
ルシファー達が見事に洗脳されて、さらに数日が経過したある日。
「ついに、完成よ~!!」
「よしっ、完璧だ!」
振付の仕上げをしていたマリーシアと、曲の最終調整を手掛けていたクレイオが、ほぼ同時に告げた。
「おー。めでてえな」
1が、素直に祝福する。何だかんだで、曲作りに最も貢献したのは彼だった。
「シーザー君、カイン君、フォース君、ホントにありがと~!よしっ、さっそく、この新作も交えてコンサートの準備よ!」
「了解!」
マリーシアとともに礼を述べ、クレイオは屋敷を出て行く。曲の完成の喜びで、テンションが上がったままだ。
「三人とも、ぜひ聴きに来てね~」
三人に手を振って、マリーシアもクレイオの後を追った。
「色々あったけど、完成して良かったね」
吟遊詩人たちを見送って、3が穏やかに言う。
「ようやく、あの歌から解放されそうだな」
迷惑をかけられた、というポーズをとりながらも、2の顔も晴れ晴れとしていた。達成感の余韻を味わっているところに、再びマリーシアが戻ってくる。
「ただいま~!今日の午後、中央広場でコンサートをすることに決まったよ~!」
「早えなオイ!?」
あまりの段取りの良さに、1がぎょっとする。彼女は、ついさっき出て行ったばかりではなかっただろうか。ハイテンションな吟遊詩人コンビは、光速を超えたのかもしれない。
「というわけで、シーザー君、借りてくね~」
「……ああ?」
1の太い腕を、マリーシアがむんずと掴む。1は、怪訝そうな顔になった。
「乗りかかった船だし、手伝ってほしいの~。この街で楽器ができるひとを、今から探すの大変だから~」
「クレイオが持ってるのは、Fギターだろ!?あれ一本で、ドラムやベースもこなせるはずだ。あいつ一人で平気だろが!」
上目づかいで見つめてくるマリーシアから視線を逸らし、1は指摘する。彼やクレイオが扱うFギターは、より多くの音が出せるようにと、テルプソロネがありったけの技術を詰め込んだ非常に高性能な楽器だ。
仕組みとしては、前もって各パートを録音しておき、演奏の際に同時に流す……ということになる。
「でも~!ライブには~生の演奏の躍動感がないと~燃えないのよ~!あなたならわかるでしょ~?」
「そりゃ確かにそうだが、だからって……おい、ちょっ……引っ張んな!」
「お~ね~が~い~」
抵抗しきれずに、マリーシアにずるずる引きずられて、1はそのまま連行されていった。
「いやあ……マリーさん、やっぱり大物だねえ。あのシーザーに、有無を言わさないなんて」
目を点にしながら、3がのんきに感心する。1は、彼の世界では最強の悪魔であり、そのうえ口も達者である。そんな彼を従えるのは、並大抵の度胸ではできないことだ。
「そういえばあいつとクレイオって、どういう関係なんだ?恋人か?」
ぼんやりと状況を静観していた2は、前から疑問に思っていたことを口にする。
「そうなんじゃないの?本人たちに聞いたわけじゃないけど」
「カレシとその父親を、音楽性の違いから引き離すオンナ……?」
3の返答に納得がいかず、2は首をひねる。クレイオがテルプソロネと共に旅ができないのは、マリーシアが原因だということは以前聞いた。しかし、よく考えると、尊敬する父との不和の元凶である女と一緒にいたがるクレイオは、どこかおかしいという気がしてくる。そして、マリーシアの方も、独占欲が強いタイプには見えない。
「……まあ、色々と事情があるんだよ、きっと。それより、私たちも行こう?」
3が、2の背中をそっと押す。ここでもたもたしていては、コンサートに遅れてしまう。
「……何か、不自然なんだよなあ……」
3につられて歩を進めつつも、2はじっと考え込んでいた。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!6
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