L-Triangle!6-5
- 2014/09/20
- 20:27
ナンナルの中央広場は、いつにないにぎわいを見せていた。噴水の前にステージが設置され、その前に人が続々と集まってきている。彼らは皆、マリーシアのコンサートを見るためにここに来たようだ。
「ついにマリーたんのコンサートが始まるでござるよ」
「ずっと張ってた甲斐がありましたなあ~」
『マリーたんLOVE』と書かれた鉢巻きとTシャツを身に着けた男たちが、喜びをかみしめている。
「新曲、完成したんだって!」
「どんな曲かな~楽しみ~!」
めかしこんだ少女たちが、飲み物を片手にきゃっきゃとはしゃいでいる。
いつもとあまりに違う広場の様子に、2と3は戸惑っていた。
「……何だ、こいつら?どっからわいた?」
「街では見かけない顔がたくさんいるね。ねえ、君たち、マリーさんのファン?」
3が、手近にいた少女たちに声をかける。
「そうなんです~!ていうか、おっかけ?」
「お兄さんたちも、マリーさんのファンなんですか?」
「ああ、うん……すっかり洗脳されたよ」
少女たちの問いに、苦笑いしつつ3は返す。その解答がおもしろかったのか、少女たちは大いにうけていた。
「君たちは別の街から来たの?」
「はい!国境越えちゃいました!」
「マリーさんのためなら、どこでも行っちゃいます!」
少女たちが、ガッツポーズをとる。どうやら、彼女たちはかなり熱心なファンのようだ。
「そ、そうなんだ……」
「あいつ、こんなに有名人だったのかよ……」
少女たちのテンションに押され、3は曖昧な反応をする。2も、同じような表情だった。
「むむっ、そこの男!あいつというのはマリーたんのことでござるか!?」
「聞き捨てなりませんなあ!」
2のぼやきを聞きとがめ、近くにいた男たちが絡んでくる。興奮でぎらぎらした顔を近づけられて、2は面喰らった。
「な、何だよてめえら、暑苦しい……」
「マリーたんは我らの天使!馴れ馴れしく『あいつ』などと呼ばないでいただきたい!」
「そうですぞ!それがマナーというものです!」
男たちが、声高々に演説する。彼らの目つきにやばいものを感じ、2はドン引きした。
「わーったわーった、悪かったって!」
これ以上、彼らに関わってはいけない。本能的にそう悟った2は、素直に謝る。
「ふんっ、わかればいいのでござる!」
やたら偉そうな態度で言い捨てて、男たちは去って行った。
「……災難だったねえ」
ようやく解放されて深々と息を吐く2に、3が同情する。地獄の王ルシファーと言えど、生理的に受けつけないものはあるのだ。
「どんなジャンルにも狂信者ってのはいるんだな……あーいうのには近づきたくねえ」
青ざめた顔で、2が呻く。全身に、鳥肌が立っていた。彼のことはそっとしておくことにして、3は少女たちにもう少し話を聞くことにする。
「マリーさんって、すごい人気なんだね」
「それはもう!アイドル勇者マリーシアって言ったら、世界的に有名ですよ!」
「え?アイドル……勇者?」
少女の口から出た単語に、3は目を瞬かせる。さっきのショックから少し回復した2も、驚いていた。
「お兄さんたち、マリーさんのこと知らないの?」
「ご、ごめん、流行には疎くて……」
「ううん、新規のファンは大歓迎!私たちが、教えてあげるね!」
申し訳なさそうな3に首を振り、少女たちは、得意げに話し始めた。
「マリーさんは、アイドルと勇者を両立させて世界を旅しているすごい人なの!その天使の歌声は、魔王ですら改心させると言うわ!」
「へえ……それはすごいね」
「洗脳されたんじゃねえ?」
3が素直に賞賛し、2はぼそりとツッコミを入れる。
「確かに彼女の歌は洗脳率が高いでござるな!」
「曲がいいだけに口ずさみたくなってしまうのも道理というものです!」
「お前ら、まだいたのかよ!?」
先ほど2に絡んでいたオタクたちが、勢いこんで会話に加わってきた。2が、ぎょっとして後ずさる。
「活動期間が長いのに衰えない美貌も、私生活を一切明らかにしないミステリアスさも魅力なのよね~」
「……ファンの目にはそう映るんだ……」
憧れに目を輝かせる、少女二人。マリーシアの脳天気なマイペースさを嫌というほど思い知らされた3は、微妙な心境である。
「クレイオはあいつ……じゃねえ、『マリーさん』の何なんだよ?彼氏じゃねえのか?」
沈黙してしまった3に代わり、2はずっと気になっていたことを彼女たちに尋ねた。その途端、彼らの会話に聞き耳を立てていたオタクたちの顔が、怒りに染まる。
「むが――――!!何ということを!」
「非常に聞き捨てなりませんなあ!ええ、聞き捨てなりませんとも!!」
「おわあ!?」
オタクたちは、2の胸ぐらを掴んだ。鼻息荒く迫られ、2は悲鳴を上げる。
「マリーたんは天使!妖精!女神!彼氏などいないのでござる!!」
「今の言葉、すぐさま訂正するのです!!」
至近距離で唾を飛ばしながら責められ、がなりたてられる。そこまでされては、2も黙ってはいられない。全身を逆立て、2はオタクたちにメンチを切った。
「……うっぜえなあ!!いい加減にしねえと……」
「はいはい、そこまで」
手を叩いて、3はオタクたちの肩に触れた。その途端、彼らの中で渦巻いていた憤怒が、きれいに浄化される。
「……おほ?」
「何だか頭がすっきりとしましたな」
オタクたちは、首をかしげながら別の場所へと移動していった。
「ったく……」
「引き続き災難だったね」
苦々しげに歯噛みする2を、3が再度気遣う。少女たちも、心配そうに彼の様子を窺がっていた。
「マリーさんには熱心なファンが多いので、恋人関係は禁句ですよ」
「クレイオさんは、あくまで旅の仲間ってことになってます。実際はわかりませんけどね」
「ふーん……」
慰めついでに菓子をおすそ分けされ、納得がいかないながらも2は気力を取り戻す。
「まあ、この話題はここまでにしようか。そろそろ、始まるみたいだよ?」
3の言葉で、2は会場のざわめきがいつの間にか止んでいることを察する。しばし後、マリーシアがステージに姿を現した。いつもの簡素な旅装束ではなく、きらびやかなステージ衣装を身にまとっている。リボンとフリルでめいっぱい飾り立てられ、可愛らしさと動きやすさを兼ね備えたドレスを着たマリーシアは、普段とは印象が全く違っていた。
「みんなー!!今日は、集まってくれて、ありがと~!!マリー、とってもうれしいですー!!」
マイクを片手に、マリーシアが手を振る。会場全体に、ファンの黄色い声が響き渡った。
彼女の後ろには、クレイオと1がいる。二人とも、派手な装いになっていた。
「じゃあ、さっそく一曲目、行ってみよう☆」
マリーシアの合図とともに、演奏が始まる。スポットライトがきらめき、光の輪が縦横無尽に駆け巡る。不思議なことに、会場のどこを探しても照明機材は見当たらなかった。おそらく、動力は電気ではなく精霊の力なのだろう。
ファンたちが、曲の合間に絶妙のタイミングで合いの手を入れる。2と3は、ノリがわからないのでもっぱら聞き役だ。
「シーザー、すごいね。練習する時間なんか、なかっただろうに」
3が、2に話しかける。新曲ばかりを聞かされていた3は、マリーシアの他の曲を今回初めて知った。1も似たような状況だというのに、特に臆した様子を見せず演奏に集中している。
「多少間違ってもわからねえだろうよ。この歓声じゃな」
感心する3に対し、2が意地の悪いことを言う。彼らが扱っているFギターからは、複数の音を出すことができるのだ。エアギターでもばれないのではないか、という考えが2の胸中をよぎった時、1が間奏のソロパートを単独で演奏し始めた。巧みな指さばきで速弾きを成功させ、得意げに笑う。客たちの間で、歓声が上がった。
「あの大男、何者でござるか!?」
「マリーたんの曲をこれだけ熟知しているとは……きっと名のあるギターリストに違いありませんな!」
オタクたちが、もっともらしく頷き合う。
「……ちゃんと弾けているみたいだよ」
「いや……ノリで言ってるだろ、こいつら」
3が苦笑し、2はジト目でオタクたちの背中を睨んだ。
そして、コンサートは無難に進行していく。何曲か歌った後、マリーシアが再びファンたちに語りかけた。
「みんな~楽しんでくれてるかな~?今日はね、マリーからとっておきのプレゼント!新曲ができました!聞いてください!『悪魔系&天使系男子』~!」
ファンたちから、ひときわ大きい歓声が沸き上がる。
「……出た……」
2と3は、顔を見合わせた。この曲だけは、前奏からして、すでに聞き覚えがある。
新曲の初披露ということで、マリーシアの歌声に気合が感じられる。他の曲と比べて、1とクレイオもリラックスして弾いていた。
やがて歌が終わり、大きな拍手がマリーシア達を包み込む。
「ありがとう~!この歌は、この街で色んなひとたちに助けてもらって、一生懸命作りました~!みんなも、気に入ってくれるととってもうれしいな~!」
マリーシアが、会場に呼びかける。ファンたちは、声援で応じた。
「新曲、いいよね~」
「うんうん!こういう恋、してみたいなあ」
頬を上気させる女性ファンたち。
「むむ、男ふたりを振り回す、小悪魔マリーたんでござるか!」
「これは新ジャンルですな!」
歌詞を評価する男性ファンたち。双方ともに、反応は良好だ。
「……好評みたいだね」
「そーだな」
周囲の反響を見て、3が安堵する。2も、協力者の一人として、まんざらでもなさそうだ。
それからもコンサートは続き、アンコールでもう一度新曲を歌って、最高潮の盛り上がりを見せて終了した。
「楽しかったね」
「ま、たまにはな」
拍手をしながら、3と2は笑い合う。ステージ上で、ギターリスト二人が互いの健闘を称えていた。
こうして、マリーシアのコンサートは大成功をおさめた。後処理を終えた彼らは、ルシファー達の屋敷で打ち上げパーティーを開く。
「お疲れ様~!まずは、かんぱ~い!」
マリーシアが音頭を取り、他全員がそれに続いてグラスを掲げる。広間のテーブルには、ファンからの差し入れがずらりと並んでいた。
「どうだった?私たちのコンサート!」
クッキーをつまみながら、マリーシアがルシファー達に感想を聞く。
「すごく楽しかったよ。マリーさん、人気者なんだね」
つまみ類が入った袋を開けながら、3はマリーシアを褒めた。本人たちは吟遊詩人としか名乗っていなかったので、あれほどファンがいたとは驚きだった。
「熱心を通り越したファンもいたぜ?気をつけろよ」
「うん、ありがとう~」
オタクたちに散々な目に遭わされた2は、マリーシアに忠告する。彼女は、素直に礼を言ったが、実際はどんなファンでもうまくいなすことができるのだろう。
「こんなにがっつり演奏したのは初めてだ。結構消耗するな……」
手首を軽く回しながら、1はひたすらに酒をあおっている。体が、水分を欲していた。
「シーザー、あんたのおかげで無事にコンサートを開催できたよ。感謝してる」
「ま、俺も楽しめたからいいけどな」
クレイオが、1に酌をする。それを受けとりながら、1は満足そうな顔をした。即興で色々やらされて大変だったが、たまには悪くないと、今は思う。
「マリーさん、勇者だったんだね。びっくりしたよ」
「何!?マジか!?」
3が、マリーシアに話題を振る。それに反応したのは、ファンから話を聞く機会がなかった1だった。
「ああ~、黙っててごめんね~!でも~、私は勇者である前に、詩人だから~」
ぱたぱたと手を振って、マリーシアは3の言葉を肯定した。やはり事実だったのか、とルシファー達は息を呑む。
「歌で魔王を退治したってのはホントかよ?いくら何でもファンの作り話だよな?」
おずおずと2が問いかける。マリーシアとクレイオは、顔を見合わせた。しばしの躊躇の後、マリーシアが口を開く。
「実は、ホントだったりするのよ~。正確には、相打ちなんだけど~」
「……マリー、話すのか?」
「うん、彼らは黙っててくれると思うし~」
クレイオに尋ねられ、マリーシアは頷いた。場の空気が、自然と真剣なものになる。
「何だ?相打ちって」
「私と、魔王が歌を歌って~、お互いハートをノックアウト~……って感じなんだけど」
視線を泳がせながら、マリーシアは1の質問に答える。
「はあ?もっとわかりやすく言えよ」
「だ、だから~、つまり~」
さらに突っ込まれて、マリーシアは言葉に詰まった。いつになく歯切れが悪いマリーシアの説明を、3が要約する。
「マリーさんと、その魔王は恋に落ちた……ってことかな?」
「やだ~はっきり言わないでよ~恥ずかしいっ」
「痛い痛い!マリーさん叩きすぎ!!」
マリーシアが、顔を赤らめながら3の背中を思い切り叩く。手加減なしの滅多打ちに、3はさすがに抗議した。
「……なるほど、本命がいやがったのか。どうりで俺らの誘惑に堕ちねえわけだ」
先日の口説き対決を思い出し、2は渋い顔になる。
「私とだーりんって、同じ世界の出身なんだよね~。独りでこの世界に放りこまれた寂しさもあって~、もう、急転直下……というわけなのよ~」
ルシファー達の微妙な心境に構わず、マリーシアののろけは続いていた。元は同じ世界にいたのに異世界で出会う、というのは稀有な例のような気がするが、勇者や魔王を頻繁に召喚しているこの世界ならば、ありえないことではないだろう。
「それで、俺が生まれた、と。そういうことなんだ」
マリーシアののろけを遮って、クレイオがしみじみと言う。ルシファー達の時が、一瞬止まった。
「「「…………は?」」」
全く同じタイミングで、間が抜けた声を出す三人。
「いや~ん☆」
両手を頬に当てて、マリーシアは身をくねらせる。
「お、お前、子持ちだったのか……?」
「うそ……若すぎる……」
呆然としながら、2と3が呟く。マリーシアは、外見だけならば少女と言っても過言ではない。クレイオの方が、年上に見えることもあるほどだ。彼女もまた、人間ではないのかもしれない。
「テルプソロネの野郎、魔王だったのか……。しかも、妻子持ち……」
仏頂面で唸り、1は杯をあおった。なんとなく、世の中の理不尽を見たような気がする。
「あれ?シーザー君、だーりんのこと知ってるの?」
「ちょっとした知り合いだ」
きょとんとした顔のマリーシアに、1は簡潔に返す。マリーシアは、うれしそうに微笑んだ。
「そっかぁ~、彼、元気にしてるんだ~」
「これで合点がいったぜ。音楽性がどうであれ、母ちゃんをとるわな……」
「黙っててごめん。マリーには熱心なファンがついているから、今更俺みたいなでかい息子がいるなんて言い出しにくくてさ」
ようやく自分の中で納得がいき、2が首を上下させる。すまなそうに、クレイオが頭を掻いた。
「このこと、できるだけ秘密にしてね?私は自分の詩やクレイオの曲を気に入ってくれるだけでうれしいんだけど、ファンのみんなの夢を壊したら悲しいから」
「わかってる。神に誓って、誰にも言わないよ」
マリーシアが、唇の前に指を立てる。ルシファー達を代表して、3が快く了承した。真実を暴露したところで、誰も幸せにはならないことは明白である。
「あんたら、夫婦仲はどうなってんだよ?仲が悪ぃわけじゃねえみてえだけど」
カスタードクリームがつまったワッフルを頬張りつつ、2がマリーシアに尋ねる。息子は父を尊敬し、妻も夫を好いている。ならば、家族が別々に旅をしている理由がわからない。
「うん。だーりんの曲は大好きだし、だーりんのことも大好きだけど、好きすぎて影響を受けすぎるのもお互い困るってことで、別々に旅をしているの。私たち、夫婦である前に音楽家だから」
マリーシアが、コップの中の氷を眺めながら語る。彼女と夫のテルプソロネは、真剣に音楽を愛し、その身を全力で捧げている。本来ならば崩壊して当たり前の家庭状況だが、不思議と彼らは良好に繋がっていた。
「そういうもんか?息子のことも、たまには考えてやった方がいいんじゃねえ?」
「あ…………」
2の指摘に、マリーシアがはっとしてクレイオを見る。息子が寂しがっているのではないか、ということに、彼女は今、やっと気がついたようだ。
「いや、俺なら平気だし……」
照れくさそうに、クレイオが首を振る。彼も年頃なので、強がりたい面もあるのだ。
だが、マリーシアは構わずクレイオの手をとった。
「そうだね。うん、ホントそうだよね。ごめんね、クレイオ!今度、だーりんに会いに行こうね!」
「…………うん」
マリーシアの提案を受け、クレイオはうれしそうに笑う。ルシファー達は、ほんの少しいいことをしたような気になった。
「じゃあ、そうと決まったら今夜は景気づけに飲むわよ~!ささ、君たちも飲んで飲んで~」
立ち上がり、マリーシアがルシファー達の杯に酒を注いでいく。
「言われるまでもねえ」
「じゃ、遠慮なく」
1と3がありがたく酌を受け、
「まだ飲むつもりか?二日酔いになっても知らねえぞ」
2が、マリーシアをからかった。
「ついにマリーたんのコンサートが始まるでござるよ」
「ずっと張ってた甲斐がありましたなあ~」
『マリーたんLOVE』と書かれた鉢巻きとTシャツを身に着けた男たちが、喜びをかみしめている。
「新曲、完成したんだって!」
「どんな曲かな~楽しみ~!」
めかしこんだ少女たちが、飲み物を片手にきゃっきゃとはしゃいでいる。
いつもとあまりに違う広場の様子に、2と3は戸惑っていた。
「……何だ、こいつら?どっからわいた?」
「街では見かけない顔がたくさんいるね。ねえ、君たち、マリーさんのファン?」
3が、手近にいた少女たちに声をかける。
「そうなんです~!ていうか、おっかけ?」
「お兄さんたちも、マリーさんのファンなんですか?」
「ああ、うん……すっかり洗脳されたよ」
少女たちの問いに、苦笑いしつつ3は返す。その解答がおもしろかったのか、少女たちは大いにうけていた。
「君たちは別の街から来たの?」
「はい!国境越えちゃいました!」
「マリーさんのためなら、どこでも行っちゃいます!」
少女たちが、ガッツポーズをとる。どうやら、彼女たちはかなり熱心なファンのようだ。
「そ、そうなんだ……」
「あいつ、こんなに有名人だったのかよ……」
少女たちのテンションに押され、3は曖昧な反応をする。2も、同じような表情だった。
「むむっ、そこの男!あいつというのはマリーたんのことでござるか!?」
「聞き捨てなりませんなあ!」
2のぼやきを聞きとがめ、近くにいた男たちが絡んでくる。興奮でぎらぎらした顔を近づけられて、2は面喰らった。
「な、何だよてめえら、暑苦しい……」
「マリーたんは我らの天使!馴れ馴れしく『あいつ』などと呼ばないでいただきたい!」
「そうですぞ!それがマナーというものです!」
男たちが、声高々に演説する。彼らの目つきにやばいものを感じ、2はドン引きした。
「わーったわーった、悪かったって!」
これ以上、彼らに関わってはいけない。本能的にそう悟った2は、素直に謝る。
「ふんっ、わかればいいのでござる!」
やたら偉そうな態度で言い捨てて、男たちは去って行った。
「……災難だったねえ」
ようやく解放されて深々と息を吐く2に、3が同情する。地獄の王ルシファーと言えど、生理的に受けつけないものはあるのだ。
「どんなジャンルにも狂信者ってのはいるんだな……あーいうのには近づきたくねえ」
青ざめた顔で、2が呻く。全身に、鳥肌が立っていた。彼のことはそっとしておくことにして、3は少女たちにもう少し話を聞くことにする。
「マリーさんって、すごい人気なんだね」
「それはもう!アイドル勇者マリーシアって言ったら、世界的に有名ですよ!」
「え?アイドル……勇者?」
少女の口から出た単語に、3は目を瞬かせる。さっきのショックから少し回復した2も、驚いていた。
「お兄さんたち、マリーさんのこと知らないの?」
「ご、ごめん、流行には疎くて……」
「ううん、新規のファンは大歓迎!私たちが、教えてあげるね!」
申し訳なさそうな3に首を振り、少女たちは、得意げに話し始めた。
「マリーさんは、アイドルと勇者を両立させて世界を旅しているすごい人なの!その天使の歌声は、魔王ですら改心させると言うわ!」
「へえ……それはすごいね」
「洗脳されたんじゃねえ?」
3が素直に賞賛し、2はぼそりとツッコミを入れる。
「確かに彼女の歌は洗脳率が高いでござるな!」
「曲がいいだけに口ずさみたくなってしまうのも道理というものです!」
「お前ら、まだいたのかよ!?」
先ほど2に絡んでいたオタクたちが、勢いこんで会話に加わってきた。2が、ぎょっとして後ずさる。
「活動期間が長いのに衰えない美貌も、私生活を一切明らかにしないミステリアスさも魅力なのよね~」
「……ファンの目にはそう映るんだ……」
憧れに目を輝かせる、少女二人。マリーシアの脳天気なマイペースさを嫌というほど思い知らされた3は、微妙な心境である。
「クレイオはあいつ……じゃねえ、『マリーさん』の何なんだよ?彼氏じゃねえのか?」
沈黙してしまった3に代わり、2はずっと気になっていたことを彼女たちに尋ねた。その途端、彼らの会話に聞き耳を立てていたオタクたちの顔が、怒りに染まる。
「むが――――!!何ということを!」
「非常に聞き捨てなりませんなあ!ええ、聞き捨てなりませんとも!!」
「おわあ!?」
オタクたちは、2の胸ぐらを掴んだ。鼻息荒く迫られ、2は悲鳴を上げる。
「マリーたんは天使!妖精!女神!彼氏などいないのでござる!!」
「今の言葉、すぐさま訂正するのです!!」
至近距離で唾を飛ばしながら責められ、がなりたてられる。そこまでされては、2も黙ってはいられない。全身を逆立て、2はオタクたちにメンチを切った。
「……うっぜえなあ!!いい加減にしねえと……」
「はいはい、そこまで」
手を叩いて、3はオタクたちの肩に触れた。その途端、彼らの中で渦巻いていた憤怒が、きれいに浄化される。
「……おほ?」
「何だか頭がすっきりとしましたな」
オタクたちは、首をかしげながら別の場所へと移動していった。
「ったく……」
「引き続き災難だったね」
苦々しげに歯噛みする2を、3が再度気遣う。少女たちも、心配そうに彼の様子を窺がっていた。
「マリーさんには熱心なファンが多いので、恋人関係は禁句ですよ」
「クレイオさんは、あくまで旅の仲間ってことになってます。実際はわかりませんけどね」
「ふーん……」
慰めついでに菓子をおすそ分けされ、納得がいかないながらも2は気力を取り戻す。
「まあ、この話題はここまでにしようか。そろそろ、始まるみたいだよ?」
3の言葉で、2は会場のざわめきがいつの間にか止んでいることを察する。しばし後、マリーシアがステージに姿を現した。いつもの簡素な旅装束ではなく、きらびやかなステージ衣装を身にまとっている。リボンとフリルでめいっぱい飾り立てられ、可愛らしさと動きやすさを兼ね備えたドレスを着たマリーシアは、普段とは印象が全く違っていた。
「みんなー!!今日は、集まってくれて、ありがと~!!マリー、とってもうれしいですー!!」
マイクを片手に、マリーシアが手を振る。会場全体に、ファンの黄色い声が響き渡った。
彼女の後ろには、クレイオと1がいる。二人とも、派手な装いになっていた。
「じゃあ、さっそく一曲目、行ってみよう☆」
マリーシアの合図とともに、演奏が始まる。スポットライトがきらめき、光の輪が縦横無尽に駆け巡る。不思議なことに、会場のどこを探しても照明機材は見当たらなかった。おそらく、動力は電気ではなく精霊の力なのだろう。
ファンたちが、曲の合間に絶妙のタイミングで合いの手を入れる。2と3は、ノリがわからないのでもっぱら聞き役だ。
「シーザー、すごいね。練習する時間なんか、なかっただろうに」
3が、2に話しかける。新曲ばかりを聞かされていた3は、マリーシアの他の曲を今回初めて知った。1も似たような状況だというのに、特に臆した様子を見せず演奏に集中している。
「多少間違ってもわからねえだろうよ。この歓声じゃな」
感心する3に対し、2が意地の悪いことを言う。彼らが扱っているFギターからは、複数の音を出すことができるのだ。エアギターでもばれないのではないか、という考えが2の胸中をよぎった時、1が間奏のソロパートを単独で演奏し始めた。巧みな指さばきで速弾きを成功させ、得意げに笑う。客たちの間で、歓声が上がった。
「あの大男、何者でござるか!?」
「マリーたんの曲をこれだけ熟知しているとは……きっと名のあるギターリストに違いありませんな!」
オタクたちが、もっともらしく頷き合う。
「……ちゃんと弾けているみたいだよ」
「いや……ノリで言ってるだろ、こいつら」
3が苦笑し、2はジト目でオタクたちの背中を睨んだ。
そして、コンサートは無難に進行していく。何曲か歌った後、マリーシアが再びファンたちに語りかけた。
「みんな~楽しんでくれてるかな~?今日はね、マリーからとっておきのプレゼント!新曲ができました!聞いてください!『悪魔系&天使系男子』~!」
ファンたちから、ひときわ大きい歓声が沸き上がる。
「……出た……」
2と3は、顔を見合わせた。この曲だけは、前奏からして、すでに聞き覚えがある。
新曲の初披露ということで、マリーシアの歌声に気合が感じられる。他の曲と比べて、1とクレイオもリラックスして弾いていた。
やがて歌が終わり、大きな拍手がマリーシア達を包み込む。
「ありがとう~!この歌は、この街で色んなひとたちに助けてもらって、一生懸命作りました~!みんなも、気に入ってくれるととってもうれしいな~!」
マリーシアが、会場に呼びかける。ファンたちは、声援で応じた。
「新曲、いいよね~」
「うんうん!こういう恋、してみたいなあ」
頬を上気させる女性ファンたち。
「むむ、男ふたりを振り回す、小悪魔マリーたんでござるか!」
「これは新ジャンルですな!」
歌詞を評価する男性ファンたち。双方ともに、反応は良好だ。
「……好評みたいだね」
「そーだな」
周囲の反響を見て、3が安堵する。2も、協力者の一人として、まんざらでもなさそうだ。
それからもコンサートは続き、アンコールでもう一度新曲を歌って、最高潮の盛り上がりを見せて終了した。
「楽しかったね」
「ま、たまにはな」
拍手をしながら、3と2は笑い合う。ステージ上で、ギターリスト二人が互いの健闘を称えていた。
こうして、マリーシアのコンサートは大成功をおさめた。後処理を終えた彼らは、ルシファー達の屋敷で打ち上げパーティーを開く。
「お疲れ様~!まずは、かんぱ~い!」
マリーシアが音頭を取り、他全員がそれに続いてグラスを掲げる。広間のテーブルには、ファンからの差し入れがずらりと並んでいた。
「どうだった?私たちのコンサート!」
クッキーをつまみながら、マリーシアがルシファー達に感想を聞く。
「すごく楽しかったよ。マリーさん、人気者なんだね」
つまみ類が入った袋を開けながら、3はマリーシアを褒めた。本人たちは吟遊詩人としか名乗っていなかったので、あれほどファンがいたとは驚きだった。
「熱心を通り越したファンもいたぜ?気をつけろよ」
「うん、ありがとう~」
オタクたちに散々な目に遭わされた2は、マリーシアに忠告する。彼女は、素直に礼を言ったが、実際はどんなファンでもうまくいなすことができるのだろう。
「こんなにがっつり演奏したのは初めてだ。結構消耗するな……」
手首を軽く回しながら、1はひたすらに酒をあおっている。体が、水分を欲していた。
「シーザー、あんたのおかげで無事にコンサートを開催できたよ。感謝してる」
「ま、俺も楽しめたからいいけどな」
クレイオが、1に酌をする。それを受けとりながら、1は満足そうな顔をした。即興で色々やらされて大変だったが、たまには悪くないと、今は思う。
「マリーさん、勇者だったんだね。びっくりしたよ」
「何!?マジか!?」
3が、マリーシアに話題を振る。それに反応したのは、ファンから話を聞く機会がなかった1だった。
「ああ~、黙っててごめんね~!でも~、私は勇者である前に、詩人だから~」
ぱたぱたと手を振って、マリーシアは3の言葉を肯定した。やはり事実だったのか、とルシファー達は息を呑む。
「歌で魔王を退治したってのはホントかよ?いくら何でもファンの作り話だよな?」
おずおずと2が問いかける。マリーシアとクレイオは、顔を見合わせた。しばしの躊躇の後、マリーシアが口を開く。
「実は、ホントだったりするのよ~。正確には、相打ちなんだけど~」
「……マリー、話すのか?」
「うん、彼らは黙っててくれると思うし~」
クレイオに尋ねられ、マリーシアは頷いた。場の空気が、自然と真剣なものになる。
「何だ?相打ちって」
「私と、魔王が歌を歌って~、お互いハートをノックアウト~……って感じなんだけど」
視線を泳がせながら、マリーシアは1の質問に答える。
「はあ?もっとわかりやすく言えよ」
「だ、だから~、つまり~」
さらに突っ込まれて、マリーシアは言葉に詰まった。いつになく歯切れが悪いマリーシアの説明を、3が要約する。
「マリーさんと、その魔王は恋に落ちた……ってことかな?」
「やだ~はっきり言わないでよ~恥ずかしいっ」
「痛い痛い!マリーさん叩きすぎ!!」
マリーシアが、顔を赤らめながら3の背中を思い切り叩く。手加減なしの滅多打ちに、3はさすがに抗議した。
「……なるほど、本命がいやがったのか。どうりで俺らの誘惑に堕ちねえわけだ」
先日の口説き対決を思い出し、2は渋い顔になる。
「私とだーりんって、同じ世界の出身なんだよね~。独りでこの世界に放りこまれた寂しさもあって~、もう、急転直下……というわけなのよ~」
ルシファー達の微妙な心境に構わず、マリーシアののろけは続いていた。元は同じ世界にいたのに異世界で出会う、というのは稀有な例のような気がするが、勇者や魔王を頻繁に召喚しているこの世界ならば、ありえないことではないだろう。
「それで、俺が生まれた、と。そういうことなんだ」
マリーシアののろけを遮って、クレイオがしみじみと言う。ルシファー達の時が、一瞬止まった。
「「「…………は?」」」
全く同じタイミングで、間が抜けた声を出す三人。
「いや~ん☆」
両手を頬に当てて、マリーシアは身をくねらせる。
「お、お前、子持ちだったのか……?」
「うそ……若すぎる……」
呆然としながら、2と3が呟く。マリーシアは、外見だけならば少女と言っても過言ではない。クレイオの方が、年上に見えることもあるほどだ。彼女もまた、人間ではないのかもしれない。
「テルプソロネの野郎、魔王だったのか……。しかも、妻子持ち……」
仏頂面で唸り、1は杯をあおった。なんとなく、世の中の理不尽を見たような気がする。
「あれ?シーザー君、だーりんのこと知ってるの?」
「ちょっとした知り合いだ」
きょとんとした顔のマリーシアに、1は簡潔に返す。マリーシアは、うれしそうに微笑んだ。
「そっかぁ~、彼、元気にしてるんだ~」
「これで合点がいったぜ。音楽性がどうであれ、母ちゃんをとるわな……」
「黙っててごめん。マリーには熱心なファンがついているから、今更俺みたいなでかい息子がいるなんて言い出しにくくてさ」
ようやく自分の中で納得がいき、2が首を上下させる。すまなそうに、クレイオが頭を掻いた。
「このこと、できるだけ秘密にしてね?私は自分の詩やクレイオの曲を気に入ってくれるだけでうれしいんだけど、ファンのみんなの夢を壊したら悲しいから」
「わかってる。神に誓って、誰にも言わないよ」
マリーシアが、唇の前に指を立てる。ルシファー達を代表して、3が快く了承した。真実を暴露したところで、誰も幸せにはならないことは明白である。
「あんたら、夫婦仲はどうなってんだよ?仲が悪ぃわけじゃねえみてえだけど」
カスタードクリームがつまったワッフルを頬張りつつ、2がマリーシアに尋ねる。息子は父を尊敬し、妻も夫を好いている。ならば、家族が別々に旅をしている理由がわからない。
「うん。だーりんの曲は大好きだし、だーりんのことも大好きだけど、好きすぎて影響を受けすぎるのもお互い困るってことで、別々に旅をしているの。私たち、夫婦である前に音楽家だから」
マリーシアが、コップの中の氷を眺めながら語る。彼女と夫のテルプソロネは、真剣に音楽を愛し、その身を全力で捧げている。本来ならば崩壊して当たり前の家庭状況だが、不思議と彼らは良好に繋がっていた。
「そういうもんか?息子のことも、たまには考えてやった方がいいんじゃねえ?」
「あ…………」
2の指摘に、マリーシアがはっとしてクレイオを見る。息子が寂しがっているのではないか、ということに、彼女は今、やっと気がついたようだ。
「いや、俺なら平気だし……」
照れくさそうに、クレイオが首を振る。彼も年頃なので、強がりたい面もあるのだ。
だが、マリーシアは構わずクレイオの手をとった。
「そうだね。うん、ホントそうだよね。ごめんね、クレイオ!今度、だーりんに会いに行こうね!」
「…………うん」
マリーシアの提案を受け、クレイオはうれしそうに笑う。ルシファー達は、ほんの少しいいことをしたような気になった。
「じゃあ、そうと決まったら今夜は景気づけに飲むわよ~!ささ、君たちも飲んで飲んで~」
立ち上がり、マリーシアがルシファー達の杯に酒を注いでいく。
「言われるまでもねえ」
「じゃ、遠慮なく」
1と3がありがたく酌を受け、
「まだ飲むつもりか?二日酔いになっても知らねえぞ」
2が、マリーシアをからかった。
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