L-Triangle!外伝⑥
- 2014/09/26
- 20:26
「今回も、たくさんのファンレターをもらったわ~」
手紙の山を前に、マリーシアは歓声を上げた。ここは、辺境の街ナンナルの宿屋の一室。彼女と、連れのクレイオは、ここをしばしの拠点としている。
「これだから~、創作活動はやめられないのよ~!」
うれしそうに手紙の束に頬ずりする、マリーシア。彼女は、恋愛詩人であり、若者たちの憧れの人気アイドルでもある。つい最近も、このナンナルの街でコンサートを開き、大成功をおさめたばかりだ。
「うん。新曲の評判も、上々みたいだな」
手紙を読みながら、クレイオが満足げな顔をする。マリーシア程ではないが、演奏と作曲担当の彼にもファンレターは来るのだ。
「ん?これは……」
「どうしたの~?何か変わったことでも書いてあった~?」
マリーシアが、クレイオの手紙を横から覗き見する。びっしりと書かれた文章から、彼が気になった箇所を探し出すのは至難の業だ。おろおろするマリーシアに苦笑して、クレイオが説明する。
「『この前のコンサートにいたギターの人は新メンバーですか?』だってさ」
「シーザー君のことだね~。やっぱりみんな、気になってるんだ~」
マリーシアが、いたずらっぽく微笑む。彼女たちが話題にしているのは、このナンナルで出会った青年のことだ。今回、発表した新曲の完成に、彼は大きく貢献していた。そればかりではなく、コンサートにゲスト演奏者として参加もしてくれている。
「他にも、シーザーに関する質問はたくさん来てるな」
クレイオが、何通かの手紙をマリーシアに見せる。今回のゲスト演奏者についてのファンの反応は、おおむね好評だった。彼の卓越した演奏は、長年のファンをも納得させるものだったのだろう。
「ねえねえ~、これを見せたら~、シーザー君、メンバーになってくれるんじゃないの~?」
「でも、シーザーは他に仕事があるって言ってたぞ?」
期待に満ちた表情で、マリーシアが頬を上気させる。だが、クレイオは彼女ほど楽観的には考えられなかった。あの青年には、他に大きな使命があるのではないかという気がするのだ。
実際、クレイオの勘は正しい。何しろ、話題の青年の正体は、他の世界から来た地獄の覇者・ルシファーなのだから。シーザーというのは、彼のこの世界での通り名に過ぎない。
「そこを何とか~、引き抜くのよ~。クレイオだって、シーザー君とずっと一緒に演奏できたら、うれしいでしょ~?」
マリーシアに問われ、クレイオは考え込む。シーザーことルシファーその1……略して1は、開発者のテルプソロネが直々に教え込んだだけあって、Fギターの扱いを熟知しているし、本人の素質もかなりのものだ。何しろ、全く練習する時間がなかったにもかかわらず、彼はコンサートで演奏を見事にこなしたのだから。一度聞いただけの曲を完璧に再現する1を見て、クレイオはその才能に戦慄したほどだ。
「確かに……あの技量、欲しいな。趣味で終わらせるには惜しすぎる」
「でしょでしょ~?そうと決まったら~、さっそく直接交渉よ~!」
「あ、ちょっと待て、マリーシア!」
言うが早いか、駆け出すマリーシア。クレイオは、あわてて後を追った。
ナンナルの街はずれにある屋敷。ここは、別の世界から来た三人のルシファーが集う、よく考えるとかなり人外魔境な一角である。もっとも、事情を知らないマリーシアとクレイオからすれば、ただの建物でしかないのだが。
「シーザー……今日は来ているといいんだけどな」
不安げに、クレイオが玄関の大扉を見上げる。
「たぶん、誰かはいると思う~。女の勘よ~」
根拠なしの自信とともに、マリーシアは扉を開けた。
「こんにちは~!」
屋敷内部に向けて、声をかける。すると、広間のドアが開いて、ルシファーその3……略して3が、顔を出した。
「マリーさん、それにクレイオ君も」
「あ、フォース君だ~」
客人の訪問を、3は歓迎する。ちなみに、フォースというのは3のこの世界での名前である。
「今日は、何かご用ですか?」
「えへへ~遊びに来たの~」
3の問いに、マリーシアは人懐っこい態度で答える。目的は1の勧誘だが、本人がいなければ話にならないのだ。
「そうですか。良かったら、中へどうぞ。ちょっと、散らかっていますけど」
快く頷いて、3はマリーシアとクレイオを広間へ案内する。部屋の中心にあるテーブルの上に、手紙が積み重なっていた。
そして、向かいのソファーでは、ルシファーその2……略して2が寝ている。
「うわあ……手紙がいっぱいだ~」
熟睡している2のことはまず放っておいて、マリーシアは手紙に注目する。その量は、ゆうに百通を越えるのではないかというほどだった。
「ちょっと、整理をしていまして」
恥ずかしそうに、3が頬を掻く。ある程度、気心知れた仲であっても、だらしがない様を見せるのは具合が悪いらしい。
「まさか、これ全部ラブレター!?」
封筒にハートマークのシールを見つけ、マリーシアが驚きの声を上げる。
「いや、こんなにたくさんラブレターが来るわけが……」
「実は、その通りなんだ」
クレイオの否定を遮り、3は少し気まずそうに頷いた。
「ええ!?」
「ホント~?すごいね、フォース君~!」
マリーシアが、あらためて手紙の山を見渡す。3は、こんな辺境にいるのが不自然なほど、並はずれた美貌の持ち主だ。つややかな黒髪、すらりとした長身、貴公子のような柔らかい物腰……。さぞや多くの女性を虜にしていることだろうと推測できる彼だが、やはりその人気は確かなものらしい。
「いや、私だけじゃなくて……三人分なんです」
「三人分ってことは、シーザーとカインのもあるのか?」
クレイオが、目を丸くする。カインというのは、2の別名だ。
「すごいね~!三人とも、もてもてだね~!」
3の説明に、マリーシアは一層、顔を輝かせた。彼女は、ルシファー達三人のことを気に入っていた。ゆえに、彼らが好かれているとわかれば、彼女もうれしいのである。
「こんなにたくさんのラブレターが、一度に来たのか?」
信じられないというように、クレイオが3に尋ねる。人気アイドルのマリーシアでさえ、これほどの量のファンレターをもらうのは稀である。
「いや、だいぶ前のものもあるよ。空き部屋にしまっておいたら、こんなに溜まっちゃって」
「だめよ~、せっかく女の子が一生懸命書いた手紙なんだから、ちゃんと読んであげないと~」
「すみません。忙しくて、つい」
マリーシアが、眉をひそめて叱る。3は、素直に非を認めた。彼らがこの屋敷に来るのは、仕事が休みの日だけである。せっかくの休日なのだから、屋敷に籠って手紙を検分するより、どこかに出かけたいと思ってしまうのだ。
「まあ、確かにこれだけの量が来るんじゃ、対応しきれないだろうな……」
マリーシアとは違い、色恋沙汰に疎いクレイオは3に理解を示す。曲の感想をもらうのはうれしいが、彼個人に対するラブレターをもらっても、どうしたらいいのかわからなくなるのだ。
「とりあえず、誰宛のものかをこうして仕分けしている最中なんだ」
ラブレターの宛名を見ながら、分割していく。よく見ると、テーブルには四つほどの山ができていた。
「何で、あんたが一人で作業してるんだ?」
不思議そうに、クレイオが問う。言葉を選びつつ、3は説明し始めた。
「ええと、まず……カインは、手紙を読まない主義らしくて。『用があるなら直接会いに来ればいい』って、封を破ることすらしないんだ」
「そんな~女の子が直接告白するって、とっても勇気がいるのに~」
マリーシアが、向かいのソファーで寝ている2に咎めるような視線を向ける。当人は、夢の中から戻ってくる気配はない。
「でも、カインらしいな。シーザーは?」
「シーザーは、最初は目を通していたんだけど、『マリーさんに近づくな』とか、そういう妬みの手紙も多くて、途中でイヤになったみたい」
「あらら~……」
責任を感じて、マリーシアが絶句する。アイドルの宿命として、彼女にも熱心なファンがついている。当然、彼女に近づく者は、そういったファンのやっかみを受けることになるのだ。
「嫉妬は怖いよな。俺のところにも、よく来るよ」
苦笑しつつ、クレイオが同情する。マリーシアのファンにとって最も羨ましい立場にいるのは、彼女の旅の連れである自分なのだ。彼がマリーシアの一人息子であることは、ファンには秘密だった。
「そういうわけで、どうしようかと悩んでいるんだ」
困ったように、3がため息をつく。一口に手紙と言っても内容は様々であり、受け取る相手も様々。心がこもった手紙でも無視されることもあり、相手を傷つけるものもある。ただ単に、分ければいいという話でもないような気がしていた。
「フォース君のは~?」
「私のは、感謝の手紙だったり、普通のラブレターだったり、色々です」
マリーシアに封筒を見せつつ、3は答える。彼は、日雇いの仕事を引き受けたりしているので、ナンナルで最も広い交友関係を築いていた。
「せっかくだし~、私たちも手紙の仕分け、手伝うよ~。フォース君たちには、いろいろとお世話になってるから~」
「本当ですか?助かります」
マリーシアの申し出に、3は表情を明るくする。単純作業に気が滅入っていたところだったので、手助けをしてもらえるのはありがたかった。
そして、三人は淡々と仕分けの作業に入る。3がやっていた通りに、テーブルの四隅に、宛て名ごとに手紙を置いていくのだ。
「これ、名前が見当たらないわ~」
「そういうのは、別にしておいてください。後で確認します」
3が、マリーシアに手紙の山のひとつを指し示す。うっかり宛先を書き忘れたのか、あるいは故意なのかは、中を見てみないとわからない。こればかりは、どうしようもなかった。
「この『青いエースストライカー様へ』ってのは誰のことだ?」
「ああ……それは、カインだね」
クレイオの問いに、3は目を細める。ありし日の、2の勇姿がよみがえってくるような、爽やかな呼び名だった。
「エースストライカー?」
「カインは、少し前にサッカーの選手として大会に出たことがあるんだ。それから、彼宛のラブレターが急に増えだして」
「そうなんだ~!カイン君、見かけによらずスポーツマンなんだね~!」
マリーシアが、2の寝顔に視線を向ける。そのスレンダーな体型と日焼けが皆無の白い肌から、てっきりアウトドアを好まない性質だと思っていたので、いい意味で予想を裏切られた。
「ああ、シーザー宛のはたまに剃刀が入っていたりするから気をつけて」
ふと気がついて、3が忠告する。
「ええ~!?そんな酷いことをするひとがいるの!?」
「任せとけ。そういうのの処理は得意だ」
青ざめるマリーシアとは対照的に、クレイオは冷静である。
「まさか、クレイオのところにも……?」
「あー、大丈夫大丈夫」
おそるおそる尋ねるマリーシアに、クレイオは片手を振って応じる。この反応からすると、彼が剃刀レターに遭遇したのは一度や二度ではないらしい。
「むうう……!」
マリーシアが、しかめっ面になる。ファンに注意を促しても、真似をする人が増えそうであるし、うまくかわしていくよりほかないのだろうが……。
様々な感情を生みつつ、しばし後に、仕分け作業は終了した。
「これで全部ですね。助かりました」
手紙を整えつつ、3が二人に礼を言う。
「三人でやると、あっという間だったな」
クレイオが、満足げに手紙の束を見返す。
「やっぱり、フォース君宛が一番多いね~」
手紙の量を見比べつつ、マリーシアが感心する。誰もが認める好青年は、伊達ではないらしい。
「これから、ゆっくり読もうと思います」
3は、大事そうに手紙の束を手に取った。彼自身は、恋文も感謝の手紙も、素直に受け入れることにしている。
「次に多いのがカイン君のだけど……」
「一応、確認をとってはみますが……たぶん、読まないでしょうね……」
気遣わしげなマリーシアに、3も顔を曇らせる。2は、手紙を受け取らない。そこには、彼なりの信念があるように思えた。
「……せっかくの、女の子たちの気持ちがこもったラブレターなのに……」
「しょうがないだろ。本人にその気がないんだから」
悲しそうに、マリーシアが俯く。クレイオがそんな彼女を宥めていると、決心したようにマリーシアは拳を握りしめた。
「……よしっ!このマリーさんが、女の子たちのために一肌脱ぐわよ~!」
「え、ええ!?」
「何をする気だ、マリー?」
マリーシアの宣言に、男二人はぎょっとする。
「いいから~、マリーさんにお任せ~!」
周囲の困惑をよそに俄然張り切り出したマリーシアは、ふところから紫色の宝石を取り出した。
「夢を司る妖精ドリミン、召喚~!」
掛け声とともに、宝石を宙へと投げる。その途端、宝石が光り、ひとつの影が姿を現した。獏のような外見の、奇怪な生物が、ふわふわと浮いている。
「これは……?」
「妖精だよ~。不思議な力を持っていて、色々と手助けをしてくれるの~」
戸惑う3に、マリーシアが謎の生物を紹介する。どうやら、彼女はただのアイドルではなく、妖精を使役する能力の持ち主のようだ。魔物がはびこるこの世界を旅するには、やはりある程度の力は必要なのだと、3は納得する。
「妖精……そんなものが、この世界にはいるんですか」
「たぶん、どの世界にもいるよ~。見えていないだけ~」
3が、おそるおそる妖精の頭をなでる。ドリミンと呼ばれた妖精は、嬉しそうに3の手にすり寄った。その微笑ましい光景を、マリーシアは見守る。
「さってと~じゃあ、始めるわよ~。ドリミン、この手紙の内容を、カイン君に夢の中で聞かせてあげて~!」
美青年と妖精の交流をひとしきり眺めた後、マリーシアはドリミンに指示を与えた。ドリミンは、間が抜けた顔なりに表情を引き締めて、こくこく頷く。
「え?そんなことができるんですか?」
「ドリミンは夢と眠りを自由に操れるの~。手紙を読む気がないなら~、睡眠学習させればいいのよ~」
『ドリー!』
奇妙な鳴き声を上げて、ドリミンは手紙を手に持ち……2の頭に刺した。
「ちょっと、それ、痛いんじゃ!?」
「大丈夫よ~」
マリーシアに言われて、3は2をまじまじと見つめる。手紙は2の頭部に食い込んでいるものの、出血は見られないし、当人も変わらず寝息を立てたままだ。
「さあ、ドリミン、どんどんやっちゃってー!」
『ドリドリドリィィィィィ!!』
マリーの命令に従い、手紙を2の頭にざくざく刺していくドリミン。3は、おろおろしながらも止められずにいた。
「あ、あの……えっと」
「ああなってしまったら、マリーは誰にも止められないんだ。災難だと思って、あきらめてくれ」
クレイオが、諦観の表情で3の肩を叩く。しばし後、二十通ほどあった手紙は、2の頭部にすべて突き立った。傍から見ると、ものすごく痛そうだ。
「よぉし!これで作業完了よ~!」
『ドリドリドリドリィィィィィィィ!!』
一仕事終えて、マリーシアが汗をぬぐう。その横で、ドリミンがばんざい三唱をしていた。
「あああああ……カインが、サボテンみたいな状態に……!」
恐怖に震えつつ、3が2の顔を覗き込む。3の心配などお構いなしに、2は相変わらずのんきに寝こけている。時々、寝返りをうつものの、手紙は彼の頭にしっかり食い込んでおり、抜け落ちる気配はなかった。
「ドリミン、ありがとう~!お礼のフェアリークッキーよ~」
『ドリー!!』
礼を言いつつ、マリーシアは、ポケットから星形のクッキーを取り出す。大喜びで受け取って、ドリミンは姿を消した。
「これで、女の子たちの気持ちはきっと、カイン君に届くわ~!」
そして、わくわくしながらマリーシアは2の寝顔を見守る。
「……とりあえず、お菓子でもとってきます」
どうしようかと悩んだ末、3はマリーシアに逆らうのをやめた。下手に彼女を刺激して、自分も同じ目に遭わされてはたまらない。3は、2が無事に目覚めることをひたすら願った。
さて、サボテンにされた2がどんな夢を見ているのかというと。
彼は、屋敷の広間で寝そべっていた。つまり、現実とさほど変わらない状態だ。ただ違うのは、そこにマリーシアとクレイオの姿はなく、代わりに1がいることだ。1は床で腕立て伏せをしており、3は本棚の前で読書をしている。休日によくある光景だ。
「ああ、そうだ。カイン、君宛てに手紙が届いているよ」
本を閉じて、3が2に手紙を渡す。2は、嫌そうに顔をしかめた。
「またかよ。俺はそういうのは読まないって言ってるだろ?」
いつものように、手紙を受け取るのすら拒否する。何か言いたげな顔で、それでも無理強いはしてこないのが普段の3の対応だったが、今回は違った。
「そんなこと言わずに、たまには読んでみたら?何だったら、私が朗読してあげようか」
「え?」
「いいんじゃねえの?手間が省けるぜ」
3の提案に、1が賛同する。らしくない二人の行動に2は戸惑ったものの、夢の中なのでぼんやりと彼らの意見に流された。2を挟んで、1と3が彼の両隣に座る。
「じゃあ、読むよ」
丁寧に封を開けて、3が手紙を広げる。花柄がついた、かわいらしいデザインの便箋だ。
「貴方を初めて見たのは、街でサッカーをしている姿でした。かっこよくゴールを決める貴方から、私は目が離せなくなり、気がついたら、いつも貴方の姿を探すようになりました」
3が、情感を込めて読み上げる。何だか、彼に口説かれているような心境になり、2はあわてて目を逸らした。
「私の気持ちは、日を追うごとに大きくなりました。貴方に、話しかけてみたい。笑いかけてほしい……そう思うと、とても胸が苦しいのです」
切なげな表情で、3が2に接近する。本能的に逃れようとした2だったが、背後から1に動きを封じられた。
「シーザー、何しやがる!」
「だめだろ?カイン。ちゃんと聞いてやれよ」
抗議する2を、1がたしなめる。穏やかだが有無を言わさぬ様子に、2はそれ以上反論できずに押し黙った。
「この気持ちを、抑えきれない。でも、拒絶されるのが怖い。そこで、私は貴方に手紙で気持ちを伝えることにしました」
「だから、何で、そんなに近くで」
息がかかるほど距離を詰められ、2は困惑する。今日の二人は、明らかにおかしい。だが、これが夢であるせいか、不思議と彼らを拒絶できなかった。
「好きです。私の想いが、どうか貴方に届きますように」
真摯なまなざしで、祈るように告げられる。その瞬間、2の顔が、真っ赤に染まった。
「純粋で、可愛い文章だね?」
3が、2に笑いかける。すこしからかうような雰囲気があるのは、気のせいだろうか。手紙の朗読が終わったので、2は安堵した。
「さて、次に行くか」
気を抜いたのもつかの間、1が、3から手紙を受け取る。
「ま、まだあるのかよ!?」
「それだけ、君が好かれているってことだよ、カイン」
にっこりと、3が断言する。何となくきまりが悪くなり、2は俯いた。かさかさと、頭上で便箋を広げる音がする。
「貴方を、愛しています」
唐突に、1が2の耳元で囁いた。彼の普段とはかけ離れた口調に、手紙を読んでいるだけだとわかっていても、2は激しく動揺する。
「な、な!?」
「その柔らかい髪、全てを見透かすような鋭い眼差し、意外なほどに無邪気な笑顔」
1が、2の髪をそっとなでる。ぞくりとして、2は身震いした。
「折れてしまいそうなほど、華奢な手足」
「陽に焼けることのない、白い滑らかな肌」
「や…………!」
3の唇が手の甲に触れ、1の指先が胸の突起を軽くなぞる。うるさいほどに心臓が鼓動を打つのを、2は感じていた。怖い。逃げたい。だけど、もっとしてほしい……?よくわからない感情が、頭の中をぐるぐると回る。
「全てが、愛おしくて」
「貴方を、私だけのものにしたい」
3と1が、交互に恋文を朗読しながら、2の体を愛撫する。慈しむように口づけされ、時に虐めるように軽く爪を立てられて、沸き上がる快感を抑えきれずに2は必死で首を振った。しかし、二人は解放してはくれない。
「貴方の体に、所有の証を刻みたい」
「あ…………!」
囁いて、3が2の首筋をきつく吸う。
「狂おしい情熱のあまり、傷をつけたくなる」
「んん…………っ」
1が、2の耳朶を強く噛んだ。痺れるような疼痛に、2は呻き声を上げる。背後で、1が低く笑うのが聞こえた。その微かな吐息にすら、火照りはじめた体は過剰に反応してしまう。
「貴方の体内に、全ての熱を解き放って」
「な、何を……やめ……っ!」
3に大きく脚を開かされて、2は驚愕に目を見開いた。困惑しているうちに、3の体が脚の間に割って入る。
「私なしでは、生きられない体にしたい」
1が、ゆっくりとワイシャツのボタンをはずしていく。彼らが何をしようとしているのか察し、2は懸命に抵抗する。
「愛しいひとよ」
3のしなやかな指先が、汗がにじんだ腿の内側をくすぐる。恥ずかしさのあまり顔を背けた2の顎を、1がとらえた。
「私を、受け入れてほしい」
熱を帯びた1の瞳が、徐々に近づいてくる。逃げ場がない状況で、2はきつく目をつぶった。
「い、嫌だ……嫌だ!フォース……シーザー……!!」
3が、2に腰を押しつける。1の唇が、あと少しで重なる。2にできるのは、心の中でひたすら叫ぶことだけだった。
「ん……んん……うぅ……っ」
急に苦しみだした2を、3は気遣わしげに見つめる。ここは、夢の世界ではなく、現実である。
「マリーさん……彼、何だか苦しそうなんですが」
3は、ビスケットをかじるマリーシアに視線を向ける。きょとんとした顔で、マリーシアは首をかしげた。
「あれ~?おかしいな~……ラブレターの夢なんだから、いい夢のはずよね~?」
「そうとは限らないんじゃないか?おかしな手紙が混ざっているとか」
3が淹れたコーヒーを賞味しつつ、クレイオが怪訝な顔になる。手紙というのはプラスの感情のみで書かれるわけではないということは、彼もよく知っていた。
「もうだめだ、見ていられない」
耐えられなくなり、3は2を抱き起す。浄化の力を流し込んでやると、ラブレターは2の頭から抜け落ち、床に散った。
「あらら~……手紙が」
マリーシアが、あわてて封筒を拾う。大きく伸びをして、2は目を開けた。
「ん…………」
「良かった、目が覚めたんだね」
安堵して、3は2の顔を覗き込む。その途端、2の頭から湯気が噴き出た。
「うわああああああ!?」
絶叫し、2は3から逃れてソファーの隅っこに退避する。
「え?どうかしたの?」
「どうって、お前……!」
目を丸くする3をよそに、2は、あたりをきょろきょろ見回す。そこには1の姿はなく、呆気にとられた顔のマリーシアとクレイオがいた。
「あれ、もしかして、さっきの……夢?」
「大丈夫?ひどくうなされていたけど」
混乱する2を、3が心配する。熱を測ろうと伸ばしたその手を、2は勢いよく振り払った。
「ち、近寄るな、このエロ野郎!!」
「ええ!?」
突然の罵倒に、3は仰天する。激情のままに、2は立ち上がった。
「よくも、さっきは……ん?」
更なる非難を浴びせようとし、ふと我に返る。
「あれ?さっきのは、夢だから……」
わなわなと、2の全身が震え始める。その顔は、怒りではなく羞恥で赤く染まっていた。
「……いやらしいのは、俺……?」
もう、何をどうしたらいいのかわからなくなり、2はその場にへたり込む。さすがに気の毒になって、クレイオが彼に声をかけた。
「……あー……すまない。カイン、あんたは悪くないさ。全部、マリーのせいだ」
「ええ~!?私は、善かれと思って~……」
いきなり話を振られ、マリーシアが仰天する。
「何だかよくわからねえが、ちゃんと説明してくれ」
2に請われ、しばしの逡巡の後、マリーシアは全てを白状した。
「……あんたなあ……」
事情を把握し、2が渋面になる。
「ご、ごめんなさい~!純粋な女の子たちの気持ちを、邪険にしてほしくなかったのよ~!」
さすがに悪いことをしたと思い、マリーシアは平謝りをする。まさか、2がこれほど動揺するとは思わなかったのだ。
「だからって、他人の事情に首を突っ込んでいいってことにはならないだろ」
「で、でも~……」
マリーシアが、反論しようとする。そんな彼女を、クレイオがすかさず肘で小突いた。身内の失態は、彼の失態でもある。
「ま、放っておいた俺にも原因はあるか」
表情は晴れないままで、2はテーブルに置かれたラブレターを手にとる。
「読む気はねえが、自分でちゃんと処分するさ。手間をとらせちまって、悪かったな」
「カイン君……」
「マリー。恋する女の子に共感するのもいいけど、告白される側のことも、少しは考えてやれよ。断るのって、けっこう覚悟がいるんだぞ?」
まだ何かを言いたげなマリーシアを、クレイオが諭す。恋愛詩人のマリーシアは、幸せな恋を好む。だが、恋は幸せなだけではない。つらい恋も、成就しない恋もあるのだ。
「うん……」
ようやく納得し、しょんぼりするマリーシア。彼女とて、人を傷つけたくてお節介を焼くわけではない。
「それにしても、カイン、一体どんな夢を見ていたの?」
場の空気を変えようと、3が2に尋ねる。返ってきたのは、険悪な視線だった。
目だけで人が殺せそうな勢いで、2が3を睨みつけてくる。その剣幕に慄いて、3は狼狽した。
「な、何?私、何かした!?」
「……何でもねえよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、2は背を向ける。先ほど見ていた悪夢について、自分の中でどう処理したらいいのか、わからなかった。恋文を疎かにした罰が当たったのか、はたまた心の奥底の願望の発露か。どちらにせよ、2と、ルシファー二人のぎこちない関係は、しばらくの間続いたのだった。
手紙の山を前に、マリーシアは歓声を上げた。ここは、辺境の街ナンナルの宿屋の一室。彼女と、連れのクレイオは、ここをしばしの拠点としている。
「これだから~、創作活動はやめられないのよ~!」
うれしそうに手紙の束に頬ずりする、マリーシア。彼女は、恋愛詩人であり、若者たちの憧れの人気アイドルでもある。つい最近も、このナンナルの街でコンサートを開き、大成功をおさめたばかりだ。
「うん。新曲の評判も、上々みたいだな」
手紙を読みながら、クレイオが満足げな顔をする。マリーシア程ではないが、演奏と作曲担当の彼にもファンレターは来るのだ。
「ん?これは……」
「どうしたの~?何か変わったことでも書いてあった~?」
マリーシアが、クレイオの手紙を横から覗き見する。びっしりと書かれた文章から、彼が気になった箇所を探し出すのは至難の業だ。おろおろするマリーシアに苦笑して、クレイオが説明する。
「『この前のコンサートにいたギターの人は新メンバーですか?』だってさ」
「シーザー君のことだね~。やっぱりみんな、気になってるんだ~」
マリーシアが、いたずらっぽく微笑む。彼女たちが話題にしているのは、このナンナルで出会った青年のことだ。今回、発表した新曲の完成に、彼は大きく貢献していた。そればかりではなく、コンサートにゲスト演奏者として参加もしてくれている。
「他にも、シーザーに関する質問はたくさん来てるな」
クレイオが、何通かの手紙をマリーシアに見せる。今回のゲスト演奏者についてのファンの反応は、おおむね好評だった。彼の卓越した演奏は、長年のファンをも納得させるものだったのだろう。
「ねえねえ~、これを見せたら~、シーザー君、メンバーになってくれるんじゃないの~?」
「でも、シーザーは他に仕事があるって言ってたぞ?」
期待に満ちた表情で、マリーシアが頬を上気させる。だが、クレイオは彼女ほど楽観的には考えられなかった。あの青年には、他に大きな使命があるのではないかという気がするのだ。
実際、クレイオの勘は正しい。何しろ、話題の青年の正体は、他の世界から来た地獄の覇者・ルシファーなのだから。シーザーというのは、彼のこの世界での通り名に過ぎない。
「そこを何とか~、引き抜くのよ~。クレイオだって、シーザー君とずっと一緒に演奏できたら、うれしいでしょ~?」
マリーシアに問われ、クレイオは考え込む。シーザーことルシファーその1……略して1は、開発者のテルプソロネが直々に教え込んだだけあって、Fギターの扱いを熟知しているし、本人の素質もかなりのものだ。何しろ、全く練習する時間がなかったにもかかわらず、彼はコンサートで演奏を見事にこなしたのだから。一度聞いただけの曲を完璧に再現する1を見て、クレイオはその才能に戦慄したほどだ。
「確かに……あの技量、欲しいな。趣味で終わらせるには惜しすぎる」
「でしょでしょ~?そうと決まったら~、さっそく直接交渉よ~!」
「あ、ちょっと待て、マリーシア!」
言うが早いか、駆け出すマリーシア。クレイオは、あわてて後を追った。
ナンナルの街はずれにある屋敷。ここは、別の世界から来た三人のルシファーが集う、よく考えるとかなり人外魔境な一角である。もっとも、事情を知らないマリーシアとクレイオからすれば、ただの建物でしかないのだが。
「シーザー……今日は来ているといいんだけどな」
不安げに、クレイオが玄関の大扉を見上げる。
「たぶん、誰かはいると思う~。女の勘よ~」
根拠なしの自信とともに、マリーシアは扉を開けた。
「こんにちは~!」
屋敷内部に向けて、声をかける。すると、広間のドアが開いて、ルシファーその3……略して3が、顔を出した。
「マリーさん、それにクレイオ君も」
「あ、フォース君だ~」
客人の訪問を、3は歓迎する。ちなみに、フォースというのは3のこの世界での名前である。
「今日は、何かご用ですか?」
「えへへ~遊びに来たの~」
3の問いに、マリーシアは人懐っこい態度で答える。目的は1の勧誘だが、本人がいなければ話にならないのだ。
「そうですか。良かったら、中へどうぞ。ちょっと、散らかっていますけど」
快く頷いて、3はマリーシアとクレイオを広間へ案内する。部屋の中心にあるテーブルの上に、手紙が積み重なっていた。
そして、向かいのソファーでは、ルシファーその2……略して2が寝ている。
「うわあ……手紙がいっぱいだ~」
熟睡している2のことはまず放っておいて、マリーシアは手紙に注目する。その量は、ゆうに百通を越えるのではないかというほどだった。
「ちょっと、整理をしていまして」
恥ずかしそうに、3が頬を掻く。ある程度、気心知れた仲であっても、だらしがない様を見せるのは具合が悪いらしい。
「まさか、これ全部ラブレター!?」
封筒にハートマークのシールを見つけ、マリーシアが驚きの声を上げる。
「いや、こんなにたくさんラブレターが来るわけが……」
「実は、その通りなんだ」
クレイオの否定を遮り、3は少し気まずそうに頷いた。
「ええ!?」
「ホント~?すごいね、フォース君~!」
マリーシアが、あらためて手紙の山を見渡す。3は、こんな辺境にいるのが不自然なほど、並はずれた美貌の持ち主だ。つややかな黒髪、すらりとした長身、貴公子のような柔らかい物腰……。さぞや多くの女性を虜にしていることだろうと推測できる彼だが、やはりその人気は確かなものらしい。
「いや、私だけじゃなくて……三人分なんです」
「三人分ってことは、シーザーとカインのもあるのか?」
クレイオが、目を丸くする。カインというのは、2の別名だ。
「すごいね~!三人とも、もてもてだね~!」
3の説明に、マリーシアは一層、顔を輝かせた。彼女は、ルシファー達三人のことを気に入っていた。ゆえに、彼らが好かれているとわかれば、彼女もうれしいのである。
「こんなにたくさんのラブレターが、一度に来たのか?」
信じられないというように、クレイオが3に尋ねる。人気アイドルのマリーシアでさえ、これほどの量のファンレターをもらうのは稀である。
「いや、だいぶ前のものもあるよ。空き部屋にしまっておいたら、こんなに溜まっちゃって」
「だめよ~、せっかく女の子が一生懸命書いた手紙なんだから、ちゃんと読んであげないと~」
「すみません。忙しくて、つい」
マリーシアが、眉をひそめて叱る。3は、素直に非を認めた。彼らがこの屋敷に来るのは、仕事が休みの日だけである。せっかくの休日なのだから、屋敷に籠って手紙を検分するより、どこかに出かけたいと思ってしまうのだ。
「まあ、確かにこれだけの量が来るんじゃ、対応しきれないだろうな……」
マリーシアとは違い、色恋沙汰に疎いクレイオは3に理解を示す。曲の感想をもらうのはうれしいが、彼個人に対するラブレターをもらっても、どうしたらいいのかわからなくなるのだ。
「とりあえず、誰宛のものかをこうして仕分けしている最中なんだ」
ラブレターの宛名を見ながら、分割していく。よく見ると、テーブルには四つほどの山ができていた。
「何で、あんたが一人で作業してるんだ?」
不思議そうに、クレイオが問う。言葉を選びつつ、3は説明し始めた。
「ええと、まず……カインは、手紙を読まない主義らしくて。『用があるなら直接会いに来ればいい』って、封を破ることすらしないんだ」
「そんな~女の子が直接告白するって、とっても勇気がいるのに~」
マリーシアが、向かいのソファーで寝ている2に咎めるような視線を向ける。当人は、夢の中から戻ってくる気配はない。
「でも、カインらしいな。シーザーは?」
「シーザーは、最初は目を通していたんだけど、『マリーさんに近づくな』とか、そういう妬みの手紙も多くて、途中でイヤになったみたい」
「あらら~……」
責任を感じて、マリーシアが絶句する。アイドルの宿命として、彼女にも熱心なファンがついている。当然、彼女に近づく者は、そういったファンのやっかみを受けることになるのだ。
「嫉妬は怖いよな。俺のところにも、よく来るよ」
苦笑しつつ、クレイオが同情する。マリーシアのファンにとって最も羨ましい立場にいるのは、彼女の旅の連れである自分なのだ。彼がマリーシアの一人息子であることは、ファンには秘密だった。
「そういうわけで、どうしようかと悩んでいるんだ」
困ったように、3がため息をつく。一口に手紙と言っても内容は様々であり、受け取る相手も様々。心がこもった手紙でも無視されることもあり、相手を傷つけるものもある。ただ単に、分ければいいという話でもないような気がしていた。
「フォース君のは~?」
「私のは、感謝の手紙だったり、普通のラブレターだったり、色々です」
マリーシアに封筒を見せつつ、3は答える。彼は、日雇いの仕事を引き受けたりしているので、ナンナルで最も広い交友関係を築いていた。
「せっかくだし~、私たちも手紙の仕分け、手伝うよ~。フォース君たちには、いろいろとお世話になってるから~」
「本当ですか?助かります」
マリーシアの申し出に、3は表情を明るくする。単純作業に気が滅入っていたところだったので、手助けをしてもらえるのはありがたかった。
そして、三人は淡々と仕分けの作業に入る。3がやっていた通りに、テーブルの四隅に、宛て名ごとに手紙を置いていくのだ。
「これ、名前が見当たらないわ~」
「そういうのは、別にしておいてください。後で確認します」
3が、マリーシアに手紙の山のひとつを指し示す。うっかり宛先を書き忘れたのか、あるいは故意なのかは、中を見てみないとわからない。こればかりは、どうしようもなかった。
「この『青いエースストライカー様へ』ってのは誰のことだ?」
「ああ……それは、カインだね」
クレイオの問いに、3は目を細める。ありし日の、2の勇姿がよみがえってくるような、爽やかな呼び名だった。
「エースストライカー?」
「カインは、少し前にサッカーの選手として大会に出たことがあるんだ。それから、彼宛のラブレターが急に増えだして」
「そうなんだ~!カイン君、見かけによらずスポーツマンなんだね~!」
マリーシアが、2の寝顔に視線を向ける。そのスレンダーな体型と日焼けが皆無の白い肌から、てっきりアウトドアを好まない性質だと思っていたので、いい意味で予想を裏切られた。
「ああ、シーザー宛のはたまに剃刀が入っていたりするから気をつけて」
ふと気がついて、3が忠告する。
「ええ~!?そんな酷いことをするひとがいるの!?」
「任せとけ。そういうのの処理は得意だ」
青ざめるマリーシアとは対照的に、クレイオは冷静である。
「まさか、クレイオのところにも……?」
「あー、大丈夫大丈夫」
おそるおそる尋ねるマリーシアに、クレイオは片手を振って応じる。この反応からすると、彼が剃刀レターに遭遇したのは一度や二度ではないらしい。
「むうう……!」
マリーシアが、しかめっ面になる。ファンに注意を促しても、真似をする人が増えそうであるし、うまくかわしていくよりほかないのだろうが……。
様々な感情を生みつつ、しばし後に、仕分け作業は終了した。
「これで全部ですね。助かりました」
手紙を整えつつ、3が二人に礼を言う。
「三人でやると、あっという間だったな」
クレイオが、満足げに手紙の束を見返す。
「やっぱり、フォース君宛が一番多いね~」
手紙の量を見比べつつ、マリーシアが感心する。誰もが認める好青年は、伊達ではないらしい。
「これから、ゆっくり読もうと思います」
3は、大事そうに手紙の束を手に取った。彼自身は、恋文も感謝の手紙も、素直に受け入れることにしている。
「次に多いのがカイン君のだけど……」
「一応、確認をとってはみますが……たぶん、読まないでしょうね……」
気遣わしげなマリーシアに、3も顔を曇らせる。2は、手紙を受け取らない。そこには、彼なりの信念があるように思えた。
「……せっかくの、女の子たちの気持ちがこもったラブレターなのに……」
「しょうがないだろ。本人にその気がないんだから」
悲しそうに、マリーシアが俯く。クレイオがそんな彼女を宥めていると、決心したようにマリーシアは拳を握りしめた。
「……よしっ!このマリーさんが、女の子たちのために一肌脱ぐわよ~!」
「え、ええ!?」
「何をする気だ、マリー?」
マリーシアの宣言に、男二人はぎょっとする。
「いいから~、マリーさんにお任せ~!」
周囲の困惑をよそに俄然張り切り出したマリーシアは、ふところから紫色の宝石を取り出した。
「夢を司る妖精ドリミン、召喚~!」
掛け声とともに、宝石を宙へと投げる。その途端、宝石が光り、ひとつの影が姿を現した。獏のような外見の、奇怪な生物が、ふわふわと浮いている。
「これは……?」
「妖精だよ~。不思議な力を持っていて、色々と手助けをしてくれるの~」
戸惑う3に、マリーシアが謎の生物を紹介する。どうやら、彼女はただのアイドルではなく、妖精を使役する能力の持ち主のようだ。魔物がはびこるこの世界を旅するには、やはりある程度の力は必要なのだと、3は納得する。
「妖精……そんなものが、この世界にはいるんですか」
「たぶん、どの世界にもいるよ~。見えていないだけ~」
3が、おそるおそる妖精の頭をなでる。ドリミンと呼ばれた妖精は、嬉しそうに3の手にすり寄った。その微笑ましい光景を、マリーシアは見守る。
「さってと~じゃあ、始めるわよ~。ドリミン、この手紙の内容を、カイン君に夢の中で聞かせてあげて~!」
美青年と妖精の交流をひとしきり眺めた後、マリーシアはドリミンに指示を与えた。ドリミンは、間が抜けた顔なりに表情を引き締めて、こくこく頷く。
「え?そんなことができるんですか?」
「ドリミンは夢と眠りを自由に操れるの~。手紙を読む気がないなら~、睡眠学習させればいいのよ~」
『ドリー!』
奇妙な鳴き声を上げて、ドリミンは手紙を手に持ち……2の頭に刺した。
「ちょっと、それ、痛いんじゃ!?」
「大丈夫よ~」
マリーシアに言われて、3は2をまじまじと見つめる。手紙は2の頭部に食い込んでいるものの、出血は見られないし、当人も変わらず寝息を立てたままだ。
「さあ、ドリミン、どんどんやっちゃってー!」
『ドリドリドリィィィィィ!!』
マリーの命令に従い、手紙を2の頭にざくざく刺していくドリミン。3は、おろおろしながらも止められずにいた。
「あ、あの……えっと」
「ああなってしまったら、マリーは誰にも止められないんだ。災難だと思って、あきらめてくれ」
クレイオが、諦観の表情で3の肩を叩く。しばし後、二十通ほどあった手紙は、2の頭部にすべて突き立った。傍から見ると、ものすごく痛そうだ。
「よぉし!これで作業完了よ~!」
『ドリドリドリドリィィィィィィィ!!』
一仕事終えて、マリーシアが汗をぬぐう。その横で、ドリミンがばんざい三唱をしていた。
「あああああ……カインが、サボテンみたいな状態に……!」
恐怖に震えつつ、3が2の顔を覗き込む。3の心配などお構いなしに、2は相変わらずのんきに寝こけている。時々、寝返りをうつものの、手紙は彼の頭にしっかり食い込んでおり、抜け落ちる気配はなかった。
「ドリミン、ありがとう~!お礼のフェアリークッキーよ~」
『ドリー!!』
礼を言いつつ、マリーシアは、ポケットから星形のクッキーを取り出す。大喜びで受け取って、ドリミンは姿を消した。
「これで、女の子たちの気持ちはきっと、カイン君に届くわ~!」
そして、わくわくしながらマリーシアは2の寝顔を見守る。
「……とりあえず、お菓子でもとってきます」
どうしようかと悩んだ末、3はマリーシアに逆らうのをやめた。下手に彼女を刺激して、自分も同じ目に遭わされてはたまらない。3は、2が無事に目覚めることをひたすら願った。
さて、サボテンにされた2がどんな夢を見ているのかというと。
彼は、屋敷の広間で寝そべっていた。つまり、現実とさほど変わらない状態だ。ただ違うのは、そこにマリーシアとクレイオの姿はなく、代わりに1がいることだ。1は床で腕立て伏せをしており、3は本棚の前で読書をしている。休日によくある光景だ。
「ああ、そうだ。カイン、君宛てに手紙が届いているよ」
本を閉じて、3が2に手紙を渡す。2は、嫌そうに顔をしかめた。
「またかよ。俺はそういうのは読まないって言ってるだろ?」
いつものように、手紙を受け取るのすら拒否する。何か言いたげな顔で、それでも無理強いはしてこないのが普段の3の対応だったが、今回は違った。
「そんなこと言わずに、たまには読んでみたら?何だったら、私が朗読してあげようか」
「え?」
「いいんじゃねえの?手間が省けるぜ」
3の提案に、1が賛同する。らしくない二人の行動に2は戸惑ったものの、夢の中なのでぼんやりと彼らの意見に流された。2を挟んで、1と3が彼の両隣に座る。
「じゃあ、読むよ」
丁寧に封を開けて、3が手紙を広げる。花柄がついた、かわいらしいデザインの便箋だ。
「貴方を初めて見たのは、街でサッカーをしている姿でした。かっこよくゴールを決める貴方から、私は目が離せなくなり、気がついたら、いつも貴方の姿を探すようになりました」
3が、情感を込めて読み上げる。何だか、彼に口説かれているような心境になり、2はあわてて目を逸らした。
「私の気持ちは、日を追うごとに大きくなりました。貴方に、話しかけてみたい。笑いかけてほしい……そう思うと、とても胸が苦しいのです」
切なげな表情で、3が2に接近する。本能的に逃れようとした2だったが、背後から1に動きを封じられた。
「シーザー、何しやがる!」
「だめだろ?カイン。ちゃんと聞いてやれよ」
抗議する2を、1がたしなめる。穏やかだが有無を言わさぬ様子に、2はそれ以上反論できずに押し黙った。
「この気持ちを、抑えきれない。でも、拒絶されるのが怖い。そこで、私は貴方に手紙で気持ちを伝えることにしました」
「だから、何で、そんなに近くで」
息がかかるほど距離を詰められ、2は困惑する。今日の二人は、明らかにおかしい。だが、これが夢であるせいか、不思議と彼らを拒絶できなかった。
「好きです。私の想いが、どうか貴方に届きますように」
真摯なまなざしで、祈るように告げられる。その瞬間、2の顔が、真っ赤に染まった。
「純粋で、可愛い文章だね?」
3が、2に笑いかける。すこしからかうような雰囲気があるのは、気のせいだろうか。手紙の朗読が終わったので、2は安堵した。
「さて、次に行くか」
気を抜いたのもつかの間、1が、3から手紙を受け取る。
「ま、まだあるのかよ!?」
「それだけ、君が好かれているってことだよ、カイン」
にっこりと、3が断言する。何となくきまりが悪くなり、2は俯いた。かさかさと、頭上で便箋を広げる音がする。
「貴方を、愛しています」
唐突に、1が2の耳元で囁いた。彼の普段とはかけ離れた口調に、手紙を読んでいるだけだとわかっていても、2は激しく動揺する。
「な、な!?」
「その柔らかい髪、全てを見透かすような鋭い眼差し、意外なほどに無邪気な笑顔」
1が、2の髪をそっとなでる。ぞくりとして、2は身震いした。
「折れてしまいそうなほど、華奢な手足」
「陽に焼けることのない、白い滑らかな肌」
「や…………!」
3の唇が手の甲に触れ、1の指先が胸の突起を軽くなぞる。うるさいほどに心臓が鼓動を打つのを、2は感じていた。怖い。逃げたい。だけど、もっとしてほしい……?よくわからない感情が、頭の中をぐるぐると回る。
「全てが、愛おしくて」
「貴方を、私だけのものにしたい」
3と1が、交互に恋文を朗読しながら、2の体を愛撫する。慈しむように口づけされ、時に虐めるように軽く爪を立てられて、沸き上がる快感を抑えきれずに2は必死で首を振った。しかし、二人は解放してはくれない。
「貴方の体に、所有の証を刻みたい」
「あ…………!」
囁いて、3が2の首筋をきつく吸う。
「狂おしい情熱のあまり、傷をつけたくなる」
「んん…………っ」
1が、2の耳朶を強く噛んだ。痺れるような疼痛に、2は呻き声を上げる。背後で、1が低く笑うのが聞こえた。その微かな吐息にすら、火照りはじめた体は過剰に反応してしまう。
「貴方の体内に、全ての熱を解き放って」
「な、何を……やめ……っ!」
3に大きく脚を開かされて、2は驚愕に目を見開いた。困惑しているうちに、3の体が脚の間に割って入る。
「私なしでは、生きられない体にしたい」
1が、ゆっくりとワイシャツのボタンをはずしていく。彼らが何をしようとしているのか察し、2は懸命に抵抗する。
「愛しいひとよ」
3のしなやかな指先が、汗がにじんだ腿の内側をくすぐる。恥ずかしさのあまり顔を背けた2の顎を、1がとらえた。
「私を、受け入れてほしい」
熱を帯びた1の瞳が、徐々に近づいてくる。逃げ場がない状況で、2はきつく目をつぶった。
「い、嫌だ……嫌だ!フォース……シーザー……!!」
3が、2に腰を押しつける。1の唇が、あと少しで重なる。2にできるのは、心の中でひたすら叫ぶことだけだった。
「ん……んん……うぅ……っ」
急に苦しみだした2を、3は気遣わしげに見つめる。ここは、夢の世界ではなく、現実である。
「マリーさん……彼、何だか苦しそうなんですが」
3は、ビスケットをかじるマリーシアに視線を向ける。きょとんとした顔で、マリーシアは首をかしげた。
「あれ~?おかしいな~……ラブレターの夢なんだから、いい夢のはずよね~?」
「そうとは限らないんじゃないか?おかしな手紙が混ざっているとか」
3が淹れたコーヒーを賞味しつつ、クレイオが怪訝な顔になる。手紙というのはプラスの感情のみで書かれるわけではないということは、彼もよく知っていた。
「もうだめだ、見ていられない」
耐えられなくなり、3は2を抱き起す。浄化の力を流し込んでやると、ラブレターは2の頭から抜け落ち、床に散った。
「あらら~……手紙が」
マリーシアが、あわてて封筒を拾う。大きく伸びをして、2は目を開けた。
「ん…………」
「良かった、目が覚めたんだね」
安堵して、3は2の顔を覗き込む。その途端、2の頭から湯気が噴き出た。
「うわああああああ!?」
絶叫し、2は3から逃れてソファーの隅っこに退避する。
「え?どうかしたの?」
「どうって、お前……!」
目を丸くする3をよそに、2は、あたりをきょろきょろ見回す。そこには1の姿はなく、呆気にとられた顔のマリーシアとクレイオがいた。
「あれ、もしかして、さっきの……夢?」
「大丈夫?ひどくうなされていたけど」
混乱する2を、3が心配する。熱を測ろうと伸ばしたその手を、2は勢いよく振り払った。
「ち、近寄るな、このエロ野郎!!」
「ええ!?」
突然の罵倒に、3は仰天する。激情のままに、2は立ち上がった。
「よくも、さっきは……ん?」
更なる非難を浴びせようとし、ふと我に返る。
「あれ?さっきのは、夢だから……」
わなわなと、2の全身が震え始める。その顔は、怒りではなく羞恥で赤く染まっていた。
「……いやらしいのは、俺……?」
もう、何をどうしたらいいのかわからなくなり、2はその場にへたり込む。さすがに気の毒になって、クレイオが彼に声をかけた。
「……あー……すまない。カイン、あんたは悪くないさ。全部、マリーのせいだ」
「ええ~!?私は、善かれと思って~……」
いきなり話を振られ、マリーシアが仰天する。
「何だかよくわからねえが、ちゃんと説明してくれ」
2に請われ、しばしの逡巡の後、マリーシアは全てを白状した。
「……あんたなあ……」
事情を把握し、2が渋面になる。
「ご、ごめんなさい~!純粋な女の子たちの気持ちを、邪険にしてほしくなかったのよ~!」
さすがに悪いことをしたと思い、マリーシアは平謝りをする。まさか、2がこれほど動揺するとは思わなかったのだ。
「だからって、他人の事情に首を突っ込んでいいってことにはならないだろ」
「で、でも~……」
マリーシアが、反論しようとする。そんな彼女を、クレイオがすかさず肘で小突いた。身内の失態は、彼の失態でもある。
「ま、放っておいた俺にも原因はあるか」
表情は晴れないままで、2はテーブルに置かれたラブレターを手にとる。
「読む気はねえが、自分でちゃんと処分するさ。手間をとらせちまって、悪かったな」
「カイン君……」
「マリー。恋する女の子に共感するのもいいけど、告白される側のことも、少しは考えてやれよ。断るのって、けっこう覚悟がいるんだぞ?」
まだ何かを言いたげなマリーシアを、クレイオが諭す。恋愛詩人のマリーシアは、幸せな恋を好む。だが、恋は幸せなだけではない。つらい恋も、成就しない恋もあるのだ。
「うん……」
ようやく納得し、しょんぼりするマリーシア。彼女とて、人を傷つけたくてお節介を焼くわけではない。
「それにしても、カイン、一体どんな夢を見ていたの?」
場の空気を変えようと、3が2に尋ねる。返ってきたのは、険悪な視線だった。
目だけで人が殺せそうな勢いで、2が3を睨みつけてくる。その剣幕に慄いて、3は狼狽した。
「な、何?私、何かした!?」
「……何でもねえよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、2は背を向ける。先ほど見ていた悪夢について、自分の中でどう処理したらいいのか、わからなかった。恋文を疎かにした罰が当たったのか、はたまた心の奥底の願望の発露か。どちらにせよ、2と、ルシファー二人のぎこちない関係は、しばらくの間続いたのだった。
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