L-Triangle!7-5
- 2014/10/08
- 20:21
「え……夢で、って……?」
半ば硬直しつつ、マリーシアは問い返す。
「レミ、毎晩、夢を見るんですぅ。夢の中で、るっぴぃとレミは、難しいお話をたくさんしてるんですよぉ」
マリーシアの動揺に気づかず、レミエルは恥じらいながら告白する。やはり、先ほどの件は自分の聞き間違えではなかったのだと、マリーシアは確信した。混乱しつつも、レミエルがどのようないきさつで3のことを運命の相手だと思い至ったのか、慎重に探ることにする。
「それは、どんなお話、なのかしら~……?」
「何を話したかは覚えていないんですけどぉ、るっぴぃ、ずっと優しい顔で、レミのことを見つめてくれて……はうぅ、思い出しただけで、頭がぼーってしますぅ」
頬を染めて、レミエルがのろける。どう反応したらいいのかわからずマリーシアが戸惑っていると、ノックの音がして、クレイオが顔を出した。
「マリー、レミエル、そろそろ夕食の時間だそうだ」
廊下を指し示し、告げる。いいところに来てくれた、とマリーシアは心の中で彼に感謝した。
「うん、わかった~……レミちゃん、悪いけど先に行ってて~」
「あ、はい、わかりましたぁ」
とりあえず、レミエルにさりげなく退席を薦める。素直な彼女は、特に疑問を持つことなく一階の食堂へと駆けて行った。クレイオと二人きりになり、マリーシアは複雑な表情で黙り込む。
「どうした?何かあったのか?」
マリーシアがいつもと違うことを察し、クレイオが真剣な顔つきになる。言いにくそうに、マリーシアは打ち明けた。
「……それがね~……レミちゃん、もしかしたらフォース君とまだ恋人には、なっていないのかも」
「え?どういうことだ?」
「彼女、フォース君と恋人同士な夢を毎晩見るんだって。でも、実際には話したことはないって」
「は!?夢って……それで、つき合っていると思い込んでるってことか!?」
マリーシアの話を聞き、クレイオは仰天した。無理もないことだと、彼女は思う。恋愛詩人として多くの恋物語を見聞きしてきた自分よりも、彼の衝撃は大きいだろう。
「年頃の女の子は、よく暴走するのよ~」
「だからって……なあ」
何とかレミエルをフォローしてあげたいと思うマリーシアだが、クレイオは困惑したままだ。とにかく、マリーシアは現状の分析を試みる。
「もしかしたら、フォース君、彼女の存在すら知らないかもしれないわ~。それをレミちゃんが知ったら、すっごく傷つくかも……」
「それはまあ、しょうがないんじゃないかな」
「ダメよ~!あんな純粋な子が、そんな失恋のしかたをしたら~!」
クレイオのドライな見解に、マリーシアは反論する。クレイオにとって、今のレミエルは理解不能な宇宙人のように思えるかもしれないが、マリーシアには彼女が普通の女の子だということはわかっていた。
「とは言っても、俺たちにできることなんてあるか?フォースのことを考えると、無責任に彼女の恋を応援することもできないし」
「そうね~……」
マリーシアと違ってレミエルにさほど入れ込んでいないクレイオは、客観的な意見を述べる。彼の視点も重要だと認めたうえで、マリーシアは考え込んだ。逡巡の末、これからの方針を提示する。
「とりあえず、レミちゃんより先にフォース君に会って、事情を説明することにしましょ?そうすれば、フォース君は優しいし、つき合うにしても、断るにしても、彼女をひどく傷つけないようにしてくれると思うの~」
「あー……まあ、女の扱いには慣れていそうだものな」
「そういうことだから、レミちゃんには、気づかないふりをしておいてあげようね~」
「了解」
マリーシアの気遣いを、クレイオは了承した。女心がわからない自分が下手な手を打つより、マリーシアに任せた方がいいと判断したのだ。
「マリーさん~!クレイオ君~!ごはん、冷めちゃいますよ~?」
ちょうどいいタイミングで、レミエルが呼びに来る。
「は~い、今、行きます~!」
返事を返し、マリーシアはレミエルとともに歩いて行く。クレイオは、レミエルの後ろ姿を見つめた。マリーシアと談笑する彼女からは、奇妙さは感じられない。
「やれやれ……これは、思った以上に厄介な話だな」
この先、どんなことが起こるか全く予想できず、クレイオは他人事ながら憂鬱になった。
3世界。反乱の首謀者ガイウスは、ほどなくして捕えられた。指導者を失ったことで、他の罪人たちは混乱し、あちこちへ逃亡している。
3は、配下の悪魔たちに後処理を任せて、ガイウスに会うことにした。アスタロトと共に、詰所の地下牢に向かう。牢屋の一角に、ぼろぼろの身なりの、精悍な顔つきの男が投獄されている。彼がガイウスであることは、疑いようがなかった。
気配に気づき、ガイウスが顔を上げる。その瞳は、輝きを失っていなかった。鉄格子を隔てて、3は彼と向き合う。
「手荒な真似をしてすまない。私はルシファー、この地獄の最高責任者だ」
「……あんたが……。思っていたよりも、ずいぶんと頼りない面構えをしているな」
ガイウスが、皮肉げに嘲笑う。主君を侮辱され、アスタロトが激昂した。
「貴様!ルシファー様に何たる無礼を!」
「アスタロト、下がって」
掴みかからんばかりの勢いで怒鳴るアスタロトを、3は制する。渋面のままアスタロトが口をつぐむ中、3は再度ガイウスに話しかけた。
「ガイウス、私は君を糾弾しに来たわけではない。だから、そんなに敵意をむき出しにしないでくれないか」
「俺を知っているのか?」
驚いて、ガイウスが目を見開く。一介の罪人風情である自分を、地獄の最高権力者が認識しているとは思わなかった。
「もちろんだ。横暴な権力者に対して反乱を起した、奴隷たちの英雄だろう?」
相手の警戒心を解こうと、3はガイウスに笑いかける。
ガイウスは、学がなく働くだけで一生を終えることがほとんどの奴隷たちの中で、しっかりとした教育を受けることができたという、この世界では珍しい経歴の持ち主だった。
何でも、かつての彼の主人が変わり者だったらしい。
その主人が亡くなり、他の権力者に買われた彼は、自分がいかに恵まれた境遇にあったかを知り、他の奴隷たちとともに反乱を起したのだった。
「俺は、英雄なんかじゃない。権力者たちが、あまりに酷すぎるんだ。やつらが、俺たち奴隷にちゃんとした待遇をすれば、反乱なんか起こさなかったさ」
ガイウスが、鼻先で笑い飛ばす。彼は、かつての主人の意向で基本的な学問だけでなく、世界情勢についても学んでいる。そして、それだけではなく、この世界のおかしい点について、かつての主人と幾度も討論を重ねていた。
その結果、奴隷制度を当たり前としているこの社会が歪なものだという結論が、彼の中では出ていた。
「では、今回の反乱も、私たちに不満があってのこと?」
「当然だろう」
3の問いに、ガイウスはきっぱりと返す。3は、アスタロトと顔を見合わせた。
「……仕事が、そんなにきつかったかな」
「ご飯が足りていなかったのかもしれませんよ」
悪魔二人は、反省点を真面目に検討し始める。そののんきさが癪に障ったのか、ガイウスは激怒した。
「とぼけるな!」
「え、ええ?」
指を突きつけられて、3は困惑する。半ば自棄になりながら、ガイウスは今までため込んでいた不審感を爆発させた。
「あんた達は、一体、何を企んでいる!?なぜ、俺達をこんなところに連れてきたんだ!」
「それはもちろん、天界に処刑されようとしている君たちを助けたくて……」
「きれいごとを言うのはよせ。そんなことをしても、あんた達の得にはならないだろうが!」
「損得なんか関係ないよ。救える命を救おうと考えるのは、当然じゃないか」
ガイウスの詰問を、3は正面から受け止める。そのあまりに堂々とした態度が、ガイウスの神経を逆なでした。
「あれだけ俺たち人間をごみのように処分しておきながら、何を今さら……!」
拳をきつく握りしめ、ガイウスは呻く。彼は、多くの奴隷たちがくだらない理由で天使たちに処刑されるのを見てきた。
天使たちが、罪人に触れて浄化する。それで、全てが終わりだ。
浄化された魂は、転生を経て新たな生をいちから始めることになるという。それは、生きている人間にとっては一瞬で殺されたのと同じだった。
そんな恐ろしい能力を持つ者たちを、どうして信用できようか。
ガイウスが自分たちに対して恐れと憎しみを抱いていることは、3にも十分伝わった。どうにか彼を説得したいと考え、3は言葉を紡ぐ。
「私たちも、天界のそのようなやり方についていけなくなってね。だから、離反したんだ」
「……何だって?」
ガイウスが、眉をひそめる。構わず、3は続けた。
「君たちを救い、新たな道を示す。それが、私たちの願いなんだよ」
「では、本当に、俺達を助けるために……?」
「うん」
ガイウスの問いかけに、3は迷うことなく頷いた。しばし沈黙し、3の言葉が本心からのものだと判断したガイウスは、困惑しきった様子で尋ねる。
「それを、なぜ最初から言ってくれなかったんだ!?」
「…………え?」
「何の説明もなしに、こんなところに連れてきて、ただ働かせて……。皆、不安に思っていたんだぞ!?」
今までの不安を吐き出すように、ガイウスは感情を吐露する。泣きそうな顔の彼を見て、3はおそるおそる聞いた。
「あれ?説明……して、なかった?」
「今、あんたたちが話したことは、全て初めて聞く情報だ。他のやつらも、おそらくはそうだろう」
「……嘘……ホントに……?」
ぽかんと口を開けて、3は愕然とする。彼と同様に、アスタロトも目を丸くしていた。
「それは……気づきませんでしたね。人々が我々を警戒するのも当然です」
「皆をとにかく助けて、地獄の土地の整備もしなきゃならなくて……中にいる罪人たちのことまで、気が回らなかった……」
青ざめて、3は呟く。自分たちと罪人たちの間に、どこか隔たりがあるというのは彼もうすうす感じていたが、こんなところに盲点があったとは。地獄の管理者たちが狼狽える様を目の当たりにし、立場を忘れてガイウスが声をかける。
「……あんたたち、大丈夫か?」
「え、ええと……ダメだと思う」
「おい」
視線を彷徨わせる地獄の最高責任者に、ガイウスは素の状態でツッコミを入れた。元より大してなかった威厳を完全に放棄して、3は彼に意見を求める。
「どうしよう、とりあえず皆に謝らないといけないよね?」
「謝って、それからどうする。その先は?」
「その先って?」
「命を助けて、それでおしまいか?あまりにも無責任すぎるだろうが」
ガイウスの指摘は、もっともだった。まっすぐに疑問をぶつけてくる彼に、3はすまなそうに打ち明ける。
「実は……この先、どうすればいいのか、まだはっきりと決めていないんだ」
「は?」
ガイウスの相貌が、険しいものになる。彼が明らかに気分を害していると悟りながらも、3は取り繕うことはしなかった。ありのままの現状を、そのまま伝える。
「いや、とにかくまずは助けないとって思って、君たちをここに連れてきただけだから」
「まさかのノープランか!?冗談だろう!?」
信じられないというように、ガイウスは声を荒げた。申し訳なさのあまり恐縮する主君に代わり、アスタロトが説明を引き継ぐ。
「地獄は、新設されたばかりの場所ですからね。前例がないんですよ。我々も、白紙の状態から試行錯誤している状態なんです」
「それにしたって……豪快にもほどがあるだろうが……」
予想と現実のあまりの差に、ガイウスは絶句する。彼は、悪魔たちは高次の生命体であり、理解が及ばないほど遠大な視野を持つ故に人間とは相容れない存在だと考えていたのだ。
そんな彼らが、現状に振り回されまくり、必死であがいているのだとは思ってもみなかった。
「ねえ、君、良かったら一緒に考えてくれない?」
「あ、いいですね、それ!新たな視点からの意見をもらえそうです!」
言いたいことが山ほどある、というガイウスのオーラを感じ、3は彼に提案する。アスタロトが、手を打って賛同した。あまりに唐突な展開に、ガイウスは仰天する。
「いや、おい、いいのかそれで!?俺は、あんたたちに対して反乱を起したんだぞ!?」
「それは、仲間たちを思ってのことだろう?」
「ん、まあ……急にこんなところに連れてこられたものだから、どんな酷い目に遭わされるのかと思って……」
「その誤解も解けたんだし、いいじゃないか。ね?」
もごもごと言い訳をするガイウスに、3がにっこりと笑いかける。
「まったく……思ったより気さくなんだな、あんたたち」
あれこれ懊悩していた日々がばかばかしくなり、ガイウスはため息をついた。こんなことなら、反乱など起こさずに直談判すれば良かったのだと、つくづく思う。それをためらわせていたのは、逆らえば処刑されるのではないかという、恐怖心だ。何しろ、悪魔たちが天界から離反したことすら、彼は知らされていなかったのだから。
「……っと、話に夢中になりすぎた」
ここは話し合いをするには殺風景すぎる場所だとようやく気がついて、3は牢屋のカギを開けた。ガイウスの体に触れて、彼を浄化する。疲労がまたたく間に吹き飛んだことに、ガイウスは驚愕した。
「……これは……!」
「他に異常はないかい?」
「こんなことができるとは……やはり、あんたたちはすごいんだな」
思わぬところで奇跡を体感させられ、ガイウスは苦笑する。やはり、彼らと自分たちは違う。だが、今までのように恐れを抱くことはなかった。
「こうしてはいられない。他の罪人たちにも話をしないとね。そんなに不安にさせているなんて、気づかなかった」
「早急に全悪魔に通達します!」
3の指示を受け、アスタロトが駆け去って行く。
「さて、これから君には働いてもらうよ。よろしくね」
「それが俺たちのためになるというなら……お安い御用だ」
屈託のない笑顔とともに、3はガイウスに手を差し伸べる。ガイウスは、迷うことなく力強い握手を返した。
半ば硬直しつつ、マリーシアは問い返す。
「レミ、毎晩、夢を見るんですぅ。夢の中で、るっぴぃとレミは、難しいお話をたくさんしてるんですよぉ」
マリーシアの動揺に気づかず、レミエルは恥じらいながら告白する。やはり、先ほどの件は自分の聞き間違えではなかったのだと、マリーシアは確信した。混乱しつつも、レミエルがどのようないきさつで3のことを運命の相手だと思い至ったのか、慎重に探ることにする。
「それは、どんなお話、なのかしら~……?」
「何を話したかは覚えていないんですけどぉ、るっぴぃ、ずっと優しい顔で、レミのことを見つめてくれて……はうぅ、思い出しただけで、頭がぼーってしますぅ」
頬を染めて、レミエルがのろける。どう反応したらいいのかわからずマリーシアが戸惑っていると、ノックの音がして、クレイオが顔を出した。
「マリー、レミエル、そろそろ夕食の時間だそうだ」
廊下を指し示し、告げる。いいところに来てくれた、とマリーシアは心の中で彼に感謝した。
「うん、わかった~……レミちゃん、悪いけど先に行ってて~」
「あ、はい、わかりましたぁ」
とりあえず、レミエルにさりげなく退席を薦める。素直な彼女は、特に疑問を持つことなく一階の食堂へと駆けて行った。クレイオと二人きりになり、マリーシアは複雑な表情で黙り込む。
「どうした?何かあったのか?」
マリーシアがいつもと違うことを察し、クレイオが真剣な顔つきになる。言いにくそうに、マリーシアは打ち明けた。
「……それがね~……レミちゃん、もしかしたらフォース君とまだ恋人には、なっていないのかも」
「え?どういうことだ?」
「彼女、フォース君と恋人同士な夢を毎晩見るんだって。でも、実際には話したことはないって」
「は!?夢って……それで、つき合っていると思い込んでるってことか!?」
マリーシアの話を聞き、クレイオは仰天した。無理もないことだと、彼女は思う。恋愛詩人として多くの恋物語を見聞きしてきた自分よりも、彼の衝撃は大きいだろう。
「年頃の女の子は、よく暴走するのよ~」
「だからって……なあ」
何とかレミエルをフォローしてあげたいと思うマリーシアだが、クレイオは困惑したままだ。とにかく、マリーシアは現状の分析を試みる。
「もしかしたら、フォース君、彼女の存在すら知らないかもしれないわ~。それをレミちゃんが知ったら、すっごく傷つくかも……」
「それはまあ、しょうがないんじゃないかな」
「ダメよ~!あんな純粋な子が、そんな失恋のしかたをしたら~!」
クレイオのドライな見解に、マリーシアは反論する。クレイオにとって、今のレミエルは理解不能な宇宙人のように思えるかもしれないが、マリーシアには彼女が普通の女の子だということはわかっていた。
「とは言っても、俺たちにできることなんてあるか?フォースのことを考えると、無責任に彼女の恋を応援することもできないし」
「そうね~……」
マリーシアと違ってレミエルにさほど入れ込んでいないクレイオは、客観的な意見を述べる。彼の視点も重要だと認めたうえで、マリーシアは考え込んだ。逡巡の末、これからの方針を提示する。
「とりあえず、レミちゃんより先にフォース君に会って、事情を説明することにしましょ?そうすれば、フォース君は優しいし、つき合うにしても、断るにしても、彼女をひどく傷つけないようにしてくれると思うの~」
「あー……まあ、女の扱いには慣れていそうだものな」
「そういうことだから、レミちゃんには、気づかないふりをしておいてあげようね~」
「了解」
マリーシアの気遣いを、クレイオは了承した。女心がわからない自分が下手な手を打つより、マリーシアに任せた方がいいと判断したのだ。
「マリーさん~!クレイオ君~!ごはん、冷めちゃいますよ~?」
ちょうどいいタイミングで、レミエルが呼びに来る。
「は~い、今、行きます~!」
返事を返し、マリーシアはレミエルとともに歩いて行く。クレイオは、レミエルの後ろ姿を見つめた。マリーシアと談笑する彼女からは、奇妙さは感じられない。
「やれやれ……これは、思った以上に厄介な話だな」
この先、どんなことが起こるか全く予想できず、クレイオは他人事ながら憂鬱になった。
3世界。反乱の首謀者ガイウスは、ほどなくして捕えられた。指導者を失ったことで、他の罪人たちは混乱し、あちこちへ逃亡している。
3は、配下の悪魔たちに後処理を任せて、ガイウスに会うことにした。アスタロトと共に、詰所の地下牢に向かう。牢屋の一角に、ぼろぼろの身なりの、精悍な顔つきの男が投獄されている。彼がガイウスであることは、疑いようがなかった。
気配に気づき、ガイウスが顔を上げる。その瞳は、輝きを失っていなかった。鉄格子を隔てて、3は彼と向き合う。
「手荒な真似をしてすまない。私はルシファー、この地獄の最高責任者だ」
「……あんたが……。思っていたよりも、ずいぶんと頼りない面構えをしているな」
ガイウスが、皮肉げに嘲笑う。主君を侮辱され、アスタロトが激昂した。
「貴様!ルシファー様に何たる無礼を!」
「アスタロト、下がって」
掴みかからんばかりの勢いで怒鳴るアスタロトを、3は制する。渋面のままアスタロトが口をつぐむ中、3は再度ガイウスに話しかけた。
「ガイウス、私は君を糾弾しに来たわけではない。だから、そんなに敵意をむき出しにしないでくれないか」
「俺を知っているのか?」
驚いて、ガイウスが目を見開く。一介の罪人風情である自分を、地獄の最高権力者が認識しているとは思わなかった。
「もちろんだ。横暴な権力者に対して反乱を起した、奴隷たちの英雄だろう?」
相手の警戒心を解こうと、3はガイウスに笑いかける。
ガイウスは、学がなく働くだけで一生を終えることがほとんどの奴隷たちの中で、しっかりとした教育を受けることができたという、この世界では珍しい経歴の持ち主だった。
何でも、かつての彼の主人が変わり者だったらしい。
その主人が亡くなり、他の権力者に買われた彼は、自分がいかに恵まれた境遇にあったかを知り、他の奴隷たちとともに反乱を起したのだった。
「俺は、英雄なんかじゃない。権力者たちが、あまりに酷すぎるんだ。やつらが、俺たち奴隷にちゃんとした待遇をすれば、反乱なんか起こさなかったさ」
ガイウスが、鼻先で笑い飛ばす。彼は、かつての主人の意向で基本的な学問だけでなく、世界情勢についても学んでいる。そして、それだけではなく、この世界のおかしい点について、かつての主人と幾度も討論を重ねていた。
その結果、奴隷制度を当たり前としているこの社会が歪なものだという結論が、彼の中では出ていた。
「では、今回の反乱も、私たちに不満があってのこと?」
「当然だろう」
3の問いに、ガイウスはきっぱりと返す。3は、アスタロトと顔を見合わせた。
「……仕事が、そんなにきつかったかな」
「ご飯が足りていなかったのかもしれませんよ」
悪魔二人は、反省点を真面目に検討し始める。そののんきさが癪に障ったのか、ガイウスは激怒した。
「とぼけるな!」
「え、ええ?」
指を突きつけられて、3は困惑する。半ば自棄になりながら、ガイウスは今までため込んでいた不審感を爆発させた。
「あんた達は、一体、何を企んでいる!?なぜ、俺達をこんなところに連れてきたんだ!」
「それはもちろん、天界に処刑されようとしている君たちを助けたくて……」
「きれいごとを言うのはよせ。そんなことをしても、あんた達の得にはならないだろうが!」
「損得なんか関係ないよ。救える命を救おうと考えるのは、当然じゃないか」
ガイウスの詰問を、3は正面から受け止める。そのあまりに堂々とした態度が、ガイウスの神経を逆なでした。
「あれだけ俺たち人間をごみのように処分しておきながら、何を今さら……!」
拳をきつく握りしめ、ガイウスは呻く。彼は、多くの奴隷たちがくだらない理由で天使たちに処刑されるのを見てきた。
天使たちが、罪人に触れて浄化する。それで、全てが終わりだ。
浄化された魂は、転生を経て新たな生をいちから始めることになるという。それは、生きている人間にとっては一瞬で殺されたのと同じだった。
そんな恐ろしい能力を持つ者たちを、どうして信用できようか。
ガイウスが自分たちに対して恐れと憎しみを抱いていることは、3にも十分伝わった。どうにか彼を説得したいと考え、3は言葉を紡ぐ。
「私たちも、天界のそのようなやり方についていけなくなってね。だから、離反したんだ」
「……何だって?」
ガイウスが、眉をひそめる。構わず、3は続けた。
「君たちを救い、新たな道を示す。それが、私たちの願いなんだよ」
「では、本当に、俺達を助けるために……?」
「うん」
ガイウスの問いかけに、3は迷うことなく頷いた。しばし沈黙し、3の言葉が本心からのものだと判断したガイウスは、困惑しきった様子で尋ねる。
「それを、なぜ最初から言ってくれなかったんだ!?」
「…………え?」
「何の説明もなしに、こんなところに連れてきて、ただ働かせて……。皆、不安に思っていたんだぞ!?」
今までの不安を吐き出すように、ガイウスは感情を吐露する。泣きそうな顔の彼を見て、3はおそるおそる聞いた。
「あれ?説明……して、なかった?」
「今、あんたたちが話したことは、全て初めて聞く情報だ。他のやつらも、おそらくはそうだろう」
「……嘘……ホントに……?」
ぽかんと口を開けて、3は愕然とする。彼と同様に、アスタロトも目を丸くしていた。
「それは……気づきませんでしたね。人々が我々を警戒するのも当然です」
「皆をとにかく助けて、地獄の土地の整備もしなきゃならなくて……中にいる罪人たちのことまで、気が回らなかった……」
青ざめて、3は呟く。自分たちと罪人たちの間に、どこか隔たりがあるというのは彼もうすうす感じていたが、こんなところに盲点があったとは。地獄の管理者たちが狼狽える様を目の当たりにし、立場を忘れてガイウスが声をかける。
「……あんたたち、大丈夫か?」
「え、ええと……ダメだと思う」
「おい」
視線を彷徨わせる地獄の最高責任者に、ガイウスは素の状態でツッコミを入れた。元より大してなかった威厳を完全に放棄して、3は彼に意見を求める。
「どうしよう、とりあえず皆に謝らないといけないよね?」
「謝って、それからどうする。その先は?」
「その先って?」
「命を助けて、それでおしまいか?あまりにも無責任すぎるだろうが」
ガイウスの指摘は、もっともだった。まっすぐに疑問をぶつけてくる彼に、3はすまなそうに打ち明ける。
「実は……この先、どうすればいいのか、まだはっきりと決めていないんだ」
「は?」
ガイウスの相貌が、険しいものになる。彼が明らかに気分を害していると悟りながらも、3は取り繕うことはしなかった。ありのままの現状を、そのまま伝える。
「いや、とにかくまずは助けないとって思って、君たちをここに連れてきただけだから」
「まさかのノープランか!?冗談だろう!?」
信じられないというように、ガイウスは声を荒げた。申し訳なさのあまり恐縮する主君に代わり、アスタロトが説明を引き継ぐ。
「地獄は、新設されたばかりの場所ですからね。前例がないんですよ。我々も、白紙の状態から試行錯誤している状態なんです」
「それにしたって……豪快にもほどがあるだろうが……」
予想と現実のあまりの差に、ガイウスは絶句する。彼は、悪魔たちは高次の生命体であり、理解が及ばないほど遠大な視野を持つ故に人間とは相容れない存在だと考えていたのだ。
そんな彼らが、現状に振り回されまくり、必死であがいているのだとは思ってもみなかった。
「ねえ、君、良かったら一緒に考えてくれない?」
「あ、いいですね、それ!新たな視点からの意見をもらえそうです!」
言いたいことが山ほどある、というガイウスのオーラを感じ、3は彼に提案する。アスタロトが、手を打って賛同した。あまりに唐突な展開に、ガイウスは仰天する。
「いや、おい、いいのかそれで!?俺は、あんたたちに対して反乱を起したんだぞ!?」
「それは、仲間たちを思ってのことだろう?」
「ん、まあ……急にこんなところに連れてこられたものだから、どんな酷い目に遭わされるのかと思って……」
「その誤解も解けたんだし、いいじゃないか。ね?」
もごもごと言い訳をするガイウスに、3がにっこりと笑いかける。
「まったく……思ったより気さくなんだな、あんたたち」
あれこれ懊悩していた日々がばかばかしくなり、ガイウスはため息をついた。こんなことなら、反乱など起こさずに直談判すれば良かったのだと、つくづく思う。それをためらわせていたのは、逆らえば処刑されるのではないかという、恐怖心だ。何しろ、悪魔たちが天界から離反したことすら、彼は知らされていなかったのだから。
「……っと、話に夢中になりすぎた」
ここは話し合いをするには殺風景すぎる場所だとようやく気がついて、3は牢屋のカギを開けた。ガイウスの体に触れて、彼を浄化する。疲労がまたたく間に吹き飛んだことに、ガイウスは驚愕した。
「……これは……!」
「他に異常はないかい?」
「こんなことができるとは……やはり、あんたたちはすごいんだな」
思わぬところで奇跡を体感させられ、ガイウスは苦笑する。やはり、彼らと自分たちは違う。だが、今までのように恐れを抱くことはなかった。
「こうしてはいられない。他の罪人たちにも話をしないとね。そんなに不安にさせているなんて、気づかなかった」
「早急に全悪魔に通達します!」
3の指示を受け、アスタロトが駆け去って行く。
「さて、これから君には働いてもらうよ。よろしくね」
「それが俺たちのためになるというなら……お安い御用だ」
屈託のない笑顔とともに、3はガイウスに手を差し伸べる。ガイウスは、迷うことなく力強い握手を返した。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!7
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