L-Triangle!7-6
- 2014/10/10
- 20:26
レミエルが異世界に来て、数日が経過した。その間、3はもちろん、1と2も姿を見せないでいる。最初はナンナルの街を観光しつつ異世界ライフを満喫していたレミエルだったが、あまりの音沙汰のなさに、徐々に不安になってきていた。
「るっぴぃ、レミのこと忘れちゃってるのかな……」
「だ、大丈夫よ~!きっと、仕事が忙しいのよ~」
誰もいない屋敷でしょんぼりするレミエルを、マリーシアは元気づけようとする。
「三人とも、来ない時は本当に来ないからな。気長に待たないと」
以前、新曲を作っていた時のことを思い出し、クレイオも同意した。
「くよくよしていてもしょうがないわ~!レミちゃん、外に出ましょう!何か、したいことはある~?」
沈みがちな空気を吹き飛ばすために、マリーシアが気分転換を促す。少し考えて、レミエルは希望を述べた。
「あ、それじゃあ……レミ、空を飛ぶ練習をしたいですぅ!もう、落っこちちゃうの、嫌だから……」
「そうね~、体を動かすのは、いいことね~」
すぐさま賛成し、マリーシアはレミエルを街外れの森へ連れ出す。あまり外壁から離れると魔物が出るし、人目につくのも困るということで、マリーシアとクレイオが周囲を警戒する中、レミエルの飛行練習は始まった。
「レミちゃんって、本当にきれいな子ね~」
あぶなっかしいながらも懸命に翼をはためかせるレミエルを、マリーシアが微笑ましげに見守る。
「性格は天然すぎるけどな」
対するクレイオの評価は、1や2と同様に冷静だ。もっとも、クレイオの場合はマリーシアに振り回されすぎて女性に対する幻想が失せたというのもあるかもしれない。
レミエルの可憐さに最も惚れ込んでいるのは、同性のマリーシアだった。
「あの娘には、アイドルの素質があると思うの~。色々教えてあげたいな~」
「まあ、あの恋に対する思い込みの激しさは、一種の才能かもしれないけど……」
マリーシアの高評価に疑問を感じつつ、クレイオは彼女の機嫌を損ねない範囲で話を合わせる。
そうやって時間を潰していると、マリーシアのバッグに入っている通話の石が振動した。
「あれ、誰からだろう……」
通話の石を取り出し、起動させる。モニターがいくつも浮かび上がり、それぞれに人の姿が映し出された。彼らは、マリーシアにとってはおなじみの、勇者同盟『育勇会』のメンバーだ。
「やあ、突然呼び出してすまないね」
最初に口を開いたのは、リーダーの勇者だった。どうやら、彼が他の勇者たちを呼び集めたらしい。
「定例集会までは、まだ日があるはずだが?」
キリヤが、怪訝そうな顔をする。
「もしかして……何か、起こった?」
真剣な目つきで、女勇者エストが尋ねた。頷いて、リーダーは本題に入る。
「実はね、エルファラ教会からの情報なんだけど……かなり強い魔王が、召喚されたって」
「強い魔王?どこにいるんだ。俺が倒しに行く!」
強い、という単語に反応し、キリヤが討伐に立候補する。血気盛んな彼は、己の力を試したくて仕方がないのだ。
「先走らないでよ、キリヤ!ロードの話を聞かないと!」
「そうね~。短気はダメよ~」
エストが、キリヤを諌める。マリーシアも、彼女に同意した。リーダーの勇者……ロードは、二人の女勇者に礼を言う。
「ありがとう、エスト、マリー。教会の調査によると、そいつの強さは、今までとはけた違いだそうだ。しかも、かなり凶暴で、すでにいくつかの街が破壊されているらしい」
「うおぉ……頑張っちゃってるなあ、そいつ」
他の勇者が、のんきな感想を述べる。のんびり屋の彼にとっては、そんな疲れることに体力を使う魔王は理解不能な存在だ。
「その魔王の『運命の勇者』の成長を待っている時間はないってことね」
エストが、厳しい顔つきになる。魔王は、対になる『運命の勇者』が必ずしも倒さなければならないわけではない。他の勇者が倒しても、一向に構わないのだ。ただ、その魔王の『運命の勇者』が何も知らされずに元の世界に帰るだけである。
「そういうこと。だから、これ以上の被害を食い止めるために、僕たちで、その魔王を倒そう」
ロードが、対策を示す。『運命の勇者』には気の毒だが、彼らにとってはこの世界の治安が最優先だ。一度は黙って話を聞いていたキリヤが、挙手をした。
「俺が行く。最近、手ごたえのあるやつと戦っていないからな」
「独りで戦うつもり!?」
「お前らの援助は必要ない。時間が惜しい」
楽しそうなキリヤに、エストが咎めるような視線を向ける。キリヤの返答は、そっけないものだった。1には仔犬のように懐いているものの、もともと、彼は単独行動を好む性質なのである。
キリヤに何かしら警告をしようとしたエストを、ロードが遮った。
「そうだね……実は、君がいる地点から、かなり近いところにその魔王はいる」
「それは、都合がいいな」
激戦の予感に心を躍らせる、キリヤ。ロードのモニターが地図に切り替わった。光点がひとつ、点滅する。
「魔王の現在地は、ここだ」
「ありがたい。じゃ、行ってくるぜ」
「キリヤ!ちょっと!」
エストの制止を聞かず、キリヤは、通信を終了した。キリヤの姿を映していたモニターが、消滅する。あまりの無鉄砲さに、エストは激怒した。
「ああもう!勝手なんだから!」
「まあ、いいじゃないか。彼なら、きっと大丈夫だよ」
ロードが、エストを宥める。キリヤは、育勇会の中でも、一・二位を争う実力者なのだ。
「もし、キリヤ君が負けちゃったら、どうするの~?」
「その時は、僕が行く。教会に、神鳥の使用許可をとっておくよ」
マリーシアに尋ねられ、ロードは皆を安心させるように笑顔を見せた。
「君たちも、有事に備えておいてくれ」
そう言って、ロードも、通信を終了する。
「キリヤ君、大丈夫かしら~」
不安になり、マリーシアは他の勇者たちの顔を順に見る。
「まあ、キリヤのやつはめちゃくちゃ強いし、ロードもいるから平気だろ」
大して心配するそぶりを見せず、のんきな勇者はあくびをする。
「…………」
先ほどから全く発言していない銀髪の少女は、やはり無口なままだ。
「ったく……戦闘バカなんだから」
我が道を行く他の二人とは違い、マリーシアと同様、キリヤの身を案じるエストが、ぽつりとこぼす。
他に特に話すこともなく、勇者たちの会合はそのままお開きとなった。通話の石のスイッチを切って、マリーシアはため息をつく。
「何かあったのか?」
背後で様子を見ていたクレイオが聞いてくる。彼らの会話は、通話の石を持っている者同士にしか聞こえないのだ。
「強い魔王が召喚されて、大変なんだって~」
「そんなにヤバいやつなのか?」
「結構な被害が出ているらしいわ~。キリヤ君が近くにいるから、行ってくれているけど~」
「そうか、なら、大丈夫かな」
キリヤの名を聞いて、クレイオは幾分か安堵する。キリヤの強さは、彼もよく知っていた。
「キリヤ君、大変なんですか!?」
と、そこへ、マリーシアとクレイオの間に、レミエルが割って入った。
「レミエル、いつの間に!?」
「あ、あの、大丈夫よ~キリヤ君、すっごく強いから~」
レミエルに話を聞かれていたのに気づかなかったクレイオとマリーシアは、あわてふためく。
「何か、大変なことがあるなら、レミがお手伝いに行きます!」
レミエルが、突然張り切り出す。彼女にとっては、キリヤは3ミカに捨てられたところを助けてくれた恩人だ。彼に何かがあれば、力になりたい。
「バカ、何言ってるんだ!遊びに行くんじゃないんだぞ!?」
クレイオが彼女を止めるが、レミエルはやる気満々だ。魔王がどれほど恐ろしいものか、全くわかっていない。マリーシアは、彼女にわかりやすく教える必要があると考えた。子どもに接するように、レミエルに語りかける。
「レミちゃん、あのね?」
「はいですぅ」
「この世界には、魔王っていう、とっても危険な存在がたくさんいるの。私やキリヤ君は、その魔王を倒すために戦っているのね?」
「そうなんですか?かっこいいですぅ!」
レミエルが、目を輝かせる。されど、マリーシアは首を振った。
「かっこいいだけじゃないのよ。命がけな、とても大変なお仕事なの」
「それで、今、キリヤ君が魔王さんと戦っているんですよね?」
「そうなの。だけどね……」
「それなら、レミ、きっと役に立ちます!怪我を治すのは得意なんです!」
レミエルが、鼻息荒く主張する。
「だから、危ないんだって!君が行っても、足手まといになるだけだ!」
全くわかっていないレミエルに、クレイオが声を荒げた。普段は穏やかな彼のいつもと違う様子に、レミエルは泣きそうになる。クレイオの肩を叩き、マリーシアは彼を一度下がらせた。
「レミちゃん、レミちゃんの気持ちは、キリヤ君もきっとうれしいと思うの」
「それなら……!」
「でも、レミちゃんが怪我をしたり、怖い目に遭ったりしたら、フォース君が悲しむよ?」
愛しの彼を引き合いに出され、レミエルは押し黙る。彼女が戸惑っていることを察し、マリーシアはさらにひと押しした。
「レミちゃん、お願い。私たちを信じて、危ないことはしないでね。わかった?」
「……はい……」
肩を落とし、レミエルはマリーシアに従う。彼女の暴走を止めることができて、マリーシアとクレイオは安堵した。
「キリヤは、この世界でも最強の部類に入る実力者だ。大丈夫だよ」
クレイオが、先ほどとは違い、優しく言い聞かせる。レミエルは二人の言い分を聞きいれたが、その表情は晴れなかった。
一方、3の世界では、悪魔たちの詰所にて、罪人たちとの初の会談が行われていた。悪魔たちとガイウスら少数の罪人たちが、席についている。彼らは、ガイウスが反乱を起した際に、積極的に彼を援護した者たちだった。一見すると危険人物に思えるが、それだけ地獄の行く末について熱心に考えているとも言える。
全員が揃ったところを見計らって、3は立ち上がった。他の出席者の顔を、順に見渡す。悪魔たちの説明やガイウスのフォローが功を奏したか、罪人たちの中には怯えた様子の者はいない。ただ、彼らの疑念が完全に払拭されたわけではないのは3にもわかっていた。
少しずつでもいいから、罪人たちと打ち解けていかなくてはならない。そのために、彼らを詰所へ招いたのだから。
「先日は、我々の説明不足から君たちを混乱させてしまい、本当にすまなかった」
一礼し、3は反乱の件については悪魔側に非があると示す。他の悪魔たちも、ほぼ同時に頭を下げた。地獄の管理者から謝罪を受け、罪人たちは驚く。彼らにとっては、悪魔たちは遥か上の存在だ。そんな彼らが頭を垂れる光景は、衝撃的だろう。
「……本当に、俺たちは何か恐ろしいことに利用されたりはしないんだよな?」
罪人の中のひとりが、おずおずと確認するように聞いてくる。
「もちろんだよ。君たちが納得のいく生を歩むことができるようにするのが、私たちの目標だ。そのために、何をすればいいか。君たちの意見を聞かせてほしい」
3は、勇気を振り絞って発言した罪人を安心させるように、穏やかに微笑んだ。地獄の最高責任者の現実離れした優美さに、緊張していた罪人たちの表情が、和らいでいく。
「有益な話し合いになることを望むよ」
罪人たちの代表として、ガイウスが彼らの総意を述べた。頷いて、3は話を進める。
「今、君たちには土地の開墾をしてもらっていると思う。この地獄はとても不安定なうえ、私たちは人手が不足していてね。どうしても、君たちの力を借りなければやっていけないんだ」
簡潔に、地獄についての現状を説明する。地獄の大地は神が創造したものなのだが、やる気がなかったのかやっつけ仕事なのか、かなりあやうい造りになっており、常に崩壊の危機にさらされている。今の手勢では、地獄を定期的に浄化し、崩壊を食い止めるので精いっぱいだった。
「もう少し、土地を豊かに変えることはできないのか?ただ荒地を耕しているばかりじゃ、どうにもやりがいがなくてな」
罪人たちの中から、要望が上がる。現時点で、地獄には草木が一本もない荒地だらけなので、皆、開墾に嫌気がさしていたのだ。
「ほんの少しでもいいから草木が生えているところがあれば、皆、やる気が出ると思うんだがなあ」
そこまで言って、3や悪魔たちがこそこそと話しているのに気づき、罪人は口を噤んだ。彼らの機嫌を損ねてしまったのではないかと危惧する中、悪魔たちの小声でのやり取りが耳に入ってくる。
「確かに、言われてみれば殺風景ですね、ここ……」
「仕事に追われて全然気づかなかった……」
冷や汗をかきつつ、反省する悪魔たち。罪人たちは、ここでようやく彼らが本気で和解を望んでいるのだと確信する。複数の視線に気づき、3はあわてて彼らの方へ向き直った。
「あ……ええと、ごめん!早急に対処するよ!地獄の各所に、花を咲かせようか。ぱーっと」
先ほどの落ち着いた態度とはうってかわって、やたら景気のいいことを言う。そのざっくばらんで気さくな様に、部屋の各所で、笑い声が漏れた。それは、嘲りなどではなく、好意的なものだ。
「せっかくだから、食える植物も頼むぜ?」
からかうように、他の罪人が提案する。これがきっかけで、罪人たちの緊張や警戒は解け、次々に要望が上がり始めた。3は、それらを丁寧に検討していく。今すぐできるものもあるし、少し時間をかけなければ実現できないものもある。だが、全てが貴重な意見だった。
そして、和やかな雰囲気の中で、悪魔たちと罪人たちの初めての会合は終了した。
「みんな、ありがとう。他にも何か問題が起こったら、相談してね。いつでも、力になるから」
詰所を出て行く罪人たちに、3は声をかける。それに対する反応は、笑顔での会釈だったり、力強い肯定だったりと、良い感じのものばかりだ。彼らとの距離が少し縮まった気がして、3は喜びをかみしめる。
「お疲れさん」
ほとんどの面子が出て行った後、ガイウスが3に近づいてきた。今回の話し合いでは、彼からも様々な意見をもらっている。
「どうだ?俺たちの意見は、参考になりそうか?」
「うん。できるところから、順に改善していくよ」
メモ書きの束を整えつつ、3は返事を返す。これから地獄がどう変わっていくのか、今から楽しみだった。
仕事に燃える3は、まだしばらくは自分の世界から離れる気はないらしい。
「るっぴぃ、レミのこと忘れちゃってるのかな……」
「だ、大丈夫よ~!きっと、仕事が忙しいのよ~」
誰もいない屋敷でしょんぼりするレミエルを、マリーシアは元気づけようとする。
「三人とも、来ない時は本当に来ないからな。気長に待たないと」
以前、新曲を作っていた時のことを思い出し、クレイオも同意した。
「くよくよしていてもしょうがないわ~!レミちゃん、外に出ましょう!何か、したいことはある~?」
沈みがちな空気を吹き飛ばすために、マリーシアが気分転換を促す。少し考えて、レミエルは希望を述べた。
「あ、それじゃあ……レミ、空を飛ぶ練習をしたいですぅ!もう、落っこちちゃうの、嫌だから……」
「そうね~、体を動かすのは、いいことね~」
すぐさま賛成し、マリーシアはレミエルを街外れの森へ連れ出す。あまり外壁から離れると魔物が出るし、人目につくのも困るということで、マリーシアとクレイオが周囲を警戒する中、レミエルの飛行練習は始まった。
「レミちゃんって、本当にきれいな子ね~」
あぶなっかしいながらも懸命に翼をはためかせるレミエルを、マリーシアが微笑ましげに見守る。
「性格は天然すぎるけどな」
対するクレイオの評価は、1や2と同様に冷静だ。もっとも、クレイオの場合はマリーシアに振り回されすぎて女性に対する幻想が失せたというのもあるかもしれない。
レミエルの可憐さに最も惚れ込んでいるのは、同性のマリーシアだった。
「あの娘には、アイドルの素質があると思うの~。色々教えてあげたいな~」
「まあ、あの恋に対する思い込みの激しさは、一種の才能かもしれないけど……」
マリーシアの高評価に疑問を感じつつ、クレイオは彼女の機嫌を損ねない範囲で話を合わせる。
そうやって時間を潰していると、マリーシアのバッグに入っている通話の石が振動した。
「あれ、誰からだろう……」
通話の石を取り出し、起動させる。モニターがいくつも浮かび上がり、それぞれに人の姿が映し出された。彼らは、マリーシアにとってはおなじみの、勇者同盟『育勇会』のメンバーだ。
「やあ、突然呼び出してすまないね」
最初に口を開いたのは、リーダーの勇者だった。どうやら、彼が他の勇者たちを呼び集めたらしい。
「定例集会までは、まだ日があるはずだが?」
キリヤが、怪訝そうな顔をする。
「もしかして……何か、起こった?」
真剣な目つきで、女勇者エストが尋ねた。頷いて、リーダーは本題に入る。
「実はね、エルファラ教会からの情報なんだけど……かなり強い魔王が、召喚されたって」
「強い魔王?どこにいるんだ。俺が倒しに行く!」
強い、という単語に反応し、キリヤが討伐に立候補する。血気盛んな彼は、己の力を試したくて仕方がないのだ。
「先走らないでよ、キリヤ!ロードの話を聞かないと!」
「そうね~。短気はダメよ~」
エストが、キリヤを諌める。マリーシアも、彼女に同意した。リーダーの勇者……ロードは、二人の女勇者に礼を言う。
「ありがとう、エスト、マリー。教会の調査によると、そいつの強さは、今までとはけた違いだそうだ。しかも、かなり凶暴で、すでにいくつかの街が破壊されているらしい」
「うおぉ……頑張っちゃってるなあ、そいつ」
他の勇者が、のんきな感想を述べる。のんびり屋の彼にとっては、そんな疲れることに体力を使う魔王は理解不能な存在だ。
「その魔王の『運命の勇者』の成長を待っている時間はないってことね」
エストが、厳しい顔つきになる。魔王は、対になる『運命の勇者』が必ずしも倒さなければならないわけではない。他の勇者が倒しても、一向に構わないのだ。ただ、その魔王の『運命の勇者』が何も知らされずに元の世界に帰るだけである。
「そういうこと。だから、これ以上の被害を食い止めるために、僕たちで、その魔王を倒そう」
ロードが、対策を示す。『運命の勇者』には気の毒だが、彼らにとってはこの世界の治安が最優先だ。一度は黙って話を聞いていたキリヤが、挙手をした。
「俺が行く。最近、手ごたえのあるやつと戦っていないからな」
「独りで戦うつもり!?」
「お前らの援助は必要ない。時間が惜しい」
楽しそうなキリヤに、エストが咎めるような視線を向ける。キリヤの返答は、そっけないものだった。1には仔犬のように懐いているものの、もともと、彼は単独行動を好む性質なのである。
キリヤに何かしら警告をしようとしたエストを、ロードが遮った。
「そうだね……実は、君がいる地点から、かなり近いところにその魔王はいる」
「それは、都合がいいな」
激戦の予感に心を躍らせる、キリヤ。ロードのモニターが地図に切り替わった。光点がひとつ、点滅する。
「魔王の現在地は、ここだ」
「ありがたい。じゃ、行ってくるぜ」
「キリヤ!ちょっと!」
エストの制止を聞かず、キリヤは、通信を終了した。キリヤの姿を映していたモニターが、消滅する。あまりの無鉄砲さに、エストは激怒した。
「ああもう!勝手なんだから!」
「まあ、いいじゃないか。彼なら、きっと大丈夫だよ」
ロードが、エストを宥める。キリヤは、育勇会の中でも、一・二位を争う実力者なのだ。
「もし、キリヤ君が負けちゃったら、どうするの~?」
「その時は、僕が行く。教会に、神鳥の使用許可をとっておくよ」
マリーシアに尋ねられ、ロードは皆を安心させるように笑顔を見せた。
「君たちも、有事に備えておいてくれ」
そう言って、ロードも、通信を終了する。
「キリヤ君、大丈夫かしら~」
不安になり、マリーシアは他の勇者たちの顔を順に見る。
「まあ、キリヤのやつはめちゃくちゃ強いし、ロードもいるから平気だろ」
大して心配するそぶりを見せず、のんきな勇者はあくびをする。
「…………」
先ほどから全く発言していない銀髪の少女は、やはり無口なままだ。
「ったく……戦闘バカなんだから」
我が道を行く他の二人とは違い、マリーシアと同様、キリヤの身を案じるエストが、ぽつりとこぼす。
他に特に話すこともなく、勇者たちの会合はそのままお開きとなった。通話の石のスイッチを切って、マリーシアはため息をつく。
「何かあったのか?」
背後で様子を見ていたクレイオが聞いてくる。彼らの会話は、通話の石を持っている者同士にしか聞こえないのだ。
「強い魔王が召喚されて、大変なんだって~」
「そんなにヤバいやつなのか?」
「結構な被害が出ているらしいわ~。キリヤ君が近くにいるから、行ってくれているけど~」
「そうか、なら、大丈夫かな」
キリヤの名を聞いて、クレイオは幾分か安堵する。キリヤの強さは、彼もよく知っていた。
「キリヤ君、大変なんですか!?」
と、そこへ、マリーシアとクレイオの間に、レミエルが割って入った。
「レミエル、いつの間に!?」
「あ、あの、大丈夫よ~キリヤ君、すっごく強いから~」
レミエルに話を聞かれていたのに気づかなかったクレイオとマリーシアは、あわてふためく。
「何か、大変なことがあるなら、レミがお手伝いに行きます!」
レミエルが、突然張り切り出す。彼女にとっては、キリヤは3ミカに捨てられたところを助けてくれた恩人だ。彼に何かがあれば、力になりたい。
「バカ、何言ってるんだ!遊びに行くんじゃないんだぞ!?」
クレイオが彼女を止めるが、レミエルはやる気満々だ。魔王がどれほど恐ろしいものか、全くわかっていない。マリーシアは、彼女にわかりやすく教える必要があると考えた。子どもに接するように、レミエルに語りかける。
「レミちゃん、あのね?」
「はいですぅ」
「この世界には、魔王っていう、とっても危険な存在がたくさんいるの。私やキリヤ君は、その魔王を倒すために戦っているのね?」
「そうなんですか?かっこいいですぅ!」
レミエルが、目を輝かせる。されど、マリーシアは首を振った。
「かっこいいだけじゃないのよ。命がけな、とても大変なお仕事なの」
「それで、今、キリヤ君が魔王さんと戦っているんですよね?」
「そうなの。だけどね……」
「それなら、レミ、きっと役に立ちます!怪我を治すのは得意なんです!」
レミエルが、鼻息荒く主張する。
「だから、危ないんだって!君が行っても、足手まといになるだけだ!」
全くわかっていないレミエルに、クレイオが声を荒げた。普段は穏やかな彼のいつもと違う様子に、レミエルは泣きそうになる。クレイオの肩を叩き、マリーシアは彼を一度下がらせた。
「レミちゃん、レミちゃんの気持ちは、キリヤ君もきっとうれしいと思うの」
「それなら……!」
「でも、レミちゃんが怪我をしたり、怖い目に遭ったりしたら、フォース君が悲しむよ?」
愛しの彼を引き合いに出され、レミエルは押し黙る。彼女が戸惑っていることを察し、マリーシアはさらにひと押しした。
「レミちゃん、お願い。私たちを信じて、危ないことはしないでね。わかった?」
「……はい……」
肩を落とし、レミエルはマリーシアに従う。彼女の暴走を止めることができて、マリーシアとクレイオは安堵した。
「キリヤは、この世界でも最強の部類に入る実力者だ。大丈夫だよ」
クレイオが、先ほどとは違い、優しく言い聞かせる。レミエルは二人の言い分を聞きいれたが、その表情は晴れなかった。
一方、3の世界では、悪魔たちの詰所にて、罪人たちとの初の会談が行われていた。悪魔たちとガイウスら少数の罪人たちが、席についている。彼らは、ガイウスが反乱を起した際に、積極的に彼を援護した者たちだった。一見すると危険人物に思えるが、それだけ地獄の行く末について熱心に考えているとも言える。
全員が揃ったところを見計らって、3は立ち上がった。他の出席者の顔を、順に見渡す。悪魔たちの説明やガイウスのフォローが功を奏したか、罪人たちの中には怯えた様子の者はいない。ただ、彼らの疑念が完全に払拭されたわけではないのは3にもわかっていた。
少しずつでもいいから、罪人たちと打ち解けていかなくてはならない。そのために、彼らを詰所へ招いたのだから。
「先日は、我々の説明不足から君たちを混乱させてしまい、本当にすまなかった」
一礼し、3は反乱の件については悪魔側に非があると示す。他の悪魔たちも、ほぼ同時に頭を下げた。地獄の管理者から謝罪を受け、罪人たちは驚く。彼らにとっては、悪魔たちは遥か上の存在だ。そんな彼らが頭を垂れる光景は、衝撃的だろう。
「……本当に、俺たちは何か恐ろしいことに利用されたりはしないんだよな?」
罪人の中のひとりが、おずおずと確認するように聞いてくる。
「もちろんだよ。君たちが納得のいく生を歩むことができるようにするのが、私たちの目標だ。そのために、何をすればいいか。君たちの意見を聞かせてほしい」
3は、勇気を振り絞って発言した罪人を安心させるように、穏やかに微笑んだ。地獄の最高責任者の現実離れした優美さに、緊張していた罪人たちの表情が、和らいでいく。
「有益な話し合いになることを望むよ」
罪人たちの代表として、ガイウスが彼らの総意を述べた。頷いて、3は話を進める。
「今、君たちには土地の開墾をしてもらっていると思う。この地獄はとても不安定なうえ、私たちは人手が不足していてね。どうしても、君たちの力を借りなければやっていけないんだ」
簡潔に、地獄についての現状を説明する。地獄の大地は神が創造したものなのだが、やる気がなかったのかやっつけ仕事なのか、かなりあやうい造りになっており、常に崩壊の危機にさらされている。今の手勢では、地獄を定期的に浄化し、崩壊を食い止めるので精いっぱいだった。
「もう少し、土地を豊かに変えることはできないのか?ただ荒地を耕しているばかりじゃ、どうにもやりがいがなくてな」
罪人たちの中から、要望が上がる。現時点で、地獄には草木が一本もない荒地だらけなので、皆、開墾に嫌気がさしていたのだ。
「ほんの少しでもいいから草木が生えているところがあれば、皆、やる気が出ると思うんだがなあ」
そこまで言って、3や悪魔たちがこそこそと話しているのに気づき、罪人は口を噤んだ。彼らの機嫌を損ねてしまったのではないかと危惧する中、悪魔たちの小声でのやり取りが耳に入ってくる。
「確かに、言われてみれば殺風景ですね、ここ……」
「仕事に追われて全然気づかなかった……」
冷や汗をかきつつ、反省する悪魔たち。罪人たちは、ここでようやく彼らが本気で和解を望んでいるのだと確信する。複数の視線に気づき、3はあわてて彼らの方へ向き直った。
「あ……ええと、ごめん!早急に対処するよ!地獄の各所に、花を咲かせようか。ぱーっと」
先ほどの落ち着いた態度とはうってかわって、やたら景気のいいことを言う。そのざっくばらんで気さくな様に、部屋の各所で、笑い声が漏れた。それは、嘲りなどではなく、好意的なものだ。
「せっかくだから、食える植物も頼むぜ?」
からかうように、他の罪人が提案する。これがきっかけで、罪人たちの緊張や警戒は解け、次々に要望が上がり始めた。3は、それらを丁寧に検討していく。今すぐできるものもあるし、少し時間をかけなければ実現できないものもある。だが、全てが貴重な意見だった。
そして、和やかな雰囲気の中で、悪魔たちと罪人たちの初めての会合は終了した。
「みんな、ありがとう。他にも何か問題が起こったら、相談してね。いつでも、力になるから」
詰所を出て行く罪人たちに、3は声をかける。それに対する反応は、笑顔での会釈だったり、力強い肯定だったりと、良い感じのものばかりだ。彼らとの距離が少し縮まった気がして、3は喜びをかみしめる。
「お疲れさん」
ほとんどの面子が出て行った後、ガイウスが3に近づいてきた。今回の話し合いでは、彼からも様々な意見をもらっている。
「どうだ?俺たちの意見は、参考になりそうか?」
「うん。できるところから、順に改善していくよ」
メモ書きの束を整えつつ、3は返事を返す。これから地獄がどう変わっていくのか、今から楽しみだった。
仕事に燃える3は、まだしばらくは自分の世界から離れる気はないらしい。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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