L-Triangle!7-10
- 2014/10/18
- 20:33
久方ぶりにナンナルを訪れた3は、着くなり1と2に遭遇した。
「よお」
「おー、来たか」
ちょうど、彼らも来たところだったらしい。二人とも相変わらず、元気そうだ。
「……久しぶり」
友人との再会は、やはりうれしい。顔をほころばせ、3も挨拶を返す。
そのまま、三人は広間へと移動した。1が、テーブルに置かれたままのメモを捨てる。こうしてメンツが揃った以上、口で説明する方が早いからだ。
「お前がいない間、大変だったんだぜ?」
「そうそう。色々あったよな」
1と2が、いかにも迷惑をかけられたというリアクションをとる。3には、心当たりが一つだけあった。
「それって、レミエルのことだよね?」
3の問いを、二人は無言で肯定する。3ミカの言葉は、正しかったようだ。
「お前って、案外薄情なのな。自分のカノジョが数日間行方不明だったってのに、気づくの遅すぎだろ」
ソファーにかけながら、2が咎めるような視線を3へ向けた。いきなり責められて、3は狼狽える。
「へ?ちょっと、それどういうこと?」
「いや、意外だったぜ、お前、あーゆーのが好みだったんだな」
困惑する3の肩に、1がにやにやしながら腕を乗せる。
冷やかすような言い方をされて、3はついていけずに首をかしげた。
「一歩間違えると犯罪だぞ?気をつけろよ」
2が、そんな彼にジト目でくぎを刺す。自分のあずかり知らぬところで何かよくない事態が進行している気がして、3は正体不明の焦燥感に駆られた。
「え?え!?レミエルが、私の、彼女ってこと!?って……『彼女』!?」
「何で焦ってんだよ。本人がそう言ってたぞ?」
不思議そうに、2が問い返してくる。彼らが大きな勘違いをしていることを確信し、3はあわてて訂正した。
「違うよ!!恋人どころか、私はレミエルに会ったことすら……」
彼の弁解を遮り、ドアがノックされる。入ってきたのは、マリーシアだった。
「あ~!フォース君、やっと来てくれた~!」
顔を輝かせ、飛びつかんばかりの勢いでマリーシアが3に接近してくる。彼女もまた、自分の知らない何かを把握しているのだと察し、3はソファーから立ちあがった。
「マリーさん!私がいない間に一体何があったんです!?ていうか恋人ってナニ!?」
動揺し、声を裏返らせながら、3はマリーシアに詰め寄る。マリーシアは、気の毒そうに彼を見てから、あることに気づいてすぐに視線を逸らした。
「……あ~……シーザー君とカイン君に説明するの、忘れてた~」
「何だ?」
「どういうことだよ」
額に汗しつつ、小声で呟く。目をしばたかせて、1と2がマリーシアに尋ねるが、それに答えずに彼女は3の背中を叩いた。
「フォース君、大丈夫よ。私、ちゃんとわかってるから~」
「マリーさん……?」
力いっぱい同情されて、3は情けない顔でマリーシアを見つめる。彼を元気づけるように微笑んで、マリーシアは一度彼を座らせた。その隣に腰掛け、真顔になる。全てを話すには、今が好機だった。
「シーザー君とカイン君も、落ち着いて聞いてね。レミちゃんは、フォース君のことを恋人だって思い込んでいるだけなの」
「はあ!?何だそれ!?」
驚愕の声を上げ、1が身を乗り出す。落ち着けと言うように、2が片手で彼を制した。不満げに、それでも1はおとなしく座り直す。2に感謝しつつ、マリーシアは続けた。
「レミちゃんはね、毎日、フォース君とお話をする夢を見るんだって。それで、運命の相手なんだって、信じてしまっているのよ」
「それだけでかよ……。理解できねえな」
マリーシアの話を聞いて、1が顔を引きつらせる。
「そういうやつがいるのは知ってるぜ。精神的にかなりヤバいタイプだ」
1とは違い、2は冷静に分析する。彼の世界にも、そういった思い込みで突き進む者はたくさんいる。運よく意中の君と添い遂げる者、破滅を招く者……どちらにせよ、彼らは周囲に多大な迷惑を撒き散らす。2や、彼の部下の悪魔たちも、そのテの騒動に巻き込まれたのは一度や二度ではなかった。
「レミちゃんは、そんなに危ない子じゃないわ。ちょっと、若い子にありがちな、夢見る乙女なタイプなだけよ~」
悲しそうに、マリーシアが首を振る。1や2が警戒する気持ちもわかるが、彼女としてはレミエルを嫌ってほしくなかった。
「夢で、私と話を……」
当の3は、レミエルに嫌悪感を抱いた風もなく、じっと考え込んでいる。それだけでも救われた気がして、マリーシアは彼を正面から見据えた。
「フォース君、お願いがあるんだけど」
声をかけられ、3は顔を上げる。いつになく真剣なマリーシアが、そこにあった。
「レミちゃんのこと、責めないであげてほしいの。彼女、思い込みが激しいだけで、根は素直ないい子なのよ。だから……」
「……わかっているよ。マリーさん、彼女の面倒を見てくれてありがとうございました」
マリーシアに笑いかけて、3は彼女に礼を言う。それを聞いて、マリーシアは胸をなで下ろした。普段の快活さが、彼女に戻ってくる。
「いえいえ。私、レミちゃんを呼んでくるね~」
肩の荷が下りたように、マリーシアは軽やかに退室していく。それを見送って、3はソファーに背を預けた。
「……まさか、こんなことになっているなんて……しかも、レミエル、女になってたんだ……」
脱力したように、天井を仰ぎ見る。同時に、今までの仕事の疲れが全身にのしかかってきたような気がした。体は浄化で癒せるが、精神的な疲れはどうにもならない。
「どういうことだ?元は男だったのか?」
「げっ……あの年で、オカマ!?」
2が顔をしかめ、1が身震いする。3は、静かに否定した。
「いや、そうじゃなくてね。レミエルは、私が天使長だった時、私の参謀的な役割をしていたんだ」
「あー……」
憂いを帯びた表情で、3が話し始める。何か思い当たる節があるのか、1がげんなりしたように呻いた。
「それで?」
「で、神のやり方に異を唱えたとき、他の者たちと一緒に捕縛されて、改造されたんだ」
つらい過去を思い出し、3が顔を歪める。3が神に反旗を翻し、記憶を曖昧にされて人間界に放り出されたことは彼らも知っている。そして、天界は3の同志である悪魔たちを改造し、刺客として3に差し向けたのだ。
「君たちは、アスタロトを覚えてる?」
「ああ。俺様が助けてやった小僧な」
3の問いに即答したのは、1だった。この世界で、1と2は改造された状態のアスタロトと戦ったことがある。その時の彼は、人形のような奇妙な姿をしており、完全に正気を失っていた。
「あれと、同じ姿にされて……私は、追手となった彼の襲撃を受けて、彼を……浄化してしまった」
「殺しちまったってことか」
1が、簡潔に問う。自嘲気味に、3は頷いた。
「同じようなものだね。彼は、記憶を全て失い、無垢な状態で転生した。それが、君たちが知っているレミエルだよ」
3が、拳を握りしめる。後で知ったことだが、レミエルは彼が最初に浄化した刺客だったらしい。天界は、ご丁寧にも3に近しい者から順に、悪魔たちを改造していった。そして、3は知らず知らずのうちに、そんな彼らを手にかけた。何とも3ミカらしい、残酷かつ有効な手口である。
その結果、3の周囲には真に親しい者たちは誰もいなくなった。
「それじゃ、あのガキが見ている夢ってのは……」
「レミエルの、前世の記憶だろうね」
2の問いかけに、かすれた声で3は返す。心配そうに覗きこんでくる彼に、3は気丈に微笑んだ。
「なるほど、何となくわかったぜ」
ようやく頭の中で様々なことが繋がって、1は納得したように頷く。
「それで、お前どうするんだ?あいつとつき合うのか?」
「ええ!?たぶん無理だよ!だって……」
唐突に尋ねられ、3は激しく首を振った。彼が何事かを言いかけたとき、ドアが開いて、レミエルが飛び込んできた。
「るっぴぃ~!!」
そしてそのまま、満面の笑顔で突進してくる。
「……は?るっぴぃって……うわあ!?」
抱きつかれて、3は悲鳴を上げた。相手の困惑に気づかず、レミエルはしきりに彼の胸に頬ずりする。
「るっぴぃ、るっぴぃ!会いたかったですぅ!レミ、レミ……とっても、寂しかったぁ!」
「……これが、レミエル……」
呆然と、3が小柄な少女を見下ろす。そんな彼に、2がそっと耳打ちした。
「ちなみに、ルシファーだからるっぴぃな」
「……頭が痛い……」
脱力して、3はがっくりとうなだれる。予想以上のレミエルのはじけっぷりに、どうしたらいいものかと思案する3だったが、マリーシアとクレイオが心配そうに見ているのに気づいて笑顔を作った。
「や……やあ、レミエル、久しぶりだね」
わざとらしいほどの爽やかさとともに、さりげなくレミエルを胸から引きはがす。改めて見ると、彼女は文句の付けどころがないほどの美少女だったが、3はとても微妙な心境になった。
「るっぴぃ、るっぴぃ!これからは、ずーっと一緒にいてくださいね!」
喜びのあまり、レミエルが飛び跳ねる。罪悪感を感じつつも、3は彼女の提案を拒んだ。
「いや、その……悪いけど、それは無理だよ」
「え……?どうして?」
きょとんとして、レミエルが質問してくる。大きな瞳にじっと見つめられて、たまらず3は視線を逸らした。
「……仕事、忙しいし」
「正直だな」
言い訳をするように、小声で返す。2に光の速さでつっこまれ、3はあわてて取り繕った。
「あ、ごめん。つい本音が……」
「るっぴぃは、この世界でレミと、一緒に暮らすんですよね?」
レミエルが、おそるおそる聞いてくる。その顔は、すでに泣き出しそうだ。だが、流されまいと3は踏みとどまる。
「それはできないよ。私は、自分の世界が大事だから」
「レミより、仕事の方が、大事……?」
レミエルが、目に涙を浮かべる。言外に責められて、自分が最低の男であるような気分まで落ち込んだ3は、彼女に真実を話そうと決意した。
「……あのね、レミエル」
「……はい」
「マリーさんから聞いたんだけど、君は、毎晩私と話す夢を見るんだってね」
「はいですぅ!だから、るっぴぃはレミの運命の相手だって……」
勢い込んで、レミエルは恋のときめきを語ろうとする。3は、それをやんわりと遮った。
「その夢はね、君の前世の記憶なんだ」
「え……?前世、って……」
レミエルが、まばたきをする。彼女にもわかるように言葉を選びながら、3は話し始めた。
「君は、前世で私の親友だったんだ。彼は、とても頭が良くてね。私も、色々相談に乗ってもらっていた」
「彼……?レミは、前世では男の子だったんですかぁ?」
驚いて、レミエルが口元に手を当てる。
「そうだよ。彼とともに、世界の行く末について、よく協議したものだ」
「前世からの関係~?ロマンチック~☆」
外野のマリーシアが、目を輝かせる。前世で同性だったということは、彼女にとってはどうでもいいらしい。
「マリー、フォースの話を聞こう」
クレイオに注意され、マリーシアは口を噤んだ。外野が静かになるのを待って、3は口を開く。
「だが、彼は死んでしまった……私の、責任だ」
「るっぴぃ……」
悲しそうに、3は下を向いた。彼の感情が伝わったのか、レミエルが3を気遣う。
「レミエル。すまないが、私は、君と恋人になることはできない。彼の存在が、私の中では大きすぎて……君を見ていると、彼のことを思い出してしまうんだ」
再び顔を上げて、3はきっぱりと告げた。レミエルの相貌が、さっと青ざめる。
「そんな!レミ、全然気にしてないですよ!?」
「君が忘れていても、私は彼への罪悪感を消し去ることはできない。頼む、わかってくれ」
3は、レミエルから目を背けた。言葉は優しいが、はっきりした拒絶を感じ、レミエルはよろめきながらも立ち上がる。
「そんな……!そんなのって……!」
ショックを受けながらレミエルはドアの方へ近づき、次の瞬間、外へ向かって走り出した。
「レミちゃん!」
マリーシアが呼びとめるが、レミエルは振り向かない。
「俺、追いかけるよ!」
クレイオが、彼女の後を追う。3は、深々とため息をついた。
「……ごめん、うまく言えなかった」
「ううん。フォース君、無茶言ってごめんね」
慰めるように、マリーシアが3の肩に手を置く。
「まあ、これであいつも夢から覚めただろ」
一方、2の反応はあくまでクールだ。彼としては、レミエルが3の話を否定せずに受け入れただけでも御の字だと思っている。彼の世界には、彼女以上の強者がごまんといるのだ。
「フォース君、前世の話って、ホントのことなの?」
「はい。信じられないかもしれませんけど」
マリーシアに尋ねられ、3は苦笑しつつ頷く。ひとは転生する、というのは天使や悪魔にとって常識だが、当の人間である彼女にとっては半信半疑だろう。
「そっかぁ……元気出してね、フォース君」
「ありがとう、マリーさん。……まさか、私が仕事で忙しい間に、こんなことになっているなんてね……」
3は、本日何度目かの脱力感に襲われた。ぐったりと動かなくなった彼に、その場の誰もが同情する。
「前世のレミエルは、お前にとって、大事な存在だったんだな……」
自分の親友のことを思い出して、2は神妙な面持ちになる。ありえないことだが、もしもベルゼブブが先に死んだりしたら、自分は彼を忘れることはできないだろう。
2の独り言のような呟きを聞いて、3がふいに顔を上げた。
「ああ。本当に個性的だったよ、彼は」
「は?」
乾いた笑顔で、3は2に同意する。その目が死んでいるような気がして、2は思わず聞き返した。ゆらりと立ち上がり、3が芝居がかった仕草で手を広げる。
「彼はよく言っていたものさ。
女の旬は十代半ばまで。
二十代以降はババア。
女性として発達するまでの、未成熟な身体が最も美しいとね」
「むっ……何だか、失礼なひとね~」
マリーシアが、頬を膨らませる。年齢で区別されれば、誰だって反論したくなるというものだ。特に、女性ならばなおさら。
「ごめんね。でも、そういうやつだったんだ。そして、こうも言っていた。
生まれ変わったら、理想の美少女になって、自分自身を愛でまくりたい、と」
3が、自身の胸に手を当てる。その場にいる全員が、一斉に沈黙した。
「……つまり、ロリコンだったってわけか」
しばしの静寂の後、1が結論を言う。彼の顔は、引きつっていた。
「で、そのロリコン男の理想形が、今の、あいつ……」
背筋がぞわぞわするのを感じつつ、2がドン引きする。
「ね?私が、彼女を恋愛対象として見ることができないの、わかるだろう?」
哀れっぽく、3が他の面子に尋ねる。
「……そりゃ、なあ……」
1が視線を逸らし、
「……きっついな」
2はゆっくりと首を振り、
「レミちゃん……かわいそうに……」
悲しげに、マリーシアが目を伏せる。悪いのは前世のレミエルであって、今の彼女ではない。しかし、彼女の前世を知る者が今の彼女を見たら、3と同じ気持ちを抱いてしまうのは仕方がないことだった。
「それで、お前、あいつをどうするんだ?元の世界に連れて帰るのか?」
「そうだなあ……」
2に問われて、3は思案する。
「彼女は天使だから、天界での仕事に復帰するべきなんだろうけど……」
「確か、あいつはお前の弟に捨てられたって聞いたぞ?」
「そうなんだよね。あいつが最高責任者の職場に返すのは、さすがに気が引ける」
3ミカの言葉を思い出し、3は憂鬱になる。いくら3が頼んでも、天界でのレミエルの扱いは好転しないだろう。むしろ、3ミカが嫉妬をこじらせる可能性が高い。それは、あまりに危険だった。
「やっぱり、私が引き取るしかないか……」
深々と、ため息をつく3。マリーシアは、何か考えがあるようで、黙って彼らを見守っていた。
「よお」
「おー、来たか」
ちょうど、彼らも来たところだったらしい。二人とも相変わらず、元気そうだ。
「……久しぶり」
友人との再会は、やはりうれしい。顔をほころばせ、3も挨拶を返す。
そのまま、三人は広間へと移動した。1が、テーブルに置かれたままのメモを捨てる。こうしてメンツが揃った以上、口で説明する方が早いからだ。
「お前がいない間、大変だったんだぜ?」
「そうそう。色々あったよな」
1と2が、いかにも迷惑をかけられたというリアクションをとる。3には、心当たりが一つだけあった。
「それって、レミエルのことだよね?」
3の問いを、二人は無言で肯定する。3ミカの言葉は、正しかったようだ。
「お前って、案外薄情なのな。自分のカノジョが数日間行方不明だったってのに、気づくの遅すぎだろ」
ソファーにかけながら、2が咎めるような視線を3へ向けた。いきなり責められて、3は狼狽える。
「へ?ちょっと、それどういうこと?」
「いや、意外だったぜ、お前、あーゆーのが好みだったんだな」
困惑する3の肩に、1がにやにやしながら腕を乗せる。
冷やかすような言い方をされて、3はついていけずに首をかしげた。
「一歩間違えると犯罪だぞ?気をつけろよ」
2が、そんな彼にジト目でくぎを刺す。自分のあずかり知らぬところで何かよくない事態が進行している気がして、3は正体不明の焦燥感に駆られた。
「え?え!?レミエルが、私の、彼女ってこと!?って……『彼女』!?」
「何で焦ってんだよ。本人がそう言ってたぞ?」
不思議そうに、2が問い返してくる。彼らが大きな勘違いをしていることを確信し、3はあわてて訂正した。
「違うよ!!恋人どころか、私はレミエルに会ったことすら……」
彼の弁解を遮り、ドアがノックされる。入ってきたのは、マリーシアだった。
「あ~!フォース君、やっと来てくれた~!」
顔を輝かせ、飛びつかんばかりの勢いでマリーシアが3に接近してくる。彼女もまた、自分の知らない何かを把握しているのだと察し、3はソファーから立ちあがった。
「マリーさん!私がいない間に一体何があったんです!?ていうか恋人ってナニ!?」
動揺し、声を裏返らせながら、3はマリーシアに詰め寄る。マリーシアは、気の毒そうに彼を見てから、あることに気づいてすぐに視線を逸らした。
「……あ~……シーザー君とカイン君に説明するの、忘れてた~」
「何だ?」
「どういうことだよ」
額に汗しつつ、小声で呟く。目をしばたかせて、1と2がマリーシアに尋ねるが、それに答えずに彼女は3の背中を叩いた。
「フォース君、大丈夫よ。私、ちゃんとわかってるから~」
「マリーさん……?」
力いっぱい同情されて、3は情けない顔でマリーシアを見つめる。彼を元気づけるように微笑んで、マリーシアは一度彼を座らせた。その隣に腰掛け、真顔になる。全てを話すには、今が好機だった。
「シーザー君とカイン君も、落ち着いて聞いてね。レミちゃんは、フォース君のことを恋人だって思い込んでいるだけなの」
「はあ!?何だそれ!?」
驚愕の声を上げ、1が身を乗り出す。落ち着けと言うように、2が片手で彼を制した。不満げに、それでも1はおとなしく座り直す。2に感謝しつつ、マリーシアは続けた。
「レミちゃんはね、毎日、フォース君とお話をする夢を見るんだって。それで、運命の相手なんだって、信じてしまっているのよ」
「それだけでかよ……。理解できねえな」
マリーシアの話を聞いて、1が顔を引きつらせる。
「そういうやつがいるのは知ってるぜ。精神的にかなりヤバいタイプだ」
1とは違い、2は冷静に分析する。彼の世界にも、そういった思い込みで突き進む者はたくさんいる。運よく意中の君と添い遂げる者、破滅を招く者……どちらにせよ、彼らは周囲に多大な迷惑を撒き散らす。2や、彼の部下の悪魔たちも、そのテの騒動に巻き込まれたのは一度や二度ではなかった。
「レミちゃんは、そんなに危ない子じゃないわ。ちょっと、若い子にありがちな、夢見る乙女なタイプなだけよ~」
悲しそうに、マリーシアが首を振る。1や2が警戒する気持ちもわかるが、彼女としてはレミエルを嫌ってほしくなかった。
「夢で、私と話を……」
当の3は、レミエルに嫌悪感を抱いた風もなく、じっと考え込んでいる。それだけでも救われた気がして、マリーシアは彼を正面から見据えた。
「フォース君、お願いがあるんだけど」
声をかけられ、3は顔を上げる。いつになく真剣なマリーシアが、そこにあった。
「レミちゃんのこと、責めないであげてほしいの。彼女、思い込みが激しいだけで、根は素直ないい子なのよ。だから……」
「……わかっているよ。マリーさん、彼女の面倒を見てくれてありがとうございました」
マリーシアに笑いかけて、3は彼女に礼を言う。それを聞いて、マリーシアは胸をなで下ろした。普段の快活さが、彼女に戻ってくる。
「いえいえ。私、レミちゃんを呼んでくるね~」
肩の荷が下りたように、マリーシアは軽やかに退室していく。それを見送って、3はソファーに背を預けた。
「……まさか、こんなことになっているなんて……しかも、レミエル、女になってたんだ……」
脱力したように、天井を仰ぎ見る。同時に、今までの仕事の疲れが全身にのしかかってきたような気がした。体は浄化で癒せるが、精神的な疲れはどうにもならない。
「どういうことだ?元は男だったのか?」
「げっ……あの年で、オカマ!?」
2が顔をしかめ、1が身震いする。3は、静かに否定した。
「いや、そうじゃなくてね。レミエルは、私が天使長だった時、私の参謀的な役割をしていたんだ」
「あー……」
憂いを帯びた表情で、3が話し始める。何か思い当たる節があるのか、1がげんなりしたように呻いた。
「それで?」
「で、神のやり方に異を唱えたとき、他の者たちと一緒に捕縛されて、改造されたんだ」
つらい過去を思い出し、3が顔を歪める。3が神に反旗を翻し、記憶を曖昧にされて人間界に放り出されたことは彼らも知っている。そして、天界は3の同志である悪魔たちを改造し、刺客として3に差し向けたのだ。
「君たちは、アスタロトを覚えてる?」
「ああ。俺様が助けてやった小僧な」
3の問いに即答したのは、1だった。この世界で、1と2は改造された状態のアスタロトと戦ったことがある。その時の彼は、人形のような奇妙な姿をしており、完全に正気を失っていた。
「あれと、同じ姿にされて……私は、追手となった彼の襲撃を受けて、彼を……浄化してしまった」
「殺しちまったってことか」
1が、簡潔に問う。自嘲気味に、3は頷いた。
「同じようなものだね。彼は、記憶を全て失い、無垢な状態で転生した。それが、君たちが知っているレミエルだよ」
3が、拳を握りしめる。後で知ったことだが、レミエルは彼が最初に浄化した刺客だったらしい。天界は、ご丁寧にも3に近しい者から順に、悪魔たちを改造していった。そして、3は知らず知らずのうちに、そんな彼らを手にかけた。何とも3ミカらしい、残酷かつ有効な手口である。
その結果、3の周囲には真に親しい者たちは誰もいなくなった。
「それじゃ、あのガキが見ている夢ってのは……」
「レミエルの、前世の記憶だろうね」
2の問いかけに、かすれた声で3は返す。心配そうに覗きこんでくる彼に、3は気丈に微笑んだ。
「なるほど、何となくわかったぜ」
ようやく頭の中で様々なことが繋がって、1は納得したように頷く。
「それで、お前どうするんだ?あいつとつき合うのか?」
「ええ!?たぶん無理だよ!だって……」
唐突に尋ねられ、3は激しく首を振った。彼が何事かを言いかけたとき、ドアが開いて、レミエルが飛び込んできた。
「るっぴぃ~!!」
そしてそのまま、満面の笑顔で突進してくる。
「……は?るっぴぃって……うわあ!?」
抱きつかれて、3は悲鳴を上げた。相手の困惑に気づかず、レミエルはしきりに彼の胸に頬ずりする。
「るっぴぃ、るっぴぃ!会いたかったですぅ!レミ、レミ……とっても、寂しかったぁ!」
「……これが、レミエル……」
呆然と、3が小柄な少女を見下ろす。そんな彼に、2がそっと耳打ちした。
「ちなみに、ルシファーだからるっぴぃな」
「……頭が痛い……」
脱力して、3はがっくりとうなだれる。予想以上のレミエルのはじけっぷりに、どうしたらいいものかと思案する3だったが、マリーシアとクレイオが心配そうに見ているのに気づいて笑顔を作った。
「や……やあ、レミエル、久しぶりだね」
わざとらしいほどの爽やかさとともに、さりげなくレミエルを胸から引きはがす。改めて見ると、彼女は文句の付けどころがないほどの美少女だったが、3はとても微妙な心境になった。
「るっぴぃ、るっぴぃ!これからは、ずーっと一緒にいてくださいね!」
喜びのあまり、レミエルが飛び跳ねる。罪悪感を感じつつも、3は彼女の提案を拒んだ。
「いや、その……悪いけど、それは無理だよ」
「え……?どうして?」
きょとんとして、レミエルが質問してくる。大きな瞳にじっと見つめられて、たまらず3は視線を逸らした。
「……仕事、忙しいし」
「正直だな」
言い訳をするように、小声で返す。2に光の速さでつっこまれ、3はあわてて取り繕った。
「あ、ごめん。つい本音が……」
「るっぴぃは、この世界でレミと、一緒に暮らすんですよね?」
レミエルが、おそるおそる聞いてくる。その顔は、すでに泣き出しそうだ。だが、流されまいと3は踏みとどまる。
「それはできないよ。私は、自分の世界が大事だから」
「レミより、仕事の方が、大事……?」
レミエルが、目に涙を浮かべる。言外に責められて、自分が最低の男であるような気分まで落ち込んだ3は、彼女に真実を話そうと決意した。
「……あのね、レミエル」
「……はい」
「マリーさんから聞いたんだけど、君は、毎晩私と話す夢を見るんだってね」
「はいですぅ!だから、るっぴぃはレミの運命の相手だって……」
勢い込んで、レミエルは恋のときめきを語ろうとする。3は、それをやんわりと遮った。
「その夢はね、君の前世の記憶なんだ」
「え……?前世、って……」
レミエルが、まばたきをする。彼女にもわかるように言葉を選びながら、3は話し始めた。
「君は、前世で私の親友だったんだ。彼は、とても頭が良くてね。私も、色々相談に乗ってもらっていた」
「彼……?レミは、前世では男の子だったんですかぁ?」
驚いて、レミエルが口元に手を当てる。
「そうだよ。彼とともに、世界の行く末について、よく協議したものだ」
「前世からの関係~?ロマンチック~☆」
外野のマリーシアが、目を輝かせる。前世で同性だったということは、彼女にとってはどうでもいいらしい。
「マリー、フォースの話を聞こう」
クレイオに注意され、マリーシアは口を噤んだ。外野が静かになるのを待って、3は口を開く。
「だが、彼は死んでしまった……私の、責任だ」
「るっぴぃ……」
悲しそうに、3は下を向いた。彼の感情が伝わったのか、レミエルが3を気遣う。
「レミエル。すまないが、私は、君と恋人になることはできない。彼の存在が、私の中では大きすぎて……君を見ていると、彼のことを思い出してしまうんだ」
再び顔を上げて、3はきっぱりと告げた。レミエルの相貌が、さっと青ざめる。
「そんな!レミ、全然気にしてないですよ!?」
「君が忘れていても、私は彼への罪悪感を消し去ることはできない。頼む、わかってくれ」
3は、レミエルから目を背けた。言葉は優しいが、はっきりした拒絶を感じ、レミエルはよろめきながらも立ち上がる。
「そんな……!そんなのって……!」
ショックを受けながらレミエルはドアの方へ近づき、次の瞬間、外へ向かって走り出した。
「レミちゃん!」
マリーシアが呼びとめるが、レミエルは振り向かない。
「俺、追いかけるよ!」
クレイオが、彼女の後を追う。3は、深々とため息をついた。
「……ごめん、うまく言えなかった」
「ううん。フォース君、無茶言ってごめんね」
慰めるように、マリーシアが3の肩に手を置く。
「まあ、これであいつも夢から覚めただろ」
一方、2の反応はあくまでクールだ。彼としては、レミエルが3の話を否定せずに受け入れただけでも御の字だと思っている。彼の世界には、彼女以上の強者がごまんといるのだ。
「フォース君、前世の話って、ホントのことなの?」
「はい。信じられないかもしれませんけど」
マリーシアに尋ねられ、3は苦笑しつつ頷く。ひとは転生する、というのは天使や悪魔にとって常識だが、当の人間である彼女にとっては半信半疑だろう。
「そっかぁ……元気出してね、フォース君」
「ありがとう、マリーさん。……まさか、私が仕事で忙しい間に、こんなことになっているなんてね……」
3は、本日何度目かの脱力感に襲われた。ぐったりと動かなくなった彼に、その場の誰もが同情する。
「前世のレミエルは、お前にとって、大事な存在だったんだな……」
自分の親友のことを思い出して、2は神妙な面持ちになる。ありえないことだが、もしもベルゼブブが先に死んだりしたら、自分は彼を忘れることはできないだろう。
2の独り言のような呟きを聞いて、3がふいに顔を上げた。
「ああ。本当に個性的だったよ、彼は」
「は?」
乾いた笑顔で、3は2に同意する。その目が死んでいるような気がして、2は思わず聞き返した。ゆらりと立ち上がり、3が芝居がかった仕草で手を広げる。
「彼はよく言っていたものさ。
女の旬は十代半ばまで。
二十代以降はババア。
女性として発達するまでの、未成熟な身体が最も美しいとね」
「むっ……何だか、失礼なひとね~」
マリーシアが、頬を膨らませる。年齢で区別されれば、誰だって反論したくなるというものだ。特に、女性ならばなおさら。
「ごめんね。でも、そういうやつだったんだ。そして、こうも言っていた。
生まれ変わったら、理想の美少女になって、自分自身を愛でまくりたい、と」
3が、自身の胸に手を当てる。その場にいる全員が、一斉に沈黙した。
「……つまり、ロリコンだったってわけか」
しばしの静寂の後、1が結論を言う。彼の顔は、引きつっていた。
「で、そのロリコン男の理想形が、今の、あいつ……」
背筋がぞわぞわするのを感じつつ、2がドン引きする。
「ね?私が、彼女を恋愛対象として見ることができないの、わかるだろう?」
哀れっぽく、3が他の面子に尋ねる。
「……そりゃ、なあ……」
1が視線を逸らし、
「……きっついな」
2はゆっくりと首を振り、
「レミちゃん……かわいそうに……」
悲しげに、マリーシアが目を伏せる。悪いのは前世のレミエルであって、今の彼女ではない。しかし、彼女の前世を知る者が今の彼女を見たら、3と同じ気持ちを抱いてしまうのは仕方がないことだった。
「それで、お前、あいつをどうするんだ?元の世界に連れて帰るのか?」
「そうだなあ……」
2に問われて、3は思案する。
「彼女は天使だから、天界での仕事に復帰するべきなんだろうけど……」
「確か、あいつはお前の弟に捨てられたって聞いたぞ?」
「そうなんだよね。あいつが最高責任者の職場に返すのは、さすがに気が引ける」
3ミカの言葉を思い出し、3は憂鬱になる。いくら3が頼んでも、天界でのレミエルの扱いは好転しないだろう。むしろ、3ミカが嫉妬をこじらせる可能性が高い。それは、あまりに危険だった。
「やっぱり、私が引き取るしかないか……」
深々と、ため息をつく3。マリーシアは、何か考えがあるようで、黙って彼らを見守っていた。
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