L-Triangle!8-1
- 2014/11/20
- 20:11
勇者同盟・育勇会……それは、魔王を倒すため異世界に召喚された勇者たちのコミュニティである。彼らは、連絡をとりあいつつ、各地で人々を脅かす者たちを駆除し、世界の平和を守っている。そして、今日も、勇者たちによる報告会が行われていた。
「さて、まずはキリヤに報告をお願いしようか」
育勇会のリーダー・ロードが、話を切り出す。遠く離れていても、通話の石という魔法のアイテムで、勇者たちはどこにいても意思疎通をすることが可能なのだ。モニターに顔が映し出されるため、各々の表情も見ることができる。
「件の危険な魔王は退治された。もう、心配はない」
指名された勇者の少年・キリヤが簡潔に告げる。先日、彼はある魔王の情報を育勇会から得て、討伐に向かったのだ。そして、見事に生還した。
「お~!さっすが、キリヤ!最強の男!」
「すごいね、キリヤ。教会の情報だと、今までにないくらい強大な力を持った魔王だって話だったから、心配していたんだよ」
勇者のうちの一人が、大げさに褒める。ロードもまた、キリヤの功績を称えた。
「……すまないが、やつを倒したのは俺じゃない」
皆からの称賛の中、キリヤは静かに首を振った。他の勇者たちが、いっせいにどよめく。
「君以外の誰かが、魔王を倒したというのか!?一体、誰なんだ!」
あわてた様子で、ロードがキリヤを問い詰める。ばつが悪そうに、キリヤは視線を逸らした。
「それは、言えない」
「どうして?それほどの力の持ち主なら、育勇会にスカウトしたいじゃないか」
「そいつが、それを望んでいないからだ」
キリヤの答えに納得がいかず、ロードは不満そうに食い下がる。対するキリヤの返答に、迷いはなかった。
「あらあら~、恥ずかしがり屋さんなのね~?」
「相手が嫌がってるって言うなら、仕方がないわね。あきらめましょ」
睨みあう二人の間に、他の勇者たちが割って入る。一人は、アイドル勇者として名を馳せているマリーシア。もう一人は、正義感が強い女勇者・エストだ。
「マリー、エスト!君たちまで、何を言ってるんだ!?」
反対者が増えたことに驚き、ロードは狼狽える。彼としては、間違ったことは言っていないはずだ。それなのに、仲間たちはことごとく、彼を止めようとする。こんなことは、育勇会を結成して以来、初めてだった。
「まあ、めんどくせえって言うなら、しょうがねえよな~。気持ちはわかるぜ~」
先ほどまで、キリヤをからかいまじりに讃えていた勇者が、マリーシアたちに同意する。いつも眠そうな目をしたのんきな彼……ホリンをにらみつつ、ロードは渋い顔をする。
「ホリンのめんどくさがりはいつものこととして……君たち、おかしいよ。何か、僕に隠し事をしているんじゃないのか?」
ロードの推測に、キリヤと女勇者二人は一瞬沈黙し、
「俺は、これ以上話す気はない。報告の義務は果たした。通信終了する」
「キリヤ!ちょっとまっ」
すげなく言い放って、キリヤは受信を切った。ロードの制止も彼には届かず、キリヤの顔が映されていたモニターが消滅する。
「あ~、ちょっと急用ができちゃった~。私も通信、切るね~」
ついで、マリーシアもまた、一方的に場を去った。
「マリーまで……」
なすすべもないままロードは彼女を見送り、何とか気を取り直すと残っていたメンバーに目を遣った。
「……エスト」
「何よ?私も、そろそろ旅に戻ろうと思うんだけど」
名を呼ばれ、ぎくりとした表情を見せる、エスト。逃すものかと、ロードは彼女を引き留める。
「君たち、最近変だよ。何だか、隠し事をしているみたいでさ」
「別に……こうして旅をしていれば、色々あるじゃないの」
ロードの追及に、エストは歯切れの悪い言い訳をする。キリヤ・マリーシア・エストの共通点をすぐさま見出し、ロードはもう少し突っ込んでみることにした。
「……君たちが変わったのは、例の街に行ってからだ」
「…………」
ロードの鋭い指摘に、エストは沈黙を貫く。例の街とは、辺境の小さな街・ナンナルのことだ。新たな勇者が現れたと聞いて、エストたちはこの街に立ち寄った。そこで、彼らは何者かに出会ったらしいが、それに関する報告はなかった。
困り切って、ロードは嘆息する。
「どうして、君たちは例の街のことになると口を閉ざすんだ。そんなに、恐ろしいものがいたのかい?」
「そんなものはいないわよ。平和な田舎街ってだけ」
「そうか。なら、僕が行ってみても問題ないな」
エストの言葉を受けて、ロードは確認をとる。女勇者はぎょっとしたように目を瞬かせたものの、すぐに探るような視線を向けてきた。
「本気で行く気?何もないわよ?」
「幸い、エルファラ教会に提出した神鳥の使用許可、まだ取り下げていないんだ。ひとっとび行ってくるよ」
エストににらまれながらも、ロードは平然と返す。止めても無駄だとわかり、エストはため息をついた。
「……ロード」
「何だい?」
「彼らは、平穏を望んでいるわ。無理に引っ掻き回したら、酷い反撃を受けるわよ」
意味ありげなセリフを、投げかけてくる。それは、やめるなら今のうちだという、最後通告のようにも見受けられた。
「ご忠告、ありがとう。肝に銘じておく」
涼しげな表情で言い返し、ロードは通信を切った。それと同時に、エストも通話を終了する。残ったのは、のんきな勇者ホリンと、今まで一言も発言していない銀髪の少女だけだ。
「何か、穏やかじゃないな~。俺には関係ないけど」
「…………」
ホリンが、わけがわからず頭を掻く。会話を振られても、銀髪の少女は眉ひと動かさず沈黙を守った。
「お前……相変わらず、無口だよな」
少女に向かってホリンは肩をすくめ、勇者たちの会合は、これにて終了した。
報告会が終わっても、ロードは通話の石をしまわなかった。石についているボタンを操作し、他の誰かと連絡をとる。しばしの後、モニターがひとつ、表示された。
「報告します。あの魔王を倒したのは、キリヤではありませんでした」
「……それでは、何者かの介入があったということですか」
モニターの中の、神官服を着た壮年の男が、静かに問いかける。穏やかでありながら、威厳のあるその声に、委縮することなくロードは頷いた。
「……はい。でも、返って安心しましたよ。僕より強くなられては、計画に支障が出ますからね」
「のんきなことを言っていては困りますよ、ロード。その介入者の身元を、調査する必要がありそうですね」
楽観的な見解を述べるロードを、男が咎める。そんなことは、ロードもわかっていた。軽口はこのくらいにして、男に要件を伝えることにする。
「これから、教会本部に帰還します。神鳥と、例の街についての報告書の用意をお願いします」
そう告げて、ロードは通信を切った。これで、本部に戻った時に、教会は彼が求めたものを揃えておいてくれるだろう。
そして、ふと思い立ち、彼の通話の石にのみついている、ある機能をオンにする。それは盗聴機能で、他の勇者たちが彼抜きで通信を行った場合でも、その会話を聞くことができるというものだ。
「これでよし、と……」
通話の石のライトが点滅しているのを、きちんと確認する。キリヤ・エスト・マリーシアがもし通話を行った場合、これで彼らから情報を得ることができる。無駄な時間を使うつもりはない。対象の情報を徹底的に調べ、どう動くか判断するのだ。
「辺境の街・ナンナルに住む勇者……か。僕の正義に利用できるかどうか、見極めさせてもらうよ」
教会本部へ向かう準備を整えつつ、ロードは不敵に笑った。
辺境の田舎街・ナンナル。ルシファーその3……略して3は、荷物を抱えて大通りを歩いていた。教会からの日雇いの仕事で、宅配を請け負ったのだ。八百屋の野菜を飲食店に運んだり、弁当を工事現場に差し入れしたりと、かなりハードな力仕事だが、3は嬉々として作業を行っていた。こことは別の世界からやってきた悪魔である彼は、この程度のことでは息切れひとつしない。
「配達っていうのも、結構楽しいものだな。色々なところへ行けるし」
天気は、今日も晴天。自然と顔が綻ぶ。道行く人々が、3をちらちらと見ている。清らかな美しさを持つ彼は、ただ歩いているだけでも絵になるのだ。
そうして荷物を運んでいるうちに、3は誰かにぶつかった。荷物が落ちないようにと持ち直す彼に、相手があわてて謝ってくる。
「す、すみません!お怪我はありませんか!?」
「いや、こちらこそ、ぼーっとしていて……あれ?」
相手の声に聞き覚えがあることに気づき、3は改めて彼の顔を見た。くせのある金髪に、誠実さがにじみ出た、整った顔立ち。3は、彼のことをよく知っていた。友人であるルシファーその2……略して2の弟だ。名は、3の弟と同じミカエル。
「あ……フォースさん!お久しぶりです!」
2の弟・ミカエル……略して2ミカが、顔を輝かせる。フォースというのは、3のこの世界での呼び名である。
「ミカ君!今日は、仕事は休みなの?」
「はい。フォースさん、それ、重そうですね」
3の問いに答え、2ミカは3の手の中にある荷物を覗きこむ。3が今持っているのは、大量の書物である。これを教会に届けて、仕事は終了だ。
「今、宅配の仕事をしているんだ。これは、お届け物だよ」
「よろしければ、半分お持ちします!」
「本当かい?じゃあ、お願い」
2ミカの好意に甘えて、3は彼に書物を分けて、並んで歩き出した。ほどなくして教会に着き、仕事から解放される。特にすることもない二人は、そのまま礼拝堂へ向かった。礼拝堂には人がほとんどおらず、座るところがあるので話がしやすいのだ。
「休みの日も人々のために活動するなんて……フォースさん、無茶をしてはダメですよ?」
長椅子に腰掛けつつ、2ミカが3にお説教をする。その大人ぶって背伸びをした態度を、3は愛らしいと感じた。
「いや、私が好きでやってることだから……それに、気分転換にもなるし」
「主は天地を六日間で創り、七日目は休まれました。神でさえこうなのですから、休息はしっかりとっていただかないと」
もっともらしく、2ミカは彼の世界の創世神話を語る。彼が住む天界では、神に倣い、休日をきちんととることを義務づけられていた。
「そうなのかい?でも、何もしないというのも味気ないじゃないか」
「それはまあ、そうですけど……」
穏やかに反論されて、2ミカは言葉に詰まる。いたずらっぽく微笑んで、3は声を落とした。
「それに、恥ずかしいけど、ちょっと下心があるんだ。このナンナルの人々にもっと受け入れてもらえたら、何かが起こった時に、助けてもらえるかな、なんて」
照れたように、3は告白する。3も、彼の友人二人も、人間ではない。彼らはそれぞれ、こことは別の世界で地獄の王という地位についており、強大な力を持っている。だが、この異世界では、彼ら三人は大悪魔として崇められることを望まず、一般人に紛れてこっそり生活しているのだ。
もし、うっかり正体がばれたとしても、街の人たちと仲良くなっていれば、見逃してもらえるかもしれない。それが、3の狙いだった。
「いえ、全然恥ずかしいことじゃないですよ。情けは人のためならずです!」
「何だい、それは?」
「いいことをするとまわりまわって返ってくるので、結局は自分の利益になるという意味です。コトワザとかいうものらしいですよ」
得意げに、2ミカが解説する。彼は西洋の天使なのだが、最近は上司・メシアの影響で東洋の文化にも興味を持ち、色々と勉強しているのだ。
「そうなんだ。素敵な言葉だね」
知識を披露できてうれしそうな2ミカを褒めるように、3が笑いかける。教会のステンドグラスから柔らかな陽光が差し込み、二人の美しい青年を包みこんだ。寂しげな礼拝堂の一角が、天界のような荘厳さを帯びる。
「さっき、何かが起こった時に……って仰ってましたけど、もしかして兄さん、何かやらかしました?」
3との久しぶりの邂逅を楽しんでいた2ミカは、ふとあることに気づいて、顔を曇らせた。彼の兄は、彼の世界でも有名な問題児……というか、悪そのものだ。ひとたび騒動を起せば、尋常ではない被害を及ぼす。そんな兄を止めるのが、天使長である2ミカの使命だった。
気遣わしげな2ミカを安心させるように、3は首を振る。
「いや、あれ以来、カインは特に何もしていないよ。このへんの魔物と友だちになったくらいで」
「兄さん、誰とでもすぐ仲良くなるからなあ……」
3の報告を聞き、2ミカは苦笑する。カインというのは、2のこの世界での呼び名だ。
2は、悪魔の王として恐れられている反面、多くの者たちに慕われている。その面倒見の良さは、世界が違っても健在だ。
いい機会なので、3は2ミカに色々聞いてみることにした。
「ねえ、ミカ君」
「はい?」
「カインの仕事についてなんだけど……彼にとって、魂ってそんなに大事なものなの?」
3の問いに、2ミカが息を呑む。2が、人々を誘惑して魂を地獄へ突き落すことを生業としていることは、3も知っていた。実際、彼が人を地獄へ落とそうとしているところを見たこともある。少しの躊躇の末、2ミカは言葉を選びつつ話し始めた。
「魂、というか……祈りですかね」
「祈り……?」
「我々天使にとっても、兄さんたち悪魔にとっても、すごく大切な力の源です。強い祈りを受ければ受けるほど、私たちは強くなれる」
2ミカが、礼拝堂の奥へと視線を向ける。この世界には神がいないため、人々の祈りは何の力も持たないが、彼の世界では違う。
「天使は神に仕えていますので、人々の祈りを恒常的に得ることができますが、悪魔はそうではない。だから、悪魔は人々を誘惑して、願いを叶える代わりに彼らの命がけの祈りを得ようとするのです。ひとりの命がけの祈りは、普通の祈りよりも遥かに強いので、ひとり誘惑しただけで、桁違いの力を得ることができます」
「命がけの祈り、か……」
3は、2がこの世界のとある人物と契約を結んだ時のことを思い出した。禍々しいオーラを纏った彼は、今の自分には不可能はないと豪語していたし、それを裏付けるほどの底知れぬ力に満ちていた。
「悪魔の誘惑に屈した魂は地獄に堕ち、そこで悪魔たちに祈りを捧げることを強要されると聞きます。それは、とても恐ろしいことです」
2ミカが、身を震わせる。彼は、何度かお忍びで地獄を訪れたことがあり、罪を犯した魂が悪魔に虐げられる様を目の当たりにしている。それは、天使長の彼ですら怖気づくような、おぞましい光景だった。
「カインは、そこまでして力を手に入れて、何をするのだろうね?」
青ざめる2ミカを心配しながらも、3は問いを重ねる。2ミカは、弱々しく首を振った。
「それはわかりません。ですが、地獄で苦しむ人々をこれ以上増やさないために、私たち天使は戦い続けているのです」
自分に喝を入れるように、2ミカは告げる。3は、彼の肩にそっと手を置いた。我に返り、2ミカが見つめ返してくる。その瞳には、はっきりと迷いが浮き出ていた。
「ミカ君は、カインにそれをやめてほしいと思ってる?」
「できることなら。でも、それは無理だということもわかっています」
「それはどうして?」
幼い子どもに接するように優しく、3は尋ねる。彼のまっすぐな視線に耐え切れず、2ミカは俯いた。
「悪魔の王ルシファーの存在が、私たちの世界にとって必要だからです。彼の存在は、人々の戒めになり、その一方で、神に見離された者たちの心の支えとなっている。
だから、誰も兄さんを止められない。兄さんを咎めることができるのは、彼の代わりに重い十字架を背負うことができる者だけです。私には……その覚悟は、ない」
「ミカ君……」
拳をきつく握りしめる2ミカに、3はかける言葉を失った。2の世界は他の世界に比べると平和だが、2や悪魔たちといった、闇の部分を請け負う者たちの犠牲の上で成り立っているのだ。
懺悔をするようにぽつりぽつりと、2ミカは言葉を吐き出していく。
「私にできるのは、兄さんと悪魔たちがこれ以上誰かを苦しめないよう、止めることだけです。それを天使たちも、人々も正義と呼ぶ。神の側にいるという有利な状況から、特権を振りかざしているに過ぎないというのに……」
「ミカ君、そんなに自分を責めないで。君は、君の役目を果たしているだけだよ」
気の利いた慰めの言葉が浮かばないながらも、3は2ミカに接する。泣きそうな顔で、2ミカは3に懇願した。
「フォースさん……兄さんがもし誰かを悲しませるようなことをしたら、止めてください。でも、兄さんを否定しないでください。どうか……お願いします」
「わかっているよ、ミカ君。君がカインを大切に思っていることも、ちゃんとわかっているから……」
力強く請け合って、3は2ミカのくせのある金髪をなでる。その、恋人を慈しむような手つきに、2ミカは頬を赤らめた。誰もいなくなった礼拝堂で、見つめ合う麗しい青年たち。そんな彼らの元へ、靴音が近づいてきた。
「おや、君たち、教会に何か御用かな」
「え?」
声をかけられ、2ミカは3から距離をとる。黒髪をなでつけた、体格のいい中年が、人好きのする笑顔を向けてきた。
「貴方は……?」
「ああ、いきなりすまないね。私はマトフィイ。この教会の神官長だよ」
目を瞬かせる3に、中年の男は名乗る。神官長ということは、このナンナルの教会の最高責任者だ。事あるごとに教会に通っていたというのに、3は彼に初めて会った。
「あ、あなたが……」
「初めまして、フォース君。君のことは、ニコライ神官から聞いているよ。いやあ、噂に違わぬハンサムガイだねえ」
「い、いえ、そんな……」
快活な笑い声と共に、マトフィイが3の容姿を褒める。ニコライというのは、たびたび3の相談相手をしてくれている、初老の神官のことだろう。3は、うまくリアクションが返せず恐縮した。
マトフィイの視線が、呆気にとられている2ミカの方へ移る。
「そして、君はミカエル君……だったかな?」
「私のこともご存じなのですか!?」
驚いて、2ミカが目を見開く。3と違い、2ミカは数えるほどしかこの世界を訪れていない。そんな自分のことを神官長が知っているとは、意外だった。
「もちろん!私は、教会だけでなくこの街の代表も兼ねているからね。ナンナルで起きた出来事は、あらかた把握しているよ。どこに街おこしのネタが転がっているか、わからないからね!」
「街おこし、ですか?」
戸惑いつつ、3がマトフィイの言葉を繰り返す。彼が話に乗ってくれたことに気を良くし、マトフィイは大きく頷いた。
「そう。このナンナルを豊かにするには、知名度をアップさせるのが一番だよ!心惹かれる名物や伝承があれば、人は興味を持つだろう?」
「確かに……」
「そこで、だ!人々が今も昔も関心があるものといえば、やはり勇者関連の伝説だよ!幸い、この街の勇者様は、多くの武勇伝を我々に残してくださっている!お姿を拝見できないのは、実に残念だがね」
「……そ、そうですね……」
マトフィイの勢いに押され、3は同意する。この神官長が話題にしている勇者の正体を、彼は知っている。先ほど話題の中心となっていた、2のことだ。だが、それを公表するわけにはいかない。大騒ぎになるからだ。
「君たちも、何か困ったことがあったら、いつでも私に相談してね!」
二人の困惑をよそに、マトフィイは踵を返した。そして、手を振って去って行く。神官長は多忙のため、一か所に長くは留まっていられないらしい。
「何だか、とっても元気な方でしたね」
目をぱちくりさせながら、2ミカが呟く。マトフィイのおかげで、重々しい雰囲気はきれいに霧散していた。
「あれが、この街の神官長か……あんなにインパクトがあるひとだとは思わなかったなあ……」
その隣で、3が感心したように息を吐く。馴染みの街であるナンナルだが、まだまだ知らないことがたくさんあるようだ。人間の街は、かくも奥深い。
「さて、まずはキリヤに報告をお願いしようか」
育勇会のリーダー・ロードが、話を切り出す。遠く離れていても、通話の石という魔法のアイテムで、勇者たちはどこにいても意思疎通をすることが可能なのだ。モニターに顔が映し出されるため、各々の表情も見ることができる。
「件の危険な魔王は退治された。もう、心配はない」
指名された勇者の少年・キリヤが簡潔に告げる。先日、彼はある魔王の情報を育勇会から得て、討伐に向かったのだ。そして、見事に生還した。
「お~!さっすが、キリヤ!最強の男!」
「すごいね、キリヤ。教会の情報だと、今までにないくらい強大な力を持った魔王だって話だったから、心配していたんだよ」
勇者のうちの一人が、大げさに褒める。ロードもまた、キリヤの功績を称えた。
「……すまないが、やつを倒したのは俺じゃない」
皆からの称賛の中、キリヤは静かに首を振った。他の勇者たちが、いっせいにどよめく。
「君以外の誰かが、魔王を倒したというのか!?一体、誰なんだ!」
あわてた様子で、ロードがキリヤを問い詰める。ばつが悪そうに、キリヤは視線を逸らした。
「それは、言えない」
「どうして?それほどの力の持ち主なら、育勇会にスカウトしたいじゃないか」
「そいつが、それを望んでいないからだ」
キリヤの答えに納得がいかず、ロードは不満そうに食い下がる。対するキリヤの返答に、迷いはなかった。
「あらあら~、恥ずかしがり屋さんなのね~?」
「相手が嫌がってるって言うなら、仕方がないわね。あきらめましょ」
睨みあう二人の間に、他の勇者たちが割って入る。一人は、アイドル勇者として名を馳せているマリーシア。もう一人は、正義感が強い女勇者・エストだ。
「マリー、エスト!君たちまで、何を言ってるんだ!?」
反対者が増えたことに驚き、ロードは狼狽える。彼としては、間違ったことは言っていないはずだ。それなのに、仲間たちはことごとく、彼を止めようとする。こんなことは、育勇会を結成して以来、初めてだった。
「まあ、めんどくせえって言うなら、しょうがねえよな~。気持ちはわかるぜ~」
先ほどまで、キリヤをからかいまじりに讃えていた勇者が、マリーシアたちに同意する。いつも眠そうな目をしたのんきな彼……ホリンをにらみつつ、ロードは渋い顔をする。
「ホリンのめんどくさがりはいつものこととして……君たち、おかしいよ。何か、僕に隠し事をしているんじゃないのか?」
ロードの推測に、キリヤと女勇者二人は一瞬沈黙し、
「俺は、これ以上話す気はない。報告の義務は果たした。通信終了する」
「キリヤ!ちょっとまっ」
すげなく言い放って、キリヤは受信を切った。ロードの制止も彼には届かず、キリヤの顔が映されていたモニターが消滅する。
「あ~、ちょっと急用ができちゃった~。私も通信、切るね~」
ついで、マリーシアもまた、一方的に場を去った。
「マリーまで……」
なすすべもないままロードは彼女を見送り、何とか気を取り直すと残っていたメンバーに目を遣った。
「……エスト」
「何よ?私も、そろそろ旅に戻ろうと思うんだけど」
名を呼ばれ、ぎくりとした表情を見せる、エスト。逃すものかと、ロードは彼女を引き留める。
「君たち、最近変だよ。何だか、隠し事をしているみたいでさ」
「別に……こうして旅をしていれば、色々あるじゃないの」
ロードの追及に、エストは歯切れの悪い言い訳をする。キリヤ・マリーシア・エストの共通点をすぐさま見出し、ロードはもう少し突っ込んでみることにした。
「……君たちが変わったのは、例の街に行ってからだ」
「…………」
ロードの鋭い指摘に、エストは沈黙を貫く。例の街とは、辺境の小さな街・ナンナルのことだ。新たな勇者が現れたと聞いて、エストたちはこの街に立ち寄った。そこで、彼らは何者かに出会ったらしいが、それに関する報告はなかった。
困り切って、ロードは嘆息する。
「どうして、君たちは例の街のことになると口を閉ざすんだ。そんなに、恐ろしいものがいたのかい?」
「そんなものはいないわよ。平和な田舎街ってだけ」
「そうか。なら、僕が行ってみても問題ないな」
エストの言葉を受けて、ロードは確認をとる。女勇者はぎょっとしたように目を瞬かせたものの、すぐに探るような視線を向けてきた。
「本気で行く気?何もないわよ?」
「幸い、エルファラ教会に提出した神鳥の使用許可、まだ取り下げていないんだ。ひとっとび行ってくるよ」
エストににらまれながらも、ロードは平然と返す。止めても無駄だとわかり、エストはため息をついた。
「……ロード」
「何だい?」
「彼らは、平穏を望んでいるわ。無理に引っ掻き回したら、酷い反撃を受けるわよ」
意味ありげなセリフを、投げかけてくる。それは、やめるなら今のうちだという、最後通告のようにも見受けられた。
「ご忠告、ありがとう。肝に銘じておく」
涼しげな表情で言い返し、ロードは通信を切った。それと同時に、エストも通話を終了する。残ったのは、のんきな勇者ホリンと、今まで一言も発言していない銀髪の少女だけだ。
「何か、穏やかじゃないな~。俺には関係ないけど」
「…………」
ホリンが、わけがわからず頭を掻く。会話を振られても、銀髪の少女は眉ひと動かさず沈黙を守った。
「お前……相変わらず、無口だよな」
少女に向かってホリンは肩をすくめ、勇者たちの会合は、これにて終了した。
報告会が終わっても、ロードは通話の石をしまわなかった。石についているボタンを操作し、他の誰かと連絡をとる。しばしの後、モニターがひとつ、表示された。
「報告します。あの魔王を倒したのは、キリヤではありませんでした」
「……それでは、何者かの介入があったということですか」
モニターの中の、神官服を着た壮年の男が、静かに問いかける。穏やかでありながら、威厳のあるその声に、委縮することなくロードは頷いた。
「……はい。でも、返って安心しましたよ。僕より強くなられては、計画に支障が出ますからね」
「のんきなことを言っていては困りますよ、ロード。その介入者の身元を、調査する必要がありそうですね」
楽観的な見解を述べるロードを、男が咎める。そんなことは、ロードもわかっていた。軽口はこのくらいにして、男に要件を伝えることにする。
「これから、教会本部に帰還します。神鳥と、例の街についての報告書の用意をお願いします」
そう告げて、ロードは通信を切った。これで、本部に戻った時に、教会は彼が求めたものを揃えておいてくれるだろう。
そして、ふと思い立ち、彼の通話の石にのみついている、ある機能をオンにする。それは盗聴機能で、他の勇者たちが彼抜きで通信を行った場合でも、その会話を聞くことができるというものだ。
「これでよし、と……」
通話の石のライトが点滅しているのを、きちんと確認する。キリヤ・エスト・マリーシアがもし通話を行った場合、これで彼らから情報を得ることができる。無駄な時間を使うつもりはない。対象の情報を徹底的に調べ、どう動くか判断するのだ。
「辺境の街・ナンナルに住む勇者……か。僕の正義に利用できるかどうか、見極めさせてもらうよ」
教会本部へ向かう準備を整えつつ、ロードは不敵に笑った。
辺境の田舎街・ナンナル。ルシファーその3……略して3は、荷物を抱えて大通りを歩いていた。教会からの日雇いの仕事で、宅配を請け負ったのだ。八百屋の野菜を飲食店に運んだり、弁当を工事現場に差し入れしたりと、かなりハードな力仕事だが、3は嬉々として作業を行っていた。こことは別の世界からやってきた悪魔である彼は、この程度のことでは息切れひとつしない。
「配達っていうのも、結構楽しいものだな。色々なところへ行けるし」
天気は、今日も晴天。自然と顔が綻ぶ。道行く人々が、3をちらちらと見ている。清らかな美しさを持つ彼は、ただ歩いているだけでも絵になるのだ。
そうして荷物を運んでいるうちに、3は誰かにぶつかった。荷物が落ちないようにと持ち直す彼に、相手があわてて謝ってくる。
「す、すみません!お怪我はありませんか!?」
「いや、こちらこそ、ぼーっとしていて……あれ?」
相手の声に聞き覚えがあることに気づき、3は改めて彼の顔を見た。くせのある金髪に、誠実さがにじみ出た、整った顔立ち。3は、彼のことをよく知っていた。友人であるルシファーその2……略して2の弟だ。名は、3の弟と同じミカエル。
「あ……フォースさん!お久しぶりです!」
2の弟・ミカエル……略して2ミカが、顔を輝かせる。フォースというのは、3のこの世界での呼び名である。
「ミカ君!今日は、仕事は休みなの?」
「はい。フォースさん、それ、重そうですね」
3の問いに答え、2ミカは3の手の中にある荷物を覗きこむ。3が今持っているのは、大量の書物である。これを教会に届けて、仕事は終了だ。
「今、宅配の仕事をしているんだ。これは、お届け物だよ」
「よろしければ、半分お持ちします!」
「本当かい?じゃあ、お願い」
2ミカの好意に甘えて、3は彼に書物を分けて、並んで歩き出した。ほどなくして教会に着き、仕事から解放される。特にすることもない二人は、そのまま礼拝堂へ向かった。礼拝堂には人がほとんどおらず、座るところがあるので話がしやすいのだ。
「休みの日も人々のために活動するなんて……フォースさん、無茶をしてはダメですよ?」
長椅子に腰掛けつつ、2ミカが3にお説教をする。その大人ぶって背伸びをした態度を、3は愛らしいと感じた。
「いや、私が好きでやってることだから……それに、気分転換にもなるし」
「主は天地を六日間で創り、七日目は休まれました。神でさえこうなのですから、休息はしっかりとっていただかないと」
もっともらしく、2ミカは彼の世界の創世神話を語る。彼が住む天界では、神に倣い、休日をきちんととることを義務づけられていた。
「そうなのかい?でも、何もしないというのも味気ないじゃないか」
「それはまあ、そうですけど……」
穏やかに反論されて、2ミカは言葉に詰まる。いたずらっぽく微笑んで、3は声を落とした。
「それに、恥ずかしいけど、ちょっと下心があるんだ。このナンナルの人々にもっと受け入れてもらえたら、何かが起こった時に、助けてもらえるかな、なんて」
照れたように、3は告白する。3も、彼の友人二人も、人間ではない。彼らはそれぞれ、こことは別の世界で地獄の王という地位についており、強大な力を持っている。だが、この異世界では、彼ら三人は大悪魔として崇められることを望まず、一般人に紛れてこっそり生活しているのだ。
もし、うっかり正体がばれたとしても、街の人たちと仲良くなっていれば、見逃してもらえるかもしれない。それが、3の狙いだった。
「いえ、全然恥ずかしいことじゃないですよ。情けは人のためならずです!」
「何だい、それは?」
「いいことをするとまわりまわって返ってくるので、結局は自分の利益になるという意味です。コトワザとかいうものらしいですよ」
得意げに、2ミカが解説する。彼は西洋の天使なのだが、最近は上司・メシアの影響で東洋の文化にも興味を持ち、色々と勉強しているのだ。
「そうなんだ。素敵な言葉だね」
知識を披露できてうれしそうな2ミカを褒めるように、3が笑いかける。教会のステンドグラスから柔らかな陽光が差し込み、二人の美しい青年を包みこんだ。寂しげな礼拝堂の一角が、天界のような荘厳さを帯びる。
「さっき、何かが起こった時に……って仰ってましたけど、もしかして兄さん、何かやらかしました?」
3との久しぶりの邂逅を楽しんでいた2ミカは、ふとあることに気づいて、顔を曇らせた。彼の兄は、彼の世界でも有名な問題児……というか、悪そのものだ。ひとたび騒動を起せば、尋常ではない被害を及ぼす。そんな兄を止めるのが、天使長である2ミカの使命だった。
気遣わしげな2ミカを安心させるように、3は首を振る。
「いや、あれ以来、カインは特に何もしていないよ。このへんの魔物と友だちになったくらいで」
「兄さん、誰とでもすぐ仲良くなるからなあ……」
3の報告を聞き、2ミカは苦笑する。カインというのは、2のこの世界での呼び名だ。
2は、悪魔の王として恐れられている反面、多くの者たちに慕われている。その面倒見の良さは、世界が違っても健在だ。
いい機会なので、3は2ミカに色々聞いてみることにした。
「ねえ、ミカ君」
「はい?」
「カインの仕事についてなんだけど……彼にとって、魂ってそんなに大事なものなの?」
3の問いに、2ミカが息を呑む。2が、人々を誘惑して魂を地獄へ突き落すことを生業としていることは、3も知っていた。実際、彼が人を地獄へ落とそうとしているところを見たこともある。少しの躊躇の末、2ミカは言葉を選びつつ話し始めた。
「魂、というか……祈りですかね」
「祈り……?」
「我々天使にとっても、兄さんたち悪魔にとっても、すごく大切な力の源です。強い祈りを受ければ受けるほど、私たちは強くなれる」
2ミカが、礼拝堂の奥へと視線を向ける。この世界には神がいないため、人々の祈りは何の力も持たないが、彼の世界では違う。
「天使は神に仕えていますので、人々の祈りを恒常的に得ることができますが、悪魔はそうではない。だから、悪魔は人々を誘惑して、願いを叶える代わりに彼らの命がけの祈りを得ようとするのです。ひとりの命がけの祈りは、普通の祈りよりも遥かに強いので、ひとり誘惑しただけで、桁違いの力を得ることができます」
「命がけの祈り、か……」
3は、2がこの世界のとある人物と契約を結んだ時のことを思い出した。禍々しいオーラを纏った彼は、今の自分には不可能はないと豪語していたし、それを裏付けるほどの底知れぬ力に満ちていた。
「悪魔の誘惑に屈した魂は地獄に堕ち、そこで悪魔たちに祈りを捧げることを強要されると聞きます。それは、とても恐ろしいことです」
2ミカが、身を震わせる。彼は、何度かお忍びで地獄を訪れたことがあり、罪を犯した魂が悪魔に虐げられる様を目の当たりにしている。それは、天使長の彼ですら怖気づくような、おぞましい光景だった。
「カインは、そこまでして力を手に入れて、何をするのだろうね?」
青ざめる2ミカを心配しながらも、3は問いを重ねる。2ミカは、弱々しく首を振った。
「それはわかりません。ですが、地獄で苦しむ人々をこれ以上増やさないために、私たち天使は戦い続けているのです」
自分に喝を入れるように、2ミカは告げる。3は、彼の肩にそっと手を置いた。我に返り、2ミカが見つめ返してくる。その瞳には、はっきりと迷いが浮き出ていた。
「ミカ君は、カインにそれをやめてほしいと思ってる?」
「できることなら。でも、それは無理だということもわかっています」
「それはどうして?」
幼い子どもに接するように優しく、3は尋ねる。彼のまっすぐな視線に耐え切れず、2ミカは俯いた。
「悪魔の王ルシファーの存在が、私たちの世界にとって必要だからです。彼の存在は、人々の戒めになり、その一方で、神に見離された者たちの心の支えとなっている。
だから、誰も兄さんを止められない。兄さんを咎めることができるのは、彼の代わりに重い十字架を背負うことができる者だけです。私には……その覚悟は、ない」
「ミカ君……」
拳をきつく握りしめる2ミカに、3はかける言葉を失った。2の世界は他の世界に比べると平和だが、2や悪魔たちといった、闇の部分を請け負う者たちの犠牲の上で成り立っているのだ。
懺悔をするようにぽつりぽつりと、2ミカは言葉を吐き出していく。
「私にできるのは、兄さんと悪魔たちがこれ以上誰かを苦しめないよう、止めることだけです。それを天使たちも、人々も正義と呼ぶ。神の側にいるという有利な状況から、特権を振りかざしているに過ぎないというのに……」
「ミカ君、そんなに自分を責めないで。君は、君の役目を果たしているだけだよ」
気の利いた慰めの言葉が浮かばないながらも、3は2ミカに接する。泣きそうな顔で、2ミカは3に懇願した。
「フォースさん……兄さんがもし誰かを悲しませるようなことをしたら、止めてください。でも、兄さんを否定しないでください。どうか……お願いします」
「わかっているよ、ミカ君。君がカインを大切に思っていることも、ちゃんとわかっているから……」
力強く請け合って、3は2ミカのくせのある金髪をなでる。その、恋人を慈しむような手つきに、2ミカは頬を赤らめた。誰もいなくなった礼拝堂で、見つめ合う麗しい青年たち。そんな彼らの元へ、靴音が近づいてきた。
「おや、君たち、教会に何か御用かな」
「え?」
声をかけられ、2ミカは3から距離をとる。黒髪をなでつけた、体格のいい中年が、人好きのする笑顔を向けてきた。
「貴方は……?」
「ああ、いきなりすまないね。私はマトフィイ。この教会の神官長だよ」
目を瞬かせる3に、中年の男は名乗る。神官長ということは、このナンナルの教会の最高責任者だ。事あるごとに教会に通っていたというのに、3は彼に初めて会った。
「あ、あなたが……」
「初めまして、フォース君。君のことは、ニコライ神官から聞いているよ。いやあ、噂に違わぬハンサムガイだねえ」
「い、いえ、そんな……」
快活な笑い声と共に、マトフィイが3の容姿を褒める。ニコライというのは、たびたび3の相談相手をしてくれている、初老の神官のことだろう。3は、うまくリアクションが返せず恐縮した。
マトフィイの視線が、呆気にとられている2ミカの方へ移る。
「そして、君はミカエル君……だったかな?」
「私のこともご存じなのですか!?」
驚いて、2ミカが目を見開く。3と違い、2ミカは数えるほどしかこの世界を訪れていない。そんな自分のことを神官長が知っているとは、意外だった。
「もちろん!私は、教会だけでなくこの街の代表も兼ねているからね。ナンナルで起きた出来事は、あらかた把握しているよ。どこに街おこしのネタが転がっているか、わからないからね!」
「街おこし、ですか?」
戸惑いつつ、3がマトフィイの言葉を繰り返す。彼が話に乗ってくれたことに気を良くし、マトフィイは大きく頷いた。
「そう。このナンナルを豊かにするには、知名度をアップさせるのが一番だよ!心惹かれる名物や伝承があれば、人は興味を持つだろう?」
「確かに……」
「そこで、だ!人々が今も昔も関心があるものといえば、やはり勇者関連の伝説だよ!幸い、この街の勇者様は、多くの武勇伝を我々に残してくださっている!お姿を拝見できないのは、実に残念だがね」
「……そ、そうですね……」
マトフィイの勢いに押され、3は同意する。この神官長が話題にしている勇者の正体を、彼は知っている。先ほど話題の中心となっていた、2のことだ。だが、それを公表するわけにはいかない。大騒ぎになるからだ。
「君たちも、何か困ったことがあったら、いつでも私に相談してね!」
二人の困惑をよそに、マトフィイは踵を返した。そして、手を振って去って行く。神官長は多忙のため、一か所に長くは留まっていられないらしい。
「何だか、とっても元気な方でしたね」
目をぱちくりさせながら、2ミカが呟く。マトフィイのおかげで、重々しい雰囲気はきれいに霧散していた。
「あれが、この街の神官長か……あんなにインパクトがあるひとだとは思わなかったなあ……」
その隣で、3が感心したように息を吐く。馴染みの街であるナンナルだが、まだまだ知らないことがたくさんあるようだ。人間の街は、かくも奥深い。
スポンサーサイト
- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!8
- CM:0
- TB:0