L-Triangle!8-4
- 2014/11/26
- 20:15
異世界に来た1は、人の気配を感じて大広間に向かい、そこに見慣れない人物がいることに目を見張った。
「……誰だそいつ」
とりあえず、テーブルを挟んで客人の向かいに座っている2に尋ねる。不機嫌全開で、彼は答えた。
「ちょっとおかしい勇者だ」
「やあ、初めまして!君がシーザー君だね?僕の名はロード!正義の勇者だよ!」
2の毒舌をきれいに無視して、客人……ロードが立ちあがる。無理やり握手をさせられて、1は先ほどの2と同様に彼の手を乱暴に払った。
「……確かに、かなり痛い物件だなこれは」
そう言いながら、1はロードを半眼で睨む。どうしたものかと思案しているうちに、1と2の頭の中に声が響いた。
『シーザー君~カイン君~フォース君~聞こえますか~?マリーだよ~』
「ん?」
「おお」
声の主がマリーシアだとわかり、1と2は彼女の言葉に耳を傾けた。彼らは、遠く離れていても自身を呼ぶ声を聞くことができる。マリーシアはその中でも特殊で、彼らと思念でやりとりをすることが可能だった。彼女が妖精使いで、異種族と意思疎通をすることに慣れているからかもしれない。
『近いうちに、私たちのリーダーのロードってひとが、そっちに行くから~仲良くしてあげて~』
マリーシアの声が、用件を告げる。都合が良すぎるにもほどがあるタイミングに、1と2はロードの方へ視線を向けた。彼らのやりとりが聞こえないので、当人はきょとんとしている。
『……近々じゃねえよ、もう来てるっつーの』
勇者たちが影で口裏を合わせているのではないかと疑いながら、1はマリーシアに思念を送り返す。
『あ、良かった~!つながった~』
声が返ってきたことを、マリーシアは素直に喜んだ。ルシファー達は、休日にしかこの世界に来ないうえ、その休みは不定期なのだ。一度の通信で彼らを捕まえられたことは、奇跡といっていいだろう。そして、このテの奇跡は、彼らの周囲では実によく起こる。悪魔の王が三人集まれば、運命も彼らの味方をするのだ。
『ロード君、もう来てるんだね~!じゃあ、頑張ってね~』
そして、自分の役目はこれで終わったと言わんばかりに、マリーシアは一方的に通信を切った。ルシファー達としては、もう少し詳細な説明が欲しいところだったが、目の前にロードがいるのにあまり長い間沈黙しているのもおかしいので、マリーシアを追及するのはやめておく。
「どうかしたのかい?」
「何でもねえよ。つか、何しに来たんだ、お前」
顔を覗き込んでくるロードを適当にあしらい、1は2の隣に腰掛けた。マリーシアの知り合いだと分かった以上、ヘタなごまかしをするつもりはない。どうせ、知られてしまうことだ。実際に、他の勇者たちからすでに色々と聞いているかもしれない。二人に倣って、ロードもまた、向かいに座り直した。
「それはもちろん、君たちのうわさを聞きつけて、スカウトに来たんだ」
「スカウトっつーのは、アレか?俺らに勇者をやれとでも言うのかよ?」
「その通り!勇者同盟『育勇会』は、君たちを歓迎するよ!」
2の言葉を肯定し、ロードは両手を広げる。1と2は、顔を見合わせた。断るのは確定なのだが、どうすればこの勇者は納得してくれるのやら。とりあえず、何とかしなければならないと、2が口を開いた。
「あー……生憎だがな。俺らは、勇者の仕事には興味がねえんだ」
それは、何とも無難な断り文句だった。当然、ロードがそれで引き下がるはずもない。
「どうしてだい?君たち、強いんだろう?力があるなら、有効活用するべきじゃないか」
「それはお前の都合だろ。やりたくねえっつってんだから、人に押しつけるなよな」
「それはまあ……確かに、そうだけど……」
2に反論されて、ロードは困ったように眉を寄せる。
「もったいないなあ……街の人たちだって、喜ぶと思うよ?」
「あ、そうだ!お前、俺らのこと街のやつらに言いふらすのやめろよな!住みにくくなるだろが!」
ナンナルの人々のことを引き合いに出され、2は思い出したようにロードに文句を言う。
「いいじゃないか、目立って。何でそこまで頑なに一般人のふりをする必要があるんだい?」
きょとんとして返す、ロード。勇者のリーダーだけあって、彼は注目されるのが当たり前だと感じているようだ。元の世界では1や2も同じ感覚だが、お忍びで息抜きをしたいという気持ちはこの若者にはまだ理解できないのかもしれない。
「俺らは、ここに仕事の疲れを癒しに来てるんだよ。それをぶち壊されたら迷惑だ」
「仕事って、何の仕事?勇者よりも魅力的なのかい?」
「てめえには関係ねえだろ」
あれこれと突っ込んで聞いてくるロードを、2は適当にはぐらかした。説明したところで、さすがのこの勇者も信じないだろう。悪魔や天使は、たいていの人間にとっては架空の存在だ。まして、悪魔の王ルシファーとなれば、なおさら。
「関係あるさ。僕ら勇者は、常に人手不足!有望な人材を逃すテはないからね!」
「人手不足なのは負けてるからだろ。もっと強くなれ」
ロードに苦言を呈したのは、弱肉強食の世界に住んでいる1だった。耳に痛い言葉に、ロードは顔をしかめる。
「それもあるけどさ……勇者っていうのは、最初から強いわけじゃないんだ。経験を積むことで、急速にレベルアップするんだよ。だから、育つのにどうしても時間がかかっちゃってね」
「あー、そういや、そんなこと言ってたっけかな」
ロードの弁解を聞いて、1はキリヤから同じ情報を得ていたのを思い出す。今でこそ最強の勇者の一角であるキリヤだが、元の世界では戦いとは無縁の生活だったという。努力以外の、超自然的な助力がなければ、彼は魔物と戦うことすら不可能だっただろう。
「どういう仕組かは解明されていないけど、きっと正義の心のなせる業だよね!」
「いや、そこはもうちょっとつっこめよ」
勇者を取り巻く不思議な加護について、ロードはさらりと流した。すかさず、1が横やりを入れる。わけのわからない力で常人以上のスピードで強くなっていくというのは、よく考えると怖いものがある。
「正義の勇者は細かいことは気にしないんだよ!」
爽やかに断言し、ロードは親指を立てた。本人がそう言っているのだからもうこれでいいのだろうと、2は別の話題を振ることにする。
「勇者勇者っていうがな……もし、俺らが魔王だったらどうするんだよ」
魔王という単語が出た途端、ロードの動きが止まった。先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、おそるおそる聞いてくる。
「え……?君たち、魔王なの……?」
「たとえば、の話だ。魔王に世界を救うのを手伝わせるとか、勇者的にどうなんだよ」
「んー……それは……」
「どうなんだ?」
魔王に対するロードの反応を見て、これはいけると2は畳み掛ける。しばしの沈黙の後、迷いを振り切るようにロードは答えた。
「正義の心があれば、問題ないよね☆」
「問題ないのかよ!?」
再び元気を取り戻したロードに、2はテンポよくツッコミを入れる。今の一連の流れは、明らかにコントだった。
「世の中、正義の心を持つ魔王がいたっていいと思うんだ。差別は良くないよ」
肩をすくめて、やたらと物分かりのいいことを言う、ロード。その柔軟な考え方は称賛に値するものの、この場では非常に厄介だ。
「大体、勇者だ、魔王だって分類してるのは、この世界の都合じゃないか。元を正せば、みんな同じ異世界人なんだからさ」
「まあ、偏見がないってのは、立派なことだとは思うんだがな……」
ロードの意見に賛同しつつ、2は言葉を濁す。勇者のペースにすっかり呑まれてしまった彼に業を煮やし、成り行きを見守っていた1が動いた。
「ったく、温すぎだろ、カイン。少し黙ってろ。おい、正義野郎」
「ロードだよ」
2を押しのけて、1はロードと対峙する。彼の強面を恐れる風もなく、ロードはどうでもいいことを訂正した。そんな彼に、1は真顔で告げる。
「お前なあ……あまりしつこいと消すぞ?」
「え……?」
さらりと、恐ろしいことを言う。突然の脅迫に意表を突かれ、ロードは硬直した。そんな彼を見下して、1はさらに続ける。
「今まで、ここを尋ねてきた勇者どもが、何もせずに帰ったのは何でだと思う」
「そ、それは……君たちと、仲良くなったからだろう?」
「違うな。自分たちの手に負えないと判断したからだよ。俺様は、俺様の都合で動く。それを邪魔しようってんなら、始末されても文句は言えねえよな」
無表情のままで、1はロードに詰め寄った。その巨躯からは、殺気が感じられない。それは、彼が冗談で言っているからではなく、息をするより簡単に目の前の相手を消すことができるということを暗に示しているからだ。得体のしれない圧力を感じ、ロードは狼狽える。
「ちょ、ちょっと!そんな、物騒だよ!僕は、世界のためを思って行動しているだけなのに!」
「だったら、てめえの力で何とかしろ。俺達を頼るな」
だめ押しをするように、1は勇者を突き放す。相手にとりつく島がないと察したのか、ロードは深々とため息をついた。
「……わかったよ。勧誘の件は、あきらめる。僕には、世界を守るという使命があるからね。こんなことで殺されるわけにはいかないよ」
そして、拍子抜けするほどあっさりと立ちあがる。2は、不本意ながら1に心の中で感謝した。1の、力で強引にねじ伏せるやり方は好みではないが、有効な手口になることもあるのだ。
「街の連中にも、ちゃんと誤解でしたって言っとけよ?面倒だからな」
「うん。ちゃんと謝っておくから」
抜け目なくくぎを刺す2に頷いて、ロードはドアの方へと歩いて行く。交渉が失敗に終わった脱力感からか、その足取りはふらついていた。
「……はぁ……残念だなあ……せっかくここまで来たのに……もう、しょうがないから、このへんの魔物でも駆除して帰ろうかな」
「…………おい」
大げさに肩を落して、愚痴をこぼす。その一言を聞きとがめ、2は彼に声をかけた。
「何だい?気が変わった?」
「いや、そういうわけじゃねえが……」
すねた表情で、ロードが振り返る。歯切れの悪い返答をして、2は目を逸らした。彼が気にしているのは、ナンナル付近の荒野に住んでいる魔物たちのことだ。強力な面子が揃っているものの、魔物たちに人を襲おうという気はない。それでも、彼らが存在するだけで街の人々が恐怖を感じるのは確かだ。2の態度から何かを感じ取ったのか、ロードが彼を観察してくる。まるで、こちらの不安を見透かそうとするかのような視線にさらされて、2は自分が軽率な行動をとったことに気づいた。
「何、じろじろ見てんだ。早く帰れよ」
「ごめん。お邪魔しました」
2に軽くあしらわれ、ロードはあっさりと帰っていく。玄関の扉が閉まる音を確認するや、2は倒れ込むようにソファーの背もたれに全身を預けた。
「……今の、まずいんじゃねえの」
後悔に苛まれる彼に、1が追い打ちをかけてくる。ロードとのやり取りを見て、彼も2と同じ感想を抱いていた。脳天気な正義の味方を装っているものの、あの勇者は、どこか油断ならない。
「そりゃそうだけど、あいつらを放っておくわけには……」
「お節介もほどほどにしておかねえと、きりがなくなるぞ?」
「……そんなの、言われなくてもわかってる」
わずかに体を動かし、2は1に寄りかかる。全体重をかけられ、1は迷惑そうな顔をしたものの、振り払うまではしなかった。
「守りてえなら、中途半端にすんなよな。半端な甘やかしが、一番タチ悪ぃんだ」
「……それも、わかってる」
そう言い返して、2は難しい顔で沈黙した。室内が静かになったついでに、屋敷の外で野次馬が騒いでいるのが耳に入る。どうやら、ロードは外に出るなり野次馬に囲まれたようだ。
「ロード様!あの屋敷の連中とは、一体どういうご関係なのですか!?」
「もしかして、あの連中が、この街の勇者様!?」
野次馬たちが、ロードを質問攻めにする。ナンナルの人々にとって、この街を幾度も救った勇者の正体は、やはり気になるところだ。
「……いや、僕の勘違いだったみたいです。彼らには、迷惑をかけてしまいました」
申し訳なさそうに、ロードが人々に返す。彼がちゃんと約束を守ったことに、屋敷内の二人はひとまず安堵した。
「そうですか……いや、良かった」
安心したのは、屋敷内の彼らだけではない。うれしそうに、人々は喜びの声を漏らした。どういうことだと聞き耳を立てていると、野次馬たちは好き勝手なことを言い始める。
「あいつら、勇者ってガラじゃねえもんなあ」
「ありゃチンピラだよな。最初見たとき、野盗がこの街に住みついたのかと思っちまったし」
「あの人たちが勇者様だったら、幻滅しちゃう~」
「てめえら、聞こえてんぞコラ!!」
野次馬たちのあまりな言いように苛立ち、1は窓を開けて怒鳴った。その剣幕に飛び上がり、人々はくもの子を散らすように逃げて行く。
「あっはは、君たち、評判悪いねえ」
愉快そうに笑いながら、ロードが1の方に目を遣った。窓枠に手をかけつつ、1は彼を追い払うような仕草をする。
「てめえもさっさといなくなれや。もうこの街に用はねえだろ」
「そうしたいのはやまやまなんだけどさ、神官長が歓迎の宴を開いてくれるって言うから、今日一日はここにいるつもりなんだ。正義の勇者っていうのも、ラクじゃないんだよね」
いやみたらしく、ロードが肩をすくめる。それに答えることなく、1は窓を勢いよく閉めた。飄々と去って行く勇者の背中を見送ってから、ソファーでごろごろしている2に声をかける。
「さて、どうすんだ」
ソファーに寝そべっていた2は、しばし逡巡した後、立ち上がった。
「俺は、魔物どものところに警告に行く。あの勇者の気が変わらないとも限らないからな」
乱れた着衣を、適当に整える。このまま放っておいて、知らないふりを決め込んだ方がいいのかもしれないが、何かあった時に後手に回るのは厳しい。
「ま、あの調子なら尾行される心配もねえだろ」
頷いて、1はちらりと外を見る。遠くの方で、ロードはまた人々に囲まれていた。あの様子では、彼が秘密裏に行動するのは不可能だろう。
「そうだ、お前も来いよ。あいつら、お前に会いたがってたぞ」
ふと思い立ち、2は1を誘う。荒野の魔物たちにとって、ルシファーたちは数少ない友人なのだ。
「んー……じゃ、そうするか。今、街をうろついてもあいつのうわさ一色だろうしな」
1は、2の提案を受け入れた。ナンナルでは一般人として過ごしている彼だが、いけ好かない勇者が話題の中心にいるのは面白くない。
こうして、彼らはナンナルを離れ、荒野で休日を過ごすことに決めたのだった。
「……誰だそいつ」
とりあえず、テーブルを挟んで客人の向かいに座っている2に尋ねる。不機嫌全開で、彼は答えた。
「ちょっとおかしい勇者だ」
「やあ、初めまして!君がシーザー君だね?僕の名はロード!正義の勇者だよ!」
2の毒舌をきれいに無視して、客人……ロードが立ちあがる。無理やり握手をさせられて、1は先ほどの2と同様に彼の手を乱暴に払った。
「……確かに、かなり痛い物件だなこれは」
そう言いながら、1はロードを半眼で睨む。どうしたものかと思案しているうちに、1と2の頭の中に声が響いた。
『シーザー君~カイン君~フォース君~聞こえますか~?マリーだよ~』
「ん?」
「おお」
声の主がマリーシアだとわかり、1と2は彼女の言葉に耳を傾けた。彼らは、遠く離れていても自身を呼ぶ声を聞くことができる。マリーシアはその中でも特殊で、彼らと思念でやりとりをすることが可能だった。彼女が妖精使いで、異種族と意思疎通をすることに慣れているからかもしれない。
『近いうちに、私たちのリーダーのロードってひとが、そっちに行くから~仲良くしてあげて~』
マリーシアの声が、用件を告げる。都合が良すぎるにもほどがあるタイミングに、1と2はロードの方へ視線を向けた。彼らのやりとりが聞こえないので、当人はきょとんとしている。
『……近々じゃねえよ、もう来てるっつーの』
勇者たちが影で口裏を合わせているのではないかと疑いながら、1はマリーシアに思念を送り返す。
『あ、良かった~!つながった~』
声が返ってきたことを、マリーシアは素直に喜んだ。ルシファー達は、休日にしかこの世界に来ないうえ、その休みは不定期なのだ。一度の通信で彼らを捕まえられたことは、奇跡といっていいだろう。そして、このテの奇跡は、彼らの周囲では実によく起こる。悪魔の王が三人集まれば、運命も彼らの味方をするのだ。
『ロード君、もう来てるんだね~!じゃあ、頑張ってね~』
そして、自分の役目はこれで終わったと言わんばかりに、マリーシアは一方的に通信を切った。ルシファー達としては、もう少し詳細な説明が欲しいところだったが、目の前にロードがいるのにあまり長い間沈黙しているのもおかしいので、マリーシアを追及するのはやめておく。
「どうかしたのかい?」
「何でもねえよ。つか、何しに来たんだ、お前」
顔を覗き込んでくるロードを適当にあしらい、1は2の隣に腰掛けた。マリーシアの知り合いだと分かった以上、ヘタなごまかしをするつもりはない。どうせ、知られてしまうことだ。実際に、他の勇者たちからすでに色々と聞いているかもしれない。二人に倣って、ロードもまた、向かいに座り直した。
「それはもちろん、君たちのうわさを聞きつけて、スカウトに来たんだ」
「スカウトっつーのは、アレか?俺らに勇者をやれとでも言うのかよ?」
「その通り!勇者同盟『育勇会』は、君たちを歓迎するよ!」
2の言葉を肯定し、ロードは両手を広げる。1と2は、顔を見合わせた。断るのは確定なのだが、どうすればこの勇者は納得してくれるのやら。とりあえず、何とかしなければならないと、2が口を開いた。
「あー……生憎だがな。俺らは、勇者の仕事には興味がねえんだ」
それは、何とも無難な断り文句だった。当然、ロードがそれで引き下がるはずもない。
「どうしてだい?君たち、強いんだろう?力があるなら、有効活用するべきじゃないか」
「それはお前の都合だろ。やりたくねえっつってんだから、人に押しつけるなよな」
「それはまあ……確かに、そうだけど……」
2に反論されて、ロードは困ったように眉を寄せる。
「もったいないなあ……街の人たちだって、喜ぶと思うよ?」
「あ、そうだ!お前、俺らのこと街のやつらに言いふらすのやめろよな!住みにくくなるだろが!」
ナンナルの人々のことを引き合いに出され、2は思い出したようにロードに文句を言う。
「いいじゃないか、目立って。何でそこまで頑なに一般人のふりをする必要があるんだい?」
きょとんとして返す、ロード。勇者のリーダーだけあって、彼は注目されるのが当たり前だと感じているようだ。元の世界では1や2も同じ感覚だが、お忍びで息抜きをしたいという気持ちはこの若者にはまだ理解できないのかもしれない。
「俺らは、ここに仕事の疲れを癒しに来てるんだよ。それをぶち壊されたら迷惑だ」
「仕事って、何の仕事?勇者よりも魅力的なのかい?」
「てめえには関係ねえだろ」
あれこれと突っ込んで聞いてくるロードを、2は適当にはぐらかした。説明したところで、さすがのこの勇者も信じないだろう。悪魔や天使は、たいていの人間にとっては架空の存在だ。まして、悪魔の王ルシファーとなれば、なおさら。
「関係あるさ。僕ら勇者は、常に人手不足!有望な人材を逃すテはないからね!」
「人手不足なのは負けてるからだろ。もっと強くなれ」
ロードに苦言を呈したのは、弱肉強食の世界に住んでいる1だった。耳に痛い言葉に、ロードは顔をしかめる。
「それもあるけどさ……勇者っていうのは、最初から強いわけじゃないんだ。経験を積むことで、急速にレベルアップするんだよ。だから、育つのにどうしても時間がかかっちゃってね」
「あー、そういや、そんなこと言ってたっけかな」
ロードの弁解を聞いて、1はキリヤから同じ情報を得ていたのを思い出す。今でこそ最強の勇者の一角であるキリヤだが、元の世界では戦いとは無縁の生活だったという。努力以外の、超自然的な助力がなければ、彼は魔物と戦うことすら不可能だっただろう。
「どういう仕組かは解明されていないけど、きっと正義の心のなせる業だよね!」
「いや、そこはもうちょっとつっこめよ」
勇者を取り巻く不思議な加護について、ロードはさらりと流した。すかさず、1が横やりを入れる。わけのわからない力で常人以上のスピードで強くなっていくというのは、よく考えると怖いものがある。
「正義の勇者は細かいことは気にしないんだよ!」
爽やかに断言し、ロードは親指を立てた。本人がそう言っているのだからもうこれでいいのだろうと、2は別の話題を振ることにする。
「勇者勇者っていうがな……もし、俺らが魔王だったらどうするんだよ」
魔王という単語が出た途端、ロードの動きが止まった。先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、おそるおそる聞いてくる。
「え……?君たち、魔王なの……?」
「たとえば、の話だ。魔王に世界を救うのを手伝わせるとか、勇者的にどうなんだよ」
「んー……それは……」
「どうなんだ?」
魔王に対するロードの反応を見て、これはいけると2は畳み掛ける。しばしの沈黙の後、迷いを振り切るようにロードは答えた。
「正義の心があれば、問題ないよね☆」
「問題ないのかよ!?」
再び元気を取り戻したロードに、2はテンポよくツッコミを入れる。今の一連の流れは、明らかにコントだった。
「世の中、正義の心を持つ魔王がいたっていいと思うんだ。差別は良くないよ」
肩をすくめて、やたらと物分かりのいいことを言う、ロード。その柔軟な考え方は称賛に値するものの、この場では非常に厄介だ。
「大体、勇者だ、魔王だって分類してるのは、この世界の都合じゃないか。元を正せば、みんな同じ異世界人なんだからさ」
「まあ、偏見がないってのは、立派なことだとは思うんだがな……」
ロードの意見に賛同しつつ、2は言葉を濁す。勇者のペースにすっかり呑まれてしまった彼に業を煮やし、成り行きを見守っていた1が動いた。
「ったく、温すぎだろ、カイン。少し黙ってろ。おい、正義野郎」
「ロードだよ」
2を押しのけて、1はロードと対峙する。彼の強面を恐れる風もなく、ロードはどうでもいいことを訂正した。そんな彼に、1は真顔で告げる。
「お前なあ……あまりしつこいと消すぞ?」
「え……?」
さらりと、恐ろしいことを言う。突然の脅迫に意表を突かれ、ロードは硬直した。そんな彼を見下して、1はさらに続ける。
「今まで、ここを尋ねてきた勇者どもが、何もせずに帰ったのは何でだと思う」
「そ、それは……君たちと、仲良くなったからだろう?」
「違うな。自分たちの手に負えないと判断したからだよ。俺様は、俺様の都合で動く。それを邪魔しようってんなら、始末されても文句は言えねえよな」
無表情のままで、1はロードに詰め寄った。その巨躯からは、殺気が感じられない。それは、彼が冗談で言っているからではなく、息をするより簡単に目の前の相手を消すことができるということを暗に示しているからだ。得体のしれない圧力を感じ、ロードは狼狽える。
「ちょ、ちょっと!そんな、物騒だよ!僕は、世界のためを思って行動しているだけなのに!」
「だったら、てめえの力で何とかしろ。俺達を頼るな」
だめ押しをするように、1は勇者を突き放す。相手にとりつく島がないと察したのか、ロードは深々とため息をついた。
「……わかったよ。勧誘の件は、あきらめる。僕には、世界を守るという使命があるからね。こんなことで殺されるわけにはいかないよ」
そして、拍子抜けするほどあっさりと立ちあがる。2は、不本意ながら1に心の中で感謝した。1の、力で強引にねじ伏せるやり方は好みではないが、有効な手口になることもあるのだ。
「街の連中にも、ちゃんと誤解でしたって言っとけよ?面倒だからな」
「うん。ちゃんと謝っておくから」
抜け目なくくぎを刺す2に頷いて、ロードはドアの方へと歩いて行く。交渉が失敗に終わった脱力感からか、その足取りはふらついていた。
「……はぁ……残念だなあ……せっかくここまで来たのに……もう、しょうがないから、このへんの魔物でも駆除して帰ろうかな」
「…………おい」
大げさに肩を落して、愚痴をこぼす。その一言を聞きとがめ、2は彼に声をかけた。
「何だい?気が変わった?」
「いや、そういうわけじゃねえが……」
すねた表情で、ロードが振り返る。歯切れの悪い返答をして、2は目を逸らした。彼が気にしているのは、ナンナル付近の荒野に住んでいる魔物たちのことだ。強力な面子が揃っているものの、魔物たちに人を襲おうという気はない。それでも、彼らが存在するだけで街の人々が恐怖を感じるのは確かだ。2の態度から何かを感じ取ったのか、ロードが彼を観察してくる。まるで、こちらの不安を見透かそうとするかのような視線にさらされて、2は自分が軽率な行動をとったことに気づいた。
「何、じろじろ見てんだ。早く帰れよ」
「ごめん。お邪魔しました」
2に軽くあしらわれ、ロードはあっさりと帰っていく。玄関の扉が閉まる音を確認するや、2は倒れ込むようにソファーの背もたれに全身を預けた。
「……今の、まずいんじゃねえの」
後悔に苛まれる彼に、1が追い打ちをかけてくる。ロードとのやり取りを見て、彼も2と同じ感想を抱いていた。脳天気な正義の味方を装っているものの、あの勇者は、どこか油断ならない。
「そりゃそうだけど、あいつらを放っておくわけには……」
「お節介もほどほどにしておかねえと、きりがなくなるぞ?」
「……そんなの、言われなくてもわかってる」
わずかに体を動かし、2は1に寄りかかる。全体重をかけられ、1は迷惑そうな顔をしたものの、振り払うまではしなかった。
「守りてえなら、中途半端にすんなよな。半端な甘やかしが、一番タチ悪ぃんだ」
「……それも、わかってる」
そう言い返して、2は難しい顔で沈黙した。室内が静かになったついでに、屋敷の外で野次馬が騒いでいるのが耳に入る。どうやら、ロードは外に出るなり野次馬に囲まれたようだ。
「ロード様!あの屋敷の連中とは、一体どういうご関係なのですか!?」
「もしかして、あの連中が、この街の勇者様!?」
野次馬たちが、ロードを質問攻めにする。ナンナルの人々にとって、この街を幾度も救った勇者の正体は、やはり気になるところだ。
「……いや、僕の勘違いだったみたいです。彼らには、迷惑をかけてしまいました」
申し訳なさそうに、ロードが人々に返す。彼がちゃんと約束を守ったことに、屋敷内の二人はひとまず安堵した。
「そうですか……いや、良かった」
安心したのは、屋敷内の彼らだけではない。うれしそうに、人々は喜びの声を漏らした。どういうことだと聞き耳を立てていると、野次馬たちは好き勝手なことを言い始める。
「あいつら、勇者ってガラじゃねえもんなあ」
「ありゃチンピラだよな。最初見たとき、野盗がこの街に住みついたのかと思っちまったし」
「あの人たちが勇者様だったら、幻滅しちゃう~」
「てめえら、聞こえてんぞコラ!!」
野次馬たちのあまりな言いように苛立ち、1は窓を開けて怒鳴った。その剣幕に飛び上がり、人々はくもの子を散らすように逃げて行く。
「あっはは、君たち、評判悪いねえ」
愉快そうに笑いながら、ロードが1の方に目を遣った。窓枠に手をかけつつ、1は彼を追い払うような仕草をする。
「てめえもさっさといなくなれや。もうこの街に用はねえだろ」
「そうしたいのはやまやまなんだけどさ、神官長が歓迎の宴を開いてくれるって言うから、今日一日はここにいるつもりなんだ。正義の勇者っていうのも、ラクじゃないんだよね」
いやみたらしく、ロードが肩をすくめる。それに答えることなく、1は窓を勢いよく閉めた。飄々と去って行く勇者の背中を見送ってから、ソファーでごろごろしている2に声をかける。
「さて、どうすんだ」
ソファーに寝そべっていた2は、しばし逡巡した後、立ち上がった。
「俺は、魔物どものところに警告に行く。あの勇者の気が変わらないとも限らないからな」
乱れた着衣を、適当に整える。このまま放っておいて、知らないふりを決め込んだ方がいいのかもしれないが、何かあった時に後手に回るのは厳しい。
「ま、あの調子なら尾行される心配もねえだろ」
頷いて、1はちらりと外を見る。遠くの方で、ロードはまた人々に囲まれていた。あの様子では、彼が秘密裏に行動するのは不可能だろう。
「そうだ、お前も来いよ。あいつら、お前に会いたがってたぞ」
ふと思い立ち、2は1を誘う。荒野の魔物たちにとって、ルシファーたちは数少ない友人なのだ。
「んー……じゃ、そうするか。今、街をうろついてもあいつのうわさ一色だろうしな」
1は、2の提案を受け入れた。ナンナルでは一般人として過ごしている彼だが、いけ好かない勇者が話題の中心にいるのは面白くない。
こうして、彼らはナンナルを離れ、荒野で休日を過ごすことに決めたのだった。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!8
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