L-Triangle!8-5
- 2014/11/28
- 20:17
群がってくる野次馬たちを適当にあしらった後、ロードは、リルと落ち合うために宿屋へ向かった。神官長に頼んでおいたとおり、裏の空き地で、神鳥もちゃんと預かってもらえているようだ。部屋に入ると、リルがベッドに腰掛けてくつろいでいた。神鳥を押しつけられた恨みか、ロードの顔を見るなりにらみつけてくる。気にせずに、ロードは彼女に笑いかけた。
「ただいま」
「用は済んだの」
これ以上にないほど簡潔に、リルが聞いてくる。彼女の口から出たのが文句ではなかったことを、ロードは幸運に思った。
「うーん……まあ、ぼちぼちかな。とりあえず、今日はここで一泊するよ。神官長が、歓迎会を開いてくれるみたいだからね」
「そう」
今後の方針をロードから聞くなり、リルは立ち上がる。そのまま部屋を出ようとする彼女に、ロードは声をかけた。
「どこかへ行くの?」
「私には私の目的がある」
そっけなく告げて、リルは去って行く。一人になり、ロードは状況を整理することにした。ナンナルの報告書を読み返しながら、黙考する。
首尾よく目標に接触できたし、三人のうち、二人には会えた。ロードは、すでに彼らがこことは別の世界から召喚された魔王だという確信を持っている。あの魔王たちはおそらく、元の世界とこちらの世界を行き来している。こちらの世界のことは、あまり重要視していないようだが、それでも世間体は気になるらしい。
(そして、たぶん、魔物とも交流がある……か)
ロードは、低い笑みを漏らす。相手に弱みがある以上、それを利用しない手はない。ただし、慎重にやらなければ、こちらが命の危険にさらされる。1と2が、そこらの魔王とはけた違いの力を持っていることをロードは見抜いていた。彼の推測が正しければ、キリヤに助力し、件の危険な魔王を倒したのは、あの二人だ。そんな相手と単独で事を構えるのは、あまりに危険である。
今後の計画の邪魔になるであろうあの魔王達は、排除しなければならない。そのためには、彼らを超える力を手に入れなければ話にならないだろう。そして、それは不可能ではない。
相手がいかに強大な者であろうとも、勇者は、それ以上に強くなれるのだ。
そんな時、ノックの音がした。返事をしてドアを開けると、立っていたのは神官長マトフィイだった。
「おくつろぎのところ、すみませんな、勇者殿」
申し訳なさそうに、マトフィイが恐縮する。報告書をしまい、ロードは愛想よく答えた。
「いえいえ。何かありましたか?」
「実は……お願いしたいことがありまして」
真剣な表情で、マトフィイが話を切り出す。これはただ事ではないと察し、ロードは態度を引き締めた。こちらが聞く体制になったことに安堵し、マトフィイは口を開く。
「ロード殿は、怪物蜂をご存知ですか?」
「ええ。何度か退治したこともあります」
マトフィイの問いに、ロードは頷いた。怪物蜂は、この世界に生息する魔物である。カラスくらいの大きさで、集団で人を襲い、精気を吸って、それを巣にいる女王蜂に献上する。女王蜂はヒト型のサイズだが、戦闘能力がないため、巣からは出てこない。
危険な存在なので、巣を見つけたら、外部から火矢を射駆けて女王蜂を殺すのが通常の退治方法だ。
「その、怪物蜂がですね……どうも、この近くに巣をつくったらしくて」
「何ですって!?それは大変だ!」
マトフィイの報告を聞き、ロードは目を見開いた。
「普通は、人里離れた山奥に巣をつくるものだと聞いていますが……ずいぶんと、思い切ったやつもいたものですね」
ロードの意見に、マトフィイは無言で同意する。怪物蜂は、人を害する魔物だが、有効な戦法をとれば、一般人でも駆除が可能だ。まるで退治してくれと言わんばかりの振る舞いには、少々ひっかかりを感じる。
「それで、有志を募って、これから討伐に向かうのですが、もしよろしければ、ご同行いただければと思いまして」
「そういうことでしたら、喜んで」
マトフィイの依頼を、ロードは快く引き受けた。魔物を退治するのも、勇者の勤めである。丁重に頭を下げて、マトフィイは感謝の意を示した。
「それでは、教会までお越しいただけますかな?皆、集まっております」
そして、マトフィイはロードについてくるよう促す。少し考えた後に、ロードは一人で行くことにした。リルを誘わなくても大丈夫だろうと判断したためである。
怪物蜂を退治して、ナンナルの人々の信頼を得ることは、後に彼の助力になるだろう。そのためならば、これくらいは何ほどのこともないと、ロードは考えていた。
ロードが宿にいたのと同時刻、1と2は荒野の魔物たちを訪れていた。ここへ来る前に、念のため尾行を警戒したものの、それらしき気配は見当たらなかった。
魔物たちは、二人の姿を見るなり顔を輝かせる。
「あ、カインアニキ、お疲れっス!シーザーアニキも、お久しぶりで!」
「今、野球やってるんスけど、一緒にやりませんか?」
どうやら、彼らの今の流行は野球であるらしい。バッターボックスでは、鉄巨人が金属バットをスイングしている。誰かに当たれば、確実に死者が出る速度だ。魔物たちのスポーツは、相変わらず危険と隣り合わせである。
「ほー……いい球が飛んでんじゃねえか」
練習風景を見て、1が感心する。鍛えることに関しては自他ともに厳しい彼も、荒野の魔物たちの実力は認めていた。彼らの情熱が戦いではなく、球技に注がれているのが少し残念だ。
「その前に……お前らに、ちょっと話がある」
朗らかな光景に水を指すような、深刻な声音で、2は魔物たちを集める。わけがわからないながらも、彼らはすぐに寄ってきた。全員が話を聞ける距離まで来るのを待ってから、2は口を開く。
「実はな……今、ナンナルの街に勇者が来てるんだ」
「勇者!?勇者っつったら、バカ強い、俺らの天敵じゃないっスか!」
魔物たちが、驚愕する。魔王や勇者の存在は、この世界で生きる者たちの常識であり、俗世から縁遠い彼らもよく知っていた。
「そいつが、魔物狩りをするなんて言い出すから、お前らのことが気になってな」
2は、魔物たちの顔を見渡した。思った通り、彼らは不安そうにざわめいている。その中のひとりが、2に聞いてきた。
「そいつ、そんなに強えんですか?俺らも、腕には自信があるんスけど」
牛の頭を持つ魔物・ミノタウロスが、力こぶをつくる。彼の剛腕で殴られたら、歴戦の勇者とてひとたまりないだろう。
「問題なのは、強さじゃねえ。そいつの知名度だ。かなり有名らしいからな……そんなのを殺っちまったら、警戒されて討伐隊を派遣されるかもしれねえ。そうなれば、ここでの暮らしも厳しくなるだろ?」
好戦的な空気になってきたところで、2は問題点を指摘した。戦いに勝ったとしても、その先がないようでは敗北と同じだ。
「正直、討伐隊だろうが何だろうが負ける気はしねえんスけど……せっかく楽しく暮らしてるのを、邪魔されるのは気分悪ぃっスねえ」
「だろ?だから、勇者が来たら逃げるなり説得するなりして、戦いを回避するんだ。話が分からないやつじゃねえみてえだしな」
「まあ、アニキが言うなら、そうしやす。な?みんな」
ミノタウロスが、魔物たちに確認する。彼らは、いっせいに頷いた。不満がある者もいるだろうが、今のこの生活を守る方が大事だった。
「さて、話はここまでだ。試合やろうぜ!」
暗く沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように、2は話を終える。それを聞いて、魔物たちは大いに喜んだ。外部からの刺激は、仲間内で固まっている彼らにとってありがたいことなのだ。
「懐かしいなあ……野球なんざ、ガキの頃にちょっとやったくれえだ」
魔物から借りたグローブを慣れない手つきではめながら、1がしみじみと言う。彼の世界にも、野球は存在しているようだ。
「大丈夫かよ?ハンデつけてやろうか?」
「ざけんな。ぼっこぼこにしてやる」
からかうような2の申し出を、1はきっぱりと断った。二人の間に、ばちばちと火花が散る。本日は、白熱した試合になりそうだ。
ロードは、マトフィイの案内で教会の礼拝堂を訪れていた。礼拝堂には、多くの若者たちが集まっている。教壇に上がり、マトフィイは彼らに語りかけた。
「勇気ある諸君、本日は集まってくれてありがとう。もう知っていると思うが、ナンナルの近辺で、怪物蜂の巣が発見された。このままやつらを放置しておけば、襲撃を受けて街が壊滅する恐れがある」
マトフィイの話を、若者たちは真剣に聞いている。彼らは、魔物と戦った経験が少ない。どの顔も、楽観的とはほど遠い様子だ。彼らの恐怖を拭い去るように、マトフィイは隣にいるロードを指し示した。
「しかし、安心してほしい!今回の討伐には、勇者ロード殿もご同行いただけることになった!」
朗報を聞き、若者たちは顔を輝かせる。ロードは、彼らに一礼した。
「皆さんを守るために、必ずや危険な魔物は排除します。安心してついてきてくださいね」
若者たちは、歓声を上げた。高名な勇者が味方してくれるのならば、勝ったも同然だろう。神官たちが、討伐隊に必要な物資を手渡す。士気が高いうちの方がいいということで、ロードは、彼らを率いて出発することにした。
「ご武運を!」
マトフィイと、神官たちに見送られて、ロードは教会を後にする。若者たちも、ぞろぞろとついてきた。街門を抜けて、外へ出る。その先では、木々が視界いっぱいに生い茂っていた。案内係の者が、ロードに行く手を示す。
歩いている途中で、若者たちの方をロードはちらりと振り返った。皆、ロードを信頼しきった目で見ている。その中に1や2の姿はなかった。
(……まさか、カインたち、邪魔しに来ないよな……?)
少し背後を気にしつつ、ロードは森を進んでいった。
蜂の巣というのは、木にぶら下がっているものだが、怪物蜂の巣は、一般的なものとは違い、陸の上にある。それは、単に重さの問題だ。クリスタルのような材質の、六角形がいくつも組み合わさったような建造物の周囲には、働き蜂が何匹も飛んでいた。
巣はまだ作りかけで、あちこち綻んでいる。
巣の最奥には、彼らの主君である女王蜂の部屋がある。シルクのような薄い膜がはりめぐらされた褥には、女王以外の者が横たわっていた。働き蜂ではなく、銀色の触覚と、長い髪を持つ美しい少女だ。彼女の傍らに、女王蜂が寄り添っている。
褥で睦みあいながら、女王蜂が、少女に口づけをする。これには、恋人同士の戯れ以上の意味があった。女王蜂は、部下の働き蜂が集めてきた精気を得ることで、共同体を維持している。その大事な精気を、女王蜂は少女にも分け与えているのだ。
「可愛いひとよ、もっと私のために美味しいエキスを集めておくれ。人間の良質な精気を得ることができれば、私はもっともっと、君たちを守る力を得ることができるのだから」
少女が、愛おしげに女王蜂の髪をなでる。女王蜂は、うっとりと頷いた。
「働き蜂の報告によると、この近辺には街があるそうですわ。そこを襲えば、貴女が満足できるほどのエキスが集まるでしょう」
少女は、褒美とばかりに女王蜂の身体を愛撫する。甘いひとときを過ごす彼女たちの元へ、働き蜂が飛んできた。女王蜂の耳元で、囁きかける。その途端、女王蜂の顔色が変わった。
「どうかしたの?」
少女が、不思議そうに尋ねる。褥から身を起し、女王蜂は少女に伝えた。
「人間たちが、巣を取り囲んでいるようです」
「フフ……さっそく来たか。いい餌が手に入って、ちょうどいいじゃない」
女王蜂とは対照的に、少女は不敵な態度を崩さない。女王蜂は、働き蜂に人間たちを迎撃するよう命じた。それでもまだ落ち着かず、少女にしがみつく。女王蜂の震える肩に、少女は手を添えた。
「さあ、人間たちが力尽きるまで、兵を生み続けよう」
少女が、女王蜂に深く口づける。歓喜に全身を震わせて、女王蜂は卵管から夥しい卵を生み出した。それらは、次々と孵っていき、即座に翅を広げて飛び立っていく。
当分の間、兵が尽きることはなさそうだった。
「ただいま」
「用は済んだの」
これ以上にないほど簡潔に、リルが聞いてくる。彼女の口から出たのが文句ではなかったことを、ロードは幸運に思った。
「うーん……まあ、ぼちぼちかな。とりあえず、今日はここで一泊するよ。神官長が、歓迎会を開いてくれるみたいだからね」
「そう」
今後の方針をロードから聞くなり、リルは立ち上がる。そのまま部屋を出ようとする彼女に、ロードは声をかけた。
「どこかへ行くの?」
「私には私の目的がある」
そっけなく告げて、リルは去って行く。一人になり、ロードは状況を整理することにした。ナンナルの報告書を読み返しながら、黙考する。
首尾よく目標に接触できたし、三人のうち、二人には会えた。ロードは、すでに彼らがこことは別の世界から召喚された魔王だという確信を持っている。あの魔王たちはおそらく、元の世界とこちらの世界を行き来している。こちらの世界のことは、あまり重要視していないようだが、それでも世間体は気になるらしい。
(そして、たぶん、魔物とも交流がある……か)
ロードは、低い笑みを漏らす。相手に弱みがある以上、それを利用しない手はない。ただし、慎重にやらなければ、こちらが命の危険にさらされる。1と2が、そこらの魔王とはけた違いの力を持っていることをロードは見抜いていた。彼の推測が正しければ、キリヤに助力し、件の危険な魔王を倒したのは、あの二人だ。そんな相手と単独で事を構えるのは、あまりに危険である。
今後の計画の邪魔になるであろうあの魔王達は、排除しなければならない。そのためには、彼らを超える力を手に入れなければ話にならないだろう。そして、それは不可能ではない。
相手がいかに強大な者であろうとも、勇者は、それ以上に強くなれるのだ。
そんな時、ノックの音がした。返事をしてドアを開けると、立っていたのは神官長マトフィイだった。
「おくつろぎのところ、すみませんな、勇者殿」
申し訳なさそうに、マトフィイが恐縮する。報告書をしまい、ロードは愛想よく答えた。
「いえいえ。何かありましたか?」
「実は……お願いしたいことがありまして」
真剣な表情で、マトフィイが話を切り出す。これはただ事ではないと察し、ロードは態度を引き締めた。こちらが聞く体制になったことに安堵し、マトフィイは口を開く。
「ロード殿は、怪物蜂をご存知ですか?」
「ええ。何度か退治したこともあります」
マトフィイの問いに、ロードは頷いた。怪物蜂は、この世界に生息する魔物である。カラスくらいの大きさで、集団で人を襲い、精気を吸って、それを巣にいる女王蜂に献上する。女王蜂はヒト型のサイズだが、戦闘能力がないため、巣からは出てこない。
危険な存在なので、巣を見つけたら、外部から火矢を射駆けて女王蜂を殺すのが通常の退治方法だ。
「その、怪物蜂がですね……どうも、この近くに巣をつくったらしくて」
「何ですって!?それは大変だ!」
マトフィイの報告を聞き、ロードは目を見開いた。
「普通は、人里離れた山奥に巣をつくるものだと聞いていますが……ずいぶんと、思い切ったやつもいたものですね」
ロードの意見に、マトフィイは無言で同意する。怪物蜂は、人を害する魔物だが、有効な戦法をとれば、一般人でも駆除が可能だ。まるで退治してくれと言わんばかりの振る舞いには、少々ひっかかりを感じる。
「それで、有志を募って、これから討伐に向かうのですが、もしよろしければ、ご同行いただければと思いまして」
「そういうことでしたら、喜んで」
マトフィイの依頼を、ロードは快く引き受けた。魔物を退治するのも、勇者の勤めである。丁重に頭を下げて、マトフィイは感謝の意を示した。
「それでは、教会までお越しいただけますかな?皆、集まっております」
そして、マトフィイはロードについてくるよう促す。少し考えた後に、ロードは一人で行くことにした。リルを誘わなくても大丈夫だろうと判断したためである。
怪物蜂を退治して、ナンナルの人々の信頼を得ることは、後に彼の助力になるだろう。そのためならば、これくらいは何ほどのこともないと、ロードは考えていた。
ロードが宿にいたのと同時刻、1と2は荒野の魔物たちを訪れていた。ここへ来る前に、念のため尾行を警戒したものの、それらしき気配は見当たらなかった。
魔物たちは、二人の姿を見るなり顔を輝かせる。
「あ、カインアニキ、お疲れっス!シーザーアニキも、お久しぶりで!」
「今、野球やってるんスけど、一緒にやりませんか?」
どうやら、彼らの今の流行は野球であるらしい。バッターボックスでは、鉄巨人が金属バットをスイングしている。誰かに当たれば、確実に死者が出る速度だ。魔物たちのスポーツは、相変わらず危険と隣り合わせである。
「ほー……いい球が飛んでんじゃねえか」
練習風景を見て、1が感心する。鍛えることに関しては自他ともに厳しい彼も、荒野の魔物たちの実力は認めていた。彼らの情熱が戦いではなく、球技に注がれているのが少し残念だ。
「その前に……お前らに、ちょっと話がある」
朗らかな光景に水を指すような、深刻な声音で、2は魔物たちを集める。わけがわからないながらも、彼らはすぐに寄ってきた。全員が話を聞ける距離まで来るのを待ってから、2は口を開く。
「実はな……今、ナンナルの街に勇者が来てるんだ」
「勇者!?勇者っつったら、バカ強い、俺らの天敵じゃないっスか!」
魔物たちが、驚愕する。魔王や勇者の存在は、この世界で生きる者たちの常識であり、俗世から縁遠い彼らもよく知っていた。
「そいつが、魔物狩りをするなんて言い出すから、お前らのことが気になってな」
2は、魔物たちの顔を見渡した。思った通り、彼らは不安そうにざわめいている。その中のひとりが、2に聞いてきた。
「そいつ、そんなに強えんですか?俺らも、腕には自信があるんスけど」
牛の頭を持つ魔物・ミノタウロスが、力こぶをつくる。彼の剛腕で殴られたら、歴戦の勇者とてひとたまりないだろう。
「問題なのは、強さじゃねえ。そいつの知名度だ。かなり有名らしいからな……そんなのを殺っちまったら、警戒されて討伐隊を派遣されるかもしれねえ。そうなれば、ここでの暮らしも厳しくなるだろ?」
好戦的な空気になってきたところで、2は問題点を指摘した。戦いに勝ったとしても、その先がないようでは敗北と同じだ。
「正直、討伐隊だろうが何だろうが負ける気はしねえんスけど……せっかく楽しく暮らしてるのを、邪魔されるのは気分悪ぃっスねえ」
「だろ?だから、勇者が来たら逃げるなり説得するなりして、戦いを回避するんだ。話が分からないやつじゃねえみてえだしな」
「まあ、アニキが言うなら、そうしやす。な?みんな」
ミノタウロスが、魔物たちに確認する。彼らは、いっせいに頷いた。不満がある者もいるだろうが、今のこの生活を守る方が大事だった。
「さて、話はここまでだ。試合やろうぜ!」
暗く沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように、2は話を終える。それを聞いて、魔物たちは大いに喜んだ。外部からの刺激は、仲間内で固まっている彼らにとってありがたいことなのだ。
「懐かしいなあ……野球なんざ、ガキの頃にちょっとやったくれえだ」
魔物から借りたグローブを慣れない手つきではめながら、1がしみじみと言う。彼の世界にも、野球は存在しているようだ。
「大丈夫かよ?ハンデつけてやろうか?」
「ざけんな。ぼっこぼこにしてやる」
からかうような2の申し出を、1はきっぱりと断った。二人の間に、ばちばちと火花が散る。本日は、白熱した試合になりそうだ。
ロードは、マトフィイの案内で教会の礼拝堂を訪れていた。礼拝堂には、多くの若者たちが集まっている。教壇に上がり、マトフィイは彼らに語りかけた。
「勇気ある諸君、本日は集まってくれてありがとう。もう知っていると思うが、ナンナルの近辺で、怪物蜂の巣が発見された。このままやつらを放置しておけば、襲撃を受けて街が壊滅する恐れがある」
マトフィイの話を、若者たちは真剣に聞いている。彼らは、魔物と戦った経験が少ない。どの顔も、楽観的とはほど遠い様子だ。彼らの恐怖を拭い去るように、マトフィイは隣にいるロードを指し示した。
「しかし、安心してほしい!今回の討伐には、勇者ロード殿もご同行いただけることになった!」
朗報を聞き、若者たちは顔を輝かせる。ロードは、彼らに一礼した。
「皆さんを守るために、必ずや危険な魔物は排除します。安心してついてきてくださいね」
若者たちは、歓声を上げた。高名な勇者が味方してくれるのならば、勝ったも同然だろう。神官たちが、討伐隊に必要な物資を手渡す。士気が高いうちの方がいいということで、ロードは、彼らを率いて出発することにした。
「ご武運を!」
マトフィイと、神官たちに見送られて、ロードは教会を後にする。若者たちも、ぞろぞろとついてきた。街門を抜けて、外へ出る。その先では、木々が視界いっぱいに生い茂っていた。案内係の者が、ロードに行く手を示す。
歩いている途中で、若者たちの方をロードはちらりと振り返った。皆、ロードを信頼しきった目で見ている。その中に1や2の姿はなかった。
(……まさか、カインたち、邪魔しに来ないよな……?)
少し背後を気にしつつ、ロードは森を進んでいった。
蜂の巣というのは、木にぶら下がっているものだが、怪物蜂の巣は、一般的なものとは違い、陸の上にある。それは、単に重さの問題だ。クリスタルのような材質の、六角形がいくつも組み合わさったような建造物の周囲には、働き蜂が何匹も飛んでいた。
巣はまだ作りかけで、あちこち綻んでいる。
巣の最奥には、彼らの主君である女王蜂の部屋がある。シルクのような薄い膜がはりめぐらされた褥には、女王以外の者が横たわっていた。働き蜂ではなく、銀色の触覚と、長い髪を持つ美しい少女だ。彼女の傍らに、女王蜂が寄り添っている。
褥で睦みあいながら、女王蜂が、少女に口づけをする。これには、恋人同士の戯れ以上の意味があった。女王蜂は、部下の働き蜂が集めてきた精気を得ることで、共同体を維持している。その大事な精気を、女王蜂は少女にも分け与えているのだ。
「可愛いひとよ、もっと私のために美味しいエキスを集めておくれ。人間の良質な精気を得ることができれば、私はもっともっと、君たちを守る力を得ることができるのだから」
少女が、愛おしげに女王蜂の髪をなでる。女王蜂は、うっとりと頷いた。
「働き蜂の報告によると、この近辺には街があるそうですわ。そこを襲えば、貴女が満足できるほどのエキスが集まるでしょう」
少女は、褒美とばかりに女王蜂の身体を愛撫する。甘いひとときを過ごす彼女たちの元へ、働き蜂が飛んできた。女王蜂の耳元で、囁きかける。その途端、女王蜂の顔色が変わった。
「どうかしたの?」
少女が、不思議そうに尋ねる。褥から身を起し、女王蜂は少女に伝えた。
「人間たちが、巣を取り囲んでいるようです」
「フフ……さっそく来たか。いい餌が手に入って、ちょうどいいじゃない」
女王蜂とは対照的に、少女は不敵な態度を崩さない。女王蜂は、働き蜂に人間たちを迎撃するよう命じた。それでもまだ落ち着かず、少女にしがみつく。女王蜂の震える肩に、少女は手を添えた。
「さあ、人間たちが力尽きるまで、兵を生み続けよう」
少女が、女王蜂に深く口づける。歓喜に全身を震わせて、女王蜂は卵管から夥しい卵を生み出した。それらは、次々と孵っていき、即座に翅を広げて飛び立っていく。
当分の間、兵が尽きることはなさそうだった。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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