L-Triangle!9-1
- 2014/12/16
- 20:12
エルファラ教は、この世界で最も普及している宗教である。
世界を創造し、邪神との戦いにより眠りについたとされる神・エルファラを崇め、神が復活するよう祈りを捧げる……というのが、主な教義内容だ。別の世界から召喚されてくる魔王に苦しめられる日々も、エルファラ神が復活しさえすれば全てが報われるのだという。
そのエルファラ教の総本山が、大都市メイルード。教祖シュトラーセが統治するこの都市は、当然、人口も多く、大通りは行き交う人々でごった返していた。味気ない日常の中で、目的地へ向かって道を急ぐ彼らの視線が、ある人物に集中する。大都市の喧騒をものともせずに、優雅に歩くその青年は、天使か、あるいは聖人が降臨したのではないかと思うほど美しかった。つややかな黒髪、細工師が丹念に作り上げたかのような整った顔立ちに、澄んだ青い瞳。神官のような服装をしているが、エルファラ教のそれとはどこか違う。
女性はもちろん、男性ですらしばし時を忘れて青年に魅入った。
青年の正体が、こことは別の世界から来た魔王・ルシファーだということを、彼らが知る由もない。ルシファーその3……略して3は、今、潜入捜査の真っ最中だった。先日、彼がこの世界に来ていない間に、エルファラ教会専属の勇者が、彼らの本拠地にちょっかいをかけてきたのだ。そこで、3はエルファラ教に関心を持ち、総本山のメイルードへと赴いたのである。
人々の憧憬の眼差しをものともせずに、3は迷うことなく大通りを突き進んでいく。その足取りは軽く、片手に花束・もう片手にはケーキ。完璧な装備だ。向かう先は、とある女性の家である。調査をしている間に仲良くなった彼女は、家に遊びに来てほしいと3を誘ったのだ。そして、彼は快諾した。この時点で、調査という目的は、どこか遠い空の向こうを飛んでいた。
「確か、ここらへんだと思ったんだけどな……」
地図を片手に、辺りを見回す。立派な屋敷がいくつも立ち並ぶ中、3はすぐに目的地を見つけた。教会の関係者が利用する寮の一室が、彼女の住まいである。管理人に話をすると、3はすぐに建物内に入ることを許可された。さすが教会の総本山だけあって、寮内は清掃が行き届いている。広い廊下を、多くのシスターや騎士たちが行き交っており、その中の何人かに道を聞きながら、3は女性の部屋を探し当てた。
表札を確認し、呼び鈴を鳴らす。しかし、いくら待っても、ひとが出る気配はない。
「早く来すぎたかな?」
首をかしげつつ、3はドアノブを回した。鍵がかかっているかと思いきや、ドアはあっさりと開く。
「あれ、開いてる……」
少しためらった後、3はドアを開ける。その瞬間、ドアの向こう側にいた人物が覆いかぶさってきた。
「え……!?な、何?」
とっさのことに驚きながらも、3は相手を抱き止める。相手は、彼が約束していた女性・ケレンだった。
「ケレン!」
名を呼ぶが、返事はない。よく見ると、その後頭部は陥没し、首がありえない角度にへし折れていた。どう考えても生きているとは思えない。
どうしようかと3が狼狽えていると、通りがかったシスターが悲鳴を上げた。
「きゃあああああ!!人殺し!!」
甲高い声が、寮内に響く。すぐに、何事かと教会の関係者たちが集まってきた。
「ち、違います!私は、ここに来たばかりで……!」
「騎士様、こっちです!」
狼狽える3を遮り、シスターが騎士を連れてくる。まばたきをする間もなく、3は複数の騎士に取り囲まれた。
「よし、そこの男!動くな!」
「貴様!エルファラ教会の総本山で、このような罪を犯してただですむと思うなよ?」
数の暴力で押し寄せて、騎士たちは3の身柄を拘束する。彼らを蹴散らすのは3にとって容易だったが、ここで騒ぎを起こすわけにもいかない。
「だから、違います!私は……私は、やってない!!」
抵抗空しく、3は騎士たちに連行されていった。それに続いて、死体の運送や、現場検証が始まる。平和だった寮は、一転して大騒ぎになった。
混乱の中、銀髪の少女が不愉快そうに舌打ちをして立ち去ったのだが、この場の誰もが気づかなかった。
3が逮捕された翌日のこと。友人が大変なことになっているとは全く知らず、ルシファーその1とその2は、それぞれの世界からやってきていた。彼らがいるのは、メイルードから遠く離れた辺境の街・ナンナルの屋敷である。
「よう」
「おー」
片手をあげて、挨拶を交わす。このやり取りも、すっかり日課になっていた。
「さってと、今日は何すっかな」
階段を降りつつ、2が伸びをする。予定がなければ、今日は一日中昼寝をするつもりだ。
「フォースのやつ、先に来てるのか?」
屋敷内に人の気配を感じ、1が階下を覗き込む。フォースというのは、3のこの世界の呼び名で、1はシーザー、2はカインと名乗っていた。
何の気なしに二人は広間に入り、そこで固まった。室内にいたのは3ではなく、銀髪に黒いドレスを着た、見覚えのない少女だったのである。
「……遅い」
不快そうに、少女が眉をひそめる。記憶を掘り起し、彼女に見覚えがないことを確認してから、1は少女に問うた。
「……誰だお前」
「どうでもいい」
少女の答えは、そっけないにもほどがあった。勝手に持ち出した茶器で、紅茶を淹れている。
「いや、そこは名乗れよ」
2が、半眼で指摘する。紅茶を一口飲んだ後、少女はようやくこちらの要求に応じた。
「リル。覚えなくていい」
そして、1と2の前に一枚の紙を差し出してくる。少女……リルの態度に引っ掛かりを感じつつも、二人は紙を受け取った。
「何だこりゃ。新聞か」
2が、内容をざっと読む。持ち前の根性で、二人は訳さなくてもこの世界の文書を読めるようになっていた。
「しかも号外だな。ええと……神官寮でか弱き女性を殺害した悪漢、あえなく逮捕……」
「おい。これが何だっつーんだよ」
リルの意図が理解できず、1は彼女に尋ねる。返ってきたのは、冷たい視線だった。
「字も読めないの。筋肉ダルマ」
「ああ!?」
さもばかにしたように、リルは1に向かって毒を吐く。怒りに任せて突っかかろうとした彼を制したのは、2の驚愕の声だった。
「シーザー!これ、フォースのことだ!」
「は?殺されたのは女だろ?」
怪訝そうに、1は2に視線を向ける。青ざめた顔で、2は記事の一部を指し示した。
「じゃなくて!その女を殺したのが、フォースだって書いてあるんだよ!」
言われて、1はあらためて新聞をじっくり読んだ。そこには、女性が自宅で殺されていたことと、現場にいた男性が逮捕されたことが記述されていた。
「男性の名は、フォース……二十代くらいで、身元は不明……」
「おまけに、この似顔絵もやつによく似てやがる」
内容を音読する1の横で、2が掲載されている図を指さす。そこには、黒髪の、整った顔立ちの青年の姿が描かれていた。実物より二割増しで悪人面だが、確かに、3を連想させる容貌である。
「っつーことは、あいつ、逮捕されちまったのか!?」
「そうらしい。しかもここ、エルファラ教会の総本山だ」
1の言葉を肯定し、2は眉をひそめる。それを聞いて、1は前回の3との会話を思い出した。
「そういや、総本山に行くって言ってたものな。そこで、事件に巻き込まれたか」
ようやく得心がいき、1は大きく頷く。呆れたように、リルが口を挟んだ。
「やっと理解したの。遅い」
「こんな回りくどいことしねえで、てめえが最初から説明すりゃいいじゃねえかよ!」
あんまりな言い草に怒りが再燃し、1はむきになって反論する。そんな彼に目もくれず、リルは紅茶を飲み干した。ティーカップをテーブルに置き、吐き捨てるように言う。
「頭の悪いやつらと話すと疲れる」
「いっぺん泣かすぞこのクソガキ……!」
憤りのあまり、拳を震わせる、1。自分より遥かに体格で劣る女子供に手を出すのはさすがにどうかと思うものの、理性の限界が来るのも時間の問題だ。一触即発な空気を察し、2がひょいと肩をすくめる。
「まあ、お前が何者なのかは知らねえが、教えてくれたことには感謝するぜ。行くぞ、シーザー」
「そうだな」
2に腕を引っ張られ、1は承諾した。ここにいても何も解決しないどころか、このわけのわからない少女に不愉快な思いをさせられる一方だ。決断するなり、二人はリルを置いて屋敷を飛び出して行く。残された少女は、それを冷たい眼差しで見送っていた。
空を飛び、1と2は教会総本山・メイルードへ向かった。石造りの塔が立ち並ぶ大都市は、ナンナルとは全く違う、清浄で引き締まった空気を持っていた。都市の中心にある巨大な塔が、彼らの目に止まる。おそらくはここに、王だか教祖だかといった、偉いのがいるということは、初めて来た二人にも理解できた。
ひと目のつかない場所へ降り立った二人は、さっそく聞き込みを行い、3が収監されたという監獄を突き止めた。監獄は都市の外れにあり、高い塀に囲まれていた。唯一の出入り口の付近には、大柄な門番が仁王立ちしていた。人がいたことを幸いとみなし、1と2は、彼に用件を告げる。
「囚人と面会したいだと!?」
臆することなく近づいてきたちんぴら二人を、門番はじろりとにらむ。常人ならば恐れをなして逃げ去るほどの剣幕だが、自身の世界で悪魔の王をやっている二人には全く通用しない。
「つい最近、女を殺して逮捕されたやつがいるだろ?俺らはそいつの知り合いなんだよ」
2が、門番に説明をする。それを聞いて、すぐに心当たりを見出し、門番は首を振った。
「その男は、取り調べ中だ!余計な入れ知恵をされてはかなわんからな。帰れ!」
居丈高に、拒否する。まるでとりつくしまがない様子に、どうしたものかと2が考え込んだとき、成り行きを見守っていた1が動いた。
「おい」
「な、何だ」
自身とさほど変わらぬ体格の1が出てきたことで、門番は怯む。そんな彼の眼前に、1はふところから取り出した紙を突きつけた。それは、以前、ナンナルを訪れた勇者ロードからもらった紹介状だった。ロードの話によると、彼は教会に顔がきくらしい。その効果がいかほどのものかを試す、いい機会だ。
「これ見てもそーいう態度がとれんのか?ああ?」
「こ、これは……!」
厭味ったらしく、1は門番を威嚇する。紹介状を見るなり、門番の顔が、さっと青ざめた。そして、彼らにしばし待つように言づけて、門番は奥へ引っ込んでいく。やがて戻って来たときには、彼の顔つきは変わっていた。
「……失礼しました。すぐにご案内いたします」
かしこまって、礼儀正しく頭を下げる。どうやら、勇者ロードの言葉は本当だったようだ。
「はっ……わかればいいんだよ」
嘲るように吐き捨てて、1は門をくぐる。前方を行く門番の肩が屈辱のあまり微かに震えているのが、実に愉快だ。
「おー、すげえじゃねえか」
2が、感心したように1の後を追う。ロードの紹介状をもらったのは彼なのだが、正直な話、すっかり忘れ返っていた。油断するとすぐに足元をすくわれるような弱肉強食の世界で生きてきた1が聞いたら、頭を抱えたくなるほどの危機感のなさである。
「権力は、こうやって気持ちよーく使わねえと。なあ?」
得意げに言い放ち、1と2は堂々と監獄へ足を踏み入れた。
世界を創造し、邪神との戦いにより眠りについたとされる神・エルファラを崇め、神が復活するよう祈りを捧げる……というのが、主な教義内容だ。別の世界から召喚されてくる魔王に苦しめられる日々も、エルファラ神が復活しさえすれば全てが報われるのだという。
そのエルファラ教の総本山が、大都市メイルード。教祖シュトラーセが統治するこの都市は、当然、人口も多く、大通りは行き交う人々でごった返していた。味気ない日常の中で、目的地へ向かって道を急ぐ彼らの視線が、ある人物に集中する。大都市の喧騒をものともせずに、優雅に歩くその青年は、天使か、あるいは聖人が降臨したのではないかと思うほど美しかった。つややかな黒髪、細工師が丹念に作り上げたかのような整った顔立ちに、澄んだ青い瞳。神官のような服装をしているが、エルファラ教のそれとはどこか違う。
女性はもちろん、男性ですらしばし時を忘れて青年に魅入った。
青年の正体が、こことは別の世界から来た魔王・ルシファーだということを、彼らが知る由もない。ルシファーその3……略して3は、今、潜入捜査の真っ最中だった。先日、彼がこの世界に来ていない間に、エルファラ教会専属の勇者が、彼らの本拠地にちょっかいをかけてきたのだ。そこで、3はエルファラ教に関心を持ち、総本山のメイルードへと赴いたのである。
人々の憧憬の眼差しをものともせずに、3は迷うことなく大通りを突き進んでいく。その足取りは軽く、片手に花束・もう片手にはケーキ。完璧な装備だ。向かう先は、とある女性の家である。調査をしている間に仲良くなった彼女は、家に遊びに来てほしいと3を誘ったのだ。そして、彼は快諾した。この時点で、調査という目的は、どこか遠い空の向こうを飛んでいた。
「確か、ここらへんだと思ったんだけどな……」
地図を片手に、辺りを見回す。立派な屋敷がいくつも立ち並ぶ中、3はすぐに目的地を見つけた。教会の関係者が利用する寮の一室が、彼女の住まいである。管理人に話をすると、3はすぐに建物内に入ることを許可された。さすが教会の総本山だけあって、寮内は清掃が行き届いている。広い廊下を、多くのシスターや騎士たちが行き交っており、その中の何人かに道を聞きながら、3は女性の部屋を探し当てた。
表札を確認し、呼び鈴を鳴らす。しかし、いくら待っても、ひとが出る気配はない。
「早く来すぎたかな?」
首をかしげつつ、3はドアノブを回した。鍵がかかっているかと思いきや、ドアはあっさりと開く。
「あれ、開いてる……」
少しためらった後、3はドアを開ける。その瞬間、ドアの向こう側にいた人物が覆いかぶさってきた。
「え……!?な、何?」
とっさのことに驚きながらも、3は相手を抱き止める。相手は、彼が約束していた女性・ケレンだった。
「ケレン!」
名を呼ぶが、返事はない。よく見ると、その後頭部は陥没し、首がありえない角度にへし折れていた。どう考えても生きているとは思えない。
どうしようかと3が狼狽えていると、通りがかったシスターが悲鳴を上げた。
「きゃあああああ!!人殺し!!」
甲高い声が、寮内に響く。すぐに、何事かと教会の関係者たちが集まってきた。
「ち、違います!私は、ここに来たばかりで……!」
「騎士様、こっちです!」
狼狽える3を遮り、シスターが騎士を連れてくる。まばたきをする間もなく、3は複数の騎士に取り囲まれた。
「よし、そこの男!動くな!」
「貴様!エルファラ教会の総本山で、このような罪を犯してただですむと思うなよ?」
数の暴力で押し寄せて、騎士たちは3の身柄を拘束する。彼らを蹴散らすのは3にとって容易だったが、ここで騒ぎを起こすわけにもいかない。
「だから、違います!私は……私は、やってない!!」
抵抗空しく、3は騎士たちに連行されていった。それに続いて、死体の運送や、現場検証が始まる。平和だった寮は、一転して大騒ぎになった。
混乱の中、銀髪の少女が不愉快そうに舌打ちをして立ち去ったのだが、この場の誰もが気づかなかった。
3が逮捕された翌日のこと。友人が大変なことになっているとは全く知らず、ルシファーその1とその2は、それぞれの世界からやってきていた。彼らがいるのは、メイルードから遠く離れた辺境の街・ナンナルの屋敷である。
「よう」
「おー」
片手をあげて、挨拶を交わす。このやり取りも、すっかり日課になっていた。
「さってと、今日は何すっかな」
階段を降りつつ、2が伸びをする。予定がなければ、今日は一日中昼寝をするつもりだ。
「フォースのやつ、先に来てるのか?」
屋敷内に人の気配を感じ、1が階下を覗き込む。フォースというのは、3のこの世界の呼び名で、1はシーザー、2はカインと名乗っていた。
何の気なしに二人は広間に入り、そこで固まった。室内にいたのは3ではなく、銀髪に黒いドレスを着た、見覚えのない少女だったのである。
「……遅い」
不快そうに、少女が眉をひそめる。記憶を掘り起し、彼女に見覚えがないことを確認してから、1は少女に問うた。
「……誰だお前」
「どうでもいい」
少女の答えは、そっけないにもほどがあった。勝手に持ち出した茶器で、紅茶を淹れている。
「いや、そこは名乗れよ」
2が、半眼で指摘する。紅茶を一口飲んだ後、少女はようやくこちらの要求に応じた。
「リル。覚えなくていい」
そして、1と2の前に一枚の紙を差し出してくる。少女……リルの態度に引っ掛かりを感じつつも、二人は紙を受け取った。
「何だこりゃ。新聞か」
2が、内容をざっと読む。持ち前の根性で、二人は訳さなくてもこの世界の文書を読めるようになっていた。
「しかも号外だな。ええと……神官寮でか弱き女性を殺害した悪漢、あえなく逮捕……」
「おい。これが何だっつーんだよ」
リルの意図が理解できず、1は彼女に尋ねる。返ってきたのは、冷たい視線だった。
「字も読めないの。筋肉ダルマ」
「ああ!?」
さもばかにしたように、リルは1に向かって毒を吐く。怒りに任せて突っかかろうとした彼を制したのは、2の驚愕の声だった。
「シーザー!これ、フォースのことだ!」
「は?殺されたのは女だろ?」
怪訝そうに、1は2に視線を向ける。青ざめた顔で、2は記事の一部を指し示した。
「じゃなくて!その女を殺したのが、フォースだって書いてあるんだよ!」
言われて、1はあらためて新聞をじっくり読んだ。そこには、女性が自宅で殺されていたことと、現場にいた男性が逮捕されたことが記述されていた。
「男性の名は、フォース……二十代くらいで、身元は不明……」
「おまけに、この似顔絵もやつによく似てやがる」
内容を音読する1の横で、2が掲載されている図を指さす。そこには、黒髪の、整った顔立ちの青年の姿が描かれていた。実物より二割増しで悪人面だが、確かに、3を連想させる容貌である。
「っつーことは、あいつ、逮捕されちまったのか!?」
「そうらしい。しかもここ、エルファラ教会の総本山だ」
1の言葉を肯定し、2は眉をひそめる。それを聞いて、1は前回の3との会話を思い出した。
「そういや、総本山に行くって言ってたものな。そこで、事件に巻き込まれたか」
ようやく得心がいき、1は大きく頷く。呆れたように、リルが口を挟んだ。
「やっと理解したの。遅い」
「こんな回りくどいことしねえで、てめえが最初から説明すりゃいいじゃねえかよ!」
あんまりな言い草に怒りが再燃し、1はむきになって反論する。そんな彼に目もくれず、リルは紅茶を飲み干した。ティーカップをテーブルに置き、吐き捨てるように言う。
「頭の悪いやつらと話すと疲れる」
「いっぺん泣かすぞこのクソガキ……!」
憤りのあまり、拳を震わせる、1。自分より遥かに体格で劣る女子供に手を出すのはさすがにどうかと思うものの、理性の限界が来るのも時間の問題だ。一触即発な空気を察し、2がひょいと肩をすくめる。
「まあ、お前が何者なのかは知らねえが、教えてくれたことには感謝するぜ。行くぞ、シーザー」
「そうだな」
2に腕を引っ張られ、1は承諾した。ここにいても何も解決しないどころか、このわけのわからない少女に不愉快な思いをさせられる一方だ。決断するなり、二人はリルを置いて屋敷を飛び出して行く。残された少女は、それを冷たい眼差しで見送っていた。
空を飛び、1と2は教会総本山・メイルードへ向かった。石造りの塔が立ち並ぶ大都市は、ナンナルとは全く違う、清浄で引き締まった空気を持っていた。都市の中心にある巨大な塔が、彼らの目に止まる。おそらくはここに、王だか教祖だかといった、偉いのがいるということは、初めて来た二人にも理解できた。
ひと目のつかない場所へ降り立った二人は、さっそく聞き込みを行い、3が収監されたという監獄を突き止めた。監獄は都市の外れにあり、高い塀に囲まれていた。唯一の出入り口の付近には、大柄な門番が仁王立ちしていた。人がいたことを幸いとみなし、1と2は、彼に用件を告げる。
「囚人と面会したいだと!?」
臆することなく近づいてきたちんぴら二人を、門番はじろりとにらむ。常人ならば恐れをなして逃げ去るほどの剣幕だが、自身の世界で悪魔の王をやっている二人には全く通用しない。
「つい最近、女を殺して逮捕されたやつがいるだろ?俺らはそいつの知り合いなんだよ」
2が、門番に説明をする。それを聞いて、すぐに心当たりを見出し、門番は首を振った。
「その男は、取り調べ中だ!余計な入れ知恵をされてはかなわんからな。帰れ!」
居丈高に、拒否する。まるでとりつくしまがない様子に、どうしたものかと2が考え込んだとき、成り行きを見守っていた1が動いた。
「おい」
「な、何だ」
自身とさほど変わらぬ体格の1が出てきたことで、門番は怯む。そんな彼の眼前に、1はふところから取り出した紙を突きつけた。それは、以前、ナンナルを訪れた勇者ロードからもらった紹介状だった。ロードの話によると、彼は教会に顔がきくらしい。その効果がいかほどのものかを試す、いい機会だ。
「これ見てもそーいう態度がとれんのか?ああ?」
「こ、これは……!」
厭味ったらしく、1は門番を威嚇する。紹介状を見るなり、門番の顔が、さっと青ざめた。そして、彼らにしばし待つように言づけて、門番は奥へ引っ込んでいく。やがて戻って来たときには、彼の顔つきは変わっていた。
「……失礼しました。すぐにご案内いたします」
かしこまって、礼儀正しく頭を下げる。どうやら、勇者ロードの言葉は本当だったようだ。
「はっ……わかればいいんだよ」
嘲るように吐き捨てて、1は門をくぐる。前方を行く門番の肩が屈辱のあまり微かに震えているのが、実に愉快だ。
「おー、すげえじゃねえか」
2が、感心したように1の後を追う。ロードの紹介状をもらったのは彼なのだが、正直な話、すっかり忘れ返っていた。油断するとすぐに足元をすくわれるような弱肉強食の世界で生きてきた1が聞いたら、頭を抱えたくなるほどの危機感のなさである。
「権力は、こうやって気持ちよーく使わねえと。なあ?」
得意げに言い放ち、1と2は堂々と監獄へ足を踏み入れた。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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