L-Triangle!9-3
- 2014/12/20
- 20:15
整然と並ぶ墓石群を抜けて、ロードはルシファー達を目的地まで案内した。見張りの騎士がいたものの、勇者の顔を見るなり態度を改めて後方へ下がる。死体が消えたというケレンの墓は、発見されたときのまま、現場保存をされていた。黒い大理石の墓石の前に、大きな穴が開いている。おそらくは、この穴の中にケレンの躯を入れた棺が入っていたのだろうが、あとかたもなかった。
「夜中のうちに墓を荒らされて、棺ごと運ばれた……というのが、今のところ出ている見解なんだけどね」
半ば呆然としつつ墓の前の穴を見つめる1と2に、ロードが説明する。
「ったく……何でピンポイントでそいつの死体を盗むんだよ!他のにしやがれ!」
忌々しげに、1が舌打ちをした。死体がないのでは、さすがの彼も手の施しようがない。
「これは、厄介なことになってきやがったな」
墓穴を覗き込んでいた2が、難しい顔で呟いた。
「こういう事件、最近増えてるんだ。僕は、その捜査に駆り出されてるところなんだけどね」
「勇者サマってのは大変だな。そんなことまでするのかよ」
沈黙してしまった二人に、ロードは近況を話した。それを聞いて、2が勇者に同情する。魔王を命がけで退治するだけでも大変だというのに、刑事の真似事までさせられているとは、人遣いが荒すぎるのではないだろうか。
「勇者っていうより、教会関係者の仕事って感じかなあ……。これも正義を守るためさ」
当のロードは、力なく笑って肩をすくめただけだった。自主的にやっているのならば、外部が口を挟む問題ではないと判断し、2は話題を死体消失事件に戻す。
「被害者に共通点はあるか?」
「そうだなあ……みんな、若い女性だってことくらいかな。それと、比較的最近亡くなった人ばっかり」
懐から調査書を取り出して、ロードは2の質問に答えた。現在、行方不明の遺体は、ケレンを含めて五体あるのだが、職業も出身地も、住んでいるところもばらばらだった。そのため、ロードは死体の身元から犯人を割り出すのを半ばあきらめている。
「何かヤバいもんを感じるな……死体愛好家の線もあるぞ、それ」
顔をしかめて、1が意見する。彼の世界にも、死体しか愛せないという異様な性癖を持つ者は存在していた。もっとも、彼の世界は強い者が正義なので、多少おかしいところがあっても逮捕されたりはしない。
「ねえ、君たちも協力してくれないかな?そうしてくれれば、すごく助かるんだけど」
「はあ?何で俺様がそんな……」
いい機会だと思い、ロードは二人にすがるような視線を向けた。即座に断ろうとする1だったが、何かに気づいた2が、それを遮る。
「フォースのやつを、人質にとろうってのか?」
厳しい表情で、2はロードを詰問する。勇者は、それを否定しなかった。
「こっちも、色々としがらみがあってね。僕の知り合いだからって、容疑者を釈放することはできないんだよ」
申し訳なさそうな態度で、ロードは二人を諭す。彼としても、3がこの魔王たちの一味だとわかっていたら、もっと他に手を打っていた。だが、ケレン殺人事件はすでに世間一般に知れ渡り、新聞記事にまでなっている。いくらロードがそれなりの地位にあるといっても、生半可な理由で教会の判断を覆すことはできないのだ。
「あまり調子に乗るなよ?こっちには、力ずくって手段もあるんだ」
拳をちらつかせつつ、1が脅しをかける。涼しい顔で、ロードはそれを受け流した。
「もしその彼が脱獄したら、教会の権限で全世界に指名手配される。そうなったら、どこにも逃げられないよ」
「げ……」
「てめえ、卑怯だぞ!?」
勇者に反撃されて、2は絶句し、1は相手を非難する。彼らが事を荒立てるのを嫌うことを知っているので、ロードはあくまでも強気だった。
「当然起こるだろうことを説明しただけさ」
至極冷静に、事実を言い渡す。1と2はしばし無言で顔を見合わせていたが、やがて観念したようにため息をついた。
「しょうがねえな。やるだけやってやるよ」
「本当かい!?助かるなあ。持つべきものは、友だちだね!」
先ほどまでの不敵さはどこへやら、喜びを前面に出して、ロードが1の手をとる。当然のように、1は振り払った。
「友だちは脅迫なんてしてこねえよ」
「あんまり期待すんなよな。お前らの方が、土地勘的にも人数的にも有利なんだから」
1がロードを蔑み、2はくぎを刺す。それでも、勇者は落胆した様子を見せなかった。後方に控えていた騎士に何事かを命じ、受け取ったものを二人に差し出してくる。
「じゃあ、これを持って行ってくれるかい?」
ロードの手の中のそれを、二人はまじまじと見つめる。複数のボタンやランプがくっついたその丸い石に、彼らは見覚えがあった。
「これ、確か……通話の石、だっけか」
2が、石に関する記憶を引っ張り出す。遠く離れたところにいても連絡をとることができる魔法の品で、勇者たちはこれを用いて情報を交換しているのだと、以前聞いたことがあった。
「知ってるんだね。なら、話は早いか。何かあったら、連絡してよ」
そう言って、ロードは通話の石の操作方法を簡単に説明した。通話の石の基本操作はシンプルで、指定のボタンを押すだけで通話ができる。他にも色々機能はあるが、1と2が今のところ知っていた方がいいのは、それだけだ。
「こういうのはあまり好きじゃねえんだが……非常事態だしな。借りとくか」
少し渋りつつも、2は通話の石をスーツのポケットにしまった。余談だが、彼は自分の世界でも携帯電話を持たない主義である。1の方はというと、ここには用はないと言わんばかりに歩き出していた。
「さて、そろそろ他の場所へ行こうぜ。いつものペースだと、あいつ、明日仕事だ」
もたもたしている2を、1が急かす。ルシファー達は、二日まとめて休暇をとることが多い。3の世界は今、忙しいらしいので、それ以上の休暇の引き伸ばしは難しいだろう。
「っつーことは、今日中に解決しろってか……きっついなあ」
文句を言いながら、1と2は墓地を去って行った。彼らの姿が見えなくなるや、ロードは自分の通話の石のあるボタンを押す。それは、盗聴機能を有効にするボタンだった。彼以外の勇者は知らないことだが、通話の石は改造を施せば盗聴もできる。これで、彼らの会話は筒抜けも同然だった。
「ホント、友情って素晴らしいよね」
寒々しい墓地の風景を背に、ロードはほくそ笑む。強大な力を持つルシファー達を、彼は警戒していた。敵に関する新たな情報を手に入れる機会がこんな形で訪れるとは、全く運命とは予測がつかないものである。通話の石にイヤホンのような器具をとりつけながら、ロードはそんなことを考えていた。
ケレンの死体がない以上どうにもならないので、墓地を出た1と2は、とりあえず3のところへ戻ることにした。道中、今後のことを相談しようと2が口を開いた時、彼はある人物の姿を目に留める。それは、ナンナルで出会った少女・リルだった。
「お前……」
目を丸くして、2がリルに声をかける。それに対する返事はなく、リルは彼につかつかと歩み寄ると、無言でスーツのポケットを探り始めた。
「ちょ、何だよ」
わけがわからず、2は狼狽える。力ずくで引きはがすのは簡単だが、相手は十代半ばの少女だ。どうしようかと迷っているうちに、リルは先ほど2がロードからもらった通話の石を見つけた。取り返そうと2が手を伸ばすより早く、石を地面にたたきつける。
「あ!?」
素っ頓狂な声を上げる、2。一緒にいた1も、彼と同じく呆然としている。
「よし。壊れた」
そんな男たちをよそに、リルは満足げにうなずいて、道に盛大に散らばった通話の石の部品を片づけ始めた。手際よく袋に詰め込み、自分のショルダーバッグにしまおうとする。
「何すんだよ!返せ!」
ようやく正気に返り、2がリルに抗議する。意外なことに、彼女は石の入った袋をあっさりと寄越してきた。だが、とても通話ができる状態ではないということは、この世界の品に疎い2でもわかる。
「お前、どうやって戻ってきたんだ?」
通話の石の件はひとまず置いて、1はリルに当然の疑問を突きつける。ナンナルとメイルードは、違う大陸にある。空を飛びでもしない限り、こんな短期間ではたどり着けないはずだ。
「そんなこともわからないの。脳筋ダルマ」
「だからそれやめろっつーにこの……!!」
初めて会った時と同様、リルの態度は冷たい。相手がこういう性格だということを思い出し、1は歯噛みした。そんな1に背を向けて、リルは2を見据える。
「さっさとあいつを連れて帰って」
「あいつって、フォースのことか?そうしてえのはやまやまだけどな、このまま逃げたら、指名手配されちまうんだよ」
つっけんどんに命令されて、2はリルに事情を話す。しかし、少女は納得しなかった。冷淡な表情を崩さずに、言い放つ。
「それが何」
「そうなったら、犯罪者扱いされて世界のどこにいても追われるって話だろが」
「だから、それが何」
「だーかーら……」
いっさいの妥協もなく要求を繰り返すリルに、2は辟易する。無愛想で、毒舌で、そのうえ頑固。こんなにとっつきにくい人物の相手をするのは、久しぶりだった。辛抱強く説得を続けようとする2に、リルはうんざりしたように言葉をぶつけた。
「来なければいい」
「は?」
「この世界に、もう来ないで」
毅然とした態度で、リルは再度通告する。その顔には、嫌悪感がありありと浮かんでいた。
「あんたたち、迷惑なの。この世界に、あんたたちは必要ない。他にも居場所があるくせに、引っ掻き回さないで」
「どこにいようが、俺達の勝手だろ」
はっきりと断言され、さすがの2も憮然として反論する。確かに、この異世界に来てから幾多のトラブルに巻き込まれてきたが、全て解決してきたつもりだ。見ず知らずの少女に、ここまで言われる筋合いはない。1もまた彼と同じ気持ちらしく、すぐさま加勢してきた。
「生憎だがな、てめえの指図なんざ受けねえよ。どうしても言うこと聞かせたいっつーなら、力ずくで来るんだな」
「…………っ!」
1が、容赦ない怒気をリルにぶつける。これ以上無礼な態度をとれば、彼が実力行使に出ることは明らかだった。踏み越えてはならない一線まで相手を追いつめてしまったことをようやく悟り、リルは口を噤む。いかに強気な彼女でも、腕力で目の前の男に勝てると過信するほど愚かではない。
一触即発の空気は、外部からの乱入によって破られた。軽い足取りとともに、誰かが近づいてくる気配がする。
「あ、いたいたー!リルってば、こんなところで何やってんの?」
手を振りながら、桜色のドレスを着た金髪の少女が駆け寄ってきた。彼女の姿を見て、リルだけではなく1と2も目を丸くする。
「お前、ミナ!?」
2が、少女の名を呼ぶ。そこで初めて二人に気づき、ミナは驚きの声を上げた。
「あっれえ?カインとシーザーだ。やっほー、久しぶり」
にこやかに笑って、挨拶をしてくる。意外な人物との再開に、二人は面喰らった。
ミナは、ルシファー達がこの世界にやって来たばかりの頃に、彼らの元を訪れたことがある。彼女は勇者と魔王の存在をルシファー達に教え、あれこれと騒動の種をばらまいた。その全てに片がついたとき、ミナは正体を明かす。彼女は、三人とは別の世界のルシファーの分体であり、神との戦いで封印されてしまった本体を復活させる方法をこの世界で探しているということだった。
「また厄介なのが来やがって……」
苦々しげに、1が顔をしかめる。ミナに恨みがあるわけではないが、今は彼女の相手をしている場合ではないのだ。1の不機嫌を気にも留めずに、ミナはリルの元へ行き、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「君たち。わたしのかわいいかわいい妹を、いじめてもらっちゃ困るなあ」
ミナが、咎めるように、そしてどこか茶化すように1と2を軽く睨む。一瞬、彼女の言葉の意味が理解できずに二人は固まった。
「……は?妹?」
「そうだよ。この娘は、私の妹のリル。服装が似た感じだから、とっくに気づいてると思ったんだけどな~」
リル襟元を整えてやりながら、ミナが残念そうに言う。こうして並んでみると、確かに二人の少女はファッションの傾向が似ていた。惜しげもなくフリルやリボンが散りばめられたドレスを身にまとう彼女たちは、2の世界ではゴスロリと呼ばれる部類に属している。
「お姉ちゃん、このゴリラともやし、鈍い」
リルが、姉に耳打ちする。一応、二人に聞こえないようにと気遣ったものの、悪魔の耳は地獄耳である。
「誰がゴリラだコラ!?」
「もやしってのは俺のことか?あぁ?」
聞き捨てならない暴言に、1だけでなく2もいきり立つ。二人の悪魔に凄まれ、リルはあわててミナの背後に隠れた。
「あっはは、ごめんごめん!この娘、ちょっと不器用でさ~。すぐに誤解されちゃうんだよね」
「こーゆーのは不器用じゃなくて毒舌っつーんだよ!」
ミナが、からからと笑う。1は、即座にツッコミを入れた。彼が知る不器用者は、これほど達者に相手を見下したりはしない。リルが周囲の反発を招くのは、ひとえに性格の悪さが原因だと彼は思った。居心地の悪い空気が充満するのを察したか、ミナが話題を変える。
「あ、そうだ。君たち、今時間ある?見せたいものがあるんだけど」
「悪ぃが、そんなことやってる場合じゃねえんだ」
唐突な誘いを、2は断る。少女たちの気まぐれにつき合っている場合ではない。うっかり忘れかけていたが、彼らには3の容疑を晴らすという重大な任務があるのだ。
「フォースが逮捕されたの、お前も知ってるだろ?」
「うん」
2の問いに、ミナは頷く。次に放たれた彼女の言葉は、意外なものだった。
「だからね、わたし、その犯人の居場所を知ってるんだ」
「はああ!?」
「それ、ホントかよ!?」
全く予想もしないところからの有力情報に、1と2は瞠目する。二人のルシファーに関心を持たれたことに気を良くしたか、ミナは上機嫌で頷いた。
「……お姉ちゃん」
不安げに、リルがミナの手を引っ張る。ミナはリルに向かって笑いかけた。それは、妹を安心させるようでもあり、自身の決定に口を挟むなと暗に言っているようでもあった。唇を噛みしめて、リルは押し黙る。
「今から、案内するよ。ついてきて」
そして、すたすたと歩きだす。断る理由もないので、1と2は彼女についていくことにした。
一方、3は、取調室で二人の帰りを待っていた。すぐに解決だと言わんばかりの勢いで飛び出して行ったというのに、二人はなかなか帰ってこない。
「遅いなあ……道に迷ったのかなあ……」
所在なさげに、3は机をとんとんと指で叩く。向かいに座っている捜査官が、冷めた表情で推測を述べた。
「見捨てられたのではあるまいか?」
「どうしてそんなこと言うんですか!彼らはそんな薄情者じゃない!」
友人を侮辱されたように感じ、3は捜査官に食ってかかる。容疑者の反抗的な態度が気に入らず、捜査官は片眉を跳ね上げた。
「どうしてだと……?それは、お前がイケメンだからだ!過去に友人のちょっと気になるあの娘を横取りしたことがあるのだろう!?彼らの復讐は、そこから始まったのだ!」
指をつきつけて、もっともらしく告げる。謂れない嫌疑をかけられては、3も黙ってはいられない。
「横取りなんかしてません!っていうか、その言い方だと彼らが真犯人みたいじゃないか!」
勢いよく立ち上がり、両手で机を叩く。3にとって、1と2との友情は何物にも代えがたいほど大切なものなのだ。いくら殺人事件の容疑者になっているとはいえ、彼らとの関係について悪く言われるのは我慢ならなかった。
喧嘩腰の3に対抗するように、捜査官もまた椅子から腰を上げる。
「本人にその気がなくてもなあ、お前らイケメンは、そういう残酷なことを平気でやってのけるんだよ!」
机が、激しく揺れる。拳を叩きつけたのは、捜査官だった。その目には、怒りと憎悪と、深い悲しみが渦を巻いている。
「あの……それ、経験談、ですか……?」
少し頭が冷えて、3はおそるおそる聞いてみる。それに対する答えは、机への拳の一打だった。
「もういい、黙れ!大体、この貴様の犯行前の行動は何だ!」
八つ当たりぎみに、捜査官が調書のファイルをめくる。きょとんとして、3は彼に聞き返した。
「何って……ケレンの家に行く前に、私、何か変なことしました?」
「なぜ女性の家に行く前に他の……しかも複数の女と接触する!?」
調書を平手で叩き、捜査官は激昂した。そこには、3が自白した犯行当日の彼の行動が羅列されている。
「ああ、それってハンナの早朝ジョギングにつき合って、メイと朝食を食べて、アンと買い物をして、テミスの店に寄ったことについてですか?」
「そうだ!ケレン様は貴様の恋人だろうが!なぜ浮気をするんだ!」
「恋人なんて大げさな。たくさんいる女友達のひとりです」
何を責められているのか理解できずに、3は素直に答える。肩を震わせながらも、捜査官は怒鳴りつけてこなかった。代わりに、押し殺したような声で尋ねてくる。
「どうでもいいが……今挙げた女性の中に、本命はいるのか……?」
「本命なんかいませんよ?みんな平等に好きです」
3は、博愛の笑顔とともに返事を返した。それを聞いた途端、脱力したように捜査官は机に突っ伏す。
「……貴様……ホンット最低だな……」
顔を上げないままで、捜査官は3を罵る。当人はというと、不思議そうに首をかしげるだけだった。
「夜中のうちに墓を荒らされて、棺ごと運ばれた……というのが、今のところ出ている見解なんだけどね」
半ば呆然としつつ墓の前の穴を見つめる1と2に、ロードが説明する。
「ったく……何でピンポイントでそいつの死体を盗むんだよ!他のにしやがれ!」
忌々しげに、1が舌打ちをした。死体がないのでは、さすがの彼も手の施しようがない。
「これは、厄介なことになってきやがったな」
墓穴を覗き込んでいた2が、難しい顔で呟いた。
「こういう事件、最近増えてるんだ。僕は、その捜査に駆り出されてるところなんだけどね」
「勇者サマってのは大変だな。そんなことまでするのかよ」
沈黙してしまった二人に、ロードは近況を話した。それを聞いて、2が勇者に同情する。魔王を命がけで退治するだけでも大変だというのに、刑事の真似事までさせられているとは、人遣いが荒すぎるのではないだろうか。
「勇者っていうより、教会関係者の仕事って感じかなあ……。これも正義を守るためさ」
当のロードは、力なく笑って肩をすくめただけだった。自主的にやっているのならば、外部が口を挟む問題ではないと判断し、2は話題を死体消失事件に戻す。
「被害者に共通点はあるか?」
「そうだなあ……みんな、若い女性だってことくらいかな。それと、比較的最近亡くなった人ばっかり」
懐から調査書を取り出して、ロードは2の質問に答えた。現在、行方不明の遺体は、ケレンを含めて五体あるのだが、職業も出身地も、住んでいるところもばらばらだった。そのため、ロードは死体の身元から犯人を割り出すのを半ばあきらめている。
「何かヤバいもんを感じるな……死体愛好家の線もあるぞ、それ」
顔をしかめて、1が意見する。彼の世界にも、死体しか愛せないという異様な性癖を持つ者は存在していた。もっとも、彼の世界は強い者が正義なので、多少おかしいところがあっても逮捕されたりはしない。
「ねえ、君たちも協力してくれないかな?そうしてくれれば、すごく助かるんだけど」
「はあ?何で俺様がそんな……」
いい機会だと思い、ロードは二人にすがるような視線を向けた。即座に断ろうとする1だったが、何かに気づいた2が、それを遮る。
「フォースのやつを、人質にとろうってのか?」
厳しい表情で、2はロードを詰問する。勇者は、それを否定しなかった。
「こっちも、色々としがらみがあってね。僕の知り合いだからって、容疑者を釈放することはできないんだよ」
申し訳なさそうな態度で、ロードは二人を諭す。彼としても、3がこの魔王たちの一味だとわかっていたら、もっと他に手を打っていた。だが、ケレン殺人事件はすでに世間一般に知れ渡り、新聞記事にまでなっている。いくらロードがそれなりの地位にあるといっても、生半可な理由で教会の判断を覆すことはできないのだ。
「あまり調子に乗るなよ?こっちには、力ずくって手段もあるんだ」
拳をちらつかせつつ、1が脅しをかける。涼しい顔で、ロードはそれを受け流した。
「もしその彼が脱獄したら、教会の権限で全世界に指名手配される。そうなったら、どこにも逃げられないよ」
「げ……」
「てめえ、卑怯だぞ!?」
勇者に反撃されて、2は絶句し、1は相手を非難する。彼らが事を荒立てるのを嫌うことを知っているので、ロードはあくまでも強気だった。
「当然起こるだろうことを説明しただけさ」
至極冷静に、事実を言い渡す。1と2はしばし無言で顔を見合わせていたが、やがて観念したようにため息をついた。
「しょうがねえな。やるだけやってやるよ」
「本当かい!?助かるなあ。持つべきものは、友だちだね!」
先ほどまでの不敵さはどこへやら、喜びを前面に出して、ロードが1の手をとる。当然のように、1は振り払った。
「友だちは脅迫なんてしてこねえよ」
「あんまり期待すんなよな。お前らの方が、土地勘的にも人数的にも有利なんだから」
1がロードを蔑み、2はくぎを刺す。それでも、勇者は落胆した様子を見せなかった。後方に控えていた騎士に何事かを命じ、受け取ったものを二人に差し出してくる。
「じゃあ、これを持って行ってくれるかい?」
ロードの手の中のそれを、二人はまじまじと見つめる。複数のボタンやランプがくっついたその丸い石に、彼らは見覚えがあった。
「これ、確か……通話の石、だっけか」
2が、石に関する記憶を引っ張り出す。遠く離れたところにいても連絡をとることができる魔法の品で、勇者たちはこれを用いて情報を交換しているのだと、以前聞いたことがあった。
「知ってるんだね。なら、話は早いか。何かあったら、連絡してよ」
そう言って、ロードは通話の石の操作方法を簡単に説明した。通話の石の基本操作はシンプルで、指定のボタンを押すだけで通話ができる。他にも色々機能はあるが、1と2が今のところ知っていた方がいいのは、それだけだ。
「こういうのはあまり好きじゃねえんだが……非常事態だしな。借りとくか」
少し渋りつつも、2は通話の石をスーツのポケットにしまった。余談だが、彼は自分の世界でも携帯電話を持たない主義である。1の方はというと、ここには用はないと言わんばかりに歩き出していた。
「さて、そろそろ他の場所へ行こうぜ。いつものペースだと、あいつ、明日仕事だ」
もたもたしている2を、1が急かす。ルシファー達は、二日まとめて休暇をとることが多い。3の世界は今、忙しいらしいので、それ以上の休暇の引き伸ばしは難しいだろう。
「っつーことは、今日中に解決しろってか……きっついなあ」
文句を言いながら、1と2は墓地を去って行った。彼らの姿が見えなくなるや、ロードは自分の通話の石のあるボタンを押す。それは、盗聴機能を有効にするボタンだった。彼以外の勇者は知らないことだが、通話の石は改造を施せば盗聴もできる。これで、彼らの会話は筒抜けも同然だった。
「ホント、友情って素晴らしいよね」
寒々しい墓地の風景を背に、ロードはほくそ笑む。強大な力を持つルシファー達を、彼は警戒していた。敵に関する新たな情報を手に入れる機会がこんな形で訪れるとは、全く運命とは予測がつかないものである。通話の石にイヤホンのような器具をとりつけながら、ロードはそんなことを考えていた。
ケレンの死体がない以上どうにもならないので、墓地を出た1と2は、とりあえず3のところへ戻ることにした。道中、今後のことを相談しようと2が口を開いた時、彼はある人物の姿を目に留める。それは、ナンナルで出会った少女・リルだった。
「お前……」
目を丸くして、2がリルに声をかける。それに対する返事はなく、リルは彼につかつかと歩み寄ると、無言でスーツのポケットを探り始めた。
「ちょ、何だよ」
わけがわからず、2は狼狽える。力ずくで引きはがすのは簡単だが、相手は十代半ばの少女だ。どうしようかと迷っているうちに、リルは先ほど2がロードからもらった通話の石を見つけた。取り返そうと2が手を伸ばすより早く、石を地面にたたきつける。
「あ!?」
素っ頓狂な声を上げる、2。一緒にいた1も、彼と同じく呆然としている。
「よし。壊れた」
そんな男たちをよそに、リルは満足げにうなずいて、道に盛大に散らばった通話の石の部品を片づけ始めた。手際よく袋に詰め込み、自分のショルダーバッグにしまおうとする。
「何すんだよ!返せ!」
ようやく正気に返り、2がリルに抗議する。意外なことに、彼女は石の入った袋をあっさりと寄越してきた。だが、とても通話ができる状態ではないということは、この世界の品に疎い2でもわかる。
「お前、どうやって戻ってきたんだ?」
通話の石の件はひとまず置いて、1はリルに当然の疑問を突きつける。ナンナルとメイルードは、違う大陸にある。空を飛びでもしない限り、こんな短期間ではたどり着けないはずだ。
「そんなこともわからないの。脳筋ダルマ」
「だからそれやめろっつーにこの……!!」
初めて会った時と同様、リルの態度は冷たい。相手がこういう性格だということを思い出し、1は歯噛みした。そんな1に背を向けて、リルは2を見据える。
「さっさとあいつを連れて帰って」
「あいつって、フォースのことか?そうしてえのはやまやまだけどな、このまま逃げたら、指名手配されちまうんだよ」
つっけんどんに命令されて、2はリルに事情を話す。しかし、少女は納得しなかった。冷淡な表情を崩さずに、言い放つ。
「それが何」
「そうなったら、犯罪者扱いされて世界のどこにいても追われるって話だろが」
「だから、それが何」
「だーかーら……」
いっさいの妥協もなく要求を繰り返すリルに、2は辟易する。無愛想で、毒舌で、そのうえ頑固。こんなにとっつきにくい人物の相手をするのは、久しぶりだった。辛抱強く説得を続けようとする2に、リルはうんざりしたように言葉をぶつけた。
「来なければいい」
「は?」
「この世界に、もう来ないで」
毅然とした態度で、リルは再度通告する。その顔には、嫌悪感がありありと浮かんでいた。
「あんたたち、迷惑なの。この世界に、あんたたちは必要ない。他にも居場所があるくせに、引っ掻き回さないで」
「どこにいようが、俺達の勝手だろ」
はっきりと断言され、さすがの2も憮然として反論する。確かに、この異世界に来てから幾多のトラブルに巻き込まれてきたが、全て解決してきたつもりだ。見ず知らずの少女に、ここまで言われる筋合いはない。1もまた彼と同じ気持ちらしく、すぐさま加勢してきた。
「生憎だがな、てめえの指図なんざ受けねえよ。どうしても言うこと聞かせたいっつーなら、力ずくで来るんだな」
「…………っ!」
1が、容赦ない怒気をリルにぶつける。これ以上無礼な態度をとれば、彼が実力行使に出ることは明らかだった。踏み越えてはならない一線まで相手を追いつめてしまったことをようやく悟り、リルは口を噤む。いかに強気な彼女でも、腕力で目の前の男に勝てると過信するほど愚かではない。
一触即発の空気は、外部からの乱入によって破られた。軽い足取りとともに、誰かが近づいてくる気配がする。
「あ、いたいたー!リルってば、こんなところで何やってんの?」
手を振りながら、桜色のドレスを着た金髪の少女が駆け寄ってきた。彼女の姿を見て、リルだけではなく1と2も目を丸くする。
「お前、ミナ!?」
2が、少女の名を呼ぶ。そこで初めて二人に気づき、ミナは驚きの声を上げた。
「あっれえ?カインとシーザーだ。やっほー、久しぶり」
にこやかに笑って、挨拶をしてくる。意外な人物との再開に、二人は面喰らった。
ミナは、ルシファー達がこの世界にやって来たばかりの頃に、彼らの元を訪れたことがある。彼女は勇者と魔王の存在をルシファー達に教え、あれこれと騒動の種をばらまいた。その全てに片がついたとき、ミナは正体を明かす。彼女は、三人とは別の世界のルシファーの分体であり、神との戦いで封印されてしまった本体を復活させる方法をこの世界で探しているということだった。
「また厄介なのが来やがって……」
苦々しげに、1が顔をしかめる。ミナに恨みがあるわけではないが、今は彼女の相手をしている場合ではないのだ。1の不機嫌を気にも留めずに、ミナはリルの元へ行き、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「君たち。わたしのかわいいかわいい妹を、いじめてもらっちゃ困るなあ」
ミナが、咎めるように、そしてどこか茶化すように1と2を軽く睨む。一瞬、彼女の言葉の意味が理解できずに二人は固まった。
「……は?妹?」
「そうだよ。この娘は、私の妹のリル。服装が似た感じだから、とっくに気づいてると思ったんだけどな~」
リル襟元を整えてやりながら、ミナが残念そうに言う。こうして並んでみると、確かに二人の少女はファッションの傾向が似ていた。惜しげもなくフリルやリボンが散りばめられたドレスを身にまとう彼女たちは、2の世界ではゴスロリと呼ばれる部類に属している。
「お姉ちゃん、このゴリラともやし、鈍い」
リルが、姉に耳打ちする。一応、二人に聞こえないようにと気遣ったものの、悪魔の耳は地獄耳である。
「誰がゴリラだコラ!?」
「もやしってのは俺のことか?あぁ?」
聞き捨てならない暴言に、1だけでなく2もいきり立つ。二人の悪魔に凄まれ、リルはあわててミナの背後に隠れた。
「あっはは、ごめんごめん!この娘、ちょっと不器用でさ~。すぐに誤解されちゃうんだよね」
「こーゆーのは不器用じゃなくて毒舌っつーんだよ!」
ミナが、からからと笑う。1は、即座にツッコミを入れた。彼が知る不器用者は、これほど達者に相手を見下したりはしない。リルが周囲の反発を招くのは、ひとえに性格の悪さが原因だと彼は思った。居心地の悪い空気が充満するのを察したか、ミナが話題を変える。
「あ、そうだ。君たち、今時間ある?見せたいものがあるんだけど」
「悪ぃが、そんなことやってる場合じゃねえんだ」
唐突な誘いを、2は断る。少女たちの気まぐれにつき合っている場合ではない。うっかり忘れかけていたが、彼らには3の容疑を晴らすという重大な任務があるのだ。
「フォースが逮捕されたの、お前も知ってるだろ?」
「うん」
2の問いに、ミナは頷く。次に放たれた彼女の言葉は、意外なものだった。
「だからね、わたし、その犯人の居場所を知ってるんだ」
「はああ!?」
「それ、ホントかよ!?」
全く予想もしないところからの有力情報に、1と2は瞠目する。二人のルシファーに関心を持たれたことに気を良くしたか、ミナは上機嫌で頷いた。
「……お姉ちゃん」
不安げに、リルがミナの手を引っ張る。ミナはリルに向かって笑いかけた。それは、妹を安心させるようでもあり、自身の決定に口を挟むなと暗に言っているようでもあった。唇を噛みしめて、リルは押し黙る。
「今から、案内するよ。ついてきて」
そして、すたすたと歩きだす。断る理由もないので、1と2は彼女についていくことにした。
一方、3は、取調室で二人の帰りを待っていた。すぐに解決だと言わんばかりの勢いで飛び出して行ったというのに、二人はなかなか帰ってこない。
「遅いなあ……道に迷ったのかなあ……」
所在なさげに、3は机をとんとんと指で叩く。向かいに座っている捜査官が、冷めた表情で推測を述べた。
「見捨てられたのではあるまいか?」
「どうしてそんなこと言うんですか!彼らはそんな薄情者じゃない!」
友人を侮辱されたように感じ、3は捜査官に食ってかかる。容疑者の反抗的な態度が気に入らず、捜査官は片眉を跳ね上げた。
「どうしてだと……?それは、お前がイケメンだからだ!過去に友人のちょっと気になるあの娘を横取りしたことがあるのだろう!?彼らの復讐は、そこから始まったのだ!」
指をつきつけて、もっともらしく告げる。謂れない嫌疑をかけられては、3も黙ってはいられない。
「横取りなんかしてません!っていうか、その言い方だと彼らが真犯人みたいじゃないか!」
勢いよく立ち上がり、両手で机を叩く。3にとって、1と2との友情は何物にも代えがたいほど大切なものなのだ。いくら殺人事件の容疑者になっているとはいえ、彼らとの関係について悪く言われるのは我慢ならなかった。
喧嘩腰の3に対抗するように、捜査官もまた椅子から腰を上げる。
「本人にその気がなくてもなあ、お前らイケメンは、そういう残酷なことを平気でやってのけるんだよ!」
机が、激しく揺れる。拳を叩きつけたのは、捜査官だった。その目には、怒りと憎悪と、深い悲しみが渦を巻いている。
「あの……それ、経験談、ですか……?」
少し頭が冷えて、3はおそるおそる聞いてみる。それに対する答えは、机への拳の一打だった。
「もういい、黙れ!大体、この貴様の犯行前の行動は何だ!」
八つ当たりぎみに、捜査官が調書のファイルをめくる。きょとんとして、3は彼に聞き返した。
「何って……ケレンの家に行く前に、私、何か変なことしました?」
「なぜ女性の家に行く前に他の……しかも複数の女と接触する!?」
調書を平手で叩き、捜査官は激昂した。そこには、3が自白した犯行当日の彼の行動が羅列されている。
「ああ、それってハンナの早朝ジョギングにつき合って、メイと朝食を食べて、アンと買い物をして、テミスの店に寄ったことについてですか?」
「そうだ!ケレン様は貴様の恋人だろうが!なぜ浮気をするんだ!」
「恋人なんて大げさな。たくさんいる女友達のひとりです」
何を責められているのか理解できずに、3は素直に答える。肩を震わせながらも、捜査官は怒鳴りつけてこなかった。代わりに、押し殺したような声で尋ねてくる。
「どうでもいいが……今挙げた女性の中に、本命はいるのか……?」
「本命なんかいませんよ?みんな平等に好きです」
3は、博愛の笑顔とともに返事を返した。それを聞いた途端、脱力したように捜査官は机に突っ伏す。
「……貴様……ホンット最低だな……」
顔を上げないままで、捜査官は3を罵る。当人はというと、不思議そうに首をかしげるだけだった。
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