L-Triangle!外伝⑨(後編)
- 2015/01/09
- 20:54
シノノメザクラの枯れ木を、花の代わりに色とりどりの提灯や、折り紙細工が飾り立てる。紅白幕が家屋に吊るされ、太鼓や笛の音が響き渡る。自然に溶け込むように質素な雰囲気だった竜人の里は、今や祭の装いで鮮やかに彩られていた。
「動きにくいんだな、キモノってのは」
1が、自分の着物の帯をつまむ。彼が着用しているのは、茜色で竹と月の柄が刺繍された着物である。
「でも、背筋が伸びる感じがするよ」
3はいつもと雰囲気が違う友人たちを目で楽しんでいる。彼自身も、萌葱色に桜と鶯の柄がついた着物を着ており、髪をひとつに束ねていた。
「これで日常生活を送ってるやつらはすげえよな」
のんきに感心する2の着物は、紺青の布地に渦と魚が描かれている。落ち着いた言動とは裏腹に、衿を引っ張ったり、裾をはためかせたりとせわしない。東洋の文化を知る先輩として、他のルシファー達の手本となるつもりが、はしゃぐ気持ちを隠し切れずにこのようなちぐはぐなことになってしまっているのだ。
「御三方、よくお似合いでござるよ」
やぐらを組む作業から抜けてきたナキリュウが、三人に声をかける。彼は、派手な青い上着を着ていた。これは法被と呼ばれるもので、背中には、大きく『祭』と書かれている。
「キモノ貸してくれてありがとな」
ねじり鉢巻きを頭にしめて気合十分なナキリュウに、2が礼を言う。
「いやいや、伝説のシノノメザクラを見ることができるのならば、これくらいどうということもないでござる」
「シノノメザクラ、君も見たことがないのかい?」
「拙者が生まれたときには、すでにシノノメ様は引きこもっておられたのでござるよ」
3に尋ねられ、ナキリュウは頷く。さすがの彼も、千年は生きていないらしい。どうでもいいところで、3は己が長生きであることを今さらながら意識するはめになった。
すっかり祭り一色に変化した竜人の里を、三人はナキリュウとともに見て回る。
「猛き者の方々、里名産のオロチ酒をどうだい?」
酒樽を並べていた竜人が、ルシファー達に向かって杯を差し出してきた。中に入っているのは、うっすらと黄色がかった液体である。好奇心に駆られて、1が杯を受けとり、一気に煽った。
「お、何だこれ、すっげえ度が強えな」
驚いて、1はまばたきをする。飲みやすさとは裏腹に、体が燃え上がるような感覚が後から来た。
「おや、素面のままとは、お強い。その酒で酔っ払った竜が英雄に退治されたという伝承があるのでござるよ」
傍で見ていたナキリュウが、感心したように1の顔を覗き込む。酒豪揃いの竜人ですらも、オロチ酒に潰されてしまうことは珍しくないのだ。一杯だけとは言え、赤くなってすらいない1は、相当酒に強いと彼は思った。
「ドラゴンを退治した酒が、なぜ竜人の里の名産に?」
「同朋が敗れたことを教訓にし、己を鍛えるためと言われているが……まあ、美味しいからでござるな」
3の問いに答え、ナキリュウはオロチ酒が半分ほど入った杯を酒番の竜人から受け取る。それを水で割ってから、彼は酒を飲んだ。これが、一般的なオロチ酒の楽しみ方だ。
「俺にも一杯くれよ」
続いて、2が杯を手に取る。ナキリュウに倣い、彼は水割りで飲んだ。程よい濃さに調節されたオロチ酒を、2は満足げに堪能する。酒番は、3にも杯を向けてきた。
「私は遠慮しておくよ。シノノメさんに会う前に酔いつぶれたら大変だからね」
申し訳なさそうに、3は申し出を断る。これから、彼はアカツキに成り代わりシノノメを説得しなければならないのだ。
「そっか。うめえのにな」
「俺様にかかれば、こんなの水みてえなもんだ。どんどん持って来い!」
3に構わず、2と1はオロチ酒をぐいぐいと飲んでいく。無意識のうちに張りあっているのか、杯を空けるペースが徐々に速くなっていた。
「二人とも、飲みすぎないようにね」
形ばかりのくぎを刺し、二人が満足するのを待ってから、3は岩戸がある広場へ向かった。岩戸を囲むようにござが敷かれ、酒や茶、菓子の入った枡が用意されている。老人衆たちは、シノノメが出てくるのをここで見物するつもりのようだ。
「ささ、アカツキ殿、どうぞこちらへ」
長老に促されて、3は岩戸に近づく。ここからは、彼はフォースではなくアカツキとして行動しなければならない。固く閉ざされた岩戸に、3はそっと手を添えた。心を込めて、中にいるであろうシノノメに呼びかける。
「シノノメ様、アカツキです。ただいま帰りました」
長老たちは、固唾をのんで見守った。しかし、いくら時が経っても岩戸に変化は見られない。
「にゃにも起こらねえぞ?」
怪訝そうに、2がぼやく。オロチ酒が効いているのか、ろれつが回っていない。
「声が小さすぎて聞こえなかったんじゃねえか」
1が、3にアドバイスをした。こちらは、酒を原液で飲んでいたにもかかわらず、はっきりとした口調で、顔色にも変化がない。
1の指示に従い、3は再度チャレンジするものの、やはり何も起こらなかった。見物人たちも場の空気を察し、どよめき始める。
「どうしよう……見抜かれてしまったのかな」
おろおろしながら、3は長老の方へ視線を向けた。長老にとってもこの展開は予想外だったらしく、どうしたらいいかわからず狼狽えている。
「こうなりゃ、奥の手にゃ。真・アマノイワト作戦!」
気まずい雰囲気の中、2が前に進み出た。その頬は紅色に染まり、目はとろんとして今にも寝てしまいそうだ。
「何か手があるのか?」
「俺が知ってる話だと、岩戸の前で舞を舞うんだにゃあ」
1の問いに、自信ありげに2は頷く。なぜ猫語なのかは、本人に聞いてもわからないだろう。
「そんな、いきなり踊れって言われても……」
突拍子もない提案に、3は戸惑う。2が酔っぱらって適当なことを言っているのではないかと、3は訝った。天岩戸の神話は2の世界の東の島国では有名な話なのだが、そんなことを3が知る由もない。
「てなわけでフォース、裸踊りするにゃ!」
そう言うなり、2は3の着物を思いきりひん剥いた。3の優男な風貌に似合わずしっかりと鍛えられた上半身が、衆目にさらされる。
「わああああああ!?」
広場に、3の悲鳴が響き渡った。彼が冷静になるより先に、2の指は腰帯の結び目にかかっている。
「下も脱げ脱げ、全裸だ全裸!」
「や、やめ……嫌あ!」
2が本気だと悟り、3は懸命に抵抗する。2の名誉のため言っておくが、彼は3に恥をかかせようとしてこんなことをしているわけではない。日本神話の天岩戸伝説では、岩戸に閉じこもった天照大神の興味を惹くため、アメノウズメという女神が一糸まとわぬ姿で踊ったのだ。その伝説を忠実に再現するならば、3もまた全裸にならねばならない。
2が帯をほどくのに苦労している間、3は彼を引きはがそうと奮闘していたが、突如、背後から羽交い絞めにされた。驚いて振り返ると、見慣れた銀髪と褐色の肌が視界に入る。
「な、何するのシーザー!」
信じられない気持ちで、3は1を非難する。3の動きを完全に封じ込め、1は彼の耳元で囁いた。
「もっといい声で鳴けよ。なあ?」
熱い吐息が、3の耳朶をくすぐる。肌がぞくりとあわ立つのを感じながらも、3は1の体温がいつもより高く、呼吸が荒いことに気がついた。
「君……もしかして、酔っぱらってる?」
ふと思い立ち、1に尋ねる。返事をする代わりに、1は3のうなじに顔をうずめた。平常時ならばありえない所作を目の当たりにし、3はどうしたものかと困惑する。
「ここを引っ張ると面白い声が出るぞ」
気を抜いたのもつかの間、帯を解くのを諦めた2が、3の胸の突起をつまんだ。細い指先が、朱く色づくそこを、容赦なくひねる。
「あん……っ、痛い……!」
無体な仕打ちを受けて、3はか細い声を漏らした。その反応が思っていたものと違ったらしく、首をかしげながら2は3の胸をこねくり回す。
「ゃ、め……、やめて、よぉ……」
あられもない声をあげてしまいそうになるのをこらえ、3は身をよじる。2の愛撫は、お世辞にも巧みなものとは言えないが、そんなことは関係ない。それが、彼の指であるというだけで、3が煽り立てられるには十分だった。
「何やってんだ下手くそ。こいつが感じるのはココだ」
不満だったのは、1も同じらしい。3の裸の背に、1は手を這わせた。その背には、小さく折り畳まれた翼が生えている。羽の付け根が敏感であることを、1は以前、3から教えられていた。翼の根元を、揉むように刺激してくる。
「あ……はぁ、だめえ……!」
3の背が大きく反り、切ない喘ぎが許しを請う。だが、その響きは、更なる刺激をおねだりしているかのようだった。大切な友人たちに体を嬲られる快感は、たまらないほど背徳的で、いけないとわかっていても流されそうになる。
「あれが、外界のすきんしっぷ……!」
「若いとはいいものですのう」
少し離れていたところで見守っていたナキリュウが、赤い顔で唾を飲みこむ。長老はというと、微笑ましいものを見ているかのような口ぶりだ。他の竜人たちもまた、ある者はおもしろがり、またある者は後学のためにと見物を決め込む有様である。止めようと考える者はいないらしい。
「ど、どうしよう、皆助けてくれない……た、助けて、誰か……!」
前方の2と、後方の1。どちらからも逃れることができず、3はすがるような目で周囲を見回す。揺らぐ視界の隅に、岩戸がわずかに開いて誰かがこっそり覗いているのが映し出された。
「あー!!!」
「な、何だよフォース」
いきなり大声を上げた3に、2が驚いて問いかける。先ほどまでのされるがままの状態はどこへやら、3は1の束縛を振りほどき、少しだけ開いた岩戸を指さした。
「あれ!岩戸!!」
こちらが勘付いていることを察し、岩戸をあわてて閉めようとするシノノメ。だが、岩の扉部分の隙間に、1の足が割って入った。
「逃げんじゃねえよコラ」
「ひい!?」
性質の悪い押し売りのように、岩戸をこじ開け1は凄む。その剣幕に怯んだ隙に、シノノメはなすすべもなく引っ張り出された。薄紅色の羽衣をまとった、天女のように儚げな美貌を持つ娘が、へなへなと座り込む。
「ようやくお出ましか、苦労かけやがって」
「あんたには、守り神としての心得をたっぷり教えてやらねえとなあ?」
岩戸を攻略できて満足した1が、手をぱたぱたと振る。すっかり酔いがさめたらしい2は、さっそくシノノメに詰め寄った。
「お、お助け下さい!アカツキ様!!」
恐怖に震えあがり、シノノメは3に救いを求める。どうやら、あれだけ岩戸の前で話していたにもかかわらず、3がアカツキのふりをしていたことはばれていなかったようだ。
「あの、君たち、そのへんにして……」
「…………あら?」
苦笑しつつ、3は友人二人を宥める。そこで、何かに気づいたようにシノノメは息を呑んだ。ふらつく足取りで3に近づき、まじまじと顔を見つめてくる。
「アカツキ様では……ない……?」
呆然と、シノノメが呟く。今にも倒れそうな彼女を、3はあわてて支えた。竜人たちもまた、彼女の元へ集い、事情説明を始める。
守り神シノノメ不在の千年間を埋めるには、しばし時間がかかりそうだった。
「なるほど……それは、ご迷惑をおかけしました」
老人衆を始めとした竜人たちから話を聞き終え、シノノメは深々とため息をつく。辺りは、いつの間にかすっかり暗くなり、提灯の明かりが煌々と闇を照らしていた。
「貴方様の身を案じるあまり、騙すような真似をして申し訳ございませんでした」
長老が、シノノメに向かって土下座をする。シノノメは、すぐさま長老を助け起こした。
「いいのです。岩戸で眠りについてから、これほど長い月日が経過しているとは思いませんでした」
「守り神としての自覚が足りないんじゃねえの?もっとちゃんとしろよ」
ジト目で、2が指摘する。悪を司る者としては、善人側がきちんと機能していないと返って動きにくいものなのだ。
「深く反省しております……」
千年閉じこもっていたとは思えないほどの素直さで、シノノメは2の説教を受け入れた。永い時を生きる高位の存在である彼女は、2から何かを感じ取ったのかもしれない。
「お詫びに、心を込めて里を美しく彩りましょう」
そう言うなり、女神の全身がほのかな光に包まれた。それと同時に、里全体の木が開花する。薄紅色の花が雲のように広がって、闇夜を美しく彩った。
「おお……!生きている間に、もう一度この光景を見られるとは……!」
長老を始めとする老人たちは、感激のあまり言葉を失い、
「これが、伝説のシノノメザクラ……」
若い竜人たちは、初めて見る里の情景に心を震わせた。
「花が咲いただけで、こんなに変わるのか。同じ風景とは思えねえな」
シノノメザクラの華麗さに目を奪われたのは、ルシファー達も同じである。灯りに照らされてぼんやりと浮き上がる花々を眩げに見て、1が感心する。彼の世界にも3の世界にも、桜自体が存在しないらしい。
「喜んでいただけて、よかった……」
嬉しそうに呟き、シノノメはふっと力を抜いた。よろける彼女の体を、3の腕が抱き止める。
「大丈夫ですか?」
「し、失礼致しました。久しぶりに、力を使ったものですから……」
3と間近で目が合い、シノノメは頬を赤らめる。3は、彼女を竜人たちが用意した桟敷に座らせた。彼女に断りを入れて、自身も隣に腰掛ける。シノノメには、聞きたいことが山ほどあった。
「……アカツキさんは、どんな人だったんですか?」
「貴方様によく似た、優しい御方です。けれど、時々寂しそうな目をしておられました」
淡い思い出を、シノノメは述懐する。アカツキは、完璧な美しさと、壊れてしまいそうな危うさを兼ね備えた若者だった。
「アカツキ様は、こう仰っていました。失われた記憶を探す旅をしている……と」
「記憶喪失だったのですね」
「はい。この里を気に入って、しばらくの間滞在しておられたのですが、エルファラという者が外界に現れたときに、何かが引っかかるといって出て行かれ、それっきり……」
俯いて言葉を詰まらせる、シノノメ。アカツキが里を出ると言った時、嫌な予感がした彼女は、必死に想い人を引き留めた。しかし、どうしても記憶を取り戻したいと願うアカツキは、彼女の言葉を聞き入れなかったのだ。
「アカツキさんは、エルファラに会って記憶を取り戻したのでしょうか」
「わかりません……二度とこの里に戻ってくることはありませんでしたから」
3の質問に、シノノメは首を振るのみだった。
「それ、もしかしてエルファラのやつに殺されたんじゃねえ?」
「よそに女を作って帰るに帰れなくなったとかどうよ」
「ちょっと二人とも!デリカシーなさすぎ!」
いつの間にか盗み聞きをしていた2と1が、両脇から縁起でもないことを言ってくる。二人を諌めて3はシノノメの顔色を窺がうが、意外なことに彼女がショックを受けた様子はなかった。
「私もそれは考えました。それで、何もかもが嫌になって、ほんのしばしのつもりで眠りについたのです」
「で、寝すぎた、と」
「…………はい」
2の推測を、シノノメは気まずそうに肯定する。ジト目で見られ、女神は頬を桜色に染めて恥じらった。
「のんきなもんだな、マモリガミってのは」
「ま、神なんてこんなもんだ。これだけ寝たなら、失恋のことはもういいだろ。これからは真面目にやれよ?」
「心を入れ替えて務めさせていただきます」
呆れたように、1が肩をすくめる。上から目線で忠告を投げつけてくる2に、シノノメは特に腹を立てる様子もなく従った。満足そうに、2は胸を張る。その様子は、後輩に掌の上で転がされているちょっとおバカな先輩のようだった。
「ああ、でも……」
夜桜にはしゃぐ竜人たちを微笑ましげに見つめていたシノノメは、3の横顔をちらりと一瞥し、呟く。
「……アカツキ様、もう一度、お会いしたかった……」
彼女の声は小さいものだったが、3の耳にしっかりと届いていた。うなだれる女神を慰めようとした3は、少し考えた後、思い直して沈黙を保った。どんなに姿が似ていようと、3はアカツキの代わりにはなれない。過ぎ去ってしまった恋を彼女がうまく消化するには、まだまだ時間が必要だろう。
風に散らされたシノノメザクラの花びらが、雪のようにひらひらと舞う。
その幻想的でどこか儚げな光景を、一行は言葉を交わすことなく、ただ見惚れていた。
ルシファー達がナンナルに帰ってきたのは、夜明け近くになってからだった。屋敷の広間で、ソファーに腰掛けて一息つく。今の彼らの服装は、着物ではなく普段のそれである。
「おもしろかったな、竜人の里」
2が、二人に笑いかける。心行くまで飲食を楽しんだ彼は、すこぶる上機嫌だった。
「土産もたんまりくれたしな。晩酌の酒にはしばらく困らねえぜ」
酒樽に腕を乗せ、1もまた嬉しそうな顔をした。樽には、オロチ酒が詰まっている。
「どうした?フォース」
そんな中で独り、物憂げに考え事をする3を、2が気遣わしげに見つめる。3の胸中には、様々な疑問が渦巻いていた。
「アカツキさんって、何者だったんだろう……」
「ただのちょっと強い人間ってわけじゃなさそうだな。エルファラの関係者かもしれねえし」
シノノメや長老の話を思い出しながら、2が推測を述べる。
「つーか、そもそも人間だったかも怪しいじゃねえか。ドラゴンに認められる人間なんざ、勇者くらいのもんだろ」
1も、彼なりに考えていたことを口に出した。彼らは悪魔の王なので何とも思わないが、ドラゴンといえば最高峰の魔物だ。常人離れした強さを持つ者でなければ、ドラゴンと交流を深めることなどできないはずである。
「エルファラのやつ、もうすぐ復活するらしいし、聞いてみるのもいいかもな」
竜人たちからもらった土産を検分しながら、2が提案する。彼がかつて仲良くなった反エルファラ教会の首領の話が本当ならば、エルファラ神の復活は間近に迫っているらしい。
「そう簡単に、教えてくれるといいけど……」
気楽な2とは逆に、3は顔を曇らせる。彼は、神にそれほどいい印象を持っていない。3の世界の神は、彼が天界に反旗を翻して以来、一度も姿を現していなかった。何度も面会を申し出ては拒まれている現状に、3はかなりのストレスを溜めている。
「二、三発みぞおちに打ち込めば聞いてないことまで吐いてくれるさ」
「あー、いいな、それ。賛成」
拳を振りかざし、1が物騒なことを言う。2が、面白半分でそれに同意した。
「君たち、まだ酔っぱらってるの?」
「そんな顔すんなよ。ばっちり正気だ」
呆れ顔の3の機嫌を取るように、1が彼の肩を揉んでくる。背後に回られたことで、岩戸の前で受けた辱めを思い出し、3は複雑な心境になった。
「あ、そうだ。フォース、乳首引っ張ってごめんな。まだ痛いか?」
岩戸でのことを思い出したのは、3だけではなかったらしい。2が3の服に手を突っ込み、胸を撫でた。
「ぁ……っ」
「?」
柔らかな刺激に、淫らな吐息が口を突いて出る。きょとんとした表情で、2が3の顔を覗き込んでくる。相手にその気がないのに感じてしまった恥ずかしさに、3は視線を逸らした。
「そんな、優しくさすっちゃだめ……」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
親切心を無碍にされて、2はむっとする。どう答えたらいいかわからず3が悩んでいると、1が無責任な野次を飛ばしてきた。
「舐めたり吸ったりすりゃいいんじゃねえのー?」
「へ?舐め……?」
「何もしなくていいんだよ!もう、ほっといて!」
目を瞬かせて1に何かを問おうとする2。それを遮り、3はそっぽを向いた。なぜ怒られたのかわからず釈然としないながらも、2は言う通りにする。触れられたところがじんじんと疼き、中途半端な快感が全身に広がっていく感覚に苛まれながらも、3はなぜか火照りを浄化で鎮める気にはなれなかった。
「動きにくいんだな、キモノってのは」
1が、自分の着物の帯をつまむ。彼が着用しているのは、茜色で竹と月の柄が刺繍された着物である。
「でも、背筋が伸びる感じがするよ」
3はいつもと雰囲気が違う友人たちを目で楽しんでいる。彼自身も、萌葱色に桜と鶯の柄がついた着物を着ており、髪をひとつに束ねていた。
「これで日常生活を送ってるやつらはすげえよな」
のんきに感心する2の着物は、紺青の布地に渦と魚が描かれている。落ち着いた言動とは裏腹に、衿を引っ張ったり、裾をはためかせたりとせわしない。東洋の文化を知る先輩として、他のルシファー達の手本となるつもりが、はしゃぐ気持ちを隠し切れずにこのようなちぐはぐなことになってしまっているのだ。
「御三方、よくお似合いでござるよ」
やぐらを組む作業から抜けてきたナキリュウが、三人に声をかける。彼は、派手な青い上着を着ていた。これは法被と呼ばれるもので、背中には、大きく『祭』と書かれている。
「キモノ貸してくれてありがとな」
ねじり鉢巻きを頭にしめて気合十分なナキリュウに、2が礼を言う。
「いやいや、伝説のシノノメザクラを見ることができるのならば、これくらいどうということもないでござる」
「シノノメザクラ、君も見たことがないのかい?」
「拙者が生まれたときには、すでにシノノメ様は引きこもっておられたのでござるよ」
3に尋ねられ、ナキリュウは頷く。さすがの彼も、千年は生きていないらしい。どうでもいいところで、3は己が長生きであることを今さらながら意識するはめになった。
すっかり祭り一色に変化した竜人の里を、三人はナキリュウとともに見て回る。
「猛き者の方々、里名産のオロチ酒をどうだい?」
酒樽を並べていた竜人が、ルシファー達に向かって杯を差し出してきた。中に入っているのは、うっすらと黄色がかった液体である。好奇心に駆られて、1が杯を受けとり、一気に煽った。
「お、何だこれ、すっげえ度が強えな」
驚いて、1はまばたきをする。飲みやすさとは裏腹に、体が燃え上がるような感覚が後から来た。
「おや、素面のままとは、お強い。その酒で酔っ払った竜が英雄に退治されたという伝承があるのでござるよ」
傍で見ていたナキリュウが、感心したように1の顔を覗き込む。酒豪揃いの竜人ですらも、オロチ酒に潰されてしまうことは珍しくないのだ。一杯だけとは言え、赤くなってすらいない1は、相当酒に強いと彼は思った。
「ドラゴンを退治した酒が、なぜ竜人の里の名産に?」
「同朋が敗れたことを教訓にし、己を鍛えるためと言われているが……まあ、美味しいからでござるな」
3の問いに答え、ナキリュウはオロチ酒が半分ほど入った杯を酒番の竜人から受け取る。それを水で割ってから、彼は酒を飲んだ。これが、一般的なオロチ酒の楽しみ方だ。
「俺にも一杯くれよ」
続いて、2が杯を手に取る。ナキリュウに倣い、彼は水割りで飲んだ。程よい濃さに調節されたオロチ酒を、2は満足げに堪能する。酒番は、3にも杯を向けてきた。
「私は遠慮しておくよ。シノノメさんに会う前に酔いつぶれたら大変だからね」
申し訳なさそうに、3は申し出を断る。これから、彼はアカツキに成り代わりシノノメを説得しなければならないのだ。
「そっか。うめえのにな」
「俺様にかかれば、こんなの水みてえなもんだ。どんどん持って来い!」
3に構わず、2と1はオロチ酒をぐいぐいと飲んでいく。無意識のうちに張りあっているのか、杯を空けるペースが徐々に速くなっていた。
「二人とも、飲みすぎないようにね」
形ばかりのくぎを刺し、二人が満足するのを待ってから、3は岩戸がある広場へ向かった。岩戸を囲むようにござが敷かれ、酒や茶、菓子の入った枡が用意されている。老人衆たちは、シノノメが出てくるのをここで見物するつもりのようだ。
「ささ、アカツキ殿、どうぞこちらへ」
長老に促されて、3は岩戸に近づく。ここからは、彼はフォースではなくアカツキとして行動しなければならない。固く閉ざされた岩戸に、3はそっと手を添えた。心を込めて、中にいるであろうシノノメに呼びかける。
「シノノメ様、アカツキです。ただいま帰りました」
長老たちは、固唾をのんで見守った。しかし、いくら時が経っても岩戸に変化は見られない。
「にゃにも起こらねえぞ?」
怪訝そうに、2がぼやく。オロチ酒が効いているのか、ろれつが回っていない。
「声が小さすぎて聞こえなかったんじゃねえか」
1が、3にアドバイスをした。こちらは、酒を原液で飲んでいたにもかかわらず、はっきりとした口調で、顔色にも変化がない。
1の指示に従い、3は再度チャレンジするものの、やはり何も起こらなかった。見物人たちも場の空気を察し、どよめき始める。
「どうしよう……見抜かれてしまったのかな」
おろおろしながら、3は長老の方へ視線を向けた。長老にとってもこの展開は予想外だったらしく、どうしたらいいかわからず狼狽えている。
「こうなりゃ、奥の手にゃ。真・アマノイワト作戦!」
気まずい雰囲気の中、2が前に進み出た。その頬は紅色に染まり、目はとろんとして今にも寝てしまいそうだ。
「何か手があるのか?」
「俺が知ってる話だと、岩戸の前で舞を舞うんだにゃあ」
1の問いに、自信ありげに2は頷く。なぜ猫語なのかは、本人に聞いてもわからないだろう。
「そんな、いきなり踊れって言われても……」
突拍子もない提案に、3は戸惑う。2が酔っぱらって適当なことを言っているのではないかと、3は訝った。天岩戸の神話は2の世界の東の島国では有名な話なのだが、そんなことを3が知る由もない。
「てなわけでフォース、裸踊りするにゃ!」
そう言うなり、2は3の着物を思いきりひん剥いた。3の優男な風貌に似合わずしっかりと鍛えられた上半身が、衆目にさらされる。
「わああああああ!?」
広場に、3の悲鳴が響き渡った。彼が冷静になるより先に、2の指は腰帯の結び目にかかっている。
「下も脱げ脱げ、全裸だ全裸!」
「や、やめ……嫌あ!」
2が本気だと悟り、3は懸命に抵抗する。2の名誉のため言っておくが、彼は3に恥をかかせようとしてこんなことをしているわけではない。日本神話の天岩戸伝説では、岩戸に閉じこもった天照大神の興味を惹くため、アメノウズメという女神が一糸まとわぬ姿で踊ったのだ。その伝説を忠実に再現するならば、3もまた全裸にならねばならない。
2が帯をほどくのに苦労している間、3は彼を引きはがそうと奮闘していたが、突如、背後から羽交い絞めにされた。驚いて振り返ると、見慣れた銀髪と褐色の肌が視界に入る。
「な、何するのシーザー!」
信じられない気持ちで、3は1を非難する。3の動きを完全に封じ込め、1は彼の耳元で囁いた。
「もっといい声で鳴けよ。なあ?」
熱い吐息が、3の耳朶をくすぐる。肌がぞくりとあわ立つのを感じながらも、3は1の体温がいつもより高く、呼吸が荒いことに気がついた。
「君……もしかして、酔っぱらってる?」
ふと思い立ち、1に尋ねる。返事をする代わりに、1は3のうなじに顔をうずめた。平常時ならばありえない所作を目の当たりにし、3はどうしたものかと困惑する。
「ここを引っ張ると面白い声が出るぞ」
気を抜いたのもつかの間、帯を解くのを諦めた2が、3の胸の突起をつまんだ。細い指先が、朱く色づくそこを、容赦なくひねる。
「あん……っ、痛い……!」
無体な仕打ちを受けて、3はか細い声を漏らした。その反応が思っていたものと違ったらしく、首をかしげながら2は3の胸をこねくり回す。
「ゃ、め……、やめて、よぉ……」
あられもない声をあげてしまいそうになるのをこらえ、3は身をよじる。2の愛撫は、お世辞にも巧みなものとは言えないが、そんなことは関係ない。それが、彼の指であるというだけで、3が煽り立てられるには十分だった。
「何やってんだ下手くそ。こいつが感じるのはココだ」
不満だったのは、1も同じらしい。3の裸の背に、1は手を這わせた。その背には、小さく折り畳まれた翼が生えている。羽の付け根が敏感であることを、1は以前、3から教えられていた。翼の根元を、揉むように刺激してくる。
「あ……はぁ、だめえ……!」
3の背が大きく反り、切ない喘ぎが許しを請う。だが、その響きは、更なる刺激をおねだりしているかのようだった。大切な友人たちに体を嬲られる快感は、たまらないほど背徳的で、いけないとわかっていても流されそうになる。
「あれが、外界のすきんしっぷ……!」
「若いとはいいものですのう」
少し離れていたところで見守っていたナキリュウが、赤い顔で唾を飲みこむ。長老はというと、微笑ましいものを見ているかのような口ぶりだ。他の竜人たちもまた、ある者はおもしろがり、またある者は後学のためにと見物を決め込む有様である。止めようと考える者はいないらしい。
「ど、どうしよう、皆助けてくれない……た、助けて、誰か……!」
前方の2と、後方の1。どちらからも逃れることができず、3はすがるような目で周囲を見回す。揺らぐ視界の隅に、岩戸がわずかに開いて誰かがこっそり覗いているのが映し出された。
「あー!!!」
「な、何だよフォース」
いきなり大声を上げた3に、2が驚いて問いかける。先ほどまでのされるがままの状態はどこへやら、3は1の束縛を振りほどき、少しだけ開いた岩戸を指さした。
「あれ!岩戸!!」
こちらが勘付いていることを察し、岩戸をあわてて閉めようとするシノノメ。だが、岩の扉部分の隙間に、1の足が割って入った。
「逃げんじゃねえよコラ」
「ひい!?」
性質の悪い押し売りのように、岩戸をこじ開け1は凄む。その剣幕に怯んだ隙に、シノノメはなすすべもなく引っ張り出された。薄紅色の羽衣をまとった、天女のように儚げな美貌を持つ娘が、へなへなと座り込む。
「ようやくお出ましか、苦労かけやがって」
「あんたには、守り神としての心得をたっぷり教えてやらねえとなあ?」
岩戸を攻略できて満足した1が、手をぱたぱたと振る。すっかり酔いがさめたらしい2は、さっそくシノノメに詰め寄った。
「お、お助け下さい!アカツキ様!!」
恐怖に震えあがり、シノノメは3に救いを求める。どうやら、あれだけ岩戸の前で話していたにもかかわらず、3がアカツキのふりをしていたことはばれていなかったようだ。
「あの、君たち、そのへんにして……」
「…………あら?」
苦笑しつつ、3は友人二人を宥める。そこで、何かに気づいたようにシノノメは息を呑んだ。ふらつく足取りで3に近づき、まじまじと顔を見つめてくる。
「アカツキ様では……ない……?」
呆然と、シノノメが呟く。今にも倒れそうな彼女を、3はあわてて支えた。竜人たちもまた、彼女の元へ集い、事情説明を始める。
守り神シノノメ不在の千年間を埋めるには、しばし時間がかかりそうだった。
「なるほど……それは、ご迷惑をおかけしました」
老人衆を始めとした竜人たちから話を聞き終え、シノノメは深々とため息をつく。辺りは、いつの間にかすっかり暗くなり、提灯の明かりが煌々と闇を照らしていた。
「貴方様の身を案じるあまり、騙すような真似をして申し訳ございませんでした」
長老が、シノノメに向かって土下座をする。シノノメは、すぐさま長老を助け起こした。
「いいのです。岩戸で眠りについてから、これほど長い月日が経過しているとは思いませんでした」
「守り神としての自覚が足りないんじゃねえの?もっとちゃんとしろよ」
ジト目で、2が指摘する。悪を司る者としては、善人側がきちんと機能していないと返って動きにくいものなのだ。
「深く反省しております……」
千年閉じこもっていたとは思えないほどの素直さで、シノノメは2の説教を受け入れた。永い時を生きる高位の存在である彼女は、2から何かを感じ取ったのかもしれない。
「お詫びに、心を込めて里を美しく彩りましょう」
そう言うなり、女神の全身がほのかな光に包まれた。それと同時に、里全体の木が開花する。薄紅色の花が雲のように広がって、闇夜を美しく彩った。
「おお……!生きている間に、もう一度この光景を見られるとは……!」
長老を始めとする老人たちは、感激のあまり言葉を失い、
「これが、伝説のシノノメザクラ……」
若い竜人たちは、初めて見る里の情景に心を震わせた。
「花が咲いただけで、こんなに変わるのか。同じ風景とは思えねえな」
シノノメザクラの華麗さに目を奪われたのは、ルシファー達も同じである。灯りに照らされてぼんやりと浮き上がる花々を眩げに見て、1が感心する。彼の世界にも3の世界にも、桜自体が存在しないらしい。
「喜んでいただけて、よかった……」
嬉しそうに呟き、シノノメはふっと力を抜いた。よろける彼女の体を、3の腕が抱き止める。
「大丈夫ですか?」
「し、失礼致しました。久しぶりに、力を使ったものですから……」
3と間近で目が合い、シノノメは頬を赤らめる。3は、彼女を竜人たちが用意した桟敷に座らせた。彼女に断りを入れて、自身も隣に腰掛ける。シノノメには、聞きたいことが山ほどあった。
「……アカツキさんは、どんな人だったんですか?」
「貴方様によく似た、優しい御方です。けれど、時々寂しそうな目をしておられました」
淡い思い出を、シノノメは述懐する。アカツキは、完璧な美しさと、壊れてしまいそうな危うさを兼ね備えた若者だった。
「アカツキ様は、こう仰っていました。失われた記憶を探す旅をしている……と」
「記憶喪失だったのですね」
「はい。この里を気に入って、しばらくの間滞在しておられたのですが、エルファラという者が外界に現れたときに、何かが引っかかるといって出て行かれ、それっきり……」
俯いて言葉を詰まらせる、シノノメ。アカツキが里を出ると言った時、嫌な予感がした彼女は、必死に想い人を引き留めた。しかし、どうしても記憶を取り戻したいと願うアカツキは、彼女の言葉を聞き入れなかったのだ。
「アカツキさんは、エルファラに会って記憶を取り戻したのでしょうか」
「わかりません……二度とこの里に戻ってくることはありませんでしたから」
3の質問に、シノノメは首を振るのみだった。
「それ、もしかしてエルファラのやつに殺されたんじゃねえ?」
「よそに女を作って帰るに帰れなくなったとかどうよ」
「ちょっと二人とも!デリカシーなさすぎ!」
いつの間にか盗み聞きをしていた2と1が、両脇から縁起でもないことを言ってくる。二人を諌めて3はシノノメの顔色を窺がうが、意外なことに彼女がショックを受けた様子はなかった。
「私もそれは考えました。それで、何もかもが嫌になって、ほんのしばしのつもりで眠りについたのです」
「で、寝すぎた、と」
「…………はい」
2の推測を、シノノメは気まずそうに肯定する。ジト目で見られ、女神は頬を桜色に染めて恥じらった。
「のんきなもんだな、マモリガミってのは」
「ま、神なんてこんなもんだ。これだけ寝たなら、失恋のことはもういいだろ。これからは真面目にやれよ?」
「心を入れ替えて務めさせていただきます」
呆れたように、1が肩をすくめる。上から目線で忠告を投げつけてくる2に、シノノメは特に腹を立てる様子もなく従った。満足そうに、2は胸を張る。その様子は、後輩に掌の上で転がされているちょっとおバカな先輩のようだった。
「ああ、でも……」
夜桜にはしゃぐ竜人たちを微笑ましげに見つめていたシノノメは、3の横顔をちらりと一瞥し、呟く。
「……アカツキ様、もう一度、お会いしたかった……」
彼女の声は小さいものだったが、3の耳にしっかりと届いていた。うなだれる女神を慰めようとした3は、少し考えた後、思い直して沈黙を保った。どんなに姿が似ていようと、3はアカツキの代わりにはなれない。過ぎ去ってしまった恋を彼女がうまく消化するには、まだまだ時間が必要だろう。
風に散らされたシノノメザクラの花びらが、雪のようにひらひらと舞う。
その幻想的でどこか儚げな光景を、一行は言葉を交わすことなく、ただ見惚れていた。
ルシファー達がナンナルに帰ってきたのは、夜明け近くになってからだった。屋敷の広間で、ソファーに腰掛けて一息つく。今の彼らの服装は、着物ではなく普段のそれである。
「おもしろかったな、竜人の里」
2が、二人に笑いかける。心行くまで飲食を楽しんだ彼は、すこぶる上機嫌だった。
「土産もたんまりくれたしな。晩酌の酒にはしばらく困らねえぜ」
酒樽に腕を乗せ、1もまた嬉しそうな顔をした。樽には、オロチ酒が詰まっている。
「どうした?フォース」
そんな中で独り、物憂げに考え事をする3を、2が気遣わしげに見つめる。3の胸中には、様々な疑問が渦巻いていた。
「アカツキさんって、何者だったんだろう……」
「ただのちょっと強い人間ってわけじゃなさそうだな。エルファラの関係者かもしれねえし」
シノノメや長老の話を思い出しながら、2が推測を述べる。
「つーか、そもそも人間だったかも怪しいじゃねえか。ドラゴンに認められる人間なんざ、勇者くらいのもんだろ」
1も、彼なりに考えていたことを口に出した。彼らは悪魔の王なので何とも思わないが、ドラゴンといえば最高峰の魔物だ。常人離れした強さを持つ者でなければ、ドラゴンと交流を深めることなどできないはずである。
「エルファラのやつ、もうすぐ復活するらしいし、聞いてみるのもいいかもな」
竜人たちからもらった土産を検分しながら、2が提案する。彼がかつて仲良くなった反エルファラ教会の首領の話が本当ならば、エルファラ神の復活は間近に迫っているらしい。
「そう簡単に、教えてくれるといいけど……」
気楽な2とは逆に、3は顔を曇らせる。彼は、神にそれほどいい印象を持っていない。3の世界の神は、彼が天界に反旗を翻して以来、一度も姿を現していなかった。何度も面会を申し出ては拒まれている現状に、3はかなりのストレスを溜めている。
「二、三発みぞおちに打ち込めば聞いてないことまで吐いてくれるさ」
「あー、いいな、それ。賛成」
拳を振りかざし、1が物騒なことを言う。2が、面白半分でそれに同意した。
「君たち、まだ酔っぱらってるの?」
「そんな顔すんなよ。ばっちり正気だ」
呆れ顔の3の機嫌を取るように、1が彼の肩を揉んでくる。背後に回られたことで、岩戸の前で受けた辱めを思い出し、3は複雑な心境になった。
「あ、そうだ。フォース、乳首引っ張ってごめんな。まだ痛いか?」
岩戸でのことを思い出したのは、3だけではなかったらしい。2が3の服に手を突っ込み、胸を撫でた。
「ぁ……っ」
「?」
柔らかな刺激に、淫らな吐息が口を突いて出る。きょとんとした表情で、2が3の顔を覗き込んでくる。相手にその気がないのに感じてしまった恥ずかしさに、3は視線を逸らした。
「そんな、優しくさすっちゃだめ……」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
親切心を無碍にされて、2はむっとする。どう答えたらいいかわからず3が悩んでいると、1が無責任な野次を飛ばしてきた。
「舐めたり吸ったりすりゃいいんじゃねえのー?」
「へ?舐め……?」
「何もしなくていいんだよ!もう、ほっといて!」
目を瞬かせて1に何かを問おうとする2。それを遮り、3はそっぽを向いた。なぜ怒られたのかわからず釈然としないながらも、2は言う通りにする。触れられたところがじんじんと疼き、中途半端な快感が全身に広がっていく感覚に苛まれながらも、3はなぜか火照りを浄化で鎮める気にはなれなかった。
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