L-Triangle!10-3
- 2015/01/23
- 16:46
ロードとともに盗聴に勤しんでいたケレンは、怒りのあまり肩を震わせた。
「ちょっと、何なのこのレミエルって娘は?私のフォースに手を出そうなんて、百年早いわよ!」
通話の石を握りしめて、憤然とする。ケレンもまた、3のナンパに引っかかった一人だった。しかも、彼女は夢から覚めておらず、3に恋慕の情を抱き続けている。
「ん?あー、ごめん。興味ないから聞き流してた。マリーは相変わらずだなあ」
その隣で、ロードが軽い調子で肩をすくめる。彼にとっては、色恋沙汰は興味の範疇外だった。
「まったく……どうしてくれようか……!」
鼻息荒く、通話の石に爪を立てるケレン。大事な盗聴器を壊されてはかなわないので、ロードは彼女から石を取り上げた。
「君、フォースも邪神の仲間かもしれないってわかってる?」
呆れながら、ロードはケレンに確認する。彼女が敵視している2は、3の親しい友人なのだ。2がエルファラ教会と交戦状態になった場合、3も2の側に回る可能性は高い。だが、ケレンはかけらも動揺することなく鼻先で笑い飛ばした。
「それはそれ、これはこれよ。エルファラ様が復活されたら、聖なるお力でフォースを私だけのものにしてもらうんだから」
「怖いこと言うなあ……。でも、そんなに気になるなら、君がマリーたちの会話を聞いておいてよ。僕は他の勇者を盗聴するからさ」
これ以上の忠告は無駄であると見切りをつけて、ロードは別の通話の石を取り出し、盗聴機能をオンにする。こうすれば、二か所同時に監視することが可能である。嫉妬でぎらぎらと目を光らせながら盗み聞きを続行するケレンを見て、女は恐ろしいとロードは思った。
ケレンが憎悪をたぎらせて聞き耳を立てていることに全く気付かないマリーシアたちは、おしゃべりに興じている。3の理想像にひびを入れられて泣いているレミエルを、彼女たちは懸命に慰めていた。
「レミエル、ごめんね。あたしは、応援してるからね!」
「えぐえぐ……大丈夫ですぅ、負けませんです」
レミエルの細い肩を抱いて、エストが彼女を勇気づける。しゃくりあげながらも、レミエルは涙を拭い、拳を握りしめた。彼女が落ち着くのを待ってから、マリーシアは場を仕切る。
「じゃあ、気を取り直して次に行きましょ~!」
「まだやるの!?」
「次は~、リルちゃんよ~!」
エストの非難を無視して、マリーシアは紅茶のおかわりを茶器に注いでいるリルを指名する。冷たい視線が、即座に返ってきた。
「…………は?」
「ユーリス君のこと、好き?」
不愉快そうに顔をしかめるリルに、めげることなくマリーシアは尋ねる。それに動揺したのは、リルではなかった。
「え、ええ!?何でそこでユーリスが出てくるの!?」
目を丸くして、エストがマリーシアに詰め寄る。それもそのはず、ユーリスと旅をしているのはリルではなく、彼女なのだ。飄々とした態度で、マリーシアは意味ありげな視線をリルに向ける。
「だって、リルちゃんは日頃からユーリス君のこと気にかけてるし~、今だって~……」
「…………」
「リ、リル……?」
白状しろと言わんばかりに、マリーシアがリルの背をつつく。ここで否定してしまえばそれで済む話だというのに、なぜかリルは沈黙したままだった。何となく不安になり、エストがおずおずと声をかける。そこでようやく、リルは軽く息をついて首を振った。
「そんなんじゃないわ。たぶん」
「たぶんって、なあに~?」
「私は、恋というものがよくわからない。わからなくていい」
からかうように聞いてくるマリーシアに、リルはそっけなく告げる。それは、かつて姉とともに恋について語り合った時に出した結論だった。彼女と姉には重要な任務があるので、それどころではないのだ。
「そ、そうよね~……リルにもユーリスにも、恋愛はちょっと早すぎるわよ」
目を逸らしながら、エストが乾いた笑みを漏らす。エストにとって、ユーリスは弟のような存在だ。彼女が保護者目線で物事を考えてしまうのも無理はない。
「恋に早いも遅いもないと思うけど~」
一方、マリーシアの考えはエストとは違うようだ。運命の相手が見つかりさえすれば、ひとはいつでも恋ができると彼女は考えている。火のないところに煙をたてようとするマリーシアに、エストはついていけないと思った。
「まったく、マリーは何でもかんでも恋愛に結び付けるんだから。さ、用は済んだでしょ?私、帰るからね」
肩をすくめ、エストは暇を請う。すると、ものすごい速さでマリーシアが彼女を引き止めた。
「ちょっと待った~!」
「な、何よ!」
腕を掴まれ、エストは振り返る。その先には、マリーシアの凶悪な笑みがあった。嫌な予感がして、エストはぞくりと身を震わせる。
「ここを出る前に~、エストが誰を好きなのかを言ってからにしてもらいましょうか~!」
据わった目をして、マリーシアがエストに迫る。エストはどうにかマリーシアを振り切ろうとするが、相手には一分の隙もない。自分よりも勇者としての経歴が長いマリーシアの本気を、エストはどうでもいいところで見せつけられた気がした。
「ほぇ?エストさん、好きなひとがいるんですかぁ?」
「だから、そんなのいないってば!」
意外そうに、レミエルが首をかしげる。あわてて否定するエストを見て、マリーシアが口角を吊り上げる。
「カイン君のことは~?」
「あいつとは何でもないって何回言ったらわかるのよ!」
苛立ちを隠そうとせずに、エストはマリーシアに言い返す。以前から、マリーシアは2とエストの関係についてあれこれ詮索してきていた。そのたびに関係ないと否定しているというのに、ちっともわかってくれない。
「やめといた方がいい。あのもやしは本気で頭がおかしいわ」
外部から冷静に水を差してきたのは、またもリルだった。毒舌な彼女は物事を否定から考える傾向にあるのだが、今回はきちんとした根拠がある。リルは、多くの人々に己を崇めさせて悦に入っている2の姿を目撃しているのだ。2が普段いかに常識人であろうと、アレを見てしまってはドン引きするよりほかないだろう。
「ちょっ……酷いこと言わないでよ!あいつ、あれで結構いいやつなんだから!」
「そんなにむきになってかばうってことは~、脈ありかな~?」
2をこっぴどくこき下ろされて、エストはつい反論してしまう。そんな彼女の腕をにたにたしながらつつくのはマリーシアだ。
「ホントに何でもないのよ!ちょっと一緒にサッカーやっただけだし!」
「スポーツマン同士の健全な恋!かあ~……それはそれでいいわね~」
「あああああ!もー!!!」
エストが何を言っても、マリーシアは脳内で勝手に恋愛話に変換してしまう。マリーシアの頭の中では、エストと2はすでに相思相愛の仲のようだ。どうすれば彼女にわかってもらえるのかと知恵をめぐらせていたエストは、名案を思い付くことができず、もはや爆発寸前だった。
「へくしっ!」
隣の部屋では、本日二度目のくしゃみが響き渡っていた。
「今度は君か」
鼻をすする2に、3が視線を向ける。
「カイン様とフォース様がそろってお風邪を召されるなんて!まさか、強力なウイルスがこの部屋に充満している!?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな……」
あわてふためき、アスタロトが周囲を見回す。クレイオが観念して事情を説明しようとした時、2がベッドから起き上がった。
「つーか、隣うるせえな。文句言って来てやる」
不愉快そうに、つかつかとドアの方へ向かう。話の内容はわからないが、女子供の甲高いわめき声が聞こえてくるのが、さっきからずっと気になっていたのだ。
「あ、ちょっと、カイン!?」
その細い背中にクレイオが慌てて声をかけるも、2は歩みを止めることなく部屋から去って行った。
2がこちらに向かっているとも知らず、サロンではマリーシアがエストを微笑ましげにからかっている真っ最中だった。
「うふふ~、照れちゃって、エストかわい~」
「だーからー!!」
脳みそを沸騰させながら、エストはもう何度目かの反論を試みる。謂れのない疑惑など軽く笑い飛ばせばすむ話だが、勇者といえどエストはまだ十代の少女である。頭を冷やすことができずに翻弄されてしまうのは、仕方がないことだった。
マリーシアとの幾度かの不毛なやり取りの末、エストはついに限界に達した。顔を真っ赤にして、思いきり息を吸い込む。ドアが開いたのは、その時だった。
「おい、うるせえぞ!もうちょっと静かに……」
「私の好きなひとは、別にいるの!カインなんて、何とも思ってないんだから!」
2の抗議は、エストの絶叫に掻き消された。
「…………へ?」
何が起こったかわからず、2はまばたきをする。来訪者が彼であると知った女性陣は、あまりのタイミングの悪さに言葉を失った。
「え…………?」
「マリー、ここにいたのか」
信じられないというように、エストが2の顔をまじまじと見つめる。そんな彼女に構わず、2はマリーシアに声をかけた。彼が今まで隣の部屋で待機していたのは、マリーシアに会うためなのだ。まさか、こんなところで女子会に興じているとは思わなかった。
「カ、カイン君、今の、聞いて……」
「ばっちり聞こえたけど、それがどうした」
顔を引きつらせながら尋ねてくるマリーシアに、2はあっさりと頷く。
「…………っ!」
「あ、エスト~!」
いたたまれなくなり、エストはその場を走り去った。マリーシアが制止の声を上げるが、何の効果もない。
「カ、カインさん、エストさんを追ってくださいっ!」
気まずい空気の中、沈黙を破ったのはレミエルだった。勇気を振り絞り、2に懇願する。
「はあ?何で俺が」
「何だかよくわかりませんけど、たぶんここが男の見せ所ってやつですぅ!さあさあさあ!」
「ちょっ……押すなって!わかったよ、行けばいいんだろ!?」
要領を得ない応対をする2に業を煮やし、レミエルは彼の背中をぐいぐいと押した。いつになく強引な彼女の勢いに負け、2もその場を後にする。
「あっちゃ~……やりすぎちゃった」
眉を寄せて、マリーシアがぽりぽりと頭を掻く。彼女としては、これから芽生えるであろう恋心を意識させ、カップル成立の後押しをしたつもりだったのだが、逆効果だったようだ。
「マリー……また暴走したな」
2の後を追ってサロンへやって来たクレイオが、マリーシアをじろりと睨む。彼はここで今までの会話を聞いていたわけではないが、何が起こったのかは大体察しがついていた。
「う……クレイオ、顔が怖い……」
静かな怒気をぶつけられて、マリーシアが顔を引きつらせる。どうにかごまかそうとする彼女を待っていたのは、クレイオの叱責だった。
「まったく君は、詩のネタを求めるあまり、またそうやって誰かを傷つけて!そんなことじゃ、数少ない友だちがゼロになるぞ!?」
「がーん!!」
クレイオの容赦ない一言に、マリーシアはショックを受ける。マリーシアがこういったトラブルを起すのは、実は初めてではなかった。そのたびに懸命にフォローしていたクレイオは、今日こそは勘弁ならぬと説教を開始する。さすがに悪いと思っているのか、マリーシアも縮こまって反省の意を示した。
「フォース様、もしかしてあの方がマリーさんですか?」
「うん。でも、今は話しかけられる雰囲気じゃないね」
マリーシアとクレイオから少し離れたところで、アスタロトが心配そうに様子をうかがう。苦笑して、3はマリーシア達をそっとしておくよう暗に示した。他の面子に声をかけようとサロン内を見回すと、レミエルがこちらを見ているのに気づく。
「……フォース様」
「やあ、レミエル。それにリルちゃんも」
レミエルに軽く挨拶をして、3はリルにも微笑みかける。レミエルが幸せそうに顔をほころばせたのとは対照的に、リルは不機嫌全開でしかめっ面をした。
「私に話しかけないでって言ったはずよ」
「だから、何でそういう……」
リルの相変わらずつれない態度に、3は脱力する。この少女は、理由はわからないがルシファー達を……特に3を敵視しているように見受けられた。3とこれ以上会話するつもりはないと言わんばかりに、リルはそっぽを向く。ちっとも懐く気配がない彼女にどう接したらいいかと3が頭を悩ませていると、アスタロトが彼の服の裾を引っ張った。
「今、レミエルっていいました?」
「え?ああ、この娘が、レミエルだよ」
目を丸くして、アスタロトはレミエルを凝視する。そういえば初対面だったな、と思い出し、3は彼にレミエルを紹介した。少年の大きな瞳が、驚きでさらに見開かれる。
「こ、これが、あの、レミエル様ですか!?」
「ほえ?」
震える指先を、アスタロトがレミエルに向ける。当のレミエルは、無邪気に首をかしげるのみだ。それもそのはず、レミエルは前世で、3の片腕として働いていたのだ。豊富な知識と優れた頭脳を持つレミエルは、天界中で讃えられていた。もっとも、生まれ変わった現在の彼女は、脳みその大半をどこかに置き忘れてきたかのような体たらくであるが。
「レミエル、彼はアスター。私の側近だ」
「ええー!?じゃあ、すっごく偉いひとじゃないですかぁ!」
3にアスタロトの身分を聞いて、レミエルが仰天する。確かに、今のアスタロトは地獄において、3に次ぐ地位に就いている。だが、それは実力の賜物ではなく、前世のレミエルを始めとする彼より優れた者たちが皆、命を落とした結果に過ぎないことを、他ならぬアスタロト自身がよく知っていた。
「レミエル様、お久しぶりです。いえ、初めましてでしょうか」
背筋を伸ばし、アスタロトはあらためてレミエルに向き合う。彼にとって、前世のレミエルは3と同様に雲の上の存在だったのだ。身に覚えがないにも関わらず敬意を持った接し方をされたレミエルは、わたわたと両手を振り回す。
「な、何でレミを様づけで呼びますか?レミ、すっごく偉いひとよりさらに偉いひとになった気分がしますぅ!レミ、実は超偉いひとですか?むしろプリンセスですか!?」
「…………」
混乱のあまり頭の悪い発言をする、レミエル。彼女の前世を知るアスタロトは、あまりのギャップに硬直した。その肩を、3が優しく叩く。
「……アスター、昔のレミエルのことは忘れるんだ。君の知る彼は、もういない」
諭すように、3はアスタロトに残酷な事実を突きつけた。レミエルは前世で頭脳明晰なロリコン男であり、生まれ変わったら理想の美少女になりたいと公言していたのである。
そんな彼の欲望と妄想がたっぷり詰まったのが、今のレミエルだった。頭が悪くても、言動がアホっぽくても、可愛ければ正義。それが、かつてのレミエルが出した結論だったのだろう。
「……おいたわしや、レミエル様……」
前世のレミエルの冷静沈着な表の顔しか見たことがなかったアスタロトは、その悲惨な変わりように、涙したのだった。
「ちょっと、何なのこのレミエルって娘は?私のフォースに手を出そうなんて、百年早いわよ!」
通話の石を握りしめて、憤然とする。ケレンもまた、3のナンパに引っかかった一人だった。しかも、彼女は夢から覚めておらず、3に恋慕の情を抱き続けている。
「ん?あー、ごめん。興味ないから聞き流してた。マリーは相変わらずだなあ」
その隣で、ロードが軽い調子で肩をすくめる。彼にとっては、色恋沙汰は興味の範疇外だった。
「まったく……どうしてくれようか……!」
鼻息荒く、通話の石に爪を立てるケレン。大事な盗聴器を壊されてはかなわないので、ロードは彼女から石を取り上げた。
「君、フォースも邪神の仲間かもしれないってわかってる?」
呆れながら、ロードはケレンに確認する。彼女が敵視している2は、3の親しい友人なのだ。2がエルファラ教会と交戦状態になった場合、3も2の側に回る可能性は高い。だが、ケレンはかけらも動揺することなく鼻先で笑い飛ばした。
「それはそれ、これはこれよ。エルファラ様が復活されたら、聖なるお力でフォースを私だけのものにしてもらうんだから」
「怖いこと言うなあ……。でも、そんなに気になるなら、君がマリーたちの会話を聞いておいてよ。僕は他の勇者を盗聴するからさ」
これ以上の忠告は無駄であると見切りをつけて、ロードは別の通話の石を取り出し、盗聴機能をオンにする。こうすれば、二か所同時に監視することが可能である。嫉妬でぎらぎらと目を光らせながら盗み聞きを続行するケレンを見て、女は恐ろしいとロードは思った。
ケレンが憎悪をたぎらせて聞き耳を立てていることに全く気付かないマリーシアたちは、おしゃべりに興じている。3の理想像にひびを入れられて泣いているレミエルを、彼女たちは懸命に慰めていた。
「レミエル、ごめんね。あたしは、応援してるからね!」
「えぐえぐ……大丈夫ですぅ、負けませんです」
レミエルの細い肩を抱いて、エストが彼女を勇気づける。しゃくりあげながらも、レミエルは涙を拭い、拳を握りしめた。彼女が落ち着くのを待ってから、マリーシアは場を仕切る。
「じゃあ、気を取り直して次に行きましょ~!」
「まだやるの!?」
「次は~、リルちゃんよ~!」
エストの非難を無視して、マリーシアは紅茶のおかわりを茶器に注いでいるリルを指名する。冷たい視線が、即座に返ってきた。
「…………は?」
「ユーリス君のこと、好き?」
不愉快そうに顔をしかめるリルに、めげることなくマリーシアは尋ねる。それに動揺したのは、リルではなかった。
「え、ええ!?何でそこでユーリスが出てくるの!?」
目を丸くして、エストがマリーシアに詰め寄る。それもそのはず、ユーリスと旅をしているのはリルではなく、彼女なのだ。飄々とした態度で、マリーシアは意味ありげな視線をリルに向ける。
「だって、リルちゃんは日頃からユーリス君のこと気にかけてるし~、今だって~……」
「…………」
「リ、リル……?」
白状しろと言わんばかりに、マリーシアがリルの背をつつく。ここで否定してしまえばそれで済む話だというのに、なぜかリルは沈黙したままだった。何となく不安になり、エストがおずおずと声をかける。そこでようやく、リルは軽く息をついて首を振った。
「そんなんじゃないわ。たぶん」
「たぶんって、なあに~?」
「私は、恋というものがよくわからない。わからなくていい」
からかうように聞いてくるマリーシアに、リルはそっけなく告げる。それは、かつて姉とともに恋について語り合った時に出した結論だった。彼女と姉には重要な任務があるので、それどころではないのだ。
「そ、そうよね~……リルにもユーリスにも、恋愛はちょっと早すぎるわよ」
目を逸らしながら、エストが乾いた笑みを漏らす。エストにとって、ユーリスは弟のような存在だ。彼女が保護者目線で物事を考えてしまうのも無理はない。
「恋に早いも遅いもないと思うけど~」
一方、マリーシアの考えはエストとは違うようだ。運命の相手が見つかりさえすれば、ひとはいつでも恋ができると彼女は考えている。火のないところに煙をたてようとするマリーシアに、エストはついていけないと思った。
「まったく、マリーは何でもかんでも恋愛に結び付けるんだから。さ、用は済んだでしょ?私、帰るからね」
肩をすくめ、エストは暇を請う。すると、ものすごい速さでマリーシアが彼女を引き止めた。
「ちょっと待った~!」
「な、何よ!」
腕を掴まれ、エストは振り返る。その先には、マリーシアの凶悪な笑みがあった。嫌な予感がして、エストはぞくりと身を震わせる。
「ここを出る前に~、エストが誰を好きなのかを言ってからにしてもらいましょうか~!」
据わった目をして、マリーシアがエストに迫る。エストはどうにかマリーシアを振り切ろうとするが、相手には一分の隙もない。自分よりも勇者としての経歴が長いマリーシアの本気を、エストはどうでもいいところで見せつけられた気がした。
「ほぇ?エストさん、好きなひとがいるんですかぁ?」
「だから、そんなのいないってば!」
意外そうに、レミエルが首をかしげる。あわてて否定するエストを見て、マリーシアが口角を吊り上げる。
「カイン君のことは~?」
「あいつとは何でもないって何回言ったらわかるのよ!」
苛立ちを隠そうとせずに、エストはマリーシアに言い返す。以前から、マリーシアは2とエストの関係についてあれこれ詮索してきていた。そのたびに関係ないと否定しているというのに、ちっともわかってくれない。
「やめといた方がいい。あのもやしは本気で頭がおかしいわ」
外部から冷静に水を差してきたのは、またもリルだった。毒舌な彼女は物事を否定から考える傾向にあるのだが、今回はきちんとした根拠がある。リルは、多くの人々に己を崇めさせて悦に入っている2の姿を目撃しているのだ。2が普段いかに常識人であろうと、アレを見てしまってはドン引きするよりほかないだろう。
「ちょっ……酷いこと言わないでよ!あいつ、あれで結構いいやつなんだから!」
「そんなにむきになってかばうってことは~、脈ありかな~?」
2をこっぴどくこき下ろされて、エストはつい反論してしまう。そんな彼女の腕をにたにたしながらつつくのはマリーシアだ。
「ホントに何でもないのよ!ちょっと一緒にサッカーやっただけだし!」
「スポーツマン同士の健全な恋!かあ~……それはそれでいいわね~」
「あああああ!もー!!!」
エストが何を言っても、マリーシアは脳内で勝手に恋愛話に変換してしまう。マリーシアの頭の中では、エストと2はすでに相思相愛の仲のようだ。どうすれば彼女にわかってもらえるのかと知恵をめぐらせていたエストは、名案を思い付くことができず、もはや爆発寸前だった。
「へくしっ!」
隣の部屋では、本日二度目のくしゃみが響き渡っていた。
「今度は君か」
鼻をすする2に、3が視線を向ける。
「カイン様とフォース様がそろってお風邪を召されるなんて!まさか、強力なウイルスがこの部屋に充満している!?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな……」
あわてふためき、アスタロトが周囲を見回す。クレイオが観念して事情を説明しようとした時、2がベッドから起き上がった。
「つーか、隣うるせえな。文句言って来てやる」
不愉快そうに、つかつかとドアの方へ向かう。話の内容はわからないが、女子供の甲高いわめき声が聞こえてくるのが、さっきからずっと気になっていたのだ。
「あ、ちょっと、カイン!?」
その細い背中にクレイオが慌てて声をかけるも、2は歩みを止めることなく部屋から去って行った。
2がこちらに向かっているとも知らず、サロンではマリーシアがエストを微笑ましげにからかっている真っ最中だった。
「うふふ~、照れちゃって、エストかわい~」
「だーからー!!」
脳みそを沸騰させながら、エストはもう何度目かの反論を試みる。謂れのない疑惑など軽く笑い飛ばせばすむ話だが、勇者といえどエストはまだ十代の少女である。頭を冷やすことができずに翻弄されてしまうのは、仕方がないことだった。
マリーシアとの幾度かの不毛なやり取りの末、エストはついに限界に達した。顔を真っ赤にして、思いきり息を吸い込む。ドアが開いたのは、その時だった。
「おい、うるせえぞ!もうちょっと静かに……」
「私の好きなひとは、別にいるの!カインなんて、何とも思ってないんだから!」
2の抗議は、エストの絶叫に掻き消された。
「…………へ?」
何が起こったかわからず、2はまばたきをする。来訪者が彼であると知った女性陣は、あまりのタイミングの悪さに言葉を失った。
「え…………?」
「マリー、ここにいたのか」
信じられないというように、エストが2の顔をまじまじと見つめる。そんな彼女に構わず、2はマリーシアに声をかけた。彼が今まで隣の部屋で待機していたのは、マリーシアに会うためなのだ。まさか、こんなところで女子会に興じているとは思わなかった。
「カ、カイン君、今の、聞いて……」
「ばっちり聞こえたけど、それがどうした」
顔を引きつらせながら尋ねてくるマリーシアに、2はあっさりと頷く。
「…………っ!」
「あ、エスト~!」
いたたまれなくなり、エストはその場を走り去った。マリーシアが制止の声を上げるが、何の効果もない。
「カ、カインさん、エストさんを追ってくださいっ!」
気まずい空気の中、沈黙を破ったのはレミエルだった。勇気を振り絞り、2に懇願する。
「はあ?何で俺が」
「何だかよくわかりませんけど、たぶんここが男の見せ所ってやつですぅ!さあさあさあ!」
「ちょっ……押すなって!わかったよ、行けばいいんだろ!?」
要領を得ない応対をする2に業を煮やし、レミエルは彼の背中をぐいぐいと押した。いつになく強引な彼女の勢いに負け、2もその場を後にする。
「あっちゃ~……やりすぎちゃった」
眉を寄せて、マリーシアがぽりぽりと頭を掻く。彼女としては、これから芽生えるであろう恋心を意識させ、カップル成立の後押しをしたつもりだったのだが、逆効果だったようだ。
「マリー……また暴走したな」
2の後を追ってサロンへやって来たクレイオが、マリーシアをじろりと睨む。彼はここで今までの会話を聞いていたわけではないが、何が起こったのかは大体察しがついていた。
「う……クレイオ、顔が怖い……」
静かな怒気をぶつけられて、マリーシアが顔を引きつらせる。どうにかごまかそうとする彼女を待っていたのは、クレイオの叱責だった。
「まったく君は、詩のネタを求めるあまり、またそうやって誰かを傷つけて!そんなことじゃ、数少ない友だちがゼロになるぞ!?」
「がーん!!」
クレイオの容赦ない一言に、マリーシアはショックを受ける。マリーシアがこういったトラブルを起すのは、実は初めてではなかった。そのたびに懸命にフォローしていたクレイオは、今日こそは勘弁ならぬと説教を開始する。さすがに悪いと思っているのか、マリーシアも縮こまって反省の意を示した。
「フォース様、もしかしてあの方がマリーさんですか?」
「うん。でも、今は話しかけられる雰囲気じゃないね」
マリーシアとクレイオから少し離れたところで、アスタロトが心配そうに様子をうかがう。苦笑して、3はマリーシア達をそっとしておくよう暗に示した。他の面子に声をかけようとサロン内を見回すと、レミエルがこちらを見ているのに気づく。
「……フォース様」
「やあ、レミエル。それにリルちゃんも」
レミエルに軽く挨拶をして、3はリルにも微笑みかける。レミエルが幸せそうに顔をほころばせたのとは対照的に、リルは不機嫌全開でしかめっ面をした。
「私に話しかけないでって言ったはずよ」
「だから、何でそういう……」
リルの相変わらずつれない態度に、3は脱力する。この少女は、理由はわからないがルシファー達を……特に3を敵視しているように見受けられた。3とこれ以上会話するつもりはないと言わんばかりに、リルはそっぽを向く。ちっとも懐く気配がない彼女にどう接したらいいかと3が頭を悩ませていると、アスタロトが彼の服の裾を引っ張った。
「今、レミエルっていいました?」
「え?ああ、この娘が、レミエルだよ」
目を丸くして、アスタロトはレミエルを凝視する。そういえば初対面だったな、と思い出し、3は彼にレミエルを紹介した。少年の大きな瞳が、驚きでさらに見開かれる。
「こ、これが、あの、レミエル様ですか!?」
「ほえ?」
震える指先を、アスタロトがレミエルに向ける。当のレミエルは、無邪気に首をかしげるのみだ。それもそのはず、レミエルは前世で、3の片腕として働いていたのだ。豊富な知識と優れた頭脳を持つレミエルは、天界中で讃えられていた。もっとも、生まれ変わった現在の彼女は、脳みその大半をどこかに置き忘れてきたかのような体たらくであるが。
「レミエル、彼はアスター。私の側近だ」
「ええー!?じゃあ、すっごく偉いひとじゃないですかぁ!」
3にアスタロトの身分を聞いて、レミエルが仰天する。確かに、今のアスタロトは地獄において、3に次ぐ地位に就いている。だが、それは実力の賜物ではなく、前世のレミエルを始めとする彼より優れた者たちが皆、命を落とした結果に過ぎないことを、他ならぬアスタロト自身がよく知っていた。
「レミエル様、お久しぶりです。いえ、初めましてでしょうか」
背筋を伸ばし、アスタロトはあらためてレミエルに向き合う。彼にとって、前世のレミエルは3と同様に雲の上の存在だったのだ。身に覚えがないにも関わらず敬意を持った接し方をされたレミエルは、わたわたと両手を振り回す。
「な、何でレミを様づけで呼びますか?レミ、すっごく偉いひとよりさらに偉いひとになった気分がしますぅ!レミ、実は超偉いひとですか?むしろプリンセスですか!?」
「…………」
混乱のあまり頭の悪い発言をする、レミエル。彼女の前世を知るアスタロトは、あまりのギャップに硬直した。その肩を、3が優しく叩く。
「……アスター、昔のレミエルのことは忘れるんだ。君の知る彼は、もういない」
諭すように、3はアスタロトに残酷な事実を突きつけた。レミエルは前世で頭脳明晰なロリコン男であり、生まれ変わったら理想の美少女になりたいと公言していたのである。
そんな彼の欲望と妄想がたっぷり詰まったのが、今のレミエルだった。頭が悪くても、言動がアホっぽくても、可愛ければ正義。それが、かつてのレミエルが出した結論だったのだろう。
「……おいたわしや、レミエル様……」
前世のレミエルの冷静沈着な表の顔しか見たことがなかったアスタロトは、その悲惨な変わりように、涙したのだった。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!10
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