L-Triangle!10-6
- 2015/01/29
- 20:49
「エストも問題なし、か。さすがは優等生勇者」
もう、何時間を盗聴に費やしたのか。まったく飽きる気配を見せず、ロードは満足げに頷く。その隣では、マリーシアの監視を担当させられているケレンがぐったりしていた。
「何なのよこの歌、耳に焼きついて離れない……」
「マリーの曲を聞くのは初めてかい?強烈だよねえ」
テーブルに突っ伏するケレンを見て、ロードは苦笑する。マリーシアの歌は、恋物語をテーマにしたものが大半だが、耳にやたらと残るフレーズが特徴的だ。一度聞いただけで、歌詞が頭を回り出し、もう一度聞かなければ気が済まなくなる。それの繰り返しだ。
「私はフォースの声を聞きたいのよ。なのに、この歌がどうしても先に耳に来るの!」
ケレンの拳が、テーブルを叩く。部屋の備品を壊されてはかなわないので、ロードは彼女の希望を汲んでやることにした。
「わかったわかった。もう、盗み聞きはやめるよ」
「あ……」
ケレンから通話の石を取り上げ、スイッチを切る。その途端、憑き物が落ちたかのように彼女はまばたきをした。
「何で残念そうな顔するの。もっと聞いていたかった?」
「いや、そういうわけじゃなくてね……ああ、もう何が何だかわからないわ」
ロードに反論しようとして、ケレンは頭を抱えた。脳内でマリーシアの曲が延々とリピートされている。これでは、論理的な思考が機能するはずもない。
「目的は達成した。予想以上の成果が得られたよ。あとは時期を見て、作戦を実行する」
自身の通話の石を片づけながら、ロードは告げる。彼の表情は、確信に満ちていた。
「どういうこと?」
「それは、シュトラーセ様の御前で説明するさ」
訝しげに聞いてくるケレンに、もったいぶった態度でロードは返す。抗議をしようとする彼女を、彼は着替えるからという名目で追い出した。力いっぱい利用されたあげく手柄を独り占めされるかたちになったケレンは憤慨したものの、ロードの部屋のドアを蹴り飛ばす以外に何もできなかった。
2と3がメイルードでそれぞれのひとときを過ごしている中、1もまた、この大都市に近づきつつあった。人目につかないよう気をつけながら、彼は大都市付近の山脈の上を飛んでいる。その両腕には、ひとりの男が抱えられていた。遠くから見れば、鳥が獲物を巣へと運んでいるように見えなくもない。
「いや~、助かったよ。総本山に行く途中で、迷っちゃってねぇ」
いかにも長旅で使い古したようなぼろぼろのマントに身を包んだ吟遊詩人が、からからと笑う。彼の足元に床はなく、深い崖が口を開けているという心臓に悪い状況だが、本人は気にも留めていなかった。
「何であんな山奥にいるんだよ、逆方向だろが」
吟遊詩人の両肩を掴んだ状態で飛行しつつ、1がぼやく。この詩人の名はテルプソロネ。マリーシアの夫で、クレイオの父である。1は、テルプソロネと音楽を通じて交流があった。
「大きな鳥でも呼び寄せようと思って曲を奏でていたんだけど、まさか君が釣れるとは思わなかった」
足をぶらぶらさせながら、テルプソロネはのんきに空の散歩を楽しんでいる。彼は、魔力が込められた歌……呪歌を特技としていた。1が彼の元を訪れたのも、この呪歌に惹かれたために他ならない。
「この俺様を移動手段扱いするとは、まったくいい根性してるぜ」
はしゃぐ吟遊詩人をジト目で見ながら、1は毒づいた。テルプソロネには、Fギターを譲り受けたり操作方法を教わったりと、世話を焼いてもらったことがある。詩人本人は気にしていないだろうが、他人に貸しを作ったままの状態を1のプライドが許さなかった。
「神の復活に間に合いそうだから良かったよ。神様を見ることができたら、絶対いい曲が思い浮かぶ!このチャンスを逃す手はないよね!」
「暴れるなっつーの。ほら、もう見えてきたぜ」
1にたしなめられて、テルプソロネは前方を眺めた。高い塔が密集している都市の風景が、すぐそこまで迫ってきている。
「……これは」
「メイルードに来るのは初めてか?」
先ほどとはうって変わって急に言葉が少なくなったテルプソロネに、1は尋ねる。教会総本山の荘厳さとやらに感銘を受けたのかと1は予想したのだが、詩人は首を振った。
「いや、前にも来たことはあるけど、そうじゃなくて……何だか、気が淀んでいるね」
「まあ、ぎらぎらしすぎて薄気味悪ぃってのは同意するけどな」
眉をひそめ、テルプソロネは教会の塔を注視する。彼につられて1も大都市の街並みを観察するが、特に何も感じられなかった。
「……嫌な感じがする……一体、何が原因なんだ……ん?」
「どうした」
また別の何かを察したらしく、テルプソロネが意味ありげなリアクションをする。忙しいやつだなと思いつつも、無視できないので1は聞き返した。
「これ!この歌は!」
「うわっと!」
テルプソロネが、空中で身を乗り出す。バランスを崩しそうになり、1はあわてて態勢を整えた。もう少しで落下するところだったというのに、目を爛々と輝かせてテルプソロネはこちらを見上げてくる。
「ねえ、聞いた!?今の聞こえた!?」
「はあ!?」
「これは、マリーシアの歌声だ!愛しのハニーの天使の歌声だよ!あの建物の中に、ハニーがいる!」
興奮しきった様子で、テルプソロネは都市の中枢の一角にある建物を指さした。すでに都市の上空を飛んでおり、いつ見つかってもおかしくない状況なので、1は焦りに駆られる。
「だーから、暴れんなって言ってんだろが!」
「離してくれ!ハニーが呼んでいるんだ!」
1の忠告など聞く耳持たず、テルプソロネはじたばたともがく。自分に向かって微笑むマリーシアの幻影でも見えているのだろうか。
「わかったわかった。ほらよ」
詩人の暴走につき合うのがばからしくなり、1は彼の希望通りに建物の上空でテルプソロネを離した。
「今行くよ、ハニイイイイイイイイイイ!!!」
絶叫しながら、テルプソロネはまっさかさまに落ちて行く。建物の屋根に穴が開き、破壊音が響くのを聞きながら、1は秘かに路地裏に着陸し、他人のふりを決め込んだのだった。
空から吟遊詩人が降ってくるより、少し前。高級宿『神のやすらぎ亭』のサロンでは、マリーシアが個人ライブを開催中だった。今、彼女が歌っているのは、2と3をモデルにした新曲『悪魔系&天使系男子』である。
「ああ……これ、フォース様が歌っていた……!ホンモノが聞けるなんて、感激……!」
マリーシアの明るく、清涼感ある歌声を聞いて、アスタロトが感涙にむせぶ。彼がマリーシアの音楽に興味を持ったきっかけは、この曲だったのだ。
「一時期は、耳に焼き付いて離れなかったよ」
アスタロトに振付も込みで歌わされた過去を思い出し、3は苦笑する。
轟音とともに天井が崩れ、何者かが降ってきたのは、曲がちょうど間奏の部分に入ったときのことだった。シャンデリアが頭上に落下するのを、マリーシアはとっさに回避する。
「きゃあああああ!?」
「な、何だあ!?」
レミエルが悲鳴を上げ、クレイオが仰天しつつ身構える。土煙がもうもうとあがり、そこに立っていたのは、なぜかほぼ無傷のテルプソロネだった。
「だ……だーりん?」
何度もまばたきをしながら、マリーシアが夫君の名を呼ぶ。
「ハニー!」
シャンデリアの一部を頭に刺したまま、両手を広げるテルプソロネ。ためらうことなく、マリーシアはその胸に飛び込んだ。
「わあ~!ダーリンだぁ~!会いたかった~!」
そして、様々なつっこみどころを全てスルーして、夫婦は抱き合ってくるくる回り出した。
「……父さん……」
呆けたまま、クレイオは棒立ちになる。ずっと望んでいた父親との再会が、こんな形で成就するとは思わなかった。
「え?あれ、クレイオ君のお父さんですかぁ?ちょっぴり似てますねぇ」
「やめてくれ」
のんきに悪気のない感想を述べるレミエルを遮り、クレイオは何事かと駆けつけた宿の係員たちへ事情説明に向かう。
「お、生きてたか。大したもんだ」
混乱のどさくさに紛れて現場に入った1が、感心したように言った。いきなり背後に立たれて、3はぎょっとして振り返る。
「シーザー……もしかして、彼を落したのは君かい!?」
「下ろしてくれっていうもんだからな」
「だからって……」
当たり前のことであるように返され、3は言葉に詰まる。無事だったからいいものの、へたをすると人死にが出ていた状態だ。もっとも、そうなったらそうなったで、1は何とかするのだろうが。
「シーザー、あんたが父さんを連れて来てくれたのか」
どうにか係員たちを締め出したクレイオが、1に声をかける。父親を殺されかけたことについては、彼は特に文句はないようだ。
「おう。運び屋代わりにされて、いい迷惑だったぜ」
「まったく、父さんは……。部屋の修理、どうしよう」
顔をしかめて、クレイオが惨憺たる状態になったサロンを見渡す。屋根にはぽっかり穴が開いており、床にはシャンデリアその他の残骸が無残にばらまかれている。これを修復するには、手間も料金もかなりかかりそうだ。
「そんなもんは、こうだ」
動揺することなく言い放ち、1は手をかざす。その瞬間、時が巻き戻り、部屋はテルプソロネが降ってくる以前の状態に復元された。その手品のような光景に、クレイオとレミエルは狐につままれたような面持ちになる。
「せっかくの感動の再会だ、お前も混ざってきたらどうだよ?」
自身の力を特にひけらかすこともなく、1はクレイオに勧める。ちなみに、マリーシアとテルプソロネは、お互いに夢中で部屋が直ったことに気づいてすらいない。
「いや、いい。全力で遠慮する」
遠い目をして、クレイオは首を振った。ギャラリーがいるのがわかっているのにあの夫婦に混ざってはしゃぐなど、恥ずかしくてできたものではない。
「あ……ごめんね~、久しぶりにダーリンに会えたから、うれしくって~」
何とも言えない空気の中で夫婦を見守ることしばし、ようやく周囲に目を向ける余裕ができたマリーシアが、照れたように笑いかけてくる。
「やあ、お客さんがいたのか」
テルプソロネの方は、場を騒がせたことを謝りすらしない。父親にも常識について説教をしなければならないのかと、クレイオは頭を抱えた。
「ダーリン、紹介するね。レミちゃんと、フォース君と、アスター君だよ~」
マリーシアに指名され、三人はとりあえず頭を下げた。空から降ってきた詩人は、彼らを無遠慮に観察する。
「ほー……三人とも、輝いているねえ」
「え?レミ、ぴかぴかしてますか?」
「力をだだ漏れにした覚えはないのですが……」
テルプソロネに褒め言葉らしきものをかけられ、レミエルとアスタロトは不安そうな顔で全身を確認する。その反応が面白かったのか、テルプソロネは笑みをこぼした。
「僕が見ているのは、表面的な光じゃない。魂の輝きさ。僕には、そのひとが持つ魂の輝きを感じ取ることができるんだ」
「魂の、輝き……?」
「あー……また、始まった」
意味ありげに、テルプソロネが自らの胸に指を押し当てる。その仕草に惹きつけられるように3は身を乗り出し、1は呆れたように額に手をやった。
「あまり深く考えないでくれ。父さんは、マリー以上に感覚でものをいうから」
「ちょっとクレイオ~、それ、どういう意味~?」
父親が空気を読まずに自分の世界を展開しようとしているのに気づき、クレイオがあわててフォローを入れる。その横で、息子にバカにされていることだけは勘の鋭さで察したマリーシアがむくれていた。
「それにしても……驚いたな。シーザー、君の輝きが増している。たぶん、隣にフォース君がいるからだね」
クレイオが遠回しに諌めているのに気づかず、テルプソロネが1と3をしげしげと見比べる。これには、テルプソロネの奇行に慣れている1も顔をしかめた。
「はあ?何言ってんだ、気色悪ぃ」
「シーザーとは相性がいい……とか、そういうことかな」
戸惑いながらも、3が推測を述べる。1ははっきりと不快そうだが、3自身は1といることで何らかの良い影響があると言われて悪い気はしなかった。
「赤と緑、か……でも、惜しいなあ……ひとつ、決定的な何かが足りない気がする」
「俺様は俺様で完成形なんだよ。足りないものなんかねえ」
1を赤、3を緑と表現し、テルプソロネが眉を寄せる。ばかばかしいと鼻先で笑い飛ばし、1は3から離れた。そして、自分だけを見ろと言わんばかりにテルプソロネの眼前に立つ。1のアピールに気づかない詩人は、角度をずらして1と3を同時に視界に入れようと場所を移動した。そのしつこさに、1は渋面になる。
「でも、今ここにいないのって、カインだよね」
ふてくされて床を蹴る1を宥めながら、3が指摘する。それを聞いて、懸命に彼らに欠けているものを見出そうとしていたテルプソロネは、目を輝かせた。
「君たちの仲間が、もうひとりいるのかい?ぜひ会いたいなあ」
わくわく、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、詩人は二人に詰め寄る。絶対呼ぶなよ、と1が釘をさすより早く、マリーシアが動いた。
「たぶん近くにいるし、ちょっと呼んでみよっか~」
「ぜひお願いするよ、ハニー!」
テルプソロネが、気が利く良妻の手をとる。マリーシアがマイペースかつ妙なところで頑固なのを知っている1は、妨害をする前からすでにあきらめて肩を落した。
「うん。じゃ、いくよ?マリー電波~」
マリーシアが、意識を集中させる。彼女の思念はよく響くため、2が呼び声に気づくのも、時間の問題だった。
もう、何時間を盗聴に費やしたのか。まったく飽きる気配を見せず、ロードは満足げに頷く。その隣では、マリーシアの監視を担当させられているケレンがぐったりしていた。
「何なのよこの歌、耳に焼きついて離れない……」
「マリーの曲を聞くのは初めてかい?強烈だよねえ」
テーブルに突っ伏するケレンを見て、ロードは苦笑する。マリーシアの歌は、恋物語をテーマにしたものが大半だが、耳にやたらと残るフレーズが特徴的だ。一度聞いただけで、歌詞が頭を回り出し、もう一度聞かなければ気が済まなくなる。それの繰り返しだ。
「私はフォースの声を聞きたいのよ。なのに、この歌がどうしても先に耳に来るの!」
ケレンの拳が、テーブルを叩く。部屋の備品を壊されてはかなわないので、ロードは彼女の希望を汲んでやることにした。
「わかったわかった。もう、盗み聞きはやめるよ」
「あ……」
ケレンから通話の石を取り上げ、スイッチを切る。その途端、憑き物が落ちたかのように彼女はまばたきをした。
「何で残念そうな顔するの。もっと聞いていたかった?」
「いや、そういうわけじゃなくてね……ああ、もう何が何だかわからないわ」
ロードに反論しようとして、ケレンは頭を抱えた。脳内でマリーシアの曲が延々とリピートされている。これでは、論理的な思考が機能するはずもない。
「目的は達成した。予想以上の成果が得られたよ。あとは時期を見て、作戦を実行する」
自身の通話の石を片づけながら、ロードは告げる。彼の表情は、確信に満ちていた。
「どういうこと?」
「それは、シュトラーセ様の御前で説明するさ」
訝しげに聞いてくるケレンに、もったいぶった態度でロードは返す。抗議をしようとする彼女を、彼は着替えるからという名目で追い出した。力いっぱい利用されたあげく手柄を独り占めされるかたちになったケレンは憤慨したものの、ロードの部屋のドアを蹴り飛ばす以外に何もできなかった。
2と3がメイルードでそれぞれのひとときを過ごしている中、1もまた、この大都市に近づきつつあった。人目につかないよう気をつけながら、彼は大都市付近の山脈の上を飛んでいる。その両腕には、ひとりの男が抱えられていた。遠くから見れば、鳥が獲物を巣へと運んでいるように見えなくもない。
「いや~、助かったよ。総本山に行く途中で、迷っちゃってねぇ」
いかにも長旅で使い古したようなぼろぼろのマントに身を包んだ吟遊詩人が、からからと笑う。彼の足元に床はなく、深い崖が口を開けているという心臓に悪い状況だが、本人は気にも留めていなかった。
「何であんな山奥にいるんだよ、逆方向だろが」
吟遊詩人の両肩を掴んだ状態で飛行しつつ、1がぼやく。この詩人の名はテルプソロネ。マリーシアの夫で、クレイオの父である。1は、テルプソロネと音楽を通じて交流があった。
「大きな鳥でも呼び寄せようと思って曲を奏でていたんだけど、まさか君が釣れるとは思わなかった」
足をぶらぶらさせながら、テルプソロネはのんきに空の散歩を楽しんでいる。彼は、魔力が込められた歌……呪歌を特技としていた。1が彼の元を訪れたのも、この呪歌に惹かれたために他ならない。
「この俺様を移動手段扱いするとは、まったくいい根性してるぜ」
はしゃぐ吟遊詩人をジト目で見ながら、1は毒づいた。テルプソロネには、Fギターを譲り受けたり操作方法を教わったりと、世話を焼いてもらったことがある。詩人本人は気にしていないだろうが、他人に貸しを作ったままの状態を1のプライドが許さなかった。
「神の復活に間に合いそうだから良かったよ。神様を見ることができたら、絶対いい曲が思い浮かぶ!このチャンスを逃す手はないよね!」
「暴れるなっつーの。ほら、もう見えてきたぜ」
1にたしなめられて、テルプソロネは前方を眺めた。高い塔が密集している都市の風景が、すぐそこまで迫ってきている。
「……これは」
「メイルードに来るのは初めてか?」
先ほどとはうって変わって急に言葉が少なくなったテルプソロネに、1は尋ねる。教会総本山の荘厳さとやらに感銘を受けたのかと1は予想したのだが、詩人は首を振った。
「いや、前にも来たことはあるけど、そうじゃなくて……何だか、気が淀んでいるね」
「まあ、ぎらぎらしすぎて薄気味悪ぃってのは同意するけどな」
眉をひそめ、テルプソロネは教会の塔を注視する。彼につられて1も大都市の街並みを観察するが、特に何も感じられなかった。
「……嫌な感じがする……一体、何が原因なんだ……ん?」
「どうした」
また別の何かを察したらしく、テルプソロネが意味ありげなリアクションをする。忙しいやつだなと思いつつも、無視できないので1は聞き返した。
「これ!この歌は!」
「うわっと!」
テルプソロネが、空中で身を乗り出す。バランスを崩しそうになり、1はあわてて態勢を整えた。もう少しで落下するところだったというのに、目を爛々と輝かせてテルプソロネはこちらを見上げてくる。
「ねえ、聞いた!?今の聞こえた!?」
「はあ!?」
「これは、マリーシアの歌声だ!愛しのハニーの天使の歌声だよ!あの建物の中に、ハニーがいる!」
興奮しきった様子で、テルプソロネは都市の中枢の一角にある建物を指さした。すでに都市の上空を飛んでおり、いつ見つかってもおかしくない状況なので、1は焦りに駆られる。
「だーから、暴れんなって言ってんだろが!」
「離してくれ!ハニーが呼んでいるんだ!」
1の忠告など聞く耳持たず、テルプソロネはじたばたともがく。自分に向かって微笑むマリーシアの幻影でも見えているのだろうか。
「わかったわかった。ほらよ」
詩人の暴走につき合うのがばからしくなり、1は彼の希望通りに建物の上空でテルプソロネを離した。
「今行くよ、ハニイイイイイイイイイイ!!!」
絶叫しながら、テルプソロネはまっさかさまに落ちて行く。建物の屋根に穴が開き、破壊音が響くのを聞きながら、1は秘かに路地裏に着陸し、他人のふりを決め込んだのだった。
空から吟遊詩人が降ってくるより、少し前。高級宿『神のやすらぎ亭』のサロンでは、マリーシアが個人ライブを開催中だった。今、彼女が歌っているのは、2と3をモデルにした新曲『悪魔系&天使系男子』である。
「ああ……これ、フォース様が歌っていた……!ホンモノが聞けるなんて、感激……!」
マリーシアの明るく、清涼感ある歌声を聞いて、アスタロトが感涙にむせぶ。彼がマリーシアの音楽に興味を持ったきっかけは、この曲だったのだ。
「一時期は、耳に焼き付いて離れなかったよ」
アスタロトに振付も込みで歌わされた過去を思い出し、3は苦笑する。
轟音とともに天井が崩れ、何者かが降ってきたのは、曲がちょうど間奏の部分に入ったときのことだった。シャンデリアが頭上に落下するのを、マリーシアはとっさに回避する。
「きゃあああああ!?」
「な、何だあ!?」
レミエルが悲鳴を上げ、クレイオが仰天しつつ身構える。土煙がもうもうとあがり、そこに立っていたのは、なぜかほぼ無傷のテルプソロネだった。
「だ……だーりん?」
何度もまばたきをしながら、マリーシアが夫君の名を呼ぶ。
「ハニー!」
シャンデリアの一部を頭に刺したまま、両手を広げるテルプソロネ。ためらうことなく、マリーシアはその胸に飛び込んだ。
「わあ~!ダーリンだぁ~!会いたかった~!」
そして、様々なつっこみどころを全てスルーして、夫婦は抱き合ってくるくる回り出した。
「……父さん……」
呆けたまま、クレイオは棒立ちになる。ずっと望んでいた父親との再会が、こんな形で成就するとは思わなかった。
「え?あれ、クレイオ君のお父さんですかぁ?ちょっぴり似てますねぇ」
「やめてくれ」
のんきに悪気のない感想を述べるレミエルを遮り、クレイオは何事かと駆けつけた宿の係員たちへ事情説明に向かう。
「お、生きてたか。大したもんだ」
混乱のどさくさに紛れて現場に入った1が、感心したように言った。いきなり背後に立たれて、3はぎょっとして振り返る。
「シーザー……もしかして、彼を落したのは君かい!?」
「下ろしてくれっていうもんだからな」
「だからって……」
当たり前のことであるように返され、3は言葉に詰まる。無事だったからいいものの、へたをすると人死にが出ていた状態だ。もっとも、そうなったらそうなったで、1は何とかするのだろうが。
「シーザー、あんたが父さんを連れて来てくれたのか」
どうにか係員たちを締め出したクレイオが、1に声をかける。父親を殺されかけたことについては、彼は特に文句はないようだ。
「おう。運び屋代わりにされて、いい迷惑だったぜ」
「まったく、父さんは……。部屋の修理、どうしよう」
顔をしかめて、クレイオが惨憺たる状態になったサロンを見渡す。屋根にはぽっかり穴が開いており、床にはシャンデリアその他の残骸が無残にばらまかれている。これを修復するには、手間も料金もかなりかかりそうだ。
「そんなもんは、こうだ」
動揺することなく言い放ち、1は手をかざす。その瞬間、時が巻き戻り、部屋はテルプソロネが降ってくる以前の状態に復元された。その手品のような光景に、クレイオとレミエルは狐につままれたような面持ちになる。
「せっかくの感動の再会だ、お前も混ざってきたらどうだよ?」
自身の力を特にひけらかすこともなく、1はクレイオに勧める。ちなみに、マリーシアとテルプソロネは、お互いに夢中で部屋が直ったことに気づいてすらいない。
「いや、いい。全力で遠慮する」
遠い目をして、クレイオは首を振った。ギャラリーがいるのがわかっているのにあの夫婦に混ざってはしゃぐなど、恥ずかしくてできたものではない。
「あ……ごめんね~、久しぶりにダーリンに会えたから、うれしくって~」
何とも言えない空気の中で夫婦を見守ることしばし、ようやく周囲に目を向ける余裕ができたマリーシアが、照れたように笑いかけてくる。
「やあ、お客さんがいたのか」
テルプソロネの方は、場を騒がせたことを謝りすらしない。父親にも常識について説教をしなければならないのかと、クレイオは頭を抱えた。
「ダーリン、紹介するね。レミちゃんと、フォース君と、アスター君だよ~」
マリーシアに指名され、三人はとりあえず頭を下げた。空から降ってきた詩人は、彼らを無遠慮に観察する。
「ほー……三人とも、輝いているねえ」
「え?レミ、ぴかぴかしてますか?」
「力をだだ漏れにした覚えはないのですが……」
テルプソロネに褒め言葉らしきものをかけられ、レミエルとアスタロトは不安そうな顔で全身を確認する。その反応が面白かったのか、テルプソロネは笑みをこぼした。
「僕が見ているのは、表面的な光じゃない。魂の輝きさ。僕には、そのひとが持つ魂の輝きを感じ取ることができるんだ」
「魂の、輝き……?」
「あー……また、始まった」
意味ありげに、テルプソロネが自らの胸に指を押し当てる。その仕草に惹きつけられるように3は身を乗り出し、1は呆れたように額に手をやった。
「あまり深く考えないでくれ。父さんは、マリー以上に感覚でものをいうから」
「ちょっとクレイオ~、それ、どういう意味~?」
父親が空気を読まずに自分の世界を展開しようとしているのに気づき、クレイオがあわててフォローを入れる。その横で、息子にバカにされていることだけは勘の鋭さで察したマリーシアがむくれていた。
「それにしても……驚いたな。シーザー、君の輝きが増している。たぶん、隣にフォース君がいるからだね」
クレイオが遠回しに諌めているのに気づかず、テルプソロネが1と3をしげしげと見比べる。これには、テルプソロネの奇行に慣れている1も顔をしかめた。
「はあ?何言ってんだ、気色悪ぃ」
「シーザーとは相性がいい……とか、そういうことかな」
戸惑いながらも、3が推測を述べる。1ははっきりと不快そうだが、3自身は1といることで何らかの良い影響があると言われて悪い気はしなかった。
「赤と緑、か……でも、惜しいなあ……ひとつ、決定的な何かが足りない気がする」
「俺様は俺様で完成形なんだよ。足りないものなんかねえ」
1を赤、3を緑と表現し、テルプソロネが眉を寄せる。ばかばかしいと鼻先で笑い飛ばし、1は3から離れた。そして、自分だけを見ろと言わんばかりにテルプソロネの眼前に立つ。1のアピールに気づかない詩人は、角度をずらして1と3を同時に視界に入れようと場所を移動した。そのしつこさに、1は渋面になる。
「でも、今ここにいないのって、カインだよね」
ふてくされて床を蹴る1を宥めながら、3が指摘する。それを聞いて、懸命に彼らに欠けているものを見出そうとしていたテルプソロネは、目を輝かせた。
「君たちの仲間が、もうひとりいるのかい?ぜひ会いたいなあ」
わくわく、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、詩人は二人に詰め寄る。絶対呼ぶなよ、と1が釘をさすより早く、マリーシアが動いた。
「たぶん近くにいるし、ちょっと呼んでみよっか~」
「ぜひお願いするよ、ハニー!」
テルプソロネが、気が利く良妻の手をとる。マリーシアがマイペースかつ妙なところで頑固なのを知っている1は、妨害をする前からすでにあきらめて肩を落した。
「うん。じゃ、いくよ?マリー電波~」
マリーシアが、意識を集中させる。彼女の思念はよく響くため、2が呼び声に気づくのも、時間の問題だった。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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