L-Triangle!10-7(完結)
- 2015/01/31
- 20:50
トランプが、中央の山にぱらぱらと落ちる。自分の手番が回ってきたのを確認し、2は不敵に笑った。
「あがりだ」
手持ちのカードを、全て放る。それが偽りでないことを確認し、エストが驚愕の声を上げた。
「うそ!?またあんたの一人勝ち!?」
「カインお兄ちゃん、すごーい!」
ユーリスが、2を羨望の眼差しで見つめる。あれから、彼らは三人でゲームに興じていたのだが、何をやっても2が圧倒的勝利を収めていた。興奮気味の少年の肩を抱き、2はその耳元で囁く。
「もうちょっと大きくなったら、やり方教えてやるよ。男同士の秘密な」
「うん、うん!」
「ってことは、やっぱりイカサマじゃないの!ユーリスに変なこと教えないでって言ってるでしょ!?」
男二人のやりとりに聞き耳を立てていたエストが、憤然と反論する。2としては、技術を使っての勝利も駆け引きのひとつだと考えているのだが、彼女にはただの反則にしか感じられないようだ。
「男ってのはなあ、ちょっとくらい悪い方が魅力的なんだよ」
髪をかきあげ、2はエストに厭味ったらしく流し目を送る。その気障な所作は、彼によく似合っていたのだが、相手の反応は冷たかった。
「それでつれるのは頭の軽いやつらだけよ。そんなので満足するなんて、あんたも意外と安いわね!」
「んだと?」
売り言葉に買い言葉で、即座に言い返してくる、エスト。自分を慕ってくれる者をばかにされては、2としても黙ってはいられない。
「二人とも、喧嘩しちゃだめだよ~!」
立ち上がり、火花を散らす両者の間に、ユーリスが割って入った。少年を押しのけて追撃しようとしていた2だったが、頭の中で誰かが呼ぶ声が響いて動きを止める。
『カイン君~カイン君~聞こえますか~?マリーだよ~』
「…………ん?」
「どうしたのよ」
相手が何もしてこないのを不審に思い、エストが顔を覗き込んでくる。構わず、2はマリーシアの声に耳を傾けた。
『近くにいるなら、ちょっと来て下さ~い!シーザー君もいるよ~』
そして、用件を伝えたマリーシアは、通信を切る。
「……何だかよくわからねえが、呼ばれた」
首をかしげつつ、2は端的に説明する。彼にテレパシー能力があると知っているエストは、それで納得した。
「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
名残惜しそうに、ユーリスが見つめてくる。少年の金髪を軽く乱し、2は少し屈んで彼と目線を合わせた。
「気が向いたら、また来てやるよ」
「約束だよ!」
ユーリスが、手を差し出す。その手に自身の手を打ち合わせ、2は部屋を出て行った。彼がいなくなり、部屋にはエストとユーリスの二人きりになる。
「……あーあ……もうちょっと、遊びたかったな」
ため息をついて、ユーリスはベッドに体を投げ出した。いつもならば、片付けなさい、というエストの叱責が飛ぶところだが、彼女は呆けたようにドアを見つめている。
「どうかしたの?エスト」
「べ、別に」
声をかけられて、エストは我に返る。床にちらかったトランプを集める彼女の頭の中では、2の残影がぐるぐると回っていた。考えてみれば、彼の行動は謎だらけだった。
2は、彼女と同様、別の世界からやってきた存在で、おそらくは人間ではない。エストが彼について知っているのは、これくらいのものだ。
なぜ、これほどユーリスに親切にしてくれるのか。
何のためにこの世界に来ているのか。
そもそも、一体何者なのか……疑問は尽きない。
リルが彼を警戒しているのも、気になるところだった。
「エストも、カインお兄ちゃんがいなくなって、寂しいの?」
思い悩むエストに、ユーリスが無邪気に聞いてくる。それは、マリーシアとは違いひやかしの意味はない、言葉通りの問いかけだったのだが、エストの頭を爆発させるには十分だった。
「そ、そそそそそんなこと、ないってば!も、もう、いいから片づけるの手伝ってよ!」
必要以上の怒りを向けられてすくみあがり、ユーリスはいそいそとボードゲームをしまい始める。彼女の頬の赤さに、幸いなことに少年は気づかなかった。
ありったけの執念を込めて2にメッセージを送ったマリーシアは、額の汗をぬぐう仕草をした。
「よしっ、これで来てくれるはずよ~」
「マリーさん、すごいですぅ!」
「こいつの念は強力だからな」
傍にいたレミエルが、歓声を上げる。マリーシアにたびたび呼び出されている1は、彼女が発する『声』の強さを保証した。あの大音量を脳内で鳴らされては、応じないわけにはいかないのだ。
「ありがとう、マリー」
「ダーリンからの、久々のお願いだからね~」
テルプソロネが感謝とともにマリーシアの肩を抱き、彼女はそのまま彼に寄り添う。恥ずかしげもなく仲の良さを披露する二人を羨ましそうに見ながら、レミエルが素朴な疑問を尋ねた。
「こんなにらぶらぶなのに、どうして一緒に旅をしないんですかぁ?」
「レミエルさん、夫婦には色々事情があるんです。部外者が立ち入るのは失礼ですよ」
「え~、でもでも、不思議ですよぉ~」
アスタロトに諌められ、レミエルは唇を尖らせる。もし自分がマリーシアならば、好きなひととずっと一緒にいたいと思う。現に、レミエルは3の顔を見ただけで、すごく幸せになれるのだ。あえて離れようとするマリーシア達の考えが、彼女には理解できなかった。
「女房がアイドルとかいってちやほやされるのを見るのは、何かいたたまれないだろ?」
「うわ、レミエルさんに輪をかけて失礼なひとがここにいた!」
「ちょっと~聞こえてるわよ~」
レミエルの頭に手を置いて、1が首を振る。彼の説得力がありすぎて触れてはいけない領域につっこんでいる発言に、アスタロトが顔を引きつらせた。場合によっては、絶交されても文句は言えない禁句であるが、当のマリーシアは頬を膨らませてすねただけだった。
「まあ、ヤキモチを焼いてしまうっていうのもあるけど……世界を幸せな音楽で満たすのが、私の夢であり目標なんだ。私とマリー、それぞれが音楽の素晴らしさを世界に広めた方が、より効率がいいだろう?」
マリーシアを慰めながら、テルプソロネが答える。彼の目には、ただ夢を見るだけではなく、強い意志を持って我が道を突き進む覚悟が宿っていた。
「幸せな音楽ですか。すてきですね」
「そうだろうそうだろう?音楽の素晴らしさを共有すれば、みんなハッピー世界は平和!」
にこやかに、3がテルプソロネに賛同する。理解者の登場に喜んで、詩人は3の手をとった。そのあまりの食いつきっぷりにどう対処していいかわからず戸惑う3を、1がさりげなく引き離して救助する。
「あ、でもねダーリン、もうすぐ世界は平和になるのよ~?神様が復活するから~」
テルプソロネが活き活きと1や3に絡んでいくのを微笑ましげに見守りながら、マリーシアが指摘する。彼女もエストと同様に、神復活の式典に勇者として招待されていた。
「マリーさんは、神様が復活したらうれしいですか?」
「神様はどうでもいいけど~、平和になればみんなが歌を聞いてくれるから~、うれしいわね~」
「はは、なるほど」
3の問いに、マリーシアは正直な返答をする。彼女らしいと思いながら、3は微笑んで頷いた。
「…………」
和やかな会話の最中だというのに、テルプソロネの表情が、険しいものになる。彼は、メイルードの中枢を取り巻く異様な気を思い出していた。あれは、よくないことの兆候なのではないだろうかと、詩人は訝る。
「……ダーリン、何か悩み事?」
「いや、大したことじゃない」
夫が何事かを考え込んでいるのに気づいたのは、勘の鋭いマリーシアだった。心配そうに顔を覗き込んでくる彼女を安心させるために、テルプソロネは笑顔を作る。マリーシアが何かを言いかけたとき、サロンのドアが開いて細長い人影が入ってきた。
「おーい、来てやったぞ」
「カイン、お疲れ様」
「よお、来たか」
2が、部屋に集まる面々に声をかける。3と1が彼に近づいたその時、テルプソロネが瞠目した。
「…………!」
三人のルシファーから放たれるオーラのあまりの眩さに、詩人は目をかばう。赤・青・緑の輝きが、交錯しながら取り巻き、全ての闇を覆い尽くす。雲を突き抜けるほど強大な光の化身がこのメイルードに降臨するのを、テルプソロネは幻視した。
「……これは……!」
あまりに鮮明な映像を目の当たりにし、テルプソロネは言葉を失う。周囲が何事かと訝る中、詩人はふらふらと立ち上がった。よろける足取りをこらえながら、部屋の外へ向かう。
「どこ行くんだよ?カインに会いてえっつったのはお前だろ!?」
あわてて、1が駆け寄り、今にもサロンを出て行こうとする詩人の腕を掴む。動きを封じられたテルプソロネは、今まで見たことがないほどぎらぎらした様相で1に迫った。
「来た来た来たよ、インスピレーションが来たんだよ!」
「はあぁ!?」
封じられていない方の手で、詩人は1の肩を揺さぶる。予想外の反撃を受けて面喰い、1はテルプソロネの拘束を解いてしまった。
「今すぐに、この溢れ出すハーモニーをかたちにしなければ!」
高々と拳を突き上げ、テルプソロネは己を鼓舞する。隣の部屋に猛ダッシュで駆け込む彼を、誰も止めることはできなかった。
「……何だありゃ」
来たばかりでわけがわからない2は、ぽかんと口を開けている。オーラの類いはテルプソロネにしか見えていないので、何があったのかを正確に理解できる者は誰もいないのだが、呼び出されて早々、このような状況に見舞われた彼の混乱は人一倍だろう。身内の無礼を見てみぬふりはできず、クレイオが2の隣に立ち謝罪する。
「すまない、カイン。父さんはああなってしまうと、もう、何を言ってもダメなんだ」
「って、あれ、お前の父ちゃんかよ!?」
沈痛な面持ちのクレイオの一言に、2は驚愕する。1からテルプソロネのことを変人だと聞かされてはいたが、ここまでぶっ飛んでいるとは想像していなかった。
「せっかく来てくれたのに、ごめんね~?でも、ダーリン、すっごく喜んでたわ~」
「ま、無駄足じゃないなら、別にいいけどよ」
マリーシアがフォローに加わり、2の肩を叩く。彼を呼び出した当人がそう言うならば、2としてはそれで善しとするより他ない。
テルプソロネの奇行により場は白けてしまい、本日の会合はお開きとなった。
マリーシア一行から丁重に見送られて、ルシファー達とアスタロトはメイルードを発った。夕暮れの空を飛行しながら、3が今日あった出来事を反芻する。
「テルプソロネさん、すごく個性的なひとだったね」
「あの方は、皆さんに一体何を見たのでしょう?」
3と同じく白い翼をはためかせ、アスタロトが首をかしげる。唯一、翼なしの状態で飛んでいる1が、肩をすくめた。
「さあな。何かすごくいいもんだろ。俺様は知りたくねえけどな」
投げやりな口調で、吐き捨てる。自分のことをいくら褒めてくれても構わないが、他の誰かとセットにされては、うれしくも何ともない。
「あのマリーの旦那にふさわしい、ゴーイングマイウェイなやつだったな。あれじゃ、クレイオも大変だ」
蝙蝠の翼で速度と高度を調節しながら、2はクレイオに同情する。非常識に囲まれた常識人は、全ての苦労をしょい込む羽目になるのだ。まあそれでも、あの親子からはしっかりとした絆を感じるので、大丈夫なのだろうと彼は踏んでいる。
「……もうすぐ神が復活するって、みんな喜んでいたね」
遠ざかるメイルードの塔の連なりを振り返りながら、3は呟く。
「その神さんの敵が、邪神ルシファーらしいぜ?」
エストとの会話を思い起こし、2が意地の悪い、どこか自虐的な笑みを浮かべた。この世界でも、ルシファーは人々から忌み嫌われている。天界が存在しない世界だというのに、何とも皮肉だった。それを聞いて、アスタロトが仰天する。
「え、ええ!?ルシファー様、一体何をやらかしたんですか!?」
「いや、私のことじゃなくてね。教会の聖典に、そう書かれているらしいんだ。きっと、同名の別人だよ」
「そうですか。良かった……」
身に覚えがないのに糾弾されて狼狽えつつも、3は弁解する。アスタロトにとってのルシファーは、3のことを指す。1や2もルシファーだという事実を、彼は知らされていなかった。
「エルファラ神、か……強えなら、戦ってみてえな」
1が、指をぼきぼきと鳴らす。彼の闘争心に水を差したのは、2だった。
「ルシファーに封印されてる神だぜ?だめだめだろ」
「あー……それもそうだな」
至極もっともな意見に、1は興をそがれる。対等な戦いは望むところだが、弱い者いじめはさほど楽しくないばかりか、かえって彼の名誉を汚すことに繋がる。ふてくされて、1はソファーに横になっているかのような体制で気のない飛び方をし始めた。2が落ちるぞ、と警告し、3は器用だね、と的外れな褒め言葉を贈る。
「私は、この世界が好きだよ。平和になって、みんなが笑顔になるならうれしいな」
陽が落ちかけて、紫色に染まる空を、3は慈愛に満ちた表情で讃える。自分の世界と同等とまではいかないが、彼はこの世界をかけがえのないものだと感じていた。この世界は、3につかの間の安らぎと、そして何より大切な友人たちを授けてくれたのだ。
「さて、この世界のことは、この世界の者たちに任せて、我々は明日から頑張りましょう!」
「そうだね」
主君の気持ちが何となくわかるような気がして、アスタロトが気合を入れる。目を細めて、3は頷いた。
「うええ……ヤなこと思い出させんなよな」
「俺の仕事は平和とは真逆だけどな。ま、ガンガンやるけどよ」
仕事にさほど熱心ではない1が顔をしかめ、2は満更でもなさそうに笑う。同じルシファーでも、それぞれ、勤労に対する意欲は微妙に異なるようだ。
太陽が完全に沈めば、世界は夜の闇が独占する。夜が明ければ、また仕事の日々の始まりだ。
こうして、ルシファー達の休日はいつも通り何事もなく過ぎていくのだった。
メイルードの中央神殿塔。ロードによる謁見の申し出を受け、教祖シュトラーセは眼前にひざまずく彼を見下ろした。勇者の隣には、ケレンもいる。
「本日はどういった用件ですか?ロード」
よく通る声が、勇者に顔を上げるよう暗に指示する。
「例の、反抗組織が崇めていた者たちについてわかったことがあるので、ご報告をと思いまして」
「……今は、神の復活に専念しろと命じたはずですよ?」
神託と外れた行動をとる勇者を、シュトラーセが咎める。自身の言動が教祖の不興を買うだろうことは、ロードも想定済みだった。
「もちろん、魔王討伐にも全力を注いでおります。しかし、そのうえで不安要素は取り除いておくのが得策かと」
「……確かに。では、話を聞きましょう」
あらかじめ用意してきた弁解を、堂々と述べる。ロードが確信を持って反論してきたことに教祖は一瞬黙り込み、彼の命に背いた罪を許した。シュトラーセの寛大さに賭けたロードは、彼が聞く体制に入ったことにひとまず安堵する。密偵から届いたナンナルの報告書の内容と、自身がついさっき盗聴で得た情報を照合しながら、勇者は話し始めた。
「彼らは、事を荒立てるのを望んでいません。この世界を征服しようという野望もない。こちらが何もしない限りは、我らが神の復活の妨げにはならないでしょう」
まず手始めに、ルシファー達についての見解を述べる。彼らは、根城としているナンナルで特に目立った行動を起しておらず、それどころか街の人々に受け入れられようと努力しているようですらあるという。少なくとも、他の魔王たちとは違い、単純な破壊や征服に関心がないのは明らかだった。彼らが動くのは、こちらが何らかの干渉をしたときであり、先の反抗組織を扇動した件も、元々は誤認逮捕をされた仲間の無実を証明するために彼らなりに手を尽くした結果、ああなってしまったのだと、ロードは推測していた。
普通の人間ならばあそこまで斜め上の方向にかっ飛ばないはずだが、この世界で多くの人外魔境を相手にしてきた勇者は、人間とは違うルールの上で生きる存在がいるということを理解している。
「それでは、彼らを放っておいてもいいと?」
わざわざ報告をしにきたにしては穏便な意見に、教祖は怪訝な顔をする。ロードがならず者たちにどのような印象を持ったかについて、彼はさほど興味がなかった。
教祖の言葉を、勇者は首を振って否定する。
「いいえ。彼らは、他の勇者たちと懇意にしています。今後の計画のために、排除しなければならない存在であることは間違いありません」
前置きはここまでにして、ロードは本題に入る。勇者たちは皆、エルファラ神の復活と、この世界の平和を望んでいる。そのことは、今回の盗聴で再確認できた。今後も、彼らはエルファラ教会の……しいては、ロードの下で結束し、正義のために尽力してくれることだろう。
この世界にとっては、それが最善なのだ。
神も正義も、ひとつでいい。
強大な力を持つルシファー達は、他の勇者たちに余計な選択肢を与える、邪魔な存在だった。
「して、どうするのです」
教祖が、ロードに対案を出すよう促す。話の流れを完全にこちらのペースに持って行くことができたことに気を良くしながら、勇者は具体的な策を提示した。
「神鳥の飛行部隊を、いつでも出撃できる状態にしておいてください。条件が揃い次第、彼らをこの世界から排除する作戦を実行します」
「勝算はあるのですか?」
「十中八九、教会は戦わずして勝利を収めることができるでしょう」
不敵に、ロードが口角を吊り上げる。それは、勇者ではなくエルファラ教会の一柱を担う策士の顔だった。彼の行動の全てが教会のために捧げられたものであることを認めたシュトラーセは、鷹揚に頷く。
「わかりました、あなたに任せます。成果を期待していますよ」
「はい、必ず」
教祖の激励を受け、ロードは立ち上がり、退室する。あわててケレンが後を追ってくるが、彼女の存在など今の彼にはどうでもいいことだった。
遥かに格上であるルシファー達が策にはまり、見事に撃退される様を想像しただけで、胸がすく思いがする。やはり、自分は正義なのだと、ロードは確信した。正義は、決して負けない。たとえ、相手がどんなに強大であろうとも。
「シーザー、カイン、フォース……次が、君たちがこの世界に来る、最後の日だ」
中央神殿塔のどこまでも続く回廊に、勇者の哄笑が反響し、果てしない闇へと吸い込まれていった。
「あがりだ」
手持ちのカードを、全て放る。それが偽りでないことを確認し、エストが驚愕の声を上げた。
「うそ!?またあんたの一人勝ち!?」
「カインお兄ちゃん、すごーい!」
ユーリスが、2を羨望の眼差しで見つめる。あれから、彼らは三人でゲームに興じていたのだが、何をやっても2が圧倒的勝利を収めていた。興奮気味の少年の肩を抱き、2はその耳元で囁く。
「もうちょっと大きくなったら、やり方教えてやるよ。男同士の秘密な」
「うん、うん!」
「ってことは、やっぱりイカサマじゃないの!ユーリスに変なこと教えないでって言ってるでしょ!?」
男二人のやりとりに聞き耳を立てていたエストが、憤然と反論する。2としては、技術を使っての勝利も駆け引きのひとつだと考えているのだが、彼女にはただの反則にしか感じられないようだ。
「男ってのはなあ、ちょっとくらい悪い方が魅力的なんだよ」
髪をかきあげ、2はエストに厭味ったらしく流し目を送る。その気障な所作は、彼によく似合っていたのだが、相手の反応は冷たかった。
「それでつれるのは頭の軽いやつらだけよ。そんなので満足するなんて、あんたも意外と安いわね!」
「んだと?」
売り言葉に買い言葉で、即座に言い返してくる、エスト。自分を慕ってくれる者をばかにされては、2としても黙ってはいられない。
「二人とも、喧嘩しちゃだめだよ~!」
立ち上がり、火花を散らす両者の間に、ユーリスが割って入った。少年を押しのけて追撃しようとしていた2だったが、頭の中で誰かが呼ぶ声が響いて動きを止める。
『カイン君~カイン君~聞こえますか~?マリーだよ~』
「…………ん?」
「どうしたのよ」
相手が何もしてこないのを不審に思い、エストが顔を覗き込んでくる。構わず、2はマリーシアの声に耳を傾けた。
『近くにいるなら、ちょっと来て下さ~い!シーザー君もいるよ~』
そして、用件を伝えたマリーシアは、通信を切る。
「……何だかよくわからねえが、呼ばれた」
首をかしげつつ、2は端的に説明する。彼にテレパシー能力があると知っているエストは、それで納得した。
「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
名残惜しそうに、ユーリスが見つめてくる。少年の金髪を軽く乱し、2は少し屈んで彼と目線を合わせた。
「気が向いたら、また来てやるよ」
「約束だよ!」
ユーリスが、手を差し出す。その手に自身の手を打ち合わせ、2は部屋を出て行った。彼がいなくなり、部屋にはエストとユーリスの二人きりになる。
「……あーあ……もうちょっと、遊びたかったな」
ため息をついて、ユーリスはベッドに体を投げ出した。いつもならば、片付けなさい、というエストの叱責が飛ぶところだが、彼女は呆けたようにドアを見つめている。
「どうかしたの?エスト」
「べ、別に」
声をかけられて、エストは我に返る。床にちらかったトランプを集める彼女の頭の中では、2の残影がぐるぐると回っていた。考えてみれば、彼の行動は謎だらけだった。
2は、彼女と同様、別の世界からやってきた存在で、おそらくは人間ではない。エストが彼について知っているのは、これくらいのものだ。
なぜ、これほどユーリスに親切にしてくれるのか。
何のためにこの世界に来ているのか。
そもそも、一体何者なのか……疑問は尽きない。
リルが彼を警戒しているのも、気になるところだった。
「エストも、カインお兄ちゃんがいなくなって、寂しいの?」
思い悩むエストに、ユーリスが無邪気に聞いてくる。それは、マリーシアとは違いひやかしの意味はない、言葉通りの問いかけだったのだが、エストの頭を爆発させるには十分だった。
「そ、そそそそそんなこと、ないってば!も、もう、いいから片づけるの手伝ってよ!」
必要以上の怒りを向けられてすくみあがり、ユーリスはいそいそとボードゲームをしまい始める。彼女の頬の赤さに、幸いなことに少年は気づかなかった。
ありったけの執念を込めて2にメッセージを送ったマリーシアは、額の汗をぬぐう仕草をした。
「よしっ、これで来てくれるはずよ~」
「マリーさん、すごいですぅ!」
「こいつの念は強力だからな」
傍にいたレミエルが、歓声を上げる。マリーシアにたびたび呼び出されている1は、彼女が発する『声』の強さを保証した。あの大音量を脳内で鳴らされては、応じないわけにはいかないのだ。
「ありがとう、マリー」
「ダーリンからの、久々のお願いだからね~」
テルプソロネが感謝とともにマリーシアの肩を抱き、彼女はそのまま彼に寄り添う。恥ずかしげもなく仲の良さを披露する二人を羨ましそうに見ながら、レミエルが素朴な疑問を尋ねた。
「こんなにらぶらぶなのに、どうして一緒に旅をしないんですかぁ?」
「レミエルさん、夫婦には色々事情があるんです。部外者が立ち入るのは失礼ですよ」
「え~、でもでも、不思議ですよぉ~」
アスタロトに諌められ、レミエルは唇を尖らせる。もし自分がマリーシアならば、好きなひととずっと一緒にいたいと思う。現に、レミエルは3の顔を見ただけで、すごく幸せになれるのだ。あえて離れようとするマリーシア達の考えが、彼女には理解できなかった。
「女房がアイドルとかいってちやほやされるのを見るのは、何かいたたまれないだろ?」
「うわ、レミエルさんに輪をかけて失礼なひとがここにいた!」
「ちょっと~聞こえてるわよ~」
レミエルの頭に手を置いて、1が首を振る。彼の説得力がありすぎて触れてはいけない領域につっこんでいる発言に、アスタロトが顔を引きつらせた。場合によっては、絶交されても文句は言えない禁句であるが、当のマリーシアは頬を膨らませてすねただけだった。
「まあ、ヤキモチを焼いてしまうっていうのもあるけど……世界を幸せな音楽で満たすのが、私の夢であり目標なんだ。私とマリー、それぞれが音楽の素晴らしさを世界に広めた方が、より効率がいいだろう?」
マリーシアを慰めながら、テルプソロネが答える。彼の目には、ただ夢を見るだけではなく、強い意志を持って我が道を突き進む覚悟が宿っていた。
「幸せな音楽ですか。すてきですね」
「そうだろうそうだろう?音楽の素晴らしさを共有すれば、みんなハッピー世界は平和!」
にこやかに、3がテルプソロネに賛同する。理解者の登場に喜んで、詩人は3の手をとった。そのあまりの食いつきっぷりにどう対処していいかわからず戸惑う3を、1がさりげなく引き離して救助する。
「あ、でもねダーリン、もうすぐ世界は平和になるのよ~?神様が復活するから~」
テルプソロネが活き活きと1や3に絡んでいくのを微笑ましげに見守りながら、マリーシアが指摘する。彼女もエストと同様に、神復活の式典に勇者として招待されていた。
「マリーさんは、神様が復活したらうれしいですか?」
「神様はどうでもいいけど~、平和になればみんなが歌を聞いてくれるから~、うれしいわね~」
「はは、なるほど」
3の問いに、マリーシアは正直な返答をする。彼女らしいと思いながら、3は微笑んで頷いた。
「…………」
和やかな会話の最中だというのに、テルプソロネの表情が、険しいものになる。彼は、メイルードの中枢を取り巻く異様な気を思い出していた。あれは、よくないことの兆候なのではないだろうかと、詩人は訝る。
「……ダーリン、何か悩み事?」
「いや、大したことじゃない」
夫が何事かを考え込んでいるのに気づいたのは、勘の鋭いマリーシアだった。心配そうに顔を覗き込んでくる彼女を安心させるために、テルプソロネは笑顔を作る。マリーシアが何かを言いかけたとき、サロンのドアが開いて細長い人影が入ってきた。
「おーい、来てやったぞ」
「カイン、お疲れ様」
「よお、来たか」
2が、部屋に集まる面々に声をかける。3と1が彼に近づいたその時、テルプソロネが瞠目した。
「…………!」
三人のルシファーから放たれるオーラのあまりの眩さに、詩人は目をかばう。赤・青・緑の輝きが、交錯しながら取り巻き、全ての闇を覆い尽くす。雲を突き抜けるほど強大な光の化身がこのメイルードに降臨するのを、テルプソロネは幻視した。
「……これは……!」
あまりに鮮明な映像を目の当たりにし、テルプソロネは言葉を失う。周囲が何事かと訝る中、詩人はふらふらと立ち上がった。よろける足取りをこらえながら、部屋の外へ向かう。
「どこ行くんだよ?カインに会いてえっつったのはお前だろ!?」
あわてて、1が駆け寄り、今にもサロンを出て行こうとする詩人の腕を掴む。動きを封じられたテルプソロネは、今まで見たことがないほどぎらぎらした様相で1に迫った。
「来た来た来たよ、インスピレーションが来たんだよ!」
「はあぁ!?」
封じられていない方の手で、詩人は1の肩を揺さぶる。予想外の反撃を受けて面喰い、1はテルプソロネの拘束を解いてしまった。
「今すぐに、この溢れ出すハーモニーをかたちにしなければ!」
高々と拳を突き上げ、テルプソロネは己を鼓舞する。隣の部屋に猛ダッシュで駆け込む彼を、誰も止めることはできなかった。
「……何だありゃ」
来たばかりでわけがわからない2は、ぽかんと口を開けている。オーラの類いはテルプソロネにしか見えていないので、何があったのかを正確に理解できる者は誰もいないのだが、呼び出されて早々、このような状況に見舞われた彼の混乱は人一倍だろう。身内の無礼を見てみぬふりはできず、クレイオが2の隣に立ち謝罪する。
「すまない、カイン。父さんはああなってしまうと、もう、何を言ってもダメなんだ」
「って、あれ、お前の父ちゃんかよ!?」
沈痛な面持ちのクレイオの一言に、2は驚愕する。1からテルプソロネのことを変人だと聞かされてはいたが、ここまでぶっ飛んでいるとは想像していなかった。
「せっかく来てくれたのに、ごめんね~?でも、ダーリン、すっごく喜んでたわ~」
「ま、無駄足じゃないなら、別にいいけどよ」
マリーシアがフォローに加わり、2の肩を叩く。彼を呼び出した当人がそう言うならば、2としてはそれで善しとするより他ない。
テルプソロネの奇行により場は白けてしまい、本日の会合はお開きとなった。
マリーシア一行から丁重に見送られて、ルシファー達とアスタロトはメイルードを発った。夕暮れの空を飛行しながら、3が今日あった出来事を反芻する。
「テルプソロネさん、すごく個性的なひとだったね」
「あの方は、皆さんに一体何を見たのでしょう?」
3と同じく白い翼をはためかせ、アスタロトが首をかしげる。唯一、翼なしの状態で飛んでいる1が、肩をすくめた。
「さあな。何かすごくいいもんだろ。俺様は知りたくねえけどな」
投げやりな口調で、吐き捨てる。自分のことをいくら褒めてくれても構わないが、他の誰かとセットにされては、うれしくも何ともない。
「あのマリーの旦那にふさわしい、ゴーイングマイウェイなやつだったな。あれじゃ、クレイオも大変だ」
蝙蝠の翼で速度と高度を調節しながら、2はクレイオに同情する。非常識に囲まれた常識人は、全ての苦労をしょい込む羽目になるのだ。まあそれでも、あの親子からはしっかりとした絆を感じるので、大丈夫なのだろうと彼は踏んでいる。
「……もうすぐ神が復活するって、みんな喜んでいたね」
遠ざかるメイルードの塔の連なりを振り返りながら、3は呟く。
「その神さんの敵が、邪神ルシファーらしいぜ?」
エストとの会話を思い起こし、2が意地の悪い、どこか自虐的な笑みを浮かべた。この世界でも、ルシファーは人々から忌み嫌われている。天界が存在しない世界だというのに、何とも皮肉だった。それを聞いて、アスタロトが仰天する。
「え、ええ!?ルシファー様、一体何をやらかしたんですか!?」
「いや、私のことじゃなくてね。教会の聖典に、そう書かれているらしいんだ。きっと、同名の別人だよ」
「そうですか。良かった……」
身に覚えがないのに糾弾されて狼狽えつつも、3は弁解する。アスタロトにとってのルシファーは、3のことを指す。1や2もルシファーだという事実を、彼は知らされていなかった。
「エルファラ神、か……強えなら、戦ってみてえな」
1が、指をぼきぼきと鳴らす。彼の闘争心に水を差したのは、2だった。
「ルシファーに封印されてる神だぜ?だめだめだろ」
「あー……それもそうだな」
至極もっともな意見に、1は興をそがれる。対等な戦いは望むところだが、弱い者いじめはさほど楽しくないばかりか、かえって彼の名誉を汚すことに繋がる。ふてくされて、1はソファーに横になっているかのような体制で気のない飛び方をし始めた。2が落ちるぞ、と警告し、3は器用だね、と的外れな褒め言葉を贈る。
「私は、この世界が好きだよ。平和になって、みんなが笑顔になるならうれしいな」
陽が落ちかけて、紫色に染まる空を、3は慈愛に満ちた表情で讃える。自分の世界と同等とまではいかないが、彼はこの世界をかけがえのないものだと感じていた。この世界は、3につかの間の安らぎと、そして何より大切な友人たちを授けてくれたのだ。
「さて、この世界のことは、この世界の者たちに任せて、我々は明日から頑張りましょう!」
「そうだね」
主君の気持ちが何となくわかるような気がして、アスタロトが気合を入れる。目を細めて、3は頷いた。
「うええ……ヤなこと思い出させんなよな」
「俺の仕事は平和とは真逆だけどな。ま、ガンガンやるけどよ」
仕事にさほど熱心ではない1が顔をしかめ、2は満更でもなさそうに笑う。同じルシファーでも、それぞれ、勤労に対する意欲は微妙に異なるようだ。
太陽が完全に沈めば、世界は夜の闇が独占する。夜が明ければ、また仕事の日々の始まりだ。
こうして、ルシファー達の休日はいつも通り何事もなく過ぎていくのだった。
メイルードの中央神殿塔。ロードによる謁見の申し出を受け、教祖シュトラーセは眼前にひざまずく彼を見下ろした。勇者の隣には、ケレンもいる。
「本日はどういった用件ですか?ロード」
よく通る声が、勇者に顔を上げるよう暗に指示する。
「例の、反抗組織が崇めていた者たちについてわかったことがあるので、ご報告をと思いまして」
「……今は、神の復活に専念しろと命じたはずですよ?」
神託と外れた行動をとる勇者を、シュトラーセが咎める。自身の言動が教祖の不興を買うだろうことは、ロードも想定済みだった。
「もちろん、魔王討伐にも全力を注いでおります。しかし、そのうえで不安要素は取り除いておくのが得策かと」
「……確かに。では、話を聞きましょう」
あらかじめ用意してきた弁解を、堂々と述べる。ロードが確信を持って反論してきたことに教祖は一瞬黙り込み、彼の命に背いた罪を許した。シュトラーセの寛大さに賭けたロードは、彼が聞く体制に入ったことにひとまず安堵する。密偵から届いたナンナルの報告書の内容と、自身がついさっき盗聴で得た情報を照合しながら、勇者は話し始めた。
「彼らは、事を荒立てるのを望んでいません。この世界を征服しようという野望もない。こちらが何もしない限りは、我らが神の復活の妨げにはならないでしょう」
まず手始めに、ルシファー達についての見解を述べる。彼らは、根城としているナンナルで特に目立った行動を起しておらず、それどころか街の人々に受け入れられようと努力しているようですらあるという。少なくとも、他の魔王たちとは違い、単純な破壊や征服に関心がないのは明らかだった。彼らが動くのは、こちらが何らかの干渉をしたときであり、先の反抗組織を扇動した件も、元々は誤認逮捕をされた仲間の無実を証明するために彼らなりに手を尽くした結果、ああなってしまったのだと、ロードは推測していた。
普通の人間ならばあそこまで斜め上の方向にかっ飛ばないはずだが、この世界で多くの人外魔境を相手にしてきた勇者は、人間とは違うルールの上で生きる存在がいるということを理解している。
「それでは、彼らを放っておいてもいいと?」
わざわざ報告をしにきたにしては穏便な意見に、教祖は怪訝な顔をする。ロードがならず者たちにどのような印象を持ったかについて、彼はさほど興味がなかった。
教祖の言葉を、勇者は首を振って否定する。
「いいえ。彼らは、他の勇者たちと懇意にしています。今後の計画のために、排除しなければならない存在であることは間違いありません」
前置きはここまでにして、ロードは本題に入る。勇者たちは皆、エルファラ神の復活と、この世界の平和を望んでいる。そのことは、今回の盗聴で再確認できた。今後も、彼らはエルファラ教会の……しいては、ロードの下で結束し、正義のために尽力してくれることだろう。
この世界にとっては、それが最善なのだ。
神も正義も、ひとつでいい。
強大な力を持つルシファー達は、他の勇者たちに余計な選択肢を与える、邪魔な存在だった。
「して、どうするのです」
教祖が、ロードに対案を出すよう促す。話の流れを完全にこちらのペースに持って行くことができたことに気を良くしながら、勇者は具体的な策を提示した。
「神鳥の飛行部隊を、いつでも出撃できる状態にしておいてください。条件が揃い次第、彼らをこの世界から排除する作戦を実行します」
「勝算はあるのですか?」
「十中八九、教会は戦わずして勝利を収めることができるでしょう」
不敵に、ロードが口角を吊り上げる。それは、勇者ではなくエルファラ教会の一柱を担う策士の顔だった。彼の行動の全てが教会のために捧げられたものであることを認めたシュトラーセは、鷹揚に頷く。
「わかりました、あなたに任せます。成果を期待していますよ」
「はい、必ず」
教祖の激励を受け、ロードは立ち上がり、退室する。あわててケレンが後を追ってくるが、彼女の存在など今の彼にはどうでもいいことだった。
遥かに格上であるルシファー達が策にはまり、見事に撃退される様を想像しただけで、胸がすく思いがする。やはり、自分は正義なのだと、ロードは確信した。正義は、決して負けない。たとえ、相手がどんなに強大であろうとも。
「シーザー、カイン、フォース……次が、君たちがこの世界に来る、最後の日だ」
中央神殿塔のどこまでも続く回廊に、勇者の哄笑が反響し、果てしない闇へと吸い込まれていった。
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