L-Triangle!第一部最終話-3
- 2015/02/21
- 20:30
「カイン!シーザー!」
絶体絶命の中、人だかりをかき分けて飛び込んできたのは、ケレンの後を追っていた3だった。神鳥の速度についていけず、かといって人前で飛ぶわけにもいかない彼は、ここまで全力で走ってきたのだった。
「フォース……」
泣きそうな顔の3を、1と2は放心したように見つめる。今やケレンとルシファー達の動向にくぎ付けになっている人々は、3の乱入にも敏感に反応した。
「あ、あのひと、うちの仕事を手伝ってくれた……」
「フォース様が、邪神の仲間?嘘でしょ……?」
絶望を伴う声が、人々の口から漏れる。その瞬間、街の人々と楽しげに交流をする3の姿が2の脳裏をよぎった。
「来るな、フォース!」
「え…………?」
3がこの世界と、そこに住む人々を気に入っていることを思い出し、2はふらふらと近づいてくる彼を拒む。驚いたように、3は目を丸くした。彼が自分たちから離れたところで動きを止めたのを確認し、2はケレンに向き直る。
「おい、姉ちゃん。用があるのは俺だけだろ?こいつは特に関係ねえよな?」
「そうねえ……彼は、関係ないかもしれないわね」
意味ありげな態度で、ケレンは答えた。彼女としては、愛しい想い人である3をこの世界から追放するのは避けたいところである。3が野蛮なちんぴら達より自分を選ぶことは、ケレンにとって決定事項だったが、彼らの方から突き放してくれるならば一層都合が良かった。
「だったら、俺はもうここには来ねえから、こいつは見逃して……」
「ちょっと待った」
ケレンの目論み通り3に対する寛大な処置を求める、2。だが、彼の言葉を遮ったのは、当の3だった。いっさいの迷いを見せず2の元へ近寄り、3は怒ったように彼に詰め寄る。
「君はそんなことをして、私が喜ぶと思ってるの?」
「だってお前、この世界が好きだって……」
真顔で問われてなぜか悪いことをしたような気になり、2はしどろもどろ弁解する。ため息をついて、3は1と2の顔を交互に見た。
「この世界は好きだけど、君たちの方がずっと好きだよ」
「……フォース……」
照れくさそうに微笑んで、3は二人に本心を打ち明ける。いかにこの世界が美しかろうと、彼らがいないのでは意味がない。
1と2は顔を見合わせ……なぜか、3からそそくさと距離をとった。
「悪ぃ、いくらお前でも、野郎を受け入れるのは無理だわ」
「えっとー……気持ちだけもらっておくぜ。気持ちだけな」
「ちょっと、何でそこで断るの!?感動的な場面でしょ!?」
1が乾いた笑いとともに視線をそらし、2は無駄な気遣いを見せながら辞退する。妙な解釈をする友人たちに、3はツッコミを入れた。
緊迫した場面だというのにコントを始めた三人だが、選ばれなかった側はそれを見ても和めるはずがない。怒りと屈辱のあまり、ケレンの全身がぶるぶると震えた。
「フォース……私の好意を無下にしたわね」
「君の気持ちはうれしいけど、彼らを裏切ることはできないよ」
どうにか平静さを保とうと声を絞り出すケレンを、3はやんわりと拒絶する。彼にとって、1と2はかけがえのない仲間であり、ケレンは数多くいる女友達のひとりだ。彼女には悪いが、1と2を見捨ててケレンの慈悲にすがるなど、あり得ない選択だった。
「私より、そいつらの方が大事だというの?」
憤怒の形相で、ケレンは3に問う。ケレンにとって3は理想の男性であり、自分と結ばれるに値する人材だ。3が美しく優秀な自分より粗野で薄汚いちんぴらどもの肩を持ったことは、彼女のプライドに大きなひびを入れた。
「うん。ごめんね」
ケレンの傷心に全く気付かず、3は軽く頭を下げる。ケレンは、自分と3の間にかなりの温度差があったことを、痛いほど思い知らされた。3に対する恋慕が全て憎しみに転換され、全身を駆け巡る。感情のままに、ケレンは背後に控えている騎士たちに命令を下した。
「神鳥部隊、屋敷に火を放ちなさい!邪神どもの拠点を、跡形もなく焼き尽くすのよ!」
「げっ……」
「このアマ、逆切れしやがった!?」
失恋をきっかけに復讐の鬼と化した相手を前に、1と2はどん引きする。私情から残虐行為に走るのは指揮官としてあるまじきことだが、従順な騎士たちは火種を用意し始めた。
「や……やめてくれ!あの屋敷には、たくさんの思い出が……!」
神鳥部隊が本気であると悟り、3は騎士たちを説得にかかる。数で圧倒的に勝る相手方を止めることは難しく、どうしたらいいかと右往左往する中、神官長マトフィイがようやく現場に到着した。
「……ケレン様!」
肩でぜいぜいと息をしながら、マトフィイはケレンの元へ歩み寄る。彼もまた、精一杯急いで走って来たのだが、さすがに3ほどの体力は所持していないため、これほど差がついてしまったのだ。
「あら、マトフィイ神官長。まだ何か?」
およびでないと言わんばかりに、ケレンはマトフィイをあしらう。彼女としては、用があるのは3とその一味だけであり、この中年神官には話すことなど何もないのだ。
「乱暴はおやめください!彼らは、私が説得します!」
冷たい態度のケレンに、マトフィイは懸命にすがる。この街の代表である神官長をさすがに無視はできず、ケレンは屋敷への放火をいったん中止した。
「このおっさん、誰だ?」
「ナンナルの教会の偉い方だよ」
「あー、何かどっかで見たような気がするぜ」
ケレンとマトフィイの傍らで、2が首をかしげ、3が解説し、1が納得する。ケレンの暴挙を阻止することに成功したマトフィイは胸をなで下ろし、厳しい表情を三人に向けた。
「シーザー君、カイン君、フォース君……こんなことに巻き込まれて、本当に災難だったね。総本山の方々の言葉は、本当なのかい?」
「俺らには身に覚えがないって言ったんだけどな」
神官長の問いかけに、2は言葉を飾ることなく答える。マトフィイはしばし考え込んでいたが、やがて意を決したように話し始めた。
「そうか。だが、ここまで問題が大きくなっては、私の力ではもはや対処のしようがない。君たちには、本当にすまないと思っている」
「……さっさと本題に入れや」
「頼む。ナンナルから、出て行ってくれ」
回りくどくなりそうだったところを1に恫喝交じりに修正され、マトフィイは三人に退去命令を突きつけた。成り行きを見守る街の人々がざわざわと囁き合うが、信頼厚い神官長の決定に抗議する者は誰一人いない。
「私は、この街を守らねばならない。どうしても不服なら、私をいくらでもなじってくれて構わない。だから……」
「神官長様……」
マトフィイに頭を下げられ、3は言葉に詰まる。神官長の選択は、ナンナルの人々を守るためには最良のものだ。しかし、そのために少数とは言え誰かを切り捨てるのは、彼にとっても苦渋の決断だろう。
俯いたまま動かないマトフィイに、3が声をかけようとした時だった。激しい振動とともに土煙が上がり、巨大な何かの群れが、こちらへ向かって押し寄せてくる。
「うわあああああ!!魔物だああああ!!」
「魔物が攻めてきたぞおおおお!!」
群れの正体を確認し、人々が悲鳴を上げた。群れには、鉄巨人に、ヒドラに、ケンタウロス……この周辺では見たことがないほど、強大な魔物たちの姿ばかりが見受けられた。
「アニキー!!」
先頭を走っていたケンタウロスが、2に向かって手を振る。
「お前ら、どうして!?」
彼らが荒野の魔物たちだと分かり、2は驚きの声を上げた。魔物たちから逃れるために、街の人々はあわてふためいて逃げ出す。三人を囲む人垣はすっかり取り払われ、魔物たちは通行に障害がなく、彼らの元へ到着した。
「はあ、はあ……ご無事でしたか、アニキ!」
「街には入るなって言っただろ?」
「で、ですが、アニキのピンチを黙って見ているなんてできやせん!」
もう手遅れだとわかっていても、2は魔物たちの暴走を咎める。返ってきたのは、心からの善意だった。1と2がナンナルに急行した後、魔物たちは神鳥部隊に襲撃を受けたのだ。そしてその際、三人が危ないのだという情報を騎士たちから吹き込まれ、いてもたってもいられず駆けつけたというわけである。それは、騎士たちの罠だったのだが、俗世から縁遠い魔物たちを騙すには十分だった。
「おい……あいつら、魔物と会話してるぞ?」
「やっぱり、教会の方々の話は本当だったんだ!あいつらは、邪神だ!」
遠くから様子を窺がっていた街の人々は、三人を糾弾し始める。この世界の人々にとって、魔物は身近にある脅威だ。魔物と交流がある者もまた、恐怖と憎悪の対象である。今まで三人に同情的だった者たちも、これで完全に敵になった。
「出て行け、邪神め!」
「そうだそうだ、この街からいなくなれ!」
石のつぶてが、罵声とともに三人に向かって投げつけられる。遠くから放られたそれらは三人に届きこそしないが、人々の悪意は十分に伝わった。
「そ、そんな……」
「……弱いやつは、いつもこうだ。反吐が出るぜ」
青ざめて、3はおろおろと辺りを見回す。忌々しげに、1が舌打ちをした。弱者が集団になって刃向ってくる様は、強者の彼にとってはうっとうしいものでしかない。
「貴方たち、屋敷に火をかけなさい!自らの手で、悪と決別するのです!」
この騒動を好機とみて、ケレンが人々に呼びかける。それに伴い、騎士たちが彼らに火矢や松明を配給し始めた。魔物の恐怖に心を支配された人々は、抵抗することなくそれらを受け取る。
「!やめっ……」
3が止めるのも空しく、ナンナルの人々は、火種を屋敷に次々と投げ込んだ。ほどなくして、屋敷に火の手が上がる。炎は次々と燃え移り、ついに家屋は完全に炎に包まれた。
「あああああ……どうして……どうしてなんだ……!」
絶望の呻きとともに、3はがっくりとひざをついた。たとえ屋敷が灰になろうとも、彼の力をもってすれば修復するのは造作もないことだ。だが、今まで優しく接してくれた人々が、悪意を持って自分と仲間を責め立てている。その事実は、非常にこたえるものだった。
「さて、どうする。こいつら全員消すか?」
燃えさかる屋敷を見守りながら、1が3に尋ねる。放心から脱し、3はあわてて顔を上げた。
「それは駄目だよ!そんなことをしたら、相手の思うつぼだ!」
「何なら、世界全部をひっくり返してやってもいいんだぜ?」
2が、3を挟んで1とは逆側に立つ。3は、二人が表には出さないもののこの状況にかなり腹を立てていることを察した。許可が出た瞬間、二人はいかに非道なことでも平然と実行するだろうが、そんなことを3は望んでいない。
「……それをやってしまったら、本当に世界の全てから憎まれる。キリヤ君や、エストや、マリーさんも、街の人たちみたいになってしまう。それだけは嫌だ」
混乱で鈍る思考をどうにか回転させて、3は二人を宥めにかかる。彼らがこの世界で親交を深めているのは、ナンナルの人々だけではない。三人と同じく別の世界から召喚され、この世界の平和のために尽力している勇者たちの中にも、彼らの友人はいた。
「……キリヤ、か……」
赤い髪の勇者の姿が、1の脳裏をよぎる。1を兄貴分と慕う彼は、この世界が平和になることを望んでいた。
「……じゃあ、しょうがねえな」
2もまた、女勇者と連れの少年の仲睦まじい様を思い浮かべ、ため息をついた。彼ら三人を邪険にしようとも、教会が信仰するエルファラ神はこの世界を守護する存在だ。この世界の皆が、神の復活を待ち望んでいる。それをぶち壊して全面戦争を起こすほど、ルシファー達はこの世界を憎んではいなかった。
「あの、アニキ……?」
「俺ら、ひょっとして余計なことしやした……?」
「いや、助かったぜ。てめえらは俺の世界に来い。俺がまとめて面倒を見る。いいな」
魔物たちが、2におずおずと聞いてくる。魔物たちの襲来が街の人々の敵意を決定づけたのは確かだったが、それでも2は彼らに礼を言った。同時に、魔物たちの身の安全も保証する。魔物たちは、自らの危機を顧みず助けに来てくれたのだ。彼らを守れなかったのは、ひとえに自分の責任だと2は考えていた。
「カイン……」
3は、2の対処に上に立つ者の在り方を見たような気がした。彼の肩に手を置いた後、2はケレンを睨み据える。
「おい、ゾンビ女!すっげー癪だがてめえの言うことに従ってやるよ!」
「ゾ、ゾンビ……!?」
「二度と来るか、こんなとこ」
思いもよらぬ暴言を受けて、ケレンが顔を引きつらせる。彼女をばかにしたようにせせら笑い、2は魔物たちとともに姿を消した。
「ま、魔物たちが消えた……!」
「あいつ、ホントに邪神だったんだ……!」
超常現象を目の当たりにし、街の人々がどよめく。
「……白けちまった。俺様も行くぜ。じゃあな」
3に声をかけてから、1もまたその場を去る。最後の一人になった3は、街の人々に視線を向けた。警戒する彼らに、一礼する。
「……皆さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今まで、楽しかったです。ありがとう」
少し悲しそうに別れを告げて、3も自分の世界へと帰っていく。迫害にさらされながらも恨み言のひとつも漏らさなかった美貌の青年の寂しげな笑顔に、人々は罪悪感を抱いたが、もはや手遅れだった。
「フォース……バカな男」
3のうちひしがれる姿を見て、少しばかり溜飲を下げたケレンは、彼に対する未練を振りきるように呟く。失恋の傷はまだじくじくと痛むが、それを表に出したところで今更どうにもならない。
任務を終えて、ケレン率いる神鳥部隊は帰投の準備を始める。背後では、屋敷が業火を上げて燃え続けていた。
絶体絶命の中、人だかりをかき分けて飛び込んできたのは、ケレンの後を追っていた3だった。神鳥の速度についていけず、かといって人前で飛ぶわけにもいかない彼は、ここまで全力で走ってきたのだった。
「フォース……」
泣きそうな顔の3を、1と2は放心したように見つめる。今やケレンとルシファー達の動向にくぎ付けになっている人々は、3の乱入にも敏感に反応した。
「あ、あのひと、うちの仕事を手伝ってくれた……」
「フォース様が、邪神の仲間?嘘でしょ……?」
絶望を伴う声が、人々の口から漏れる。その瞬間、街の人々と楽しげに交流をする3の姿が2の脳裏をよぎった。
「来るな、フォース!」
「え…………?」
3がこの世界と、そこに住む人々を気に入っていることを思い出し、2はふらふらと近づいてくる彼を拒む。驚いたように、3は目を丸くした。彼が自分たちから離れたところで動きを止めたのを確認し、2はケレンに向き直る。
「おい、姉ちゃん。用があるのは俺だけだろ?こいつは特に関係ねえよな?」
「そうねえ……彼は、関係ないかもしれないわね」
意味ありげな態度で、ケレンは答えた。彼女としては、愛しい想い人である3をこの世界から追放するのは避けたいところである。3が野蛮なちんぴら達より自分を選ぶことは、ケレンにとって決定事項だったが、彼らの方から突き放してくれるならば一層都合が良かった。
「だったら、俺はもうここには来ねえから、こいつは見逃して……」
「ちょっと待った」
ケレンの目論み通り3に対する寛大な処置を求める、2。だが、彼の言葉を遮ったのは、当の3だった。いっさいの迷いを見せず2の元へ近寄り、3は怒ったように彼に詰め寄る。
「君はそんなことをして、私が喜ぶと思ってるの?」
「だってお前、この世界が好きだって……」
真顔で問われてなぜか悪いことをしたような気になり、2はしどろもどろ弁解する。ため息をついて、3は1と2の顔を交互に見た。
「この世界は好きだけど、君たちの方がずっと好きだよ」
「……フォース……」
照れくさそうに微笑んで、3は二人に本心を打ち明ける。いかにこの世界が美しかろうと、彼らがいないのでは意味がない。
1と2は顔を見合わせ……なぜか、3からそそくさと距離をとった。
「悪ぃ、いくらお前でも、野郎を受け入れるのは無理だわ」
「えっとー……気持ちだけもらっておくぜ。気持ちだけな」
「ちょっと、何でそこで断るの!?感動的な場面でしょ!?」
1が乾いた笑いとともに視線をそらし、2は無駄な気遣いを見せながら辞退する。妙な解釈をする友人たちに、3はツッコミを入れた。
緊迫した場面だというのにコントを始めた三人だが、選ばれなかった側はそれを見ても和めるはずがない。怒りと屈辱のあまり、ケレンの全身がぶるぶると震えた。
「フォース……私の好意を無下にしたわね」
「君の気持ちはうれしいけど、彼らを裏切ることはできないよ」
どうにか平静さを保とうと声を絞り出すケレンを、3はやんわりと拒絶する。彼にとって、1と2はかけがえのない仲間であり、ケレンは数多くいる女友達のひとりだ。彼女には悪いが、1と2を見捨ててケレンの慈悲にすがるなど、あり得ない選択だった。
「私より、そいつらの方が大事だというの?」
憤怒の形相で、ケレンは3に問う。ケレンにとって3は理想の男性であり、自分と結ばれるに値する人材だ。3が美しく優秀な自分より粗野で薄汚いちんぴらどもの肩を持ったことは、彼女のプライドに大きなひびを入れた。
「うん。ごめんね」
ケレンの傷心に全く気付かず、3は軽く頭を下げる。ケレンは、自分と3の間にかなりの温度差があったことを、痛いほど思い知らされた。3に対する恋慕が全て憎しみに転換され、全身を駆け巡る。感情のままに、ケレンは背後に控えている騎士たちに命令を下した。
「神鳥部隊、屋敷に火を放ちなさい!邪神どもの拠点を、跡形もなく焼き尽くすのよ!」
「げっ……」
「このアマ、逆切れしやがった!?」
失恋をきっかけに復讐の鬼と化した相手を前に、1と2はどん引きする。私情から残虐行為に走るのは指揮官としてあるまじきことだが、従順な騎士たちは火種を用意し始めた。
「や……やめてくれ!あの屋敷には、たくさんの思い出が……!」
神鳥部隊が本気であると悟り、3は騎士たちを説得にかかる。数で圧倒的に勝る相手方を止めることは難しく、どうしたらいいかと右往左往する中、神官長マトフィイがようやく現場に到着した。
「……ケレン様!」
肩でぜいぜいと息をしながら、マトフィイはケレンの元へ歩み寄る。彼もまた、精一杯急いで走って来たのだが、さすがに3ほどの体力は所持していないため、これほど差がついてしまったのだ。
「あら、マトフィイ神官長。まだ何か?」
およびでないと言わんばかりに、ケレンはマトフィイをあしらう。彼女としては、用があるのは3とその一味だけであり、この中年神官には話すことなど何もないのだ。
「乱暴はおやめください!彼らは、私が説得します!」
冷たい態度のケレンに、マトフィイは懸命にすがる。この街の代表である神官長をさすがに無視はできず、ケレンは屋敷への放火をいったん中止した。
「このおっさん、誰だ?」
「ナンナルの教会の偉い方だよ」
「あー、何かどっかで見たような気がするぜ」
ケレンとマトフィイの傍らで、2が首をかしげ、3が解説し、1が納得する。ケレンの暴挙を阻止することに成功したマトフィイは胸をなで下ろし、厳しい表情を三人に向けた。
「シーザー君、カイン君、フォース君……こんなことに巻き込まれて、本当に災難だったね。総本山の方々の言葉は、本当なのかい?」
「俺らには身に覚えがないって言ったんだけどな」
神官長の問いかけに、2は言葉を飾ることなく答える。マトフィイはしばし考え込んでいたが、やがて意を決したように話し始めた。
「そうか。だが、ここまで問題が大きくなっては、私の力ではもはや対処のしようがない。君たちには、本当にすまないと思っている」
「……さっさと本題に入れや」
「頼む。ナンナルから、出て行ってくれ」
回りくどくなりそうだったところを1に恫喝交じりに修正され、マトフィイは三人に退去命令を突きつけた。成り行きを見守る街の人々がざわざわと囁き合うが、信頼厚い神官長の決定に抗議する者は誰一人いない。
「私は、この街を守らねばならない。どうしても不服なら、私をいくらでもなじってくれて構わない。だから……」
「神官長様……」
マトフィイに頭を下げられ、3は言葉に詰まる。神官長の選択は、ナンナルの人々を守るためには最良のものだ。しかし、そのために少数とは言え誰かを切り捨てるのは、彼にとっても苦渋の決断だろう。
俯いたまま動かないマトフィイに、3が声をかけようとした時だった。激しい振動とともに土煙が上がり、巨大な何かの群れが、こちらへ向かって押し寄せてくる。
「うわあああああ!!魔物だああああ!!」
「魔物が攻めてきたぞおおおお!!」
群れの正体を確認し、人々が悲鳴を上げた。群れには、鉄巨人に、ヒドラに、ケンタウロス……この周辺では見たことがないほど、強大な魔物たちの姿ばかりが見受けられた。
「アニキー!!」
先頭を走っていたケンタウロスが、2に向かって手を振る。
「お前ら、どうして!?」
彼らが荒野の魔物たちだと分かり、2は驚きの声を上げた。魔物たちから逃れるために、街の人々はあわてふためいて逃げ出す。三人を囲む人垣はすっかり取り払われ、魔物たちは通行に障害がなく、彼らの元へ到着した。
「はあ、はあ……ご無事でしたか、アニキ!」
「街には入るなって言っただろ?」
「で、ですが、アニキのピンチを黙って見ているなんてできやせん!」
もう手遅れだとわかっていても、2は魔物たちの暴走を咎める。返ってきたのは、心からの善意だった。1と2がナンナルに急行した後、魔物たちは神鳥部隊に襲撃を受けたのだ。そしてその際、三人が危ないのだという情報を騎士たちから吹き込まれ、いてもたってもいられず駆けつけたというわけである。それは、騎士たちの罠だったのだが、俗世から縁遠い魔物たちを騙すには十分だった。
「おい……あいつら、魔物と会話してるぞ?」
「やっぱり、教会の方々の話は本当だったんだ!あいつらは、邪神だ!」
遠くから様子を窺がっていた街の人々は、三人を糾弾し始める。この世界の人々にとって、魔物は身近にある脅威だ。魔物と交流がある者もまた、恐怖と憎悪の対象である。今まで三人に同情的だった者たちも、これで完全に敵になった。
「出て行け、邪神め!」
「そうだそうだ、この街からいなくなれ!」
石のつぶてが、罵声とともに三人に向かって投げつけられる。遠くから放られたそれらは三人に届きこそしないが、人々の悪意は十分に伝わった。
「そ、そんな……」
「……弱いやつは、いつもこうだ。反吐が出るぜ」
青ざめて、3はおろおろと辺りを見回す。忌々しげに、1が舌打ちをした。弱者が集団になって刃向ってくる様は、強者の彼にとってはうっとうしいものでしかない。
「貴方たち、屋敷に火をかけなさい!自らの手で、悪と決別するのです!」
この騒動を好機とみて、ケレンが人々に呼びかける。それに伴い、騎士たちが彼らに火矢や松明を配給し始めた。魔物の恐怖に心を支配された人々は、抵抗することなくそれらを受け取る。
「!やめっ……」
3が止めるのも空しく、ナンナルの人々は、火種を屋敷に次々と投げ込んだ。ほどなくして、屋敷に火の手が上がる。炎は次々と燃え移り、ついに家屋は完全に炎に包まれた。
「あああああ……どうして……どうしてなんだ……!」
絶望の呻きとともに、3はがっくりとひざをついた。たとえ屋敷が灰になろうとも、彼の力をもってすれば修復するのは造作もないことだ。だが、今まで優しく接してくれた人々が、悪意を持って自分と仲間を責め立てている。その事実は、非常にこたえるものだった。
「さて、どうする。こいつら全員消すか?」
燃えさかる屋敷を見守りながら、1が3に尋ねる。放心から脱し、3はあわてて顔を上げた。
「それは駄目だよ!そんなことをしたら、相手の思うつぼだ!」
「何なら、世界全部をひっくり返してやってもいいんだぜ?」
2が、3を挟んで1とは逆側に立つ。3は、二人が表には出さないもののこの状況にかなり腹を立てていることを察した。許可が出た瞬間、二人はいかに非道なことでも平然と実行するだろうが、そんなことを3は望んでいない。
「……それをやってしまったら、本当に世界の全てから憎まれる。キリヤ君や、エストや、マリーさんも、街の人たちみたいになってしまう。それだけは嫌だ」
混乱で鈍る思考をどうにか回転させて、3は二人を宥めにかかる。彼らがこの世界で親交を深めているのは、ナンナルの人々だけではない。三人と同じく別の世界から召喚され、この世界の平和のために尽力している勇者たちの中にも、彼らの友人はいた。
「……キリヤ、か……」
赤い髪の勇者の姿が、1の脳裏をよぎる。1を兄貴分と慕う彼は、この世界が平和になることを望んでいた。
「……じゃあ、しょうがねえな」
2もまた、女勇者と連れの少年の仲睦まじい様を思い浮かべ、ため息をついた。彼ら三人を邪険にしようとも、教会が信仰するエルファラ神はこの世界を守護する存在だ。この世界の皆が、神の復活を待ち望んでいる。それをぶち壊して全面戦争を起こすほど、ルシファー達はこの世界を憎んではいなかった。
「あの、アニキ……?」
「俺ら、ひょっとして余計なことしやした……?」
「いや、助かったぜ。てめえらは俺の世界に来い。俺がまとめて面倒を見る。いいな」
魔物たちが、2におずおずと聞いてくる。魔物たちの襲来が街の人々の敵意を決定づけたのは確かだったが、それでも2は彼らに礼を言った。同時に、魔物たちの身の安全も保証する。魔物たちは、自らの危機を顧みず助けに来てくれたのだ。彼らを守れなかったのは、ひとえに自分の責任だと2は考えていた。
「カイン……」
3は、2の対処に上に立つ者の在り方を見たような気がした。彼の肩に手を置いた後、2はケレンを睨み据える。
「おい、ゾンビ女!すっげー癪だがてめえの言うことに従ってやるよ!」
「ゾ、ゾンビ……!?」
「二度と来るか、こんなとこ」
思いもよらぬ暴言を受けて、ケレンが顔を引きつらせる。彼女をばかにしたようにせせら笑い、2は魔物たちとともに姿を消した。
「ま、魔物たちが消えた……!」
「あいつ、ホントに邪神だったんだ……!」
超常現象を目の当たりにし、街の人々がどよめく。
「……白けちまった。俺様も行くぜ。じゃあな」
3に声をかけてから、1もまたその場を去る。最後の一人になった3は、街の人々に視線を向けた。警戒する彼らに、一礼する。
「……皆さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今まで、楽しかったです。ありがとう」
少し悲しそうに別れを告げて、3も自分の世界へと帰っていく。迫害にさらされながらも恨み言のひとつも漏らさなかった美貌の青年の寂しげな笑顔に、人々は罪悪感を抱いたが、もはや手遅れだった。
「フォース……バカな男」
3のうちひしがれる姿を見て、少しばかり溜飲を下げたケレンは、彼に対する未練を振りきるように呟く。失恋の傷はまだじくじくと痛むが、それを表に出したところで今更どうにもならない。
任務を終えて、ケレン率いる神鳥部隊は帰投の準備を始める。背後では、屋敷が業火を上げて燃え続けていた。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!11
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