L-Triangle!第一部最終話-9
- 2015/03/05
- 20:32
大都市メイルードは、今やかつての栄華の面影もないほど破壊しつくされていた。無人と化した都市内部をひととおり歩き回り、エルファラ神が、唯一無傷でそびえ立つ中央神殿塔に戻ってくる。神々しい光に包まれていた神の全身は、いつの間にかどす黒い闇色に染まっていた。
『このような雑魚どもでは、糧にならぬ!強き力を持つ者はいないのか!』
「神よ……しばし、お待ちください。勇者たちは、必ず現れます」
神の怒号が、瓦礫だらけの地盤を揺らす。教祖シュトラーセは、神を宥めるべく進言した。教祖の声が聞こえているのかいないのか、神は、餌を求めて再び遠ざかっていく。
「…………」
本能のままに行動するエルファラ神を、生き残りの教会騎士たちは呆然と見送る。教祖が神に八つ当たりをされないか警戒していたロードは、安堵していた。
ロードの目に少しの嫌悪感が見え隠れするのに気づき、ケレンが声をかけてくる。
「ロード」
「何だい?」
「言いたいことはわかるわ。でも、もう後戻りはできないのよ」
「……そうだね」
神が建物を踏み壊し、外壁の向こうへ逃げ延びた人々を追い回す様を眺めながら、ロードはケレンに同意する。彼らが、そして勇者たちが必死の思いで復活させた神は、己の欲望のままに行動する獣のごとき存在だった。このまま神を野放しにしておくと、彼らを除いた全世界が滅びてしまうだろうが、もはや止める術はない。
「今の神は、生まれたての赤子のようなもの。力を与え続ければ、必ず幸福をもたらす存在へと昇華するはずです」
これほどの惨状を目の当たりにしながらも、シュトラーセの神に対する信仰は失われていないらしい。ロード達としては、教祖の言葉を信じるより他に道はなかった。
巨大な銀龍が飛来したのは、神が中央神殿塔からかなり離れたところにいる時だった。
「来たか……!」
空を仰ぎ見て、ロードは騎士に警戒するよう指示を出す。彼は、この瞬間をずっと待っていたのだ。
「思ったとおりね、人数が少ないわ。私はこの場にいないやつらを狩ってくる」
「ああ。気をつけて」
ケレンもまた、先ほどとは打って変わって表情を引き締め、神鳥部隊を率いて戦線を離脱する。微笑んで、ロードは彼女を送り出した。これが今生の別れ、などとは考えない。今は、全力で相手を迎え撃つのみだ。
「来い……君たちの正義を、見せてみろ!」
挑発するように上空を旋回する龍に向かって、ロードは吠える。それを合図に、教会騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「いいな?手筈通りに行くぞ!」
「わかってる」
「了解よ!」
たがいに頷き合い、キリヤはガエネの背から飛び降りる。だが、その着地地点は中央神殿塔の入り口の真ん前。ロード達から、少し離れたところだ。
「何をするつもりだ!?」
ロードの問いかけに答えず、キリヤは中央神殿塔に向かって駆け出した。その進路を妨げようとする者は、ガエネの尻尾によって蹴散らされる。
「あなたの相手は私」
騎士たちでは足止めにならないとキリヤの後を追うロードの行く手を、リルが阻む。睨み合う二人の間に、三本の鋼線が突き刺さった。
「ロード、あの勇者を追いなさい」
リルに向かって鋼鉄の糸を繰り出しながら、教祖が命じる。少し迷った後、ロードは主に従った。
「ここは通さないわよ!」
ガエネがロードの前に立ちふさがり、炎を噴射する。ロードは、それを跳躍してかわし、キリヤの後を追って中央神殿塔に入った。後続が来るのを防ぐために、内部からかんぬきで鍵をかけるのも忘れない。
「しまった……!」
焦り、ガエネは中央神殿塔の門に向かって体当たりをする。しかし、長きにわたり大都市メイルードの中枢を担ってきた中央神殿塔の強固さは伊達ではない。堅牢な造りに加え、魔法による強化も施された神殿塔は、びくともしなかった。騎士たちがガエネを取り囲む中、リルはシュトラーセと対峙する。
「あなた、戦えるの」
懐から杖を取り出し、リルはばかにしたようにせせら笑う。彼女が杖を一振りすると、先端から鎖付きの鉄球が飛び出した。
「私もまた、魔王としてこの世界に召喚された存在なのですよ、お嬢さん」
長年、戦いとは無縁だったとは思えないほどの身のこなしで、シュトラーセは両手から鋼線を放つ。鋼線が首に突き刺さる寸前に、リルは体の軸をずらして回避した。攻撃にかまけてお留守になっているシュトラーセの顔面に向かって、鉄球を打ち付ける。
リルの一撃は、しかし、教祖をかばうように飛び出した騎士によって防がれた。自分の意志で飛び込んできたにしては不自然な体制の騎士に、リルは違和感を覚える。
「……その、まさかですよ」
鉄球を受け、腕があらぬ方向へ曲がったままで、騎士はリルに向かって突進してくる。騎士の体当たりをかわし、膝蹴りを腹部に入れた後、リルは教祖を睨みつけた。
この騎士は、自ら望んで教祖の盾になったわけではない。人形として、教祖に操られたにすぎなかった。
「ここにいる全ての騎士を屠らねば、貴女は私に傷ひとつつけることはできないでしょう」
騎士に囲まれるリルを、シュトラーセが見下す。騎士たちの背に、教祖に繋がる糸が見えたような気がして、リルは不愉快そうに舌打ちした。
森を抜けて街道を歩きながら、エスト達は作戦の成功を祈っていた。メイルードから離れるために少しずつ移動しているものの、徒歩では微々たる距離しか移動できない。
「キリヤ君たち、大丈夫ですかねぇ」
不安そうに、レミエルが背後を振り返る。先ほどから、彼女は何度もこの動作を繰り返していた。これほど心細い旅は彼女にとって初めてなので、無理もない。
「大丈夫よ。あれだけ大見得を切ったんだから、きっとやってくれるわ」
先頭を歩くエストが、明るい声でレミエルを元気づけた。エストとて、作戦が成功する保証をすることはできないが、ここで怯えていてもどうにもならない話だ。
「…………」
「クレイオさん、どうかしたの?」
黙々と歩いているクレイオがふいに顔をしかめたのに気づき、ユーリスが尋ねる。半ば自分の世界に入ったような状態で、クレイオは答えた。
「音が、小さくなった……もっと近くで聞けば、これが何なのかわかるんだが……」
額に手を当てて、頭を軽く振る。中年の男の忠告に従い、クレイオはどこからか聞こえる歌声に耳を傾けていた。どこか懐かしさを感じるその声は、あまりにも微かで、誰のものなのか、どんな曲なのか、見当もつかない。
クレイオが懸命に音を手繰り寄せていると、鳥のはばたきが、歌声を遮った。それが、ただの野鳥ではないことに気づき、エストは身構える。嫌な予感は的中し、人を乗せた巨大な鳥……神鳥が、エスト達を囲むように次々と着地する。
「……見ぃつけた」
神鳥の背から降り、ケレンは獲物を前にした肉食獣のように凶悪な笑みを浮かべた。彼女の眼前には、エストとレミエルがいる。これから、この生意気な小娘たちをどう料理してやろうかと思うと、楽しくて仕方がなかった。
「出たわね、神鳥部隊!」
「は、はわわわわわわ!!」
大勢の敵と対峙しながらも、エストは気丈に振る舞う。対照的に、レミエルは目に見えてあわてふためいた。
「レミエル、ユーリス君を連れて逃げろ!」
「は、はいですぅ!」
腰に刺していたFギターを抜いて、クレイオは騎士たちをけん制する。ユーリスを抱えて飛ぼうとしたレミエルだったが、騎士たちは弓をつがえて彼女の飛行を阻んだ。
「逃がさないわよ。全員、神の生贄になりなさい!」
「くっ……」
敵の用意周到さに、エストは歯噛みする。どうやら、教会の者たちは彼女らを誰一人逃がすつもりはないらしい。
「エスト、構わず戦ってくれ!」
どうしたものかと迷うエストの背を、クレイオの声が押す。驚いて、エストは彼の方を見た。
「でも、あんたたちはどうするのよ!」
「こうするんだ!」
エストに応え、クレイオはFギターを地面に突き刺した。同時に、彼とレミエル、ユーリスの周囲にドーム状の結界が展開される。
「わあ、すごいですクレイオ君!」
結界を内部からコンコンと叩き、レミエルが歓声を上げた。
「俺だって、何もできないわけじゃないんだよ!」
Fギターのネックを握りしめて、クレイオは魔力を込めるべく意識を集中させる。彼の気力が続く限り、結界は維持されるはずだ。
「すぐ終わらせるから、待ってて!」
クレイオを信じて、エストは剣を振るって騎士たちを攻撃する。騎士たちは、一度は地面に倒れるものの、しばらくすると何事もなかったようにふらふらと起き上がってきた。
「さすがに、しぶといわね……」
ロードと同様、疲れを知らない様子の騎士たちを見て、エストは渋面になる。彼らを倒すには、完膚なきまでに破壊しなければいけないのかと思うと、気が滅入った。
「あまり私たちを侮らないことね!」
勝ち誇ったように、ケレンが両手に短刀を持ち、飛びかかってくる。エストとケレンは、そのまま斬り合いになった。下手に介入できない騎士たちは、クレイオの結界に殺到する。
「あんた、あの化け物の言いなりで、それでいいの!?」
ケレンの断続的な攻撃を受け止めながら、エストは叫ぶ。神の邪悪な本性を知ってもなお、教祖に加担するケレンの気持ちが、エストには理解できなかった。
「化け物ではないわ、エルファラ神よ!」
手を休めずに、ケレンは言い返してくる。斬撃の合間を縫ってエストが放った蹴りの一撃を、ケレンは後方に回転してかわした。そして、そのまま手近な岩に着地すると、そこを足場に突進してくる。
「あれを放っておいたら、あんた達だっていつか食われるわよ!?」
エストは、全身でケレンの突撃を食い止める。歴戦の勇者であるエストに比べてさすがに腕力では劣るケレンは、すぐさま彼女から距離をとった。
「私たちは平気よ。食うに値しない、魂のない存在だもの」
攻撃を中断し、ケレンが肩をすくめる。
「魂がないって……」
呆然として、エストはケレンと、がむしゃらにクレイオの結界に体当たりをする騎士たちを見回した。元の世界にいたとき、エストは魂が人間を形成する大事なものだということを教わった。それを持たない教会の騎士たちは、命令を遂行するだけの機械人形であるかのように映る。
「何よその哀れみの目は。この姿の素晴らしさがわからない貴方たちこそ哀れだわ」
エストの態度が気に入らなかったのか、ケレンは彼女に侮蔑の視線を向ける。
「この姿はね、怪我をしても痛みを感じないし、いつまでも若いままなの。老いて醜くなる貴方たちとは違うのよ」
「でも、あの神だか教祖だかの機嫌ひとつで停止してしまうんでしょ?自分の意志で生きられない、ただの操り人形なんてごめんだわ!」
「人形なんかじゃないわよ!!」
エストの反論は、ケレンの大声によって中断された。驚いて、エストだけではなく結界内のレミエル達も彼女に注目する。ケレンは、泣きそうな顔をしていた。
「確かに、私たちはシュトラーセ様から生み出された人工的な存在だけど、心はちゃんとあるのよ。恋だってするわ。愛する人に選ばれなかった痛みだってわかるわ。あなたたちと、どこが違うというの!」
「え…………」
激昂して怒鳴り散らす、ケレン。彼女の叫びに反応したのは、同じく3に想いを拒絶されたレミエルだった。そして、過去の失恋を引きずるエストにとっても、他人事とは思えない話である。
「……ごめんなさい、言いすぎた。確かにあなた、人形じゃないわね」
神妙な面持ちで、エストは謝罪する。次に顔を上げたとき、彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
「でも、だからって同情はしない。むしろ、全力であなたを止めてみせる」
「のぞむところよ」
満足げに笑い、ケレンは短刀を構える。そして、二人は、力のぶつけ合いを再開した。
女ふたりの戦場から少し離れたところでは、クレイオが懸命に結界を維持している。その顔は疲労で歪み、息が上がっていた。
「く……さすがにきついな。このままでは、もたない」
「クレイオさん、しっかり!」
何もできないながらも、ユーリスはクレイオを応援する。その甲斐なく、彼らを守護する結界は、徐々に小さくなっていた。逆に、もう少しで結界が破れることを察した騎士たちは、士気が上がっている。ギターを握りしめるクレイオの手から血がしたたり落ち、苦痛の呻きが口から漏れた。
「クレイオ君!……あ、そうだ」
泣きそうな顔でおろおろしていたレミエルは、ふと思い立ち、クレイオに触れる。最大浄化は自信がないが、普通の浄化を使って傷を癒すことくらいは、彼女にもできるのだ。
「これは……!」
自身を苛んでいた疲労が嘘のように払われて、クレイオは目を見開く。手の傷も、最初からなかったかのように塞がっていた。
「どうですかぁ?」
「ああ。だいぶ楽になったよ」
にっこりと、レミエルが笑いかけてくる。今のクレイオには、それが天使の微笑に見えた。
長い回廊を抜け、キリヤは目の前にある扉を開けた。赤いカーペットが敷かれ、円柱形の柱が規則的に並ぶ先に、玉座が置かれている。
「ここが、確か指定の場所だ」
この大広間が、普段教祖がいる謁見の間だという確信を持ち、キリヤは缶詰をひとつ開けた。緑の光が飛び出し、広間の中央に魔法陣の断片が浮かび上がる。
「よし、次を……」
二つ目の缶詰を手にとった時、キリヤは背後に殺気を感じた。咄嗟に避ける彼の鼻先を、投げナイフがかすめていく。体勢を崩したキリヤは、缶詰を落してしまった。円筒形の缶詰は、床を勢いよく転がっていく。
「しまった……!」
あわてて、キリヤは缶詰を探す。辺りを見回す彼に、冷ややかな声が水を差した。
「こんなところで何をしているんだい?」
「来たか、ロード」
内心の動揺を押し隠し、キリヤはロードを睨みつける。敵の足もとに缶詰が落ちていることに気づき、彼は息を呑んだ。相手の動向で全てを察したのだろう、ロードは缶詰を容赦なく蹴り飛ばす。
「…………!」
「何だかよくわからないけれど、君は僕らにとって不利益なことをしているようだ。止めさせてもらうよ」
キリヤの絶望を堪能し、ロードが意地の悪い顔をする。彼を倒さないことにはどうにもならないと判断し、キリヤは缶詰の捜索を諦めた。
「できるものならな」
しっかりと言い返し、太刀を構える。
「君、一対一で僕に勝てたことがないって忘れたの?」
ばかにしたように、剣を片手で振りながらロードは挑発する。いつもならば、かっとなって飛びかかるところだが、ロードの予想を裏切り、キリヤはその場から動かなかった。
「今の俺は、お前に対抗心を燃やして嫉妬するだけだった過去の俺とは違うぜ!」
怒りと戦いによる興奮で頭に血が上るのを抑え込み、キリヤは冷静にロードと対峙する。相手が乗ってこないのが気に入らず、つまらなそうに舌打ちした後、ロードは手を懐に入れ、投げナイフを取り出した。挨拶代わりに放たれるそれを打ち返し、間髪入れずに間合いを詰めてきたロードの斬撃を、キリヤは太刀を床に突き刺して受け止める。何をするつもりかとロードが訝るうちに、キリヤは太刀を軸に体を回転させ、蹴りをくらわせた。
「ぐっ……!」
腹部に一撃をくらい、ロードは体勢を崩す。その隙を逃さず、キリヤは彼を投げ飛ばした。距離をとったついでに、持っている缶詰を開ける。今度は、青い光が出現した。
ロードを警戒しながら、キリヤは先ほど遠くに蹴り飛ばされた缶詰を探す。しかし、十分な猶予をロードが与えるはずがない。
謁見の間に、剣戟の音は絶え間なく響いた。
『このような雑魚どもでは、糧にならぬ!強き力を持つ者はいないのか!』
「神よ……しばし、お待ちください。勇者たちは、必ず現れます」
神の怒号が、瓦礫だらけの地盤を揺らす。教祖シュトラーセは、神を宥めるべく進言した。教祖の声が聞こえているのかいないのか、神は、餌を求めて再び遠ざかっていく。
「…………」
本能のままに行動するエルファラ神を、生き残りの教会騎士たちは呆然と見送る。教祖が神に八つ当たりをされないか警戒していたロードは、安堵していた。
ロードの目に少しの嫌悪感が見え隠れするのに気づき、ケレンが声をかけてくる。
「ロード」
「何だい?」
「言いたいことはわかるわ。でも、もう後戻りはできないのよ」
「……そうだね」
神が建物を踏み壊し、外壁の向こうへ逃げ延びた人々を追い回す様を眺めながら、ロードはケレンに同意する。彼らが、そして勇者たちが必死の思いで復活させた神は、己の欲望のままに行動する獣のごとき存在だった。このまま神を野放しにしておくと、彼らを除いた全世界が滅びてしまうだろうが、もはや止める術はない。
「今の神は、生まれたての赤子のようなもの。力を与え続ければ、必ず幸福をもたらす存在へと昇華するはずです」
これほどの惨状を目の当たりにしながらも、シュトラーセの神に対する信仰は失われていないらしい。ロード達としては、教祖の言葉を信じるより他に道はなかった。
巨大な銀龍が飛来したのは、神が中央神殿塔からかなり離れたところにいる時だった。
「来たか……!」
空を仰ぎ見て、ロードは騎士に警戒するよう指示を出す。彼は、この瞬間をずっと待っていたのだ。
「思ったとおりね、人数が少ないわ。私はこの場にいないやつらを狩ってくる」
「ああ。気をつけて」
ケレンもまた、先ほどとは打って変わって表情を引き締め、神鳥部隊を率いて戦線を離脱する。微笑んで、ロードは彼女を送り出した。これが今生の別れ、などとは考えない。今は、全力で相手を迎え撃つのみだ。
「来い……君たちの正義を、見せてみろ!」
挑発するように上空を旋回する龍に向かって、ロードは吠える。それを合図に、教会騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「いいな?手筈通りに行くぞ!」
「わかってる」
「了解よ!」
たがいに頷き合い、キリヤはガエネの背から飛び降りる。だが、その着地地点は中央神殿塔の入り口の真ん前。ロード達から、少し離れたところだ。
「何をするつもりだ!?」
ロードの問いかけに答えず、キリヤは中央神殿塔に向かって駆け出した。その進路を妨げようとする者は、ガエネの尻尾によって蹴散らされる。
「あなたの相手は私」
騎士たちでは足止めにならないとキリヤの後を追うロードの行く手を、リルが阻む。睨み合う二人の間に、三本の鋼線が突き刺さった。
「ロード、あの勇者を追いなさい」
リルに向かって鋼鉄の糸を繰り出しながら、教祖が命じる。少し迷った後、ロードは主に従った。
「ここは通さないわよ!」
ガエネがロードの前に立ちふさがり、炎を噴射する。ロードは、それを跳躍してかわし、キリヤの後を追って中央神殿塔に入った。後続が来るのを防ぐために、内部からかんぬきで鍵をかけるのも忘れない。
「しまった……!」
焦り、ガエネは中央神殿塔の門に向かって体当たりをする。しかし、長きにわたり大都市メイルードの中枢を担ってきた中央神殿塔の強固さは伊達ではない。堅牢な造りに加え、魔法による強化も施された神殿塔は、びくともしなかった。騎士たちがガエネを取り囲む中、リルはシュトラーセと対峙する。
「あなた、戦えるの」
懐から杖を取り出し、リルはばかにしたようにせせら笑う。彼女が杖を一振りすると、先端から鎖付きの鉄球が飛び出した。
「私もまた、魔王としてこの世界に召喚された存在なのですよ、お嬢さん」
長年、戦いとは無縁だったとは思えないほどの身のこなしで、シュトラーセは両手から鋼線を放つ。鋼線が首に突き刺さる寸前に、リルは体の軸をずらして回避した。攻撃にかまけてお留守になっているシュトラーセの顔面に向かって、鉄球を打ち付ける。
リルの一撃は、しかし、教祖をかばうように飛び出した騎士によって防がれた。自分の意志で飛び込んできたにしては不自然な体制の騎士に、リルは違和感を覚える。
「……その、まさかですよ」
鉄球を受け、腕があらぬ方向へ曲がったままで、騎士はリルに向かって突進してくる。騎士の体当たりをかわし、膝蹴りを腹部に入れた後、リルは教祖を睨みつけた。
この騎士は、自ら望んで教祖の盾になったわけではない。人形として、教祖に操られたにすぎなかった。
「ここにいる全ての騎士を屠らねば、貴女は私に傷ひとつつけることはできないでしょう」
騎士に囲まれるリルを、シュトラーセが見下す。騎士たちの背に、教祖に繋がる糸が見えたような気がして、リルは不愉快そうに舌打ちした。
森を抜けて街道を歩きながら、エスト達は作戦の成功を祈っていた。メイルードから離れるために少しずつ移動しているものの、徒歩では微々たる距離しか移動できない。
「キリヤ君たち、大丈夫ですかねぇ」
不安そうに、レミエルが背後を振り返る。先ほどから、彼女は何度もこの動作を繰り返していた。これほど心細い旅は彼女にとって初めてなので、無理もない。
「大丈夫よ。あれだけ大見得を切ったんだから、きっとやってくれるわ」
先頭を歩くエストが、明るい声でレミエルを元気づけた。エストとて、作戦が成功する保証をすることはできないが、ここで怯えていてもどうにもならない話だ。
「…………」
「クレイオさん、どうかしたの?」
黙々と歩いているクレイオがふいに顔をしかめたのに気づき、ユーリスが尋ねる。半ば自分の世界に入ったような状態で、クレイオは答えた。
「音が、小さくなった……もっと近くで聞けば、これが何なのかわかるんだが……」
額に手を当てて、頭を軽く振る。中年の男の忠告に従い、クレイオはどこからか聞こえる歌声に耳を傾けていた。どこか懐かしさを感じるその声は、あまりにも微かで、誰のものなのか、どんな曲なのか、見当もつかない。
クレイオが懸命に音を手繰り寄せていると、鳥のはばたきが、歌声を遮った。それが、ただの野鳥ではないことに気づき、エストは身構える。嫌な予感は的中し、人を乗せた巨大な鳥……神鳥が、エスト達を囲むように次々と着地する。
「……見ぃつけた」
神鳥の背から降り、ケレンは獲物を前にした肉食獣のように凶悪な笑みを浮かべた。彼女の眼前には、エストとレミエルがいる。これから、この生意気な小娘たちをどう料理してやろうかと思うと、楽しくて仕方がなかった。
「出たわね、神鳥部隊!」
「は、はわわわわわわ!!」
大勢の敵と対峙しながらも、エストは気丈に振る舞う。対照的に、レミエルは目に見えてあわてふためいた。
「レミエル、ユーリス君を連れて逃げろ!」
「は、はいですぅ!」
腰に刺していたFギターを抜いて、クレイオは騎士たちをけん制する。ユーリスを抱えて飛ぼうとしたレミエルだったが、騎士たちは弓をつがえて彼女の飛行を阻んだ。
「逃がさないわよ。全員、神の生贄になりなさい!」
「くっ……」
敵の用意周到さに、エストは歯噛みする。どうやら、教会の者たちは彼女らを誰一人逃がすつもりはないらしい。
「エスト、構わず戦ってくれ!」
どうしたものかと迷うエストの背を、クレイオの声が押す。驚いて、エストは彼の方を見た。
「でも、あんたたちはどうするのよ!」
「こうするんだ!」
エストに応え、クレイオはFギターを地面に突き刺した。同時に、彼とレミエル、ユーリスの周囲にドーム状の結界が展開される。
「わあ、すごいですクレイオ君!」
結界を内部からコンコンと叩き、レミエルが歓声を上げた。
「俺だって、何もできないわけじゃないんだよ!」
Fギターのネックを握りしめて、クレイオは魔力を込めるべく意識を集中させる。彼の気力が続く限り、結界は維持されるはずだ。
「すぐ終わらせるから、待ってて!」
クレイオを信じて、エストは剣を振るって騎士たちを攻撃する。騎士たちは、一度は地面に倒れるものの、しばらくすると何事もなかったようにふらふらと起き上がってきた。
「さすがに、しぶといわね……」
ロードと同様、疲れを知らない様子の騎士たちを見て、エストは渋面になる。彼らを倒すには、完膚なきまでに破壊しなければいけないのかと思うと、気が滅入った。
「あまり私たちを侮らないことね!」
勝ち誇ったように、ケレンが両手に短刀を持ち、飛びかかってくる。エストとケレンは、そのまま斬り合いになった。下手に介入できない騎士たちは、クレイオの結界に殺到する。
「あんた、あの化け物の言いなりで、それでいいの!?」
ケレンの断続的な攻撃を受け止めながら、エストは叫ぶ。神の邪悪な本性を知ってもなお、教祖に加担するケレンの気持ちが、エストには理解できなかった。
「化け物ではないわ、エルファラ神よ!」
手を休めずに、ケレンは言い返してくる。斬撃の合間を縫ってエストが放った蹴りの一撃を、ケレンは後方に回転してかわした。そして、そのまま手近な岩に着地すると、そこを足場に突進してくる。
「あれを放っておいたら、あんた達だっていつか食われるわよ!?」
エストは、全身でケレンの突撃を食い止める。歴戦の勇者であるエストに比べてさすがに腕力では劣るケレンは、すぐさま彼女から距離をとった。
「私たちは平気よ。食うに値しない、魂のない存在だもの」
攻撃を中断し、ケレンが肩をすくめる。
「魂がないって……」
呆然として、エストはケレンと、がむしゃらにクレイオの結界に体当たりをする騎士たちを見回した。元の世界にいたとき、エストは魂が人間を形成する大事なものだということを教わった。それを持たない教会の騎士たちは、命令を遂行するだけの機械人形であるかのように映る。
「何よその哀れみの目は。この姿の素晴らしさがわからない貴方たちこそ哀れだわ」
エストの態度が気に入らなかったのか、ケレンは彼女に侮蔑の視線を向ける。
「この姿はね、怪我をしても痛みを感じないし、いつまでも若いままなの。老いて醜くなる貴方たちとは違うのよ」
「でも、あの神だか教祖だかの機嫌ひとつで停止してしまうんでしょ?自分の意志で生きられない、ただの操り人形なんてごめんだわ!」
「人形なんかじゃないわよ!!」
エストの反論は、ケレンの大声によって中断された。驚いて、エストだけではなく結界内のレミエル達も彼女に注目する。ケレンは、泣きそうな顔をしていた。
「確かに、私たちはシュトラーセ様から生み出された人工的な存在だけど、心はちゃんとあるのよ。恋だってするわ。愛する人に選ばれなかった痛みだってわかるわ。あなたたちと、どこが違うというの!」
「え…………」
激昂して怒鳴り散らす、ケレン。彼女の叫びに反応したのは、同じく3に想いを拒絶されたレミエルだった。そして、過去の失恋を引きずるエストにとっても、他人事とは思えない話である。
「……ごめんなさい、言いすぎた。確かにあなた、人形じゃないわね」
神妙な面持ちで、エストは謝罪する。次に顔を上げたとき、彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
「でも、だからって同情はしない。むしろ、全力であなたを止めてみせる」
「のぞむところよ」
満足げに笑い、ケレンは短刀を構える。そして、二人は、力のぶつけ合いを再開した。
女ふたりの戦場から少し離れたところでは、クレイオが懸命に結界を維持している。その顔は疲労で歪み、息が上がっていた。
「く……さすがにきついな。このままでは、もたない」
「クレイオさん、しっかり!」
何もできないながらも、ユーリスはクレイオを応援する。その甲斐なく、彼らを守護する結界は、徐々に小さくなっていた。逆に、もう少しで結界が破れることを察した騎士たちは、士気が上がっている。ギターを握りしめるクレイオの手から血がしたたり落ち、苦痛の呻きが口から漏れた。
「クレイオ君!……あ、そうだ」
泣きそうな顔でおろおろしていたレミエルは、ふと思い立ち、クレイオに触れる。最大浄化は自信がないが、普通の浄化を使って傷を癒すことくらいは、彼女にもできるのだ。
「これは……!」
自身を苛んでいた疲労が嘘のように払われて、クレイオは目を見開く。手の傷も、最初からなかったかのように塞がっていた。
「どうですかぁ?」
「ああ。だいぶ楽になったよ」
にっこりと、レミエルが笑いかけてくる。今のクレイオには、それが天使の微笑に見えた。
長い回廊を抜け、キリヤは目の前にある扉を開けた。赤いカーペットが敷かれ、円柱形の柱が規則的に並ぶ先に、玉座が置かれている。
「ここが、確か指定の場所だ」
この大広間が、普段教祖がいる謁見の間だという確信を持ち、キリヤは缶詰をひとつ開けた。緑の光が飛び出し、広間の中央に魔法陣の断片が浮かび上がる。
「よし、次を……」
二つ目の缶詰を手にとった時、キリヤは背後に殺気を感じた。咄嗟に避ける彼の鼻先を、投げナイフがかすめていく。体勢を崩したキリヤは、缶詰を落してしまった。円筒形の缶詰は、床を勢いよく転がっていく。
「しまった……!」
あわてて、キリヤは缶詰を探す。辺りを見回す彼に、冷ややかな声が水を差した。
「こんなところで何をしているんだい?」
「来たか、ロード」
内心の動揺を押し隠し、キリヤはロードを睨みつける。敵の足もとに缶詰が落ちていることに気づき、彼は息を呑んだ。相手の動向で全てを察したのだろう、ロードは缶詰を容赦なく蹴り飛ばす。
「…………!」
「何だかよくわからないけれど、君は僕らにとって不利益なことをしているようだ。止めさせてもらうよ」
キリヤの絶望を堪能し、ロードが意地の悪い顔をする。彼を倒さないことにはどうにもならないと判断し、キリヤは缶詰の捜索を諦めた。
「できるものならな」
しっかりと言い返し、太刀を構える。
「君、一対一で僕に勝てたことがないって忘れたの?」
ばかにしたように、剣を片手で振りながらロードは挑発する。いつもならば、かっとなって飛びかかるところだが、ロードの予想を裏切り、キリヤはその場から動かなかった。
「今の俺は、お前に対抗心を燃やして嫉妬するだけだった過去の俺とは違うぜ!」
怒りと戦いによる興奮で頭に血が上るのを抑え込み、キリヤは冷静にロードと対峙する。相手が乗ってこないのが気に入らず、つまらなそうに舌打ちした後、ロードは手を懐に入れ、投げナイフを取り出した。挨拶代わりに放たれるそれを打ち返し、間髪入れずに間合いを詰めてきたロードの斬撃を、キリヤは太刀を床に突き刺して受け止める。何をするつもりかとロードが訝るうちに、キリヤは太刀を軸に体を回転させ、蹴りをくらわせた。
「ぐっ……!」
腹部に一撃をくらい、ロードは体勢を崩す。その隙を逃さず、キリヤは彼を投げ飛ばした。距離をとったついでに、持っている缶詰を開ける。今度は、青い光が出現した。
ロードを警戒しながら、キリヤは先ほど遠くに蹴り飛ばされた缶詰を探す。しかし、十分な猶予をロードが与えるはずがない。
謁見の間に、剣戟の音は絶え間なく響いた。
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