L-Triangle!第一部最終話-13(完結)
- 2015/03/13
- 20:33
高台にて、エスト達はエルファラが消滅するのを目撃していた。
「うそ……信じられない」
メイルードの上空を飛び回る巨人を目で追いながら、エストが呆然と呟く。
「嘘じゃないですよぉ!巨人さん、勝ちました!レミたちの祈りが、届いたんですぅ!」
「やったやったぁ!やったよ、エスト!」
レミエルとユーリスが、エストに抱き着いた。喜びを実感し、くすぐったさにエストは笑い転げる。
「神が倒されたということは……父さんとマリーは!?」
ただひとり、クレイオだけは素直に勝利に酔いしれることはできなかった。両親の身を案じる彼の元に、戦いの最中に逃げ去った神鳥たちが下りてくる。
「この鳥さん、乗ってくれって言ってるよ!」
神鳥の首をなでてやりながら、ユーリスが通訳する。彼の言葉を裏付けるように、神鳥は体勢を低くした。
「ありがたい!これでキリヤたちのところへ行けるぞ!」
頬を上気させて、クレイオは神鳥の背に乗る。全員を乗せた神鳥は、目的地に向かって飛び立った。
メイルードの一角で、キリヤ達もまた、勝利の喜びを分かち合っていた。
「やったわね!」
ガエネが、大はしゃぎで宙返りする。頷いて、キリヤは空を見上げた。その先にいるのは、今回の功労者である白い巨人だ。
「シーザー……あんた、やっぱりすごいぜ」
憧れに瞳を潤ませながら、キリヤは独白する。やはり、1は彼の人生における最高の目標だ。1に会えて本当に良かったと、キリヤは改めて実感した。世界のどこを探したって、キリヤにとって1を超える存在はどこにもいないだろう。
「リル、よく頑張ったね。えらいえらい」
「…………けほ」
咳き込むリルを、ミナが頭を撫でてねぎらう。何だかんだで、結局は一生懸命歌っていたリルだった。
和やかな雰囲気の中、エスト達を乗せた神鳥たちが飛来する。
「みんな、無事なの!?」
「ああ。何とか生きてる」
開口一番、こちらの安否を確認するエストに、キリヤは答えた。こちらもよ、と返し、エストは誰も欠けていないことに安堵する。
「神は、どうなったの?それに、あの白い巨人は……」
エストの質問を遮り、キリヤはある方向を指し示す。その先で、ようやく分離することができたルシファー達が、ちょうど降り立つところだった。
「カインお兄ちゃん!」
「フォース様ぁ!!」
ユーリスとレミエルが、それぞれ2と3に飛びつく。
「あんたたちが、戦ってくれたのか……」
巨人の正体にようやく気づき、クレイオは感慨深げに三人を見た。手酷く拒絶されたにもかかわらず、彼らはこの世界を救うために、再び戻ってきてくれたのだ。中年の男が言っていた『すごい勇者』が彼らのことを指すのならば、これほど納得できる解答はない。
「よお、ずいぶんとぼろぼろだな、お前ら」
ユーリスにじゃれつかれながら2が片手を上げ、
「みんな、お疲れ様」
レミエルを宥めつつ、3がいたわりの言葉をかける。
「ったく、いきなり呼び出しやがって。いい迷惑だぜ」
1はというと、照れ隠しのつもりか憎まれ口を叩いていた。いつも通りの彼らに、勇者たちは懐かしさと、奇妙な安心感を抱く。
「そうだ、神はどうなったんだ?」
「マリーさんとテルプソロネさんは、無事ですかぁ!?」
脅威が去ったことをひとしきり喜んだ後、クレイオとレミエルがルシファー達に質問する。
それに応えるように、蛍のような光が、次々と浮かび上がった。光のひとつひとつに、人影らしきものが見える。
「浄化したはずみで、エルファラに取り込まれていた魔王たちを元の世界に返すことができるみたいでさ」
光の美しさを愛でながら、3が説明する。かつて自分たちが倒した魔王の姿を見かけ、キリヤとエストは硬直した。魔王たちは、素知らぬふりで姿を消していく。無事に救出された今、復讐をしようという気はないらしい。
「つーか、こいつら全員がいなくならねえと、俺たちが帰れねえ。なんてったって、こいつらを倒すための勇者として、俺らは召喚されたわけだしな」
魔王たちの動きを視線だけで追いつつ、2は3の解説を引き継いだ。この世界に召喚された勇者は、自分に対応する『運命の魔王』を倒すか、あるいはこの世界から追放することで、元の世界に帰還することを許される。備わった習性で、勇者は『運命の魔王』の居場所を察知することができるのだ。それは、今回も例外ではないらしい。
ルシファー達を召喚したこの世界は、エルファラだけでなく、彼が吸収した魔王たち全てをどうにかするよう、彼らに求めたのだった。
「おら、散れ散れ!俺様は帰って酒飲むんだよ!」
名残惜しそうにふわふわと漂う魔王たちを、1が追い払う。彼の怒気に慄いた何体かの魔王たちが、この世界を去って行く。
「え……ということは……」
魔王たちを見ているうちに、クレイオはあることに気づく。それは、残酷な事実だった。
「クレイオ~!レミちゃん~!」
マリーシアの呼び声が、愕然とする彼の耳に届く。振り向くと、あれほど追い求めていた両親が、そこにいた。二人もまた、魔王たちと同様、淡い光に包まれている。
「マリーさん!!」
レミエルが、大喜びでマリーシアに抱きついた。彼女は、何も察していないようだ。
「そういうことだから~、私たち、元の世界に帰るね~」
「え…………」
自分の予想が的中したことに、クレイオは絶句する。レミエルはまばたきを繰り返していたが、ようやくマリーシアの話を理解して、目に涙を浮かべた。
「それ、会えなくなっちゃうってことですかぁ!?そんなの、嫌ですぅ!」
「大丈夫よ~、きっと、また会えるから~。それに、クレイオももういい年なんだから~、親離れしないとね~」
泣きじゃくるレミエルを、マリーシアが困ったようにあやす。レミエルが別れを受け入れるのには、しばし時間が必要なようだ。
「クレイオ」
テルプソロネが、息子の名を呼ぶ。その声には、万感の思いが込められていた。
「父さん……」
父を前にし、様々な思いがクレイオの胸中を交錯する。もっと、父の音楽を知りたかった。一緒に、たくさん演奏がしたかった。こんなことになるなら、もっと親孝行をしておけばよかった……それらの言葉は、しかし、口から出てこなかった。我慢することに慣れてしまった自分は、土壇場でも、気持ちをうまく伝えられそうにない。
沈黙してしまったクレイオを見て、それでも想いは通じたらしい。優しく微笑んで、テルプソロネは自分のFギターを息子に差し出した。
「このギターの中に、作りかけの曲が録音されている。これを、お前が完成させてくれ。どんな曲になるか、楽しみにしているからね」
「…………ああ。必ず、いい曲にするよ」
頷いて、クレイオは父のギターを受け取る。テルプソロネの手が、クレイオの肩に置かれた。
「私の夢ごと、お前に全部託す。世界に、幸せな音楽を広めるんだ。いいね」
「わかっているさ」
父の温もりと、力強さを感じながら、クレイオは了承する。父の願いは、確かに子に受け継がれた。
「レミちゃん~泣かないで~」
父と子の語らいの横で、マリーシアはレミエルを懸命に慰めている。レミエルは、未だに泣きやむ気配がなかった。
「だって、だって……ひっく、ぐすっ」
「これからは~、私の代わりに、レミちゃんがアイドルとして頑張るのよ~」
「え、ええ!?」
テルプソロネに倣い、マリーシアはレミエルに希望を託そうとする。ひたすらに駄々をこねていたレミエルも、これには仰天した。
「レミちゃんは可愛いしいい子だから~、きっと、皆に愛される、すっごいアイドルになるよ~」
いたずらっぽく片目をつぶり、マリーシアはレミエルの頬をつつく。
「…………はい」
ようやく決心が定まったのか、レミエルは大粒の涙を流しながら、それを受け入れた。
レミエルの頭をなでて、マリーシアは彼女から体を離す。そして、マリーシアは、クレイオと向き合った。二人は、ずっとともに旅をし、支え合ってきた仲である。
「…………マリー」
「クレイオ~、あんた、男の子なんだから、レミちゃんを絶対に守るのよ~!わかった~?」
言葉に詰まるクレイオを、マリーシアはいつもの調子で茶化す。
「ああ。マリーも、俺がいなくてもしっかりやれよ?」
それに伴い、クレイオもマリーシアに言い返した。むっとして、マリーシアは頬を膨らませる。
「ちょっと~!私は大丈夫だってば~!あんたって、ホント、なまい、き……」
マリーシアの反論は、最後まで続かなかった。顔を歪め、マリーシアはぼろぼろ泣き出す。
「クレイオ、クレイオ……!」
涙混じりの声で、マリーシアは何度もクレイオの名を呼ぶ。そこにいたのは、皆のアイドル勇者ではなく、ただひとりのための母親だった。
「…………母さん」
クレイオが、マリーシアを抱き寄せる。その頬を、一筋の涙が伝った。忍耐強く、不器用な青年は、ここでようやく、旅の仲間ではなく息子として、母に素直な感情を吐露することができたのだった。
二人の別れに心を動かされ、エストとガエネももらい泣きをしている。
しばしの時が流れ、場が落ち着いてから、マリーシアはテルプソロネと手を取りあった。彼らは同じ世界の出身なので、離れ離れにならないのがせめてもの救いだ。
「……みんなも……シーザー君たちも、本当に、ありがとね」
目を真っ赤にして、マリーシアが感謝の言葉を述べる。涙に濡れた彼女の顔は、当人は否定するだろうが、とても美しかった。
「君たちの幸せを、いつも祈っているよ」
穏やかに、テルプソロネが皆を祝福する。彼の腕は、マリーシアをしっかりと支えていた。
そして、二人の体は徐々に浮かび上がり、光がはじけて消滅した。
「マリーさん!マリーさん!!うわああああん!!」
耐え切れなくなり、レミエルが座り込んで号泣する。
「父さん、母さん……また、会おう」
空を見上げ、クレイオは改めて、両親に別れの言葉を贈る。普通の親子とは形が違うが、彼の両親は精一杯の愛情を残してくれた。それを直接返すことはできないが、両親に恥じぬ生き方をしようとクレイオは心に決めた。
クレイオ達から一歩下がったところで、三人のルシファーは彼らを見守る。
「……行っちまったな」
「うん…………」
2の言葉に、3はただ、頷いた。1はというと、半ば放心状態でマリーシア達が消えた空を見つめている。
「シーザー、寂しいの?君、マリーさん達と一番仲良かったものね」
「ばっか、そんなんじゃねえよ!」
3に声をかけられ我に返った1は、全力で否定する。意地っ張りだな、と3は苦笑した。それでも、たぶんこれから彼はクレイオのことも気にかけていくのだろう。2と3のお人好しをたびたび馬鹿にするが、1も、十分に面倒見がいい性格だ。
「他のやつらも、続々と帰っていってるな」
そう言いつつ、2は魔王たちの動きに目を向けた。基本的に、帰る姿勢を見せている魔王たちだが、中には名残惜しそうに景色を眺めている者もいる。
「シーザー!」
「ああ?」
魔王のうちのひとりが、ルシファー達に近づいてきた。親しげに呼ばれ、1はぎょっとして振り返る。
「覚えてないのか?オレだヨ、オレ!」
「お前……ひょっとして、モーロックか!?お前もこの世界に召喚されたのかよ!?」
馴れ馴れしくまとわりついてくる魔王の顔を覗き込み、それが知り合いだと気づいて1は驚愕する。
「ああ。積もる話は、向こうでゆっくりしよウ。またナ!」
片手を振って、モーロックと名乗る魔王は去って行った。1に話しかけることができて、満足したようだ。
「知り合いか?」
動揺から立ち直れない1に、2が尋ねる。
「おお。あいつ、いきなり行方不明になったからどうしたのかと思ったら……」
未だに事実を受け入れられず、1は硬直している。彼をルシファーではなく、本名で呼んだことから、モーロックが古い友人なのだろうということは二人にも推測できた。
「そっか。そういうこともあるんだね……」
感心しつつ、3は消えていく魔王たちを見送る。その中に見知った顔がいるような気がしたが、よくわからなかった。
やがてそうしているうちに、総ての魔王が消えた。同時に、三人をこの世界に縛りつけていた勇者の掟が、効力を失う。
「さて、全員いなくなったし、帰るか」
せいせいして、2が伸びをする。今ならば、いつでもこの世界を出ることができそうだ。
「カインお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「明日も仕事だからなぁ」
寂しそうなユーリスの髪を、2はくしゃくしゃと乱す。気がつけば、時は明け方に差し掛かっており、朝日が昇り始めている。
「あんたたち、またこの世界に来るよな?」
「別に、無理にとは言わないけど……」
キリヤとエストが、ためらいがちに聞いてくる。彼らはルシファー達がナンナルで酷い迫害を受けたことを知っているので、三人をこの世界に繋ぎ止めるのをどうしても躊躇してしまうのだ。
「あ、そうだよ!今度はちゃんと、いつ会うか決めないと!」
思い出したように、3が手を打つ。このまま流れに乗って別れてしまっては、前回の二の舞になる。
「えー……めんどくせえ……適当でいいじゃねえか」
「せめて、場所だけでもさ。お願い!」
つれないことを言う1に、3はすがりつく。彼らとの接点を完全に失って、心細い思いをするのは、もうごめんだった。
「それなら、ここにするか。ナンナルの屋敷は焼けちまってるしな」
「わかった!それだけでもだいぶ違うよ!」
3の気持ちを汲んで、2が提案する。大喜びで、3は頷いた。
「俺達もしばらくはここで復興作業を手伝うから、来たら声をかけてくれ」
クレイオが、ルシファー達にこれからの方針を伝える。三人がまたこの世界に来る気があることに、彼もまた、安堵していた。
「フォース様ぁ……レミのこと、もう置いていっちゃ嫌ですからね?」
鼻をすすりながら、レミエルが3を上目づかいで見る。
「え?あー……ごめん、レミエルはもうすっかりここの住人だと思ってた」
ここでようやく、3はレミエルのことを思い出したらしい。軽い調子で謝られ、レミエルはへこんだ。
「それは、そうですけどぉ……うぅ」
恨めしそうに、レミエルは唇を噛みしめる。彼女が1や2と同レベルで、3に別れを惜しまれるには、かなりの努力が必要のようだ。
「じゃあな。しっかりやれよ」
「帰って飲むぞ!」
「また、会おうね」
それぞれが好き勝手なセリフを残し、ルシファー達は元の世界に帰って行った。
「結局は、あいつらに助けられちゃったわね」
「俺達も、もっと精進しないとな」
三人を見送り、キリヤとエストは顔を見合わせる。
「そうね。マリーと……あと、ロードの分も、頑張りましょ」
「ああ!」
ひとまず平和が戻ってきたことを喜びながらも、勇者たちは気を引き締める。味方も敵も、この世界を構成する者には変わらない。
いなくなった者たちが託した願いを受け止めて、彼らは進んでいくのだ。それが、この世界を守る、勇者の使命なのだから。
リルとミナがいつの間にか姿を消しているのを、この場にいる誰もが特に指摘しなかった。
自由気ままな性分の姉妹は、きっと今ごろ、どこかで大量のケーキにぱくつていることだろう。
大都市メイルードの近郊の森にも、祝福の風は届いていた。木々がうれしそうにそよぐ中、とりわけ高い樹木のてっぺんに登り、人々が喜ぶ様を見物している者がいる。それは、クレイオ達に怪しい缶詰を渡した、さえない中年の男だった。
「いや~、一時はどうなることかとひやひやしたけど、やったね。やってくれちゃったねえ」
愉快そうに笑いながら、中年の男は独り言を言う。歳をとると、こういうことが多くなるものだ。
中年の男の元に、ひとつの光が舞い降りた。彼と隣り合うかたちで、一人の男が出現する。それは、眼光鋭い老人だった。
「まったく……なっとらん。実になっとらん」
ぶつぶつと不平を述べながら、老人は首を振る。歳をとると、こういうことがますます多くなるものだ。
「アカツキ様ですね。初めまして」
中年の男は、老人に親しげに声をかける。アカツキと呼ばれた老人は、彼をじろりと睨んだ。
「おぬし、なぜわしの名を……いや、そんなことはどうでもいい」
思い直し、アカツキは枯れ木のような指を中年の男につきつける。
「あのへっぽこな操縦士どもを召喚したのは、お前だな?」
「ええ」
アカツキの問いに、中年の男はあっさりと頷いた。老人のこめかみに、青筋が浮き出る。
「まったく、何じゃいあの無様な戦いぶりは!わしがあれをかつて封印した時と比べて、何と優雅さの欠けることか!なっとらん!実になっとらんわ!!」
「私にそれを言われましてもねえ……」
唾を飛ばして怒鳴り散らすアカツキに、中年の男はおっとりと反論する。
「彼らがエルファラを倒してくれたおかげで、貴方もこうして解放されたことですし、いいじゃありませんか」
「よくないわい。いつの間にか、こんなに老けてしもうた」
顔をしかめて、アカツキが腰を押さえる。
「あいつらめ、今度会ったら文句を言ってやる」
「どうぞご自由に」
アカツキの恨み節を、中年の男はさらりと受け流す。男の飄々とした態度が気に入らず、老人は彼をジト目で見た。
「それはそうと……おぬし、何者だ。名のるくらいせい」
何かいちゃもんをつけてやろうと思案し、結局思いつかなかったアカツキは、中年の男に命じる。苦笑しながら、男はそれに従った。
「私の名は、メシア。皆から、そう呼ばれています」
「メシア?……どこかで聞いたような……」
アカツキは宙を見上げて一瞬考え込んだ末、
「だめじゃな。やはり、思い出せん」
無念そうに首を振った後、木から飛び降りた。その背に黒い翼が出現し、落下速度を緩める。アカツキは、そのままいずこかへ去った。
「…………はあ。これ、本当にうまくいくのかなあ」
朝が来て、世界に光が満ちるのを眺めながら、メシアは肩をすくめる。彼にとっても、世界にとっても、これは、新たな第一歩に過ぎない。
全てが、ここから始まるのだ。
この世界を含む、あらゆる事象の改革が、全て……ここから。
エルファラによる大破壊から、数日が経過した。人々の協力により、メイルードは徐々に復興しつつある。そんな中、まだ手つかずの廃墟の一角に、魔法陣が三つ、出現した。
「よお」
「おー」
「やあ」
魔法陣の上に立ち、ルシファー達は挨拶をする。こうして同時にこの世界を訪れるのは、久しぶりのことだった。
「…………ふふっ」
お決まりのやりとりがうれしくて、3は思わず笑みをこぼす。
「何だよ、のっけから気持ち悪ぃ」
それを見て、1が嫌そうに顔をしかめた。別に、と言い返し、3は話題を変える。
「みんな、だいぶ立ち直って来たね」
廃墟の影から顔を出し、ルシファー達は復興作業に没頭する人々の姿を見る。その中には、エルファラに加担した元・人形たちも混ざっているのだが、彼らに区別ができるはずもない。
「エルファラ教会なんつーでかい組織が潰れたんだ。これから、世界は変わるだろうな」
2は、かつて中央神殿塔があった場所に目を向ける。エルファラが救世の神ではないという事実は、今や世界中に広まっていた。信仰を失った人々が次に何にすがるのか、彼には想像もつかない。
「魔王もまだまだ召喚されるんだろ?強えのが来るといいがなあ」
期待を込めて、1が目をぎらつかせる。未知の出会いと戦いに、彼は胸を躍らせていた。ちなみに、モーロックとは元の世界でまだ、再会できていない。まあ、そのうち遊びに来るだろうと、彼は気楽に構えていた。
談笑しながら、三人はメイルードを歩き回る。そうしているうちに連絡が行ったのか、キリヤとエストが駆け寄ってきた。
「あんた達、久しぶりね」
「よお」
はつらつとした表情で、エストが声をかけてくる。何の気なしに、2は挨拶を返した。
「あんた達をずっと待ってたんだ。伝えたいことがあってさ」
1に親愛の情を投げかけてから、キリヤが話を切り出す。
「あれから俺達、ナンナルへ行ったんだ。街のやつらが、どうしているかと思って」
「ナンナルに……?」
3が、眉を寄せる。他の二人も、険しい表情をしていた。三人にとって、あの辺境の田舎街は、今は苦い思い出の象徴でしかない。
聞きたいような、聞きたくないような微妙な顔をしているルシファー達。そんな彼らを安心させるように、キリヤは微笑んだ。
「街の連中、あんた達が無実だってわかってくれたみたいだよ」
「本当に!?」
驚いて、3が目を丸くする。
「子供たちがね、あんた達の無罪を必死で訴えたの」
頷いて、エストはナンナルでの顛末を語った。2を命の恩人と慕い、ユーリスの友人でもあるピリポとイザクは、ルシファー達の弁護を諦めていなかったのだ。
「カイン、あんたの舎弟もだ。最初は聞く耳持たなかった連中も、徐々に理解してくれて、支持する人が増えたらしい」
「あいつら……」
かつて面倒を見ていた三人の小悪党の間抜け面を思い出し、2は言葉にできない想いを抱く。彼らの連日の訴えは、最初は戯言と捨て置かれていたが、やがてじわじわと影響を広めていった。ナンナルの教会の神官や、シスター達。日雇いの仕事で、3が関わった人々。2とともにサッカーの練習に励んだ若者たち……。ナンナルで彼らが築いた交友関係は、教会騎士たちの脅しや、魔物の恐怖を覆す力を、ちゃんと備えていた。
街の人々の訴えを聞いた神官長マトフィイは、ある日、ついに前言を撤回する。彼らは、邪神の手先などではない……と。
「燃やされた屋敷も、建て直し中みたいだけど……どうする?」
エストに問われ、三人は顔を見合わせる。ナンナルは、彼らの始まりの地だ。他の場所にはない愛着が、今も確かにある。
「んー……でもなあ……今さら戻ったところで、気まずいだけじゃね?」
だが、2はナンナルに帰ることに難色を示した。頭に手を当て、自分のくせっ毛を、さらに混ぜ返す。
「俺様もそーゆー空気は苦手だ」
腕組みをして、1が賛同する。あちこちを飛び回っていた彼は、元よりナンナルへの執着は薄かった。
「そうだね、かえって気を遣わせちゃうよね」
3もまた、同様の結論を述べる。確かに、ナンナルに未練はある。けれど、正体がばれた今、かつてのようにあの田舎街で過ごすのは不可能だろう。何かが起きたときに助力を期待されるのも、罪の意識に晒された人々に注目されるのも、遠慮したいところだった。
「つうか、他のところ行こうぜ。ここらで拠点を変えるのもいいだろ」
「おー、いいな、新天地!」
ふと思い立ち、1は提案する。2が、即座にそれに賛成した。
「ナンナルには、たまに遊びに行くくらいでいいのかもね」
二人が乗り気ならば、3としても反対するつもりはない。
「まあ、その方があんた達らしいな」
ルシファー達が出した結論を、キリヤは支持する。ガエネが巨大化できるようになった今、1がどこにいようと、彼は会いに行けるのだ。
「いい場所、探すぞ~!」
わくわくと目を輝かせる三人。新しい街に、新しい出会い。その方が、きっと面白いだろう。
彼らの異世界での休日は、まだまだ続くことになりそうだった。
「うそ……信じられない」
メイルードの上空を飛び回る巨人を目で追いながら、エストが呆然と呟く。
「嘘じゃないですよぉ!巨人さん、勝ちました!レミたちの祈りが、届いたんですぅ!」
「やったやったぁ!やったよ、エスト!」
レミエルとユーリスが、エストに抱き着いた。喜びを実感し、くすぐったさにエストは笑い転げる。
「神が倒されたということは……父さんとマリーは!?」
ただひとり、クレイオだけは素直に勝利に酔いしれることはできなかった。両親の身を案じる彼の元に、戦いの最中に逃げ去った神鳥たちが下りてくる。
「この鳥さん、乗ってくれって言ってるよ!」
神鳥の首をなでてやりながら、ユーリスが通訳する。彼の言葉を裏付けるように、神鳥は体勢を低くした。
「ありがたい!これでキリヤたちのところへ行けるぞ!」
頬を上気させて、クレイオは神鳥の背に乗る。全員を乗せた神鳥は、目的地に向かって飛び立った。
メイルードの一角で、キリヤ達もまた、勝利の喜びを分かち合っていた。
「やったわね!」
ガエネが、大はしゃぎで宙返りする。頷いて、キリヤは空を見上げた。その先にいるのは、今回の功労者である白い巨人だ。
「シーザー……あんた、やっぱりすごいぜ」
憧れに瞳を潤ませながら、キリヤは独白する。やはり、1は彼の人生における最高の目標だ。1に会えて本当に良かったと、キリヤは改めて実感した。世界のどこを探したって、キリヤにとって1を超える存在はどこにもいないだろう。
「リル、よく頑張ったね。えらいえらい」
「…………けほ」
咳き込むリルを、ミナが頭を撫でてねぎらう。何だかんだで、結局は一生懸命歌っていたリルだった。
和やかな雰囲気の中、エスト達を乗せた神鳥たちが飛来する。
「みんな、無事なの!?」
「ああ。何とか生きてる」
開口一番、こちらの安否を確認するエストに、キリヤは答えた。こちらもよ、と返し、エストは誰も欠けていないことに安堵する。
「神は、どうなったの?それに、あの白い巨人は……」
エストの質問を遮り、キリヤはある方向を指し示す。その先で、ようやく分離することができたルシファー達が、ちょうど降り立つところだった。
「カインお兄ちゃん!」
「フォース様ぁ!!」
ユーリスとレミエルが、それぞれ2と3に飛びつく。
「あんたたちが、戦ってくれたのか……」
巨人の正体にようやく気づき、クレイオは感慨深げに三人を見た。手酷く拒絶されたにもかかわらず、彼らはこの世界を救うために、再び戻ってきてくれたのだ。中年の男が言っていた『すごい勇者』が彼らのことを指すのならば、これほど納得できる解答はない。
「よお、ずいぶんとぼろぼろだな、お前ら」
ユーリスにじゃれつかれながら2が片手を上げ、
「みんな、お疲れ様」
レミエルを宥めつつ、3がいたわりの言葉をかける。
「ったく、いきなり呼び出しやがって。いい迷惑だぜ」
1はというと、照れ隠しのつもりか憎まれ口を叩いていた。いつも通りの彼らに、勇者たちは懐かしさと、奇妙な安心感を抱く。
「そうだ、神はどうなったんだ?」
「マリーさんとテルプソロネさんは、無事ですかぁ!?」
脅威が去ったことをひとしきり喜んだ後、クレイオとレミエルがルシファー達に質問する。
それに応えるように、蛍のような光が、次々と浮かび上がった。光のひとつひとつに、人影らしきものが見える。
「浄化したはずみで、エルファラに取り込まれていた魔王たちを元の世界に返すことができるみたいでさ」
光の美しさを愛でながら、3が説明する。かつて自分たちが倒した魔王の姿を見かけ、キリヤとエストは硬直した。魔王たちは、素知らぬふりで姿を消していく。無事に救出された今、復讐をしようという気はないらしい。
「つーか、こいつら全員がいなくならねえと、俺たちが帰れねえ。なんてったって、こいつらを倒すための勇者として、俺らは召喚されたわけだしな」
魔王たちの動きを視線だけで追いつつ、2は3の解説を引き継いだ。この世界に召喚された勇者は、自分に対応する『運命の魔王』を倒すか、あるいはこの世界から追放することで、元の世界に帰還することを許される。備わった習性で、勇者は『運命の魔王』の居場所を察知することができるのだ。それは、今回も例外ではないらしい。
ルシファー達を召喚したこの世界は、エルファラだけでなく、彼が吸収した魔王たち全てをどうにかするよう、彼らに求めたのだった。
「おら、散れ散れ!俺様は帰って酒飲むんだよ!」
名残惜しそうにふわふわと漂う魔王たちを、1が追い払う。彼の怒気に慄いた何体かの魔王たちが、この世界を去って行く。
「え……ということは……」
魔王たちを見ているうちに、クレイオはあることに気づく。それは、残酷な事実だった。
「クレイオ~!レミちゃん~!」
マリーシアの呼び声が、愕然とする彼の耳に届く。振り向くと、あれほど追い求めていた両親が、そこにいた。二人もまた、魔王たちと同様、淡い光に包まれている。
「マリーさん!!」
レミエルが、大喜びでマリーシアに抱きついた。彼女は、何も察していないようだ。
「そういうことだから~、私たち、元の世界に帰るね~」
「え…………」
自分の予想が的中したことに、クレイオは絶句する。レミエルはまばたきを繰り返していたが、ようやくマリーシアの話を理解して、目に涙を浮かべた。
「それ、会えなくなっちゃうってことですかぁ!?そんなの、嫌ですぅ!」
「大丈夫よ~、きっと、また会えるから~。それに、クレイオももういい年なんだから~、親離れしないとね~」
泣きじゃくるレミエルを、マリーシアが困ったようにあやす。レミエルが別れを受け入れるのには、しばし時間が必要なようだ。
「クレイオ」
テルプソロネが、息子の名を呼ぶ。その声には、万感の思いが込められていた。
「父さん……」
父を前にし、様々な思いがクレイオの胸中を交錯する。もっと、父の音楽を知りたかった。一緒に、たくさん演奏がしたかった。こんなことになるなら、もっと親孝行をしておけばよかった……それらの言葉は、しかし、口から出てこなかった。我慢することに慣れてしまった自分は、土壇場でも、気持ちをうまく伝えられそうにない。
沈黙してしまったクレイオを見て、それでも想いは通じたらしい。優しく微笑んで、テルプソロネは自分のFギターを息子に差し出した。
「このギターの中に、作りかけの曲が録音されている。これを、お前が完成させてくれ。どんな曲になるか、楽しみにしているからね」
「…………ああ。必ず、いい曲にするよ」
頷いて、クレイオは父のギターを受け取る。テルプソロネの手が、クレイオの肩に置かれた。
「私の夢ごと、お前に全部託す。世界に、幸せな音楽を広めるんだ。いいね」
「わかっているさ」
父の温もりと、力強さを感じながら、クレイオは了承する。父の願いは、確かに子に受け継がれた。
「レミちゃん~泣かないで~」
父と子の語らいの横で、マリーシアはレミエルを懸命に慰めている。レミエルは、未だに泣きやむ気配がなかった。
「だって、だって……ひっく、ぐすっ」
「これからは~、私の代わりに、レミちゃんがアイドルとして頑張るのよ~」
「え、ええ!?」
テルプソロネに倣い、マリーシアはレミエルに希望を託そうとする。ひたすらに駄々をこねていたレミエルも、これには仰天した。
「レミちゃんは可愛いしいい子だから~、きっと、皆に愛される、すっごいアイドルになるよ~」
いたずらっぽく片目をつぶり、マリーシアはレミエルの頬をつつく。
「…………はい」
ようやく決心が定まったのか、レミエルは大粒の涙を流しながら、それを受け入れた。
レミエルの頭をなでて、マリーシアは彼女から体を離す。そして、マリーシアは、クレイオと向き合った。二人は、ずっとともに旅をし、支え合ってきた仲である。
「…………マリー」
「クレイオ~、あんた、男の子なんだから、レミちゃんを絶対に守るのよ~!わかった~?」
言葉に詰まるクレイオを、マリーシアはいつもの調子で茶化す。
「ああ。マリーも、俺がいなくてもしっかりやれよ?」
それに伴い、クレイオもマリーシアに言い返した。むっとして、マリーシアは頬を膨らませる。
「ちょっと~!私は大丈夫だってば~!あんたって、ホント、なまい、き……」
マリーシアの反論は、最後まで続かなかった。顔を歪め、マリーシアはぼろぼろ泣き出す。
「クレイオ、クレイオ……!」
涙混じりの声で、マリーシアは何度もクレイオの名を呼ぶ。そこにいたのは、皆のアイドル勇者ではなく、ただひとりのための母親だった。
「…………母さん」
クレイオが、マリーシアを抱き寄せる。その頬を、一筋の涙が伝った。忍耐強く、不器用な青年は、ここでようやく、旅の仲間ではなく息子として、母に素直な感情を吐露することができたのだった。
二人の別れに心を動かされ、エストとガエネももらい泣きをしている。
しばしの時が流れ、場が落ち着いてから、マリーシアはテルプソロネと手を取りあった。彼らは同じ世界の出身なので、離れ離れにならないのがせめてもの救いだ。
「……みんなも……シーザー君たちも、本当に、ありがとね」
目を真っ赤にして、マリーシアが感謝の言葉を述べる。涙に濡れた彼女の顔は、当人は否定するだろうが、とても美しかった。
「君たちの幸せを、いつも祈っているよ」
穏やかに、テルプソロネが皆を祝福する。彼の腕は、マリーシアをしっかりと支えていた。
そして、二人の体は徐々に浮かび上がり、光がはじけて消滅した。
「マリーさん!マリーさん!!うわああああん!!」
耐え切れなくなり、レミエルが座り込んで号泣する。
「父さん、母さん……また、会おう」
空を見上げ、クレイオは改めて、両親に別れの言葉を贈る。普通の親子とは形が違うが、彼の両親は精一杯の愛情を残してくれた。それを直接返すことはできないが、両親に恥じぬ生き方をしようとクレイオは心に決めた。
クレイオ達から一歩下がったところで、三人のルシファーは彼らを見守る。
「……行っちまったな」
「うん…………」
2の言葉に、3はただ、頷いた。1はというと、半ば放心状態でマリーシア達が消えた空を見つめている。
「シーザー、寂しいの?君、マリーさん達と一番仲良かったものね」
「ばっか、そんなんじゃねえよ!」
3に声をかけられ我に返った1は、全力で否定する。意地っ張りだな、と3は苦笑した。それでも、たぶんこれから彼はクレイオのことも気にかけていくのだろう。2と3のお人好しをたびたび馬鹿にするが、1も、十分に面倒見がいい性格だ。
「他のやつらも、続々と帰っていってるな」
そう言いつつ、2は魔王たちの動きに目を向けた。基本的に、帰る姿勢を見せている魔王たちだが、中には名残惜しそうに景色を眺めている者もいる。
「シーザー!」
「ああ?」
魔王のうちのひとりが、ルシファー達に近づいてきた。親しげに呼ばれ、1はぎょっとして振り返る。
「覚えてないのか?オレだヨ、オレ!」
「お前……ひょっとして、モーロックか!?お前もこの世界に召喚されたのかよ!?」
馴れ馴れしくまとわりついてくる魔王の顔を覗き込み、それが知り合いだと気づいて1は驚愕する。
「ああ。積もる話は、向こうでゆっくりしよウ。またナ!」
片手を振って、モーロックと名乗る魔王は去って行った。1に話しかけることができて、満足したようだ。
「知り合いか?」
動揺から立ち直れない1に、2が尋ねる。
「おお。あいつ、いきなり行方不明になったからどうしたのかと思ったら……」
未だに事実を受け入れられず、1は硬直している。彼をルシファーではなく、本名で呼んだことから、モーロックが古い友人なのだろうということは二人にも推測できた。
「そっか。そういうこともあるんだね……」
感心しつつ、3は消えていく魔王たちを見送る。その中に見知った顔がいるような気がしたが、よくわからなかった。
やがてそうしているうちに、総ての魔王が消えた。同時に、三人をこの世界に縛りつけていた勇者の掟が、効力を失う。
「さて、全員いなくなったし、帰るか」
せいせいして、2が伸びをする。今ならば、いつでもこの世界を出ることができそうだ。
「カインお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「明日も仕事だからなぁ」
寂しそうなユーリスの髪を、2はくしゃくしゃと乱す。気がつけば、時は明け方に差し掛かっており、朝日が昇り始めている。
「あんたたち、またこの世界に来るよな?」
「別に、無理にとは言わないけど……」
キリヤとエストが、ためらいがちに聞いてくる。彼らはルシファー達がナンナルで酷い迫害を受けたことを知っているので、三人をこの世界に繋ぎ止めるのをどうしても躊躇してしまうのだ。
「あ、そうだよ!今度はちゃんと、いつ会うか決めないと!」
思い出したように、3が手を打つ。このまま流れに乗って別れてしまっては、前回の二の舞になる。
「えー……めんどくせえ……適当でいいじゃねえか」
「せめて、場所だけでもさ。お願い!」
つれないことを言う1に、3はすがりつく。彼らとの接点を完全に失って、心細い思いをするのは、もうごめんだった。
「それなら、ここにするか。ナンナルの屋敷は焼けちまってるしな」
「わかった!それだけでもだいぶ違うよ!」
3の気持ちを汲んで、2が提案する。大喜びで、3は頷いた。
「俺達もしばらくはここで復興作業を手伝うから、来たら声をかけてくれ」
クレイオが、ルシファー達にこれからの方針を伝える。三人がまたこの世界に来る気があることに、彼もまた、安堵していた。
「フォース様ぁ……レミのこと、もう置いていっちゃ嫌ですからね?」
鼻をすすりながら、レミエルが3を上目づかいで見る。
「え?あー……ごめん、レミエルはもうすっかりここの住人だと思ってた」
ここでようやく、3はレミエルのことを思い出したらしい。軽い調子で謝られ、レミエルはへこんだ。
「それは、そうですけどぉ……うぅ」
恨めしそうに、レミエルは唇を噛みしめる。彼女が1や2と同レベルで、3に別れを惜しまれるには、かなりの努力が必要のようだ。
「じゃあな。しっかりやれよ」
「帰って飲むぞ!」
「また、会おうね」
それぞれが好き勝手なセリフを残し、ルシファー達は元の世界に帰って行った。
「結局は、あいつらに助けられちゃったわね」
「俺達も、もっと精進しないとな」
三人を見送り、キリヤとエストは顔を見合わせる。
「そうね。マリーと……あと、ロードの分も、頑張りましょ」
「ああ!」
ひとまず平和が戻ってきたことを喜びながらも、勇者たちは気を引き締める。味方も敵も、この世界を構成する者には変わらない。
いなくなった者たちが託した願いを受け止めて、彼らは進んでいくのだ。それが、この世界を守る、勇者の使命なのだから。
リルとミナがいつの間にか姿を消しているのを、この場にいる誰もが特に指摘しなかった。
自由気ままな性分の姉妹は、きっと今ごろ、どこかで大量のケーキにぱくつていることだろう。
大都市メイルードの近郊の森にも、祝福の風は届いていた。木々がうれしそうにそよぐ中、とりわけ高い樹木のてっぺんに登り、人々が喜ぶ様を見物している者がいる。それは、クレイオ達に怪しい缶詰を渡した、さえない中年の男だった。
「いや~、一時はどうなることかとひやひやしたけど、やったね。やってくれちゃったねえ」
愉快そうに笑いながら、中年の男は独り言を言う。歳をとると、こういうことが多くなるものだ。
中年の男の元に、ひとつの光が舞い降りた。彼と隣り合うかたちで、一人の男が出現する。それは、眼光鋭い老人だった。
「まったく……なっとらん。実になっとらん」
ぶつぶつと不平を述べながら、老人は首を振る。歳をとると、こういうことがますます多くなるものだ。
「アカツキ様ですね。初めまして」
中年の男は、老人に親しげに声をかける。アカツキと呼ばれた老人は、彼をじろりと睨んだ。
「おぬし、なぜわしの名を……いや、そんなことはどうでもいい」
思い直し、アカツキは枯れ木のような指を中年の男につきつける。
「あのへっぽこな操縦士どもを召喚したのは、お前だな?」
「ええ」
アカツキの問いに、中年の男はあっさりと頷いた。老人のこめかみに、青筋が浮き出る。
「まったく、何じゃいあの無様な戦いぶりは!わしがあれをかつて封印した時と比べて、何と優雅さの欠けることか!なっとらん!実になっとらんわ!!」
「私にそれを言われましてもねえ……」
唾を飛ばして怒鳴り散らすアカツキに、中年の男はおっとりと反論する。
「彼らがエルファラを倒してくれたおかげで、貴方もこうして解放されたことですし、いいじゃありませんか」
「よくないわい。いつの間にか、こんなに老けてしもうた」
顔をしかめて、アカツキが腰を押さえる。
「あいつらめ、今度会ったら文句を言ってやる」
「どうぞご自由に」
アカツキの恨み節を、中年の男はさらりと受け流す。男の飄々とした態度が気に入らず、老人は彼をジト目で見た。
「それはそうと……おぬし、何者だ。名のるくらいせい」
何かいちゃもんをつけてやろうと思案し、結局思いつかなかったアカツキは、中年の男に命じる。苦笑しながら、男はそれに従った。
「私の名は、メシア。皆から、そう呼ばれています」
「メシア?……どこかで聞いたような……」
アカツキは宙を見上げて一瞬考え込んだ末、
「だめじゃな。やはり、思い出せん」
無念そうに首を振った後、木から飛び降りた。その背に黒い翼が出現し、落下速度を緩める。アカツキは、そのままいずこかへ去った。
「…………はあ。これ、本当にうまくいくのかなあ」
朝が来て、世界に光が満ちるのを眺めながら、メシアは肩をすくめる。彼にとっても、世界にとっても、これは、新たな第一歩に過ぎない。
全てが、ここから始まるのだ。
この世界を含む、あらゆる事象の改革が、全て……ここから。
エルファラによる大破壊から、数日が経過した。人々の協力により、メイルードは徐々に復興しつつある。そんな中、まだ手つかずの廃墟の一角に、魔法陣が三つ、出現した。
「よお」
「おー」
「やあ」
魔法陣の上に立ち、ルシファー達は挨拶をする。こうして同時にこの世界を訪れるのは、久しぶりのことだった。
「…………ふふっ」
お決まりのやりとりがうれしくて、3は思わず笑みをこぼす。
「何だよ、のっけから気持ち悪ぃ」
それを見て、1が嫌そうに顔をしかめた。別に、と言い返し、3は話題を変える。
「みんな、だいぶ立ち直って来たね」
廃墟の影から顔を出し、ルシファー達は復興作業に没頭する人々の姿を見る。その中には、エルファラに加担した元・人形たちも混ざっているのだが、彼らに区別ができるはずもない。
「エルファラ教会なんつーでかい組織が潰れたんだ。これから、世界は変わるだろうな」
2は、かつて中央神殿塔があった場所に目を向ける。エルファラが救世の神ではないという事実は、今や世界中に広まっていた。信仰を失った人々が次に何にすがるのか、彼には想像もつかない。
「魔王もまだまだ召喚されるんだろ?強えのが来るといいがなあ」
期待を込めて、1が目をぎらつかせる。未知の出会いと戦いに、彼は胸を躍らせていた。ちなみに、モーロックとは元の世界でまだ、再会できていない。まあ、そのうち遊びに来るだろうと、彼は気楽に構えていた。
談笑しながら、三人はメイルードを歩き回る。そうしているうちに連絡が行ったのか、キリヤとエストが駆け寄ってきた。
「あんた達、久しぶりね」
「よお」
はつらつとした表情で、エストが声をかけてくる。何の気なしに、2は挨拶を返した。
「あんた達をずっと待ってたんだ。伝えたいことがあってさ」
1に親愛の情を投げかけてから、キリヤが話を切り出す。
「あれから俺達、ナンナルへ行ったんだ。街のやつらが、どうしているかと思って」
「ナンナルに……?」
3が、眉を寄せる。他の二人も、険しい表情をしていた。三人にとって、あの辺境の田舎街は、今は苦い思い出の象徴でしかない。
聞きたいような、聞きたくないような微妙な顔をしているルシファー達。そんな彼らを安心させるように、キリヤは微笑んだ。
「街の連中、あんた達が無実だってわかってくれたみたいだよ」
「本当に!?」
驚いて、3が目を丸くする。
「子供たちがね、あんた達の無罪を必死で訴えたの」
頷いて、エストはナンナルでの顛末を語った。2を命の恩人と慕い、ユーリスの友人でもあるピリポとイザクは、ルシファー達の弁護を諦めていなかったのだ。
「カイン、あんたの舎弟もだ。最初は聞く耳持たなかった連中も、徐々に理解してくれて、支持する人が増えたらしい」
「あいつら……」
かつて面倒を見ていた三人の小悪党の間抜け面を思い出し、2は言葉にできない想いを抱く。彼らの連日の訴えは、最初は戯言と捨て置かれていたが、やがてじわじわと影響を広めていった。ナンナルの教会の神官や、シスター達。日雇いの仕事で、3が関わった人々。2とともにサッカーの練習に励んだ若者たち……。ナンナルで彼らが築いた交友関係は、教会騎士たちの脅しや、魔物の恐怖を覆す力を、ちゃんと備えていた。
街の人々の訴えを聞いた神官長マトフィイは、ある日、ついに前言を撤回する。彼らは、邪神の手先などではない……と。
「燃やされた屋敷も、建て直し中みたいだけど……どうする?」
エストに問われ、三人は顔を見合わせる。ナンナルは、彼らの始まりの地だ。他の場所にはない愛着が、今も確かにある。
「んー……でもなあ……今さら戻ったところで、気まずいだけじゃね?」
だが、2はナンナルに帰ることに難色を示した。頭に手を当て、自分のくせっ毛を、さらに混ぜ返す。
「俺様もそーゆー空気は苦手だ」
腕組みをして、1が賛同する。あちこちを飛び回っていた彼は、元よりナンナルへの執着は薄かった。
「そうだね、かえって気を遣わせちゃうよね」
3もまた、同様の結論を述べる。確かに、ナンナルに未練はある。けれど、正体がばれた今、かつてのようにあの田舎街で過ごすのは不可能だろう。何かが起きたときに助力を期待されるのも、罪の意識に晒された人々に注目されるのも、遠慮したいところだった。
「つうか、他のところ行こうぜ。ここらで拠点を変えるのもいいだろ」
「おー、いいな、新天地!」
ふと思い立ち、1は提案する。2が、即座にそれに賛成した。
「ナンナルには、たまに遊びに行くくらいでいいのかもね」
二人が乗り気ならば、3としても反対するつもりはない。
「まあ、その方があんた達らしいな」
ルシファー達が出した結論を、キリヤは支持する。ガエネが巨大化できるようになった今、1がどこにいようと、彼は会いに行けるのだ。
「いい場所、探すぞ~!」
わくわくと目を輝かせる三人。新しい街に、新しい出会い。その方が、きっと面白いだろう。
彼らの異世界での休日は、まだまだ続くことになりそうだった。
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