ブラック審神者を叩き潰せ!①
- 2016/07/10
- 21:57
<見習いサイド>
どうみてもブラックです、本当にありがとうございました。
私の脳裏に最初に思い浮かんだ感想は、これだった。
刀の付喪神である刀剣男士を使役し、歴史を守るために戦う存在・審神者。その見習いとして、私は今、とある審神者の居城……本丸に招かれている。この本丸に数日間滞在し、現役の審神者の仕事ぶりを学ぶこと。それが、正式な審神者になるための最終試験だった。
最初から、嫌な予感はしていたんだ。家屋がぼろっちかったり、庭の木々が荒れていたり、畳や襖・障子が不自然に新しかったりと、気になる点が多かったし。
この程度なら、普段は汚くしていたけれど、見習いが来るからきちんとしようというもてなし心の表れなのかな、と思えなくもない。
私だって、数少ないポジティブ思考を総動員して自分を納得させようとした。
だが、刀剣男士たちが一堂に集う大広間に通され、この本丸の主を見た時点でアウトだった。
剥げあがった頭頂部!
ぎらぎらと脂ぎった顔!
閻魔大王のようなどっしりとした体格!
まあつまり、典型的な中年のおっさんである。上等そうな着物を着て、上座にどかんとあぐらをかいている様は、時代劇の悪代官そのものだ。
しかも、その隣にいる刀剣男士……確か、小狐丸といったか。彼は、微かに禍々しい瘴気を発しており、うっとりした目でおっさん審神者に熱い視線を注いでいた。
おっさんに妙な術をかけられているんですね、わかります。
「ようこそ、我が本丸へ。歓迎するぞ、見習い殿」
おっさんが私を見て、にたりと笑う。いかにも女好きなスケベ親父といった面持ちで、じろじろと値踏みされ、密かに鳥肌を立てながらも私は愛想笑いとともに答えた。
「これから、お世話になります。審神者様の仕事をきちんと学び、活かしたいと思います」
「うむ。後世の育成のため、助力できれば幸いだ」
私の優等生100%な答えに満足したように、おっさんはうなずく。ブラック審神者が何をしらじらしい、と私は胸中で毒づいた。
ブラック審神者というのは、刀剣男士たちを己の欲のために虐げる不届き者のことである。
神であるにも関わらず、刀剣男士たちは、彼らが宿る刀剣の持ち主という立場にある審神者に、配下として付き従っている。
見目麗しい男士たちにあれこれと世話を焼かれ、調子づく者も少なくはないのだ。
神に力を貸していただいているという恩を忘れ、刀剣男士たちを奴隷のように扱い、あまつさえ、夜伽を課する者までいるのだという。
研修に来る前に、ブラック審神者の噂を聞き、念のためにとあれこれ情報を集めていたのだが、まさか自分が当事者になるとは思わなかった。
「時に、見習い殿」
「何ですか」
「そなた、独り身か?恋人はおるのか?」
「は!?」
唐突におっさんから問いかけられ、思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。いきなり他人の恋愛事情を聞くか!?セクハラだろ!
「主、それはいくら何でも失礼だよ」
居並ぶ刀剣男士たちの、最前列に座っていた青年が、おっさんを諫める。
あれは、歌仙兼定だ。彼のことは見習いの私でもよく知っている。
なぜなら、彼は審神者が最初に選ぶ初期刀候補の一人だから。
「はっはっは、すまんすまん」
対するおっさんはさして悪びれもせず、歌仙の咎めるような視線を笑い飛ばす。まったく、雅じゃないね、と歌仙はため息をついた。
「君、気にしないでくれ。主は人の心の機微に鈍感でね」
「いえ、そんなこと……」
歌仙のフォローを受けて、私は首を振ろうとし……このままでは、おっさんに意見した歌仙がひどい目に遭わされるのではないかと思い立った。
「残念ながら、今まで出会いがありませんでした」
おっさんの機嫌をとるように、問いに答える。おっさんは、途端に目をぎらりと光らせた。
「それは何より……いや、見習い殿はまだお若い。これからきっと、良い出会いがあることだろう」
「そうだといいですね、ははは……」
乾いた笑いとともに口元をひきつらせた私は、その本心をおっさんに悟られないようにひたすら祈るだけだった。
<審神者サイド>
見習いを受け入れてみないか、と担当者から打診があったのは、ほんの数日前のことだった。
ついにこの日が来たか、と儂は感慨に浸る。
「おめでとう、主」
古参の一人である歌仙兼定がふわり、と笑みを浮かべて祝福してくれる。
見習いをとることは、儂の目標だった。
うら若い少年少女が配属されることが珍しくないこの業界で、儂はひどく遅咲きの部類であった。現世での仕事を引退し、あとは静かに余生を過ごすのみだった儂は、ある事件をきっかけに審神者としての資質に目覚めた。衰えゆく自身の体を顧みても、あまりに機を逃しすぎていると思ったが、母国を守るためにこの老骨が少しでも役に立つならば、残り少ない生涯を捧げても悔いはない。
刀剣男士たちとともに戦いに身を投じる日々。儂は、この争いが己が生きているうちには到底終結しないということを悟った。
それならば、儂にできることはひとつ。未来を担う若者たちに、希望を託すことだ。
そのためには、儂自身が審神者として一人前にならねばならない。
後輩を育成したい、と願い続けて三年余り。ようやく、儂は念願をかなえたのだ。
「さあ、そうと決まったら、本丸全体を大掃除しないと。今のこの荒れ具合では、せっかく来てくれた見習いが逃げてしまうよ」
そう言うなり、歌仙は立ち上がると、腕まくりをした。
「ちょうどいい機会だ、破れに破れた障子や襖を新調しないとね。ああ、見習いが使う布団一式も注文しないと」
「うむ」
歌仙の言葉に、儂は執務室から庭を眺める。木々は倒れ、岩の破片があちこちに散らばり……まったく、酷いありさまだ。男しかいないのをいいことに適当にやっていたツケが、とうとう回ってきたらしい。
人手を総動員し、やっと少しは見られるようにと本丸が修繕されたのは、見習いが来る前日だった。やっつけ作業であるため、まだちょっとばかしオンボロ感があるが、今までに比べると天と地の差だ。細かいところは、目をつぶってほしい。
慌ただしく働けば、時間は飛ぶように過ぎる。翌日、儂と刀剣たちは広間に集い、見習い殿を待ち受けていた。
「一体、どんな子が来るんだい?」
燭台切光忠が、好奇心に目を輝かせる。せっかく見習い殿が来るのだからと、張り切って儂の身なりを整えたのはこやつだ。慣れない着物のせいで、腹が苦しい。普段ジャージ姿であるから、余計に。
「担当者曰く、若い女性だそうだ」
儂の答えに、刀剣男士たちがざわめく。常日頃から、彼らには儂亡き後も、この日本を守ってほしいと頼んでいる。もちろん、儂の存命中も、他の審神者に仕えたいと彼らが願えば、援助するつもりでいた。
儂にとって、刀剣男士たちは息子も同然である。決して口には出さないが、孫の顔が見たいなどと、密かに願っていたりもする。
此度の見習い殿が、刀剣男士たちの目に叶うといいのだが。
「ずいぶんと嬉しそうですね、ぬしさま」
なぜか不機嫌な様子で、小狐丸がしなだれかかってきた。こやつは、どういうわけか儂に恋慕の情を抱いている亜種中の亜種だ。ちょっと事情があって穢れをため込んでいるが、正気を失っているわけではない。
正気のままで、小狐丸は儂を愛していると臆面もなく告げてくるのだ。
こんなおっさんのどこがいいのか、理解に苦しむ。
今も、おそらくは儂が見習い殿に懸想をしないかと疑っているのだろう。
どうにか離れてほしいと小狐丸を説得するのに、しばしの時間を要した。
厳選なくじ引きの結果、見習い殿の出迎え役を勝ち取ったのは、一期一振だった。
品が良く、穏やかな風貌の好青年。無難な人選と言えよう。
一期に付き添われながら、見習い殿が儂らの前に姿を現した。長い黒髪に、理知的な面持ち。巫女服を清楚に着こなす彼女は、審神者にふさわしい清浄な霊力をまとっている。
おそらく、順調に行けばエリート街道まっしぐらであろう。
何という幸運。儂は心の中で拳を握った。
これは、当たりだ!優良物件だぞ!
「ようこそ、我が本丸へ。歓迎するぞ、見習い殿」
喜びに浮かれる己をどうにか律し、見習い殿に挨拶をする。
「これから、お世話になります。審神者様の仕事をきちんと学び、活かしたいと思います」
「うむ。後世の育成のため、助力できれば幸いだ」
見習い殿は、きれいな所作で一礼をした。顔が少しこわばっているのは、緊張のためか。
彼女をリラックスさせるためにも、もう少し会話をする必要があるようだな。
「時に、見習い殿」
「何ですか」
「そなた、独り身か?恋人はおるのか?」
「は!?」
見習い殿が、驚いたように目を見開く。突然プライベートな質問をされたのだから、無理もあるまい。だが、これはぜひとも聞いておかねばならないことだった。
見習い殿に、もし恋人がいないのなら、うちの刀剣男士たちにもチャンスがある。出会いの少ない彼らに機会を与えるために汚れ役を買って出ることなど、儂には造作もないことだった。
「主、それはいくら何でも失礼だよ」
「はっはっは、すまんすまん」
歌仙に諭され、わざとらしく笑い飛ばす。非難されるのは承知の上だ。儂、おっさんだから、無神経なのよ。
薄い後頭部に、小狐丸の鋭い視線が突き刺さる。これ以上禿げたらどうするんだ。
「君、気にしないでくれ。主は人の心の機微に鈍感でね」
「いえ、そんなこと……」
戸惑いながらも、見習い殿ははにかんだ笑みとともに首を振る。奥ゆかしい様を好ましく思っていると、少し間をおいて、彼女はおずおずと告げた。
「残念ながら、今まで出会いがありませんでした」
よっしゃ。
儂は、胸中でガッツポーズをとるのを止められなかった。良い主候補であるだけでなく、良い嫁候補とは。
「それは何より……いや、見習い殿はまだお若い。これからきっと、良い出会いがあることだろう」
「そうだといいですね、ははは……」
つい本音が漏れてしまい、慌てて取り繕う。疲れた笑みを浮かべる見習い殿に、儂は心の中で謝罪した。
申し訳ない、見習い殿。
しかし、有益な情報を得ることができたぞ。
さあ、行くのだ、我が刀剣男士たちよ!せっかくめぐって来た良縁を、決して逃すでないぞ!
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- テーマ:刀剣乱舞-ONLINE-
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- カテゴリ:刀剣乱舞小説
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