L-Triangle!1-2
- 2014/02/06
- 17:53
陽光が届かない、薄暗く寒々しい空の下。細剣のように尖った樹木がまばらに生えている以外は、岩が転がる荒野が延々と広がる。時折、大地の割れ目から火が噴き上がり、雷光が轟く。
その地では、やせ細った、多くの人間たちが右往左往していた。彼らは、死人であり、生前に罪を犯したため、ここに放り込まれ、罰せられている。
そう。ここは、地獄だった。
死んだ罪人たちの行きつく先であり、悪魔たちの住処でもあるその地の中央に、巨大な神殿……万魔殿が存在する。神殿と言っても、天界にいる神を崇めているのではない。悪魔たちが跪くのは、彼らの王である。
魔王ルシファー……地獄の君主であり、最高位の悪魔である彼は、神殿内部の、執務室にいた。書斎机に頬杖をついているのは、先日、異世界に召喚されたうちの細身の青年……2だった。
(……わけのわからねえ世界に召喚されて、妙なやつらに出会って。しかも、そいつらが俺と同じ名前で……)
視線を虚空に漂わせ、先日の体験について思い起こす、2。そんな彼に、同室で仕事をしている同僚が声をかけてきた。
ドレッドヘアの、ゴーグルをかけた個性的な出で立ちの同僚は、外見年齢は2と大差ない。
「おい、どうしたんだ、ぼーっとして」
「……別に、何でもねえ」
気遣わしげな表情の同僚に、2は力なく首を振る。その様子に、同僚が苦笑した。
「お前、また厄介ごとに首つっこんでるだろ」
「そういうわけじゃねえよ、……終わったことだし」
2の答えは、そっけない。彼が特に気になっているのは、異世界で出会った美貌の青年……3のことだった。
(……あいつ、寂しそうな目をしてたな……)
2は、かつては天使長で、神に反旗を翻して悪魔たちの王になった、あのルシファー当人である。
彼は、堕天して以降、神やヒトに忌み嫌われた者たちを保護下に入れてきた。それがいつの間にか、この世界では彼の役割ということになっていた。
神に見捨てられた者は、自分の取り分。部下は親身になって世話をするのが彼のやり方だった。
3は、2が仲間に引き入れてきた多くの者たちとよく似た表情をしていた。長年の経験から、ああいう手合いはどうも気になってしまう。声をかけて、関わって、仲間にして……居場所をつくってやりたくなる。
「まあ、どうしても気になることがあるなら、思いきり関わっちまえよ。足りない分は、俺らがフォローするからさ」
思い悩む2のくせっ毛を、同僚がくしゃくしゃ、となでる。地獄の王ルシファーに対し、あるまじき不敬だが、この同僚は、2にとっては、天界にいた頃からの付き合いの、無二の親友だった。昔からこうされていたので、このテの扱いには慣れてしまったともいえる。
「……ちょっと、行ってくるわ」
親友に背中を押され、2は再びあの異世界へ行くことを決意した。
異次元へ通じる道を構成し、先日の記憶を頼りに、曖昧な空間を突き進んでいく。3がいるかどうかはわからないけれど、気になることはとりあえずやるのが彼の方針だった。
2が転移したのは、先日と同じく、異世界の街・ナンナルの屋敷の一室だった。階段を下りていくと、人の気配を感じる。玄関に近いところにある広間のドアを、2は勢いよく開けた。
「あれ?来たのか」
「……何やってんだお前」
室内に入るなり3に声をかけられ、2は大いに困惑する羽目になった。
何もなかったはずの広間が、がらりと様変わりしている。
部屋のあちこちに、本棚や食器棚などの家具が、昔からあったかのように配置されていた。
そして最大の違和感の正体は、目の前に置かれているソファーの存在だ。
一人で座るには大きすぎる、革製の黒いソファーと、ガラス製のテーブル。その中心に鎮座する3。その両脇に美女。
昼間から酒はまずいと思ってのことか、テーブルに並んでいるのは紅茶と菓子類だったが、そんなことはどうでもいい。
「何って……見ればわかるだろう?女遊びだよ」
「俺が聞きてえのはそういうことじゃねえよ」
2から冷視線を浴びせられ、さすがに彼の不機嫌を察した3は、おどおどしながら言い訳を始めた。
「いや……ね、あの後、この世界のことがやっぱり気になって、もう少し調べてみようと思って、戻ってきたんだ。それで、ここって神がいないだろう?つまり何やっても自由ってわけで」
「で、好き勝手やってると」
「ナンパとか久々にしたよ。追手を気にしなくていいって、ホント気楽だね」
美女たちを交互に見て、3が愉快そうに笑う。意外とたくましい3に、2は拍子抜けした。自分が何かをしてやらなくても彼はちゃんと生きていけそうだ。
「まあ、楽しそうで良かったな」
気が抜けて、投げやりな対応をする2だが、3の弁解は続く。
「そんな呆れた顔をしないでよ。彼よりはまだ自制してやってるつもりなんだから」
「彼?」
「そう、この間の彼。私と君の他に、もう一人いただろう?」
3の言葉で、2は1のことを今さら思い出した。保護欲をかきたてられなかったせいか、彼のことをすっかり忘れていた。
「そいつがどうかしたのか?」
「彼、この世界を征服するんだってさ。今ごろどこかに拠点でも築いてるんじゃないかな?」
「……マジでか!?」
2が身を乗り出し、3が頷く。次の瞬間、2は、あわてて屋敷を飛び出して行った。
場面変わって、街から離れた人気のない荒野。巨大な魔方陣が地表に刻まれ、その前に1が立っている。魔方陣の上では、膨大なエネルギーが、開放を求めて渦巻いていた。
「さて……ひと暴れしてやるか」
「何やってんだてめえは」
「うご!?」
不敵に笑った直後、背後から蹴られて態勢を崩す1。振り返ると、そこには翼を生やした2が、仁王立ちしていた。
「何しやがる!……って、お前か」
「聞いてるのは俺だろ」
1に対する2の反応は、冷淡だった。舌打ちし、1は魔方陣を指し示す。
「何って、決まってんだろうが、世界征服だよ。こっから手下を召喚して暴れてやれば、こんな世界簡単に落とせるだろ?」
「それから?」
「原住民は皆殺し……いや、労働力として確保しとくか。ここに第ニの地獄を築くってのも悪かねえな」
「てめえ……」
ほくそ笑む1を前にして、2は怒りを押し殺し、唸る。その身体が、淡い光を帯び始めていた。2を挑発するように、1が嘲笑う。
「あぁ?何だよ、その面。気に食わねえのか?それとも、もしかしてびびってんの?」
「は?」
2が、牙を剥く。両者のオーラの高まりに呼応して、大地が震え、小石が浮き上がる。
「ああ、そうだった。お前と、あともう一人な。もう一度会ったらやりたいことがあったんだった」
1が、ふいに2に向かって拳を突き出した。高速で放たれた一撃を、2は紙一重でかわす。
「!」
翼をはためかせ、距離をとる2。1は、そんな彼に指を突き付け、宣言した。
「お前らごときが俺様と同じ名前なんて不愉快なんだよ。ぶっ潰してやる」
「奇遇だな。俺も今、そんな気分だ」
1の宣戦布告に応じ、2も戦闘態勢をとる。そのまま、彼らは全力で殴り合いを開始した。
二人の戦いの場から少し離れた荒野のある地点を、バイクに乗った3が、颯爽と駆け抜けていく。愛車を元の世界から持ち込んだらしい。しばらくすると、彼は開けた場所に到着した。その真ん中で、1と2が大の字に倒れていた。あちらこちらに見受けられる巨大なクレーターが、戦いの激しさを物語っている。1が作成した魔方陣は、戦いの衝撃で吹き飛んでいた。
「……はあっ……はあっ……」
起き上がれないままで、2が激しく胸を上下させる。とてもではないが、動けそうにない。
そして、それは1も同じだった。顔だけこちらに向けて、笑いかけてくる。
「……お前……やるじゃねえか」
「……お前もな」
お互いの健闘をたたえ合う、二人。さわやかな風が、吹き抜けて行った。
「この俺様を相手に、ここまでやれる奴がいるとはな……。これほど、ガチで殴りあったのは久々だぜ」
「……俺も」
1と2は、青空を見上げる。そんな彼らに、近づいてくる者がいた。
「あ、いたいた、やっと見つけた」
美貌の青年が、二人の顔を覗き込んでくる。それが3であることに気づき、1は息を飲んだ。
「……お前……」
「ふふ、こうなってるんじゃないかと思ったよ」
3が、にっこりと微笑む。彼の態度に含みがあるような気がして、1は無理やり身を起こした。今、攻撃を受けたら、彼とて危ない。彼ら二人にとどめを刺せば、3の一人勝ちである。
「ほら、喉乾いてるだろう?」
警戒する1の前に差し出されたのは、水だった。純粋な善意によるものかを判断しかね、1は躊躇する。
「ありがとよ」
1の逡巡をよそに、2は、3から受け取った水をあっさりと飲み干した。毒物が入っているとかそういうことは一切疑っていないらしい。
「まだあるから遠慮しなくていいよ。酒もつまみも持ってきたし」
「お、気が利くな、お前」
「いい機会だからね。君たちのことも知っておきたくてさ。腹を割って、話をしよう」
水が入ったグラスを地面に置いて、3は肩の荷物を下ろし、漁り始めた。酒のビンらしきものや、干し肉やナッツ類の入った袋などが、次々と並べられる。
「おぉ、大量にあるのな。お前、これどうやって持ってきたんだよ。飛べねえんだろ?」
「うん。だから、バイクで来た」
3が、少し離れたところに停めてある単車を、指さした。陸続きのところにいてくれて助かったよ、と付け加える。
「ほー、お前、バイク乗りか」
「翼がないから、陸路で移動するしかないからね。 重宝してるよ」
和やかに談笑する2と3を見て、1はばかばかしくなり、脱力した。水を一気に煽り、3にグラスを向ける。
「……拍子抜けしちまった。酒よこせ、俺様も飲む」
うれしそうにうなずいて、3は、酒を注いだ。
とにかく飲む1、がつがつ食べる2、そんな二人を見つつマイペースな3。ある程度、腹が落ち着いてくれば、会話をする余裕も出てくる。グラスから顔を離し、1が2に話しかけた。
「お前、地獄のどこ出身よ。お前みたいなやつがいるなんて聞いたことねえぞ?」
「ハァ?がっつり中央だっつの。地獄の支配者だっつーの。何で知らねえんだよ」
「寝言言ってんじゃねえよ、地獄の支配者は俺様だろーが!」
にらみ合う、1と2。険悪になりつつある空気を破ったのは、3だった。
「……そのことなんだけど」
「「あぁ!?」」
八つ当たり気味に、1と2が同時に3の方へ振り向く。その剣幕に全く怯えることなく、3は続けた。
「この世界が異世界であるように、私たちが元いた世界も、それぞれ違うところなんじゃないかな?」
「平行世界ってやつか?」
3の推測に、2が関心を示す。そういう世界があるかもしれないということを、彼も聞いたことがあった。それは、都市伝説だったり、異教の神々の体験談だったりするのだが。
「あー、それなら合点がいくな。悪魔のくせに俺様のこと知らねえとかありえねえから」
1も頷いて、グラスの中身を飲み干した。それはこっちの台詞だ、と2は胸中で毒づく。
「似たような世界で暮らしていた、似たような立場の私たちが、一体何のためにここに呼ばれたのか……。そもそも、誰が呼んだのかすらわかっていない」
「こういう妙なことするのはアレだ、どうせ神だろ。思いつきで創った妙な世界に適当に俺らを放り込んでみた、とか」
3が首をかしげる横で、2は、適当な予測を立てた。神、という単語に、二人が渋い顔になる。
「ありえねえとも言いきれねえな。ふざけやがって」
「確かに。君たちの世界でも彼はそんな感じなのか……」
冗談交じりの発言を真剣に受け取られ、2は鼻白む。二人の世界の神は、彼の世界のそれより意地が悪いのかもしれない。何となく気まずいので、2は話題を変えることにした。
「俺とこいつは大体似たような状況なんだろうけど、お前だけ何かちがくね?翼がないとか、一人で旅してるとか」
とりあえず、疑問に思ったことを3に聞いてみる。他にも、悪魔召喚を知らなかったりと、彼は他の二人とは相違点が多い。
「……実は、私自身もよくわかっていないんだ」
「は?」
3が、沈んだ表情で首を振る。
「記憶があやふやなんだよ。仲間とともに、神と対立して……たぶん、負けたんだと思う。その時に何かされたのかな、気がついたら人間界を放浪していた。天界からの使者に追われながら、ずっとね」
「他のやつらはどうした?」
「探しているんだけどね、見つからないんだ。みんな、捕縛されてしまったのかな……」
「…………」
3の、想像以上に過酷な境遇に、2は言葉を失った。天使長でいたときも、堕天したときも、彼には仲間がいた。たった独りであてもなく人間界を彷徨うなど、完全に苦行の域である。
「つまりは詰んでる状態ってことかよ。情けねえな」
黙りこくる2に代わり、1が揶揄するように3を見る。
「君のところはどうだい?」
「景気はいいぜ。ルシファーである俺様に、全ての悪魔が絶対服従だ」
3に問われ、1は胸を張った。彼は、現状に満足しているようだ。
「天界とはどうだよ?」
「天界か?人間界を挟んで、たまに交戦するって感じだな。あまり接点がねえ。地獄内部のやつらの方が厄介だな」
「権力争いでもしているのかい?」
「地獄は実力主義だからな。俺様を引きずり降ろして自分がトップに立とうとか、そんなやつは吐いて捨てるほどいる」
2と3に交互に尋ねられ、1は自慢げに返す。自分と彼の違いを、2はうすうすと感じ始めていた。
「部下と信頼関係が築けてねえだけだろ。不満とか、ちゃんと解消してやってるのか?」
「はぁ?んなことするわけねえだろが、俺様のやり方が気に入らねえ奴は潰すだけだ」
2の苦言を、1が一笑に付す。よほど自分に自信があるのか、考えなしなだけなのか。後者だろうな、と2は思った。
「……身内くらいは大事にしろよ。足元すくわれるぞ」
「その程度で消えるようなら、大したやつじゃねえってことだ。お前はどうなんだよ」
今度は、1が2に問い返される。しばし考えた後、彼は話し始めた。
「膠着状態……いや、共存状態だよ」
「は?共存?」
「いわゆる、共同支配ってやつか。天界に見捨てられたやつらは、俺の取り分。そういうことになってる」
遠い目をする、2。1は、ばかにしたようにせせら笑う。
「厄介者のゴミを押しつけられてるだけじゃねえか、何が共同支配だよ」
「ちげえよ!価値観が合わないだけだ、ごみなんかじゃねえ!」
2が、むきになって反論する。自分のことはともかく、同志をも否定するような発言は、看過できない。そんな2を、3が感心したように見つめて言った。
「君は善き支配者のようだな。部下にも慕われてるだろう?」
「まあな、みんなよくやってくれてる」
3の言葉に、2は機嫌を直す。方針の違いはあるにせよ、彼もまた、己の生き方に誇りを持っていた。二人を挑発するように、1が大げさに肩をすくめる。
「負け犬に、腑抜け。お前らマジで改名しろや。ルシファーを名乗る資格なし」
「んだとこの野郎!」
「まあまあ。君が自分の名前に誇りを持つように、私にも、この名前に対して思うところはあるんだよ。名を変えたところで、結局は私は私だ。違う自分にはなれない」
またケンカを始めた二人を、3がとりなす。
「…………」
「…………ちっ」
1と2は、お互い顔を背け、ほぼ同時にグラスに手をかけて、中の液体をあおった。
そして、三人は気まずい空気のまま飲み続ける。放り出して帰ることもできるが、逃げたと思われるような気がして何となく気に入らない。まずい酒である。それでも、酔いが回れば眠くもなる。一眠りして、ふと目を覚ました2は、物憂げに考え事をしている3に気づいた。
「……あー……つい、寝ちまったか」
「起きたのか。まだ暗いよ、もう少し寝てたら?」
けだるそうに身を起こす2を、3が優しく気遣う。暗闇はだいぶ薄らいできているが、朝になるまでにはまだ時間がありそうだった。
「お前、まさかずっと起きてたのか?」
「いや、少しは寝たよ。君たちよりは疲れていないだけだ」
大の字で爆睡中の1にちら、と視線を向けて、3は苦笑した。豪快にいびきをかく様が、いっそ清々しい。
「……よく寝てるねえ」
「散々敵対宣言しておいて、無防備な姿を晒すとか……こいつ、実はバカだろ」
心底呆れたように、2が吐き捨てる。ちょっとやそっとでは、1が起きることはなさそうである。油性ペンでもあれば落書きしてやるのに、と2は悔しく思った。
「自分に自信があるんだろうね。まあ、あれだけの力があればそれもうなずけるかな」
周囲の破壊跡を見渡しながら、3がしみじみと言う。地面のあちこちに巨大なクレーターがつくられ、何メートルもある岩壁が消し飛んだ形跡もある。これだけ甚大な被害をもたらしたにも関わらず、当の1と2は無傷、という始末である。
「大したことねえよ、こんな奴……次はぶっ飛ばす」
3にそう返しつつも、今ここで戦おうという気は2にはない。彼にも、プライドというものがある。1を潰す時は、正面から敗北を認めさせようと、2は心の中で誓った。
「それはそうと……お前、何か考え事でもしてたのか?」
「まあね。この世界のこととか、君たちのこととか、色々と」
「……俺たちのこと……?」
「うん」
頷いて、3は2の顔を覗き込む。その瞳には、彼に対する好奇心と、ほんの少しの羨望が見てとれた。距離の近さに戸惑いつつ、2はごまかすように片手を振った。
「……あー……その、気にすんなよ。俺だって、天界のやつらと戦って、一度は負けたんだし」
「君も、負けたのか?」
意外そうに、3が瞠目する。頷いて、2は己の過去を打ち明けた。
「そうだよ。それで、仲間ともども地獄に堕ちて、そこから這い上がって力をつけてたら、気がついたら大きな派閥になっててよ。
それで、いつの間にか天界のシステムに組み込まれたような状態になったっつーか……」
「ある意味、神に再び認められたってことじゃないか?それって、すごいことだと思うよ」
「そんなんじゃねえよ、あと、俺一人の力じゃねえし、別にすごくねえ」
3の称賛を、2は否定した。それでも、悪い気はしない。そんなふうに肯定的に言われたのは、初めてだった。3が、寂しげに微笑む。
「君にも、彼にもちゃんとした居場所があるんだな。うらやましいよ」
「……ああ、それなんだけどよ、お前……」
「ん?」
「良かったら、俺と」
一緒に来ないか、そう言おうとした直後。話を遮るように、天から光が差した。それは、まるでスポットライトのように、三人を照らし出す。明らかに、自然の陽光とは異なる、不自然な現象だった。
「!」
「あぁ?もう、朝か……?」
驚いて空を見上げる二人。眠そうに目をこする、1。そして、次の瞬間、三方向から銀の鎖が飛んできて、三人に絡みつく。避ける間もなく、彼らは片腕の自由を奪われた。
『邪悪なる者たちよ……天は、お前たちの行いを許さない』
動揺する三人にさらに追い打ちをかけるように、威厳ある声が響き渡る。鎖を引っ張りながら、1が声がする方に鋭い視線を向けた。
「誰だ!姿を見せやがれ!!」
「……この声は……!」
声に聞き覚えがあるような気がして、2が戸惑っていると、白い翼を生やした天使が三体、飛翔してきた。それぞれ、三人をとらえている鎖を持って、上空から彼らを見下ろしている。
「そのまま動くな。動けば、攻撃する」
天使のうちの一人が、彼らに警告する。2が、牙を剥いた。
「何の用だ、てめえら!」
「君の知り合い?」
「俺の世界の天使どもだよ」
「何……?天使だあ?」
3の問いに、天使たちから視線を外さないままで2が答える。それを聞いて、1はさらに警戒を強めた。
「そ。ちなみに、女がガブリエル、ヒゲがラファエル、ハゲがウリエルな」
「へえ……君のところの彼らは、ああいう感じなんだ」
2の大ざっぱな紹介を聞いて、3が天使たちをしげしげと見つめた。2の、特徴をあまりに的確にとらえ過ぎた説明に、天使たちはムっとした表情を見せた。
「ルシファーよ。悪魔の王たるお前が、こんなところで破壊活動とはな。しかし、我々の目はごまかせないぞ」
立派な口ひげを生やした天使……ラファエルが、厳かに告げる。当然、彼の視線の先にいるのは2である。
「破壊活動?」
「とぼけるな、元は美しい園であったはずのこの地を、魔の力で穢しただろう!」
2の反応を、あなどりと受け取ったガブリエルが、激怒する。紅一点の彼女は、長い髪を二つに結い、目鼻立ちがくっきりとした、気が強そうな印象だ。
「ああ、そういえば君たち、けっこう派手に暴れたものね。でもここ、もともと荒野だったよ?」
「黙れ悪魔め!」
3の発言は、彼女の怒りを更に煽ってしまったらしい。ガブリエルは、3に非難の視線を向け……彼に笑いかけられて、頬を染めてそっぽを向いた。3の美貌は、天使に対しても有効なものらしい。
「何だよお前ら……で、結局何しにきたんだ?」
2が、心底面倒だと言うように、天使たちに尋ねる。代表として、ラファエルがそれに答えた。
「悪魔の王とその仲間に、この地を穢した罰として、天界での強制労働を言い渡すためだ!」
「強制労働だぁ!?」
「労働?捕縛じゃないのか?」
「そうだ。任期を終えたら釈放する」
1と3の問いかけに応じたのは、ウリエルだった。髪を丸刈りにした体格のいい彼は、徹底して無表情である。
「労働はともかく、異世界の天界かあ……」
「何、興味持ってんだお前!おい天使ども、そんなことしてタダですむと思ってんのか!?俺の配下が黙ってねえぞ!」
目を輝かせる3を一喝し、2は天使たちを脅迫する。戦闘力もかなりのものだが、彼の最大の強みは、人脈の広さと、仲間たちとの絆の深さである。天使たちが、かすかにたじろいだ。
「いえ、そこを何とか」
「そうですよ、一日だけでも」
「は?一日?」
ラファエルとガブリエルが、急に下手に出る。2は、訝しげに彼らを見た。
「……ええと、つまり君たちは、この土地が破壊されたことを怒っているわけだよね?」
「おお、話が通じそうなひとがいる……その通りだ。罪もなき大地を理由もなく破壊することは許されない」
3に話しかけられて、ラファエルが胸をなで下ろす。登場した時の威厳は、もはやかけらほどしか残っていなかった。
「ここは、君たちの世界に属する土地なのかな?」
「そんなことは関係ない。すべての世界・すべての生きとし生けるものを我ら天使は祝福する」
管轄ではない世界のことにまで口を出すのか、という3の指摘に、ガブリエルが答える。しばしの黙考の後、3は顔を上げた。
「つまり、ここを元通りにしたら許してくれると」
「できるものならな」
ウリエルが、ぶっきらぼうに告げる。1が、心底うんざりしたようにため息をついた。首をこき、とならしながら、一歩前に進み出る。
「……ようするに、いちゃもんかよ……しかたねえな、やってやる」
「できるのか?」
「俺を誰だと思ってやがる。……ほらよ」
2に軽口を返し、1が片手を一振りする。次の瞬間、時間が逆再生されるかのように世界が逆戻りし、荒野は彼が魔方陣を描く前にまで戻った。
「…………!」
「これは……!」
「ま、こんなもんだろ」
天使たちが、息を呑む。1は、得意げに一笑した。2と3も、あっけにとられて1に注目する。
「時間の操作か。君、すごい力を持ってるね」
「へっ……どうだ、これで文句はねえだろ?さっさとこのうっとうしい鎖を解いて、失せやがれ!」
1が、片腕に絡まったままの鎖を引っ張り、天使たちを恫喝する。天使たちは動揺し、肩を寄せ合ってひそひそと話し始めた。
「……どうしよう……計画が……」
「もう、君が許すなんて言うから!」
「すまん」
ラファエルが青ざめ、ガブリエルがウリエルを責め、ウリエルが素直に謝る。部外者に聞こえないように注意しているつもりのようだが、筒抜けである。
「おいこら、話聞いてんのかてめえら!!」
1が、焦れて鎖を引く手に力を込める。少し引きずられつつ、ラファエルが情けない顔で提案してきた。
「……その……あなたたちは見逃しますので、彼だけ連れて帰るってわけにはいきませんかね?」
「はあ!?何で俺だけ!?」
おずおずと指名され、2が憤慨する。それと同時に、1と3の自由を奪っていた鎖が消滅した。
「俺様は別に構わねえけどな」
手首を回しながら、1が頷く。2は、納得できずに食い下がった。ちなみに、彼の鎖はまだ消えていない。
「何だよそれ、わけわかんねえ!!俺は罪に問われるようなことは何もしてねえぞ!」
「そこを何とか……」
「一日だけでも」
「だから何なんだよそれは!!」
2が、鎖が絡んだ手を思いきり横に振った。鎖の片側を持っていたウリエルが、無表情のまま振り回される。他の天使たちが、あわてて両脇から彼を支えた。そのシュールな光景を見物しつつ、3がぽん、と手を打つ。
「……あ、もしかして」
「「「ぎく」」」
「君たちの目的って、この世界とかはどうでも良くて、彼を天界に連れて行くこと? 」
3の推測に、三天使が動きを止める。どうやら、図星らしい。それを見て、思い当たることがあるのか、2が半眼になった。
「……そういえば、ミカのやつが見当たらねえな。あいつ、どこ行った」
「ミカエルは……今日も今日とて、天界で仕事ですよ」
ガブリエルが、遠い目をする。遥か遠い空の下にいる彼らのリーダーに、思いを馳せているのだろうか。
「天界での激務の中、それでもふとしたときに彼は兄であるあなたのことを思い、身を案じています」
ラファエルが、痛ましげに俯く。その眼差しは、現状を真剣に憂いていた。
「そんな彼に、兄弟水入らずのひと時をプレゼントする。それが我々の計画だ」
ウリエルが、力強く断言する。表情に変化はないものの、彼の誠実さが伺われた。
「お願いします!一日でいいので、天界に帰ってください!!」
「アホかお前ら―――!!!」
ガブリエルのすがるような嘆願を、2は怒声とともにつっぱねた。今までの前ふりを見事に台無しにされ、ガブリエルが目を吊り上げる。
「アホはあなたですよ!彼がどれだけあなたのことを心配していると思ってるんですか!
あなたを意識するあまり、あなたのファッションやら悪魔っぽい文化やらに傾倒するようになって、最近ではいつ堕天するか心配でならないんです!」
「それは単なるあいつの趣味だろ!ていうか、今更会っても気まずいだけで、俺もあいつもうれしくないっつーの!よその兄弟事情なんかほっとけ!!」
「どうしてあなたは意地を張るんですか!おにいちゃんでしょう!?」
「うるせええええ!!部外者が口出しすんなあああ!!」
ラファエルの一言がとどめになったのだろう。2は、完全にへそを曲げてしまった。苛立ちまぎれに、2が鎖を振り回し、三天使も負けじと踏みとどまる。
「…………」
ぎゃあぎゃあとわめき合う2と天使たちを見物していた3が、ふいにゆらりと立ち上がった。跪いて大地に触れ、全身から光を放ち始める。
「…………?」
「一体何を……?」
ただならぬ気配に、天使たちが眉をひそめる。それには答えず、3は呟いた。
「……最大浄化」
そして、全てが光に包まれた。眩しさに視界を一瞬奪われた後、その場にいた全員が、言葉を失った。荒野が、緑なす大地に変化していた。花が咲き乱れ、どこからか小川が流れていく。ただ、そこに鳥などの生物は見当たらなかった。元は草木がまばらな荒地だったのだから、無理もないだろう。天使たちも1と2も絶句する中、3がゆっくりと立ち上がり、空中へと目を向けた。彼からどす黒いオーラを感じ、天使たちが後ずさる。
「……このくらいが、この地にとっての限界かな。天上には遥か及ばないが、美しい景色だろう?……何か、不満な点はあるかい?」
3が、両腕を広げる。一見、絶景を讃え、微笑んでいるかのようであるが、目は笑っていない。
「いや、その……あなたは……」
「ないなら帰って」
「え、でも」
ラファエルに、3がすげなく返す。戸惑うガブリエルに、彼はきっぱりと言い放った。
「いいから帰って」
荒野に突如現れた、不自然な花園。そこで、三人は異世界で初めての朝を迎えた。光を差し掛けるそれが、太陽かどうかはわからないが、深くは考えないことにする。
3の剣幕に押され、天使たちは2の鎖を解いて退場していった。やや呆然としながら、1が口を開く。
「あいつら、泣いてたな……いい気味っつーか、何かこっちまで呆けちまったぜ」
「まあ、助かったよ、ありがとな」
「どういたしまして。」
2に礼を言われ、3が笑顔で応じる。その表情には、先ほどのような黒い影がない。
「けどよ、何でお前、いきなり協力的になったんだ?あのまま放っといても害はなかったじゃねえか」
「俺にはあるだろうが、実害!」
1の疑問に、2が反論した。あのまま3が何もしなければ、彼は天界に連れていかれたであろう。
「兄弟で仲良くするなんて無理だよ」
3が、さらりと断定する。その発言には、実感がこもっていた。
「……あ、もしかしてお前も弟いるの?」
「うん。双子の弟なんだけどね。彼は天使、私は悪魔。名前はミカエルってところまで、君と同じ。」
「……仲、悪ぃんだな」
2が、同情のまなざしを向ける。3とは仲良くやっていけそうだと、彼は確信を強めた。悟りきったような、冷めた目で、3は続ける。
「私の翼をもいだのも、私に追手を差し向けているのも、弟だしね。でもそんなことはどうでもいいんだ」
「いやよくねえだろ」
「それよりさらに何かあんのか!?」
3の述懐に1がつっこみ、2が顔を引きつらせる。肯定し、彼は恨みを込めて言い放った。
「私の彼女を何人も略奪したこと、絶対に許さない」
「最悪だな弟!」
その非道な所業に1がドン引きし、
「それは……殴っとけ」
2は、静かに3の肩に手を置いたのだった。
その地では、やせ細った、多くの人間たちが右往左往していた。彼らは、死人であり、生前に罪を犯したため、ここに放り込まれ、罰せられている。
そう。ここは、地獄だった。
死んだ罪人たちの行きつく先であり、悪魔たちの住処でもあるその地の中央に、巨大な神殿……万魔殿が存在する。神殿と言っても、天界にいる神を崇めているのではない。悪魔たちが跪くのは、彼らの王である。
魔王ルシファー……地獄の君主であり、最高位の悪魔である彼は、神殿内部の、執務室にいた。書斎机に頬杖をついているのは、先日、異世界に召喚されたうちの細身の青年……2だった。
(……わけのわからねえ世界に召喚されて、妙なやつらに出会って。しかも、そいつらが俺と同じ名前で……)
視線を虚空に漂わせ、先日の体験について思い起こす、2。そんな彼に、同室で仕事をしている同僚が声をかけてきた。
ドレッドヘアの、ゴーグルをかけた個性的な出で立ちの同僚は、外見年齢は2と大差ない。
「おい、どうしたんだ、ぼーっとして」
「……別に、何でもねえ」
気遣わしげな表情の同僚に、2は力なく首を振る。その様子に、同僚が苦笑した。
「お前、また厄介ごとに首つっこんでるだろ」
「そういうわけじゃねえよ、……終わったことだし」
2の答えは、そっけない。彼が特に気になっているのは、異世界で出会った美貌の青年……3のことだった。
(……あいつ、寂しそうな目をしてたな……)
2は、かつては天使長で、神に反旗を翻して悪魔たちの王になった、あのルシファー当人である。
彼は、堕天して以降、神やヒトに忌み嫌われた者たちを保護下に入れてきた。それがいつの間にか、この世界では彼の役割ということになっていた。
神に見捨てられた者は、自分の取り分。部下は親身になって世話をするのが彼のやり方だった。
3は、2が仲間に引き入れてきた多くの者たちとよく似た表情をしていた。長年の経験から、ああいう手合いはどうも気になってしまう。声をかけて、関わって、仲間にして……居場所をつくってやりたくなる。
「まあ、どうしても気になることがあるなら、思いきり関わっちまえよ。足りない分は、俺らがフォローするからさ」
思い悩む2のくせっ毛を、同僚がくしゃくしゃ、となでる。地獄の王ルシファーに対し、あるまじき不敬だが、この同僚は、2にとっては、天界にいた頃からの付き合いの、無二の親友だった。昔からこうされていたので、このテの扱いには慣れてしまったともいえる。
「……ちょっと、行ってくるわ」
親友に背中を押され、2は再びあの異世界へ行くことを決意した。
異次元へ通じる道を構成し、先日の記憶を頼りに、曖昧な空間を突き進んでいく。3がいるかどうかはわからないけれど、気になることはとりあえずやるのが彼の方針だった。
2が転移したのは、先日と同じく、異世界の街・ナンナルの屋敷の一室だった。階段を下りていくと、人の気配を感じる。玄関に近いところにある広間のドアを、2は勢いよく開けた。
「あれ?来たのか」
「……何やってんだお前」
室内に入るなり3に声をかけられ、2は大いに困惑する羽目になった。
何もなかったはずの広間が、がらりと様変わりしている。
部屋のあちこちに、本棚や食器棚などの家具が、昔からあったかのように配置されていた。
そして最大の違和感の正体は、目の前に置かれているソファーの存在だ。
一人で座るには大きすぎる、革製の黒いソファーと、ガラス製のテーブル。その中心に鎮座する3。その両脇に美女。
昼間から酒はまずいと思ってのことか、テーブルに並んでいるのは紅茶と菓子類だったが、そんなことはどうでもいい。
「何って……見ればわかるだろう?女遊びだよ」
「俺が聞きてえのはそういうことじゃねえよ」
2から冷視線を浴びせられ、さすがに彼の不機嫌を察した3は、おどおどしながら言い訳を始めた。
「いや……ね、あの後、この世界のことがやっぱり気になって、もう少し調べてみようと思って、戻ってきたんだ。それで、ここって神がいないだろう?つまり何やっても自由ってわけで」
「で、好き勝手やってると」
「ナンパとか久々にしたよ。追手を気にしなくていいって、ホント気楽だね」
美女たちを交互に見て、3が愉快そうに笑う。意外とたくましい3に、2は拍子抜けした。自分が何かをしてやらなくても彼はちゃんと生きていけそうだ。
「まあ、楽しそうで良かったな」
気が抜けて、投げやりな対応をする2だが、3の弁解は続く。
「そんな呆れた顔をしないでよ。彼よりはまだ自制してやってるつもりなんだから」
「彼?」
「そう、この間の彼。私と君の他に、もう一人いただろう?」
3の言葉で、2は1のことを今さら思い出した。保護欲をかきたてられなかったせいか、彼のことをすっかり忘れていた。
「そいつがどうかしたのか?」
「彼、この世界を征服するんだってさ。今ごろどこかに拠点でも築いてるんじゃないかな?」
「……マジでか!?」
2が身を乗り出し、3が頷く。次の瞬間、2は、あわてて屋敷を飛び出して行った。
場面変わって、街から離れた人気のない荒野。巨大な魔方陣が地表に刻まれ、その前に1が立っている。魔方陣の上では、膨大なエネルギーが、開放を求めて渦巻いていた。
「さて……ひと暴れしてやるか」
「何やってんだてめえは」
「うご!?」
不敵に笑った直後、背後から蹴られて態勢を崩す1。振り返ると、そこには翼を生やした2が、仁王立ちしていた。
「何しやがる!……って、お前か」
「聞いてるのは俺だろ」
1に対する2の反応は、冷淡だった。舌打ちし、1は魔方陣を指し示す。
「何って、決まってんだろうが、世界征服だよ。こっから手下を召喚して暴れてやれば、こんな世界簡単に落とせるだろ?」
「それから?」
「原住民は皆殺し……いや、労働力として確保しとくか。ここに第ニの地獄を築くってのも悪かねえな」
「てめえ……」
ほくそ笑む1を前にして、2は怒りを押し殺し、唸る。その身体が、淡い光を帯び始めていた。2を挑発するように、1が嘲笑う。
「あぁ?何だよ、その面。気に食わねえのか?それとも、もしかしてびびってんの?」
「は?」
2が、牙を剥く。両者のオーラの高まりに呼応して、大地が震え、小石が浮き上がる。
「ああ、そうだった。お前と、あともう一人な。もう一度会ったらやりたいことがあったんだった」
1が、ふいに2に向かって拳を突き出した。高速で放たれた一撃を、2は紙一重でかわす。
「!」
翼をはためかせ、距離をとる2。1は、そんな彼に指を突き付け、宣言した。
「お前らごときが俺様と同じ名前なんて不愉快なんだよ。ぶっ潰してやる」
「奇遇だな。俺も今、そんな気分だ」
1の宣戦布告に応じ、2も戦闘態勢をとる。そのまま、彼らは全力で殴り合いを開始した。
二人の戦いの場から少し離れた荒野のある地点を、バイクに乗った3が、颯爽と駆け抜けていく。愛車を元の世界から持ち込んだらしい。しばらくすると、彼は開けた場所に到着した。その真ん中で、1と2が大の字に倒れていた。あちらこちらに見受けられる巨大なクレーターが、戦いの激しさを物語っている。1が作成した魔方陣は、戦いの衝撃で吹き飛んでいた。
「……はあっ……はあっ……」
起き上がれないままで、2が激しく胸を上下させる。とてもではないが、動けそうにない。
そして、それは1も同じだった。顔だけこちらに向けて、笑いかけてくる。
「……お前……やるじゃねえか」
「……お前もな」
お互いの健闘をたたえ合う、二人。さわやかな風が、吹き抜けて行った。
「この俺様を相手に、ここまでやれる奴がいるとはな……。これほど、ガチで殴りあったのは久々だぜ」
「……俺も」
1と2は、青空を見上げる。そんな彼らに、近づいてくる者がいた。
「あ、いたいた、やっと見つけた」
美貌の青年が、二人の顔を覗き込んでくる。それが3であることに気づき、1は息を飲んだ。
「……お前……」
「ふふ、こうなってるんじゃないかと思ったよ」
3が、にっこりと微笑む。彼の態度に含みがあるような気がして、1は無理やり身を起こした。今、攻撃を受けたら、彼とて危ない。彼ら二人にとどめを刺せば、3の一人勝ちである。
「ほら、喉乾いてるだろう?」
警戒する1の前に差し出されたのは、水だった。純粋な善意によるものかを判断しかね、1は躊躇する。
「ありがとよ」
1の逡巡をよそに、2は、3から受け取った水をあっさりと飲み干した。毒物が入っているとかそういうことは一切疑っていないらしい。
「まだあるから遠慮しなくていいよ。酒もつまみも持ってきたし」
「お、気が利くな、お前」
「いい機会だからね。君たちのことも知っておきたくてさ。腹を割って、話をしよう」
水が入ったグラスを地面に置いて、3は肩の荷物を下ろし、漁り始めた。酒のビンらしきものや、干し肉やナッツ類の入った袋などが、次々と並べられる。
「おぉ、大量にあるのな。お前、これどうやって持ってきたんだよ。飛べねえんだろ?」
「うん。だから、バイクで来た」
3が、少し離れたところに停めてある単車を、指さした。陸続きのところにいてくれて助かったよ、と付け加える。
「ほー、お前、バイク乗りか」
「翼がないから、陸路で移動するしかないからね。 重宝してるよ」
和やかに談笑する2と3を見て、1はばかばかしくなり、脱力した。水を一気に煽り、3にグラスを向ける。
「……拍子抜けしちまった。酒よこせ、俺様も飲む」
うれしそうにうなずいて、3は、酒を注いだ。
とにかく飲む1、がつがつ食べる2、そんな二人を見つつマイペースな3。ある程度、腹が落ち着いてくれば、会話をする余裕も出てくる。グラスから顔を離し、1が2に話しかけた。
「お前、地獄のどこ出身よ。お前みたいなやつがいるなんて聞いたことねえぞ?」
「ハァ?がっつり中央だっつの。地獄の支配者だっつーの。何で知らねえんだよ」
「寝言言ってんじゃねえよ、地獄の支配者は俺様だろーが!」
にらみ合う、1と2。険悪になりつつある空気を破ったのは、3だった。
「……そのことなんだけど」
「「あぁ!?」」
八つ当たり気味に、1と2が同時に3の方へ振り向く。その剣幕に全く怯えることなく、3は続けた。
「この世界が異世界であるように、私たちが元いた世界も、それぞれ違うところなんじゃないかな?」
「平行世界ってやつか?」
3の推測に、2が関心を示す。そういう世界があるかもしれないということを、彼も聞いたことがあった。それは、都市伝説だったり、異教の神々の体験談だったりするのだが。
「あー、それなら合点がいくな。悪魔のくせに俺様のこと知らねえとかありえねえから」
1も頷いて、グラスの中身を飲み干した。それはこっちの台詞だ、と2は胸中で毒づく。
「似たような世界で暮らしていた、似たような立場の私たちが、一体何のためにここに呼ばれたのか……。そもそも、誰が呼んだのかすらわかっていない」
「こういう妙なことするのはアレだ、どうせ神だろ。思いつきで創った妙な世界に適当に俺らを放り込んでみた、とか」
3が首をかしげる横で、2は、適当な予測を立てた。神、という単語に、二人が渋い顔になる。
「ありえねえとも言いきれねえな。ふざけやがって」
「確かに。君たちの世界でも彼はそんな感じなのか……」
冗談交じりの発言を真剣に受け取られ、2は鼻白む。二人の世界の神は、彼の世界のそれより意地が悪いのかもしれない。何となく気まずいので、2は話題を変えることにした。
「俺とこいつは大体似たような状況なんだろうけど、お前だけ何かちがくね?翼がないとか、一人で旅してるとか」
とりあえず、疑問に思ったことを3に聞いてみる。他にも、悪魔召喚を知らなかったりと、彼は他の二人とは相違点が多い。
「……実は、私自身もよくわかっていないんだ」
「は?」
3が、沈んだ表情で首を振る。
「記憶があやふやなんだよ。仲間とともに、神と対立して……たぶん、負けたんだと思う。その時に何かされたのかな、気がついたら人間界を放浪していた。天界からの使者に追われながら、ずっとね」
「他のやつらはどうした?」
「探しているんだけどね、見つからないんだ。みんな、捕縛されてしまったのかな……」
「…………」
3の、想像以上に過酷な境遇に、2は言葉を失った。天使長でいたときも、堕天したときも、彼には仲間がいた。たった独りであてもなく人間界を彷徨うなど、完全に苦行の域である。
「つまりは詰んでる状態ってことかよ。情けねえな」
黙りこくる2に代わり、1が揶揄するように3を見る。
「君のところはどうだい?」
「景気はいいぜ。ルシファーである俺様に、全ての悪魔が絶対服従だ」
3に問われ、1は胸を張った。彼は、現状に満足しているようだ。
「天界とはどうだよ?」
「天界か?人間界を挟んで、たまに交戦するって感じだな。あまり接点がねえ。地獄内部のやつらの方が厄介だな」
「権力争いでもしているのかい?」
「地獄は実力主義だからな。俺様を引きずり降ろして自分がトップに立とうとか、そんなやつは吐いて捨てるほどいる」
2と3に交互に尋ねられ、1は自慢げに返す。自分と彼の違いを、2はうすうすと感じ始めていた。
「部下と信頼関係が築けてねえだけだろ。不満とか、ちゃんと解消してやってるのか?」
「はぁ?んなことするわけねえだろが、俺様のやり方が気に入らねえ奴は潰すだけだ」
2の苦言を、1が一笑に付す。よほど自分に自信があるのか、考えなしなだけなのか。後者だろうな、と2は思った。
「……身内くらいは大事にしろよ。足元すくわれるぞ」
「その程度で消えるようなら、大したやつじゃねえってことだ。お前はどうなんだよ」
今度は、1が2に問い返される。しばし考えた後、彼は話し始めた。
「膠着状態……いや、共存状態だよ」
「は?共存?」
「いわゆる、共同支配ってやつか。天界に見捨てられたやつらは、俺の取り分。そういうことになってる」
遠い目をする、2。1は、ばかにしたようにせせら笑う。
「厄介者のゴミを押しつけられてるだけじゃねえか、何が共同支配だよ」
「ちげえよ!価値観が合わないだけだ、ごみなんかじゃねえ!」
2が、むきになって反論する。自分のことはともかく、同志をも否定するような発言は、看過できない。そんな2を、3が感心したように見つめて言った。
「君は善き支配者のようだな。部下にも慕われてるだろう?」
「まあな、みんなよくやってくれてる」
3の言葉に、2は機嫌を直す。方針の違いはあるにせよ、彼もまた、己の生き方に誇りを持っていた。二人を挑発するように、1が大げさに肩をすくめる。
「負け犬に、腑抜け。お前らマジで改名しろや。ルシファーを名乗る資格なし」
「んだとこの野郎!」
「まあまあ。君が自分の名前に誇りを持つように、私にも、この名前に対して思うところはあるんだよ。名を変えたところで、結局は私は私だ。違う自分にはなれない」
またケンカを始めた二人を、3がとりなす。
「…………」
「…………ちっ」
1と2は、お互い顔を背け、ほぼ同時にグラスに手をかけて、中の液体をあおった。
そして、三人は気まずい空気のまま飲み続ける。放り出して帰ることもできるが、逃げたと思われるような気がして何となく気に入らない。まずい酒である。それでも、酔いが回れば眠くもなる。一眠りして、ふと目を覚ました2は、物憂げに考え事をしている3に気づいた。
「……あー……つい、寝ちまったか」
「起きたのか。まだ暗いよ、もう少し寝てたら?」
けだるそうに身を起こす2を、3が優しく気遣う。暗闇はだいぶ薄らいできているが、朝になるまでにはまだ時間がありそうだった。
「お前、まさかずっと起きてたのか?」
「いや、少しは寝たよ。君たちよりは疲れていないだけだ」
大の字で爆睡中の1にちら、と視線を向けて、3は苦笑した。豪快にいびきをかく様が、いっそ清々しい。
「……よく寝てるねえ」
「散々敵対宣言しておいて、無防備な姿を晒すとか……こいつ、実はバカだろ」
心底呆れたように、2が吐き捨てる。ちょっとやそっとでは、1が起きることはなさそうである。油性ペンでもあれば落書きしてやるのに、と2は悔しく思った。
「自分に自信があるんだろうね。まあ、あれだけの力があればそれもうなずけるかな」
周囲の破壊跡を見渡しながら、3がしみじみと言う。地面のあちこちに巨大なクレーターがつくられ、何メートルもある岩壁が消し飛んだ形跡もある。これだけ甚大な被害をもたらしたにも関わらず、当の1と2は無傷、という始末である。
「大したことねえよ、こんな奴……次はぶっ飛ばす」
3にそう返しつつも、今ここで戦おうという気は2にはない。彼にも、プライドというものがある。1を潰す時は、正面から敗北を認めさせようと、2は心の中で誓った。
「それはそうと……お前、何か考え事でもしてたのか?」
「まあね。この世界のこととか、君たちのこととか、色々と」
「……俺たちのこと……?」
「うん」
頷いて、3は2の顔を覗き込む。その瞳には、彼に対する好奇心と、ほんの少しの羨望が見てとれた。距離の近さに戸惑いつつ、2はごまかすように片手を振った。
「……あー……その、気にすんなよ。俺だって、天界のやつらと戦って、一度は負けたんだし」
「君も、負けたのか?」
意外そうに、3が瞠目する。頷いて、2は己の過去を打ち明けた。
「そうだよ。それで、仲間ともども地獄に堕ちて、そこから這い上がって力をつけてたら、気がついたら大きな派閥になっててよ。
それで、いつの間にか天界のシステムに組み込まれたような状態になったっつーか……」
「ある意味、神に再び認められたってことじゃないか?それって、すごいことだと思うよ」
「そんなんじゃねえよ、あと、俺一人の力じゃねえし、別にすごくねえ」
3の称賛を、2は否定した。それでも、悪い気はしない。そんなふうに肯定的に言われたのは、初めてだった。3が、寂しげに微笑む。
「君にも、彼にもちゃんとした居場所があるんだな。うらやましいよ」
「……ああ、それなんだけどよ、お前……」
「ん?」
「良かったら、俺と」
一緒に来ないか、そう言おうとした直後。話を遮るように、天から光が差した。それは、まるでスポットライトのように、三人を照らし出す。明らかに、自然の陽光とは異なる、不自然な現象だった。
「!」
「あぁ?もう、朝か……?」
驚いて空を見上げる二人。眠そうに目をこする、1。そして、次の瞬間、三方向から銀の鎖が飛んできて、三人に絡みつく。避ける間もなく、彼らは片腕の自由を奪われた。
『邪悪なる者たちよ……天は、お前たちの行いを許さない』
動揺する三人にさらに追い打ちをかけるように、威厳ある声が響き渡る。鎖を引っ張りながら、1が声がする方に鋭い視線を向けた。
「誰だ!姿を見せやがれ!!」
「……この声は……!」
声に聞き覚えがあるような気がして、2が戸惑っていると、白い翼を生やした天使が三体、飛翔してきた。それぞれ、三人をとらえている鎖を持って、上空から彼らを見下ろしている。
「そのまま動くな。動けば、攻撃する」
天使のうちの一人が、彼らに警告する。2が、牙を剥いた。
「何の用だ、てめえら!」
「君の知り合い?」
「俺の世界の天使どもだよ」
「何……?天使だあ?」
3の問いに、天使たちから視線を外さないままで2が答える。それを聞いて、1はさらに警戒を強めた。
「そ。ちなみに、女がガブリエル、ヒゲがラファエル、ハゲがウリエルな」
「へえ……君のところの彼らは、ああいう感じなんだ」
2の大ざっぱな紹介を聞いて、3が天使たちをしげしげと見つめた。2の、特徴をあまりに的確にとらえ過ぎた説明に、天使たちはムっとした表情を見せた。
「ルシファーよ。悪魔の王たるお前が、こんなところで破壊活動とはな。しかし、我々の目はごまかせないぞ」
立派な口ひげを生やした天使……ラファエルが、厳かに告げる。当然、彼の視線の先にいるのは2である。
「破壊活動?」
「とぼけるな、元は美しい園であったはずのこの地を、魔の力で穢しただろう!」
2の反応を、あなどりと受け取ったガブリエルが、激怒する。紅一点の彼女は、長い髪を二つに結い、目鼻立ちがくっきりとした、気が強そうな印象だ。
「ああ、そういえば君たち、けっこう派手に暴れたものね。でもここ、もともと荒野だったよ?」
「黙れ悪魔め!」
3の発言は、彼女の怒りを更に煽ってしまったらしい。ガブリエルは、3に非難の視線を向け……彼に笑いかけられて、頬を染めてそっぽを向いた。3の美貌は、天使に対しても有効なものらしい。
「何だよお前ら……で、結局何しにきたんだ?」
2が、心底面倒だと言うように、天使たちに尋ねる。代表として、ラファエルがそれに答えた。
「悪魔の王とその仲間に、この地を穢した罰として、天界での強制労働を言い渡すためだ!」
「強制労働だぁ!?」
「労働?捕縛じゃないのか?」
「そうだ。任期を終えたら釈放する」
1と3の問いかけに応じたのは、ウリエルだった。髪を丸刈りにした体格のいい彼は、徹底して無表情である。
「労働はともかく、異世界の天界かあ……」
「何、興味持ってんだお前!おい天使ども、そんなことしてタダですむと思ってんのか!?俺の配下が黙ってねえぞ!」
目を輝かせる3を一喝し、2は天使たちを脅迫する。戦闘力もかなりのものだが、彼の最大の強みは、人脈の広さと、仲間たちとの絆の深さである。天使たちが、かすかにたじろいだ。
「いえ、そこを何とか」
「そうですよ、一日だけでも」
「は?一日?」
ラファエルとガブリエルが、急に下手に出る。2は、訝しげに彼らを見た。
「……ええと、つまり君たちは、この土地が破壊されたことを怒っているわけだよね?」
「おお、話が通じそうなひとがいる……その通りだ。罪もなき大地を理由もなく破壊することは許されない」
3に話しかけられて、ラファエルが胸をなで下ろす。登場した時の威厳は、もはやかけらほどしか残っていなかった。
「ここは、君たちの世界に属する土地なのかな?」
「そんなことは関係ない。すべての世界・すべての生きとし生けるものを我ら天使は祝福する」
管轄ではない世界のことにまで口を出すのか、という3の指摘に、ガブリエルが答える。しばしの黙考の後、3は顔を上げた。
「つまり、ここを元通りにしたら許してくれると」
「できるものならな」
ウリエルが、ぶっきらぼうに告げる。1が、心底うんざりしたようにため息をついた。首をこき、とならしながら、一歩前に進み出る。
「……ようするに、いちゃもんかよ……しかたねえな、やってやる」
「できるのか?」
「俺を誰だと思ってやがる。……ほらよ」
2に軽口を返し、1が片手を一振りする。次の瞬間、時間が逆再生されるかのように世界が逆戻りし、荒野は彼が魔方陣を描く前にまで戻った。
「…………!」
「これは……!」
「ま、こんなもんだろ」
天使たちが、息を呑む。1は、得意げに一笑した。2と3も、あっけにとられて1に注目する。
「時間の操作か。君、すごい力を持ってるね」
「へっ……どうだ、これで文句はねえだろ?さっさとこのうっとうしい鎖を解いて、失せやがれ!」
1が、片腕に絡まったままの鎖を引っ張り、天使たちを恫喝する。天使たちは動揺し、肩を寄せ合ってひそひそと話し始めた。
「……どうしよう……計画が……」
「もう、君が許すなんて言うから!」
「すまん」
ラファエルが青ざめ、ガブリエルがウリエルを責め、ウリエルが素直に謝る。部外者に聞こえないように注意しているつもりのようだが、筒抜けである。
「おいこら、話聞いてんのかてめえら!!」
1が、焦れて鎖を引く手に力を込める。少し引きずられつつ、ラファエルが情けない顔で提案してきた。
「……その……あなたたちは見逃しますので、彼だけ連れて帰るってわけにはいきませんかね?」
「はあ!?何で俺だけ!?」
おずおずと指名され、2が憤慨する。それと同時に、1と3の自由を奪っていた鎖が消滅した。
「俺様は別に構わねえけどな」
手首を回しながら、1が頷く。2は、納得できずに食い下がった。ちなみに、彼の鎖はまだ消えていない。
「何だよそれ、わけわかんねえ!!俺は罪に問われるようなことは何もしてねえぞ!」
「そこを何とか……」
「一日だけでも」
「だから何なんだよそれは!!」
2が、鎖が絡んだ手を思いきり横に振った。鎖の片側を持っていたウリエルが、無表情のまま振り回される。他の天使たちが、あわてて両脇から彼を支えた。そのシュールな光景を見物しつつ、3がぽん、と手を打つ。
「……あ、もしかして」
「「「ぎく」」」
「君たちの目的って、この世界とかはどうでも良くて、彼を天界に連れて行くこと? 」
3の推測に、三天使が動きを止める。どうやら、図星らしい。それを見て、思い当たることがあるのか、2が半眼になった。
「……そういえば、ミカのやつが見当たらねえな。あいつ、どこ行った」
「ミカエルは……今日も今日とて、天界で仕事ですよ」
ガブリエルが、遠い目をする。遥か遠い空の下にいる彼らのリーダーに、思いを馳せているのだろうか。
「天界での激務の中、それでもふとしたときに彼は兄であるあなたのことを思い、身を案じています」
ラファエルが、痛ましげに俯く。その眼差しは、現状を真剣に憂いていた。
「そんな彼に、兄弟水入らずのひと時をプレゼントする。それが我々の計画だ」
ウリエルが、力強く断言する。表情に変化はないものの、彼の誠実さが伺われた。
「お願いします!一日でいいので、天界に帰ってください!!」
「アホかお前ら―――!!!」
ガブリエルのすがるような嘆願を、2は怒声とともにつっぱねた。今までの前ふりを見事に台無しにされ、ガブリエルが目を吊り上げる。
「アホはあなたですよ!彼がどれだけあなたのことを心配していると思ってるんですか!
あなたを意識するあまり、あなたのファッションやら悪魔っぽい文化やらに傾倒するようになって、最近ではいつ堕天するか心配でならないんです!」
「それは単なるあいつの趣味だろ!ていうか、今更会っても気まずいだけで、俺もあいつもうれしくないっつーの!よその兄弟事情なんかほっとけ!!」
「どうしてあなたは意地を張るんですか!おにいちゃんでしょう!?」
「うるせええええ!!部外者が口出しすんなあああ!!」
ラファエルの一言がとどめになったのだろう。2は、完全にへそを曲げてしまった。苛立ちまぎれに、2が鎖を振り回し、三天使も負けじと踏みとどまる。
「…………」
ぎゃあぎゃあとわめき合う2と天使たちを見物していた3が、ふいにゆらりと立ち上がった。跪いて大地に触れ、全身から光を放ち始める。
「…………?」
「一体何を……?」
ただならぬ気配に、天使たちが眉をひそめる。それには答えず、3は呟いた。
「……最大浄化」
そして、全てが光に包まれた。眩しさに視界を一瞬奪われた後、その場にいた全員が、言葉を失った。荒野が、緑なす大地に変化していた。花が咲き乱れ、どこからか小川が流れていく。ただ、そこに鳥などの生物は見当たらなかった。元は草木がまばらな荒地だったのだから、無理もないだろう。天使たちも1と2も絶句する中、3がゆっくりと立ち上がり、空中へと目を向けた。彼からどす黒いオーラを感じ、天使たちが後ずさる。
「……このくらいが、この地にとっての限界かな。天上には遥か及ばないが、美しい景色だろう?……何か、不満な点はあるかい?」
3が、両腕を広げる。一見、絶景を讃え、微笑んでいるかのようであるが、目は笑っていない。
「いや、その……あなたは……」
「ないなら帰って」
「え、でも」
ラファエルに、3がすげなく返す。戸惑うガブリエルに、彼はきっぱりと言い放った。
「いいから帰って」
荒野に突如現れた、不自然な花園。そこで、三人は異世界で初めての朝を迎えた。光を差し掛けるそれが、太陽かどうかはわからないが、深くは考えないことにする。
3の剣幕に押され、天使たちは2の鎖を解いて退場していった。やや呆然としながら、1が口を開く。
「あいつら、泣いてたな……いい気味っつーか、何かこっちまで呆けちまったぜ」
「まあ、助かったよ、ありがとな」
「どういたしまして。」
2に礼を言われ、3が笑顔で応じる。その表情には、先ほどのような黒い影がない。
「けどよ、何でお前、いきなり協力的になったんだ?あのまま放っといても害はなかったじゃねえか」
「俺にはあるだろうが、実害!」
1の疑問に、2が反論した。あのまま3が何もしなければ、彼は天界に連れていかれたであろう。
「兄弟で仲良くするなんて無理だよ」
3が、さらりと断定する。その発言には、実感がこもっていた。
「……あ、もしかしてお前も弟いるの?」
「うん。双子の弟なんだけどね。彼は天使、私は悪魔。名前はミカエルってところまで、君と同じ。」
「……仲、悪ぃんだな」
2が、同情のまなざしを向ける。3とは仲良くやっていけそうだと、彼は確信を強めた。悟りきったような、冷めた目で、3は続ける。
「私の翼をもいだのも、私に追手を差し向けているのも、弟だしね。でもそんなことはどうでもいいんだ」
「いやよくねえだろ」
「それよりさらに何かあんのか!?」
3の述懐に1がつっこみ、2が顔を引きつらせる。肯定し、彼は恨みを込めて言い放った。
「私の彼女を何人も略奪したこと、絶対に許さない」
「最悪だな弟!」
その非道な所業に1がドン引きし、
「それは……殴っとけ」
2は、静かに3の肩に手を置いたのだった。
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