L-Triangle!1-8
- 2014/02/10
- 15:39
建物は、床がところどころ抜け落ちているほど、古いものだった。2が玄関のホールに立ち入ると、神聖な結界が廃墟を包み込んだ。
「……くだらねえ小細工なんかやってねえで、姿を見せろ!」
結界の影響により不快な耳鳴りを感じ、2が声を張り上げる。ほどなくして、多数の気配がホールに現れた。
「神が直接清められた聖水を全身に受け、この結界の中でも動き回れるとは……大したものね」
嘲りの声がホールに響いた直後、天界の追手が、ずらりと並んで彼を取り囲んでいた。追手たちを付き従えるようにして、2に聖水を浴びせた少女が前に進み出る。その表情は、出会った時の気弱な様子とは真逆だった。
「あっ……!!」
少女の横で、追手のひとりに捕えられている少年1……ピリポが、2の姿を目にし、息を飲んだ。人質が無事であることを確認し、2は少女を睨みつける。
「……てめえが、天界の手先か」
「私の名はセラフィエル。覚えておきなさい」
「セラフィエル……貧相な姿の割には高位の天使じゃねえか」
「なんですって!?」
2の揶揄するような態度に、セラフィエルが気色ばむ。2の世界では、セラフィエルは2ミカたちと並ぶほど位が高い天使である。
「……もっとも、俺の相手をするには全然足りねえけどなあ……?」
「……こ、これは……!?」
2の気迫に、セラフィエルが後ずさる。高身長ではあるが、自分に負けず劣らず貧弱な体格の目の前の男から、なぜこれほどの威圧感を感じるのか、彼女には理解できない。
「とりあえず、関係ねえガキを巻き込むな。本気出せねえだろうが」
2が、人質状態の少年に近づく。戦力差が圧倒的であり、人質までいるという不利な状況を、目の前の男は気にも留めていない。セラフィエルにとって、これは予想外の事態だった。
「そ、その子がどうなってもいいの!?」
「ああ、いいさ。俺は聖人君子でも勇者様でもねえからな」
セラフィエルの脅迫を、2は歯牙にもかけなかった。思わぬ誤算に、彼女は狼狽する。3に共感したのだから、目の前の男も理想を追い求めるだけのお人好しな軟弱者だと思っていたのだ。
「お前たち、その子を……!」
セラフィエルは、追手たちに指示を出そうして、自分の体の自由がきかないことに気づく。いつの間にか、2が呪縛の術を発動させていたらしい。彼女の足元で、魔方陣が赤い光を放っている。
「ガキを寄越せ。手間取らせるな」
焦る彼女を無視して、2は少年を拘束している追手に命じる。己の意志を持たない追手は、あっさりと少年を解放した。
「く……っ、どうして、逆らえないの!?こんな、どこの馬の骨かもわからない下賤の者に!!」
「知らねえってのは、幸せなこった」
悔しげに歯噛みするセラフィエルに、2は肩をすくめる。
「兄ちゃん!!」
「平気か?ダチに礼を言っとけよ」
目に涙をためて、ピリポがしがみついてくる。よほど不安だったのだろう、小さな指を彼のシャツに食い込ませ、離そうとしない。
「こ、怖かったよぉ……!」
「おい、こら、抱きつくな……て……」
2が、ピリポの扱いに戸惑っていると、ふいに彼は動きを止めた。2の体に手を当て、呟く。
「……最大浄化」
「!!」
ピリポの全身から放たれた光の奔流が、2に直撃した。
「ぐおおおおおお!!」
聖水の比ではない激痛を感じ、2が悶える。ピリポは、くずおれる2から離れ、セラフィエルを見据えた。
「とんだ失態だな、セラフィエル」
「申し訳ございません……ミカエル様」
傲然と構える少年に、セラフィエルは頭を垂れた。2の呪縛の術は、この時点で霧散している。
「万が一のことを考えて、この少年の体内に身を潜めていて正解だったな。兄さんが見込んだだけあって、かなりの力を持つ悪魔のようだ」
床に転がって、苦痛に震える2を、3の世界のミカエル……3ミカは見下した。浄化の光は、絶えることなく2の体を苛み続けている。
「この者は一体何者ですか?なぜ、これほどまでの力を……」
訝しげに2を監視するセラフィエルに対し、3ミカはさほど興味もなさそうに答える。
「さあな。だが、神の前では無力なものだ。……いや、私の前では、か」
「う……っ」
「しぶといやつだな」
うめき声を漏らす2が心底目障りであるというように、3ミカは吐き捨てた。
「……お前は、浄化されて魂の欠片も残さず消滅するのだ。この私が自ら裁きを下すことを、光栄に思うがいい」
2をせせら笑い、ミカエルは独白する。
「……お前のことを、兄さんはどれほど大切に思っているだろうな?そして、お前を失ったと知ったら、兄さんはどんな顔をするだろう。ああ……今から、楽しみで仕方がない」
愛する者のことを語るように恍惚の表情を浮かべる、3ミカ。
先発隊として異世界に送ったアスタロトが、3の捕縛に失敗しただけでなく、どういうわけか元の姿に戻ったことを3ミカ達が知ったのは、3が2ミカを誘って酒宴を開いた数日後のことだった。
それからだいぶ日があったにも関わらず今まで彼らを放置していたのには、理由があった。
ひとつは、この世界の状況を把握すること。この世界に天界が存在しないということは、すでに3ミカ達も知っていた。そのため、外部からの干渉を恐れず行動できることを彼らは確信する。
もうひとつは、兄にできるだけ幸せな時間を過ごさせ、後に絶望させること。
3に希望を持たせるために、3ミカは今まで彼らを放置していたのだ。気が遠くなるほど長い孤独を味わった3にとって、1や2、街の人たちとの交流は、この上ない至福の時だったに違いない。その中でも、同じ価値観を共有できるアスタロトは、3にとってかけがえのない存在になることは明白だつた。時間が経てば経つほどに、彼らとの絆は強固なものとなる。
大切な存在となった1と2、それにアスタロトを失ったら、3はどれほど心を痛めることだろう。そう考えただけで、3ミカは眩暈がするほどの陶酔を覚えるのだった。
「お前を始末したら、次はアスタロトだ。運良く元に戻れたようだが、兄さんの目の前で惨たらしく殺してやる」
うっとりと呟き、3ミカは残忍な笑みを浮かべる。その顔は、極上の獲物を弱らせ、喰らいつこうとする寸前の肉食獣そのものだった。
「に、兄ちゃん……!」
彼の内部で、肉体を乗っ取られたピリポが、苦悶の声を上げる。うるさそうに、3ミカは眉をひそめた。
「おとなしく眠っていろ、少年よ。今のお前の体の主は、この私だ」
「た、たすけて……」
「黙れ」
「助けて、勇者様!!」
ピリポの魂の叫びが2に届いた瞬間、彼を取り巻いている浄化の光が、一層激しさを増した。
「……これは……?」
訝る3ミカをよそに、2の体が、ふわりと浮きあがる。ピリポだけではなく、不安に怯える街の人々の祈りを、彼は聞いていた。
―――祈りなさい。神は、人々の声を聞き、救いの天使を遣わせる。
「……くだらねえ小細工なんかやってねえで、姿を見せろ!」
結界の影響により不快な耳鳴りを感じ、2が声を張り上げる。ほどなくして、多数の気配がホールに現れた。
「神が直接清められた聖水を全身に受け、この結界の中でも動き回れるとは……大したものね」
嘲りの声がホールに響いた直後、天界の追手が、ずらりと並んで彼を取り囲んでいた。追手たちを付き従えるようにして、2に聖水を浴びせた少女が前に進み出る。その表情は、出会った時の気弱な様子とは真逆だった。
「あっ……!!」
少女の横で、追手のひとりに捕えられている少年1……ピリポが、2の姿を目にし、息を飲んだ。人質が無事であることを確認し、2は少女を睨みつける。
「……てめえが、天界の手先か」
「私の名はセラフィエル。覚えておきなさい」
「セラフィエル……貧相な姿の割には高位の天使じゃねえか」
「なんですって!?」
2の揶揄するような態度に、セラフィエルが気色ばむ。2の世界では、セラフィエルは2ミカたちと並ぶほど位が高い天使である。
「……もっとも、俺の相手をするには全然足りねえけどなあ……?」
「……こ、これは……!?」
2の気迫に、セラフィエルが後ずさる。高身長ではあるが、自分に負けず劣らず貧弱な体格の目の前の男から、なぜこれほどの威圧感を感じるのか、彼女には理解できない。
「とりあえず、関係ねえガキを巻き込むな。本気出せねえだろうが」
2が、人質状態の少年に近づく。戦力差が圧倒的であり、人質までいるという不利な状況を、目の前の男は気にも留めていない。セラフィエルにとって、これは予想外の事態だった。
「そ、その子がどうなってもいいの!?」
「ああ、いいさ。俺は聖人君子でも勇者様でもねえからな」
セラフィエルの脅迫を、2は歯牙にもかけなかった。思わぬ誤算に、彼女は狼狽する。3に共感したのだから、目の前の男も理想を追い求めるだけのお人好しな軟弱者だと思っていたのだ。
「お前たち、その子を……!」
セラフィエルは、追手たちに指示を出そうして、自分の体の自由がきかないことに気づく。いつの間にか、2が呪縛の術を発動させていたらしい。彼女の足元で、魔方陣が赤い光を放っている。
「ガキを寄越せ。手間取らせるな」
焦る彼女を無視して、2は少年を拘束している追手に命じる。己の意志を持たない追手は、あっさりと少年を解放した。
「く……っ、どうして、逆らえないの!?こんな、どこの馬の骨かもわからない下賤の者に!!」
「知らねえってのは、幸せなこった」
悔しげに歯噛みするセラフィエルに、2は肩をすくめる。
「兄ちゃん!!」
「平気か?ダチに礼を言っとけよ」
目に涙をためて、ピリポがしがみついてくる。よほど不安だったのだろう、小さな指を彼のシャツに食い込ませ、離そうとしない。
「こ、怖かったよぉ……!」
「おい、こら、抱きつくな……て……」
2が、ピリポの扱いに戸惑っていると、ふいに彼は動きを止めた。2の体に手を当て、呟く。
「……最大浄化」
「!!」
ピリポの全身から放たれた光の奔流が、2に直撃した。
「ぐおおおおおお!!」
聖水の比ではない激痛を感じ、2が悶える。ピリポは、くずおれる2から離れ、セラフィエルを見据えた。
「とんだ失態だな、セラフィエル」
「申し訳ございません……ミカエル様」
傲然と構える少年に、セラフィエルは頭を垂れた。2の呪縛の術は、この時点で霧散している。
「万が一のことを考えて、この少年の体内に身を潜めていて正解だったな。兄さんが見込んだだけあって、かなりの力を持つ悪魔のようだ」
床に転がって、苦痛に震える2を、3の世界のミカエル……3ミカは見下した。浄化の光は、絶えることなく2の体を苛み続けている。
「この者は一体何者ですか?なぜ、これほどまでの力を……」
訝しげに2を監視するセラフィエルに対し、3ミカはさほど興味もなさそうに答える。
「さあな。だが、神の前では無力なものだ。……いや、私の前では、か」
「う……っ」
「しぶといやつだな」
うめき声を漏らす2が心底目障りであるというように、3ミカは吐き捨てた。
「……お前は、浄化されて魂の欠片も残さず消滅するのだ。この私が自ら裁きを下すことを、光栄に思うがいい」
2をせせら笑い、ミカエルは独白する。
「……お前のことを、兄さんはどれほど大切に思っているだろうな?そして、お前を失ったと知ったら、兄さんはどんな顔をするだろう。ああ……今から、楽しみで仕方がない」
愛する者のことを語るように恍惚の表情を浮かべる、3ミカ。
先発隊として異世界に送ったアスタロトが、3の捕縛に失敗しただけでなく、どういうわけか元の姿に戻ったことを3ミカ達が知ったのは、3が2ミカを誘って酒宴を開いた数日後のことだった。
それからだいぶ日があったにも関わらず今まで彼らを放置していたのには、理由があった。
ひとつは、この世界の状況を把握すること。この世界に天界が存在しないということは、すでに3ミカ達も知っていた。そのため、外部からの干渉を恐れず行動できることを彼らは確信する。
もうひとつは、兄にできるだけ幸せな時間を過ごさせ、後に絶望させること。
3に希望を持たせるために、3ミカは今まで彼らを放置していたのだ。気が遠くなるほど長い孤独を味わった3にとって、1や2、街の人たちとの交流は、この上ない至福の時だったに違いない。その中でも、同じ価値観を共有できるアスタロトは、3にとってかけがえのない存在になることは明白だつた。時間が経てば経つほどに、彼らとの絆は強固なものとなる。
大切な存在となった1と2、それにアスタロトを失ったら、3はどれほど心を痛めることだろう。そう考えただけで、3ミカは眩暈がするほどの陶酔を覚えるのだった。
「お前を始末したら、次はアスタロトだ。運良く元に戻れたようだが、兄さんの目の前で惨たらしく殺してやる」
うっとりと呟き、3ミカは残忍な笑みを浮かべる。その顔は、極上の獲物を弱らせ、喰らいつこうとする寸前の肉食獣そのものだった。
「に、兄ちゃん……!」
彼の内部で、肉体を乗っ取られたピリポが、苦悶の声を上げる。うるさそうに、3ミカは眉をひそめた。
「おとなしく眠っていろ、少年よ。今のお前の体の主は、この私だ」
「た、たすけて……」
「黙れ」
「助けて、勇者様!!」
ピリポの魂の叫びが2に届いた瞬間、彼を取り巻いている浄化の光が、一層激しさを増した。
「……これは……?」
訝る3ミカをよそに、2の体が、ふわりと浮きあがる。ピリポだけではなく、不安に怯える街の人々の祈りを、彼は聞いていた。
―――祈りなさい。神は、人々の声を聞き、救いの天使を遣わせる。
スポンサーサイト