L-Triangle!1-9(完結)
- 2014/02/10
- 15:47
光が、弾け飛んだ。驚愕する周囲を前に、2がゆっくりと立ち上がる。銀の鎧を身にまとい、背には、優美な3対の翼。その姿は、天使たちが気圧されるほどに、美しい。3ミカに憑依されつつもかろうじて自我を保っていたピリポが、歓声を上げた。
「ゆ……勇者様……!勇者様だ!」
「バカな!最大浄化を受けて、消滅しないなど!」
「うお、何だこの恰好……いやに懐かしいじゃねえか」
動揺する周囲とは裏腹に、当の2は顔を引きつらせる。この姿は、彼が堕天する以前、天使長であった頃のそれだった。
「貴様……一体、何者だ!?」
「てめえこそ何なんだよ、ガキなんかにとりつきやがって。おら、とっとと出ろ」
「!!」
2が、ピリポの肩に無造作に手を置いた。冗談であるかのようにあっさりと、3ミカは分離され、少年の体は自由を取り戻す。
「あ……!」
「よし、もう平気だな」
「う、うん」
頭をぽんぽん、と叩かれ、ピリポはこくこくとうなずく。2は、呆然としている3ミカに向き直った。一見すると、髪型や服装が違う以外、3との差は感じられない。だが、この男の瞳には、3にはない冷酷さがあった。それに気づき、2は目つきを鋭くする。
「へえ……。確かに、あいつに似てるな。双子って言ってたか?」
「ミ、ミカエル様……!」
「雑魚は黙ってろ。お前ら全員逃がさねえ」
どうにか平静を取り戻し、3ミカに加勢しようとするセラフィエルに、2はぴしゃりと言い放つ。彼の言うとおり、その場の全員が金縛りにあったように動けずにいた。
「さて、どうやってあいつら呼ぶかなあ……」
あらためて呪縛をかけ直し、2が思案していると、
「その必要はないよ」
声がして、3とアスタロトが姿を現した。3ミカが、顔色を変える。
「よお、遅かったな」
「すまない、君を危険な目に遭わせた」
まるで買い物の待ち合わせでもしていたかのような軽い調子の2に対し、3は心底申し訳なさそうに謝罪する。2の外見の変化については、ひとまず置いておくことにした。
「まったく、いい迷惑だぜ」
「まさか、狙いが君だとは思わなかった。それに、こいつが直接来ることも予想外だったな」
「…………」
ばつが悪そうにそっぽを向く3ミカに、3は近づく。穏やかな笑みを浮かべ、彼は弟に声をかけた。
「久しぶりだな、ミカエル」
「……兄さん」
「よし、こっちを見たな。では」
「?」
「歯をくいしばれ、このバカ!!」
穏やかな3らしからぬ怒号が響いた刹那、3の拳が、3ミカの顔面にめり込んでいた。なすすべもなく吹っ飛び、3ミカは転倒する。
「ぐっ……!!」
「ミカエル様!!」
「……おぉ」
予想外の展開に、セラフィエルが悲鳴を上げ、感心したように2は目を見開いた。あっけにとられている周囲をよそに、双子のやりとりは続く。
「無関係な者を、私たちの諍いに巻き込むな!!直接私を狙え!」
「……そのような強力な護りをつけて、よくそんなことが言える」
「は?」
3ミカの指摘に、3の糾弾が止まった。3ミカに指をつきつけるその腕で、2ミカから贈られた腕輪が、光を放っている。
「その護りのせいで、兄さんを視認することすらできなくなった。一体、どこで手に入れたんだ」
「もしかして、私が直接狙われなかったのは、これのせい……?」
腕輪を見ながら、3は2ミカが言っていたことを思い出す。災厄を少しでも避けられるように、という彼の祈りは、効果覿面だったようだ。
「何だ?どうかしたか?」
「いや、何でもないよ」
2に気づかれないように、3はあわててとりつくろった。2ミカとコンタクトをとったことが知れたら、ただでさえややこしい現状に、収拾がつかなくなるのは目に見えている。
「……まあ、それがなくても標的はその男だったが」
「何だと?」
3ミカが、2を指さす。即座に、3が咎めるような視線を弟に向けた。
「そいつは、兄さんと関わりを持った。だから無関係ではない」
「どういうことだ」
「兄さんと親しげにする存在なんて、いらないんだよ」
「だからそれはどういうことだと言っている!」
3ミカが何か言うたびに、3の目つきがどんどん険悪になっていく。それに気づかず、3ミカは遠い昔に想いを馳せた。
「兄さんが神に反逆したとき、神は兄さんに試練を与えた。記憶を失い、かつての仲間に追われながら人間界を放浪しても、神に逆らう者たちを救いたいと願うかどうか」
「…………」
3の胸中を、人間界を旅していた際の様々な思い出がよぎる。天界の追手を恐れ、彼を追い出した者たちがいた。彼に嫉妬し、謂れのない悪意を広める者たちがいた。
「その試練を乗り越えたとき、兄さんの意見を認め、罪人たちの牢獄……地獄を創り、そこの支配を任せようと、神は言った」
「……彼が、そんなことを」
神の真意を明かされ、3は息を呑んだ。彼の意見は、完全に拒絶されたわけではなかったのだ。複雑な心境で黙り込む3に構わず、3ミカが悲しげに首を振る。
「だが、私には耐えられなかった。兄さんが天界から堕ち、薄汚い罪人どもの支配者になるなど……!」
「……お前……」
2が、意外そうに3ミカを凝視する。3ミカは、3を憎んでいるものだと思っていたが、違うのかもしれない。
「だから、神に提案したんだ。もし、兄さんが試練に失敗したら、永遠に天界の牢獄に幽閉することを」
「…………ん??」
心底嬉しそうに、3ミカが腕を広げる。話についていけず、2は首をかしげ、3の表情は硬化した。
「誤解しないでくれ、私は兄さんが憎いわけじゃない。兄さんを想ってのことだ」
「…………んん?」
硬直する3の横で、3ミカの意図を理解しようと2が懸命に首をひねっている。3ミカの独演は、まだ止まらない。
「兄さんは優しすぎるんだよ!罪人なんかのために神に反逆するなんて間違っている!今の状態で、十分平和じゃないか!どうして余計なことをするんだ!」
「神に逆らう者が即・処刑される世界のどこが平和だ!罪人にだって、救いは必要だ!」
「そう簡単に救われるのも考えものだが、おおむね同意だな」
3の世界の事情を何となく察し、2がうなずく。3の世界ほど過激ではないが、2の世界も、かつては似たような状態だった。もっとも、長い歴史の中でそれは改善され、今となっては神々や天使の干渉など、ないに等しい状態である。
「目を覚ませ、兄さん!罪人どもは兄さんに寄生して、何ひとつ苦労を伴わない生を求めているだけだ!そんなやつらのために兄さんがつらい思いをすることなんかない!」
3ミカが、3に勢いよく詰め寄る。その独善的な発言に、2が嫌悪感で顔をしかめた。
「うっぜえなあ……本人が好きでやってんだからいいじゃねえか」
「そうだそうだ。誰に手を差し伸べようと、私の自由だ」
2の毒舌に、3が同意する。そんな彼を涙目で睨み据え、3ミカは叫んだ。
「心配しているこっちの身にもなってよ!!」
「うっ……」
3ミカに2ミカの顔がダブって見えて、2は無関係にも関わらずたじろいだ。かつて彼が神に叛逆したとき、弟も考え直すようにと、必死に自分を説得してきた。それを無碍にし、はねつけたのは2自身だ。
「そ、それは……悪かったけど……」
「兄さんが他の誰かのために心を痛め、傷つくのはもう見たくないんだ……」
罪悪感を抱いたか、3の反応も歯切れが悪いものになる。悲壮な表情で、3ミカは続けた。
「だから、私は兄さんに親しげにすり寄ってくるゴミどもを全て消すことにしたんだ。兄さんが絶望して、私以外の誰とも関わりたくないと考えるようにするために」
「???」
兄弟が和解する流れになりつつあったその場の空気は、再び凍りついた。
「言ってることがわからねえ」
正直な感想を述べる2を無視し、3ミカが3の手を取る。3の顔が、引きつった。
「つまり、兄さんは私だけ見ていればいいんだよ」
「やっぱり私、悪くないじゃないか!!」
3ミカの手を振り払い、3は激昂した。申し訳なさそうに、2が問いかける。
「……わりい、やっぱり意味わかんねえんだけど」
「つまり、私を完全に孤立させ、私自身もそれを望むような状態にして永久に監禁したいっていってるんだよこのバカは!!」
「その方が兄さんも幸せだし、私も幸せだよ」
「幸せなのはお前だけだこの変態!!」
ブチ切れた3の罵声が、廃墟に響き渡る。
「愛、歪みすぎです。ミカエル様」
「……俺の弟、こんなんじゃなくて良かった……」
冷めた目で、アスタロトがぽつりとこぼす。3に悪いと思いつつも、2は胸をなでおろしていた。
「兄さんと私は、神に最も美しく完璧な者として創造された。お互い以外に、何もいらないじゃないか。格下の者たちと触れ合おうとする兄さんの神経が、理解できないな」
「理解できないのはお前の脳みそだよ。毎回、私の恋人を横取りしたあげくにあっさり捨てるのは、そういう考えが根底にあったからか!?」
「私になびく時点で大したやつじゃないってことだろう?そんなやつとつき合ったって、幸せになれないよ」
「うるさい!!誰を好きになろうと私の勝手だ!!」
世界の行く末についての議論は、今やバカバカしい兄弟げんかにまでレベルダウンしてしまった。屈折した愛を囁きつつも正論を述べる3ミカに、3が逆切れする。
「……あ、それ、弟の方が正しいこと言ってる気がするぜ」
「外見しか見てないってことですものね」
しらけた空気の中で、無関係な第三者として、2とアスタロトは茶々を入れることに徹していた。それをしっかり聞いていた3が、暗い表情でぼそりと告げる。
「ふふ……きっかけは外見。上等じゃないか。私だって最初は顔と胸から入る」
「……うわ、言っちまった」
3の爆弾発言に、2はツッコミを入れるだけでとどめたものの、アスタロトと、その場にいる唯一の女性であるセラフィエルが無言で引いた。さすがに我に返り、3は咳払いをする。
「……とにかくだ。ミカエル、私はお前の思い通りにはならない。私は、今でも人間たちを愛している。救いたいという気持ちに一点の曇りもない」
「……兄さんは、私だけを愛してはくれないの?」
「どんなことがあってもお前だけは無理」
「……そんな……!」
きっぱりと切り捨てられ、3ミカはがっくりとその場にひざをついた。そんな上司を、セラフィエルが遠巻きに見ている。さすがに、慰めようという気にはならないらしい。
「神がせっかく与えてくれた機会だ。総てを救うために、私は地獄の王になる!!」
「ルシファー様……!」
拳を握りしめて決意の意を表す3を、アスタロトが感慨深げに見つめる。さすがに、少し恥ずかしくなったのか、3は照れたように頬をかいた。
「いい啖呵じゃねえか」
「……うん。私、元の世界に帰るよ。これもみんな、君とシーザーのおかげだ」
からかうように、それでいてどこかうれしそうに、2が3に歩み寄る。3も、彼に力強い笑みを返した。
「これから色々大変だと思うけどよ、まあ頑張れ」
「ありがとう。……それにしても、君、ずいぶん姿が変わったね」
3が、今更ながらまじまじと2の変化を観察する。その変貌は、不良が突然優等生になったかのような、すさまじい違和感がある。弟君が見たら喜ぶだろうけど、と3は胸中で呟いた。
「お前の弟が変な術なんか使ったせいだよ。どうやったら戻れるんだこれ」
「変な術?」
「例の最大浄化とかいうやつだよ。奇襲を受けたからてっきりとどめでも刺されるのかと思ったら、こんな姿にしやがって」
「……そのつもりだったさ。想定外だ」
2に半眼で睨まれ、悔しげに3ミカが言い返す。負けず嫌いなところは2ミカに通ずるものがあるな、と2は妙なところで感心していた。
「……浄化は、対象を最良の状態にする能力……か。それなら」
二人のやり取りを黙って聞いていた3が、少しの思案の後、おもむろに自らの胸に手を当てる。
「うまくいくかはわからないけれど……まあ、悪いようにはならないよね」
「ルシファー様、何を……!?」
アスタロトの問いに答えず、祈りを込めて3は呟く。
「……最大浄化」
その瞬間、廃墟がまばゆい光に満ちた。
「ああ……!」
「……兄さん」
白く輝く翼が、3の背に出現する。うれしそうに、3は空中で翼を羽ばたかせた。
「おい、平気か?」
「……ん。問題ない。これで天界に帰れる」
3を見上げ、2が尋ねる。自らも飛ぶことはできるが、3が発するオーラが神々しすぎて、近づくのはためらわれた。
「それ、何で今までやらなかったんだ?」
「最大浄化によってどんなふうに変化するかは、私自身にもわからないからね。一歩間違うと、消滅するかもしれないし」
3が、肩をすくめて答える。その適当さに、ああいつものフォースだ、と2は安心すると同時にあきれ返った。
「自分の能力だろ?もうちょっと研究しとけ。……とりあえず、うまくいったみたいで良かったな」
「シーザーにも、よろしく言っておいてね」
「ま、会えたらな」
3の言葉に、2は頷く。それに続くように、2の隣にいたアスタロトが、彼に一礼した。その背中には、3ほどではないが、立派な翼が生えている。
「カイン様、どうかお元気で!」
「お前らもな」
「ついでだ、この一連の事件で不安がらせてしまったし、街の人たちのフォローもしておくよ。……じゃ、またね」
羽を散らしながら、3が飛び去って行く。他の天使たちも、いつの間にか消えていた。残されたのは、やたら派手な外見になった2と、被害に遭った少年・ピリポだけだった。
「……俺、夢を見てるのかな?」
「あー、夢だ夢だ。そう思っとけよ」
現実離れした状況についていけない少年を適当にあしらいつつ、2は、どうやって元に戻ろうかと、そんなことを考えていた。
その日、異世界の街・ナンナルの人々は、天からの声を聞いた。慈愛に満ちたその声は、街の平和を脅かす者は消えたことを告げ、人々の心に平穏がもたらされるようにと祝福を贈った。それにより、彼らはもう恐れることはないのだと知る。
数日後。屋敷に久しぶりに来た1に、2が事情を説明していた。2の外見は、普段のガラの悪い服装に戻っている。
「で、結局あいつも地獄の王になったってわけかよ。めでてえな」
「まあな」
あらかたの状況を把握し、1が軽口を叩く。2も、それを肯定した。関係ない世界の話だが、自分と似たような苦労を抱える者が増えるのは、悪い気がしない。
「俺も天界のやつら相手に暴れたかったってのに、残念だぜ。部下のやつ、仕事山積みにしやがって」
「あー、あるある」
心底無念そうに恨み言を言う1に、にやにやしながら2は同意した。
「……で、何でまた祭りやってんだ?」
「……聞くな。色々あったんだ」
窓の外を眺めながら問いかけられ、2は答えに詰まる。街では、また勇者祭りが開催されている。神の啓示(という名の3のフォロー)が今回あったせいで、その規模はいっそう派手なものとなっていた。
「フォースのやつ、あれからすぐ帰っちまいやがって。おかげで、元の姿に戻るのに苦労したぜ」
げんなりしながら、2が愚痴る。あの後、元の世界に戻ったものの、地獄にも天界にも行けない2は、人間界でバカンスを満喫しているメシアを頼り、苦労の末に天使姿から解放されたのだった。
「……フォースの野郎、また来るかな」
「しばらくはムリだろ。もう、来るかどうかわからねえし」
「だな」
頷いて、1が勢いよく立ち上がる。
「さて、邪魔者がいねえうちに、世界征服でも始めるか」
「そうは行くかよ。俺もこの世界、けっこう気に入ってんだ」
軽くストレッチをしながら物騒なことを言う1に、2が横やりを入れた。1の瞳が、不敵に輝く。
「じゃ、野望達成のためにはてめえから先に片付けるとするか」
「いいぜ?受けて立ってやるよ」
二人の間に、火花が散る。傍から見ればちんぴらのケンカだが、両者がぶつかり合えば街どころか、世界規模の破壊が広がるだろう。
「おや、お取込み中?」
「!!」
ふいに声をかけられ、1と2は驚いて振り向く。その先で、3がいたずらっぽく微笑んでいた。今の彼は、2の世界で言うところの、神父のようなデザインの黒服を身にまとっている。
「お前、どうして……」
「や、あまりにも忙しいうえにルシファー様ルシファー様崇められるから、逃げてきちゃった」
「いや、逃げてんじゃねえよ」
戸惑う2に、3は相変わらず飄々とした調子で返す。1が、そんな彼に的確なつっこみを入れた。
「散々虐げられて逃亡生活送ってたっていうのに、いきなり持ち上げられてもね。そう簡単には慣れないよ」
「落差が激しい生き方だよな、ひとのこと言えねえけどさ」
肩をすくめる3だが、以前よりも表情が明るい。希望に満ちた3を見て、2は、ようやく心の底から安堵した。
「そういうわけで、ちょくちょく息抜きに来るから、よろしくね」
「あんまりサボんなよ?」
「来なくていいっつの。俺様の野望が遠のく!」
2が呆れ、1が3を追い払うようなしぐさをする。つれない態度の二人だが、その顔はどことなくうれしそうだった。
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