L-Triangle!2-2
- 2014/03/06
- 10:27
翌日。異世界の街・ナンナルの屋敷の一室で、ふたつの魔方陣が起動した。魔方陣の上に姿を現した1と3は、同時に顔を見合わせる。
「……やあ」
「……おう」
しばし硬直した後、明らかな作り笑顔で声をかけてくる、3。1もぶっきらぼうに応じた。
「二日連続で来るのは珍しいね」
「お前こそ。仕事はどうしたんだよ」
「……ん、まあ、それはね、うん」
交わす会話が、どこかぎこちない。ばつが悪そうに、二人は視線を逸らした。
「あの女に用事か?好きだねえ、お前も」
「まあね。君こそ、彼女に何か?」
「……まあな」
腹の探り合いをしつつ、気まずいままで、1と3は外に出る。街は、今日も平和なようだ。
「彼女の居場所、わかってる?」
街道を歩きながら、3が問う。同じ方向に向かいながらも、1の足取りは自信に満ちている。
「どうせ宿だろ。こんなちいせえ街に宿なんか数えるくらいしかねえし」
「簡単に教えてもらえるかな?借金とりとかに間違われるかもよ?」
3が、思案する。1は体格が良く、強面なうえ、ガラも悪い。妙な勘違いをして、宿の主人がミナを匿う可能性も考えられた。
「だからおめえを連れてくんだろ。そのムダにいい愛想をたまには俺様のために役立てろや」
「……うん、まあいいけどね……」
3の侮辱とも取れる発言を聞き流し、あっさりと言い返す、1。意外なところで知恵が働くようだ。
しかし、3の心配は杞憂に終わる。広場まで来たとき、彼らはサンドイッチを持ったミナにばったりと出くわした。
「やっほー。奇遇だね」
昨日の沈んだ態度はどこへやら、ミナが、陽気に手を振る。その明るさにつられるように、1と3は広場のベンチに彼女と並んで腰かけた。
「……ええと。朝ごはん中?」
「あたりー。昨日はいきなり訪ねちゃってごめんね」
「いや、こちらこそ期待に応えられなくてごめん」
ミナにつられて、3が頭を下げる。世間話が始まりそうな空気を遮るように、1が3を押しのけた。
「そんなことより、こっちはお前に聞きてえことがあるんだよ」
「あ、シーザー、そんな、いきなり……」
「いいよ。何かな?」
かなりの体格差にもかかわらず、1に気圧されることなくミナは首をかしげる。可愛らしい外見に似合わず、度胸が据わっているようだ。
「お前、魔王や勇者を探して各地を旅してるって言ってたな」
「うん。情報には自信あるよ~」
頷いて、ミナはサンドイッチを一口かじる。1の表情が、真剣さを増した。声を落とし、まるで脅しをかけるかのように彼女に顔を近づける。
「お前が知ってる中で、力を持っていそうな魔王の情報を教えろ」
「……やっぱり。そんなことだろうと思った……」
それを見て、3が額に手を当てる。最強の悪魔を自負する1の行動は、実にわかりやすい。
「別に構わないけど、そんなこと知ってどうするの?」
「決まってんだろが。そいつらがどの程度の強さか確かめに行くんだよ」
「それって、魔王を倒しに行くってこと?」
「おうよ」
1の返答に、迷いはない。しばし考え込み、ミナが言葉を選ぶように聞いてくる。
「……ホントに大丈夫?命の保証はしないよ?」
「そいつらのな」
ミナの忠告に対し、1が傲然と胸を張る。しばしの沈黙の後。
「……じゃあ、いいよ。教えてあげる。この世界には魔王はたくさんいるけど、今、表立って活動してるのは、魔四天王っていう連中だね」
「魔四天王?四人いるってこと?」
3の問いかけを、ミナは肯定する。手元にあったサンドイッチは、いつの間にか消えていた。
「うん。魔王は基本的に一匹狼気質が多いから、徒党を組むことはあまりないんだけど、彼らはお互いやりとりをしているって話だよ」
「せこいやつらだな。最強は一人でいいんだよ」
1の主張を聞き流しつつ、ミナはカバンから地図を取り出した。慣れた様子で、書きこみを入れていく。
「これ、彼らの大体の居場所と名前を書いておいたから、興味があるなら訪ねてみたら?」
「おお。助かるぜ」
1が、地図を受け取り、軽く指で突く。地図上の文字が形を変えて、1が理解できる言語に変化した。悪魔だけあって、彼らは言葉の壁をものともしない。
「……君、やけに用意がいいね?」
ミナのあまりにそつのない行動を咎めるように、3が指摘する。気を悪くした風もなく、ミナは平然と答えた。
「こういうこと聞かれるの、初めてじゃないから。勇者以外にも、英雄志望のひとはたくさんいるからね」
「君の与えた情報で、ひとが無駄に死ぬこともあるかもしれないよ?」
「わたしは情報を与えるだけだよ。どうするかは、そのひと次第。ちゃんと教えなかった場合、恨みを買うのはこっちだしね」
「……そういう考え方もあるか……」
ミナの、年相応以上にわりきった意見に、3は感心する。無責任にも思えるが、正論でもある。魔王たちの位置を確認し終えた1が、立ち上がった。
「用件はそれだけだ。じゃあな」
「今から行く気?」
「当たり前だろ。俺様は忙しいんだ。てめえはナンパでもデートでも好きにしろ」
踵を返し、1は去って行く。呆れたように、3はため息をついた。
「まったく……」
「彼、大丈夫かな?」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
1の身の危険に関しては、3は全く心配していない。1の世界では、ルシファーは最強の悪魔の称号だそうである。そのうえ、時間まで操る彼を倒せる者がいたら、お目にかかりたいくらいだ。ベンチに腰かけたまま動かない3の顔を、ミナが覗き込んできた。
「それで、君は何の用?」
「ええと、私は……」
「わたし、君たちに興味があるんだ。だから何でもしてあげるよ?ナンパでもデートでも」
積極的なミナの誘いに、しかし3は首を振った。
「……実は、彼と同じ用件なんだ」
「有力な魔王の情報?まさか、君も魔王を退治しに行くの?」
意外そうに、ミナが目を見開く。いかにも格闘家風の外見の1とは違い、3は戦いと縁がなさそうな優男である。3は、あわてて否定した。
「いや、私は彼ほど戦いが好きではないから……。ただ、見に行くだけだよ。他の土地で、魔王や勇者がどんなふうに活動しているのか」
「ふうん……だったら、君にも同じ情報をあげる」
3の頼みを快諾し、ミナは地図をもう一枚取り出した。先ほどと同様にチェックを入れ、彼に渡してくる。
「ありがとう」
「君も行っちゃうの?」
「急がないと、彼ひとりで魔王たちを全員倒してしまいそうだから」
苦笑して、3もまた、ミナに背を向けて歩き出す。
「いってらっしゃ~い」
その後ろ姿に、ミナはぱたぱたと手を振った。
ナンナルの街から北西へ進んだ、ある崖の上。白い石造りの塔が、そびえ立っていた。
レンガ造りのその塔は、外装もシンプルで、窓がなく、一見すると灯台か何かのように見える。ひとつだけ際立った特徴を述べるとすれば、塔のてっぺんに、円形のオブジェが設置されていた。
「御大層な塔建てやがって」
空を飛行しながら、1がにやりと笑う。地図が示しているのは、この塔で間違いないようだ。
「どーせ、一番高いところにいるんだろうが……人間ならともかく、俺様には無意味だっつの」
そう呟いて、1は高度を上げた。そして、塔の最上階に位置するところまで来て、蹴りを見舞う。
「おらっ!!」
轟音と共に、壁はあっさりと破壊された。気を良くして、1は塔の内部に侵入する。そこに待っていたのは、奇妙な空間だった。塔は確かに広大だが、床は一切存在せず、数字が書かれたプレートが、無造作に浮いている。とりあえず、1は最下層に降り立った。結局、上空から奇襲をかけた意味はなかったことに、肩透かしを食らう。
「……何だぁ?これ……」
きょろきょろとあたりを見回す、1。そんな彼を揶揄するように、塔内に声が響いた。
『ほっほっほっほ……また力だけがとりえのバカが入ってきたようじゃのう』
「誰だ!姿を見せやがれ!!」
しわがれた、老人のような声に、1が牙を剥く。しかし、いくら気配を探っても、声の主の位置は特定できない。どうやら、目と声だけを飛ばし、こことは別の場所で塔の内部を監視しているようだ。
『あいにくだが、お前のようなやつにこの塔の謎は解けまい。永久に彷徨うがいい』
老人の声に呼応するかのように、数字のプレートが1の周りをくるくる回る。
「塔の仕掛けを解かないと道が開けないってやつか……?俺様、そういうのは苦手なんだよ。帰るか」
うっとうしそうに、1がプレートを片手で払いながら塔の出入り口に向かって歩き出す。彼の背中に、声がバカにしたように言葉を投げかけた。
『おお、帰れ帰れ、愚か者が』
「あん?」
額に青筋を浮かべ、1が立ち止まる。調子づき、声は更に追い打ちをかけてきた。
『知恵は力より強し、じゃ。しょせんお前のような脳筋は吾輩のように優れた知能を持つ者の家畜にしかなれん!このゲメーティス様が世界を支配するのを、指をくわえて見ているがよいわ』
「言ったなてめえ……。気が変わった。てめえはここでぶっ潰してやる!」
『ほっほっほ……ならばせいぜい頑張るがよい』
見えない相手に向かって拳を振り上げ、1が啖呵を切った。声……ゲメーティスは、そんな1を嘲笑う。ひとしきり笑い声が響いた後、周囲は再び静寂に包まれた。床にどっかりと座り、1は天井を見上げる。
(……とは言え、ちまちま問題解くのもこいつに踊らされてるみたいで気に食わねえな……。何とか、スカっとぶっ飛ばせねえものか)
数字のプレートは、相変わらず不規則に空間を浮遊している。1は、心底うんざりしたように頭を振った。
一方、3も空を飛んで他の街へ来ていた。街全体は暗い雰囲気に覆われ、その中央に、華美だが禍々しい気を放つ城が建っている。街のところどころに、濃い紫色のバラが植えられ、花を咲かせていた。
「シーザーのことだから、手近なところへ向かっただろうと思って一番遠い場所に来てみたけれど……どうやら、正解だったみたいだな」
とりあえず、3は街に入ってみることにした。街の人々の目が、いっせいに彼に集中する。
「外から来たひとが、珍しいのかな?」
人々の、怯えた、同情するような視線に違和感を覚えつつ、3は歩き出そうとする。そこへ、空から二体の影が飛来し、彼の前に降り立った。カラスのようなくちばしと、蝙蝠のような羽を持つ魔物だ。2の世界で言うところの、ガーゴイルに似ている。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました、美しい方」
魔物の片方が、3に向かってうやうやしく一礼する。
「我々とともに、城の方へお越しください。我らが主は、貴方のような客人の来訪をお喜びになるでしょう」
もう片方が、3の顔色をうかがいつつ提案してきた。おそらくは、彼らの主がここの魔王なのだろう。3にとっては、渡りに船である。
「……そうだな。それじゃあ、案内して……」
「待ちなさい!!」
彼らの誘いを受けようとしたとき、勇ましい声がそれを制止した。振り返ると、少女が、厳しい顔でこちらに向かって剣を構えている。長い髪をなびかせ、軽装の鎧をつけた十代後半くらいの彼女は、きれいに切りそろえられた前髪が特徴的だった。
「何ですかな、あなたは」
魔物たちが、少女に向き直る。言葉遣いは丁寧だが、表情は獰猛だ。魔物たちの殺気に怖気づくことなく、少女は敢然と言い放つ。
「その怪物についていってはだめ!そいつらの主は、恐ろしい魔王なのよ!?」
「おのれ、我が主を侮辱するか!」
「仕方がありませんね、邪魔者を先に排除するとしましょう」
魔物の片方が、怒りの声を上げる。もう一方も、腰に下げている剣に手をかけた。
「待った。こんなところで騒ぎを起こすのは良くないよ」
「何をのんきなことを言っているの!」
一触即発の空気を感じ取り、3が冷静に仲裁に入る。危機感がない態度に腹を立てたのか、少女が気色ばむが、彼は冷静に彼女を制した。
「そうだなあ……どうせなら、両方の話を聞きたいし。君たち、ちょっと待っていてくれないか?彼女の話を聞いたら、招待に応じるから」
少しの思案の後、3は魔物たちに向かってそう告げる。すると、魔物たちは困ったように肩をすくめた。
「それは困りますなあ」
「どうして?」
「その人間の女を、我が主より優先させるのは感心しませんね」
「君たちが報告しなければ済むことだろう?」
魔物たちが、3を説得する。しかし、3も譲らない。彼に対して紳士的に接していた魔物たちだったが、やがて業を煮やし、剣を抜いた。3に向かって刃をちらつかせ、険しい顔で聞いてくる。
「……少々、強引な手段をとらないとわかっていただけませんかな?」
「……しつこいなあ……忠誠心が強すぎるのも考えものだよ?もっと適当にやらないと。ね?」
「…………!!」
いい加減に嫌気がさしてきたので、3は苛立ちとともに彼らを睨みつけた。ただならぬ威圧感を感じとり、魔物たちは震え上がる。彼らは、本能的に悟っていた。目の前の青年が、遥かに格上の存在であるということを。
「後でお迎えよろしくね」
硬直する魔物たちに、にっこりと笑いかけると、彼らはすごすごと退場していった。魔物たちの背中を見送りながら、少女が呆気にとられたように聞いてくる。
「……あなた、一体……」
「ああ、私のことはいいよ。君、あんなやつらの前で好戦的な態度をとったら危ないよ?」
飄々とした態度で注意する、3。我に返り、少女は肩をいからせて怒鳴った。
「それはこっちの台詞よ!あなた、もう少しで魔王の傀儡になるところだったのよ!?」
「傀儡?」
「そう。この街に住みついている魔王は恐ろしい女で、見た目がいい男をさらっては魂を抜いて人形にしているといううわさなの」
少女が、暗い街並みを見渡しつつ、説明する。先ほどの騒ぎのせいか、いつの間にか周囲に人の気配は消えていた。
「それはそれは……いい趣味してるねえ」
「若い女もさらわれて、全身の血を抜かれているという話を聞くわ。悪いことは言わないから、街を出なさい!」
腰に手を当てて、少女が3に詰め寄る。どうやら、彼のことを本気で心配しているようだ。純粋な正義感の塊のような彼女を、3は今までにないタイプだな、とのんきに評価する。
「それだと、君も危ないんじゃないかい?」
「私は平気よ。だって、私は勇者なんだから!」
少女が、得意げに胸を張った。この世界には魔王と勇者がたくさんいるというミナの言葉は、真実だったようだ。
「……へえ」
「あっ!信じてないわね!?こう見えても私、強いのよ?」
素直に感心する3に、少女が頬を膨らませる。どうやら、侮られていると思ったらしい。あわてて、3は首を振った。
「いや、信じてないわけじゃないよ。勇者って、初めて見たから」
「そ、そう?」
「ついでだから、もっといろいろ話を聞きたいな。一緒に食事でもどう?」
3の言葉に喜んだのもつかの間、次の彼の発言で、少女は一転してジト目になった。
「悪いけど、ナンパはお断りよ」
「……そういう意味じゃなかったんだけどなあ……」
冷たく断られ、3はばつが悪そうに頬をかく。勇者としての立場から、この世界について彼女に話を聞いてみたかったのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。
「それに、敵の本拠地でのんきなことしていられないわ」
「そっか。それは残念」
気を引き締めて、少女が魔王の城を睨み据える。そして、ここにもう用はないと判断し、彼女は踵を返した。
「じゃあ、私は急ぐから。さっきのやつらについていっちゃダメよ?」
「忠告ありがとう。じゃあね」
振り返らずに、少女は走り去って行く。それを見送り、3はちらと空を見上げる。しばらくして、先ほどの魔物たちが降り立った。3の脅しがよほど効いたのか、こちらの顔色をうかがいながら彼の前にひざまずく。
「さて、こっちの用件は済んだ。案内してもらおうか、君たちの主のもとへ」
穏やかな笑みを浮かべ、3は魔物たちに告げる。魔物たちは、深々と頭を垂れた。
「……やあ」
「……おう」
しばし硬直した後、明らかな作り笑顔で声をかけてくる、3。1もぶっきらぼうに応じた。
「二日連続で来るのは珍しいね」
「お前こそ。仕事はどうしたんだよ」
「……ん、まあ、それはね、うん」
交わす会話が、どこかぎこちない。ばつが悪そうに、二人は視線を逸らした。
「あの女に用事か?好きだねえ、お前も」
「まあね。君こそ、彼女に何か?」
「……まあな」
腹の探り合いをしつつ、気まずいままで、1と3は外に出る。街は、今日も平和なようだ。
「彼女の居場所、わかってる?」
街道を歩きながら、3が問う。同じ方向に向かいながらも、1の足取りは自信に満ちている。
「どうせ宿だろ。こんなちいせえ街に宿なんか数えるくらいしかねえし」
「簡単に教えてもらえるかな?借金とりとかに間違われるかもよ?」
3が、思案する。1は体格が良く、強面なうえ、ガラも悪い。妙な勘違いをして、宿の主人がミナを匿う可能性も考えられた。
「だからおめえを連れてくんだろ。そのムダにいい愛想をたまには俺様のために役立てろや」
「……うん、まあいいけどね……」
3の侮辱とも取れる発言を聞き流し、あっさりと言い返す、1。意外なところで知恵が働くようだ。
しかし、3の心配は杞憂に終わる。広場まで来たとき、彼らはサンドイッチを持ったミナにばったりと出くわした。
「やっほー。奇遇だね」
昨日の沈んだ態度はどこへやら、ミナが、陽気に手を振る。その明るさにつられるように、1と3は広場のベンチに彼女と並んで腰かけた。
「……ええと。朝ごはん中?」
「あたりー。昨日はいきなり訪ねちゃってごめんね」
「いや、こちらこそ期待に応えられなくてごめん」
ミナにつられて、3が頭を下げる。世間話が始まりそうな空気を遮るように、1が3を押しのけた。
「そんなことより、こっちはお前に聞きてえことがあるんだよ」
「あ、シーザー、そんな、いきなり……」
「いいよ。何かな?」
かなりの体格差にもかかわらず、1に気圧されることなくミナは首をかしげる。可愛らしい外見に似合わず、度胸が据わっているようだ。
「お前、魔王や勇者を探して各地を旅してるって言ってたな」
「うん。情報には自信あるよ~」
頷いて、ミナはサンドイッチを一口かじる。1の表情が、真剣さを増した。声を落とし、まるで脅しをかけるかのように彼女に顔を近づける。
「お前が知ってる中で、力を持っていそうな魔王の情報を教えろ」
「……やっぱり。そんなことだろうと思った……」
それを見て、3が額に手を当てる。最強の悪魔を自負する1の行動は、実にわかりやすい。
「別に構わないけど、そんなこと知ってどうするの?」
「決まってんだろが。そいつらがどの程度の強さか確かめに行くんだよ」
「それって、魔王を倒しに行くってこと?」
「おうよ」
1の返答に、迷いはない。しばし考え込み、ミナが言葉を選ぶように聞いてくる。
「……ホントに大丈夫?命の保証はしないよ?」
「そいつらのな」
ミナの忠告に対し、1が傲然と胸を張る。しばしの沈黙の後。
「……じゃあ、いいよ。教えてあげる。この世界には魔王はたくさんいるけど、今、表立って活動してるのは、魔四天王っていう連中だね」
「魔四天王?四人いるってこと?」
3の問いかけを、ミナは肯定する。手元にあったサンドイッチは、いつの間にか消えていた。
「うん。魔王は基本的に一匹狼気質が多いから、徒党を組むことはあまりないんだけど、彼らはお互いやりとりをしているって話だよ」
「せこいやつらだな。最強は一人でいいんだよ」
1の主張を聞き流しつつ、ミナはカバンから地図を取り出した。慣れた様子で、書きこみを入れていく。
「これ、彼らの大体の居場所と名前を書いておいたから、興味があるなら訪ねてみたら?」
「おお。助かるぜ」
1が、地図を受け取り、軽く指で突く。地図上の文字が形を変えて、1が理解できる言語に変化した。悪魔だけあって、彼らは言葉の壁をものともしない。
「……君、やけに用意がいいね?」
ミナのあまりにそつのない行動を咎めるように、3が指摘する。気を悪くした風もなく、ミナは平然と答えた。
「こういうこと聞かれるの、初めてじゃないから。勇者以外にも、英雄志望のひとはたくさんいるからね」
「君の与えた情報で、ひとが無駄に死ぬこともあるかもしれないよ?」
「わたしは情報を与えるだけだよ。どうするかは、そのひと次第。ちゃんと教えなかった場合、恨みを買うのはこっちだしね」
「……そういう考え方もあるか……」
ミナの、年相応以上にわりきった意見に、3は感心する。無責任にも思えるが、正論でもある。魔王たちの位置を確認し終えた1が、立ち上がった。
「用件はそれだけだ。じゃあな」
「今から行く気?」
「当たり前だろ。俺様は忙しいんだ。てめえはナンパでもデートでも好きにしろ」
踵を返し、1は去って行く。呆れたように、3はため息をついた。
「まったく……」
「彼、大丈夫かな?」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
1の身の危険に関しては、3は全く心配していない。1の世界では、ルシファーは最強の悪魔の称号だそうである。そのうえ、時間まで操る彼を倒せる者がいたら、お目にかかりたいくらいだ。ベンチに腰かけたまま動かない3の顔を、ミナが覗き込んできた。
「それで、君は何の用?」
「ええと、私は……」
「わたし、君たちに興味があるんだ。だから何でもしてあげるよ?ナンパでもデートでも」
積極的なミナの誘いに、しかし3は首を振った。
「……実は、彼と同じ用件なんだ」
「有力な魔王の情報?まさか、君も魔王を退治しに行くの?」
意外そうに、ミナが目を見開く。いかにも格闘家風の外見の1とは違い、3は戦いと縁がなさそうな優男である。3は、あわてて否定した。
「いや、私は彼ほど戦いが好きではないから……。ただ、見に行くだけだよ。他の土地で、魔王や勇者がどんなふうに活動しているのか」
「ふうん……だったら、君にも同じ情報をあげる」
3の頼みを快諾し、ミナは地図をもう一枚取り出した。先ほどと同様にチェックを入れ、彼に渡してくる。
「ありがとう」
「君も行っちゃうの?」
「急がないと、彼ひとりで魔王たちを全員倒してしまいそうだから」
苦笑して、3もまた、ミナに背を向けて歩き出す。
「いってらっしゃ~い」
その後ろ姿に、ミナはぱたぱたと手を振った。
ナンナルの街から北西へ進んだ、ある崖の上。白い石造りの塔が、そびえ立っていた。
レンガ造りのその塔は、外装もシンプルで、窓がなく、一見すると灯台か何かのように見える。ひとつだけ際立った特徴を述べるとすれば、塔のてっぺんに、円形のオブジェが設置されていた。
「御大層な塔建てやがって」
空を飛行しながら、1がにやりと笑う。地図が示しているのは、この塔で間違いないようだ。
「どーせ、一番高いところにいるんだろうが……人間ならともかく、俺様には無意味だっつの」
そう呟いて、1は高度を上げた。そして、塔の最上階に位置するところまで来て、蹴りを見舞う。
「おらっ!!」
轟音と共に、壁はあっさりと破壊された。気を良くして、1は塔の内部に侵入する。そこに待っていたのは、奇妙な空間だった。塔は確かに広大だが、床は一切存在せず、数字が書かれたプレートが、無造作に浮いている。とりあえず、1は最下層に降り立った。結局、上空から奇襲をかけた意味はなかったことに、肩透かしを食らう。
「……何だぁ?これ……」
きょろきょろとあたりを見回す、1。そんな彼を揶揄するように、塔内に声が響いた。
『ほっほっほっほ……また力だけがとりえのバカが入ってきたようじゃのう』
「誰だ!姿を見せやがれ!!」
しわがれた、老人のような声に、1が牙を剥く。しかし、いくら気配を探っても、声の主の位置は特定できない。どうやら、目と声だけを飛ばし、こことは別の場所で塔の内部を監視しているようだ。
『あいにくだが、お前のようなやつにこの塔の謎は解けまい。永久に彷徨うがいい』
老人の声に呼応するかのように、数字のプレートが1の周りをくるくる回る。
「塔の仕掛けを解かないと道が開けないってやつか……?俺様、そういうのは苦手なんだよ。帰るか」
うっとうしそうに、1がプレートを片手で払いながら塔の出入り口に向かって歩き出す。彼の背中に、声がバカにしたように言葉を投げかけた。
『おお、帰れ帰れ、愚か者が』
「あん?」
額に青筋を浮かべ、1が立ち止まる。調子づき、声は更に追い打ちをかけてきた。
『知恵は力より強し、じゃ。しょせんお前のような脳筋は吾輩のように優れた知能を持つ者の家畜にしかなれん!このゲメーティス様が世界を支配するのを、指をくわえて見ているがよいわ』
「言ったなてめえ……。気が変わった。てめえはここでぶっ潰してやる!」
『ほっほっほ……ならばせいぜい頑張るがよい』
見えない相手に向かって拳を振り上げ、1が啖呵を切った。声……ゲメーティスは、そんな1を嘲笑う。ひとしきり笑い声が響いた後、周囲は再び静寂に包まれた。床にどっかりと座り、1は天井を見上げる。
(……とは言え、ちまちま問題解くのもこいつに踊らされてるみたいで気に食わねえな……。何とか、スカっとぶっ飛ばせねえものか)
数字のプレートは、相変わらず不規則に空間を浮遊している。1は、心底うんざりしたように頭を振った。
一方、3も空を飛んで他の街へ来ていた。街全体は暗い雰囲気に覆われ、その中央に、華美だが禍々しい気を放つ城が建っている。街のところどころに、濃い紫色のバラが植えられ、花を咲かせていた。
「シーザーのことだから、手近なところへ向かっただろうと思って一番遠い場所に来てみたけれど……どうやら、正解だったみたいだな」
とりあえず、3は街に入ってみることにした。街の人々の目が、いっせいに彼に集中する。
「外から来たひとが、珍しいのかな?」
人々の、怯えた、同情するような視線に違和感を覚えつつ、3は歩き出そうとする。そこへ、空から二体の影が飛来し、彼の前に降り立った。カラスのようなくちばしと、蝙蝠のような羽を持つ魔物だ。2の世界で言うところの、ガーゴイルに似ている。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました、美しい方」
魔物の片方が、3に向かってうやうやしく一礼する。
「我々とともに、城の方へお越しください。我らが主は、貴方のような客人の来訪をお喜びになるでしょう」
もう片方が、3の顔色をうかがいつつ提案してきた。おそらくは、彼らの主がここの魔王なのだろう。3にとっては、渡りに船である。
「……そうだな。それじゃあ、案内して……」
「待ちなさい!!」
彼らの誘いを受けようとしたとき、勇ましい声がそれを制止した。振り返ると、少女が、厳しい顔でこちらに向かって剣を構えている。長い髪をなびかせ、軽装の鎧をつけた十代後半くらいの彼女は、きれいに切りそろえられた前髪が特徴的だった。
「何ですかな、あなたは」
魔物たちが、少女に向き直る。言葉遣いは丁寧だが、表情は獰猛だ。魔物たちの殺気に怖気づくことなく、少女は敢然と言い放つ。
「その怪物についていってはだめ!そいつらの主は、恐ろしい魔王なのよ!?」
「おのれ、我が主を侮辱するか!」
「仕方がありませんね、邪魔者を先に排除するとしましょう」
魔物の片方が、怒りの声を上げる。もう一方も、腰に下げている剣に手をかけた。
「待った。こんなところで騒ぎを起こすのは良くないよ」
「何をのんきなことを言っているの!」
一触即発の空気を感じ取り、3が冷静に仲裁に入る。危機感がない態度に腹を立てたのか、少女が気色ばむが、彼は冷静に彼女を制した。
「そうだなあ……どうせなら、両方の話を聞きたいし。君たち、ちょっと待っていてくれないか?彼女の話を聞いたら、招待に応じるから」
少しの思案の後、3は魔物たちに向かってそう告げる。すると、魔物たちは困ったように肩をすくめた。
「それは困りますなあ」
「どうして?」
「その人間の女を、我が主より優先させるのは感心しませんね」
「君たちが報告しなければ済むことだろう?」
魔物たちが、3を説得する。しかし、3も譲らない。彼に対して紳士的に接していた魔物たちだったが、やがて業を煮やし、剣を抜いた。3に向かって刃をちらつかせ、険しい顔で聞いてくる。
「……少々、強引な手段をとらないとわかっていただけませんかな?」
「……しつこいなあ……忠誠心が強すぎるのも考えものだよ?もっと適当にやらないと。ね?」
「…………!!」
いい加減に嫌気がさしてきたので、3は苛立ちとともに彼らを睨みつけた。ただならぬ威圧感を感じとり、魔物たちは震え上がる。彼らは、本能的に悟っていた。目の前の青年が、遥かに格上の存在であるということを。
「後でお迎えよろしくね」
硬直する魔物たちに、にっこりと笑いかけると、彼らはすごすごと退場していった。魔物たちの背中を見送りながら、少女が呆気にとられたように聞いてくる。
「……あなた、一体……」
「ああ、私のことはいいよ。君、あんなやつらの前で好戦的な態度をとったら危ないよ?」
飄々とした態度で注意する、3。我に返り、少女は肩をいからせて怒鳴った。
「それはこっちの台詞よ!あなた、もう少しで魔王の傀儡になるところだったのよ!?」
「傀儡?」
「そう。この街に住みついている魔王は恐ろしい女で、見た目がいい男をさらっては魂を抜いて人形にしているといううわさなの」
少女が、暗い街並みを見渡しつつ、説明する。先ほどの騒ぎのせいか、いつの間にか周囲に人の気配は消えていた。
「それはそれは……いい趣味してるねえ」
「若い女もさらわれて、全身の血を抜かれているという話を聞くわ。悪いことは言わないから、街を出なさい!」
腰に手を当てて、少女が3に詰め寄る。どうやら、彼のことを本気で心配しているようだ。純粋な正義感の塊のような彼女を、3は今までにないタイプだな、とのんきに評価する。
「それだと、君も危ないんじゃないかい?」
「私は平気よ。だって、私は勇者なんだから!」
少女が、得意げに胸を張った。この世界には魔王と勇者がたくさんいるというミナの言葉は、真実だったようだ。
「……へえ」
「あっ!信じてないわね!?こう見えても私、強いのよ?」
素直に感心する3に、少女が頬を膨らませる。どうやら、侮られていると思ったらしい。あわてて、3は首を振った。
「いや、信じてないわけじゃないよ。勇者って、初めて見たから」
「そ、そう?」
「ついでだから、もっといろいろ話を聞きたいな。一緒に食事でもどう?」
3の言葉に喜んだのもつかの間、次の彼の発言で、少女は一転してジト目になった。
「悪いけど、ナンパはお断りよ」
「……そういう意味じゃなかったんだけどなあ……」
冷たく断られ、3はばつが悪そうに頬をかく。勇者としての立場から、この世界について彼女に話を聞いてみたかったのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。
「それに、敵の本拠地でのんきなことしていられないわ」
「そっか。それは残念」
気を引き締めて、少女が魔王の城を睨み据える。そして、ここにもう用はないと判断し、彼女は踵を返した。
「じゃあ、私は急ぐから。さっきのやつらについていっちゃダメよ?」
「忠告ありがとう。じゃあね」
振り返らずに、少女は走り去って行く。それを見送り、3はちらと空を見上げる。しばらくして、先ほどの魔物たちが降り立った。3の脅しがよほど効いたのか、こちらの顔色をうかがいながら彼の前にひざまずく。
「さて、こっちの用件は済んだ。案内してもらおうか、君たちの主のもとへ」
穏やかな笑みを浮かべ、3は魔物たちに告げる。魔物たちは、深々と頭を垂れた。
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