L-Triangle!3-3
- 2014/04/16
- 00:00
翌日から、1ミカはリリスにより地獄の世情について学ぶこととなった。ついでだからと同席させられた1は、途中で内容についていけずにギブアップし、早々に逃げ出した。職場兼自宅である高層ビル・『赤龍』の周りをしばし飛んで、屋上に着地する。
「……はー……ったく、冗談じゃねえ」
うんざりしたように、1は空を見上げる。今日も、地獄の空は赤い。いや、正確には、赤と紫が入り混じった、幻想的な色合いだ。
このところ、自分以外の誰かに振り回されてばかりいる、と1は感じている。かつて、彼は独りで自由気ままに生きてきた。戦いたいときに戦い、行きたい場所へ自由に行く。何も考えず、本能のままに行動する日々。その生活に変化が訪れたのは、リリスと出会ってからだった。
彼女に選ばれ、ルシファーの座の争奪戦に身を投じた瞬間から、彼の身体は彼一人のものではなくなっていた。それはそれで、悪くはない生活だったが……。
「やっぱ、最近戦ってねえから悪ぃんだよな」
風に吹かれつつ、独り、ごちる。最強の悪魔・ルシファーの称号を得て以来、面と向かって彼に反抗する者はいなくなった。それはそうだろう、1は時を自在に操る最強の悪魔である。彼の力は強大だが、他の者にとっては脅威以外の何者でもなかった。
普通ならば喜ばしい事態だろうが、1にとっては戦いのない生活など、気の抜けたビールよりも物足りない。誰かと全力でぶつかり合いたいという思いが、常に彼の中にあった。
「はあ……戦いてえ」
いっそ、異世界に行ってしまおうかという考えが、1の胸中をよぎる。あの世界ならば、彼をルシファーだと知る者はほとんどいない。2のように、互角で戦える相手が見つかるかもしれないのだ。
そんな時、1は何者かが上空から飛来してくるのに気がついた。
「何だ……?」
眉をひそめて状況をうかがっていると、四、五人ほどの人影が、赤龍の前に降り立った。そして、彼らは中へと入って行く。
「客人か?何か、このへんじゃ見かけねえツラだな」
妙に気になって、1はリリスたちの元へ戻ることにした。
赤龍の最上階にある執務室。窓からのぞくと、1ミカが熱心にリリスの講義を受けていた。彼女は意外と頭の回転が早いようで、説明をしているリリスも、心なしか楽しそうだ。1が窓ガラスをノックすると、手慣れた様子でリリスが窓を開ける。1が妙なところから赤龍に入り込むのは、珍しくないことだった。
「お帰りなさい、あなた」
少し驚きつつ、1ミカが1を温かく迎える。一方、リリスの反応は真逆だった。すっと目を細め、腕を組んで険しい表情を向けてくる。先ほどエスケープされたことを、根に持っているようだ。
「戻ってくるとはいい度胸……いえ、善い心がけです。さっそく講義の続きを」
「いや待て、そうじゃねえ」
1の書斎机に大量の書類を置こうとしたリリスを、1はあわてて制した。
「何ですか?」
顔をこちらに向けようともせず机に課題を積み上げる、リリス。しかし、次の瞬間、彼女は作業を中断せざるを得なかった。ノックの音とともに、配下の悪魔が入室してくる。
「ルシファー様に、お客様がお見えです」
配下は、1本人にではなく、リリスに報告する。よく考えれば失礼な話だが、この場にいる誰もが特に気にはしなかった。
「何者ですか?」
怪訝そうに、リリスが問う。今日は、来客の予定はなかったはずだ。少し躊躇しつつ、配下は答える。
「何でも……天界からの、使者だとか」
「…………!!」
1ミカが、息を呑む。その顔色は、決していいものではなかった。
赤龍の一角にある、応接室。天界からの使者と名乗る者たちは、そこに通された。人数は四人。そのうち、女性は一人だけだ。応接室に向かう途中、廊下に面した窓からのぞき見ると、彼らは興味深そうに、あるいはどこか不安そうに部屋の中を見学していた。
「失礼します」
先頭を歩いていたリリスが、応接室のドアを開ける。彼女に続いて、1と1ミカも入室した。
ガラスのテーブルを挟んで、向かい合う形でソファーに腰掛ける。
来客の中の紅一点を見て、1ミカが表情を変えた。
「カマエル……!」
「やはりここにいたのですね、ミカエル」
カマエル、と呼ばれた女性が、温和に微笑む。1ミカより少し年上の、落ち着いた雰囲気の美人だ。1とリリスの視線に気づき、カマエルは優雅に会釈する。
「お初お目にかかります、私はカマエル。天使長の命により、使者としてこちらに参りました」
「天使長……」
リリスが、カマエルの言葉を繰り返す。ミカエルの来訪の件について、天界から何らかのリアクションがあるだろうと予想はしていたが、まさか天使長の手の者が出てくるとは。
「ん?天使長は、ミカエルじゃねえのか?」
違和感を覚え、何の気なしに1は尋ねる。2や3の世界ではミカエルは天使長なので、自分の世界もそうだと思い込んでいたのだ。
あわてて、1ミカがそれを否定した。
「まさか!私は一介の大天使に過ぎん!」
「失礼いたしました、とんだご無礼を」
カマエルに、リリスが謝罪する。先ほどの1の発言は、地獄の王ルシファーは天界のトップの名前すら知りません、と言ったも同然だ。しかし、気分を害する様子もなく、カマエルは首を振る。
「いえ、天界と地獄は長きにわたり交流がなかったのですから、ルシファー殿がこちらの事情をご存じないのも無理はないことです」
「それで、用件は何だよ?前置きはいいから、さっさと言え」
「ルシファー様!」
単刀直入に話を切り出す1を、リリスが睨みつける。彼女としては、敵対する勢力の使者に対して落ち度を見せるわけにはいかないというのに、この主君はそれを理解する気はないようだ。
不躾な応対をされたにも関わらず、カマエルは笑みを絶やすことなく、頷いた。
「お話が早くて助かります。私たちは、ミカエルを天界に連れ戻すようにと、天使長メタトロンに命じられました」
「メタトロン……」
聞いたことねえな、と首をひねる1。そんな彼を尻目に、1ミカが反発する。
「わたくしは天界に戻るつもりはない!ルシファー殿とわたくしがともにいるのは、神の盟約に従ってのことだ!」
「神の盟約は、確かに重要なものです。ですが、天使長の命令とて軽んじられるものではないでしょう?」
感情的に声を荒げるミカエルを、カマエルが優しく諭す。口調は柔らかだが、一歩も引くつもりはないという意志が感じられた。弱りきって、1ミカが哀願する。
「あの男のことなど、わたくしにとってはどうでもいいのだ。頼む、このまま放っておいてくれ」
「そうはいきませんよ。あの方にとって、貴女はとても大切な存在なのですから」
嫌悪感を露わに、1ミカが歯噛みする。状況が分からず、1はリリスの方へ視線を向けるが、彼女も困惑しているようだった。そんな彼らに気づき、カマエルは謝意を表する。
「話を中断させてしまい、申し訳ありません。メタトロンは、ミカエルを必要としているのです。彼女を天界へ連れて行くことを、お許し願えませんか?」
「俺様は、別に構わねえがな」
「ルシファー殿!!」
1ミカが、非難の声を上げる。その場を制したのは、意外にもリリスだった。
「お待ちください。もう少し詳しいことがわかりませんと、こちらとしては対処に困ります。何しろ、神の盟約が関わってくるのですから」
毅然とした態度で、リリスはカマエルを問いただす。1ミカがどうなろうと彼女に関係はないが、地獄がとばっちりで被害をこうむることは、あってはならない。リリスの言葉の意図を汲みとり、カマエルがきっぱりと告げる。
「ご安心ください、そちらのご迷惑になるようなことはいたしません」
「と、申しますと?」
鋭く、リリスが詰問する。下手なごまかしは通用しない、と言わんばかりの彼女に、カマエルも真剣な顔で応じた。
「彼女を、ミカエルの地位から解任します。そうすれば、彼女はただの天使になり、ルシファー殿とは無関係になりますから」
「なっ……!!」
カマエルが提示した計画は、1ミカを絶句させるものだった。彼女の意志を完全に無視した、あまりにも無慈悲な処置に、さすがにリリスも言葉を詰まらせる。
「……確かに……そうすれば、神の盟約には抵触しませんが……」
先ほどとはうってかわって、歯切れの悪い態度をとる、リリス。葛藤する彼女を後押しするように、カマエルが畳み掛ける。
「今ならば、無意味に事を荒立てることなく穏便に済ませられます。いかがでしょうか?」
「わたくしの意志はどうなる!」
「貴女個人のわがままで、周囲を振り回すのはおやめなさい。場合によっては、天界と地獄全体の問題に発展しかねないのですよ?」
食い下がる1ミカを、カマエルがたしなめる。さすがに、彼女の態度も厳しいものになっていた。
「ちょっと待て、それはどういう意味だ」
今までずっと黙って成り行きを見守っていた1が、横やりを入れる。女同士のくだらない言い争いだと思って聞き流していたが、どうも話が物騒になってきたような気がする。彼の勘が正しいことを示すように、リリスが問いを重ねた。
「彼女を返さなければ、天界と戦争になる……ということですか」
「その可能性も視野に入れていただいて構いません」
リリスの推測を、カマエルが肯定する。無言のままでリリスは1に目配せして、指示を仰いだ。地獄の政務を主に取り仕切っているのは彼女だが、最終的な決定権は1にある。けれど、いつまでたっても彼からの返答はなかった。眉を寄せて、じっと考え込んでいる。
「ルシファー様?」
不審に思い、リリスは1に呼びかけた。たいがいの場合、即決即答の彼にしては、珍しい反応だ。沈黙の時をさらに費やした後、1はようやく口を開いた。
「……時間をくれねえか」
「ルシファー殿……?」
驚いたように、1ミカが1を仰ぎ見る。
「少し、考えたいことがある。頼む」
真剣な面持ちで、1はカマエルを正面から見据えた。地獄の王に面と向かってそこまで言われては、彼女としても彼の意志を尊重せざるをえない。
「……良い返事をお待ちしています、ルシファー殿」
にっこり笑って、カマエルは1の提案を受け入れた。
「……はー……ったく、冗談じゃねえ」
うんざりしたように、1は空を見上げる。今日も、地獄の空は赤い。いや、正確には、赤と紫が入り混じった、幻想的な色合いだ。
このところ、自分以外の誰かに振り回されてばかりいる、と1は感じている。かつて、彼は独りで自由気ままに生きてきた。戦いたいときに戦い、行きたい場所へ自由に行く。何も考えず、本能のままに行動する日々。その生活に変化が訪れたのは、リリスと出会ってからだった。
彼女に選ばれ、ルシファーの座の争奪戦に身を投じた瞬間から、彼の身体は彼一人のものではなくなっていた。それはそれで、悪くはない生活だったが……。
「やっぱ、最近戦ってねえから悪ぃんだよな」
風に吹かれつつ、独り、ごちる。最強の悪魔・ルシファーの称号を得て以来、面と向かって彼に反抗する者はいなくなった。それはそうだろう、1は時を自在に操る最強の悪魔である。彼の力は強大だが、他の者にとっては脅威以外の何者でもなかった。
普通ならば喜ばしい事態だろうが、1にとっては戦いのない生活など、気の抜けたビールよりも物足りない。誰かと全力でぶつかり合いたいという思いが、常に彼の中にあった。
「はあ……戦いてえ」
いっそ、異世界に行ってしまおうかという考えが、1の胸中をよぎる。あの世界ならば、彼をルシファーだと知る者はほとんどいない。2のように、互角で戦える相手が見つかるかもしれないのだ。
そんな時、1は何者かが上空から飛来してくるのに気がついた。
「何だ……?」
眉をひそめて状況をうかがっていると、四、五人ほどの人影が、赤龍の前に降り立った。そして、彼らは中へと入って行く。
「客人か?何か、このへんじゃ見かけねえツラだな」
妙に気になって、1はリリスたちの元へ戻ることにした。
赤龍の最上階にある執務室。窓からのぞくと、1ミカが熱心にリリスの講義を受けていた。彼女は意外と頭の回転が早いようで、説明をしているリリスも、心なしか楽しそうだ。1が窓ガラスをノックすると、手慣れた様子でリリスが窓を開ける。1が妙なところから赤龍に入り込むのは、珍しくないことだった。
「お帰りなさい、あなた」
少し驚きつつ、1ミカが1を温かく迎える。一方、リリスの反応は真逆だった。すっと目を細め、腕を組んで険しい表情を向けてくる。先ほどエスケープされたことを、根に持っているようだ。
「戻ってくるとはいい度胸……いえ、善い心がけです。さっそく講義の続きを」
「いや待て、そうじゃねえ」
1の書斎机に大量の書類を置こうとしたリリスを、1はあわてて制した。
「何ですか?」
顔をこちらに向けようともせず机に課題を積み上げる、リリス。しかし、次の瞬間、彼女は作業を中断せざるを得なかった。ノックの音とともに、配下の悪魔が入室してくる。
「ルシファー様に、お客様がお見えです」
配下は、1本人にではなく、リリスに報告する。よく考えれば失礼な話だが、この場にいる誰もが特に気にはしなかった。
「何者ですか?」
怪訝そうに、リリスが問う。今日は、来客の予定はなかったはずだ。少し躊躇しつつ、配下は答える。
「何でも……天界からの、使者だとか」
「…………!!」
1ミカが、息を呑む。その顔色は、決していいものではなかった。
赤龍の一角にある、応接室。天界からの使者と名乗る者たちは、そこに通された。人数は四人。そのうち、女性は一人だけだ。応接室に向かう途中、廊下に面した窓からのぞき見ると、彼らは興味深そうに、あるいはどこか不安そうに部屋の中を見学していた。
「失礼します」
先頭を歩いていたリリスが、応接室のドアを開ける。彼女に続いて、1と1ミカも入室した。
ガラスのテーブルを挟んで、向かい合う形でソファーに腰掛ける。
来客の中の紅一点を見て、1ミカが表情を変えた。
「カマエル……!」
「やはりここにいたのですね、ミカエル」
カマエル、と呼ばれた女性が、温和に微笑む。1ミカより少し年上の、落ち着いた雰囲気の美人だ。1とリリスの視線に気づき、カマエルは優雅に会釈する。
「お初お目にかかります、私はカマエル。天使長の命により、使者としてこちらに参りました」
「天使長……」
リリスが、カマエルの言葉を繰り返す。ミカエルの来訪の件について、天界から何らかのリアクションがあるだろうと予想はしていたが、まさか天使長の手の者が出てくるとは。
「ん?天使長は、ミカエルじゃねえのか?」
違和感を覚え、何の気なしに1は尋ねる。2や3の世界ではミカエルは天使長なので、自分の世界もそうだと思い込んでいたのだ。
あわてて、1ミカがそれを否定した。
「まさか!私は一介の大天使に過ぎん!」
「失礼いたしました、とんだご無礼を」
カマエルに、リリスが謝罪する。先ほどの1の発言は、地獄の王ルシファーは天界のトップの名前すら知りません、と言ったも同然だ。しかし、気分を害する様子もなく、カマエルは首を振る。
「いえ、天界と地獄は長きにわたり交流がなかったのですから、ルシファー殿がこちらの事情をご存じないのも無理はないことです」
「それで、用件は何だよ?前置きはいいから、さっさと言え」
「ルシファー様!」
単刀直入に話を切り出す1を、リリスが睨みつける。彼女としては、敵対する勢力の使者に対して落ち度を見せるわけにはいかないというのに、この主君はそれを理解する気はないようだ。
不躾な応対をされたにも関わらず、カマエルは笑みを絶やすことなく、頷いた。
「お話が早くて助かります。私たちは、ミカエルを天界に連れ戻すようにと、天使長メタトロンに命じられました」
「メタトロン……」
聞いたことねえな、と首をひねる1。そんな彼を尻目に、1ミカが反発する。
「わたくしは天界に戻るつもりはない!ルシファー殿とわたくしがともにいるのは、神の盟約に従ってのことだ!」
「神の盟約は、確かに重要なものです。ですが、天使長の命令とて軽んじられるものではないでしょう?」
感情的に声を荒げるミカエルを、カマエルが優しく諭す。口調は柔らかだが、一歩も引くつもりはないという意志が感じられた。弱りきって、1ミカが哀願する。
「あの男のことなど、わたくしにとってはどうでもいいのだ。頼む、このまま放っておいてくれ」
「そうはいきませんよ。あの方にとって、貴女はとても大切な存在なのですから」
嫌悪感を露わに、1ミカが歯噛みする。状況が分からず、1はリリスの方へ視線を向けるが、彼女も困惑しているようだった。そんな彼らに気づき、カマエルは謝意を表する。
「話を中断させてしまい、申し訳ありません。メタトロンは、ミカエルを必要としているのです。彼女を天界へ連れて行くことを、お許し願えませんか?」
「俺様は、別に構わねえがな」
「ルシファー殿!!」
1ミカが、非難の声を上げる。その場を制したのは、意外にもリリスだった。
「お待ちください。もう少し詳しいことがわかりませんと、こちらとしては対処に困ります。何しろ、神の盟約が関わってくるのですから」
毅然とした態度で、リリスはカマエルを問いただす。1ミカがどうなろうと彼女に関係はないが、地獄がとばっちりで被害をこうむることは、あってはならない。リリスの言葉の意図を汲みとり、カマエルがきっぱりと告げる。
「ご安心ください、そちらのご迷惑になるようなことはいたしません」
「と、申しますと?」
鋭く、リリスが詰問する。下手なごまかしは通用しない、と言わんばかりの彼女に、カマエルも真剣な顔で応じた。
「彼女を、ミカエルの地位から解任します。そうすれば、彼女はただの天使になり、ルシファー殿とは無関係になりますから」
「なっ……!!」
カマエルが提示した計画は、1ミカを絶句させるものだった。彼女の意志を完全に無視した、あまりにも無慈悲な処置に、さすがにリリスも言葉を詰まらせる。
「……確かに……そうすれば、神の盟約には抵触しませんが……」
先ほどとはうってかわって、歯切れの悪い態度をとる、リリス。葛藤する彼女を後押しするように、カマエルが畳み掛ける。
「今ならば、無意味に事を荒立てることなく穏便に済ませられます。いかがでしょうか?」
「わたくしの意志はどうなる!」
「貴女個人のわがままで、周囲を振り回すのはおやめなさい。場合によっては、天界と地獄全体の問題に発展しかねないのですよ?」
食い下がる1ミカを、カマエルがたしなめる。さすがに、彼女の態度も厳しいものになっていた。
「ちょっと待て、それはどういう意味だ」
今までずっと黙って成り行きを見守っていた1が、横やりを入れる。女同士のくだらない言い争いだと思って聞き流していたが、どうも話が物騒になってきたような気がする。彼の勘が正しいことを示すように、リリスが問いを重ねた。
「彼女を返さなければ、天界と戦争になる……ということですか」
「その可能性も視野に入れていただいて構いません」
リリスの推測を、カマエルが肯定する。無言のままでリリスは1に目配せして、指示を仰いだ。地獄の政務を主に取り仕切っているのは彼女だが、最終的な決定権は1にある。けれど、いつまでたっても彼からの返答はなかった。眉を寄せて、じっと考え込んでいる。
「ルシファー様?」
不審に思い、リリスは1に呼びかけた。たいがいの場合、即決即答の彼にしては、珍しい反応だ。沈黙の時をさらに費やした後、1はようやく口を開いた。
「……時間をくれねえか」
「ルシファー殿……?」
驚いたように、1ミカが1を仰ぎ見る。
「少し、考えたいことがある。頼む」
真剣な面持ちで、1はカマエルを正面から見据えた。地獄の王に面と向かってそこまで言われては、彼女としても彼の意志を尊重せざるをえない。
「……良い返事をお待ちしています、ルシファー殿」
にっこり笑って、カマエルは1の提案を受け入れた。
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
- ジャンル:小説・文学
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