L-Triangle!3-4
- 2014/04/18
- 00:06
短い会談の後、天界の使者たちは翌日に1ミカを迎えに来ると言い残して、退室した。天界の使者たちが去り、緊張が抜けたのか、1ミカは重いため息を吐く。
「ルシファー殿……わたくしをすぐに引き渡さなかったこと、感謝する」
「まあ、お前にも色々と事情があるみてえだからな」
礼を言われ、1は軽く首を振った。彼としては、助けてやったつもりはない。今後どうするかは、彼女次第だ。
「話せよ。メタトロンってのと、どういう関係だ」
「…………」
1の口調は、質問するというより、命令に近かった。つまりは、拒否権がない。観念したように、1ミカは憂いを帯びた表情で窓辺に立った。外は日が暮れ始め、紫の色合いがより濃くなっている。
「……カマエルが話していたとおり、メタトロンは天界の天使長だ。彼は、神に選ばれて、永きにわたり神の代理人として天界に君臨している」
「永きにわたり……ということは、その方は善き君主だということですか」
茶器を片付けつつ、リリスが尋ねる。地獄の王は頻繁に交代するので、いつまでたっても政治が落ち着かないのだ。
「確かに、そうかもしれぬ。天界には、争いごとがめったにないからな」
「その君主サマとやらが、何でお前を必要としているんだ?」
1に問われ、1ミカは少しためらった後、沈痛な面持ちで打ち明けた。
「……わたくしが、あの男の婚約者だからだ」
「婚約者……?」
リリスが、不審そうに1ミカを見る。彼女が何か言うより先に、1ミカは付け加えた。
「正確には、わたくしの遥か遠い前世、だがな。
かつて、メタトロンは一人の女性と恋仲だったそうだ。
しかしある時、彼は神の代理人として天界に君臨せよという啓示を受け、永遠に近い寿命を賜った。そのため、恋人の方が先に世を去ってしまう。
いつまでも彼女とともにいたいと願ったメタトロンは、転生した彼女を探し出し、その者を妻とした。
そのようなことを、あの男は幾度も繰り返しているのだ」
説明を終え、1ミカは口を閉ざす。気まずい沈黙が、部屋全体を支配した。
「……それは……傍で聞いている限りは、ロマンチックな話のように聞こえますが……」
言葉を選びつつ、リリスが見解を述べる。彼女にとっても、おそらくは1にとっても、メタトロンと1ミカの因縁は彼らの常識からかけ離れたものだ。
「そうかあ?転生した本人にとっては、メタトロンは無関係な他人だろ?生まれる前のことをごちゃごちゃ言われたら、気持ち悪くねえ?」
「そうなのだ!わかってくれるか、ルシファー殿!!」
リリスとは違って実直に、1が意見する。その瞬間、1ミカが目を輝かせて1の手を取った。初めて理解者に出会えて、喜びを隠せないようだ。咳払いをして興奮を落ち着けた後、1ミカは話を続ける。
「わたくしは、物心ついた時からメタトロンに引き取られ、共に暮らすよう命じられた。その間、彼奴の恋人と常に比較され、わたくしの意志などないも同然だった。
このまま思い通りにされてたまるか、とわたくしはメタトロンの元を飛び出し、ミカエルの称号を得たのだ。ルシファー殿、貴殿が迎えに来てくれる可能性を信じて」
「いや、勝手に期待されても困るんだが……」
「しかし、事実、貴殿は来たではないか!」
困惑しつつ反論する1に、1ミカが詰め寄る。彼女にとって、1は唯一残された希望だったのだ。
「幼少時から自分好みに育てたあげくに、妻に娶る……ですか。虫唾が走りますね」
リリスが、顔をしかめる。そういった状況を夢見る者もいるだろうが、彼女はそうではない。鼻先が触れるほど顔を近づけていた1ミカが、1に訴えた。
「お願いだ、ルシファー殿!わたくしを、天界に引き渡さないでくれ!天界に戻ったら、わたくしは……あの男に、手籠めにされてしまう!」
「…………」
すがるような視線で見つめられ、1は渋面になる。弱肉強食の世界に身を置いている彼は、2や3とは違い、情だけでは動かない。それは、リリスも同じだった。
「……ですが、貴女を渡さなければ、天界は地獄に攻め込む、とメタトロンは言っているのでしょう?戦争の火種を持ち込んだということを、貴女は理解していますか?」
咎めるような眼差しとともに、リリスが1ミカに詰問する。情がないと思われようが、彼女にとって最優先すべきは主君であり、彼が統治する地獄だ。哀しげに、1ミカは床に視線を落とす。
「……わたくしが我慢をすれば良いのはわかっている。しかし、どうしても嫌なのだ。ルシファー殿がわたくしを拒絶するというのならば……わたくしは、死を選ぶ」
悲壮な決意に、1ミカの銀色のまつ毛が震えた。同情を得るための演技などではない。1の返答によっては、宣言通りのことを彼女は実行するだろう。
「……いかがなさいますか、ルシファー様」
リリスが、静かに1に問う。そこにはいつも通り、絶対の信頼がある。
「……思ったんだけどよ」
「はい」
「これって、すっげえ個人的な問題だよな?何で戦争にまで発展するんだ」
それは、1の心にずっと引っかかっていた疑問だった。神の盟約や前世といったややこしい事情が絡むものの、それらの要素を除けば単なる痴情のもつれではないか。難しい単語や説明を全て聞き流した1は、かえって物事の本質を正確にとらえていた。
「それは……メタトロンが、宣戦布告をしているからで」
困惑しつつ1ミカが返答しようとするのを、1は遮る。いたずらを思いついた悪童のように、彼は無邪気に笑い、告げた。
「そんな堅苦しく考えねえで、決闘すればいいじゃねえか。俺様とメタトロンが殴り合いをして、勝った方が正義。それで良くねえ?」
「ルシファー殿……!?」
「…………」
美女二人の視線が、1に集中する。肩を大きく回し、1は指の関節を鳴らす。普段に増して活力にあふれ、実に楽しそうだ。
「天使長がどんだけのもんか、俺様が試してやるぜ」
1が天界の使者に猶予を乞うたのは、どうにかして決闘に持ち込めないかと考えたためだった。彼としては、別に戦争になるのは構わないのだが、直接殴り合いができるならその方がいい。
「わたくしのために、戦ってくれるのか……?」
放心したように、1ミカが尋ねる。正直なところ、彼女は1が自分より地獄の平穏をとると思っていた。まさか、彼がそんなことを考えているとは予想もしなかった。
「勘違いするな、お前のためじゃねえ。俺様が戦いたいからだ。いいだろ?リリス」
「……私は、いかなる時もルシファー様の決定に従います。天界がその提案を受け入れるかどうかは別問題ですが」
1に意見を求められ、リリスはいつも通り、機械的に返事を返した。もちろん、いい加減な気持ちで彼に接しているわけではない。自分の助言は必要ないと、判断したからだ。
「天界側から地獄に頼みごとをしに来てるんだ。こっちの流儀に従うのが道理だろ」
あっさりと言い放つ、1。こうなった以上、考えを変えるつもりは彼にはない。リリスが、重々しく頭を下げた。
「……かしこまりました。天界の使者には、そのように伝えましょう」
「リリス殿も……いいのか?」
ためらいつつ、1ミカが問いかける。敗北すれば、1もリリスもただではすまないだろう。自分で持ちかけた話だが、それでいいのかと思ってしまう。
「ルシファー様の決定は、絶対ですから」
1ミカの心配を払しょくするかのように、リリスが断言した。彼女は、1が正しいと思っているし、彼の勝利を確信している。
「ありがとう……」
感激で胸がいっぱいになり、1ミカは二人に礼を言う。その目には、涙が光っていた。
天界の使者は翌日に来るので、その際にこちらの意向を伝えることに決めて、この日は解散となった。
そしてその夜、自室でトレーニングしている1を、1ミカが訪れた。
「ルシファー殿、少しいいか?」
「何の用だよ?」
ベッドに腰掛けたまま、ダンベルを片手に1が彼女を見る。決闘に備えるためではなく、ただの日課だ。彼はいついかなる時も、鍛練を忘れない。言いにくそうに、1ミカが話を切り出した。
「その……誤解を解いておこうと思ってな」
「誤解?」
ダンベルを置いて、1は聞き返す。相変わらず、ムードもへったくれもない有様だ。言葉を選びつつ、彼女は打ち明けた。
「わたくしは、貴殿を利用するだけのために、ミカエルになったのだと」
「違うのかよ?」
きょとんとして、1は問う。彼としては、そのことで気分を害してはいない。正直、自分の力を利用されることについては、リリスとの付き合いで慣れてしまっていた。
弱肉強食のこの世界では、強者をうまくその気にさせて意のままになるよう仕向ける知恵もひとつの力だと、彼は認めている。
だが、1ミカは激しく首を振った。
「違うのだ!わたくしは、ルシファー殿に好意を持っている!」
「そう言われてもな……俺様にひと目惚れしたわけでもねえんだろ?」
対する1は、意外なほどに冷静である。かつて腕試しのために地獄中を放浪していた彼は、様々な人間模様を見てきた。恋愛をしたことも一度や二度ではない。
メタトロンから逃げる口実以外の思惑が、1ミカにあるとは思えなかった。
疑念を向けられ、1ミカはなおも必死の形相で食い下がる。
「貴殿自身については、確かに多くを知らない。だが、ルシファーの称号に関する話は、自分なりに色々と調べたのだ。
ルシファーの候補者は、リリスの候補者に見いだされることによって資格を得、彼女を守りながら王位を目指すのだろう?」
「まあな。実際は大したことはしてねえぞ?あいつ、有能だから」
1ミカの疑問を、1は肯定した。実際、彼はリリスに誘われて新たなルシファーを決めるトーナメントに出場し、ひたすら戦っただけに過ぎない。その間、リリスは彼を補佐するセコンドの立場だった。他の候補者たちはさておき、二人の間に甘いやりとりなど皆無であった。
もっとも、ルシファーあるいはリリス候補者が殺害された場合、パートナーも失格になるので、彼女を窮地から救ったことは何度かあるし、逆に助けられたこともある。
「されど、一人の女性を守りながら戦い抜くなど、並大抵の覚悟ではできないはず。それを知り、わたくしはルシファーに憧れを抱いたのだ。そのような殿方ならば、わたくしも妻となるのに異存はないと、そう思えた」
熱のこもった眼差しとともに、1ミカが1の方へと歩み寄る。どうしたのかと動向を窺がっていると、ふいに顔を覗き込まれた。蒼銀の柔らかな髪のひとふさが、1の頬をかすめる。
「……おい、近づきすぎだ」
吐息がかかる距離に、さすがに1が1ミカをたしなめる。思春期の少年ではないのでさして動揺もしないが、無防備にも程がある。1の忠告を、1ミカは聞き入れなかった。
「ルシファー殿、わたくしは、本気で貴殿に恋をしている。そのことを、どうかわかっていただきたい!」
「ちょっ……待て、わかったから、離れろ!」
真剣な面持ちで告白され、1は狼狽える。何をそんなにむきになっているのかと、1は訝った。思いのたけをぶつけて少し落ち着いたらしく、1ミカは1の隣に座った。まだきわどい距離だな、と内心1は思う。
「……ルシファー殿」
「ん?」
「リリス殿と恋愛関係ではないというのは、真か?」
不安そうに、1ミカが尋ねる。1は、彼女がこれほど強引に迫ってくる理由が、ようやくわかった気がした。彼に好意を抱いた女のほとんどが通る道である。
「あー……よく勘違いされるがな。あいつとはそういうんじゃねえよ」
そっけない調子で、1は答えた。このテの質問には、いつもこんなふうに返している。それでも、たいていの女は彼の言葉を信じない。1ミカもそうだった。
「リリス殿は、貴殿のことを好みのタイプではないと言っていたが……」
「ああ。おもしれえやつだろ?」
愉快そうに、1は笑う。険しい顔で、1ミカは沈黙した。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。あまりに長いこと1ミカが黙っているので、1は不審に思い、声をかけた。
「どうした?」
ふいに、1ミカが立ち上がった。何事かと驚く1に指をつきつけ、力強く宣言する。
「ルシファー殿は、わたくしにとってはものすごーく好みのタイプだからな!覚えておいてくれ」
「お、おう」
勢いに押され、1は曖昧に頷いた。彼女が、リリスに対抗心を燃やしていることは明らかだった。
「用件はそれだけだ。おやすみなさい、あなた」
艶っぽく微笑んで、1ミカは退室する。周囲を引っ掻き回し、気が済んだら去って行く。まるで嵐のような振る舞いだ。
「……まあ、おもしれえやつだな、あいつも」
遠ざかって行く足音を聞きつつ、1は苦笑していた。
「ルシファー殿……わたくしをすぐに引き渡さなかったこと、感謝する」
「まあ、お前にも色々と事情があるみてえだからな」
礼を言われ、1は軽く首を振った。彼としては、助けてやったつもりはない。今後どうするかは、彼女次第だ。
「話せよ。メタトロンってのと、どういう関係だ」
「…………」
1の口調は、質問するというより、命令に近かった。つまりは、拒否権がない。観念したように、1ミカは憂いを帯びた表情で窓辺に立った。外は日が暮れ始め、紫の色合いがより濃くなっている。
「……カマエルが話していたとおり、メタトロンは天界の天使長だ。彼は、神に選ばれて、永きにわたり神の代理人として天界に君臨している」
「永きにわたり……ということは、その方は善き君主だということですか」
茶器を片付けつつ、リリスが尋ねる。地獄の王は頻繁に交代するので、いつまでたっても政治が落ち着かないのだ。
「確かに、そうかもしれぬ。天界には、争いごとがめったにないからな」
「その君主サマとやらが、何でお前を必要としているんだ?」
1に問われ、1ミカは少しためらった後、沈痛な面持ちで打ち明けた。
「……わたくしが、あの男の婚約者だからだ」
「婚約者……?」
リリスが、不審そうに1ミカを見る。彼女が何か言うより先に、1ミカは付け加えた。
「正確には、わたくしの遥か遠い前世、だがな。
かつて、メタトロンは一人の女性と恋仲だったそうだ。
しかしある時、彼は神の代理人として天界に君臨せよという啓示を受け、永遠に近い寿命を賜った。そのため、恋人の方が先に世を去ってしまう。
いつまでも彼女とともにいたいと願ったメタトロンは、転生した彼女を探し出し、その者を妻とした。
そのようなことを、あの男は幾度も繰り返しているのだ」
説明を終え、1ミカは口を閉ざす。気まずい沈黙が、部屋全体を支配した。
「……それは……傍で聞いている限りは、ロマンチックな話のように聞こえますが……」
言葉を選びつつ、リリスが見解を述べる。彼女にとっても、おそらくは1にとっても、メタトロンと1ミカの因縁は彼らの常識からかけ離れたものだ。
「そうかあ?転生した本人にとっては、メタトロンは無関係な他人だろ?生まれる前のことをごちゃごちゃ言われたら、気持ち悪くねえ?」
「そうなのだ!わかってくれるか、ルシファー殿!!」
リリスとは違って実直に、1が意見する。その瞬間、1ミカが目を輝かせて1の手を取った。初めて理解者に出会えて、喜びを隠せないようだ。咳払いをして興奮を落ち着けた後、1ミカは話を続ける。
「わたくしは、物心ついた時からメタトロンに引き取られ、共に暮らすよう命じられた。その間、彼奴の恋人と常に比較され、わたくしの意志などないも同然だった。
このまま思い通りにされてたまるか、とわたくしはメタトロンの元を飛び出し、ミカエルの称号を得たのだ。ルシファー殿、貴殿が迎えに来てくれる可能性を信じて」
「いや、勝手に期待されても困るんだが……」
「しかし、事実、貴殿は来たではないか!」
困惑しつつ反論する1に、1ミカが詰め寄る。彼女にとって、1は唯一残された希望だったのだ。
「幼少時から自分好みに育てたあげくに、妻に娶る……ですか。虫唾が走りますね」
リリスが、顔をしかめる。そういった状況を夢見る者もいるだろうが、彼女はそうではない。鼻先が触れるほど顔を近づけていた1ミカが、1に訴えた。
「お願いだ、ルシファー殿!わたくしを、天界に引き渡さないでくれ!天界に戻ったら、わたくしは……あの男に、手籠めにされてしまう!」
「…………」
すがるような視線で見つめられ、1は渋面になる。弱肉強食の世界に身を置いている彼は、2や3とは違い、情だけでは動かない。それは、リリスも同じだった。
「……ですが、貴女を渡さなければ、天界は地獄に攻め込む、とメタトロンは言っているのでしょう?戦争の火種を持ち込んだということを、貴女は理解していますか?」
咎めるような眼差しとともに、リリスが1ミカに詰問する。情がないと思われようが、彼女にとって最優先すべきは主君であり、彼が統治する地獄だ。哀しげに、1ミカは床に視線を落とす。
「……わたくしが我慢をすれば良いのはわかっている。しかし、どうしても嫌なのだ。ルシファー殿がわたくしを拒絶するというのならば……わたくしは、死を選ぶ」
悲壮な決意に、1ミカの銀色のまつ毛が震えた。同情を得るための演技などではない。1の返答によっては、宣言通りのことを彼女は実行するだろう。
「……いかがなさいますか、ルシファー様」
リリスが、静かに1に問う。そこにはいつも通り、絶対の信頼がある。
「……思ったんだけどよ」
「はい」
「これって、すっげえ個人的な問題だよな?何で戦争にまで発展するんだ」
それは、1の心にずっと引っかかっていた疑問だった。神の盟約や前世といったややこしい事情が絡むものの、それらの要素を除けば単なる痴情のもつれではないか。難しい単語や説明を全て聞き流した1は、かえって物事の本質を正確にとらえていた。
「それは……メタトロンが、宣戦布告をしているからで」
困惑しつつ1ミカが返答しようとするのを、1は遮る。いたずらを思いついた悪童のように、彼は無邪気に笑い、告げた。
「そんな堅苦しく考えねえで、決闘すればいいじゃねえか。俺様とメタトロンが殴り合いをして、勝った方が正義。それで良くねえ?」
「ルシファー殿……!?」
「…………」
美女二人の視線が、1に集中する。肩を大きく回し、1は指の関節を鳴らす。普段に増して活力にあふれ、実に楽しそうだ。
「天使長がどんだけのもんか、俺様が試してやるぜ」
1が天界の使者に猶予を乞うたのは、どうにかして決闘に持ち込めないかと考えたためだった。彼としては、別に戦争になるのは構わないのだが、直接殴り合いができるならその方がいい。
「わたくしのために、戦ってくれるのか……?」
放心したように、1ミカが尋ねる。正直なところ、彼女は1が自分より地獄の平穏をとると思っていた。まさか、彼がそんなことを考えているとは予想もしなかった。
「勘違いするな、お前のためじゃねえ。俺様が戦いたいからだ。いいだろ?リリス」
「……私は、いかなる時もルシファー様の決定に従います。天界がその提案を受け入れるかどうかは別問題ですが」
1に意見を求められ、リリスはいつも通り、機械的に返事を返した。もちろん、いい加減な気持ちで彼に接しているわけではない。自分の助言は必要ないと、判断したからだ。
「天界側から地獄に頼みごとをしに来てるんだ。こっちの流儀に従うのが道理だろ」
あっさりと言い放つ、1。こうなった以上、考えを変えるつもりは彼にはない。リリスが、重々しく頭を下げた。
「……かしこまりました。天界の使者には、そのように伝えましょう」
「リリス殿も……いいのか?」
ためらいつつ、1ミカが問いかける。敗北すれば、1もリリスもただではすまないだろう。自分で持ちかけた話だが、それでいいのかと思ってしまう。
「ルシファー様の決定は、絶対ですから」
1ミカの心配を払しょくするかのように、リリスが断言した。彼女は、1が正しいと思っているし、彼の勝利を確信している。
「ありがとう……」
感激で胸がいっぱいになり、1ミカは二人に礼を言う。その目には、涙が光っていた。
天界の使者は翌日に来るので、その際にこちらの意向を伝えることに決めて、この日は解散となった。
そしてその夜、自室でトレーニングしている1を、1ミカが訪れた。
「ルシファー殿、少しいいか?」
「何の用だよ?」
ベッドに腰掛けたまま、ダンベルを片手に1が彼女を見る。決闘に備えるためではなく、ただの日課だ。彼はいついかなる時も、鍛練を忘れない。言いにくそうに、1ミカが話を切り出した。
「その……誤解を解いておこうと思ってな」
「誤解?」
ダンベルを置いて、1は聞き返す。相変わらず、ムードもへったくれもない有様だ。言葉を選びつつ、彼女は打ち明けた。
「わたくしは、貴殿を利用するだけのために、ミカエルになったのだと」
「違うのかよ?」
きょとんとして、1は問う。彼としては、そのことで気分を害してはいない。正直、自分の力を利用されることについては、リリスとの付き合いで慣れてしまっていた。
弱肉強食のこの世界では、強者をうまくその気にさせて意のままになるよう仕向ける知恵もひとつの力だと、彼は認めている。
だが、1ミカは激しく首を振った。
「違うのだ!わたくしは、ルシファー殿に好意を持っている!」
「そう言われてもな……俺様にひと目惚れしたわけでもねえんだろ?」
対する1は、意外なほどに冷静である。かつて腕試しのために地獄中を放浪していた彼は、様々な人間模様を見てきた。恋愛をしたことも一度や二度ではない。
メタトロンから逃げる口実以外の思惑が、1ミカにあるとは思えなかった。
疑念を向けられ、1ミカはなおも必死の形相で食い下がる。
「貴殿自身については、確かに多くを知らない。だが、ルシファーの称号に関する話は、自分なりに色々と調べたのだ。
ルシファーの候補者は、リリスの候補者に見いだされることによって資格を得、彼女を守りながら王位を目指すのだろう?」
「まあな。実際は大したことはしてねえぞ?あいつ、有能だから」
1ミカの疑問を、1は肯定した。実際、彼はリリスに誘われて新たなルシファーを決めるトーナメントに出場し、ひたすら戦っただけに過ぎない。その間、リリスは彼を補佐するセコンドの立場だった。他の候補者たちはさておき、二人の間に甘いやりとりなど皆無であった。
もっとも、ルシファーあるいはリリス候補者が殺害された場合、パートナーも失格になるので、彼女を窮地から救ったことは何度かあるし、逆に助けられたこともある。
「されど、一人の女性を守りながら戦い抜くなど、並大抵の覚悟ではできないはず。それを知り、わたくしはルシファーに憧れを抱いたのだ。そのような殿方ならば、わたくしも妻となるのに異存はないと、そう思えた」
熱のこもった眼差しとともに、1ミカが1の方へと歩み寄る。どうしたのかと動向を窺がっていると、ふいに顔を覗き込まれた。蒼銀の柔らかな髪のひとふさが、1の頬をかすめる。
「……おい、近づきすぎだ」
吐息がかかる距離に、さすがに1が1ミカをたしなめる。思春期の少年ではないのでさして動揺もしないが、無防備にも程がある。1の忠告を、1ミカは聞き入れなかった。
「ルシファー殿、わたくしは、本気で貴殿に恋をしている。そのことを、どうかわかっていただきたい!」
「ちょっ……待て、わかったから、離れろ!」
真剣な面持ちで告白され、1は狼狽える。何をそんなにむきになっているのかと、1は訝った。思いのたけをぶつけて少し落ち着いたらしく、1ミカは1の隣に座った。まだきわどい距離だな、と内心1は思う。
「……ルシファー殿」
「ん?」
「リリス殿と恋愛関係ではないというのは、真か?」
不安そうに、1ミカが尋ねる。1は、彼女がこれほど強引に迫ってくる理由が、ようやくわかった気がした。彼に好意を抱いた女のほとんどが通る道である。
「あー……よく勘違いされるがな。あいつとはそういうんじゃねえよ」
そっけない調子で、1は答えた。このテの質問には、いつもこんなふうに返している。それでも、たいていの女は彼の言葉を信じない。1ミカもそうだった。
「リリス殿は、貴殿のことを好みのタイプではないと言っていたが……」
「ああ。おもしれえやつだろ?」
愉快そうに、1は笑う。険しい顔で、1ミカは沈黙した。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。あまりに長いこと1ミカが黙っているので、1は不審に思い、声をかけた。
「どうした?」
ふいに、1ミカが立ち上がった。何事かと驚く1に指をつきつけ、力強く宣言する。
「ルシファー殿は、わたくしにとってはものすごーく好みのタイプだからな!覚えておいてくれ」
「お、おう」
勢いに押され、1は曖昧に頷いた。彼女が、リリスに対抗心を燃やしていることは明らかだった。
「用件はそれだけだ。おやすみなさい、あなた」
艶っぽく微笑んで、1ミカは退室する。周囲を引っ掻き回し、気が済んだら去って行く。まるで嵐のような振る舞いだ。
「……まあ、おもしれえやつだな、あいつも」
遠ざかって行く足音を聞きつつ、1は苦笑していた。
スポンサーサイト
- テーマ:ファンタジー小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:L-Triangle!3
- CM:0
- TB:0