L-Triangle!4-1
- 2014/05/20
- 21:05
歓喜が、満ち溢れていた。老いも若きも、心の底から笑い、お祭り騒ぎに興じている。
いや、それは喜びではない、狂気だ。建物の陰から様子をうかがいつつ、彼女は唇を噛んだ。
広場の高台では、身なりのいい男が演説をしている。
その顔には、見覚えがあった。隣国の領主だ。何もできずにただ震えていただけの、臆病者。
「ご覧ください、皆さん!」
隣国の領主が、ある一点を指し示す。広場の注目が、そこへと集中した。
それは、巨大な板張りの十字架だった。ひとりの、若い男が磔にされている。その身はずたずたに裂かれ、槍が心臓を貫いていた。
「魔王に加担していた邪悪なる領主は、その報いを受けました。我々を脅かす存在は、もういない。我々は、自由になったのです!」
人々が、歓声を上げる。台上の男の首を断ち切りたい衝動に駆られ、彼女は必死で己を戒めた。
今は、誰にも気取られるわけにはいかない。誰かに気づかれれば、彼女はたちまち捕えられ、処刑されるだろう―――愛する彼と、同じように。
彼女がこうしている間にも、演説は続いている。
「これも皆、勇者様のおかげです!讃えましょう、我らが勇者様を!」
「勇者様、万歳!!」
その声を合図に、人々の勇者を讃える声が幾重にも重なった。喧騒に紛れるようにして、彼女は行動を開始する。
ここにいては、おかしくなってしまいそうだった。
「……待ってなよ、ヨハネ」
その場を去る前に、磔にされた青年の顔を、彼女はもう一度見た。青年の表情は、変わらない。それはそうだろう、彼はすでに、この世のものではないのだから。
「必ずあの勇者を殺して、あんたの仇を討ってやる!」
そう呟いて、彼女は走り出す。疾風のように去る背中は闇に溶け、やがて、完全に見えなくなった。
東に魔王の支配に苦しむ地があり、西に勇者に解放された地がある。この世界の情勢は、実に多岐に渡る。だが、三体の魔王が降臨しながら、彼らの存在すら知られることなく平和を謳歌している街、というのは非常に稀有な例だろう。
その奇妙な街・ナンナルの郊外の屋敷では、地獄の王・ルシファー達が今日もそれぞれの世界からやって来ていた。
さて、彼らが今、何をしているかと言うと……。
「嘘だろ……!?この、俺様が……」
衝撃を受けて、ルシファーその1……略して1は、がっくりとひざをついた。鍛え抜かれた体が、小刻みに震えている。大胆不敵な彼らしくない、狼狽ぶりだ。
「これが現実ってやつだよ。思い知ったか」
ソファーにふんぞり返り、ルシファーその2……略して2が、1を見下す。細身の彼がいつもより強大な存在に感じられ、1はあわててその考えを否定した。
「うーん……ちょっと意外だったかなあ」
本棚の前のいすに座り、ルシファーその3……略して3が、のんびりと首をかしげる。その優雅な動作からは、余裕が感じられた。低い唸り声が、1の口から洩れる。
「この中で、俺様が一番、年下だあ!?ありえねえだろ、お前ら!!」
激昂し、1は床をどん、と叩いた。
事の発端は、ほんの些細なことだった。いつも通りの世間話から、互いの年齢について話題が発展し、現在に至る。
「正確な年齢は覚えてねえが……お前の十倍以上は確実に生きてるぜ、俺」
「私は、そこまではいかないかな……」
歯ぎしりをする1に、2が更なる追い打ちをかけ、3もそれに続く。3には悪気はないのだが、それが余計に性質が悪かった。
「っていうか、君、そんなに長生きなの!?」
「神が世界を創造したのとほぼ同じ頃に生まれてるからな」
ワンテンポ遅れて驚く3に、2はあっさりと頷く。2の世界で最初に創られたのは、元天使長である自分だ。つまりは、神を除けば彼が一番年上である。
2の発言に、1だけでなく3も絶句していた。それが本当なら、2は3の二倍……へたをすると三倍以上、生きていることになる。
(ということは、ミカ君も私よりずっと上かあ……)
2の弟のあどけない笑顔を思い出し、3は複雑な心境になった。
完全にすねて、1が床にどっかりとあぐらをかく。
「ちきしょう……ってことは、こいつらにアレは効かねえってことで……」
「なーに、ぶつぶつ言ってやがる」
「何でもねえよ」
独り言を2に聞きとがめられ、ばつが悪そうにそっぽを向く1。やがて、不機嫌そうに彼は立ち上がった。
「出かけるの?」
「ここでくさっててもしょうがねえからな」
3の問いに振り返ることなく返答し、1は乱暴な足取りで広間を出て行く。そんなに悔しがらなくてもいいのに、と3は思ったが、己の常識を覆されたショックは、わかるような気がした。
「それじゃ、私も行こうかな。カイン、君も一緒にどう?」
軽く伸びをし、3が2の方へ視線を向ける。カイン、というのは2の異世界での名前だ。ちなみに、1はシーザー、3はフォースと名乗っている。
渋い顔で、2は首を振った。
「どーせお前が行くの、教会なんだろ?誰がつき合うかよ」
ぶっきらぼうに、吐き捨てる。神や天使を崇める教会は、彼にとっては決して相容れない場所である。むしろ、悪魔のくせに教会に足しげく通う3の方がおかしいのだ。
「天界がない世界なんだから、君がダメージを負うこともないと思うけどなあ」
「気分の問題だ。俺もそこらへんをうろついてくる」
そして、屋敷を出た後、2はご丁寧にも3と正反対の方向へと歩いて行った。意地でも教会には行きたくないらしい。ため息をつき、3もまた道を進んでいく。
午後の日差しは穏やかで、散歩をするにはちょうどいい。いつまでも続くかのような、平和なひとときだった。
辺境といえど、ナンナルは立派な外壁に覆われている。魔物の襲撃があったため、強化工事が進んでいるところだ。その外壁が唯一途切れている箇所が、この街の入り口だった。
その、何の変哲もない街門を、感慨深げに見上げている人物がいた。
「……ついに、たどり着いた……」
誰に言うでもなしに、一人、ごちる。年の頃は十代後半か、赤毛の、幼さがまだ残る顔立ちの少年だ。黒い革製の防具を装備し、旅慣れた様子をしていることから、遠方から来たのだとわかる。細い背中に、彼に扱えると思えないほど巨大な大剣を背負っていた。その傍らを、銀色の、カラスくらいの大きさの翼竜が飛んでいる。
「ここに、ヤツがいる」
そう呟いて、少年は街に入る。旅人が珍しいのか、行きかう人々が、彼を好奇の眼差しで見つめていた。
瞳に強い意志を宿し、ただひたすらに中央道を突き進んでいた少年だったが、ある光景を目撃し、眉をひそめた。その視線の先には、ごろつきに絡まれて困惑しているシスターがいた。相手は二人連れで、シスターが逃げられないように、壁を作っている。
「姉ちゃん、かわいいなあ」
ごろつきのうちの、太っている方が、にやにやと笑う。
「俺ら、ここに来たばかりなんだけどよお、案内してくれねえ?」
「い、急いでいるので……」
どうにか、男たちの脇をすり抜けようとするシスターだったが、あっさりと退路を断たれた。
「かてえこと言わずにさあ、なあ?」
もう片方の、出っ歯の方が、シスターに向かって手を伸ばす。嫌悪感のあまり、シスターが涙を浮かべたその時。
「どけ。通行の邪魔だ」
赤毛の少年は、彼らに向かって声をかけた。動きを止めて、ごろつき達は少年をにらみつける。
「ああん?何だてめえ」
「ガキに用はねえよ、とっとと失せろ」
相手が、自分たちより人数でも体格面でも劣ると判断し、ごろつきたちが威嚇してくる。しかし、微塵も恐怖を感じない様子で、少年は言い返した。
「それはこちらの台詞だ」
「あんだと!?やんのかコラ!?」
「ぶっ潰すぞてめえ!!」
挑発されて、ごろつきたちがいきり立つ。シスターを下がらせ、かかってこい、というように、少年はごろつきたちに向かって不敵に笑った。
怒号とともに、ごろつきたちが突進してくる。冷静に、少年は出っ歯の方に足払いを食らわせた。見事に転倒した男の背中を踏みつけて、もう片方へかかと落しをくらわせる。折り重なるようにして、男たちは昏倒した。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はいらない。目障りだっただけだ」
おずおずと礼を言ってくるシスターに、少年はそっけなく返し、そのまま歩き出す。少し離れたところにいた翼竜が、彼の後を追った。
「……素敵な方……」
遠ざかる彼の背中を、シスターはうっとりと見つめていた。
今日のように天気がいい日には、中央広場には露店が立ち並ぶ。多くの人に混じって、1はそこを何のあてもなくふらついていた。
彼は、3と違ってナンナルの人々と交友関係を築いているわけではない。だがそれでも、麗しの聖人と名高い3の同居人ということで、自分で思っているよりも、街の人々に顔を知られていた。それに、体格が良く、赤いコートを身にまとう彼はひたすら目立つ。
人々に遠巻きに見られているのを、1は特に気にしていなかった。地獄の王ルシファーは、大衆の視線などさほど意識しないのである。
暇つぶしに、露店で売られているものを見て回る。ここに陳列されているのは、彼にとっては異世界の食物だ。気になるものがあれば、買って口にすることもある。1も、この世界の通貨を不自由がない程度には所持していた。
そんな中で、ワゴンに積まれた、紫のごつごつとした突起をもつ謎の物体が、目に止まった。
「何だこりゃ。食えるのか?」
「もちろんだよ。かじってみな」
商人に薦められ、怪訝そうに、1は得体のしれない実に歯を立てた。とろりとした蜜が、あふれ出てくる。
「へえ……甘えのな」
「珍しいだろう?遠い南の国から仕入れた果実だよ」
指先を舐めとる1に、商人が愛想よく答える。南の国と言われても1にはぴんと来ないのだが、話し好きなのか、商人はさらに続けた。
「最近、勇者様が魔王を倒してくださってね。おかげで、遠方のものも手に入るようになったんだ」
嬉しそうに、商人は他の品々を見回した。果実以外にも、色鮮やかな装飾品や雑貨類が、ずらりと並んでいる。それは、ここ以外の店も同様だった。おもしろそうなものを選びつつ、1は尋ねる。
「勇者と魔王の戦いが、最近あったのか?」
「ああ。何でも、高い塔を建てて、人々を洗脳しようとしていたとかいう、恐ろしいやつでね」
「高い、塔……?」
1が手渡す品物を袋に詰めつつ、商人は真剣な表情で頷く。
「その塔には難解な仕掛けが施されていて、誰も解けるものがいなかったって話だ」
「難解な、仕掛け……」
「だが!勇者様は見事に謎を解き、魔王を退治してくださったんだ!魔王が倒された後、邪悪な塔はあとかたもなく爆砕したということだよ!」
拳を握りしめ、商人はまるで見てきたかのように力説する。魔王や勇者が頻繁に召喚されてくるこの世界の住人にとって、英雄譚は身近な出来事だ。
「爆砕……んー……」
いつもの1ならば、必要以上に熱くなる商人に何がしかのツッコミを入れていただろうが、今の彼はそれどころではなかった。記憶のどこかに、単語がやたらと引っかかる。
「どっかで聞いたことがある話だな……」
話を流し聞きしつつ、1は首をひねる。なおも語ろうとする商人を適当にあしらっていると、商店街の方から、言い争う声が聞こえた。
「何だあ……?」
商人から紙袋を受け取り、1は興味本位で現場へと向かう。酒場の前で、店のオヤジと一人の客がもめていた。
「お客さん……困るよ、ちゃんと飲み代は払ってくれないと」
「だから、ツケにしといてくれって言ってるだろ?」
客の男が、へらへらと答える。頭にバンダナを巻いた、軽薄そうなごろつきだ。
「そんなのが通じると思うかい?あんた、よそ者だろ」
「何だよ、よそ者を差別するんじゃねえよ!」
ジト目で睨む店主に対し、ごろつきがすごむ。その迫力は皆無に等しかったが、それでも一般人である店主をひるませるには十分だった。
「おい、どうかしたのか」
見かねて、1は店主とごろつきの間に割って入った。本来ならばこの程度のいざこざは無視するところだが、その酒場は1の行きつけの店だった。独自のツテがあるのか、他の店に比べて酒の質が格段に良く、店主の自作料理が、またその酒によく合うのだ。
突然現れた巨体を目の当たりにし、ごろつきが後ずさる。
「ああ、あんたは……」
ごろつきとは対照的に、店主は少しほっとした表情になった。酒や料理を豪快に平らげ、金払いもいい1は、上客の一人だった。
「このお客さんが、飲み代を払ってくれなくて困ってるんだよ」
「だから、後から払うって言ってんだろが!」
すがるように、店主は1に助けを求める。旗色の悪さを感じ、あわててごろつきは弁解した。わめきちらして事態をうやむやにしようという魂胆だが、1には効果がない。
「バカかお前。そんなもん、通用するわけねえだろ!店のオヤジをぶっ飛ばして飲み逃げをする度胸もねえ奴が、中途半端な真似をするんじゃねえ!」
「ひいっ!!」
1の叱責に、ごろつきが情けない声を上げる。本人にそのつもりがなくても、彼は少し語気を強めただけで迫力が増す。
「あの、シーザーさん……俺、ぶっ飛ばされるのは嫌なんだけど」
店主が、1にごくまっとうな指摘をした。実を言うと、1の世界では盗みも飲み逃げも、被害者以外には特に咎められない。油断する方が悪いのだ。
「……とにかくだ。捕まっちまってる時点でてめえの負けだ。潔く払え」
「そんなこと言われても、手持ちが……」
きっぱりと断言され、ごろつきは泣きそうな表情で両手を振った。薄汚いふところからはほこり以外に何も出てこないし、ジャンプしても金の音はしなさそうである。
「知り合いはいねえのか?」
「それが、仲間たちもみんな、金がなくて……へへ」
1に対し、ごろつきは愛想笑いを浮かべた。あきらめたように、1は嘆息する。
「じゃあ、しょうがねえな」
「そ、そうなんだよ、あんた、代わりに立て替えて……」
ごろつきがすり寄ろうとするのを遮って、1は彼の襟首を掴み、ひょいと持ち上げた。
「オヤジ、ちょっと待ってろ。俺様がこいつを金に換えてきてやるからよ」
「へ!?ど、どういう……」
「内臓の一個でも売れば、飲み代なんざ楽勝だ」
1の返答を聞き、ごろつきは恐怖のあまり絶叫した。恫喝するような態度を見せなかったことから、脅しではなく本気であることがわかる。
「シーザーさん、それは、あんまり……」
「こういうのは、本来は用心棒がやるべきことだろ。今度から、いいの雇っとけ」
おずおずと諌めようとする店主に対し、1は至極当然、というふうに言い放つ。
1の世界では、店には大体、腕に覚えがある用心棒が常駐しており、盗みを働く者は彼らによって裁かれる。盗人からの『戦利品』の大半は懐に入るので、用心棒にとってもいい商売だ。1自身は経験したことはないが、昔、旅をしていた時に酒場で路銀を稼ぐことが多かったので、そのへんの事情はよく知っていた。
しかし、それはあくまで1の世界の常識であって、平和な田舎街ではあまりに物騒な考え方である。
「す、すみませんでした!命だけは、どうかご勘弁を……!」
「そんなに怯えんなって。腕のいい医者、探してやっから」
「そ、そうじゃなくて……!」
必死の命乞いも、1には届かない。それどころか、更に不穏な発言をする始末である。蒼白になったごろつきがそのまま連行されそうになった時、
「おい、何やってんだ?」
背後から、聞き慣れた声がした。振り返ると、2が不思議そうな顔でこちらへ近づいてくる。
「おう。今な……」
「あ……」
1が2に事情を説明しようとしたとき、ごろつきが動いた。涙をまき散らし、叫ぶ。
「アニキ!!」
ごろつきの視線の先にいるのは、当然2である。声をかけられてようやく存在に気づいたというように、2がごろつきの方を見た。
「トマスじゃねえか。どうした?」
「知り合いか?つーか、アニキって……」
「ああ。こいつは、俺の舎弟だ」
1の問いに、2はあっさりと答えた。トマスと呼ばれたごろつきが、哀願する。
「アニキ!助けてください!!」
「シーザー……こいつ、何やらかしたんだ?」
「酒場で飲み逃げをな」
1の報告は簡潔にもほどがあるが、内容を理解させるには十分だった。面倒くさそうに、2が頭を掻く。
「またかよ……しょうがねえなあ」
そして、2は呆気にとられている店主に歩み寄ると、貨幣が詰まった袋を差し出した。
「これで足りるか?」
「いや、むしろ多すぎるくらいだよ!ちょっと待っててくれ、今、釣りを……」
袋の中身を確認し、店主があわてて計算しようとする。しかし、2はそれを断った。
「いらねえよ。迷惑料だ」
「そんな……」
「まあ、こいつがいいって言ってるんだから、もらっておけよ」
1が、店主の説得に加わる。店主が何を言おうと、2は金を受けとらないだろう。メンツの問題だからだ。しばし考え込んだ後、店主は承諾した。
「うーん……じゃあ、いつでも都合のいい時に飲みに来ておくれよ。何か、サービスするからさ」
「ああ。気が向いたら、寄らせてもらうぜ」
店主の申し出を受け入れ、2はトマスの首根っこを引っ掴んで歩き出す。何の気なしについていこうとした1を、店主が引きとめた。
「シーザーさんも、ありがとね」
「気にすんな」
礼を言われ、1は片手を振った。店主に何かあったら、この店の酒や料理を楽しめなくなる。それは、1にとっては大きな損失だ。
「もし予定が空いているなら、今晩、店においで。いい魚が手に入ったから、ごちそうするよ。飲み代も込みで、俺の奢り」
「いいのか?店が潰れても知らねえぞ?」
「お手柔らかに頼むよ。じゃあ、待ってるからね」
店主に見送られ、1は上機嫌で2の後を追う。たまには、善行もいいものである。2はというと、トマスを引きずりつつ何事かを説教しているようだ。低い声なので詳細は聞き取れないが、トマスは半泣きで謝っている。彼らはやがて、路地裏へと消えた。
平和で牧歌的なナンナルの街も、大通りを逸れれば少し雰囲気が違ってくる。
薄暗い路地裏の一角で、先ほど赤毛の少年にいいようにあしらわれたごろつきたちが荒れていた。
「くそっ!何だってんだ、あの赤毛!」
「女みてえな顔しやがって、恐ろしく強えやつだったな」
出っ歯の男が、汚い壁を蹴りつけた。もう片方は、座り込んで放心したように空を見上げている。そんな彼らに、声をかける物好きがいた。
「よお。相変わらずバカやってんのか?お前ら」
呆れたように、2がごろつきたちに近づいていく。彼の顔を見るなり、ごろつき二人は顔を輝かせた。
「あ……アニキ!」
「お久しぶりです!あれ、トマスも一緒だったのか」
2を前にして、姿勢を正すごろつき二人。2が引きずってきたトマスも、彼らの仲間らしい。
「……何か、増えやがった……」
少し遅れて彼らに合流した1が、嫌そうに顔をしかめた。三人とも、お世辞にも強そうには見えない。
「出っ歯のやつがパウロ、デブがタダイだ」
1の失望に気づかず、2はごろつき二人を順番に指さす。身もふたもない紹介の仕方だったが、二人は特に気分を害した様子もなかった。1の迫力に気圧されつつ、パウロが聞いてくる。
「アニキ、そちらの方はお友達で?」
「ダチっつーか、腐れ縁だな」
「…………ふん」
2の返答を、1は否定も肯定もしない。多少の仲間意識はあるものの、1と2はお互いを友人とは認めていない。心のどこかに、こいつはいつか倒す相手だ、という思いが常にあるのだ。
「ずいぶんと、お強そうな方っスね」
「強そう、じゃなくて強えんだよ、俺様は」
ぶっきらぼうに、1はパウロの感想を訂正した。1の機嫌を損ねるのが怖いパウロは、あわてて謝罪する。隣にいたタダイが、パウロにこっそりと提案した。
「おい、このひとなら、あの生意気なやつに勝てるんじゃねえか?」
「お前ら、またつまらねえことで関係ないやつにケンカふっかけたんじゃねえだろうな?」
タダイの小声をしっかりと聞いていた2が、眉をひそめる。ごろつき三人がトラブルを起こすのは、日常茶飯事らしい。狼狽し、タダイが首を振った。
「ち、ちがいやすって!俺らは何も悪いことしてねえのに、あの野郎が勝手に首をつっこんできやがったんでさ」
「強いやつがこの街に来てるってのか?」
少し興味を惹かれて、1が問いかける。彼に関心を持たれたのがうれしいのか、タダイは勢い込んでしゃべり出した。
「そうなんでさあ!赤毛の、十代くれえのガキなんスけど、そいつが化け物みてえに強くて!」
「化け物みてえに……なあ」
うさんくさそうに、1はタダイの言葉を反復した。ごろつきたちの評価など、たかがしれているように思える。彼らからすれば、2や自分はどれほどの存在だろうか。
「……お前ら、そのガキにやられたってのか?」
2の目つきが、鋭さを増す。こちらに落ち度がないのに舎弟を痛めつけられたとあっては、彼としても黙っていられない。
「おもしれえ、退屈していたところだ。そいつの話を詳しく聞かせろ」
争い事が起こりそうな気配を感じ、1はにやりと笑った。
いや、それは喜びではない、狂気だ。建物の陰から様子をうかがいつつ、彼女は唇を噛んだ。
広場の高台では、身なりのいい男が演説をしている。
その顔には、見覚えがあった。隣国の領主だ。何もできずにただ震えていただけの、臆病者。
「ご覧ください、皆さん!」
隣国の領主が、ある一点を指し示す。広場の注目が、そこへと集中した。
それは、巨大な板張りの十字架だった。ひとりの、若い男が磔にされている。その身はずたずたに裂かれ、槍が心臓を貫いていた。
「魔王に加担していた邪悪なる領主は、その報いを受けました。我々を脅かす存在は、もういない。我々は、自由になったのです!」
人々が、歓声を上げる。台上の男の首を断ち切りたい衝動に駆られ、彼女は必死で己を戒めた。
今は、誰にも気取られるわけにはいかない。誰かに気づかれれば、彼女はたちまち捕えられ、処刑されるだろう―――愛する彼と、同じように。
彼女がこうしている間にも、演説は続いている。
「これも皆、勇者様のおかげです!讃えましょう、我らが勇者様を!」
「勇者様、万歳!!」
その声を合図に、人々の勇者を讃える声が幾重にも重なった。喧騒に紛れるようにして、彼女は行動を開始する。
ここにいては、おかしくなってしまいそうだった。
「……待ってなよ、ヨハネ」
その場を去る前に、磔にされた青年の顔を、彼女はもう一度見た。青年の表情は、変わらない。それはそうだろう、彼はすでに、この世のものではないのだから。
「必ずあの勇者を殺して、あんたの仇を討ってやる!」
そう呟いて、彼女は走り出す。疾風のように去る背中は闇に溶け、やがて、完全に見えなくなった。
東に魔王の支配に苦しむ地があり、西に勇者に解放された地がある。この世界の情勢は、実に多岐に渡る。だが、三体の魔王が降臨しながら、彼らの存在すら知られることなく平和を謳歌している街、というのは非常に稀有な例だろう。
その奇妙な街・ナンナルの郊外の屋敷では、地獄の王・ルシファー達が今日もそれぞれの世界からやって来ていた。
さて、彼らが今、何をしているかと言うと……。
「嘘だろ……!?この、俺様が……」
衝撃を受けて、ルシファーその1……略して1は、がっくりとひざをついた。鍛え抜かれた体が、小刻みに震えている。大胆不敵な彼らしくない、狼狽ぶりだ。
「これが現実ってやつだよ。思い知ったか」
ソファーにふんぞり返り、ルシファーその2……略して2が、1を見下す。細身の彼がいつもより強大な存在に感じられ、1はあわててその考えを否定した。
「うーん……ちょっと意外だったかなあ」
本棚の前のいすに座り、ルシファーその3……略して3が、のんびりと首をかしげる。その優雅な動作からは、余裕が感じられた。低い唸り声が、1の口から洩れる。
「この中で、俺様が一番、年下だあ!?ありえねえだろ、お前ら!!」
激昂し、1は床をどん、と叩いた。
事の発端は、ほんの些細なことだった。いつも通りの世間話から、互いの年齢について話題が発展し、現在に至る。
「正確な年齢は覚えてねえが……お前の十倍以上は確実に生きてるぜ、俺」
「私は、そこまではいかないかな……」
歯ぎしりをする1に、2が更なる追い打ちをかけ、3もそれに続く。3には悪気はないのだが、それが余計に性質が悪かった。
「っていうか、君、そんなに長生きなの!?」
「神が世界を創造したのとほぼ同じ頃に生まれてるからな」
ワンテンポ遅れて驚く3に、2はあっさりと頷く。2の世界で最初に創られたのは、元天使長である自分だ。つまりは、神を除けば彼が一番年上である。
2の発言に、1だけでなく3も絶句していた。それが本当なら、2は3の二倍……へたをすると三倍以上、生きていることになる。
(ということは、ミカ君も私よりずっと上かあ……)
2の弟のあどけない笑顔を思い出し、3は複雑な心境になった。
完全にすねて、1が床にどっかりとあぐらをかく。
「ちきしょう……ってことは、こいつらにアレは効かねえってことで……」
「なーに、ぶつぶつ言ってやがる」
「何でもねえよ」
独り言を2に聞きとがめられ、ばつが悪そうにそっぽを向く1。やがて、不機嫌そうに彼は立ち上がった。
「出かけるの?」
「ここでくさっててもしょうがねえからな」
3の問いに振り返ることなく返答し、1は乱暴な足取りで広間を出て行く。そんなに悔しがらなくてもいいのに、と3は思ったが、己の常識を覆されたショックは、わかるような気がした。
「それじゃ、私も行こうかな。カイン、君も一緒にどう?」
軽く伸びをし、3が2の方へ視線を向ける。カイン、というのは2の異世界での名前だ。ちなみに、1はシーザー、3はフォースと名乗っている。
渋い顔で、2は首を振った。
「どーせお前が行くの、教会なんだろ?誰がつき合うかよ」
ぶっきらぼうに、吐き捨てる。神や天使を崇める教会は、彼にとっては決して相容れない場所である。むしろ、悪魔のくせに教会に足しげく通う3の方がおかしいのだ。
「天界がない世界なんだから、君がダメージを負うこともないと思うけどなあ」
「気分の問題だ。俺もそこらへんをうろついてくる」
そして、屋敷を出た後、2はご丁寧にも3と正反対の方向へと歩いて行った。意地でも教会には行きたくないらしい。ため息をつき、3もまた道を進んでいく。
午後の日差しは穏やかで、散歩をするにはちょうどいい。いつまでも続くかのような、平和なひとときだった。
辺境といえど、ナンナルは立派な外壁に覆われている。魔物の襲撃があったため、強化工事が進んでいるところだ。その外壁が唯一途切れている箇所が、この街の入り口だった。
その、何の変哲もない街門を、感慨深げに見上げている人物がいた。
「……ついに、たどり着いた……」
誰に言うでもなしに、一人、ごちる。年の頃は十代後半か、赤毛の、幼さがまだ残る顔立ちの少年だ。黒い革製の防具を装備し、旅慣れた様子をしていることから、遠方から来たのだとわかる。細い背中に、彼に扱えると思えないほど巨大な大剣を背負っていた。その傍らを、銀色の、カラスくらいの大きさの翼竜が飛んでいる。
「ここに、ヤツがいる」
そう呟いて、少年は街に入る。旅人が珍しいのか、行きかう人々が、彼を好奇の眼差しで見つめていた。
瞳に強い意志を宿し、ただひたすらに中央道を突き進んでいた少年だったが、ある光景を目撃し、眉をひそめた。その視線の先には、ごろつきに絡まれて困惑しているシスターがいた。相手は二人連れで、シスターが逃げられないように、壁を作っている。
「姉ちゃん、かわいいなあ」
ごろつきのうちの、太っている方が、にやにやと笑う。
「俺ら、ここに来たばかりなんだけどよお、案内してくれねえ?」
「い、急いでいるので……」
どうにか、男たちの脇をすり抜けようとするシスターだったが、あっさりと退路を断たれた。
「かてえこと言わずにさあ、なあ?」
もう片方の、出っ歯の方が、シスターに向かって手を伸ばす。嫌悪感のあまり、シスターが涙を浮かべたその時。
「どけ。通行の邪魔だ」
赤毛の少年は、彼らに向かって声をかけた。動きを止めて、ごろつき達は少年をにらみつける。
「ああん?何だてめえ」
「ガキに用はねえよ、とっとと失せろ」
相手が、自分たちより人数でも体格面でも劣ると判断し、ごろつきたちが威嚇してくる。しかし、微塵も恐怖を感じない様子で、少年は言い返した。
「それはこちらの台詞だ」
「あんだと!?やんのかコラ!?」
「ぶっ潰すぞてめえ!!」
挑発されて、ごろつきたちがいきり立つ。シスターを下がらせ、かかってこい、というように、少年はごろつきたちに向かって不敵に笑った。
怒号とともに、ごろつきたちが突進してくる。冷静に、少年は出っ歯の方に足払いを食らわせた。見事に転倒した男の背中を踏みつけて、もう片方へかかと落しをくらわせる。折り重なるようにして、男たちは昏倒した。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はいらない。目障りだっただけだ」
おずおずと礼を言ってくるシスターに、少年はそっけなく返し、そのまま歩き出す。少し離れたところにいた翼竜が、彼の後を追った。
「……素敵な方……」
遠ざかる彼の背中を、シスターはうっとりと見つめていた。
今日のように天気がいい日には、中央広場には露店が立ち並ぶ。多くの人に混じって、1はそこを何のあてもなくふらついていた。
彼は、3と違ってナンナルの人々と交友関係を築いているわけではない。だがそれでも、麗しの聖人と名高い3の同居人ということで、自分で思っているよりも、街の人々に顔を知られていた。それに、体格が良く、赤いコートを身にまとう彼はひたすら目立つ。
人々に遠巻きに見られているのを、1は特に気にしていなかった。地獄の王ルシファーは、大衆の視線などさほど意識しないのである。
暇つぶしに、露店で売られているものを見て回る。ここに陳列されているのは、彼にとっては異世界の食物だ。気になるものがあれば、買って口にすることもある。1も、この世界の通貨を不自由がない程度には所持していた。
そんな中で、ワゴンに積まれた、紫のごつごつとした突起をもつ謎の物体が、目に止まった。
「何だこりゃ。食えるのか?」
「もちろんだよ。かじってみな」
商人に薦められ、怪訝そうに、1は得体のしれない実に歯を立てた。とろりとした蜜が、あふれ出てくる。
「へえ……甘えのな」
「珍しいだろう?遠い南の国から仕入れた果実だよ」
指先を舐めとる1に、商人が愛想よく答える。南の国と言われても1にはぴんと来ないのだが、話し好きなのか、商人はさらに続けた。
「最近、勇者様が魔王を倒してくださってね。おかげで、遠方のものも手に入るようになったんだ」
嬉しそうに、商人は他の品々を見回した。果実以外にも、色鮮やかな装飾品や雑貨類が、ずらりと並んでいる。それは、ここ以外の店も同様だった。おもしろそうなものを選びつつ、1は尋ねる。
「勇者と魔王の戦いが、最近あったのか?」
「ああ。何でも、高い塔を建てて、人々を洗脳しようとしていたとかいう、恐ろしいやつでね」
「高い、塔……?」
1が手渡す品物を袋に詰めつつ、商人は真剣な表情で頷く。
「その塔には難解な仕掛けが施されていて、誰も解けるものがいなかったって話だ」
「難解な、仕掛け……」
「だが!勇者様は見事に謎を解き、魔王を退治してくださったんだ!魔王が倒された後、邪悪な塔はあとかたもなく爆砕したということだよ!」
拳を握りしめ、商人はまるで見てきたかのように力説する。魔王や勇者が頻繁に召喚されてくるこの世界の住人にとって、英雄譚は身近な出来事だ。
「爆砕……んー……」
いつもの1ならば、必要以上に熱くなる商人に何がしかのツッコミを入れていただろうが、今の彼はそれどころではなかった。記憶のどこかに、単語がやたらと引っかかる。
「どっかで聞いたことがある話だな……」
話を流し聞きしつつ、1は首をひねる。なおも語ろうとする商人を適当にあしらっていると、商店街の方から、言い争う声が聞こえた。
「何だあ……?」
商人から紙袋を受け取り、1は興味本位で現場へと向かう。酒場の前で、店のオヤジと一人の客がもめていた。
「お客さん……困るよ、ちゃんと飲み代は払ってくれないと」
「だから、ツケにしといてくれって言ってるだろ?」
客の男が、へらへらと答える。頭にバンダナを巻いた、軽薄そうなごろつきだ。
「そんなのが通じると思うかい?あんた、よそ者だろ」
「何だよ、よそ者を差別するんじゃねえよ!」
ジト目で睨む店主に対し、ごろつきがすごむ。その迫力は皆無に等しかったが、それでも一般人である店主をひるませるには十分だった。
「おい、どうかしたのか」
見かねて、1は店主とごろつきの間に割って入った。本来ならばこの程度のいざこざは無視するところだが、その酒場は1の行きつけの店だった。独自のツテがあるのか、他の店に比べて酒の質が格段に良く、店主の自作料理が、またその酒によく合うのだ。
突然現れた巨体を目の当たりにし、ごろつきが後ずさる。
「ああ、あんたは……」
ごろつきとは対照的に、店主は少しほっとした表情になった。酒や料理を豪快に平らげ、金払いもいい1は、上客の一人だった。
「このお客さんが、飲み代を払ってくれなくて困ってるんだよ」
「だから、後から払うって言ってんだろが!」
すがるように、店主は1に助けを求める。旗色の悪さを感じ、あわててごろつきは弁解した。わめきちらして事態をうやむやにしようという魂胆だが、1には効果がない。
「バカかお前。そんなもん、通用するわけねえだろ!店のオヤジをぶっ飛ばして飲み逃げをする度胸もねえ奴が、中途半端な真似をするんじゃねえ!」
「ひいっ!!」
1の叱責に、ごろつきが情けない声を上げる。本人にそのつもりがなくても、彼は少し語気を強めただけで迫力が増す。
「あの、シーザーさん……俺、ぶっ飛ばされるのは嫌なんだけど」
店主が、1にごくまっとうな指摘をした。実を言うと、1の世界では盗みも飲み逃げも、被害者以外には特に咎められない。油断する方が悪いのだ。
「……とにかくだ。捕まっちまってる時点でてめえの負けだ。潔く払え」
「そんなこと言われても、手持ちが……」
きっぱりと断言され、ごろつきは泣きそうな表情で両手を振った。薄汚いふところからはほこり以外に何も出てこないし、ジャンプしても金の音はしなさそうである。
「知り合いはいねえのか?」
「それが、仲間たちもみんな、金がなくて……へへ」
1に対し、ごろつきは愛想笑いを浮かべた。あきらめたように、1は嘆息する。
「じゃあ、しょうがねえな」
「そ、そうなんだよ、あんた、代わりに立て替えて……」
ごろつきがすり寄ろうとするのを遮って、1は彼の襟首を掴み、ひょいと持ち上げた。
「オヤジ、ちょっと待ってろ。俺様がこいつを金に換えてきてやるからよ」
「へ!?ど、どういう……」
「内臓の一個でも売れば、飲み代なんざ楽勝だ」
1の返答を聞き、ごろつきは恐怖のあまり絶叫した。恫喝するような態度を見せなかったことから、脅しではなく本気であることがわかる。
「シーザーさん、それは、あんまり……」
「こういうのは、本来は用心棒がやるべきことだろ。今度から、いいの雇っとけ」
おずおずと諌めようとする店主に対し、1は至極当然、というふうに言い放つ。
1の世界では、店には大体、腕に覚えがある用心棒が常駐しており、盗みを働く者は彼らによって裁かれる。盗人からの『戦利品』の大半は懐に入るので、用心棒にとってもいい商売だ。1自身は経験したことはないが、昔、旅をしていた時に酒場で路銀を稼ぐことが多かったので、そのへんの事情はよく知っていた。
しかし、それはあくまで1の世界の常識であって、平和な田舎街ではあまりに物騒な考え方である。
「す、すみませんでした!命だけは、どうかご勘弁を……!」
「そんなに怯えんなって。腕のいい医者、探してやっから」
「そ、そうじゃなくて……!」
必死の命乞いも、1には届かない。それどころか、更に不穏な発言をする始末である。蒼白になったごろつきがそのまま連行されそうになった時、
「おい、何やってんだ?」
背後から、聞き慣れた声がした。振り返ると、2が不思議そうな顔でこちらへ近づいてくる。
「おう。今な……」
「あ……」
1が2に事情を説明しようとしたとき、ごろつきが動いた。涙をまき散らし、叫ぶ。
「アニキ!!」
ごろつきの視線の先にいるのは、当然2である。声をかけられてようやく存在に気づいたというように、2がごろつきの方を見た。
「トマスじゃねえか。どうした?」
「知り合いか?つーか、アニキって……」
「ああ。こいつは、俺の舎弟だ」
1の問いに、2はあっさりと答えた。トマスと呼ばれたごろつきが、哀願する。
「アニキ!助けてください!!」
「シーザー……こいつ、何やらかしたんだ?」
「酒場で飲み逃げをな」
1の報告は簡潔にもほどがあるが、内容を理解させるには十分だった。面倒くさそうに、2が頭を掻く。
「またかよ……しょうがねえなあ」
そして、2は呆気にとられている店主に歩み寄ると、貨幣が詰まった袋を差し出した。
「これで足りるか?」
「いや、むしろ多すぎるくらいだよ!ちょっと待っててくれ、今、釣りを……」
袋の中身を確認し、店主があわてて計算しようとする。しかし、2はそれを断った。
「いらねえよ。迷惑料だ」
「そんな……」
「まあ、こいつがいいって言ってるんだから、もらっておけよ」
1が、店主の説得に加わる。店主が何を言おうと、2は金を受けとらないだろう。メンツの問題だからだ。しばし考え込んだ後、店主は承諾した。
「うーん……じゃあ、いつでも都合のいい時に飲みに来ておくれよ。何か、サービスするからさ」
「ああ。気が向いたら、寄らせてもらうぜ」
店主の申し出を受け入れ、2はトマスの首根っこを引っ掴んで歩き出す。何の気なしについていこうとした1を、店主が引きとめた。
「シーザーさんも、ありがとね」
「気にすんな」
礼を言われ、1は片手を振った。店主に何かあったら、この店の酒や料理を楽しめなくなる。それは、1にとっては大きな損失だ。
「もし予定が空いているなら、今晩、店においで。いい魚が手に入ったから、ごちそうするよ。飲み代も込みで、俺の奢り」
「いいのか?店が潰れても知らねえぞ?」
「お手柔らかに頼むよ。じゃあ、待ってるからね」
店主に見送られ、1は上機嫌で2の後を追う。たまには、善行もいいものである。2はというと、トマスを引きずりつつ何事かを説教しているようだ。低い声なので詳細は聞き取れないが、トマスは半泣きで謝っている。彼らはやがて、路地裏へと消えた。
平和で牧歌的なナンナルの街も、大通りを逸れれば少し雰囲気が違ってくる。
薄暗い路地裏の一角で、先ほど赤毛の少年にいいようにあしらわれたごろつきたちが荒れていた。
「くそっ!何だってんだ、あの赤毛!」
「女みてえな顔しやがって、恐ろしく強えやつだったな」
出っ歯の男が、汚い壁を蹴りつけた。もう片方は、座り込んで放心したように空を見上げている。そんな彼らに、声をかける物好きがいた。
「よお。相変わらずバカやってんのか?お前ら」
呆れたように、2がごろつきたちに近づいていく。彼の顔を見るなり、ごろつき二人は顔を輝かせた。
「あ……アニキ!」
「お久しぶりです!あれ、トマスも一緒だったのか」
2を前にして、姿勢を正すごろつき二人。2が引きずってきたトマスも、彼らの仲間らしい。
「……何か、増えやがった……」
少し遅れて彼らに合流した1が、嫌そうに顔をしかめた。三人とも、お世辞にも強そうには見えない。
「出っ歯のやつがパウロ、デブがタダイだ」
1の失望に気づかず、2はごろつき二人を順番に指さす。身もふたもない紹介の仕方だったが、二人は特に気分を害した様子もなかった。1の迫力に気圧されつつ、パウロが聞いてくる。
「アニキ、そちらの方はお友達で?」
「ダチっつーか、腐れ縁だな」
「…………ふん」
2の返答を、1は否定も肯定もしない。多少の仲間意識はあるものの、1と2はお互いを友人とは認めていない。心のどこかに、こいつはいつか倒す相手だ、という思いが常にあるのだ。
「ずいぶんと、お強そうな方っスね」
「強そう、じゃなくて強えんだよ、俺様は」
ぶっきらぼうに、1はパウロの感想を訂正した。1の機嫌を損ねるのが怖いパウロは、あわてて謝罪する。隣にいたタダイが、パウロにこっそりと提案した。
「おい、このひとなら、あの生意気なやつに勝てるんじゃねえか?」
「お前ら、またつまらねえことで関係ないやつにケンカふっかけたんじゃねえだろうな?」
タダイの小声をしっかりと聞いていた2が、眉をひそめる。ごろつき三人がトラブルを起こすのは、日常茶飯事らしい。狼狽し、タダイが首を振った。
「ち、ちがいやすって!俺らは何も悪いことしてねえのに、あの野郎が勝手に首をつっこんできやがったんでさ」
「強いやつがこの街に来てるってのか?」
少し興味を惹かれて、1が問いかける。彼に関心を持たれたのがうれしいのか、タダイは勢い込んでしゃべり出した。
「そうなんでさあ!赤毛の、十代くれえのガキなんスけど、そいつが化け物みてえに強くて!」
「化け物みてえに……なあ」
うさんくさそうに、1はタダイの言葉を反復した。ごろつきたちの評価など、たかがしれているように思える。彼らからすれば、2や自分はどれほどの存在だろうか。
「……お前ら、そのガキにやられたってのか?」
2の目つきが、鋭さを増す。こちらに落ち度がないのに舎弟を痛めつけられたとあっては、彼としても黙っていられない。
「おもしれえ、退屈していたところだ。そいつの話を詳しく聞かせろ」
争い事が起こりそうな気配を感じ、1はにやりと笑った。
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