L-Triangle!4-4
- 2014/05/28
- 20:46
「へくしっ!!」
2の世界の地獄の中枢。主の盛大なくしゃみが、万魔殿の執務室に響き渡った。
「お?どうした?風邪でも引いたか?」
ちょうど出先から戻った2の親友が、2を気遣う。鼻をさすりながら、2は毒づいた。
「アホぬかせ。万年、コキュートスの氷に浸かってるやつらの相手をしているこの俺が、風邪なんか引くわけねえだろが」
「だよなあ」
2の返事に、親友が苦笑する。コキュートスとは、地獄の最下層にある場所で、決して溶けることのない氷に覆われている。そこの罪人たちを罰するのが、ルシファーたる2の重要な仕事のひとつだった。
(異世界でウイルスもらったか……?まさかなあ)
嫌な考えを、あわてて振り払う。ちょうどその異世界で、1とキリヤが勇者の話題を出していたことを、当然2が知る由もなかった。親友は、持ち帰った紙袋を片手に2に近づいた。
「それはそうと、お前に頼まれてたブツ、持って来たぜ」
「おう。ありがとな」
親友から紙袋を受け取り、2は中身を確認する。禍々しい装飾の施されたネックレスのようなのものが数点、2の書斎机に並べられた。それは、邪教の聖印と呼ばれるもので、一見するとロザリオに似ているが、その効果は真逆。神や天使ではなく、悪魔の王・ルシファーを崇める者たちが、彼に祈りを捧げるための用具である。
「これで良かったか?」
「ああ。期待しといてくれよ」
満足げに、2は親友に応じる。2の世界では、天使や悪魔の強さは、捧げられる祈りの大きさや質によって変わってくる。例の異世界でこの邪教の聖印をばらまけば、2は更なる力を得ることができるというわけだ。
「やっぱ、小さなことからこつこつとやらねえとなー」
上機嫌で、2はほくそ笑む。その表情は、悪だくみをしている者とは思えないほど無邪気なものだった。
キリヤを宿に送り届けた後、結局、1は屋敷に泊まった。
屋敷の寝室は二階の奥まったところに位置しており、無駄に巨大なベッドが一台だけ置かれている。1と同等の体格の者が三人は余裕で寝られる、規格外にも程がある大きさだ。1は以前、女を何人連れ込むつもりだ、と3に聞いたことがあったが、単に一台しか手に入らなかっただけだと否定された。ルシファー達が三人、不自由なく寝泊まりできるようにと気遣ったうえで、改造を施したとのことである。
そして、翌朝。いつもより遅い時間帯まで気持ち良く爆睡していた1だったが、隣で何者かが身じろぎする気配を感じ、さすがに目を覚ました。見ると、見慣れない女がそこに横たわっている。
「ずいぶんと、遅いお目覚めだね」
反射的に身を起した1に、女は艶っぽい笑みを返す。やや派手めではあるものの、なかなかの美人である。薄い毛布で身体を隠しているが、その下に男を期待させるには十分の曲線美を兼ね備えていることは予想できた。
「お前……いや、やってねえな。やってねえ」
軽く額を押さえ、1は頭を振った。キリヤと別れた後に、自分は一人でここに戻ってきたはずだ。記憶に、曖昧な箇所はない。
「覚えてないのかい?昨晩、あんなに激しかったくせに」
「冗談言うな。俺様は、記憶がぶっ飛ぶほどは飲んでねえ。それに万が一てめえを抱いたんだとして、それが何だってんだ」
しなをつくる女に対し、1は傲然と言い放つ。リリスの蔑んだ表情や1ミカの鬼の形相が脳裏にちらついたものの、気のせいだと思うことにする。女は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん、からかい甲斐のない男」
そして、気だるげにベッドから起き上がる。女が巻きつけていた毛布が、はらりと落ちた。彼女がしっかりと衣服を身に着けているのを確認し、やはり自分の記憶は正しかったのだと1は思う。彼のあわてふためく様を愉しむためだけにこんな茶番を演じたのだとしたら、大した暇人だ。
「一体、何なんだお前。物盗りか?」
「察しが悪いね。盗みに入ったんなら、何であたしに気づかずぐーすか寝ているマヌケに声をかける必要があるんだい?」
髪を整えつつ、女が言い返してくる。確かに、酒が入っていたとはいえ、人間の……それも女ごときにこれほどの接近を許したのは、最強の悪魔にふさわしくない大失態だ。リリスに知られたら何時間にも及ぶ説教タイムだな、と思いつつ、1は仏頂面で女に尋ねた。
「……俺様に、用があるってことか」
「そうさ。あんたの腕を見込んで、頼みがあるんだよ」
「頼み、だあ?」
おそらくはろくなことではないだろう、と推測しつつも、1は問い返す。女は、艶然と微笑んだ。
「殺しの依頼さ。―――あの、キリヤってガキを始末してほしい」
1が女に迫られていたのと同時刻。2は、ごろつきたちの元を訪れていた。彼が異世界に来たとき1は寝室で爆睡中だったので、無視して街に出たのである。ちなみに、その時点で女は侵入していたのだが、2も彼女に気づかなかった。
「あ、おはようございます、アニキ!」
「よお」
路地裏で、何をするでもなくぐだぐだしていたごろつき三人は、2を見るなり姿勢を正す。あいさつの重要さをこれでもかというほど仕込んだのだが、その成果が出ているようだ。
「今日は、ずいぶんとお早いんですね?」
「ああ。お前らに、いいものを持って来た」
2は、もったいつけつつ、邪教の聖印が入った紙袋を取り出した。タダイが、興味深そうに食いついてくる。
「何スか?ひょっとして、食い物?」
「もっといいもんだよ」
腹が減ってただけかよ、と肩をこけさせつつ、2は邪教の聖印を三人に手渡す。三人は、きょとんとした顔でそれを受け取った。
「はー……キレイっすね」
「そうか?オレ、何かおっかねえ感じがするんだけど」
邪教の聖印を陽光にかざしながらため息をつく、トマス。その横で、パウロが顔をしかめて身震いしていた。パウロの、思いのほか勘がいい様子に、2は低い声で呟く。
「……鋭いじゃねえか」
「え、今、なんて……」
「いいか、よく聞けよ。今から、魔物をこの街にけしかける」
パウロの問いかけを遮って、2は本日の計画を三人に告げた。三人とも、ぎょっとした表情になる。
「ま、魔物を!?」
「魔物っつっても、本物じゃねえ。触れもしない、やたらとリアルな幻覚みたいなやつだ」
狼狽える三人に、2はゆっくりと首を振る。本物の悪魔を召喚しても構わないのだが、あまり力を見せすぎると気が弱いごろつき達は逃げ出してしまうだろう。
「アニキ、そんなことできるんスか!?」
「俺に不可能はねえんだよ」
胸を張り、2は地面に手をかざした。魔方陣が出現し、地獄で一般的な、山羊の頭と蝙蝠の翼を持つ悪魔の幻影が映し出される。ごろつき三人は飛び上がって驚いたが、相手が何もしてこないとわかると、おずおずと近づいてきた。
「はあ……アニキ、魔法使いだったんスねえ……」
幻影に手を伸ばしつつ、トマスが感心したように言葉を吐き出す。その手は、異形に触れることなくすり抜けた。所詮は幻なので、実体はないのだ。
「そこはどうでもいい。それで、大騒ぎになったところで、この印をかざして、撃退するふりをするんだ」
邪教の聖印を指し示し、2が説明する。悪魔の幻影に夢中になっていた三人が、彼の話を聞いて動きを止めた。2がこれからしようとしていることは、人間の世界で言うところの詐欺行為だった。
「あとは、こいつがあれば魔物に襲われないとか言って、高値で売りさばけばいい」
「もし、効き目がないのがばれたら……?」
「その時は、祈りが足りなかったんだって答えればいいだろ」
不安げなパウロに、2は平然と返す。だが、三人は渋い顔だ。話が理解できなかったのか、と2は首をかしげたが、そうではないらしい。
「どうした?気が乗らねえのか」
「いや、その……」
表情を曇らせ、ごろつき三人は言葉を詰まらせる。やがて覚悟を決めたか、トマスが話し始めた。
「アニキ……アニキには、俺らが何でこんな辺境まで来たか、お話ししやしたよね?」
「ああ。お前ら、元は魔王の手下だったんだっけか」
「正確には、魔王に寝返った人間の部下っスけど」
話を振られて、2は回想する。彼ら三人は、元はとある地方の領主に仕えていた。しかし、その地方に魔王が現れ、猛威を振るい始める。領民に害が及ぶことを憂いた領主は魔王に降伏し、従属した。かくして、彼らの故郷は魔王の領土となり、彼らもまた、領主の指示で悪事を働いていたのである。
「それで……今、アニキが言っていた金儲けの方法って、俺らが昔やってたのと、よく似た手口なんス」
「魔王の野望のための資金調達だとか言って、なぁ」
「あの時は、幻じゃなくて、本物の魔物相手だったけど」
言いにくそうに、トマスが告げる。残り二人が、すかさず彼に同意した。あの頃の思い出は、お世辞にもいいものとは言えない。今更、悪事を働くことを否定するつもりはないが、過去を連想させるような手口は勘弁してほしいと彼らは切に願った。
「……文明の進んでいない世界だと思って、甘く見てたな」
気分を害するでもなく、むしろ感心したように2は言う。事あるごとに、勇者だ魔王だと騒ぎ立てているこの世界の住人が、格好のカモであることに気づいたのは、自分だけではなかったようだ。
「でも、その魔王、倒されちまったんだよな」
「へえ。俺らの上司も、その時に処刑されちまって」
タダイが、暗い表情でため息をつく。地方を牛耳り、人々を搾取していた魔王は、ある日、勇者に倒されたのだ。それは、本来ならば喜ぶべきことだが、彼らは魔王側にいた。
支配から解放された人々に追いやられ、彼らはここまで逃げ延びたのだった。
「んー……わかった。さっきの話は、聞かなかったことにしろ」
あっさりと、2はごろつきたちから邪教の聖印を回収した。望まぬ悪事を、強要するつもりはない。彼らが心からそうしたいと思えるようになることが重要なのだ。
「すいやせん、アニキ。せっかく、俺らのために……」
「ああ、気にすんなよ」
申し訳なさそうにうなだれるパウロに、2は爽やかに笑いかける。彼がしていたのは犯罪教唆であって、冷静に考えると褒められた行為ではないのだが、その点は彼らにとってはどうでもいいことだ。
「あの……何をするにしても、せめて、キリヤってやつがこの街からいなくなってからの方がいいんじゃないスかねえ」
「キリヤが、どうかしたのか?」
控えめに提案され、不思議そうに2が尋ねる。こんな路地裏で、聞く者もいないだろうに、パウロは声を落とした。
「ここだけの話……俺らの故郷にいた魔王を倒したの、あいつなんスよ」
「あー……勇者って言ってたな。確かに、今はまずいか」
納得し、パウロの言い分を2は受け入れる。2が話を聞いてくれることに安堵したか、パウロはキリヤに関連する一件について彼に相談しようと心を決めた。
「……それに、他にも厄介なやつが来ていまして」
「パウロ……サロメアのこと、アニキに話すのか?」
「このままだと、あの女はシーザーのアニキのところに行くだろ」
トマスの問いに、パウロは静かに頷く。トマスの方にはまだ迷いがあるようだが、無理やりにでも彼を止める気はないようだった。
「どうかしたのか、お前ら。それに、シーザーが何だって?」
いつになく深刻な顔のごろつき達に、2も関心を示す。彼は、身内にはとことん親身になって接する性質なのだ。ゆくゆくは、地獄で彼らと長く付き合っていく予定なのだから、なおさらである。
「俺らの元・上司のオンナが、今、この街に来てるんス」
「元・上司って、さっきの処刑されたっていうやつだよな。そいつが、何で……」
「サロメアって名前なんスけど、そいつ、キリヤのことを恨んでいまして、ずっとやつのことをつけ狙っているんスよ」
パウロが、2に事情を説明する。相手に無碍にされることはないという安心感が、彼に自信を与えていた。
「情人を殺されたかたき討ちをしてえってやつか」
「サロメア自身も、腕のいい暗殺者なんスけど、キリヤに勝てるレベルじゃねえ。そこで……」
サロメアの顔を思い出しつつ、パウロは言葉を切る。彼女の領主への入れ込みぶりは、半端なものではなかった。悪女のような身なりをしているが、恋に関しては一途な女だったのかもしれない。
「シーザーに、仇討ちの代理を依頼するかもしれねえってのか?」
「へい。キリヤをのしちまえるほどの御方ですし、かなりしつこくつきまとわれるんじゃないかと思いやす」
サロメアの、毒々しい笑みを脳裏に描き、トマスが顔をしかめた。故郷にいたときから、彼女の執念深さは有名だった。それに情愛と憎しみが上乗せされたとなると……考えただけでも、恐ろしい。
「……シーザーが、殺しかあ……イメージに合わねえなあ」
「シーザーさん、そんなことしねえッスよね……?」
「さあな。あいつ次第だろ」
心配そうに聞いてくるタダイに、2はそっけなく返す。彼とて、1の行動パターンを全て把握しているわけではない。1がどう判断するかは、2にはわからなかった。
「……なるほどな。事情はわかった」
ベッドに腰掛けたまま、1は頷いた。女はサロメアと名乗り、これまでのいきさつを今、ちょうど語り終えたところだ。話の内容は、ごろつき三人組が2にしたものと大差ない。
「金なら、いくらでも払う。どうか、頼まれてくれないかい?」
サロメアが、すがるような視線を向けてくる。それに対し、1は淡々と告げた。
「断る。てめえの情人を直接殺したのは、キリヤじゃねえんだろ。ただの八つ当たりじゃねえか」
「それでもあいつが来なけりゃ、あの人は死なずに済んだんだ!全部、あいつが悪いんだよ!」
ついさっきまでの殊勝な態度は、演技だったらしい。声を荒げ、サロメアがキリヤに対する怒りをぶちまける。視線だけで、人が殺せそうなほどの形相だ。生半可な説得は通じねえな、と1は早々にあきらめた。
「だったら、てめえの実力であいつを始末するんだな」
「何度も寝首を掻こうとしたけど、そのたびに軽くあしらわれた。あたしじゃ、到底あいつには敵わないんだ。でも、あんたなら……」
「気が乗らねえ」
拳をきつく握りしめて悔しさに打ち震えるサロメアだったが、1の態度は変わらない。復讐にとりつかれた女は、1をせせら笑った。
「怖いのかい?あのガキが。それとも、殺しが?」
「そうじゃねえ。どこにてめえの頼みを聞いてやる義理があるんだよ」
あからさまな挑発に、1は彼にしては珍しく、冷静に対処する。論点のすり替えに失敗し、サロメアが舌打ちした。
「だから、礼はたっぷり弾むって言ってるだろ?何なら、あたしを好きにしても……」
「はっ、誰がてめえなんか相手にするかよ」
「みくびられたもんだね。一度、試してみるかい?そしたら、考えを改めることになるだろうよ」
サロメアのしなやかな指先が、1の腹部をゆっくりとなぞる。彼女には、たいていの男ならば自分の虜にする自信があった。だが、1は初心な若造でも、女ならば誰彼構わずの好色家でもない。このテのタイプは危険だということを、彼は過去の経験から嫌と言うほど理解していた。
「生憎な、他の男のことで頭がいっぱいになっちまってる女を抱くほど、俺様は悪趣味じゃねえんだ」
図星をつかれ、サロメアは言葉に詰まる。床に落ちていたコートを拾い、1はベッドから立ち上がった。
「俺様がヤツを殺してもいいと思えるような、魅力的な報酬を持って来い。それが取引ってもんだろ」
「そしたら、キリヤを始末してくれるかい?」
「ああ」
コートを纏いつつ、返す。彼女に、現時点で金と色気以外に出せるものがあるとは思えなかった。
「……わかった。あんたを、必ずその気にさせてみせる」
唇をかみしめ、サロメアは窓から出て行った。やっと帰ったか、とため息をついていると、ノックの音が耳に届く。遠慮がちに顔を出したのは、3だった。心底うんざりしたように、1は彼に声をかける。
「今度はてめえか」
「おはよう。……ゆうべは、お楽しみ……だった?」
「何でそうなるんだよ。さっきの話、聞いてたんだろ」
首をかしげる3を、1は半眼でにらむ。部屋の外で3がだいぶ前から聞き耳を立てていたことに、1は気づいていた。
「ごめん。何か、おもしろそうだったから」
正直に、3は謝る。そのあまりに悪びれない様子に、全身の力が抜けるのを1は感じた。
「それで君、本当に彼女の依頼を受けたりしないよね……?」
「あの女の報酬次第だな」
並んで階段を降りつつ、二人は会話する。そのまままっすぐに玄関へ向かう1に、3が尋ねた。
「どこへ行くつもり?」
「キリヤのとこだよ。ひとこと、文句言ってくる」
「……そっか」
それを聞いて、3は少し安堵する。さっきはあんなふうに言っていたものの、1は依頼を受けるつもりはないのだ。そうでなければ、標的に事情を話しに行かないはずである。
「私は、教会に行ってくるよ」
「またシスターでもナンパするのかぁ?朝も早よからお盛んだねえ」
「そんなことしないよ。彼女たちに手を出したら、あっという間にうわさが広まるじゃないか」
1にからかわれ、3はあわてて否定する。実際、彼はシスター達とは茶飲み友達以上の関係にはなっていなかった。さすがに彼も、己の行動が周囲にどのような影響を及ぼすか、理解しているのである。話がそれていることに気づき、3は軌道を修正した。
「そうじゃなくて、あの、カインが言っていた連中さ。よく考えてみたら、生活に困っているなら、働けばいいだけの話だよね。いい仕事がないか、神官様に相談してみようと思って」
これが、3が早朝からこの異世界を訪れた理由だった。昨日、屋敷で2の話を聞いているときに気づくことができればよかったのだが、2がいかにも自信たっぷりに話すので、つい流されてしまったのだ。
「大きなお世話じゃねえの?あいつら、真面目に働こうってタマには見えなかったぜ?」
ごろつき三人のマヌケ面を思い返しつつ、1が反論する。2の指示がない状態でも、ごろつきたちは些細な悪事ならば平気で手を出すタイプに見えた。仮に仕事が見つかったとて、ばっくれるだけだろう、というのが1の見立てだった。
「それでも、機会を設けるのは大切だと思う。カインには悪いけど、私は多くの人間を救いたいと思っているんだ。この世界でも、例外ではないよ」
「場合によっては、カインのやつと対立することになるぜ?」
「そのへんは……まあ、うまくやるよ」
1の指摘に一瞬言葉を詰まらせて、3はしどろもどろ答えた。実際、舎弟をとられた2がどのような行動に出るかは3にはわからない。怒るならばまだいいが、傷つけてしまったらと思うと、胸が痛んだ。
「お前とあいつのガチの殴り合いってのも、見てみたい気がするけどな」
情けない顔で沈黙する3を横目に、1が苦笑する。ここで、教会と宿への分かれ道が来て、二人はそれぞれの方向へ歩き出した。
相も変わらず緊張感のない彼らは、屋敷の屋根の上でサロメアが一部始終を見ていたことに気づかない。彼らの無防備さを嘲笑いながら、彼女は標的の尾行を開始したのだった。
2の世界の地獄の中枢。主の盛大なくしゃみが、万魔殿の執務室に響き渡った。
「お?どうした?風邪でも引いたか?」
ちょうど出先から戻った2の親友が、2を気遣う。鼻をさすりながら、2は毒づいた。
「アホぬかせ。万年、コキュートスの氷に浸かってるやつらの相手をしているこの俺が、風邪なんか引くわけねえだろが」
「だよなあ」
2の返事に、親友が苦笑する。コキュートスとは、地獄の最下層にある場所で、決して溶けることのない氷に覆われている。そこの罪人たちを罰するのが、ルシファーたる2の重要な仕事のひとつだった。
(異世界でウイルスもらったか……?まさかなあ)
嫌な考えを、あわてて振り払う。ちょうどその異世界で、1とキリヤが勇者の話題を出していたことを、当然2が知る由もなかった。親友は、持ち帰った紙袋を片手に2に近づいた。
「それはそうと、お前に頼まれてたブツ、持って来たぜ」
「おう。ありがとな」
親友から紙袋を受け取り、2は中身を確認する。禍々しい装飾の施されたネックレスのようなのものが数点、2の書斎机に並べられた。それは、邪教の聖印と呼ばれるもので、一見するとロザリオに似ているが、その効果は真逆。神や天使ではなく、悪魔の王・ルシファーを崇める者たちが、彼に祈りを捧げるための用具である。
「これで良かったか?」
「ああ。期待しといてくれよ」
満足げに、2は親友に応じる。2の世界では、天使や悪魔の強さは、捧げられる祈りの大きさや質によって変わってくる。例の異世界でこの邪教の聖印をばらまけば、2は更なる力を得ることができるというわけだ。
「やっぱ、小さなことからこつこつとやらねえとなー」
上機嫌で、2はほくそ笑む。その表情は、悪だくみをしている者とは思えないほど無邪気なものだった。
キリヤを宿に送り届けた後、結局、1は屋敷に泊まった。
屋敷の寝室は二階の奥まったところに位置しており、無駄に巨大なベッドが一台だけ置かれている。1と同等の体格の者が三人は余裕で寝られる、規格外にも程がある大きさだ。1は以前、女を何人連れ込むつもりだ、と3に聞いたことがあったが、単に一台しか手に入らなかっただけだと否定された。ルシファー達が三人、不自由なく寝泊まりできるようにと気遣ったうえで、改造を施したとのことである。
そして、翌朝。いつもより遅い時間帯まで気持ち良く爆睡していた1だったが、隣で何者かが身じろぎする気配を感じ、さすがに目を覚ました。見ると、見慣れない女がそこに横たわっている。
「ずいぶんと、遅いお目覚めだね」
反射的に身を起した1に、女は艶っぽい笑みを返す。やや派手めではあるものの、なかなかの美人である。薄い毛布で身体を隠しているが、その下に男を期待させるには十分の曲線美を兼ね備えていることは予想できた。
「お前……いや、やってねえな。やってねえ」
軽く額を押さえ、1は頭を振った。キリヤと別れた後に、自分は一人でここに戻ってきたはずだ。記憶に、曖昧な箇所はない。
「覚えてないのかい?昨晩、あんなに激しかったくせに」
「冗談言うな。俺様は、記憶がぶっ飛ぶほどは飲んでねえ。それに万が一てめえを抱いたんだとして、それが何だってんだ」
しなをつくる女に対し、1は傲然と言い放つ。リリスの蔑んだ表情や1ミカの鬼の形相が脳裏にちらついたものの、気のせいだと思うことにする。女は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん、からかい甲斐のない男」
そして、気だるげにベッドから起き上がる。女が巻きつけていた毛布が、はらりと落ちた。彼女がしっかりと衣服を身に着けているのを確認し、やはり自分の記憶は正しかったのだと1は思う。彼のあわてふためく様を愉しむためだけにこんな茶番を演じたのだとしたら、大した暇人だ。
「一体、何なんだお前。物盗りか?」
「察しが悪いね。盗みに入ったんなら、何であたしに気づかずぐーすか寝ているマヌケに声をかける必要があるんだい?」
髪を整えつつ、女が言い返してくる。確かに、酒が入っていたとはいえ、人間の……それも女ごときにこれほどの接近を許したのは、最強の悪魔にふさわしくない大失態だ。リリスに知られたら何時間にも及ぶ説教タイムだな、と思いつつ、1は仏頂面で女に尋ねた。
「……俺様に、用があるってことか」
「そうさ。あんたの腕を見込んで、頼みがあるんだよ」
「頼み、だあ?」
おそらくはろくなことではないだろう、と推測しつつも、1は問い返す。女は、艶然と微笑んだ。
「殺しの依頼さ。―――あの、キリヤってガキを始末してほしい」
1が女に迫られていたのと同時刻。2は、ごろつきたちの元を訪れていた。彼が異世界に来たとき1は寝室で爆睡中だったので、無視して街に出たのである。ちなみに、その時点で女は侵入していたのだが、2も彼女に気づかなかった。
「あ、おはようございます、アニキ!」
「よお」
路地裏で、何をするでもなくぐだぐだしていたごろつき三人は、2を見るなり姿勢を正す。あいさつの重要さをこれでもかというほど仕込んだのだが、その成果が出ているようだ。
「今日は、ずいぶんとお早いんですね?」
「ああ。お前らに、いいものを持って来た」
2は、もったいつけつつ、邪教の聖印が入った紙袋を取り出した。タダイが、興味深そうに食いついてくる。
「何スか?ひょっとして、食い物?」
「もっといいもんだよ」
腹が減ってただけかよ、と肩をこけさせつつ、2は邪教の聖印を三人に手渡す。三人は、きょとんとした顔でそれを受け取った。
「はー……キレイっすね」
「そうか?オレ、何かおっかねえ感じがするんだけど」
邪教の聖印を陽光にかざしながらため息をつく、トマス。その横で、パウロが顔をしかめて身震いしていた。パウロの、思いのほか勘がいい様子に、2は低い声で呟く。
「……鋭いじゃねえか」
「え、今、なんて……」
「いいか、よく聞けよ。今から、魔物をこの街にけしかける」
パウロの問いかけを遮って、2は本日の計画を三人に告げた。三人とも、ぎょっとした表情になる。
「ま、魔物を!?」
「魔物っつっても、本物じゃねえ。触れもしない、やたらとリアルな幻覚みたいなやつだ」
狼狽える三人に、2はゆっくりと首を振る。本物の悪魔を召喚しても構わないのだが、あまり力を見せすぎると気が弱いごろつき達は逃げ出してしまうだろう。
「アニキ、そんなことできるんスか!?」
「俺に不可能はねえんだよ」
胸を張り、2は地面に手をかざした。魔方陣が出現し、地獄で一般的な、山羊の頭と蝙蝠の翼を持つ悪魔の幻影が映し出される。ごろつき三人は飛び上がって驚いたが、相手が何もしてこないとわかると、おずおずと近づいてきた。
「はあ……アニキ、魔法使いだったんスねえ……」
幻影に手を伸ばしつつ、トマスが感心したように言葉を吐き出す。その手は、異形に触れることなくすり抜けた。所詮は幻なので、実体はないのだ。
「そこはどうでもいい。それで、大騒ぎになったところで、この印をかざして、撃退するふりをするんだ」
邪教の聖印を指し示し、2が説明する。悪魔の幻影に夢中になっていた三人が、彼の話を聞いて動きを止めた。2がこれからしようとしていることは、人間の世界で言うところの詐欺行為だった。
「あとは、こいつがあれば魔物に襲われないとか言って、高値で売りさばけばいい」
「もし、効き目がないのがばれたら……?」
「その時は、祈りが足りなかったんだって答えればいいだろ」
不安げなパウロに、2は平然と返す。だが、三人は渋い顔だ。話が理解できなかったのか、と2は首をかしげたが、そうではないらしい。
「どうした?気が乗らねえのか」
「いや、その……」
表情を曇らせ、ごろつき三人は言葉を詰まらせる。やがて覚悟を決めたか、トマスが話し始めた。
「アニキ……アニキには、俺らが何でこんな辺境まで来たか、お話ししやしたよね?」
「ああ。お前ら、元は魔王の手下だったんだっけか」
「正確には、魔王に寝返った人間の部下っスけど」
話を振られて、2は回想する。彼ら三人は、元はとある地方の領主に仕えていた。しかし、その地方に魔王が現れ、猛威を振るい始める。領民に害が及ぶことを憂いた領主は魔王に降伏し、従属した。かくして、彼らの故郷は魔王の領土となり、彼らもまた、領主の指示で悪事を働いていたのである。
「それで……今、アニキが言っていた金儲けの方法って、俺らが昔やってたのと、よく似た手口なんス」
「魔王の野望のための資金調達だとか言って、なぁ」
「あの時は、幻じゃなくて、本物の魔物相手だったけど」
言いにくそうに、トマスが告げる。残り二人が、すかさず彼に同意した。あの頃の思い出は、お世辞にもいいものとは言えない。今更、悪事を働くことを否定するつもりはないが、過去を連想させるような手口は勘弁してほしいと彼らは切に願った。
「……文明の進んでいない世界だと思って、甘く見てたな」
気分を害するでもなく、むしろ感心したように2は言う。事あるごとに、勇者だ魔王だと騒ぎ立てているこの世界の住人が、格好のカモであることに気づいたのは、自分だけではなかったようだ。
「でも、その魔王、倒されちまったんだよな」
「へえ。俺らの上司も、その時に処刑されちまって」
タダイが、暗い表情でため息をつく。地方を牛耳り、人々を搾取していた魔王は、ある日、勇者に倒されたのだ。それは、本来ならば喜ぶべきことだが、彼らは魔王側にいた。
支配から解放された人々に追いやられ、彼らはここまで逃げ延びたのだった。
「んー……わかった。さっきの話は、聞かなかったことにしろ」
あっさりと、2はごろつきたちから邪教の聖印を回収した。望まぬ悪事を、強要するつもりはない。彼らが心からそうしたいと思えるようになることが重要なのだ。
「すいやせん、アニキ。せっかく、俺らのために……」
「ああ、気にすんなよ」
申し訳なさそうにうなだれるパウロに、2は爽やかに笑いかける。彼がしていたのは犯罪教唆であって、冷静に考えると褒められた行為ではないのだが、その点は彼らにとってはどうでもいいことだ。
「あの……何をするにしても、せめて、キリヤってやつがこの街からいなくなってからの方がいいんじゃないスかねえ」
「キリヤが、どうかしたのか?」
控えめに提案され、不思議そうに2が尋ねる。こんな路地裏で、聞く者もいないだろうに、パウロは声を落とした。
「ここだけの話……俺らの故郷にいた魔王を倒したの、あいつなんスよ」
「あー……勇者って言ってたな。確かに、今はまずいか」
納得し、パウロの言い分を2は受け入れる。2が話を聞いてくれることに安堵したか、パウロはキリヤに関連する一件について彼に相談しようと心を決めた。
「……それに、他にも厄介なやつが来ていまして」
「パウロ……サロメアのこと、アニキに話すのか?」
「このままだと、あの女はシーザーのアニキのところに行くだろ」
トマスの問いに、パウロは静かに頷く。トマスの方にはまだ迷いがあるようだが、無理やりにでも彼を止める気はないようだった。
「どうかしたのか、お前ら。それに、シーザーが何だって?」
いつになく深刻な顔のごろつき達に、2も関心を示す。彼は、身内にはとことん親身になって接する性質なのだ。ゆくゆくは、地獄で彼らと長く付き合っていく予定なのだから、なおさらである。
「俺らの元・上司のオンナが、今、この街に来てるんス」
「元・上司って、さっきの処刑されたっていうやつだよな。そいつが、何で……」
「サロメアって名前なんスけど、そいつ、キリヤのことを恨んでいまして、ずっとやつのことをつけ狙っているんスよ」
パウロが、2に事情を説明する。相手に無碍にされることはないという安心感が、彼に自信を与えていた。
「情人を殺されたかたき討ちをしてえってやつか」
「サロメア自身も、腕のいい暗殺者なんスけど、キリヤに勝てるレベルじゃねえ。そこで……」
サロメアの顔を思い出しつつ、パウロは言葉を切る。彼女の領主への入れ込みぶりは、半端なものではなかった。悪女のような身なりをしているが、恋に関しては一途な女だったのかもしれない。
「シーザーに、仇討ちの代理を依頼するかもしれねえってのか?」
「へい。キリヤをのしちまえるほどの御方ですし、かなりしつこくつきまとわれるんじゃないかと思いやす」
サロメアの、毒々しい笑みを脳裏に描き、トマスが顔をしかめた。故郷にいたときから、彼女の執念深さは有名だった。それに情愛と憎しみが上乗せされたとなると……考えただけでも、恐ろしい。
「……シーザーが、殺しかあ……イメージに合わねえなあ」
「シーザーさん、そんなことしねえッスよね……?」
「さあな。あいつ次第だろ」
心配そうに聞いてくるタダイに、2はそっけなく返す。彼とて、1の行動パターンを全て把握しているわけではない。1がどう判断するかは、2にはわからなかった。
「……なるほどな。事情はわかった」
ベッドに腰掛けたまま、1は頷いた。女はサロメアと名乗り、これまでのいきさつを今、ちょうど語り終えたところだ。話の内容は、ごろつき三人組が2にしたものと大差ない。
「金なら、いくらでも払う。どうか、頼まれてくれないかい?」
サロメアが、すがるような視線を向けてくる。それに対し、1は淡々と告げた。
「断る。てめえの情人を直接殺したのは、キリヤじゃねえんだろ。ただの八つ当たりじゃねえか」
「それでもあいつが来なけりゃ、あの人は死なずに済んだんだ!全部、あいつが悪いんだよ!」
ついさっきまでの殊勝な態度は、演技だったらしい。声を荒げ、サロメアがキリヤに対する怒りをぶちまける。視線だけで、人が殺せそうなほどの形相だ。生半可な説得は通じねえな、と1は早々にあきらめた。
「だったら、てめえの実力であいつを始末するんだな」
「何度も寝首を掻こうとしたけど、そのたびに軽くあしらわれた。あたしじゃ、到底あいつには敵わないんだ。でも、あんたなら……」
「気が乗らねえ」
拳をきつく握りしめて悔しさに打ち震えるサロメアだったが、1の態度は変わらない。復讐にとりつかれた女は、1をせせら笑った。
「怖いのかい?あのガキが。それとも、殺しが?」
「そうじゃねえ。どこにてめえの頼みを聞いてやる義理があるんだよ」
あからさまな挑発に、1は彼にしては珍しく、冷静に対処する。論点のすり替えに失敗し、サロメアが舌打ちした。
「だから、礼はたっぷり弾むって言ってるだろ?何なら、あたしを好きにしても……」
「はっ、誰がてめえなんか相手にするかよ」
「みくびられたもんだね。一度、試してみるかい?そしたら、考えを改めることになるだろうよ」
サロメアのしなやかな指先が、1の腹部をゆっくりとなぞる。彼女には、たいていの男ならば自分の虜にする自信があった。だが、1は初心な若造でも、女ならば誰彼構わずの好色家でもない。このテのタイプは危険だということを、彼は過去の経験から嫌と言うほど理解していた。
「生憎な、他の男のことで頭がいっぱいになっちまってる女を抱くほど、俺様は悪趣味じゃねえんだ」
図星をつかれ、サロメアは言葉に詰まる。床に落ちていたコートを拾い、1はベッドから立ち上がった。
「俺様がヤツを殺してもいいと思えるような、魅力的な報酬を持って来い。それが取引ってもんだろ」
「そしたら、キリヤを始末してくれるかい?」
「ああ」
コートを纏いつつ、返す。彼女に、現時点で金と色気以外に出せるものがあるとは思えなかった。
「……わかった。あんたを、必ずその気にさせてみせる」
唇をかみしめ、サロメアは窓から出て行った。やっと帰ったか、とため息をついていると、ノックの音が耳に届く。遠慮がちに顔を出したのは、3だった。心底うんざりしたように、1は彼に声をかける。
「今度はてめえか」
「おはよう。……ゆうべは、お楽しみ……だった?」
「何でそうなるんだよ。さっきの話、聞いてたんだろ」
首をかしげる3を、1は半眼でにらむ。部屋の外で3がだいぶ前から聞き耳を立てていたことに、1は気づいていた。
「ごめん。何か、おもしろそうだったから」
正直に、3は謝る。そのあまりに悪びれない様子に、全身の力が抜けるのを1は感じた。
「それで君、本当に彼女の依頼を受けたりしないよね……?」
「あの女の報酬次第だな」
並んで階段を降りつつ、二人は会話する。そのまままっすぐに玄関へ向かう1に、3が尋ねた。
「どこへ行くつもり?」
「キリヤのとこだよ。ひとこと、文句言ってくる」
「……そっか」
それを聞いて、3は少し安堵する。さっきはあんなふうに言っていたものの、1は依頼を受けるつもりはないのだ。そうでなければ、標的に事情を話しに行かないはずである。
「私は、教会に行ってくるよ」
「またシスターでもナンパするのかぁ?朝も早よからお盛んだねえ」
「そんなことしないよ。彼女たちに手を出したら、あっという間にうわさが広まるじゃないか」
1にからかわれ、3はあわてて否定する。実際、彼はシスター達とは茶飲み友達以上の関係にはなっていなかった。さすがに彼も、己の行動が周囲にどのような影響を及ぼすか、理解しているのである。話がそれていることに気づき、3は軌道を修正した。
「そうじゃなくて、あの、カインが言っていた連中さ。よく考えてみたら、生活に困っているなら、働けばいいだけの話だよね。いい仕事がないか、神官様に相談してみようと思って」
これが、3が早朝からこの異世界を訪れた理由だった。昨日、屋敷で2の話を聞いているときに気づくことができればよかったのだが、2がいかにも自信たっぷりに話すので、つい流されてしまったのだ。
「大きなお世話じゃねえの?あいつら、真面目に働こうってタマには見えなかったぜ?」
ごろつき三人のマヌケ面を思い返しつつ、1が反論する。2の指示がない状態でも、ごろつきたちは些細な悪事ならば平気で手を出すタイプに見えた。仮に仕事が見つかったとて、ばっくれるだけだろう、というのが1の見立てだった。
「それでも、機会を設けるのは大切だと思う。カインには悪いけど、私は多くの人間を救いたいと思っているんだ。この世界でも、例外ではないよ」
「場合によっては、カインのやつと対立することになるぜ?」
「そのへんは……まあ、うまくやるよ」
1の指摘に一瞬言葉を詰まらせて、3はしどろもどろ答えた。実際、舎弟をとられた2がどのような行動に出るかは3にはわからない。怒るならばまだいいが、傷つけてしまったらと思うと、胸が痛んだ。
「お前とあいつのガチの殴り合いってのも、見てみたい気がするけどな」
情けない顔で沈黙する3を横目に、1が苦笑する。ここで、教会と宿への分かれ道が来て、二人はそれぞれの方向へ歩き出した。
相も変わらず緊張感のない彼らは、屋敷の屋根の上でサロメアが一部始終を見ていたことに気づかない。彼らの無防備さを嘲笑いながら、彼女は標的の尾行を開始したのだった。
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