L-Triangle!外伝③(前編)
- 2014/06/09
- 20:30
大きな事件が起こり、周囲にどれだけ被害が及ぼうと、解決したら何もかも元通り……などという都合のいい現象は、物語の中でしか起こらない。事件の規模によっては、当人同士では解決していても、それでおしまい、というふうにはならないものだ。
今回は、そういう話である。
「なるほど……事情はわかりました」
異世界の街・ナンナルの屋敷。広間のソファーに腰掛け、ルシファーその2の世界のミカエル……略して2ミカは、神妙な面持ちで頷いた。
「そういうことだから、大丈夫だよ」
2ミカの向かい側に座っていたルシファーその3……略して3が、彼を安心させるように微笑む。彼らの話にひと段落がついた時、階段から誰かが降りてくる足音がした。足音は徐々に近づき、やがて3と2ミカがいる広間に、ルシファーその1……略して1が顔を出す。
「げっ……」
「……そんな、嫌そうな顔することないじゃないですか」
2ミカの姿を見るなり、顔を引きつらせる1を、2ミカは唇を尖らせて咎める。
「やあ、シーザー」
一方の3は、にこやかに1を迎えた。シーザーというのは、1のこの世界での名前である。ついでに、3の通称はフォースだ。
広間にずかずかと踏みこみ、3の座っているソファーの背もたれに腕を置いて、1は向かいの2ミカを睨む。
「何しにきやがったんだ、出遅れ天使長」
「もう!忘れてください!」
1の揶揄に、2ミカが真っ赤になって怒る。1が言っているのは、先日、とある事件が起った際の話だ。騒動の最中ではなく、全てが片付いた後に、2ミカはのこのことやってきたのである。もはや何もすることがないのに、派手な演出と決め台詞つきで登場した2ミカは、周囲を大いに困惑させた。この件については、兄であるルシファーその2……略して2にもさんざんからかわれたので、2ミカにとっては一刻も早く忘れたい黒歴史である。
「ああ、その件について、今、ミカ君に報告していたんだよ。ほら、カインが結構派手に色々やっただろう?」
「その……兄さんが、この世界で迷惑をかけていないか、心配で」
3のフォローに、2ミカが眉を寄せてうつむく。カインというのは、この世界での2の名前だ。
解決後に現場にやってきただけあって、2ミカはその事件の詳細について何も知らされていなかったのだ。状況を見るだに、兄が大きく関係していそうな話だったので、彼としては気になって仕方がなかったのである。
「ったく……いちいち身内がしゃしゃり出てくるんじゃねえよ」
「そ、それは……」
心底呆れた、というような1の指摘に、2ミカは言葉を詰まらせる。1の言うことが正しいのは、2ミカとてわかっているのだ。肩身が狭い思いをしている2ミカに、3が助け船を出した。
「まあまあ。それで、どう?ミカ君、納得してくれた?」
「は、はい!ありがとうございました!」
一礼し、2ミカは勢いよく立ち上がった。脇に置いていた背広を、折りたたんだ紙袋とともに抱える。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「仕事の最中なので……」
3の問いに、2ミカは少し名残惜しそうに返す。新入社員のような若々しい外見だが、2ミカは天界の天使長である。当然、自身の世界では成すべき事がたくさんあった。それらを中断してまでここを訪れたのは、兄のことが気がかりだったからだ。
「また今度、ゆっくり話そうね」
「ええ、ぜひ!」
うれしそうに返答し、2ミカは次元転移の術を紡ぎ、自分の世界へと帰って行った。
「ったく……あいつの世界は、どっかずれてるんだよな」
2ミカの姿が完全に見えなくなったのを確認し、1がやれやれ、とため息をつく。1の世界は、親子や兄弟間の絆は希薄で、自分でしたことは自分で責任を持つのが当たり前だ。
地獄の王・ルシファーを心配し、その弟が事情を聞きに来るなど、色々な意味でありえない。
「それはそうと、これ、ミカ君が置いて行ったんだけど、食べる?」
話題を変えようと、3が菓子折りの箱を差し出す。赤と緑の縞模様のパッケージには『二大天使アズキエル&ヨモギエル』と書かれていた。
「まあ、菓子には罪はねえからな」
1が、箱を開ける。中身は白い饅頭で、赤い餡と緑の餡の二種類があった。赤い方をひとつ取り出して、頬張る。辛いのかと思ったそれは、予想に反して甘かった。飲み物が欲しい甘さだな、と1が思っていると、3が麦茶を注いだグラスを手渡してきた。
「これを食べたら、私、教会に行ってくるね」
そう告げて、3が緑の餡の饅頭にかぶりつく。草の、ほのかな香りと、すっきりとした甘みが口の中に広がった。
「お前、ホントに教会好きだな」
赤い方を気に入ったのか、1が三個目の饅頭に手を伸ばす。自分との好みの違いを面白がりつつ、3は答えた。
「何だかんだ言って、ああいう雰囲気のところは落ち着くからさ。適度に人もいるし」
麦茶を飲んで、甘さを調節する。
3は、一人きりでいるのを極端に嫌った。一人で屋敷にいるくらいならば、外出したいと思うようだ。教会に行って本を借り、中央広場のベンチで読む。あるいは、何か催し物があれば参加したりもする。かつて人間界を独りでさまよったときの後遺症で、孤独を感じるのを極度に恐れているのだ。
「それに、街の人々が例の件をどんなふうに解釈したか、気になってさ」
1のグラスにおかわりをあげつつ、3が言う。例の件とはもちろん、先ほど2ミカに報告した、2が恋人を殺された女の復讐に加担した一件である。女と契約をした2は、街中で空を飛んだり瞬間移動したりと、人目を気にせずに人外の能力を披露してしまったのだ。
「後で、俺様にも聞かせろよ。どんなぶっ飛んだ話になってるか楽しみだぜ」
悪童のように顔を輝かせる1に、3は苦笑する。
玄関で呼び鈴を鳴らす音がしたのは、そんな時だった。
「あれ、お客さんだ……」
3が、玄関の方を見て呟く。
「この屋敷の玄関、呼び鈴なんかついてたんだな」
1は、どうでもいいことに気がついた。この屋敷に来る連中は皆、勝手に入ってくるか、一声かけるものの、やっぱり勝手に入ってくるやつらばかりだったので、呼び鈴などという気の利いたものが存在すること自体知らなかったのだ。
「はい?」
3が、玄関の戸を開ける。そこに立っていたのは、黒い詰襟服を着た男だった。長い、くせのない金髪の、なかなかの美男である。年の頃は二十代半ばだろうか。整った顔立ちに余裕のある笑みをたたえ、動作には隙がない。
「あの……どちら様で」
「……美しい」
「はい?」
3の姿を見るなり、客人が目を細めた。うっとりと小声で囁かれ、3は怪訝な表情になる。
「ご安心ください、私が貴方を魔の手から救って差し上げます」
そう言って、客人は3の手をとった。あまりに唐突な展開に3がとまどっていると、背後から誰かが近づく気配がした。視界の端に赤いコートがひらめくのが見えて、おそらくは1が様子を見に来てくれたのだろうと3は推測する。
「何の用だ、てめえ」
3の肩に手を回し、1は彼を客人から引きはがした。
「シーザー」
ほっとした顔で、3が1に目を向ける。美青年との語らいを邪魔された客人は眉をひそめたが、すぐに取り繕った。
「これは失礼いたしました。私はセイシュ。教会から派遣された、退魔士です」
「退魔士……?」
聞き慣れない単語を、3が反復する。そんな彼に、客人……セイシュはにっこりと笑いかけ、言った。
「はい。悪魔を、退治しに参りました」
1と3は、顔を見合わせる。セイシュは、彼らの困惑を、楽しげに見守っていた。
悩んだ末、二人はとりあえずセイシュから話を聞くことにした。1と3が並んで座り、向かいのソファーを客人に勧める。
「……あなたは、この街の教会に勤めておられるのですか?」
セイシュにも麦茶を出しつつ、3が尋ねる。2ミカからもらった菓子はすでに完食済みだったので、包装紙その他はこっそりと処分した。グラスを受け取り、セイシュが首を振る。
「いいえ。ここから少し離れた場所に、ウェヌスという街がありまして、そこにエルファラ教会の支部があるのです」
「……エルファラ教会……」
「まさか、ご存じないのですか?」
セイシュが、信じられないというように目を見開く。知っているそぶりをするべきだったか、と3は狼狽えた。彼も1も、この世界ではなく、別の世界からやってきた者たちである。周囲がそれを知れば、色々と面倒なことが起きるということで、秘密にしているのだ。
何とかごまかさなくては、と焦る3を、1が遮った。
「知らねえな。宗教なんつう、うさんくせえもんには興味がねえからよ」
それが当然である、と言わんばかりに、堂々と言い放つ。セイシュの瞳に一瞬、侮蔑がよぎったものの、彼はそれを口に出すことはしなかった。
「……エルファラ教会は、世界で最も広く伝えられている教えです。この街にある教会も、数多いエルファラ教会の支部のひとつになりますね」
薄く笑い、セイシュが説明する。初めて聞く話だ、と3は言いそうになったが、何とかこらえた。
「それで、その教会のやつがこの屋敷に何しに来た」
無愛想に、1がセイシュに問いかける。彼にとっては、目の前の相手がいかに偉かろうと関係がない。1の不遜な態度を、セイシュは軽く受け流した。
「ここに悪魔にとりつかれた青年がいる、という報告を受けましたのでね。教会としては、放っておくわけにはいかないのですよ」
「はあ?ここにはそんなやつなんざ……」
「……シーザー」
喧嘩腰でセイシュをやりこめようとした1の腕に、3が軽く触れる。
「それ、もしかするとカインのことかもしれないよ?ほら、カイン、この間、街で……」
「……あー……」
3が言わんとしていることを理解し、1はげんなりしたように息を吐いた。2が街中で人外の力を奮った件を、街の人々はそう解釈したらしい。
「どうかされましたか?」
セイシュが、怪訝そうに聞いてくる。しょうがねえな、と1はかぶりを振った。
「とりあえず、な。あんたはどういう報告を受けたんだか、説明してくれねえか?
いまいち、話がかみ合わねえんだ」
とりあえず、向こうの情報を得たいと思い、1は単刀直入に切り出す。予想通り、セイシュの反応は悪かった。
「なぜです?貴方たちは、事件の当事者なのでは……」
「すみません、お願いします」
疑惑の眼差しを向けてくるセイシュに、3がすがるように懇願する。その、庇護欲を掻きたてられる仕草に、セイシュは機嫌を良くした。
「……まあ、いいでしょう。
ナンナルの教会からの報告では、悪魔にとりつかれた青年が、一般人をさらうという事件が起きた、とされています。そして、数時間後にさらわれた一般人は無事に帰還し、悪魔にとりつかれた青年も数日後に姿を現した。その際に、彼には特に変わったところはなかった……と」
1と3は、セイシュの話を真剣に聞いている。彼らの反応を観察しつつ、セイシュは続けた。
「誘拐事件が起きた日に、ナンナルの『聖地』と呼ばれる場所に天から光が差した、という報告もあります。二つの事柄を結び付けて、天使と悪魔が聖地で戦い、天使が勝利したのだ……という予測をたてる者もいる。真相は、定かではありませんがね」
セイシュが、探るような視線を1と3に向ける。彼が、目の前の二人が何かを知っているのではないか、と訝るのは当然のことだった。
「ナンナルの人々は、不安がっています。悪魔が再び、凶行を起すのではないかと。そこで、退魔士である私に、ナンナルの悪魔が完全に滅んだかどうかを確認するよう、命令が下ったのです」
「……なるほど、そうでしたか……」
話が終わり、3がようやく口を開いた。しかし、その先の言葉が出てこない。事情を理解したのはいいものの、どうすればことが丸く収まるのか、彼にはいい考えが思い浮かばなかった。
「……せっかく、来てもらったとこ悪ぃがな。悪魔なんてもんは、この街にはいねえよ」
3とは反対に、己がすべきことを理解している1は、セイシュを追い出しにかかる。厄介者は、排除すればそれで済むというのが、彼が出した結論だった。
「なぜ、そう言い切れるのです?」
1の意図を何となく察しているのだろう、セイシュが、厳しい顔で食い下がる。胸中で、1は舌打ちした。
「誘拐事件以降、何も起きてねえんだろ?ってことは、もう俺らの知らねえところで事件は解決したんだろうさ。それこそ、天使サマとやらの奇跡でな」
言いよどむことなく、すらすらと述べる。こういった、真実と嘘を交えて相手を煙に巻く場面では、1は実に知恵が回る。逆に、3はぼろを出してしまいそうなので、ここは1に任せることにした。
「そうとは限らないでしょう?今もまだ、悪魔は暴れる機会をうかがっているかもしれません」
「そうならそうで、何かあった時に手を打ちゃいいだろが。今、あんたにできることは何ひとつねえよ」
しつこく反論してくるセイシュに、1はきっぱりと断言する。もっともな正論である。不本意ながらも、セイシュはそれを認めた。
「……確かに、そうかもしれません。ですが、せめて退魔の儀式だけでも受けていただけませんか?」
「退魔の儀式だぁ?」
また妙なことを、と1は警戒する。彼の意表を突けたのが嬉しいのか、セイシュは愛想よく解説した。
「はい。悪魔にとりつかれた者に施す、清めの儀式です。悪しき気を払うことで魔の者を排除し、昇天させます」
「……うさんくせえ……」
「シーザー、言い過ぎだよ。一応、彼の本職なんだし」
苦虫を噛み潰したような表情で、1が低く唸る。3が、形だけセイシュをフォローした。先ほどから分析するに、この客人はおそろしくプライドが高い。このテの相手の機嫌を損ねれば、また厄介なことになるだろう。
「まあ、確かに、悪魔の存在を信じない方がそう感じるのも無理はないでしょう。それでも、儀式を行ったことが知れ渡れば、ナンナルの人々の安心に繋がります」
セイシュが、街の人々を引き合いに出す。彼らがいつまでも不安を感じているのは、悪魔が本当に退治されたかどうかがはっきりしないためだ。儀式を行い、何事も起こらなければ、すでに悪魔はいないのだという証明になる。
1と3は、再び顔を見合わせるはめになった。
「……人々の安心のため、ですか……」
3が、セイシュの言葉を繰り返す。強大な敵を倒したり、超常現象を引き起こしたりするのは彼らにとってはた易いことだが、世論の操作は、不利な分野だ。
自分の世界では地獄の王として名を馳せている彼らも、この世界では一般人に過ぎないのだから。
「お願いできませんか?」
セイシュが、思案に暮れる3の手を掴んだ。驚いて、3は首を振る。
「あの、事件を起こしたのは私ではないんですけど」
「おや、そうなのですか。……では、そちらの方で?」
残念そうに3から手を引き、セイシュは1へゆっくりと視線を向けた。その、お前のために何かするのはごめんだと言わんばかりの態度に、1の表情も険しいものになる。
「何だよ、その嫌そうな顔はよ」
「いえ……特に、他意は……」
凄まれ、セイシュは言いよどむ。こいつホモだ、美青年好きの変態だ、と胸中で力いっぱい罵りながら、1は答えた。
「俺様でもねえよ。そいつは今、留守にしてるんだ」
セイシュが、1の顔を正面から見据える。彼が嘘をついているのではないか、と疑っているようだ。だが、2が今ここにいない、と言うのは紛れもない事実である。あきらめたように、セイシュは肩をすくめた。
「そうですか。では、日を改めて……」
そして、ソファーから立ち上がろうとする。1が心の中でガッツポーズをし、3が秘かに胸をなで下ろした、その時。
「その必要はねえよ」
ドア付近から、声がかかった。見ると、いつの間にか2が壁に寄りかかっている。
「カイン!」
「話は聞かせてもらったぜ」
仰天するルシファー二人に、2が笑いかける。二人とも、話に……というより、いかにしてセイシュを追い出すかに夢中になりすぎて、彼の存在に気づかなかったのだ。
セイシュが、2の方へつかつかと歩み寄る。
「……何だよ?」
値踏みするようにじろじろと見られ、いささかドン引きしながら2が問う。彼の言葉を聞いていないのか、セイシュはぶつぶつと独り言を漏らした。
「ふむ……目つきがマイナスだが、全体的なバランスは悪くない……まあ、及第点だな」
「あぁ!?」
無礼な発言を聞き咎め、2がセイシュを威嚇する。我に返り、セイシュは姿勢を正した。
「失礼。君が、例の悪魔にとりつかれたという方ですね?」
「んー……そうらしいな。覚えてねえけど」
2は、視線を逸らしてしらばっくれた。この件について何か聞かれたときは、「覚えていない」を連呼することに決めているのだ。そうすれば、自分以外の何者か……たとえば、悪魔だったり……のせいにされ、追及を逃れることができるからである。
セイシュの尋問は、まだ続く。
「貴方は、事件当時の記憶がないのですか?」
「ああ。気がついたら、色々大変なことになっていてな」
「記憶がなくなる前に、声が聞こえたりとか、そういうことは……」
「わからねえ」
2の返答は、にべもない。セイシュは、再度2を上から下まで舐めるような視線で観察した。嘘が見破られるのではないかと3は気が気でなかったが、当人は、平然としている。2も、1と同様に人を騙すことに罪悪感を抱かないタイプである。そうでなければ、悪魔の王などやっていられない。
しばしの間、考え込んでいたセイシュだったが、何かに気づいたように急に態度を変えて、厳かに告げた。
「……邪悪な気が、蔓延している」
「え……?」
突然の話題転換についていけず、3が間の抜けた声を上げる。構わず、セイシュは2を見つめた。
「貴方の名前は?」
「カインだ」
「……カイン。貴方の中に、悪魔はまだいるようですね」
2の胸元を指し示し、セイシュが言い放つ。
「そ、そんな……!何かの、間違いじゃ……」
3が、本気で不安そうな声を上げる。やつ自身が悪魔なんだから当たり前だろ、と1は心の中でツッコミを入れたが、こういう反応も必要なので、あえて彼に何か言うことはしなかった。
「私には、わかるのです。こう見えても、退魔士ですので」
「……ふーん」
「どうすればいいんですか?」
緊迫した様子のセイシュを前に、白けた態度を全開にする2。そんな彼に代わって、3が問いかけた。
「これは、一刻も早く退魔の儀式を行う必要があります。教会にお越しいただけますね?」
「……教会……」
それを聞いて、2が嫌そうに顔をしかめる。地獄の王・ルシファーである彼にとって、神や天使を崇める教会は敵地も同然だ。
「何か、問題でもありますか?」
セイシュの問いかけに、2は逡巡し、やがて、結論を出した。
「……わかったよ、行ってやる」
「カイン……!?」
「俺が原因で、街の連中をびびらせてるって話だからな。じろじろ見られるのも、いい加減うぜえし」
驚く3を安心させるように、2が片手を振る。
事件以降、2自身も、この屋敷も、街の人々の注目にさらされていた。しかも、悪い意味で。街中をふらつくたびに人々の恐怖の視線にさらされ、2はいい加減に辟易していたのである。
ある程度の区切りがつけば、今はこうして騒がれていても、やがて人々からは忘れ去られるだろうと2は予測していた。実際、2の世界ではいかに大きな事件が起きても、数年後には誰も話題にしなくなる。それだけ様々な情報が蔓延しているということだが、程度の差はあれ、異世界でも通用する考え方だろう。
「決まりですね。今夜、教会にいらしてください。
お待ちしていますよ……カイン」
2の耳元で囁き、セイシュは去って行った。2に不必要に接近されたことが気に食わず、1と3は何となく苛立つ。
「何なんだあいつ……気持ち悪ぃ」
「カイン……本当に、大丈夫なの?」
苛立たしげに1が吐き捨て、3は気遣わしげに2を見つめた。
「この世界には天界がねえんだ。大したことにはならねえだろ。それに、この世界の悪魔祓いってのがどんなもんか、興味があるしな」
二人の心配をよそに、2自身は気楽なものである。そんな彼に、3は一層不安を募らせた。
「あのさ……私も、行ってもいいかな」
おずおずと、同行を申し出る。きょとんとして、2は聞き返した。
「お前もか?仕事、あるんじゃねえの?」
「今から戻って、調整してくるから。何だか、心配だよ」
「俺様も混ぜろ。こんなおもしれえ場面、めったにねえからな」
1が、興味本位で話に乗った。こちらは、本当に野次馬根性丸出しである。2は、顔をしかめた。
「見世物じゃねえぞ、俺は」
形だけ咎めるものの、1と3がそれで引き下がるはずもなく、彼らは元の世界にいったん帰り、教会前で落ち合うことにした。
今回は、そういう話である。
「なるほど……事情はわかりました」
異世界の街・ナンナルの屋敷。広間のソファーに腰掛け、ルシファーその2の世界のミカエル……略して2ミカは、神妙な面持ちで頷いた。
「そういうことだから、大丈夫だよ」
2ミカの向かい側に座っていたルシファーその3……略して3が、彼を安心させるように微笑む。彼らの話にひと段落がついた時、階段から誰かが降りてくる足音がした。足音は徐々に近づき、やがて3と2ミカがいる広間に、ルシファーその1……略して1が顔を出す。
「げっ……」
「……そんな、嫌そうな顔することないじゃないですか」
2ミカの姿を見るなり、顔を引きつらせる1を、2ミカは唇を尖らせて咎める。
「やあ、シーザー」
一方の3は、にこやかに1を迎えた。シーザーというのは、1のこの世界での名前である。ついでに、3の通称はフォースだ。
広間にずかずかと踏みこみ、3の座っているソファーの背もたれに腕を置いて、1は向かいの2ミカを睨む。
「何しにきやがったんだ、出遅れ天使長」
「もう!忘れてください!」
1の揶揄に、2ミカが真っ赤になって怒る。1が言っているのは、先日、とある事件が起った際の話だ。騒動の最中ではなく、全てが片付いた後に、2ミカはのこのことやってきたのである。もはや何もすることがないのに、派手な演出と決め台詞つきで登場した2ミカは、周囲を大いに困惑させた。この件については、兄であるルシファーその2……略して2にもさんざんからかわれたので、2ミカにとっては一刻も早く忘れたい黒歴史である。
「ああ、その件について、今、ミカ君に報告していたんだよ。ほら、カインが結構派手に色々やっただろう?」
「その……兄さんが、この世界で迷惑をかけていないか、心配で」
3のフォローに、2ミカが眉を寄せてうつむく。カインというのは、この世界での2の名前だ。
解決後に現場にやってきただけあって、2ミカはその事件の詳細について何も知らされていなかったのだ。状況を見るだに、兄が大きく関係していそうな話だったので、彼としては気になって仕方がなかったのである。
「ったく……いちいち身内がしゃしゃり出てくるんじゃねえよ」
「そ、それは……」
心底呆れた、というような1の指摘に、2ミカは言葉を詰まらせる。1の言うことが正しいのは、2ミカとてわかっているのだ。肩身が狭い思いをしている2ミカに、3が助け船を出した。
「まあまあ。それで、どう?ミカ君、納得してくれた?」
「は、はい!ありがとうございました!」
一礼し、2ミカは勢いよく立ち上がった。脇に置いていた背広を、折りたたんだ紙袋とともに抱える。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「仕事の最中なので……」
3の問いに、2ミカは少し名残惜しそうに返す。新入社員のような若々しい外見だが、2ミカは天界の天使長である。当然、自身の世界では成すべき事がたくさんあった。それらを中断してまでここを訪れたのは、兄のことが気がかりだったからだ。
「また今度、ゆっくり話そうね」
「ええ、ぜひ!」
うれしそうに返答し、2ミカは次元転移の術を紡ぎ、自分の世界へと帰って行った。
「ったく……あいつの世界は、どっかずれてるんだよな」
2ミカの姿が完全に見えなくなったのを確認し、1がやれやれ、とため息をつく。1の世界は、親子や兄弟間の絆は希薄で、自分でしたことは自分で責任を持つのが当たり前だ。
地獄の王・ルシファーを心配し、その弟が事情を聞きに来るなど、色々な意味でありえない。
「それはそうと、これ、ミカ君が置いて行ったんだけど、食べる?」
話題を変えようと、3が菓子折りの箱を差し出す。赤と緑の縞模様のパッケージには『二大天使アズキエル&ヨモギエル』と書かれていた。
「まあ、菓子には罪はねえからな」
1が、箱を開ける。中身は白い饅頭で、赤い餡と緑の餡の二種類があった。赤い方をひとつ取り出して、頬張る。辛いのかと思ったそれは、予想に反して甘かった。飲み物が欲しい甘さだな、と1が思っていると、3が麦茶を注いだグラスを手渡してきた。
「これを食べたら、私、教会に行ってくるね」
そう告げて、3が緑の餡の饅頭にかぶりつく。草の、ほのかな香りと、すっきりとした甘みが口の中に広がった。
「お前、ホントに教会好きだな」
赤い方を気に入ったのか、1が三個目の饅頭に手を伸ばす。自分との好みの違いを面白がりつつ、3は答えた。
「何だかんだ言って、ああいう雰囲気のところは落ち着くからさ。適度に人もいるし」
麦茶を飲んで、甘さを調節する。
3は、一人きりでいるのを極端に嫌った。一人で屋敷にいるくらいならば、外出したいと思うようだ。教会に行って本を借り、中央広場のベンチで読む。あるいは、何か催し物があれば参加したりもする。かつて人間界を独りでさまよったときの後遺症で、孤独を感じるのを極度に恐れているのだ。
「それに、街の人々が例の件をどんなふうに解釈したか、気になってさ」
1のグラスにおかわりをあげつつ、3が言う。例の件とはもちろん、先ほど2ミカに報告した、2が恋人を殺された女の復讐に加担した一件である。女と契約をした2は、街中で空を飛んだり瞬間移動したりと、人目を気にせずに人外の能力を披露してしまったのだ。
「後で、俺様にも聞かせろよ。どんなぶっ飛んだ話になってるか楽しみだぜ」
悪童のように顔を輝かせる1に、3は苦笑する。
玄関で呼び鈴を鳴らす音がしたのは、そんな時だった。
「あれ、お客さんだ……」
3が、玄関の方を見て呟く。
「この屋敷の玄関、呼び鈴なんかついてたんだな」
1は、どうでもいいことに気がついた。この屋敷に来る連中は皆、勝手に入ってくるか、一声かけるものの、やっぱり勝手に入ってくるやつらばかりだったので、呼び鈴などという気の利いたものが存在すること自体知らなかったのだ。
「はい?」
3が、玄関の戸を開ける。そこに立っていたのは、黒い詰襟服を着た男だった。長い、くせのない金髪の、なかなかの美男である。年の頃は二十代半ばだろうか。整った顔立ちに余裕のある笑みをたたえ、動作には隙がない。
「あの……どちら様で」
「……美しい」
「はい?」
3の姿を見るなり、客人が目を細めた。うっとりと小声で囁かれ、3は怪訝な表情になる。
「ご安心ください、私が貴方を魔の手から救って差し上げます」
そう言って、客人は3の手をとった。あまりに唐突な展開に3がとまどっていると、背後から誰かが近づく気配がした。視界の端に赤いコートがひらめくのが見えて、おそらくは1が様子を見に来てくれたのだろうと3は推測する。
「何の用だ、てめえ」
3の肩に手を回し、1は彼を客人から引きはがした。
「シーザー」
ほっとした顔で、3が1に目を向ける。美青年との語らいを邪魔された客人は眉をひそめたが、すぐに取り繕った。
「これは失礼いたしました。私はセイシュ。教会から派遣された、退魔士です」
「退魔士……?」
聞き慣れない単語を、3が反復する。そんな彼に、客人……セイシュはにっこりと笑いかけ、言った。
「はい。悪魔を、退治しに参りました」
1と3は、顔を見合わせる。セイシュは、彼らの困惑を、楽しげに見守っていた。
悩んだ末、二人はとりあえずセイシュから話を聞くことにした。1と3が並んで座り、向かいのソファーを客人に勧める。
「……あなたは、この街の教会に勤めておられるのですか?」
セイシュにも麦茶を出しつつ、3が尋ねる。2ミカからもらった菓子はすでに完食済みだったので、包装紙その他はこっそりと処分した。グラスを受け取り、セイシュが首を振る。
「いいえ。ここから少し離れた場所に、ウェヌスという街がありまして、そこにエルファラ教会の支部があるのです」
「……エルファラ教会……」
「まさか、ご存じないのですか?」
セイシュが、信じられないというように目を見開く。知っているそぶりをするべきだったか、と3は狼狽えた。彼も1も、この世界ではなく、別の世界からやってきた者たちである。周囲がそれを知れば、色々と面倒なことが起きるということで、秘密にしているのだ。
何とかごまかさなくては、と焦る3を、1が遮った。
「知らねえな。宗教なんつう、うさんくせえもんには興味がねえからよ」
それが当然である、と言わんばかりに、堂々と言い放つ。セイシュの瞳に一瞬、侮蔑がよぎったものの、彼はそれを口に出すことはしなかった。
「……エルファラ教会は、世界で最も広く伝えられている教えです。この街にある教会も、数多いエルファラ教会の支部のひとつになりますね」
薄く笑い、セイシュが説明する。初めて聞く話だ、と3は言いそうになったが、何とかこらえた。
「それで、その教会のやつがこの屋敷に何しに来た」
無愛想に、1がセイシュに問いかける。彼にとっては、目の前の相手がいかに偉かろうと関係がない。1の不遜な態度を、セイシュは軽く受け流した。
「ここに悪魔にとりつかれた青年がいる、という報告を受けましたのでね。教会としては、放っておくわけにはいかないのですよ」
「はあ?ここにはそんなやつなんざ……」
「……シーザー」
喧嘩腰でセイシュをやりこめようとした1の腕に、3が軽く触れる。
「それ、もしかするとカインのことかもしれないよ?ほら、カイン、この間、街で……」
「……あー……」
3が言わんとしていることを理解し、1はげんなりしたように息を吐いた。2が街中で人外の力を奮った件を、街の人々はそう解釈したらしい。
「どうかされましたか?」
セイシュが、怪訝そうに聞いてくる。しょうがねえな、と1はかぶりを振った。
「とりあえず、な。あんたはどういう報告を受けたんだか、説明してくれねえか?
いまいち、話がかみ合わねえんだ」
とりあえず、向こうの情報を得たいと思い、1は単刀直入に切り出す。予想通り、セイシュの反応は悪かった。
「なぜです?貴方たちは、事件の当事者なのでは……」
「すみません、お願いします」
疑惑の眼差しを向けてくるセイシュに、3がすがるように懇願する。その、庇護欲を掻きたてられる仕草に、セイシュは機嫌を良くした。
「……まあ、いいでしょう。
ナンナルの教会からの報告では、悪魔にとりつかれた青年が、一般人をさらうという事件が起きた、とされています。そして、数時間後にさらわれた一般人は無事に帰還し、悪魔にとりつかれた青年も数日後に姿を現した。その際に、彼には特に変わったところはなかった……と」
1と3は、セイシュの話を真剣に聞いている。彼らの反応を観察しつつ、セイシュは続けた。
「誘拐事件が起きた日に、ナンナルの『聖地』と呼ばれる場所に天から光が差した、という報告もあります。二つの事柄を結び付けて、天使と悪魔が聖地で戦い、天使が勝利したのだ……という予測をたてる者もいる。真相は、定かではありませんがね」
セイシュが、探るような視線を1と3に向ける。彼が、目の前の二人が何かを知っているのではないか、と訝るのは当然のことだった。
「ナンナルの人々は、不安がっています。悪魔が再び、凶行を起すのではないかと。そこで、退魔士である私に、ナンナルの悪魔が完全に滅んだかどうかを確認するよう、命令が下ったのです」
「……なるほど、そうでしたか……」
話が終わり、3がようやく口を開いた。しかし、その先の言葉が出てこない。事情を理解したのはいいものの、どうすればことが丸く収まるのか、彼にはいい考えが思い浮かばなかった。
「……せっかく、来てもらったとこ悪ぃがな。悪魔なんてもんは、この街にはいねえよ」
3とは反対に、己がすべきことを理解している1は、セイシュを追い出しにかかる。厄介者は、排除すればそれで済むというのが、彼が出した結論だった。
「なぜ、そう言い切れるのです?」
1の意図を何となく察しているのだろう、セイシュが、厳しい顔で食い下がる。胸中で、1は舌打ちした。
「誘拐事件以降、何も起きてねえんだろ?ってことは、もう俺らの知らねえところで事件は解決したんだろうさ。それこそ、天使サマとやらの奇跡でな」
言いよどむことなく、すらすらと述べる。こういった、真実と嘘を交えて相手を煙に巻く場面では、1は実に知恵が回る。逆に、3はぼろを出してしまいそうなので、ここは1に任せることにした。
「そうとは限らないでしょう?今もまだ、悪魔は暴れる機会をうかがっているかもしれません」
「そうならそうで、何かあった時に手を打ちゃいいだろが。今、あんたにできることは何ひとつねえよ」
しつこく反論してくるセイシュに、1はきっぱりと断言する。もっともな正論である。不本意ながらも、セイシュはそれを認めた。
「……確かに、そうかもしれません。ですが、せめて退魔の儀式だけでも受けていただけませんか?」
「退魔の儀式だぁ?」
また妙なことを、と1は警戒する。彼の意表を突けたのが嬉しいのか、セイシュは愛想よく解説した。
「はい。悪魔にとりつかれた者に施す、清めの儀式です。悪しき気を払うことで魔の者を排除し、昇天させます」
「……うさんくせえ……」
「シーザー、言い過ぎだよ。一応、彼の本職なんだし」
苦虫を噛み潰したような表情で、1が低く唸る。3が、形だけセイシュをフォローした。先ほどから分析するに、この客人はおそろしくプライドが高い。このテの相手の機嫌を損ねれば、また厄介なことになるだろう。
「まあ、確かに、悪魔の存在を信じない方がそう感じるのも無理はないでしょう。それでも、儀式を行ったことが知れ渡れば、ナンナルの人々の安心に繋がります」
セイシュが、街の人々を引き合いに出す。彼らがいつまでも不安を感じているのは、悪魔が本当に退治されたかどうかがはっきりしないためだ。儀式を行い、何事も起こらなければ、すでに悪魔はいないのだという証明になる。
1と3は、再び顔を見合わせるはめになった。
「……人々の安心のため、ですか……」
3が、セイシュの言葉を繰り返す。強大な敵を倒したり、超常現象を引き起こしたりするのは彼らにとってはた易いことだが、世論の操作は、不利な分野だ。
自分の世界では地獄の王として名を馳せている彼らも、この世界では一般人に過ぎないのだから。
「お願いできませんか?」
セイシュが、思案に暮れる3の手を掴んだ。驚いて、3は首を振る。
「あの、事件を起こしたのは私ではないんですけど」
「おや、そうなのですか。……では、そちらの方で?」
残念そうに3から手を引き、セイシュは1へゆっくりと視線を向けた。その、お前のために何かするのはごめんだと言わんばかりの態度に、1の表情も険しいものになる。
「何だよ、その嫌そうな顔はよ」
「いえ……特に、他意は……」
凄まれ、セイシュは言いよどむ。こいつホモだ、美青年好きの変態だ、と胸中で力いっぱい罵りながら、1は答えた。
「俺様でもねえよ。そいつは今、留守にしてるんだ」
セイシュが、1の顔を正面から見据える。彼が嘘をついているのではないか、と疑っているようだ。だが、2が今ここにいない、と言うのは紛れもない事実である。あきらめたように、セイシュは肩をすくめた。
「そうですか。では、日を改めて……」
そして、ソファーから立ち上がろうとする。1が心の中でガッツポーズをし、3が秘かに胸をなで下ろした、その時。
「その必要はねえよ」
ドア付近から、声がかかった。見ると、いつの間にか2が壁に寄りかかっている。
「カイン!」
「話は聞かせてもらったぜ」
仰天するルシファー二人に、2が笑いかける。二人とも、話に……というより、いかにしてセイシュを追い出すかに夢中になりすぎて、彼の存在に気づかなかったのだ。
セイシュが、2の方へつかつかと歩み寄る。
「……何だよ?」
値踏みするようにじろじろと見られ、いささかドン引きしながら2が問う。彼の言葉を聞いていないのか、セイシュはぶつぶつと独り言を漏らした。
「ふむ……目つきがマイナスだが、全体的なバランスは悪くない……まあ、及第点だな」
「あぁ!?」
無礼な発言を聞き咎め、2がセイシュを威嚇する。我に返り、セイシュは姿勢を正した。
「失礼。君が、例の悪魔にとりつかれたという方ですね?」
「んー……そうらしいな。覚えてねえけど」
2は、視線を逸らしてしらばっくれた。この件について何か聞かれたときは、「覚えていない」を連呼することに決めているのだ。そうすれば、自分以外の何者か……たとえば、悪魔だったり……のせいにされ、追及を逃れることができるからである。
セイシュの尋問は、まだ続く。
「貴方は、事件当時の記憶がないのですか?」
「ああ。気がついたら、色々大変なことになっていてな」
「記憶がなくなる前に、声が聞こえたりとか、そういうことは……」
「わからねえ」
2の返答は、にべもない。セイシュは、再度2を上から下まで舐めるような視線で観察した。嘘が見破られるのではないかと3は気が気でなかったが、当人は、平然としている。2も、1と同様に人を騙すことに罪悪感を抱かないタイプである。そうでなければ、悪魔の王などやっていられない。
しばしの間、考え込んでいたセイシュだったが、何かに気づいたように急に態度を変えて、厳かに告げた。
「……邪悪な気が、蔓延している」
「え……?」
突然の話題転換についていけず、3が間の抜けた声を上げる。構わず、セイシュは2を見つめた。
「貴方の名前は?」
「カインだ」
「……カイン。貴方の中に、悪魔はまだいるようですね」
2の胸元を指し示し、セイシュが言い放つ。
「そ、そんな……!何かの、間違いじゃ……」
3が、本気で不安そうな声を上げる。やつ自身が悪魔なんだから当たり前だろ、と1は心の中でツッコミを入れたが、こういう反応も必要なので、あえて彼に何か言うことはしなかった。
「私には、わかるのです。こう見えても、退魔士ですので」
「……ふーん」
「どうすればいいんですか?」
緊迫した様子のセイシュを前に、白けた態度を全開にする2。そんな彼に代わって、3が問いかけた。
「これは、一刻も早く退魔の儀式を行う必要があります。教会にお越しいただけますね?」
「……教会……」
それを聞いて、2が嫌そうに顔をしかめる。地獄の王・ルシファーである彼にとって、神や天使を崇める教会は敵地も同然だ。
「何か、問題でもありますか?」
セイシュの問いかけに、2は逡巡し、やがて、結論を出した。
「……わかったよ、行ってやる」
「カイン……!?」
「俺が原因で、街の連中をびびらせてるって話だからな。じろじろ見られるのも、いい加減うぜえし」
驚く3を安心させるように、2が片手を振る。
事件以降、2自身も、この屋敷も、街の人々の注目にさらされていた。しかも、悪い意味で。街中をふらつくたびに人々の恐怖の視線にさらされ、2はいい加減に辟易していたのである。
ある程度の区切りがつけば、今はこうして騒がれていても、やがて人々からは忘れ去られるだろうと2は予測していた。実際、2の世界ではいかに大きな事件が起きても、数年後には誰も話題にしなくなる。それだけ様々な情報が蔓延しているということだが、程度の差はあれ、異世界でも通用する考え方だろう。
「決まりですね。今夜、教会にいらしてください。
お待ちしていますよ……カイン」
2の耳元で囁き、セイシュは去って行った。2に不必要に接近されたことが気に食わず、1と3は何となく苛立つ。
「何なんだあいつ……気持ち悪ぃ」
「カイン……本当に、大丈夫なの?」
苛立たしげに1が吐き捨て、3は気遣わしげに2を見つめた。
「この世界には天界がねえんだ。大したことにはならねえだろ。それに、この世界の悪魔祓いってのがどんなもんか、興味があるしな」
二人の心配をよそに、2自身は気楽なものである。そんな彼に、3は一層不安を募らせた。
「あのさ……私も、行ってもいいかな」
おずおずと、同行を申し出る。きょとんとして、2は聞き返した。
「お前もか?仕事、あるんじゃねえの?」
「今から戻って、調整してくるから。何だか、心配だよ」
「俺様も混ぜろ。こんなおもしれえ場面、めったにねえからな」
1が、興味本位で話に乗った。こちらは、本当に野次馬根性丸出しである。2は、顔をしかめた。
「見世物じゃねえぞ、俺は」
形だけ咎めるものの、1と3がそれで引き下がるはずもなく、彼らは元の世界にいったん帰り、教会前で落ち合うことにした。
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